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8年後の約束
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翌日
木村はリハーサルを順調に終え、控え室で本番を待っていた。すると、周りが騒々しくなった。
ドンドンドン
「失礼します! 木村さん!」
大塚が血相を変えて楽屋に入って来た。
「どうしました?!」
「木村さん! 特殊詐欺グループに関わってたんですか?!」
「いや、関わってないよ。騙されて俺の声を無断で使われたんだよ」
「そうなんですね……。でも、それも駄目ですよ。既に風評被害が出てて……。今日の出演キャンセルになりました」
「いや、俺は被害者なんだよ?」
「そんな事言っても……芸能界ってそういうもんですよ! もっと早く言ってくれないと困りますよ」
何処から情報が漏れたか分からないが、ネットの力は凄い。木村の声が使われたという本当の情報もあれば、木村が主犯だというガセニュースまで……。木村に説明をする間を与えず、色んな情報が飛び交っていた。大塚の話によれば、木村の仕事はどんどんキャンセルが入っていると言う。大塚は木村を説教する間も無く電話が次々鳴る。そして遂に、木村本人に芸能リポーターが押し寄せてきた。
「木村さん! 特殊詐欺に関わってたって本当ですか?!」
「いやいや、騙されて音声を使われただけです。私も被害者なんです」
「じゃあ、騙されて、お年寄りからお金を騙し取ったと言う訳ですね?!」
「いやいや、そうじゃなくて!」
大塚が割って話す。
「すいません! 明日会見を開きますので! 木村は被害者なんです! 通してください!」
リポーターから逃げるように、2人は車に乗り込んだ。
その頃、日吉は舞を尾行、野々村と小牧は一緒に木村についてのニュースを見ていた。野々村は小牧に話す。
「?! 木村って芸能人だったのか?」
「えっ?! 知らなかったんですか?」
「あんなやつ見た事無いぞ。そもそも、あの顔で芸能人とか無理があるだろ。失礼な話だが……」
「まだテレビは1回しか出てないですからね。しかも、顔出しはしていませんし……。モノマネバトルの視聴率って15%ぐらいなんで、知らなくても不思議じゃないですよ。ただ、かなり話題になって、ネットニュースとかで取り上げられてたんで、2割以上の人が知ってるんじゃないですか?」
「日吉も知っていたのか?」
「もちろん、知ってますよ」
「知らなかったのは、俺だけか……」
野々村はスマホでネットニュースを調べた。
『第4回モノマネバトルの新人王は、木村一郎さんが激似のモノマネ3人を披露し圧勝! 少し前まではオーディションも通らなかったとの事だが、モノマネマスクを使用して大爆笑を誘った』
野々村は小牧に尋ねる。
「どうなんだ、木村は? モノマネの素質はあるのか?」
「素質があるなんてもんじゃ無いですよ! 100年に1人の天才じゃないですか?」
「そんなに凄いのか?!」
「そもそも、米山の特殊詐欺だって、木村の声真似を利用しての犯罪じゃないですか」
「そうなのか?! 木村を騙して利用したって聞いていたんで、受け子か何かに利用したのかと勝手に勘違いしていて深く考えていなかったよ」
「この間、木村に逃げられたのだって、木村の声真似が上手過ぎたからですよ」
「どういう事だ?」
「木村をパトカーに乗せて、日吉に見張らせていたんですが、日吉がタバコを吸いに車を降りた時に、私のスマホから日吉の声で木村が電話を掛けてきたんです」
「そんな短時間で、お前を騙すほどの日吉の声真似が出来ると言うのか?!」
「そうなんです、あいつは、声真似の天才ですよ」
「待て待て! じゃあ、米山の声真似も出来るじゃないか!」
「まあ、出来ますよね」
「米山が日吉に電話を掛けてきたって言っていたが、それは、木村が米山の声真似をして掛けて来てたんじゃないのか?!」
「いや、ちょっと待ってください。日吉へ掛けてきた番号を後で調べると、確かに米山のスマホの番号でした」
「それは、木村が米山を殺した後、スマホを盗んだからじゃないか?!」
「!!」
