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マダム・マリエールの遺産

第1章 俺のことについて もしくは 運命とか言うものについて 1

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    俺、カーチェス・ナイトが宇宙海賊だってことは、知ってる奴は知ってる話だ。
 当然、俺を目の敵にしている連邦警察の方とかにも。
 それでなぜ捕まらないのかというと、理由がある。
 そもそも、連邦法上では、海賊行為は単なる窃盗と分類されている。
 もちろん、人を殺さない場合に限りだ。そんなことしたら、殺人犯である。
 そして窃盗は、現行犯逮捕でないとダメなのだ。いくら証拠を持っていても。
 つまり捕まらなきゃいいわけで、いかに死傷者を出さず、お宝を盗みトンズラこくか……が、海賊の腕前なのであった。
 ちなみに、これは俺の場合の海賊の心得なワケで、これが全ての海賊にあてはまるわけではない。
 俺は宇宙船とスピードに命をかけるスピード狂だ(と、自覚している)。
 そのためには最新型の宇宙船がいるし、改造代金も馬鹿にならない。だから趣味と実益を兼ねた海賊商売をやっているわけである。
 ──実際には運び屋の仕事だけで充分喰っていけるだけの稼ぎはあるのだが……。それはまあ、趣味の問題以外のなにものでもないということで。
 首尾よくアマタイト鉱石を手にいれた俺は、上機嫌だった。
 トーマが俺の仲間になってからは、安全かつ迅速に海賊行為が出来るようになり、狙った獲物を取り逃がすようなことはなくなった。
 何しろトーマときたら「あなたの命令なら、惑星一つでも手にいれてきますよ」と豪語する──そしてそれが出来るだけの力を持った──奴なのだ。
 見た目は不気味なほどもの静かなのだが、結構アブナイ奴であることを俺はよく知っている。
 ちなみに、ついさっき手にいれたアマタイト鉱石と言うのは、連邦ではもっとも需要の多い品で、高値でさばくことができる。
 いろいろなものに使われているのだが、主な用途はというと、医療用の細胞増殖溶液だ。
 つまり、本人の細胞を増殖させて欠損したもとの生身を取り戻すことができるという医療技術になくてはならないものなのだった。
 この技術が発展して、人形やクローン技術の開発へとつながっているし、宇宙船の重要な動力である超高速粒子利用機関に使われていたりとかもする。


 俺は鼻唄などを歌いながら、前の宇宙船から持ってきた情報端末機とタナトスを繋いで、宙航路データを入力していた。
『ええ? こんな宙域のデータを入れたりして。こんなところを通る気なんですか?』
 次々と入力されるデータにタナトスはいちいち驚きの声をあげた。
「いい加減うるさいな。お前、ちょっとお喋りだぞ」
『控えめですよ。何しろ私は主人に忠実な主電脳のプログラムなんですからね』
 はいはい。主人殺し前科?犯の宇宙船ね。
『どっちにしても、普通はこんな危ない航路なんて、通る船はいませんよ?』
「あのな。俺は宇宙海賊カーチェス・ナイトだぜ? 本屋で売ってる地図に載ってるような公道を通ると思うわけ?」
『ははあ……言われてみればそうですね。いや、さすがと言うか、命知らずなというか……あ! 今の部分はオフレコにしてください』
 うるさい! おしゃべりなコンピュータめ!
 宙航路データというのは、つまりが言葉そのものの通りの意味である。……これで理解できない奴の為に説明すると、こうだ。
 陸の上なら道。国道。県道。私道など種類は色々あるが、とにかく乗り物の走る道があるな?
 海上なら水路とか水道とかいわれているし、空なら空路とかいわれる目に見えない道がある。
 水路や空路は目には見えないが、旅客船や旅客機などはこの一定のルートを通る決まりになっている。
 なぜこんな道を決める必要があるのかというと、混雑して事故が増えないようにするためだとか、海流や気流の関係だとか、そういう理由があるからだ。
 これと同じことは宇宙空間にも言える。各惑星間、銀河系間の移動に最も安全で適したルートというものは、必然的に存在するのだ。
 そのルートを「公道」と呼び、国道みたいにルートナンバーが振り分けられ、全ての宇宙船にそのデータがインプットされている。だから普通の宇宙船は自動操縦ができるのだ。
 一方、公道とは別に私道も存在する。
 公道は一般人とかが使うのでいつも混雑している。
 それで大手の商社だとか軍だとかは別に私道を持っていて、普段はその道を使うわけだ。こうすると混雑もしないし、宇宙船衝突事故などもなくなるというわけだった。
 公道は混雑しているからということなら、料金を支払えば通してくれる有料宙航路も存在するので、先を急ぐ場合はこちらを利用するといい。
 私道は確かに便利だが、自分専用に私道を一本登録するのには莫大な登録料がかかるので、一般人は公道を通るしかないのだが、俺は商業用に私道を持っていた。
 ちんたら公道を走ってたら、スピードで大手運送業者にかなわないからだ。
 ちなみに。
 普通、私道は通常航路ではない。
 超高速粒子利用機関(ハイパードライブエンジン)を使ったワープや亜光速航行専用のルートである。公道は通常航路とワープ航路の二種類──というか二次元──がある。


