モノマネマスク

ジャメヴ

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木村一郎

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「木村一郎さん」
「はい。宜しくお願いします」
一礼をして、モノマネのオーディション会場に入ってきたスーツの男性の顔を見て、審査員全員が度肝を抜かれた。中肉中背のその男性は、オデコが広いせいで禿げているように感じさせ、目は細く吊り上がり、鼻は低く、アトピーの為、肌は赤く荒れている。口回りは青髭が目立ち、歯並びはガタガタ。およそテレビに出られる風貌ではない。その見た目で既に落選が決まったようなものだった。

  木村一郎にはある特技がある。それは、人の声を直ぐに真似出来るという事だ。それも、完璧すぎて、本人と全く見分けがつかないレベルに。
  目立つ事が苦手な性格の上、容姿に劣等感があった為、人前ではあまりモノマネはしてこなかったが、5年勤めた会社の倒産を機に、モノマネタレントを目指す事を決意した。
  今、初オーディションに挑んでいる。当然、合格確実と思っていたのだが、見た目のマイナスが思った以上に大き過ぎたようだ。

  審査員が木村に話す。
「いや~、そっくりですね。とても似ているんですが、誇張したりできますか?」
「誇張ですか?」
「ちょっとやり過ぎぐらいのほうが、面白かったりしますよ」
「はあ」
「歌真似は出来ます?」
「音痴なんで、歌はちょっと……」
「そうですか……才能ありそうなのにもったいないですね。では、結果は後日連絡させていただきます、ありがとうございました」
「ありがとうございました」

  木村の声真似自体は本人とそっくりなのだが、ネクラな性格が邪魔をして笑いに繋げる事が出来ないし、最大の問題はテレビに映せ無いレベルの容姿なので、モノマネをしても見る側に入ってこないという事だろう。不細工でもテレビには出られる。むしろ、肌が綺麗なブスは人気が出て引っ張りだこになるかも知れない。ただ、木村はテレビ向けでは無い。視聴者が不快になる顔では駄目だ。

  木村は落選っぽい雰囲気を感じ、フーッとため息を1つついた後、肩を落としながら会場を後にした。サングラスにマスクして出る訳にもいかないしなあ、と次のオーディションの作戦を考えながら駅に向かう。その時「すみません」と後ろから声がした。木村が声のする方を振り向くと、中肉中背のスーツ姿で20代半ばに見える、知らない男性がいた。スーツが大きめで、サイズが合っていないように見えるからなのか、着せられている感が漂っている。自分の方を見ているので、自分に声を掛けたのだろうと思い、返事をする。

「はい?」
「一緒にオーディションに参加していたものなんですけど、あなたのモノマネが凄く似ていたので……」
「あ、ありがとうございます」
「知り合いにラジオプロデューサーがいるんですけど紹介させてもらって良いですか?」
「あ、是非お願いします」
男はその場で電話をする。木村は、確かにラジオだったら、この顔でも特に問題無いと感心した。完全に盲点になっていた様だ。
「……はい、では『ひまわり』で待ち合わせですね……はい……はい……失礼します」
男性は知り合いのプロデューサーとの電話を終えた様だ。
「近くの喫茶店で待ち合わせになりました」
「分かりました」

  木村は男性についていく。5分程歩いたところ、左前方に喫茶店らしき雰囲気の建物が見える。想像していた喫茶店よりも大きく、駐車場も広い。喫茶『ひまわり』の看板を見ながら、広い駐車場を横切って入ろうとしたが、看板が少しずれていたので、木村は力任せに直した。男性は、その様子を不思議そうに眺める。そこに、ちょっとチャラそうな男が来た。身長は木村と同じくらいで170センチ強。茶髪のパーマで毛先を遊ばせ、黒のスーツを着ているがネクタイはせず、首元は第3ボタンまで開けている。胸元から見える大胸筋は、細身の身体にしては筋肉質のようだ。
  チャラ男は木村を見て、何か納得したように頷いた後、木村に名刺を渡してきた。
「ラジオプロデューサーの米山です。宜しくお願いします」
木村は名刺を両手で受け取りながら頭を下げる。
「木村一郎です。宜しくお願いします」
「立ち話も何なんで、珈琲でも飲みながら話しましょう」
そう言うと、米山は一緒に来た男を帰らし、店内に入っていった。木村も米山の後から店内に入る。