「整理するぞ。木村は米山に呼び出されたのか、呼び出したのか分からないが、廃工場で米山の背後に回り、心臓を一突き。そして、自宅へ戻り、日吉に米山のスマホから米山の声真似で電話を掛けた……」
「辻褄が合いますね」
「あっ!!」
「?」
「マスク! モノマネマスクか!」
「え?」
「米山は逃走中だったんで、マスクをしていたんだろう。そして、木村に刺されて息絶える前にダイイングメッセージとして、マスクを握ったんだ」
「なるほど」
「そう言えば、あの舞ちゃんて子、米山がマスクを握っていたって伝えた後、様子がおかしくなったな。マスクで全部理解したんだ。あの子は相当切れる」
その時、小牧に日吉から電話が掛かってきた。
「もしもし、小牧です」
「お疲れ様です、舞さんに動きがありました。出掛けるようです」
「了解、木村と出会ったら連絡してくれ」
舞は4時半に中谷からモノマネマスクを受けとる約束をしていたので、仕事を終え、電車に乗って、中谷の会社へ向かいながら、電車の中でスマホのネットニュースを見る。舞は、木村が詐欺グループの一味として疑われ、大変な事になっていると知った。電車を降り、中谷の会社近くまで行くと、中谷が外で待ってくれていた。
「舞ちゃん! 木村さん大丈夫なの?」
中谷も木村の状況を知っている様子だ。
「分からないです。取り敢えず、モノマネマスクは依頼されたので貰いにきたんですけど……」
「この状況だと、当分使われないかもな」
「お金を……」
「そうだね、受領書に名前お願い出来るかな」
舞は受領書に名前を書く。
「……」
「大丈夫? 舞ちゃんも大変そうだけど」
「そうですね、私がしっかりしないと」
「舞ちゃんは元気じゃないと似合わないよ」
「ありがとう。頑張ります」
「木村さん支えてあげて」
舞は中谷と別れ、駅へ戻る途中、スマホが鳴った。ディスプレイには木村一郎と表示されている。
「もしもし、木村さん?!」
「舞ちゃん、ニュースで知ってるかな? 今、大変な事になってて……」
「知ってます」
「仕事全てキャンセルになっちゃったんだ。夜は会見の打ち合わせとか忙しいんだけど、今から会えないかな?」
「大丈夫ですよ」
「ゆっくりデートがしたかったけど、そういう訳にはいかないんだ」
「分かります。『桜の花』でどうですか?」
「分かった。30分後に行くよ」
その頃、舞を尾行している日吉から小牧に電話が掛かってきた。
「お疲れ様です」
「どうだ? 動きはあったか?」
「いえ、特には……。知り合いに会いに行っていたようです。今、自宅に着きました」
「そうか……。まあ、木村も今は大変な状況だからな、女と会っている場合じゃ無いだろ」
「そうですね……。ん?」
「どうかしたか?」
「タクシーが停まりました。木村かもしれません」
「!!」
「木村です! どうしましょう?」
「大丈夫だ、舞さんに危害を加えるような事は無い。そのまま状況を伝えてくれ」
小牧はそう言うと、オンフックボタンをタッチした。
「承知しました」
小牧は野々村に話す。
「野々村さん、木村が舞さんに接触しました」
「そうか、取り敢えず近くまで行くか。舞さんが木村を突き詰めて、逆上する可能性もゼロでは無いからな」
「木村も『桜の花』に入りました」
「木村が去った後、舞さんに接触してみよう」
「桜の花」店内
舞の母親は1階の店内には居ないようだ。恐らく2階の部屋に居るのだろう。
「舞ちゃんありがとう。急に会ってもらって」
「いえいえ、木村さん大変な状況だから、ちょっとでも力になれたらと思って……。取り敢えず、新しいモノマネマスク渡しておきます」
「あ、そうだね、ありがとう」
舞は自分のカバンから透明のビニール袋に入ったモノマネマスクを取り出し、木村へ渡すと厨房へ向かう。木村はお金を払う事も忘れて話す。
「ニュース見てるなら、知ってるよね? 俺、どうすれば良いかな?」
舞は木村の質問に答えず、厨房の冷蔵庫からオレンジジュースのパックを取り出し、グラスを2つ用意して注ぐ。そして、両手でオレンジジュースの入ったグラスを1つずつ持ち、黙ったまま1番奥の席まで歩いて、テーブルに置いた。
「ここ、1番良い椅子なんで、こっちで話しましょう」
木村と舞は座ってジュースを1口飲んだ。すると、舞は自分の考えを話し出した。