 ということで、俺は今その商業用の専用ルートと、海賊行為を働くときに利用する専用のルートと(でなきゃアシがつくからな。もちろん正規のルートじゃないから登録料なんで払っていない)、あと、公道でも私道でもない宇宙地図にも載っていない独自のルートデータを入力していった。
 ルートデータは普通、物理的な宇宙距離とその座標軸、それから次元座標などから構成されている。
 宇宙船の亜光速移動なんかは、俺達が存在している次元とは別の次元を通る。
 物理的な空間軸は同じなのだが、次元軸だけが横に転移している空間だ。
 俗な言葉で言えば亜空間なんて呼ばれているが、学術的な意味で言うと違うらしい。
 ただし俺にはその違いなんて分からないし、分かろうとも思わない。
 前人未到の次元軸があるなら、そして俺の船をより早く飛ばせるなら、それでいいのだ。
「さて。──これで全部だ。記憶したな?」
『はい』
「じゃあとりあえずアルファナへ向かってくれ」
『アルファナ……ですか』
タナトスはたった今ダウンロードした情報を分析し始めた。
『マルランタ宙域の小惑星ですね。キャプテン・カーチェスの秘密のアジト?』
 やけに俗な表現をするコンピュータの言葉に俺はずっこけた。
「戦利品の一時保存場所といえ!」
『てっと早くモグリのバザールで換金するのではないのですか?』
「普通はな」俺は答えた。
「けど、これだけ大量の品はいくら裏取り引きでも一度に売買はできないさ。……アシがつくからな。それにアマタイト鉱石は自分の船のエネルギーとして使えるから、売らずにとっておいてもいいんだ」
『原石を自分で加工するんですか?』
「そのほうが混ぜ物も少なくて、純度のいいエネルギーが供給できるだろ? 船のスピードをあげるにはエンジンも大事だが燃料も大事なんだぜ」
 俺は端末をしまいこんで立ち上がった。
 これから格納庫へ戦利品のチェックに行く。そっちには先にトーマが行っているはずだった。
 できればこのタナトスのお喋りな口に栓でもしてしまいたかったが、あいにくこの船にいる限り、奴の声はどこからでも聞こえてきた。
『自分の燃料に良質なものを使って頂けるとは嬉しいですね』
 俺が廊下へ出て格納庫に行く間中、意気洋々とした機械音声は天井から降り注ぎ続けた……。


