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第4部 アマランタイン
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「ああっ! 信じられねぇ……! あのクソ野郎っ……!!」
絞り出すような声が閉じた扉の向こうから微かに聞こえてくる。扉を隔ててもなおくぐもったように聞こえるということは、おそらく両手で顔を覆っているのだろう。
「悪魔のくせにだらしないな」
小さく呟くその声に、声は素早く反応してきた。
「クソ外道野郎っ、覚えてろよ……!」
「人間の方が悪魔より余程に始末が悪いと言ったのはお前じゃなかったか? ……だがまあ、どうせ二度と会うことはないんだから、その捨て台詞は覚えてるつもりもないが」
悪魔ディーバは扉の外に描いた魔法円の中に閉じ込めてある。たとえアレクシスが死んでもそこから解放されることはなく、永劫に門番を務めるしかない。
悪魔ディーバの呪詛の呟きが延々と続く。室内では青い顔をした天使アブリエルが魔王ブラックファイアの隣に、祭壇を挟んでアレクシスと向かい合うようにして立っていた。
ネリス最北の地。西端にある地下ダンジョンの奥深く。魔王ブラックファイア封印の間で。
「本当によろしいのですか」
天使がおずおずと主に尋ねた。旋律を直接脳裏に響かせるように喋る天使のその声は、不可思議な余韻を引いた──声が震えているのだ。
「俺が死ねばお前に与えられた試練の時は終わる。お前はまた天界に戻れるだろう……心配はないはずだ」
天使アブリエルは死という言葉に大きく震えた。
「そんな……っ!!」大きく振り返って隣に立つ魔王に声をかける。「フェリアーっ!」
「……私の望みは、自らを永久に封じることだ。……世界の終りまで……」
「お前は魔法円の外に出ろ。円が閉じれば帰れなくなるぞ」
祭壇を中心にして床に刻みつけられた魔法円が微かな光を放っている。
「ですがっ!! 本当に、それでよろしいのですかっ! マスター! トリニティ王女のことはっ?」
言われて、アレクシスの顔が僅かに歪んだ。ずっと厳しい表情だったそれが、苦渋に満ちたように。
「彼女を愛していらっしゃるのではないのですか?」
「──俺はダンジョンマスターだ。生まれる前から、死んだ後までそう決まっている。こいつを術者とともに、魔法円で永久に封じ込めるために。……そのために、自分の人生のすべてをかけてきた」
「しかし」
「それ以外の生はない」
「──マスターっ!」
「それに」アレクシスは一呼吸置いて言葉を繋いだ。「どのみち地上に残っても長く生きてはいられないんだ。命のある内に魔王の封印を終えてしまいたい」
天使アブリエルの美しい顔が驚愕に歪んだ。
「……短い寿命しか持たないネリスの民の中でも、ダンジョンマスターの家系は特に短命だからな……。ダンジョンマスターは次代の子が生まれるまでは死ぬことさえできないが、俺は違う。もうこのダンジョンは完成していて、後は魔王を封印するだけだ。前例は適用されない」
「──」
「そんな顔は不要だ……俺はもう十分すぎるほど生きた」
アブリエルは主を凝視しながら、何度も浅い呼吸だけを繰り返した。
「そんな……でも……確かに、マスターは最近とても弱ってはいましたが……それは、繰り返される厳しい旅路と闘いの日々に、回復する暇さえないのだと。そう思っていました……。そして、フェリアーをこの世界に安定させて存在させるために、ご自身が封印の器となるよう契約したからだと──」
そこまで言って、天使は今更気づいたとでもいうように、両手で口元を覆った。
「ああ──そんな……!! フェリアーをその身に宿すために、もともと消費していた命の炎をさらに燃やしつくしたと言うのですか……? 魔王よ、貴方はなんという酷いことを……」
アブリエルの頬に涙の粒が零れ落ちた。ただ存在するだけで、こんな風に多くの人間の命を食らい尽くす魔王。その存在の忌々しさゆえに、自らを永久に封印することを望む魔王。誰かを想っても、共に生きることさえ許されない定め。
「神よ……なんて酷い……」
「さあ、行け! アブリエル! 魔法円から出るんだ」
アレクシスが厳しい口調で命じた。天使は抗えず魔法円を出るしかなかった。
そのとき。
「あらぁ。間に合ったみたいね。……残念だわ……」
言葉の中身とは裏腹に愉快そうな声がアレクシスの耳元で囁かれた。弾かれるように振り向くとそこには妖艶な美女マダム・ペリペの姿があった。
驚きに目を見張るアレクシスに向かってマダムは甘く切ない笑みを浮かべ、軽く手を当てた胸元を揺らせた。
「死人にでも会ったような顔をしてるわよアレク……ふふ……。もっとも、もうじき死人はあなたの方だけれど……」