「取り敢えず詐欺の件ですが、木村さんは完全に被害者なんで、会見で正直にありのままを話せば良いですよ」
「仕事に影響無いのかな?」
「もちろん、1ヶ月ぐらいは仕事入らないですけど、それも徐々に入るようになりますよ。人の噂も75日って言いますもんね。あ、それだと2ヶ月半掛かっちゃいますけど……」
「そうか、取り敢えず、明日の会見でちゃんと話せば大丈夫そうだな」
「それよりも大きな問題があります」
「ん?」
「木村さん私に隠し事してないですか?」
「桜の花」には大きな窓があるのだが、そこから外を見ると、夕焼けが綺麗に空を染めていた。
「隠し事? 浮気なんかしてないよ?」
「真面目な話してます!」
舞は真剣な眼差しで、声を張り上げた。
「何だろう?」
木村は何の事か分からないという表情だ。舞は立ち上がって話を続ける。
「私、この歳まで真面目に生きてきたつもりです。嘘をついた事もあると思いますが、とにかく真面目に生きてきました。正しい事をしてきたつもりですが、初めて悪い事をしようとしました」
「?」
木村はまだ状況が飲み込めていないようだ。
「これが友情なのか、愛情なのか、よく分かりませんが、犯罪者を助けようと思ったんです」
「!!」
木村の表情が一変した。細い目を目一杯見開く。
舞は入り口扉の方へ歩きながら話を続ける。舞は緊張なのか恐怖なのか悲しさなのか悔しさなのか、声が震えている。
「今回も、木村さんは私を頼りにしてくれました。前回も、その前も……。気付きませんでしたが、私って、そういうのに憧れがあったみたいなんです。頼られたい願望っていうのかな? ピンチをチャンスに変える能力を活かせる場が欲しかったのかもしれません。でも……」
舞は続ける。
「木村さんは殺人を犯した事を話してくれませんでした」
「!!!」
木村はオレンジジュースの入ったグラスを右手で握り、飲もうとしていたが、飲むタイミングを逸し、じっと舞を見つめて話を聞く。
「もし、木村さんが米山を殺してしまった、どうしたら良い? と私を頼ってきていたら、何とか助けようとしたと思います。正義感より、友情や愛情を取っていました」
「君は、こんな頼りなくてブ男な俺を好きでいてくれたと言うのかい?」
「友情なのか愛情なのか分かりませんが、一言で言うと『好き』でした」
木村は舞の本心を聞き、馬鹿な事をしてしまったと後悔した。
「そうか……。もう遅いかもしれないけど、俺は今からどうすれば良い??」
「自首してください、野々村さんにバレてるので出頭になるかもしれません」
「バレてる? 米山を殺したのが俺だってバレてるというのか?!」
「はい」
「信じられないな。まあ、そこは置いといて、自首してどうなるんだ、俺は?」
「もちろん、捕まりますよ。殺人犯なんだから」
「助けてくれよ。ピンチをチャンスに変えるのが君の能力だろ?」
「自首すれば助かりますよ。殺したのは詐欺師なんで、10年……いや、木村さんの人気なら8年で出所出来ます」
「8年も待ってられないよ。モノマネはどうする? 1ヶ月後に仕事が出来るって言ったじゃないか!」
「真面目に考えてください!!」
舞は少しだけ入り口の扉を開けた。
「至って真面目だよ! 俺は舞ちゃんに会ってから人生が変わったんだ! 誰にも相手にされない、ただの不細工だったのが、華やかな世界で成功出来るかも知れないんだ!」
「立たないでください!! 座ってください!!」
木村は中腰のまま静止した。
「8年後に君は俺と結婚してくれるのか?」
「は?」
「8年後に俺と結婚してくれるのなら、自首する。約束してくれ」
「出来ませんよ」
「何故?」
「8年後の気持ちを約束なんて出来ないでしょう?」
「じゃあ、見逃せよーー!!」
木村が逆上して突進してきた! 舞は少し空いた扉から飛び出し、扉を閉め、叫んだ。
「日吉さん助けてーー!!」
舞は、野々村が自分に尾行をつけるのでは無いかと予想していた。自分では見つける事が出来なかったが、母に事情を話し、ストーカーではなく、警察が護衛の為、尾行してくれている事を説明していた。そして、母に、かなり遠目から自分の尾行を頼んだところ、尾行をしている日吉がいたと確認できた。
舞は、日吉がいつも張っている場所に目をやったが、日吉は居ない!!