 格納庫は船体後方の下部に位置している。これは大抵の宇宙船なら同じ構造だ。
 理由は簡単。荷物の積みおろしが一番やりやすい位置だからだ。
 タナトスは小型宇宙艇だから船体前方はブリッジに占領されていて、後方に少量の居住空間と格納庫、そして機関部がある。ちなみに、機関部は船体の半分以上を占めている。宇宙船のエンジンを積んでんだから、当たり前だけど。
 ポートⅢタイプは貨物型だから、居住空間を犠牲にして格納庫を広くとっているわけだった。
 とはいえ、先程奪取したアマタイト鉱石は大量で、とてもじゃないがタナトスの格納庫におさまりきれるものではない。
 だって、こっちは小型宇宙艇なのに、襲った船は中型貨物船だったんだもん。
 だったら格納庫に入りきるだけ盗んできたのかというと、そうではない。
 何しろお宝はアマタイト鉱石だぜ? アマタイト鉱石! 金やダイアより高価なお宝なんだ。
 ほんのすこしでも見逃す手はないぜ。
 ──ということで、マジシャン・トーマの出番となるわけだ。
 マジシャンといっても、トーマは手品師ではない。魔道師だ。
 魔法を使って、アマタイト鉱石をタナトスの格納庫に収まるように圧縮してしまったわけだった。原理は分からんが。
 思うに、トーマって天下無敵に便利な男だと思うぜ。ホント。
「しかしさ、何もここまで小さくする必要はなかったんじゃないか?」
 俺は格納庫に入るなり、開口一番そう言った。
 がらんとした格納庫の中でマジシャン・トーマが振り向き、彼の足元には大きめのトランクケース程度の四角い固まりが転がっていた。
「これ、ホントに元の大きさに戻るんだろうな」
 トーマは無表情に頷いた。
「はい。今回は圧縮率を高めた方法で魔法を使ってみました」
「魔法の実験か……」
 俺は半分あきれて息を吐き出した。
 このトーマという男は自分の好奇心には、とことん忠実な奴なのだった。
 いつも魔法の改良と実験をやってるし、その効果を試すためにはどんなことでも平気でやってのけるアブナイ奴だ。
 だいたい俺のマジシャンになった理由が面白そうだから、ときたもんだ。
 こういうことは極端なくせに、普段は石橋を補強して渡るような性格をしているのだから、解せない。
 見た目は俺と同じヒューマノイドタイプの人間だ。
 長い漆黒の髪を後ろで一つに束ねて、賢そうで逞しい結構いい男なんだが(しかし、言っててなんかムカついてきたな、クソ)、無表情すぎるのがいただけない。
 アンドロイドだってもう少し表情に変化があるもんだ。
「ひとつ聞きたいんだが」
 俺は四角い灰色の固まりに目を落として言った。
「こういう物質の圧縮技術ってまだ開発されて無いよな。やっぱ魔法だからこういうことが出来るのか?」
 俺は童話なんかに登場する、戦士よりひよわいじーさまが、法則を無視した、怪奇現象のごとき魔法を使うシーンを想像した。
「いいえ」
 トーマの答えは短く、かつ簡潔だった。
「単にまだ科学技術では確立されていないだけです」
 俺は軽く眉を寄せ、めずらしく彼に聞いてみることにした。
「……して。その心は?」
 トーマは頷き、出来るだけ分かりやすく魔法の講義をしてくれた。
「マージカ人の使う魔法は非常に物理的なものです。
 我々の使う魔法は、物理法則を有機的に組み変える技術に過ぎません。連邦の他の種族の者達は、機械という道具を使って原子や分子を組み変えますが、マジシャンは機械という媒体を使わずに、組み変える技術を持っているのです」
「わかったような、分からんような……」
「大多数の人種は宇宙空間でスーツの助け無しに呼吸をすることが出来ませんが、素肌で宇宙空間を出歩ける人種もいます。それと同じことです」
「……つまり、人種としてのDNAの中に、そういう機能が最初から組み込まれてるってわけ?」
「そうです」
 トーマが頷いた。
「そういう機能を持たない者は、機械などを使って同等の機能を実現する。
 連邦の機械技術ではまだ、こういった物質を物理的に圧縮する技術を、開発できていないだけです。
 文明が今以上に発達すれば、いずれ出来るようになるでしょう。
 連邦では既に亜空間ポケットを利用することで同等の機能を実現していますし」
 けどそれとこれは本質的には違うってことだ。
 フム。一つ勉強。
「で、ちゃんと調べといてくれたか?」
 話題を変えて俺が尋ねると、トーマは即座に頷いた。
 ツーカーの仲、とは言わないが、トーマは相棒としても実に頼りになる奴なのだ。
「非常に純度の高い鉱石です。九十%の確率で、ヴィル・マリエール産のものと思われます」
「ははあ。良質なアマタイト鉱石を算出するんで有名な、マダム・マリエール領のものか……。こりゃ、ちょっとヤバかったかな」
 言いながら頬を掻いた。トーマがちらりとこちらに目をやり、「戻しますか?」と聞いてきた。
「いや!」
 俺は向きを変えてドアに向かって歩き出した。
 ここでの用事はもう終わった。船もそろそろアルファナへ着く頃だ。
「マダム・マリエールも、俺が宇宙海賊だってことは知らないさ。
 それに、あそこの領地から運び出している最中の船だったかどうかは分からない。大手の顧客だからって、義理をたてることもないさ」
 だが世の中よく出来たもので、こんなときに限って飽きれかえるような偶然の巡り会わせはやってくる。
 俺は運命なんてうさんくさいものは信じていないが、偶然ほどうさんくさいものもないのも、また事実である。



続く
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