モノマネマスク

ジャメヴ

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モノマネマスク

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翌日

♪♪♪~
  まだ朝早い時間だったが電話が鳴った。スマホに米山の名前が表示されている。木村は昨日の結果を早く知りたいと思い、興奮気味に電話に出る。
「もしもし、木村です」
「米山です、昨日はどうも」
「こちらこそ、ありがとうございました。それで、結果どうでした?」
「ああ。あの後、俳優さんの風邪も治まって、結局本人でそのままいくことになったんだよ」
「ああ、そうなんですね」

  自分の声が使われないことは残念ではあったが、偽物という罪悪感もあったので、ホッとした気持ちもあった。

「で、今日はまた違う仕事なんだけど……。今から空いてるかな」
「ええ、今日は空いています」
「多分2時間ぐらいで終わるよ。報酬は、10万円でお願いできるかな。結構割りが良いだろ?」
「そんなに頂けるんですか?」
「詳細は後で説明するんで、取り敢えず、前のオフィスに来てもらえるかな?」
「直ぐ行きます」

  2時間で10万円……。米山は木村を凄く買っているようだ。木村が芸能界の事をあまり知らないので、使い勝手が良いと思っているのかも知れない。木村は電話を切り、急いで着替えて駅へ向かう。電車で2駅乗り、徒歩五分ぐらいでオフィスに着いた。

コンコンコン
「どうぞ」
ガチャ
「おはようございます。失礼します」
木村はドアを開け、米山を見るなり頭を下げて、元気良く挨拶した。
「やあ、ありがとう、早かったね。早速なんだけど……」
米山は昨日と同じ様にレコーダーを出しながら話す。
「またラジオドラマの話なんだけど、知り合いの社長が、売り出し中の5人の若手俳優から、1人を選びたいって言うんだ。まあ、5人とも今、結構忙しくてさ。そこで、君の声で5人分録音して社長に1番合う俳優を決めてもらおうと思うんだ」
「へ~、そうなんですね」
米山は昨日と同じ A4 の紙を5枚渡してきた。
「昨日と同じシーンで録音しようと思う。順番に声を聞いて録音の繰り返し。5人分で終了」
「承知しました」

  昨日と同じで、俳優の普段の会話が流れて、その声真似をして、ドラマを読み上げる。また、次の俳優の声を聞いて……。

「流石だね。全員そっくりだ」
「テンポ良く録音出来ましたね」
「これなら社長も納得してくれると思うよ。今日もありがとう。じゃあ、これ、報酬の10万円」
茶封筒を渡された。
「当然、まだタレント事務所とかに所属してないよね?  事務処理が面倒だから、そのまま受け取ってくれるかな?」
「承知しました。ありがとうございます」
「じゃあ、ちょっと早いけど、今日は以上です。ありがとう、お疲れ様」
「ありがとうございました、お疲れ様でした」

  木村はオフィスを出てスマホの時刻を見る。まだ、1時間しか経っていない。封筒の中身を確認する。・・・7、8、9、10。凄い!  時給10万円の仕事だ。モノマネでの初仕事の達成感が急に沸いてきた。興奮冷めやらぬ中、駅へ向かう途中に電話が鳴った。米山からかと思いスマホを見ると、桜の花田中と表示されている。
「もしもし、田中です」
「もしもし、舞ちゃん。昨日はありがとう」
「えっ!  舞ちゃん?  急に距離詰めてきましたね、ふふふ」
「しれっと名前で呼んでみた。朝、ちょっと良いことがあってテンションが上がっちゃったよ」
「そうなんですね。追加でテンション上がる情報ありますよ」
「もしかして、モノマネマスク上手くいった?」
「そうなんです。3人分のモノマネマスク10万円で作ってくれるって言うんです。お手頃価格ですよね?」
「そうなんだ。相場が分からないけど、もっとするのかと思ってた」
「ですよね?  3D プリンターなんで、綺麗に出来ると思うんです。早速作ってもらいます?」
「お願いできるかな」
「了解しました。また、連絡します!」
木村は電話を切った。
(10万円か・・・。下手したら100万ぐらい掛かるのかと思ってたけど良かった。さっきの報酬が10万だし、話が順調過ぎるな)
  電車に乗り、降りたところでまた電話が鳴った。スマホに田中舞と表示されている。
「もしもし、舞ちゃん?」
「もしもし、モノマネマスクの件なんですけど……」
舞の声は先程とは一変して暗い感じだ。木村は、その雰囲気から、モノマネマスク製作がうまくいかなかったのだと理解し、ショックを受けたのだが、その後、舞は明るい声に変わって話す。
「明日には完成して渡せるそうです。やったね!」
舞の冗談だったようだ。
「良かった~、ビックリさせないでよ」
「ふふふ。順調に進んでますね。明日の朝10時に一緒に貰いに行きましょうか」
「本当?  お願いできるかな?」
「はい!  明日の9時半『桜の花』で待ち合わせにしましょう」
「あ、そう言えば、明日、午後2時からオーディションがあるんだった」
「多分間に合いますね。モノマネマスクあったら絶対合格ですよ!」