舞は、ヤバイかも誰か呼ばないと、と考えたがその時浮かんだのは、皮肉にも木村の顔だった。
舞は外出する時、低めのヒールをよく履いていたが、念の為、今日はスニーカーを履いていた。しかし、これがアドレナリンの出まくった男性と、女性の差なのか、ビックリするぐらい一瞬で追い付かれた。
舞は叫ぼうとしたが声がでない。木村に右肩を掴まれた。殺されると思った瞬間!
「ぐえっ!!」
ドサッ……
「ぐうう……」
「!?」
木村が吹っ飛んだ。日吉の右ボディーが木村の脇腹に突き刺さったのだ。それを見ていた野々村が言う。
「素人を殴ったな、よし、プロボクサーライセンスを剥奪しろ」
「冗談言ってる場合じゃ無いですよ!」
日吉は強めに突っ込んだ。
「愛した女を鬼の様な形相で追いかけるとは……」
小牧も遅れてやってきて呟いた。舞はペタンと座り込み、日吉の足にしがみついた。
その後、もう1台のパトカーが来て木村に手錠を掛け連れていった。木村は、肋骨が折れているようで、病院へ連れていかれるようだ。
警察署
野々村は日吉に言う。
「しかし、完璧なタイミングだったな。お前掴まるまで待ってただろ?」
「バカ言わないでくださいよ。そんな余裕無いですよ!」
「日吉さんが掴まるまで待ったせいで殺されるかと思いましたよ、ふふふ」
「舞さんまで何言ってんの!」
「でも、木村さん、いつになるか分からないですけど、出所したら襲って来そうで恐いですよ。トラウマになりそう」
それを聞いていた小牧がニヤニヤしながら言う。
「また、日吉に護衛させましょうか? 腕力だけは頼りになりますよ」
「腕力だけか~、ふふふ」
「一言余計なんですよ」
「でも、なんか失恋した感じもあって複雑ですね」
更に小牧がニヤニヤしながら言う。
「日吉なんかどうですか? オススメですよ、顔は不細工だけど」
「だから、一言余計なんですよ!!」
「あっ、モリカズのモノマネマスクそこに有りますよ」
舞は、そこに木村から押収したモノマネマスクが6人分あるのに気付いて言った。日吉はモリカズのマスクを手に取りモノマネする。
「助けに参りました、お嬢様の仰せのままに」
「キャー、カッコいいー。でも、全然似てなーい! ふふふ」
翌日
舞が朝起きてテレビをつけると、ハッピーモーニングが始まったところだった。司会の三浦アナが映されると、舞は木村の事を思い出してしまったので、チャンネルを変えようとした。だが、衝撃のニュースに聞き入ってしまった。
「今朝のトップニュースです。昨夜、婦女暴行未遂容疑で逮捕された、元モノマネタレントの木村一郎容疑者が、病院から抜け出し、現在も逃走中です」
「ハァ……ハァ……ハァ……痛ぇ……」
「木村は肋骨が折れているんだぞ! そう遠くへは逃げられない筈だ!」
木村はリハーサルを順調に終え、控え室で本番を待っていた。すると、周りが騒々しくなった。
ドンドンドン
「失礼します! 木村さん!」
大塚が血相を変えて楽屋に入って来た。
「どうしました?!」
「木村さん! 特殊詐欺グループに関わってたんですか?!」
「いや、関わってないよ。騙されて俺の声を無断で使われたんだよ」
「そうなんですね……。でも、それも駄目ですよ。既に風評被害が出てて……。今日の出演キャンセルになりました」
「いや、俺は被害者なんだよ?」
「そんな事言っても……芸能界ってそういうもんですよ! もっと早く言ってくれないと困りますよ」
何処から情報が漏れたか分からないが、ネットの力は凄い。木村の声が使われたという本当の情報もあれば、木村が主犯だというガセニュースまで……。木村に説明をする間を与えず、色んな情報が飛び交っていた。大塚の話によれば、木村の仕事はどんどんキャンセルが入っていると言う。大塚は木村を説教する間も無く電話が次々鳴る。そして遂に、木村本人に芸能リポーターが押し寄せてきた。