「グラディスっ!?」
なぜここに……と言いかけたアレクシスの唇をマダム・ペリペは人差し指でそっと抑えると、体を横へ捻った。マダムの後ろに立つ小柄な人物の影がアレクシスの目に飛び込んでくる。
「──トリニティ──」
硬く青白い表情をしたトリニティの姿を認めた途端、アレクシスは激情に駆られたようにマダム・ペリペの胸元を掴み揚げた。
「何故ここにあいつを連れてきたっ!」
「──あたしが頼んだのっ!」
トリニティが慌ててアレクシスの腕にしがみついた。
「お願い怒らないでっ──ううん、きっと怒られるとは思ったけど、どうしても来たかったの!」
「な──」
「──愛しているのっ! あなたを愛しているわ! だからここへ来たの! マダムに連れて行って欲しいって頼んだわ! だって、あなたに自分の気持ちを伝えないまま終わるなんて、絶対に嫌だったから!!」
トリニティの頭上から、アレクシスの憤激の声が降ってきた。
「何、馬鹿なこと言ってんだ!? 俺が何のためにお前に手を貸したか分かってるのか!? 自分が何してるのか分かってるのか!」
「──分かってるわ!」トリニティは顔を上げた。「自分が馬鹿なこと言ってるって分かってる! 自分のことしか考えてない、自分勝手な娘だって分かってる!」
「分かってるなら、さっさと帰れ! 俺は、お前の事なんか──」
「分かってるけど! ──だけど……! 仕方ないじゃない! 分かってるだけじゃダメなんだもの! 全然、ダメなんだもの……!」
叫ぶように張り上げていたトリニティの声が先細った。アレクシスの腕を握り締める手が震えてた。
「いくら頭で考えたって、自分勝手な行動なんてとっちゃダメなんだって分かってたって、どうしようも無いんだもの。あなたが傍にいるんでんきゃあたし、何にも意味が無いんだもの……呪いが解けて、大人の姿になれたことも、国の騒動が落ち着いたことも、新しい居場所が出来たことも……あなたの傍にいられるんで無くちゃ、何一つ、意味が無いんだもの……」
泣くまいと目を見開き、顔を上げた。声が震えていた。トリニティのそんな姿にアレクシスは声を荒げるのをやめ、唇を硬く引き結び横を向いた。
「国は……どうする気だ……」
掠れた声でかろうじて声を絞り出したアレクシスにトリニティは答えた。
「あの国はもう、誰が玉座に座ってもいいもの。旧王家も執政王家ももうないのだから。自分のように愛した男の為に国を捨てるような女よりも、真に国を思う者が王になったほうがいいわ」
「……本気でそう思ってるのか、あの時グラディスや民衆に誓った言葉は嘘だったのか」
「違うわ。それは本気よ。ただ……あたしは玉座に座る気は無いと思ってるだけ……ただ、勘違いはしないでねアレク。あたしはここへあなたと共に死にに来たつもりなんじゃないわ。ただ、伝えたかったの。あたしの気持ちを。そして知りたかった。あなたの気持ちを……」
トリニティは少し背伸びをしてアレクシスの横顔へ手を伸ばした。
「あたしはあなたを愛してる。好きよ? 大好き。どんなに言葉を重ねても言い足りないくらい好きよ。でも……でも……だめね、あなたがあたしをどう思っているのか聞きたいと思っても、それを聞くのは怖くてたまらないわ……」
トリニティの掌がアレクシスの頬に触れても、アレクシスは振り向かなかった。感情を押し込めようとするかのように苦しげな表情で唇をかみ締め、トリニティと視線を合わせようとはしない。
「馬鹿野郎……言いたいことを言ったんなら、さっさと帰っちまえ……!」
アレクシスがやっとその言葉を口にする。
「言いたいこと──」トリニティがアレクシスに伸ばしていた腕を下げた。「言いたいことなら、もちろん、まだあるわ!」翡翠の瞳に苛烈な力が宿る。
トリニティは台座の向こう側に立っていた魔王ブラックファイアへ向かって、歩を進めた。そして、おもむろに、バチリという音とともに、トリニティは魔王の左頬を思い切りはたいた。
いきなりの事態に呆然とする魔王に向かってトリニティは敢然と言い放った。
「さあ、これで目が覚めたっ!? 何よっ、その馬鹿みたいな顔! なら、もう一度よっ!」
トリニティは今度は魔王の右頬を拳で殴った。先ほどよりもずっと力を込めて。後ろでマダム・ペリペの黄色い笑い声が上がった。
天使アブリエルが慌ててトリニティの両腕を後ろから押さえ込んだ。トリニティは尚も魔王に殴りかかろうと暴れた。
「放して頂戴アブリエルっ!」
「ああっ!? ……ええと、そんなっ──」
アブリエルの狼狽をよそに、その腕から抜け出そうとトリニティは抗った。そして、魔王ブラックファイアに向かって吼えるように叫ぶ。