翌日

  9時半に木村は「桜の花」へ舞を迎えに行き、ふたりで電車に乗る。2駅進んで降りた後、歩いて向かう。
米山のオフィスの近くだったので、木村は奇遇だなと思いながら周りを見渡す。
「あっ、中谷さ~ん」
いかにも仕事が出来そうなスーツ男性が手を軽く振っている。
「おはよう、舞ちゃん。あ、おはようございま……す、あなたが木村さんですね」
中谷は木村を見てギョッとしたようだが、それを隠そうとしながら話す。
「そうです。おはようございます」
「早速見て頂けますか?  納得してもらえると思いますよ」
中谷は完成したモノマネマスクを見せた。
「おお~、三浦アナもモリカズもカッコいい。そして軽い」
「モノマネ用だと聞いて使いやすいように軽量化しました」
「木村さん、ちょっとやってみてよ」
木村はモリカズのモノマネマスクを手に取った。
「お嬢様の仰せのままに」
「きゃ~、超カッコいい」
「おお~、流石ですね。そっくりです」
「ありがとうございます。そうだ、お金……」
木村は茶封筒を中谷に渡した。
「ありがとうございます。では、こちらが受領書です。で、こちらにサイン頂いて良いですか?」
木村は受領書にサインをした。
「凄く良い出来のマスク作っていただいてありがとうございました。では今から、このモノマネマスク使ってオーディション合格してきます」
「頑張って来て下さい」
「絶対受かるよ!」
「じゃあ、舞ちゃん駅まで一緒に行こうか」
「はい」
2人は駅まで歩く。
「じゃあ、送れないけど」
「はい。頑張って来てね」
「行ってきます」

  最初のオーディションも落ちる気は無かったが、不安要素は幾つかあった。だが、今回のオーディションは落ちる理由が全く無い。今日のオーディションは合格発表が当日で、合格者は翌日の生放送に出演する事が決定している。
  1時間程電車に揺られ、徒歩5分。テレビ局のオーディション会場に着いた。前回、見た顔もチラホラ。前回に声を掛けてくれた男はいないようだった。
(彼が俺に声を掛けてくれた事が全ての始まりだったんだよな。軽くお礼を言いたかったんだけど・・・)

「オーディション参加者は、こちらへ集まってください」

  オーディションが始まった。木村は5番目のようだ。順番に参加者が呼ばれる。オーディション会場の様子は見えないが、声は少し聞こえる。皆、一様にモノマネが上手く面白い。オーディションを落ちたからと言っても、合格者と遜色無いように思う。
  4番目の参加者が呼ばれた。徐々に緊張が高まる。
(大丈夫、今回はモノマネマスクがあるんだ)
木村は左の手のひらに、「人」という字を3回書いて飲み込んだ。

「では、次の方、木村一郎さん」
「はい!  宜しくお願いします!」
(よし、やってやる)
程よく緊張感があり、やる気がみなぎっている。木村が会場に入ると、いつものように、3人の審査員が木村の顔を見てギョッとするが、気にせず、三浦アナのモノマネマスクを左手に持ち、自分の前の床に他の2枚を置いて準備した。
「早速どうぞ」
木村はモノマネを開始する。
「では、最初は三浦アナのモノマネから」
木村は三浦アナのマスクを顔に当て、三浦アナの声真似をして話し出す。
「おはようございます、ハッピーモーニング司会の三浦です。今日はロケ現場にお笑い芸人のリターンエース豊さんが行っています。豊さーん」
木村は、素早く床に置いてあるリターンエース豊のマスクを持ち、三浦アナのマスクを床に置く。そして、豊のマスクを顔に当て、豊の声真似で演じる。
「Y o!  Y o!  ヒップでホップな一分間!  Y o!  突き指するから避けて!  即座にスタジオにリターンします!」
素早く豊のマスクを床に置き、三浦アナのマスクに持ち替え、三浦アナの声真似で話す。
「豊さんありがとうございました。スタジオには人気俳優の森岡一哉さんが来てくれています。モリカズさん、宜しくお願いします」
素早くモリカズのマスクを拾い上げ、三浦アナのマスクは左手に持ったままモリカズの声真似で話す。
「宜しくお願いします」
三浦アナのマスクを顔に当て、三浦アナの声真似で話す。
「ファンの皆さんに決め台詞頂いて良いですか?」
モリカズのマスクを顔に当て、モリカズの声真似で演じる。
「今からお迎えに参ります。お嬢様の仰せのままに」
三浦アナのマスクを顔に当て、三浦アナの声真似で話す。
「ありがとうございました。それでは一旦 CM です。
以上です」
木村は審査員に一礼をした。