「木村さん! 特殊詐欺に関わってたって本当ですか?!」
「いやいや、騙されて音声を使われただけです。私も被害者なんです」
「じゃあ、騙されて、お年寄りからお金を騙し取ったと言う訳ですね?!」
「いやいや、そうじゃなくて!」
大塚が割って話す。
「すいません! 明日会見を開きますので! 木村は被害者なんです! 通してください!」
リポーターから逃げるように、2人は車に乗り込んだ。
その頃、日吉は舞を尾行、野々村と小牧は一緒に木村についてのニュースを見ていた。野々村は小牧に話す。
「?! 木村って芸能人だったのか?」
「えっ?! 知らなかったんですか?」
「あんなやつ見た事無いぞ。そもそも、あの顔で芸能人とか無理があるだろ。失礼な話だが……」
「まだテレビは1回しか出てないですからね。しかも、顔出しはしていませんし……。モノマネバトルの視聴率って15%ぐらいなんで、知らなくても不思議じゃないですよ。ただ、かなり話題になって、ネットニュースとかで取り上げられてたんで、2割以上の人が知ってるんじゃないですか?」
「日吉も知っていたのか?」
「もちろん、知ってますよ」
「知らなかったのは、俺だけか……」
野々村はスマホでネットニュースを調べた。
『第4回モノマネバトルの新人王は、木村一郎さんが激似のモノマネ3人を披露し圧勝! 少し前まではオーディションも通らなかったとの事だが、モノマネマスクを使用して大爆笑を誘った』
野々村は小牧に尋ねる。
「どうなんだ、木村は? モノマネの素質はあるのか?」
「素質があるなんてもんじゃ無いですよ! 100年に1人の天才じゃないですか?」
「そんなに凄いのか?!」
「そもそも、米山の特殊詐欺だって、木村の声真似を利用しての犯罪じゃないですか」
「そうなのか?! 木村を騙して利用したって聞いていたんで、受け子か何かに利用したのかと勝手に勘違いしていて深く考えていなかったよ」
「この間、木村に逃げられたのだって、木村の声真似が上手過ぎたからですよ」
「どういう事だ?」
「木村をパトカーに乗せて、日吉に見張らせていたんですが、日吉がタバコを吸いに車を降りた時に、私のスマホから日吉の声で木村が電話を掛けてきたんです」
「そんな短時間で、お前を騙すほどの日吉の声真似が出来ると言うのか?!」
「そうなんです、あいつは、声真似の天才ですよ」
「待て待て! じゃあ、米山の声真似も出来るじゃないか!」
「まあ、出来ますよね」
「米山が日吉に電話を掛けてきたって言っていたが、それは、木村が米山の声真似をして掛けて来てたんじゃないのか?!」
「いや、ちょっと待ってください。日吉へ掛けてきた番号を後で調べると、確かに米山のスマホの番号でした」
「それは、木村が米山を殺した後、スマホを盗んだからじゃないか?!」
「!!」
「整理するぞ。木村は米山に呼び出されたのか、呼び出したのか分からないが、廃工場で米山の背後に回り、心臓を一突き。そして、自宅へ戻り、日吉に米山のスマホから米山の声真似で電話を掛けた……」
「辻褄が合いますね」
「あっ!!」
「?」
「マスク! モノマネマスクか!」
「え?」
「米山は逃走中だったんで、マスクをしていたんだろう。そして、木村に刺されて息絶える前にダイイングメッセージとして、マスクを握ったんだ」
「なるほど」
「そう言えば、あの舞ちゃんて子、米山がマスクを握っていたって伝えた後、様子がおかしくなったな。マスクで全部理解したんだ。あの子は相当切れる」
その時、小牧に日吉から電話が掛かってきた。
「もしもし、小牧です」
「お疲れ様です、舞さんに動きがありました。出掛けるようです」
「了解、木村と出会ったら連絡してくれ」