「いらっしゃいませ」
女性店員が米山を見て、アッという表情をした後、木村を見て、もう一段階大きめのリアクションをする。木村は初対面の人に、このようなリアクションをとられるのは慣れているので気にもならない。
「……2名様ですね。こちらへどうぞ」
店員はそう言うと奥の個室部屋へ通してくれた。木村は喫茶店にあまり行く事がないので、少し違和感がある。木村は米山に尋ねる。
「この店にはよく来られるんですか?」
「ええ、常連ですよ。個室があるんで、話がしやすいでしょ」
「そうですね」
木村は周りを見渡した。完全防音という訳では無いが、外に声は聞こえなさそうな部屋だ。
「何飲まれますか?  会計は私が払いますんで遠慮せずにどうぞ」
「ありがとうございます。では、ホットミルクティーをいただきます」
米山が呼び鈴を押すと直ぐに店員が来た。米山は店員に話す。
「ホット珈琲ブラックとホットミルクティー、モーニングで」
「かしこまりました」
店員がその場を去るのを見て、米山は木村に話す。
「早速で申し訳ないんですけど、何か1つモノマネを見せてもらって良いですか?」
「どなたか指名してもらえれば」
「えっ?!  誰でも出来るんですか?」
「知ってる男の人なら出来ます」
「では、俳優さんを適当に3人ぐらいやってもらえますか?」
木村は、そんなにテレビを見る方ではないが、有名どころなら知っている。ドラマ等でちょっと話題になったセリフを使い、3人立て続けにモノマネをした。

パチパチパチパチパチパチ
米山は目を丸くして拍手をした。
「凄いですね、想像を遥かに越えてます」
「ありがとうございます」
「今、ラジオで連続ドラマをしてるんですけど、ある俳優が風邪を引いてしまって……。そこをモノマネで乗りきれないかと考えていたところだったんですよ。お願いできますか?」
そこに店員が珈琲とミルクティーとサンドイッチを持ってきた。
  木村は想像していた仕事内容と違っていたので 少し面食らったが、初仕事という嬉しさで引き受けることにした。
「録音させていただきたいんですが、 今からお時間空いてますか?」
「大丈夫です」
「では、軽食が済んだら行きましょう」

  2人は食事を済ませ、店を後にした。タクシーで10分程走ったところに真新しいビル群があった。10階近くありそうな高い建物が4棟ぐらい並んでいる。第1印象としてはかなりオシャレなオフィス街という感じだ。ただ、その周りはオシャレな感じでは無い街並みが残っている部分もあるようだ。寂れた下町の土地を買い占めて建てたのだろうか?  木村は米山についてエレベーターで2階へ上がり、その一室に通された。部屋の中も小綺麗でオシャレだ。10畳程度の小さなオフィスだが、仕事が出来る人が働いていそうな部屋に感じた。
「てっきりラジオ局に行くのかと思ってました」
「まあ、今日はリハーサルみたいなもんだから」
そう言うと、米山は小さなレコーダーを再生させた。男同士の会話が流れる。1人は米山のようだ。もう1人は知らない人物だった。
「この男の声真似出来るかな」
「普段は携帯のゲームをしたり、パチンコに行ったりが多いですかね、あとは……」
木村はレコーダーから流れてきた会話を声真似して見せた。
「凄いね、直ぐ真似出来るんだ。そっくりだよ。じゃあ、このセリフをその声でお願いできるかな」
米山は A4 の紙を5枚渡してきた。素人ながら、自分なりに感情を込めてセリフを言う。5分程度の内容だったが、ほぼノーミスで全て読みきった。内容は事業に失敗したダメ息子が母親に無心するといったシーンだった。
「いやあ、そっくりだね。代役としていけそうだよ。正式に決まったら、オファーさせてもらうよ。取り敢えず、今日はタクシー代だけで申し訳ないけど……」
そう言って米山は1万円を渡してきた。
「連絡先だけ教えといてくれるかな」