「おー、凄いー!」
審査員の1人が大きめの声で誉めた。残りの2人からも強めの拍手が聞こえてくる。オーディション参加者もざわついている。
「面白いしそっくりです。その仮面の出来も良いですね。合格決定です」
「ありがとうございます!」
「明日、13時からリハーサルと本番がありますので予定空けといてください。お疲れ様でした」
「ありがとうございました!」
木村はテンション高めに、審査員達に礼を言いながら深々と一礼し、オーディション会場を後にした。

(やった、絶対大丈夫だと思ってたけど、ミスもなくやりきれた。舞ちゃんに報告だな、今2時半か、仕事中だから後にしよう)

  最高の気分だった。オーディションに合格したという達成感、舞との努力が実ったという充実感、期待に応えられたという満足感、ミスなく出来たという安心感、声真似では1番だという優越感、全てがこの時にやってきた。
  1人でこの余韻に浸りたい気持ちと舞と分かち合いたい気持ちも共存して、フワフワした気分だった。
(取り敢えず家に帰って落ち着いてから報告しよう)
1時間掛けて自宅に戻ると、郵便受けに1枚の封筒が入っていた。手にとって封を切り、中身を確認する。最初のオーディションの不合格通知だ。普通であれば、落ち込むハズなのだが、もちろん、落ち込む事など微塵もない。
(記念にとっておこう。これから、何かあったときの教訓に出来るかもしれない)
冷蔵庫から飲み物を取り出し、500mlのペットボトルを半分程飲む。「ぷは~っ」と息を吐きながら時計を見ると、時刻が3時を回っていたので、舞へ報告の電話を掛ける。
「もしもし、どうでした?」
「オーディションの結果なんだけどね……」
木村は前回のお返しとばかりに、暗い雰囲気で落選した感じを出しながら話す。
「……」
「合格でした!」
「ふふふ。バレバレですよ。おめでとうございます」
「ありがとう。今日の夜空いてるかな?  オーディション合格したらデートしてくれるって言ってたから」
「いやいや、言ってないですよ!  でも、大丈夫です。今日はお祝いに私が奢ります!」
「いやいや、それは悪いよ」
「大丈夫です。これから、木村さんブレイクして服とか色々買って貰うんで、ふふふ」
「お、いいね、その作戦。じゃあ、今日は奢って貰おうかな」
「じゃあ、セッティングします。午後6時に『桜の花』集合で良いですか?」
「了解!」

  その日のディナーは、舞ちゃんが知り合いのシェフのフランス料理店だった。社交的な性格なので知り合いが多い。1階は駐車場になっており、車を4台停められるスペースがある。小さなお店だがお洒落だ。味はというと、昨日のイタリアンも美味しかったが、今日のフレンチも負けていない。

「美味しかったよ、ご馳走様」
「美味しかったですね。月1ぐらいで来てるんです。平日だったらお客さんも少なめなんで、知り合い価格で半額にしてもらえるんです」
「ほんと知り合いが多いね。羨ましいよ」
「明るさだけが取り柄です!」
「明日、夜、生放送見られそう?」
「大丈夫です。応援します」
「ありがとう。頑張るよ。今からちょっと明日の練習するよ、持ち時間1分に調整しないといけないし」
「頑張って下さい。緊張さえしなければ、木村さんなら絶対大丈夫です」
「じゃあ、また、良い報告するよ。さよなら」
「了解です。おやすみなさい」

木村は「桜の花」で舞と別れ、1人徒歩で自宅へ帰りながら今日の出来事を振り返る。
(モノマネマスク、オーディション、舞ちゃんとのディナー……。全てが順調に進んでいる。少し前までの、勤めていた会社の倒産、会話の無い生活、オーディションの落選と、澱んだ日々が嘘のようだ。舞ちゃんに声を掛けて本当に良かった。あの子は太陽だ、感謝しかない。この流れに乗って、明日のモノマネ新人王も優勝しないと……)


翌日、午後7時

「第四回モノマネバトルー!!!」

  生放送が始まった。3時間の生放送で最初と最後は、プロのトーナメント、中間に新人10名による新人王決定戦がある。優勝賞金30万円だ。
  そして新人王決定戦が始まった。

「Y o!  Y o!  ヒップでポップな1分間!  Y o!  突き指するから避けて!」
「わはは!」「そっくり~!」
「お嬢様の仰せのままに」
「キャー、カッコ良い!」「似てる~」

  司会者が木村に話し掛ける。
「凄いですね。そっくりですね」
木村はモリカズのマスクをつけたまま、モリカズの声真似で応対する。素顔を見せて、観客に引かれると面倒だからだ。審査員も木村に話し掛ける。
「他にもモノマネ出来る方いるんですか?」
「第4回ものまねバトルー!!」
木村は司会者の声真似をして言った。
「えー!  凄いですねー!」
審査員も驚く。
「そんな事ないですよー!」
木村は審査員の声真似をして言った。
「似てる~!」
観客から歓声が飛ぶ。
「男の人なら直ぐに声真似できます」
「凄いですね。これからブレイク間違いなしですよ!」

そして、結果は……。
「新人王チャンピオンは……木村一郎さんです!」


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