舞は4時半に中谷からモノマネマスクを受けとる約束をしていたので、仕事を終え、電車に乗って、中谷の会社へ向かいながら、電車の中でスマホのネットニュースを見る。舞は、木村が詐欺グループの一味として疑われ、大変な事になっていると知った。電車を降り、中谷の会社近くまで行くと、中谷が外で待ってくれていた。
「舞ちゃん! 木村さん大丈夫なの?」
中谷も木村の状況を知っている様子だ。
「分からないです。取り敢えず、モノマネマスクは依頼されたので貰いにきたんですけど……」
「この状況だと、当分使われないかもな」
「お金を……」
「そうだね、受領書に名前お願い出来るかな」
舞は受領書に名前を書く。
「……」
「大丈夫? 舞ちゃんも大変そうだけど」
「そうですね、私がしっかりしないと」
「舞ちゃんは元気じゃないと似合わないよ」
「ありがとう。頑張ります」
「木村さん支えてあげて」
舞は中谷と別れ、駅へ戻る途中、スマホが鳴った。ディスプレイには木村一郎と表示されている。
「もしもし、木村さん?!」
「舞ちゃん、ニュースで知ってるかな? 今、大変な事になってて……」
「知ってます」
「仕事全てキャンセルになっちゃったんだ。夜は会見の打ち合わせとか忙しいんだけど、今から会えないかな?」
「大丈夫ですよ」
「ゆっくりデートがしたかったけど、そういう訳にはいかないんだ」
「分かります。『桜の花』でどうですか?」
「分かった。30分後に行くよ」
その頃、舞を尾行している日吉から小牧に電話が掛かってきた。
「お疲れ様です」
「どうだ? 動きはあったか?」
「いえ、特には……。知り合いに会いに行っていたようです。今、自宅に着きました」
「そうか……。まあ、木村も今は大変な状況だからな、女と会っている場合じゃ無いだろ」
「そうですね……。ん?」
「どうかしたか?」
「タクシーが停まりました。木村かもしれません」
「!!」
「木村です! どうしましょう?」
「大丈夫だ、舞さんに危害を加えるような事は無い。そのまま状況を伝えてくれ」
小牧はそう言うと、オンフックボタンをタッチした。
「承知しました」
小牧は野々村に話す。
「野々村さん、木村が舞さんに接触しました」
「そうか、取り敢えず近くまで行くか。舞さんが木村を突き詰めて、逆上する可能性もゼロでは無いからな」
「木村も『桜の花』に入りました」
「木村が去った後、舞さんに接触してみよう」
「桜の花」店内
舞の母親は1階の店内には居ないようだ。恐らく2階の部屋に居るのだろう。
「舞ちゃんありがとう。急に会ってもらって」
「いえいえ、木村さん大変な状況だから、ちょっとでも力になれたらと思って……。取り敢えず、新しいモノマネマスク渡しておきます」
「あ、そうだね、ありがとう」
舞は自分のカバンから透明のビニール袋に入ったモノマネマスクを取り出し、木村へ渡すと厨房へ向かう。木村はお金を払う事も忘れて話す。
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舞は木村の質問に答えず、厨房の冷蔵庫からオレンジジュースのパックを取り出し、グラスを2つ用意して注ぐ。そして、両手でオレンジジュースの入ったグラスを1つずつ持ち、黙ったまま1番奥の席まで歩いて、テーブルに置いた。
「ここ、1番良い椅子なんで、こっちで話しましょう」
木村と舞は座ってジュースを1口飲んだ。すると、舞は自分の考えを話し出した。
「取り敢えず詐欺の件ですが、木村さんは完全に被害者なんで、会見で正直にありのままを話せば良いですよ」
「仕事に影響無いのかな?」
「もちろん、1ヶ月ぐらいは仕事入らないですけど、それも徐々に入るようになりますよ。人の噂も75日って言いますもんね。あ、それだと2ヶ月半掛かっちゃいますけど……」
「そうか、取り敢えず、明日の会見でちゃんと話せば大丈夫そうだな」
「それよりも大きな問題があります」
