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後悔
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「放送席、放送席! 見事オリンピックで金メダルの歴史的快挙を成し遂げた羽生飛鳥選手です。おめでとうございます!」
俺は顔を覆うのを止め、インタビューに答える。
「ありがとうございます」
「世界大会では勝てないと言われ続けてきましたけど、オリンピックという大舞台での金メダル、喜びも一入じゃないですか?」
「はい、偏に皆様の応援と私達を支えてくれたスタッフ達のお蔭だと思います」
「次の目標はズバリ世界新記録ですね?」
「ははは、頑張ります」
「では、応援してくれた皆様に喜びのメッセージをお願いします」
「え~、皆様の期待に応えられて嬉しいです。これからも応援お願いします」
「金メダリストの羽生飛鳥さんでした」
パチパチパチパチ……
控え室に戻ると、日本の選手やスタッフから大歓迎を受けた。大嶋とも抱き合って喜びを噛み締めた。だが、100%の気持ちで喜べる訳も無い。大嶋には色んな意味で感謝をしているが、暴露される可能性もあるし、そもそも、尿検査で引っ掛かるかも知れない。
そして、その時は来た。男性検査員に連れられてトイレへ向かう。本当に検査で引っ掛からない薬なのだろうか……。あまりの緊張の為、検査内容以前に不審だと検査員に思われてしまいそうだ。こんな嫌な緊張はいつ振りだろうか? どの大会を思い出しても、こんな変な汗をかいた事など無い。
結果は……
陰性
大嶋の話は本当だった。本当に尿検査では分からない薬が存在していた。そうなると、他の選手も? と疑ってしまう。特に日本人選手……。確かに、俺は大嶋と仲が良いが、他にも仲の良い選手もいるだろう。まあ、そこは別に良いか。とにかく、俺は晴れて金メダリストだ。
俺には、この後も100m×4リレーが控えていたが、軽い肉離れという理由で出場を辞退した。もし、ドーピングが明らかになった場合、他の選手にも迷惑が掛かるからだ。個人競技と団体競技では責任感が段違いなのは言うまでもないだろう。
オリンピック閉会式の後、金メダリストの俺はテレビに引っ張りダコとなった。ニュース番組を皮切りに、バラエティー番組にも何本か出演した。そして、CM の話も何本か入るのだが、不倫をするかも知れないからと笑いながら断った。もちろん、そんな理由では無く、ドーピングがバレれば CM は違約金が考えられない額になると聞いているからだ。それでも、違約金は要らないからとスポーツドリンクとスポーツメーカーの会社の CM が決まった。契約金は1,500万円と1,000万円だと言う。ありがたい、俺みたいなダメ人間にそんな大金を用意してくれるとは……。
だが、そんな多忙な日々を1ヶ月程過ごした時、遂に恐れていた事が起こった。トレーナーの大嶋が暴露本を出すというのを陸上仲間から聞いたんだ。スティーブン・アンダーソンのドーピング暴露本は20万部という大ヒット。大嶋には出版社の知り合いもいるだろうし、断り切れなかったのかも知れない。そもそも、大ヒットになれば大金も入ってくる。大嶋を恨むのは筋違いだ。俺が悪いのだから……。
ネットニュースでは俺がドーピングしたのではないか、という噂が既に流れている。もう逃げ切る事は出来ない。
どうも人間という生き物は、悪に対しては何をしても正義だという勘違いをしている。少し悪い事をした芸能人が叩かれ過ぎて自殺に追い込まれたり、社会復帰が出来無いようになってしまう話はよく聞くだろう。また、ゾンビを殺すようなゲームが流行っているが、これも、悪なら殺しても良いというヒロイズムを満たせるから人気になるのかも知れない。これから俺は、有る事無い事関係無く、ネットやメディアで叩かれ続ける事になる。家族や親族にも迷惑を掛けてしまう。だが、これを止める方法が1つだけある。それは……自殺だ。さすがに、死屍に鞭打つ行為はしないだろう。俺はこの事態を想定して、前々から自殺を少し考えていた。
「どうしたの? 真剣な顔をして」
妻の愛梨が俺の異変に気付いたのか、娘の紬を抱きながら、笑顔で話し掛けてきた。
「ああ、何でもないよ。愛梨は俺と結婚して幸せかなと思ってさ」
「何? いきなり。もちろん幸せよ。金メダリストの優しいパパと可愛い紬が居れば何も要らないわ」
俺は金メダリストと言われると、毎回、胸を突き刺されるような気分になる。
「そうか……紬~良い子になるんだよ~」
俺は紬の頬を右手人差し指で突っつきながら言った。
「何か悩んでるみたいだけど、あんまり色々考え過ぎないでね。あなたのしたいようにしてもらって構わないから」
「ああ、ありがとう」
その日の夜、俺は妻と娘が寝静まったのを確認して、買ってきた睡眠薬とウイスキーをテーブルに置いた。3種類の市販睡眠薬、計36錠とウイスキー700mlを全て飲めば死ねるだろう。仮にも日本チャンピオンが自殺をしなければならなくなるなんて……。ホントにバカな事をした。