「あたしがなぜ貴方を叩いたのか分からないのっ? 叩かれて当たり前でしょ!? アレクにこんな事してっ! アレクの一族にこんなこと繰り返させてっ! あなた、それで満足なのっ」
興奮するトリニティとは対照的に、魔王の瞳に感情の動きはない。
「──仕方がないだろう。悪魔とは歪みの大きい存在なのだから。だから私は自分を……」
「仕方がないってなによっ! 訳が分からないわよっ。貴方、あたし達のことを馬鹿にしてるのっ!?」
「──おい──」
アレクシスが口を挟もうとするが、トリニティは構わなかった。
「別に馬鹿になどしているつもりはない」
「おい……!」
「貴方達は馬鹿よ! なぜあたし達と一緒に生きようとしないのっ!! あたし達を同じ土を踏み、あたし達と同じものを見、あたし達と同じ場所に居て、同じ時を生きているのに! 自分は迷惑な存在だから、世界が終わるまで封印されていたいですって? 貴方が愛した恋人が本当にそんな事を望んでいるとでも思っているのっ?」
トリニティはアブリエルの手を振り解くと、乱暴にその手を突き出した。
「──さあ! 手を取って!!」
差し出した手を取ろうとしない悪魔に苛立ちながら、トリニティは自分から魔王の手を取った。
「これでいいわ!! 貴方達はもうあたし達の仲間よ! これからこの地上で──一緒に生きていきくのよ! 天なんか、くそくらえよ!」
魔王は困惑した様子でトリニティを見つめている。
「あたしはアレクを助けたいの! 彼があたしを助けてくれたように! 今度はあたしが彼を縛り付けるものから、救い出したいのよ!!」
「……トリニティ……」
「アレク、あなた、あたしに言ったわよね? 限られた時間の中かもしれないけど、その中でどう生き、どう死ぬのかを選ぶのは自由だって! あたしはあなたを助けたい。あなたと共に生きたい。……その為の行動を何もせずに諦めてしまうなんて嫌なのよ! なりふり構ってる必要なんてない! 求めるものが手に入る希望が少しでもあるなら……ううん、たとえ少しも無くたって、そんなのあたしは構わない。やるだけやるの! やるっていったら、必ずやるのよ!! さあ──魔王! 貴方はあたしの手を取ったんだからね!」トリニティはブラックファイアの手を握り締めたまま決して放さなかった。「これで、貴方はあたし達と地上に戻ることが決まったわよ!」
「──なぜ──?」
あまりの唐突さに、流石に魔王も混乱しているのだろう。自分を掴む小さな手を真摯に見つめる。
「私が地上にあるだけで多くの災厄を呼び込むことは分かっているはずだ。現にその男も」
「ここに自分と一緒に貴方を閉じ込めれば、確かにアレクは一週間もしないうちに死んじゃうわよね。でもそれなら、地上に戻れば……少なくとも、一週間ですぐに死ぬなんていうことは無いはずじゃない? それならあたしはアレクにそっちの方を選んで欲しい」
「……他の者たちは……?」
「沢山の死を呼び込むの? 今までそうだったから?」トリニティは特大の吐息を一つついた。
「──あのねぇ、どうして気づかないの? マダム・ペリペだって、魔王イシリじゃないの? それなのに、どうして彼女は長く地上にいてもネリスは災厄だらけにならないの? それって、何か方法があるって事なんじゃないの?」
そう言ってトリニティはマダム・ペリペ──もう1人の魔王を──見つめる。マダムは訳知り顔で肩をすくめて見せた。
「フェリアーったら、昔から頭が固くって……融通が利かないったらなかったから。──こうと決め込んだらもう、他の人の台詞なんてまったく耳を貸さないのよねぇ」
ブラックファイアが無言で目を見開いた。
「やっぱりね……」トリニティは吐息を吐き出した。「アレクだって、どうしてそんな事を考えなかったの? 本当に男ってダメなんだから……。他の方法があるかもしれないなんて、あたしに対しては考え付くのに、自分に対しては考えても見なかったのね?」
「──いや、ちょっとまて……!」
トリニティは穏やかな声で魔王に語りかけた。
「……起き上がればいいのよ」そして微笑む。多くの困難を乗り越えてきた者だけが持つ強さを滲ませて。「たとえ倒れるような事があっても」
「起き上がって、前に進んで。後ろを振り返ったりしないで。たったいま躓いたその小石を拾い上げたりしないで、そのままそこに置いて行って。……しっかりと前だけを見据えて。そして進めばいい」
語りかけながら、その顔はアレクシスへと向き、トリニティは彼の傍へと進んだ。
「──それが生きるということ──そうじゃないかとあたしは思う。起き上がって辺りを見回せば、違う目線で物が見えてくる。……考え方さえ変えればきっと、こんな世界でも奇跡と喜びに溢れてる」
トリニティが手を伸ばした。アレクシスは黙って同じように手を伸ばし、その手をとった。手が、震えていた。