「ん?」
「木村さん私に隠し事してないですか?」
「桜の花」には大きな窓があるのだが、そこから外を見ると、夕焼けが綺麗に空を染めていた。
「隠し事? 浮気なんかしてないよ?」
「真面目な話してます!」
舞は真剣な眼差しで、声を張り上げた。
「何だろう?」
木村は何の事か分からないという表情だ。舞は立ち上がって話を続ける。
「私、この歳まで真面目に生きてきたつもりです。嘘をついた事もあると思いますが、とにかく真面目に生きてきました。正しい事をしてきたつもりですが、初めて悪い事をしようとしました」
「?」
木村はまだ状況が飲み込めていないようだ。
「これが友情なのか、愛情なのか、よく分かりませんが、犯罪者を助けようと思ったんです」
「!!」
木村の表情が一変した。細い目を目一杯見開く。
舞は入り口扉の方へ歩きながら話を続ける。舞は緊張なのか恐怖なのか悲しさなのか悔しさなのか、声が震えている。
「今回も、木村さんは私を頼りにしてくれました。前回も、その前も……。気付きませんでしたが、私って、そういうのに憧れがあったみたいなんです。頼られたい願望っていうのかな? ピンチをチャンスに変える能力を活かせる場が欲しかったのかもしれません。でも……」
舞は続ける。
「木村さんは殺人を犯した事を話してくれませんでした」
「!!!」
木村はオレンジジュースの入ったグラスを右手で握り、飲もうとしていたが、飲むタイミングを逸し、じっと舞を見つめて話を聞く。
「もし、木村さんが米山を殺してしまった、どうしたら良い? と私を頼ってきていたら、何とか助けようとしたと思います。正義感より、友情や愛情を取っていました」
「君は、こんな頼りなくてブ男な俺を好きでいてくれたと言うのかい?」
「友情なのか愛情なのか分かりませんが、一言で言うと『好き』でした」
木村は舞の本心を聞き、馬鹿な事をしてしまったと後悔した。
「そうか……。もう遅いかもしれないけど、俺は今からどうすれば良い??」
「自首してください、野々村さんにバレてるので出頭になるかもしれません」
「バレてる? 米山を殺したのが俺だってバレてるというのか?!」
「はい」
「信じられないな。まあ、そこは置いといて、自首してどうなるんだ、俺は?」
「もちろん、捕まりますよ。殺人犯なんだから」
「助けてくれよ。ピンチをチャンスに変えるのが君の能力だろ?」
「自首すれば助かりますよ。殺したのは詐欺師なんで、10年……いや、木村さんの人気なら8年で出所出来ます」
「8年も待ってられないよ。モノマネはどうする? 1ヶ月後に仕事が出来るって言ったじゃないか!」
「真面目に考えてください!!」
舞は少しだけ入り口の扉を開けた。
「至って真面目だよ! 俺は舞ちゃんに会ってから人生が変わったんだ! 誰にも相手にされない、ただの不細工だったのが、華やかな世界で成功出来るかも知れないんだ!」
「立たないでください!! 座ってください!!」
木村は中腰のまま静止した。
「8年後に君は俺と結婚してくれるのか?」
「は?」
「8年後に俺と結婚してくれるのなら、自首する。約束してくれ」
「出来ませんよ」
「何故?」
「8年後の気持ちを約束なんて出来ないでしょう?」
「じゃあ、見逃せよーー!!」
木村が逆上して突進してきた! 舞は少し空いた扉から飛び出し、扉を閉め、叫んだ。
「日吉さん助けてーー!!」
舞は、野々村が自分に尾行をつけるのでは無いかと予想していた。自分では見つける事が出来なかったが、母に事情を話し、ストーカーではなく、警察が護衛の為、尾行してくれている事を説明していた。そして、母に、かなり遠目から自分の尾行を頼んだところ、尾行をしている日吉がいたと確認できた。
舞は、日吉がいつも張っている場所に目をやったが、日吉は居ない!!