愛梨、今までありがとう。俺がドーピングによって金メダリストになれたお蔭で、2人が当分暮らしていける金は稼げたと思う。紬、俺のようにはならず、自分に正直に生きてくれ。
俺は顔を覆うのを止め、インタビューに答える。
「ありがとうございます」
「世界大会では勝てないと言われ続けてきましたけど、オリンピックという大舞台での金メダル、喜びも一入じゃないですか?」
「はい、偏に皆様の応援と私達を支えてくれたスタッフ達のお蔭だと思います」
「次の目標はズバリ世界新記録ですね?」
「ははは、頑張ります」
「では、応援してくれた皆様に喜びのメッセージをお願いします」
「え~、皆様の期待に応えられて嬉しいです。これからも応援お願いします」
「金メダリストの羽生飛鳥さんでした」
パチパチパチパチ……
控え室に戻ると、日本の選手やスタッフから大歓迎を受けた。大嶋とも抱き合って喜びを噛み締めた。だが、100%の気持ちで喜べる訳も無い。大嶋には色んな意味で感謝をしているが、暴露される可能性もあるし、そもそも、尿検査で引っ掛かるかも知れない。
そして、その時は来た。男性検査員に連れられてトイレへ向かう。本当に検査で引っ掛からない薬なのだろうか……。あまりの緊張の為、検査内容以前に不審だと検査員に思われてしまいそうだ。こんな嫌な緊張はいつ振りだろうか? どの大会を思い出しても、こんな変な汗をかいた事など無い。
結果は……
陰性
大嶋の話は本当だった。本当に尿検査では分からない薬が存在していた。そうなると、他の選手も? と疑ってしまう。特に日本人選手……。確かに、俺は大嶋と仲が良いが、他にも仲の良い選手もいるだろう。まあ、そこは別に良いか。とにかく、俺は晴れて金メダリストだ。
俺には、この後も100m×4リレーが控えていたが、軽い肉離れという理由で出場を辞退した。もし、ドーピングが明らかになった場合、他の選手にも迷惑が掛かるからだ。個人競技と団体競技では責任感が段違いなのは言うまでもないだろう。
オリンピック閉会式の後、金メダリストの俺はテレビに引っ張りダコとなった。ニュース番組を皮切りに、バラエティー番組にも何本か出演した。そして、CM の話も何本か入るのだが、不倫をするかも知れないからと笑いながら断った。もちろん、そんな理由では無く、ドーピングがバレれば CM は違約金が考えられない額になると聞いているからだ。それでも、違約金は要らないからとスポーツドリンクとスポーツメーカーの会社の CM が決まった。契約金は1,500万円と1,000万円だと言う。ありがたい、俺みたいなダメ人間にそんな大金を用意してくれるとは……。
だが、そんな多忙な日々を1ヶ月程過ごした時、遂に恐れていた事が起こった。トレーナーの大嶋が暴露本を出すというのを陸上仲間から聞いたんだ。スティーブン・アンダーソンのドーピング暴露本は20万部という大ヒット。大嶋には出版社の知り合いもいるだろうし、断り切れなかったのかも知れない。そもそも、大ヒットになれば大金も入ってくる。大嶋を恨むのは筋違いだ。俺が悪いのだから……。
ネットニュースでは俺がドーピングしたのではないか、という噂が既に流れている。もう逃げ切る事は出来ない。
どうも人間という生き物は、悪に対しては何をしても正義だという勘違いをしている。少し悪い事をした芸能人が叩かれ過ぎて自殺に追い込まれたり、社会復帰が出来無いようになってしまう話はよく聞くだろう。また、ゾンビを殺すようなゲームが流行っているが、これも、悪なら殺しても良いというヒロイズムを満たせるから人気になるのかも知れない。これから俺は、有る事無い事関係無く、ネットやメディアで叩かれ続ける事になる。家族や親族にも迷惑を掛けてしまう。だが、これを止める方法が1つだけある。それは……自殺だ。さすがに、死屍に鞭打つ行為はしないだろう。俺はこの事態を想定して、前々から自殺を少し考えていた。
「どうしたの? 真剣な顔をして」
妻の愛梨が俺の異変に気付いたのか、娘の紬を抱きながら、笑顔で話し掛けてきた。
「ああ、何でもないよ。愛梨は俺と結婚して幸せかなと思ってさ」
「何? いきなり。もちろん幸せよ。金メダリストの優しいパパと可愛い紬が居れば何も要らないわ」
俺は金メダリストと言われると、毎回、胸を突き刺されるような気分になる。
「そうか……紬~良い子になるんだよ~」
俺は紬の頬を右手人差し指で突っつきながら言った。
「何か悩んでるみたいだけど、あんまり色々考え過ぎないでね。あなたのしたいようにしてもらって構わないから」
「ああ、ありがとう」
その日の夜、俺は妻と娘が寝静まったのを確認して、買ってきた睡眠薬とウイスキーをテーブルに置いた。3種類の市販睡眠薬、計36錠とウイスキー700mlを全て飲めば死ねるだろう。仮にも日本チャンピオンが自殺をしなければならなくなるなんて……。ホントにバカな事をした。
愛梨、今までありがとう。俺がドーピングによって金メダリストになれたお蔭で、2人が当分暮らしていける金は稼げたと思う。紬、俺のようにはならず、自分に正直に生きてくれ。
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