「そう思えば歩き続ける事も苦ではないわ。そうやって歩き続けていれば──いつか──気付いたときには自分の天寿が訪れているのじゃないかしら。気付いたときにはもうその時が来ているなら、前だけを向いて進んできたのなら……その時にはきっと──後悔なんてないと思うわ」
トリニティは腕を伸ばしアレクシスの首元に回した。しっかりと抱きしめる。
「あたし達は生きてる。この地上でね。天がどう動いていようと、 精一杯、生きて──生き抜いて……そして、いつか胸を張って死ぬの。これががあたしの答え。……マダム・ペリペにわかって貰えたこと。それを伝えて、あたしはマダムにここへ連れてきてもらったの。馬鹿な貴方をここから連れ出すためにね。──さあ、これで言いたいことは全部言ったわ」
トリニティとアレクシス。互いの距離がとても近い。抱きついたトリニティの身体を、アレクシスがそっと抱きしめた。トリニティは微笑みながらアレクシスを真っ直ぐに見つめた。瞳から涙が零れた。
「愛しているわアレクシス」アレクシスは無言でトリニティをきつく抱きしめた。「貴方の返事を聞きたいの」
「馬鹿野郎……」
アレクシスが掠れる声を絞り出すようにして答えた。
「何とも思ってない女のために、男が命なんて懸けるものか」
そして硬い息を吐き出す。
「馬鹿な事をしてる自覚はあったが止められなかった。自分の事を考えれば、あんたに深く関わるのは止めるべきだと分かってたのにな……何度もそうしようとしたんだが。それでも出来なかった」
「……アレクシス……」
「どうしようもなくガキで危なっかしいあんたに惹かれる自分を。だから後悔した。呪いの解けたあんたの姿を見たときに。自分がやったことなのに、見なければよかったと後悔した。だから何も言わずに立ち去ったんだ。あの場にそのまま留まっていたら、俺はお前の前から立ち去れなくなると思った──馬鹿は俺の方だ」
タンザナイトブルーの瞳が真っ直ぐにトリニティを見つめた。そのあまりの真剣な眼差しにトリニティは息を呑む。
「愛している。トリニティ」
トリニティの見開いた瞳からとうとう涙が零れ落ちた。その涙の雫ごと掬い取るようにアレクシスの頬が寄せられ、互いを求め合う気持ちそのままに、二人は唇を重ね合わせた。長く──長く。そして深く。思いの丈そのままに。
堅く抱きしめあう二人を見つめながら、マダム・ペリペが魔王に悪魔の囁きをする。
「いい加減観念して、こんな薄暗い地下壕から外に出なさいよフェリアー。あたしなんて、不屈の精神で彼の子孫を追っかけてるのよ。長い人生、楽しまなきゃダメよ。あたし達は悪魔なのよ? 天使だったら融通利かせる必要なんて無いけど、悪魔なんてものはねぇ、悪魔的に悪知恵を働かせればいいのよ。世界の理(ことわり)? そんなもの、あの子風に言えばくそくらえ、だわよ」
そして、世界が生まれた初めの時からの馴染みの者へ親愛の情のこもった目配せを送る。
「楽しいわよ。地上は。いろんな命が、生まれて、生きて、馬鹿をして、賑やかで目まぐるしくて息が詰まりそうよ。瞬きするのも忘れるくらい。……あんただって昔、そうだったでしょ? だから地上に残ることにしたんじゃないの」
「ああ……」
「──あの頃の気持ち、思い出した──?」
「ああ、そうだな」
「きっと楽しいわよ。あの子の傍で、あの子のする事を見ているのは。何しろ魔王のあんたを拳で殴りつけた小娘だものね」
「やだ、ちょっとマダム! それ言葉に出して言わないで頂戴っ。恥ずかしいからっ」
「何よいまさら。自分でやったくせに」
「だって仕方ないじゃない。本当に、ずっと貴方のことを叩いてやりたいって思ってたんだから……それはともかく」
トリニティは慌てて咳払いをすると話題を変えた。
「ともかく──後悔なんて、たっぷりとやるだけやった後に、それでもダメだったらその後にすればいいじゃない。貴方の翼は空を飛ぶ為のもののはずだもの……いつまでも此処に……この暗い地下にあるべきものじゃな。……違う……?」
トリニティは再びブラックファイアに向き直って再び手を差し出した。
「行きましょう?」
魔王は苦笑し……そして、トリニティへ向かってそっと手を差し出した。今度は、自分から。
「そうだな……」
その返事を聞き、トリニティは傍らのアレクシスを振り返った。王女の愛した男もまた、魔王と同じような笑みを浮かべていた。
トリニティは陽光が輝くような笑みを浮かべてアレクシスに抱きついた。アレクシスがきつく抱きしめ返した。
「行こう。地上へ──」
そして。
後の世に何一つ語られる事なく、タピスリーの織り目と織り目の間に埋もれる様にして消えていった叙事詩(バラッド)は──こうして終わる。
了