  連絡先を交換し、木村はオフィスを出た。タクシー代としてもらったが、特に急ぎでもなかったので、タクシーではお金が勿体無いと思い、普通に電車で帰る事にした。少しお腹が空いてきたなと、木村がスマホを確認すると時刻は1時半だった。
 (1時半か……ギリギリ間に合うかな)
木村が最近通っている定食屋「桜の花」。そこのラストオーダーがたしか2時だったと記憶していた。
  木村の住んでいる 1K のアパートの近所に2階建ての建物があり、そこの1階が定食屋となっている。細長い店内で、カウンターが4席と4人用テーブルが3台。30代に見える女性が料理を作り、20歳前後に見える女性がウエイトレスとその他の雑用をしている。雰囲気からは親子の様だが、それだと年齢的に無理がある。姉妹なのか従姉妹いとこなのか、もしくは全くの他人なのか……判断が難しい。大通りから少し入った場所にあり、知らない人は入り難いかもしれない。定食屋としては立地条件が悪く、客足が伸びそうにないが、そこそこの味と値段の安さで、ほぼ満席になるのが通常だ。
  木村が定食屋「桜の花」に着くと、時刻は2時を少し回ったところだった。暖簾をくぐり、ドアを開けて、木村は女性店員に尋ねた。
「まだいけますか?」
「大丈夫ですよ、いつもの日替り定食で良いですか?」
「お願いします」
カウンター席に1人、テーブル席に2組と全員で8人の客が入っていたが、料理を待っている間に、順番に全員が会計を済まして出ていった。今日はいつもより客が少なかったのかも知れない。
  女性店員が定食を持ってくる。
「日替り定食です」
「ありがとう」
「今日はいつもより遅いですね」
「あ、ええ、ちょっと遠出したもので」

