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第2部 神の愛娘

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 流れるような白銀の髪を揺らし、美しい綾織のドレスを細身にまとった姫君が、ドレスのすそをゆったりと揺らしながら、塔の最上部へと登っていった。
 外は明るく、今日は雲ひとつない陽気だというのに、この塔の中は暗く湿り気を帯びていて寒ささえ感じる。
 塔はしっかりとした厚いレンガ造りだったが、よくよくみれば割れていたり欠けていたりするものも多く、補修は殆どされていないようで荒れ果てていた。
 姫君は塔の最上部に設けられた部屋の扉をそっと叩いた。
「……お加減はいかがですか?」
 声は鈴を鳴らすようだった。
 美しい紫の瞳が、扉の向こうのベッドに横たわる人物を案じて、心配そうに曇っていた。
 その瞳に映る憂いを晴らすためなら、どんな男達でも己の命さえ投げ出さんとするだろうというほど、その姫君は可憐で儚げで、そして美しかった。
「入らないで!!」
 扉の向こうから、罵声と同時に何かが投げつけられたのだろう、大きな音がした。
 かすれた声は年経た者のそれだったが、喋り方はまるで童女のようでもあった。だがひどく憎しみのこもった声で、扉の前に立つ姫君を怒鳴りつけた。
「あんたにアタシの何が分かるっていうの!? 入ってこないで!! あんたの顔なんて見たくもないわ!!」
 浴びせかけられた罵声にか、姫君の目に真珠のような涙が浮かんだ。姫君は後ろに控えていた壮年の騎士の胸に飛び込み、両手で顔を覆った。
「──あんまりです」
 喉の奥底から搾り出すように発せられた姫君のその言葉は、彼女に浴びせられた罵倒の声を非難するものではなく、扉の向こうの人物とこの国の行く末を案じるゆえの言葉だ。
 それを知る騎士は、深い吐息と共に姫の肩を抱きしめた。

 天を仰ぎ、心の中で呟く。
 神よ。天の下で蠢く我等にもその慈悲をおかけ下さい、と。

 明り取りの小窓から外の明るい陽光が差し込み、塔の闇を一層暗く感じさせた。

 その闇の暗さは、まるでこの国の行く末と彼らの進む先を象徴するかのようだった。
 だが、心は既に定まり、進むべき道は決まっている。もはや誰にもそれを変える事などかなわない。
 騎士の姫を抱きしめる腕に力が入った。
 
 闇は、騎士も姫も国も世界もすべてを飲み込み、舞台の幕が開けるその時をじっと待っているかのようだった。


(続く)
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