長い間のお付き合い、本当にありがとうございました。
本編が完結しましたが、外伝にもう数話載せる予定です。
絞り出すような声が閉じた扉の向こうから微かに聞こえてくる。扉を隔ててもなおくぐもったように聞こえるということは、おそらく両手で顔を覆っているのだろう。
「悪魔のくせにだらしないな」
小さく呟くその声に、声は素早く反応してきた。
「クソ外道野郎っ、覚えてろよ……!」
「人間の方が悪魔より余程に始末が悪いと言ったのはお前じゃなかったか? ……だがまあ、どうせ二度と会うことはないんだから、その捨て台詞は覚えてるつもりもないが」
悪魔ディーバは扉の外に描いた魔法円の中に閉じ込めてある。たとえアレクシスが死んでもそこから解放されることはなく、永劫に門番を務めるしかない。
悪魔ディーバの呪詛の呟きが延々と続く。室内では青い顔をした天使アブリエルが魔王ブラックファイアの隣に、祭壇を挟んでアレクシスと向かい合うようにして立っていた。
ネリス最北の地。西端にある地下ダンジョンの奥深く。魔王ブラックファイア封印の間で。
「本当によろしいのですか」
天使がおずおずと主に尋ねた。旋律を直接脳裏に響かせるように喋る天使のその声は、不可思議な余韻を引いた──声が震えているのだ。
「俺が死ねばお前に与えられた試練の時は終わる。お前はまた天界に戻れるだろう……心配はないはずだ」
天使アブリエルは死という言葉に大きく震えた。
「そんな……っ!!」大きく振り返って隣に立つ魔王に声をかける。「フェリアーっ!」
「……私の望みは、自らを永久に封じることだ。……世界の終りまで……」
「お前は魔法円の外に出ろ。円が閉じれば帰れなくなるぞ」
祭壇を中心にして床に刻みつけられた魔法円が微かな光を放っている。
「ですがっ!! 本当に、それでよろしいのですかっ! マスター! トリニティ王女のことはっ?」
言われて、アレクシスの顔が僅かに歪んだ。ずっと厳しい表情だったそれが、苦渋に満ちたように。
「彼女を愛していらっしゃるのではないのですか?」
「──俺はダンジョンマスターだ。生まれる前から、死んだ後までそう決まっている。こいつを術者とともに、魔法円で永久に封じ込めるために。……そのために、自分の人生のすべてをかけてきた」
「しかし」
「それ以外の生はない」
「──マスターっ!」
「それに」アレクシスは一呼吸置いて言葉を繋いだ。「どのみち地上に残っても長く生きてはいられないんだ。命のある内に魔王の封印を終えてしまいたい」
天使アブリエルの美しい顔が驚愕に歪んだ。
「……短い寿命しか持たないネリスの民の中でも、ダンジョンマスターの家系は特に短命だからな……。ダンジョンマスターは次代の子が生まれるまでは死ぬことさえできないが、俺は違う。もうこのダンジョンは完成していて、後は魔王を封印するだけだ。前例は適用されない」
「──」
「そんな顔は不要だ……俺はもう十分すぎるほど生きた」
アブリエルは主を凝視しながら、何度も浅い呼吸だけを繰り返した。
「そんな……でも……確かに、マスターは最近とても弱ってはいましたが……それは、繰り返される厳しい旅路と闘いの日々に、回復する暇さえないのだと。そう思っていました……。そして、フェリアーをこの世界に安定させて存在させるために、ご自身が封印の器となるよう契約したからだと──」
そこまで言って、天使は今更気づいたとでもいうように、両手で口元を覆った。
「ああ──そんな……!! フェリアーをその身に宿すために、もともと消費していた命の炎をさらに燃やしつくしたと言うのですか……? 魔王よ、貴方はなんという酷いことを……」
アブリエルの頬に涙の粒が零れ落ちた。ただ存在するだけで、こんな風に多くの人間の命を食らい尽くす魔王。その存在の忌々しさゆえに、自らを永久に封印することを望む魔王。誰かを想っても、共に生きることさえ許されない定め。
「神よ……なんて酷い……」
「さあ、行け! アブリエル! 魔法円から出るんだ」
アレクシスが厳しい口調で命じた。天使は抗えず魔法円を出るしかなかった。
そのとき。
「あらぁ。間に合ったみたいね。……残念だわ……」
言葉の中身とは裏腹に愉快そうな声がアレクシスの耳元で囁かれた。弾かれるように振り向くとそこには妖艶な美女マダム・ペリペの姿があった。
驚きに目を見張るアレクシスに向かってマダムは甘く切ない笑みを浮かべ、軽く手を当てた胸元を揺らせた。
「死人にでも会ったような顔をしてるわよアレク……ふふ……。もっとも、もうじき死人はあなたの方だけれど……」
「グラディスっ!?」
なぜここに……と言いかけたアレクシスの唇をマダム・ペリペは人差し指でそっと抑えると、体を横へ捻った。マダムの後ろに立つ小柄な人物の影がアレクシスの目に飛び込んでくる。