舞は、ヤバイかも誰か呼ばないと、と考えたがその時浮かんだのは、皮肉にも木村の顔だった。
舞は外出する時、低めのヒールをよく履いていたが、念の為、今日はスニーカーを履いていた。しかし、これがアドレナリンの出まくった男性と、女性の差なのか、ビックリするぐらい一瞬で追い付かれた。
舞は叫ぼうとしたが声がでない。木村に右肩を掴まれた。殺されると思った瞬間!
「ぐえっ!!」
ドサッ……
「ぐうう……」
「!?」
木村が吹っ飛んだ。日吉の右ボディーが木村の脇腹に突き刺さったのだ。それを見ていた野々村が言う。
「素人を殴ったな、よし、プロボクサーライセンスを剥奪しろ」
「冗談言ってる場合じゃ無いですよ!」
日吉は強めに突っ込んだ。
「愛した女を鬼の様な形相で追いかけるとは……」
小牧も遅れてやってきて呟いた。舞はペタンと座り込み、日吉の足にしがみついた。
その後、もう1台のパトカーが来て木村に手錠を掛け連れていった。木村は、肋骨が折れているようで、病院へ連れていかれるようだ。
警察署
野々村は日吉に言う。
「しかし、完璧なタイミングだったな。お前掴まるまで待ってただろ?」
「バカ言わないでくださいよ。そんな余裕無いですよ!」
「日吉さんが掴まるまで待ったせいで殺されるかと思いましたよ、ふふふ」
「舞さんまで何言ってんの!」
「でも、木村さん、いつになるか分からないですけど、出所したら襲って来そうで恐いですよ。トラウマになりそう」
それを聞いていた小牧がニヤニヤしながら言う。
「また、日吉に護衛させましょうか? 腕力だけは頼りになりますよ」
「腕力だけか~、ふふふ」
「一言余計なんですよ」
「でも、なんか失恋した感じもあって複雑ですね」
更に小牧がニヤニヤしながら言う。
「日吉なんかどうですか? オススメですよ、顔は不細工だけど」
「だから、一言余計なんですよ!!」
「あっ、モリカズのモノマネマスクそこに有りますよ」
舞は、そこに木村から押収したモノマネマスクが6人分あるのに気付いて言った。日吉はモリカズのマスクを手に取りモノマネする。
「助けに参りました、お嬢様の仰せのままに」
「キャー、カッコいいー。でも、全然似てなーい! ふふふ」
翌日
舞が朝起きてテレビをつけると、ハッピーモーニングが始まったところだった。司会の三浦アナが映されると、舞は木村の事を思い出してしまったので、チャンネルを変えようとした。だが、衝撃のニュースに聞き入ってしまった。
「今朝のトップニュースです。昨夜、婦女暴行未遂容疑で逮捕された、元モノマネタレントの木村一郎容疑者が、病院から抜け出し、現在も逃走中です」
「ハァ……ハァ……ハァ……痛ぇ……」
「木村は肋骨が折れているんだぞ! そう遠くへは逃げられない筈だ!」
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『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
不思議の街のヴァルダさん
伊集院アケミ
ミステリー
仙台市某所にある不思議な古書店で、時折繰り広げられる、小さな事件。「死者の書のしもべ」を自称するシスターの格好をした中二病の女性と、彼女を慕う平凡な大学生による、日常系サスペンス? です。なお、この小説は、世間知らずのワナビの女の子が書いてる小説という設定です。
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
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私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
マイグレーション ~現実世界に入れ替え現象を設定してみた~
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ミステリー
いたって平凡な男子高校生の玉宮香六(たまみや かむい)はひょんなことから、中学からの腐れ縁である姫石華(ひめいし はな)と入れ替わってしまった。このまま元に戻らずにラブコメみたいな生活を送っていくのかと不安をいだきはじめた時に、二人を元に戻すための解決の糸口が見つかる。だが、このことがきっかけで事態は急展開を迎えてしまう。
現実に入れ替わりが起きたことを想定した、恋愛要素あり、謎ありの空想科学小説です。
この作品はフィクションです。 実在の人物や団体などとは関係ありません。
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