「──トリニティ──」
硬く青白い表情をしたトリニティの姿を認めた途端、アレクシスは激情に駆られたようにマダム・ペリペの胸元を掴み揚げた。
「何故ここにあいつを連れてきたっ!」
「──あたしが頼んだのっ!」
トリニティが慌ててアレクシスの腕にしがみついた。
「お願い怒らないでっ──ううん、きっと怒られるとは思ったけど、どうしても来たかったの!」
「な──」
「──愛しているのっ! あなたを愛しているわ! だからここへ来たの! マダムに連れて行って欲しいって頼んだわ! だって、あなたに自分の気持ちを伝えないまま終わるなんて、絶対に嫌だったから!!」
トリニティの頭上から、アレクシスの憤激の声が降ってきた。
「何、馬鹿なこと言ってんだ!? 俺が何のためにお前に手を貸したか分かってるのか!? 自分が何してるのか分かってるのか!」
「──分かってるわ!」トリニティは顔を上げた。「自分が馬鹿なこと言ってるって分かってる! 自分のことしか考えてない、自分勝手な娘だって分かってる!」
「分かってるなら、さっさと帰れ! 俺は、お前の事なんか──」
「分かってるけど! ──だけど……! 仕方ないじゃない! 分かってるだけじゃダメなんだもの! 全然、ダメなんだもの……!」
叫ぶように張り上げていたトリニティの声が先細った。アレクシスの腕を握り締める手が震えてた。
「いくら頭で考えたって、自分勝手な行動なんてとっちゃダメなんだって分かってたって、どうしようも無いんだもの。あなたが傍にいるんでんきゃあたし、何にも意味が無いんだもの……呪いが解けて、大人の姿になれたことも、国の騒動が落ち着いたことも、新しい居場所が出来たことも……あなたの傍にいられるんで無くちゃ、何一つ、意味が無いんだもの……」
泣くまいと目を見開き、顔を上げた。声が震えていた。トリニティのそんな姿にアレクシスは声を荒げるのをやめ、唇を硬く引き結び横を向いた。
「国は……どうする気だ……」
掠れた声でかろうじて声を絞り出したアレクシスにトリニティは答えた。
「あの国はもう、誰が玉座に座ってもいいもの。旧王家も執政王家ももうないのだから。自分のように愛した男の為に国を捨てるような女よりも、真に国を思う者が王になったほうがいいわ」
「……本気でそう思ってるのか、あの時グラディスや民衆に誓った言葉は嘘だったのか」
「違うわ。それは本気よ。ただ……あたしは玉座に座る気は無いと思ってるだけ……ただ、勘違いはしないでねアレク。あたしはここへあなたと共に死にに来たつもりなんじゃないわ。ただ、伝えたかったの。あたしの気持ちを。そして知りたかった。あなたの気持ちを……」
トリニティは少し背伸びをしてアレクシスの横顔へ手を伸ばした。
「あたしはあなたを愛してる。好きよ? 大好き。どんなに言葉を重ねても言い足りないくらい好きよ。でも……でも……だめね、あなたがあたしをどう思っているのか聞きたいと思っても、それを聞くのは怖くてたまらないわ……」
トリニティの掌がアレクシスの頬に触れても、アレクシスは振り向かなかった。感情を押し込めようとするかのように苦しげな表情で唇をかみ締め、トリニティと視線を合わせようとはしない。
「馬鹿野郎……言いたいことを言ったんなら、さっさと帰っちまえ……!」
アレクシスがやっとその言葉を口にする。
「言いたいこと──」トリニティがアレクシスに伸ばしていた腕を下げた。「言いたいことなら、もちろん、まだあるわ!」翡翠の瞳に苛烈な力が宿る。
トリニティは台座の向こう側に立っていた魔王ブラックファイアへ向かって、歩を進めた。そして、おもむろに、バチリという音とともに、トリニティは魔王の左頬を思い切りはたいた。
いきなりの事態に呆然とする魔王に向かってトリニティは敢然と言い放った。
「さあ、これで目が覚めたっ!? 何よっ、その馬鹿みたいな顔! なら、もう一度よっ!」
トリニティは今度は魔王の右頬を拳で殴った。先ほどよりもずっと力を込めて。後ろでマダム・ペリペの黄色い笑い声が上がった。
天使アブリエルが慌ててトリニティの両腕を後ろから押さえ込んだ。トリニティは尚も魔王に殴りかかろうと暴れた。
「放して頂戴アブリエルっ!」
「ああっ!? ……ええと、そんなっ──」
アブリエルの狼狽をよそに、その腕から抜け出そうとトリニティは抗った。そして、魔王ブラックファイアに向かって吼えるように叫ぶ。
「あたしがなぜ貴方を叩いたのか分からないのっ? 叩かれて当たり前でしょ!? アレクにこんな事してっ! アレクの一族にこんなこと繰り返させてっ! あなた、それで満足なのっ」
興奮するトリニティとは対照的に、魔王の瞳に感情の動きはない。
「──仕方がないだろう。悪魔とは歪みの大きい存在なのだから。だから私は自分を……」
「仕方がないってなによっ! 訳が分からないわよっ。貴方、あたし達のことを馬鹿にしてるのっ!?」
「──おい──」
アレクシスが口を挟もうとするが、トリニティは構わなかった。
「別に馬鹿になどしているつもりはない」
「おい……!」
「貴方達は馬鹿よ! なぜあたし達と一緒に生きようとしないのっ!! あたし達を同じ土を踏み、あたし達と同じものを見、あたし達と同じ場所に居て、同じ時を生きているのに! 自分は迷惑な存在だから、世界が終わるまで封印されていたいですって? 貴方が愛した恋人が本当にそんな事を望んでいるとでも思っているのっ?」
トリニティはアブリエルの手を振り解くと、乱暴にその手を突き出した。
「──さあ! 手を取って!!」
差し出した手を取ろうとしない悪魔に苛立ちながら、トリニティは自分から魔王の手を取った。
「これでいいわ!! 貴方達はもうあたし達の仲間よ! これからこの地上で──一緒に生きていきくのよ! 天なんか、くそくらえよ!」
魔王は困惑した様子でトリニティを見つめている。
「あたしはアレクを助けたいの! 彼があたしを助けてくれたように! 今度はあたしが彼を縛り付けるものから、救い出したいのよ!!」
「……トリニティ……」
「アレク、あなた、あたしに言ったわよね? 限られた時間の中かもしれないけど、その中でどう生き、どう死ぬのかを選ぶのは自由だって! あたしはあなたを助けたい。あなたと共に生きたい。……その為の行動を何もせずに諦めてしまうなんて嫌なのよ! なりふり構ってる必要なんてない! 求めるものが手に入る希望が少しでもあるなら……ううん、たとえ少しも無くたって、そんなのあたしは構わない。やるだけやるの! やるっていったら、必ずやるのよ!! さあ──魔王! 貴方はあたしの手を取ったんだからね!」トリニティはブラックファイアの手を握り締めたまま決して放さなかった。「これで、貴方はあたし達と地上に戻ることが決まったわよ!」
「──なぜ──?」
あまりの唐突さに、流石に魔王も混乱しているのだろう。自分を掴む小さな手を真摯に見つめる。
「私が地上にあるだけで多くの災厄を呼び込むことは分かっているはずだ。現にその男も」
「ここに自分と一緒に貴方を閉じ込めれば、確かにアレクは一週間もしないうちに死んじゃうわよね。でもそれなら、地上に戻れば……少なくとも、一週間ですぐに死ぬなんていうことは無いはずじゃない? それならあたしはアレクにそっちの方を選んで欲しい」
「……他の者たちは……?」
「沢山の死を呼び込むの? 今までそうだったから?」トリニティは特大の吐息を一つついた。
「──あのねぇ、どうして気づかないの? マダム・ペリペだって、魔王イシリじゃないの? それなのに、どうして彼女は長く地上にいてもネリスは災厄だらけにならないの? それって、何か方法があるって事なんじゃないの?」
そう言ってトリニティはマダム・ペリペ──もう1人の魔王を──見つめる。マダムは訳知り顔で肩をすくめて見せた。
「フェリアーったら、昔から頭が固くって……融通が利かないったらなかったから。──こうと決め込んだらもう、他の人の台詞なんてまったく耳を貸さないのよねぇ」
ブラックファイアが無言で目を見開いた。
「やっぱりね……」トリニティは吐息を吐き出した。「アレクだって、どうしてそんな事を考えなかったの? 本当に男ってダメなんだから……。他の方法があるかもしれないなんて、あたしに対しては考え付くのに、自分に対しては考えても見なかったのね?」
「──いや、ちょっとまて……!」
トリニティは穏やかな声で魔王に語りかけた。
「……起き上がればいいのよ」そして微笑む。多くの困難を乗り越えてきた者だけが持つ強さを滲ませて。「たとえ倒れるような事があっても」
「起き上がって、前に進んで。後ろを振り返ったりしないで。たったいま躓いたその小石を拾い上げたりしないで、そのままそこに置いて行って。……しっかりと前だけを見据えて。そして進めばいい」
語りかけながら、その顔はアレクシスへと向き、トリニティは彼の傍へと進んだ。
「──それが生きるということ──そうじゃないかとあたしは思う。起き上がって辺りを見回せば、違う目線で物が見えてくる。……考え方さえ変えればきっと、こんな世界でも奇跡と喜びに溢れてる」
トリニティが手を伸ばした。アレクシスは黙って同じように手を伸ばし、その手をとった。手が、震えていた。
「そう思えば歩き続ける事も苦ではないわ。そうやって歩き続けていれば──いつか──気付いたときには自分の天寿が訪れているのじゃないかしら。気付いたときにはもうその時が来ているなら、前だけを向いて進んできたのなら……その時にはきっと──後悔なんてないと思うわ」
トリニティは腕を伸ばしアレクシスの首元に回した。しっかりと抱きしめる。
「あたし達は生きてる。この地上でね。天がどう動いていようと、 精一杯、生きて──生き抜いて……そして、いつか胸を張って死ぬの。これががあたしの答え。……マダム・ペリペにわかって貰えたこと。それを伝えて、あたしはマダムにここへ連れてきてもらったの。馬鹿な貴方をここから連れ出すためにね。──さあ、これで言いたいことは全部言ったわ」
トリニティとアレクシス。互いの距離がとても近い。抱きついたトリニティの身体を、アレクシスがそっと抱きしめた。トリニティは微笑みながらアレクシスを真っ直ぐに見つめた。瞳から涙が零れた。
「愛しているわアレクシス」アレクシスは無言でトリニティをきつく抱きしめた。「貴方の返事を聞きたいの」
「馬鹿野郎……」
アレクシスが掠れる声を絞り出すようにして答えた。
「何とも思ってない女のために、男が命なんて懸けるものか」
そして硬い息を吐き出す。
「馬鹿な事をしてる自覚はあったが止められなかった。自分の事を考えれば、あんたに深く関わるのは止めるべきだと分かってたのにな……何度もそうしようとしたんだが。それでも出来なかった」
「……アレクシス……」
「どうしようもなくガキで危なっかしいあんたに惹かれる自分を。だから後悔した。呪いの解けたあんたの姿を見たときに。自分がやったことなのに、見なければよかったと後悔した。だから何も言わずに立ち去ったんだ。あの場にそのまま留まっていたら、俺はお前の前から立ち去れなくなると思った──馬鹿は俺の方だ」
タンザナイトブルーの瞳が真っ直ぐにトリニティを見つめた。そのあまりの真剣な眼差しにトリニティは息を呑む。
「愛している。トリニティ」
トリニティの見開いた瞳からとうとう涙が零れ落ちた。その涙の雫ごと掬い取るようにアレクシスの頬が寄せられ、互いを求め合う気持ちそのままに、二人は唇を重ね合わせた。長く──長く。そして深く。思いの丈そのままに。
堅く抱きしめあう二人を見つめながら、マダム・ペリペが魔王に悪魔の囁きをする。
「いい加減観念して、こんな薄暗い地下壕から外に出なさいよフェリアー。あたしなんて、不屈の精神で彼の子孫を追っかけてるのよ。長い人生、楽しまなきゃダメよ。あたし達は悪魔なのよ? 天使だったら融通利かせる必要なんて無いけど、悪魔なんてものはねぇ、悪魔的に悪知恵を働かせればいいのよ。世界の理(ことわり)? そんなもの、あの子風に言えばくそくらえ、だわよ」
そして、世界が生まれた初めの時からの馴染みの者へ親愛の情のこもった目配せを送る。
「楽しいわよ。地上は。いろんな命が、生まれて、生きて、馬鹿をして、賑やかで目まぐるしくて息が詰まりそうよ。瞬きするのも忘れるくらい。……あんただって昔、そうだったでしょ? だから地上に残ることにしたんじゃないの」
「ああ……」
「──あの頃の気持ち、思い出した──?」
「ああ、そうだな」
「きっと楽しいわよ。あの子の傍で、あの子のする事を見ているのは。何しろ魔王のあんたを拳で殴りつけた小娘だものね」
「やだ、ちょっとマダム! それ言葉に出して言わないで頂戴っ。恥ずかしいからっ」
「何よいまさら。自分でやったくせに」
「だって仕方ないじゃない。本当に、ずっと貴方のことを叩いてやりたいって思ってたんだから……それはともかく」
トリニティは慌てて咳払いをすると話題を変えた。
「ともかく──後悔なんて、たっぷりとやるだけやった後に、それでもダメだったらその後にすればいいじゃない。貴方の翼は空を飛ぶ為のもののはずだもの……いつまでも此処に……この暗い地下にあるべきものじゃな。……違う……?」
トリニティは再びブラックファイアに向き直って再び手を差し出した。
「行きましょう?」
魔王は苦笑し……そして、トリニティへ向かってそっと手を差し出した。今度は、自分から。
「そうだな……」
その返事を聞き、トリニティは傍らのアレクシスを振り返った。王女の愛した男もまた、魔王と同じような笑みを浮かべていた。
トリニティは陽光が輝くような笑みを浮かべてアレクシスに抱きついた。アレクシスがきつく抱きしめ返した。
「行こう。地上へ──」
そして。
後の世に何一つ語られる事なく、タピスリーの織り目と織り目の間に埋もれる様にして消えていった叙事詩(バラッド)は──こうして終わる。
了
長い間のお付き合い、本当にありがとうございました。
本編が完結しましたが、外伝にもう数話載せる予定です。
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