  木村はかなり動揺した。と言うのも、あまり良くない容姿の為、女性が木村に声をかけてくる事は、なかなか無いからだ。店内に客が誰もいないという状況も関係しているのだろう。まあ、目立つ顔なので覚え易いというのは間違い無い。店員はそんなに美人と言う訳では無いのだが、いつもニコニコしていて、愛想がよく好印象だ。150センチ強のやや小柄な身長で、太くも無く細くも無い。艶のある黒髪のショートヘアで、目も鼻も口も小さめと上品な印象を受ける。いつも、茶色の三角巾とエプロンをしていて、今日は白いブラウスに黒いジーンズ姿だ。高校生にも見えるが、恐らく、若く見られる20歳過ぎぐらいだろうと木村は思っていた。木村がここの店の常連客になったのも、この女性を気に入っているというのが理由の1つだ。
  今、客が誰もおらず、デートに誘うチャンスだと木村は思った。普通の人であれば断られたらどうしようとか思い、ウジウジしている間にチャンスを逃してしまう。チャンスの神様には前髪しか無いという話はよく聞くだろう。去ってしまえば、後ろ髪が無くツルツルで掴むところが無いのだ。だが、木村は優柔不断では無い。決断力と行動力がある。チャンスと思えば、神様の前髪だろうと遠慮せずに掴めるタイプだった。とは言っても、普通、木村の様な容姿だとネガティブな発想になってしまうだろう。だが、木村の思考は違っていた。この容姿の為、断られるのは当然として、この愛想の良い女性がどのような断り方をするかに興味があった。ただ、誘った後、断られてしまうと、気まずくなりこの店には2度と来れなくなってしまうが、その辺は問題無い。木村は新しい店を開拓するのが趣味だ。他の定食屋を探せば良い。
  普通の男性であれば、断りにくい状況を作って女性を誘うのだが、木村は、迷惑が掛からないように、断りやすいよう誘おうと考えた。小声で「すみません」と女性店員に声を掛けると、女性店員は追加注文かという雰囲気で「はい」と笑顔で振り向いた。ラストオーダーの時間は過ぎているが、愛想良く対応してくれている。
「今日の夜、空いてたら一緒にディナーとかどうですか?」
「今日ですか?」
今日は予定が入っていて、と言えば簡単に断れる誘いだ。女性店員は笑顔で答える。
「良いですよ、美味しいもの食べさせてくれます?  ふふふ」
「分かりました。今日は臨時収入があったんで奢りますよ」
「ほんとですか?  やった~」
「じゃあ、店の片付けがあると思うんで、終わったら、こちらへ連絡してください」
木村は手帳の空白ページに電話番号を書いてちぎって渡した。それを女性店員は両手で丁寧に受け取る。
「分かりました」
「では、待っています。ご馳走様でした。レシートは要らないです」
ちょうどのお金を渡し、そそくさと店を出た。
  木村は、あまりの想定外の展開についていけていなかった。高揚しているのがバレないように即座に店を出たが、いつもと違う行動だから違和感を持たれているだろう。木村は取り敢えず、家に帰って身だしなみを整えようと考えた。
「桜の花」から歩いて5分ぐらいの 1K のアパートは、ゴミこそ散らかっていないものの、男性の独り暮らしだけあって汚かった。服が山積みになったままだ。洗濯し、乾燥機にかけた後、畳まずにそのまま積み上げてある。暇な時に片付けようと思いながら、暇もあるのに片付けていない。木村は左足で洗濯物を軽く避け、姿見の前に立った。
(ええと、どうせ顔は変えられないんで清潔感のある格好で行こう。そもそも今日はオーディションだったから、ちゃんとした格好ではあるな。髪の毛はワックスでアップにしておこう。髭も、もう1回剃っておこう。香水は……微妙かな。除菌シートで汗だけ拭いておこう。……あとは、店の予約だな)
木村が色々と考えているうちに電話が掛かってきた。登録されていない番号だ。「桜の花」の女性店員だと思い、ドキドキしながら木村は電話に出る。
「もしもし?」
「もしもし、田中です。『桜の花』の」
「ありがとう、掛けてきてくれてホッとしたよ。今、終わったところ?」
「そうです。今から準備するんで、4時に『桜の花』の前で待ち合わせでどうですか?」
「じゃあ、そうしよう」
「では、後程」
木村は電話を切り、着信履歴からスマホに番号と名前を登録する。
(桜の花田中……っと。4時か……。1時間後だな。取り敢えず店の予約を……。女性が喜ぶ食べ物と言えば、パスタ?  寿司?  折角だからコース料理が食べたいな。そういえば、最近新しい店が出来てたな。あれは、イタリアンか?  調べてみよう)
スマホのマップで検索してみた。
(ここだな、店名は……アランチョか。イタリア料理だな。コースは……3,500円からか。メインをグレードアップしてドリンク付けたらちょうど5,000円位だな。ここにするか)
ホームページ上に電話番号も載っていたので、そのまま掛け、無事に予約完了した。
(ふう、ひと仕事完了。あと、何かいるかな?  プレゼントとか花とかは、やりすぎだな。あっ、天気を見ておこう)
その日は問題なく晴れのようだ。
(良し、絶好のデート日和だ。えーっと、時間は……30分前か……行きながらデートプランを考えるか)
木村は家を出た。
  デートプランを考えながら、歩いて5分ぐらいで「桜の花」が見えた。当然、田中は来ていない。ふと目を下にやると、右足のズボンの裾が一部汚れているようだ。パッパッと払ってみたが汚れは取れない。面倒だが時間も少しあるようなので、家に帰って軽く洗おうと考えた。
  大した汚れでは無かったが、木村は変に神経質なところがある。部屋が汚いのは気にならないくせに、壁のシミを見つけると消すまで寝られないという事もしばしばだ。
  木村は来た道を通り、また5分掛けて家に戻る。デートプランを考えたいが、ズボンの汚れが気になって考えられない。
  家に着き、洗面台でタオルに水を付けて軽く洗ったところ、目立た無くなったが、完全には落ちないので、脱いで洗おうと考えた。ズボンを脱ぎ、水洗いでしっかり洗ったところ、汚れは落ちた。それをドライヤーで乾かす。
  20秒程度ドライヤーを当てると、ズボンが乾いたので履きなおした。その時、時計を見ると4時の1分前だった。木村は自分のミスに気付く。直ぐに家を飛び出し、ダッシュで「桜の花」へ向かった。「桜の花」が見えたが前には誰もいない。息を切らしながらスマホの時刻を見ると4時1分だった。まさか、怒って帰った訳じゃないよな、と木村は焦った。
  時間通りに集合していなかったら、即帰るという人が時々いるようだが……。そういう人に限って自分が遅れるのは問題視しない人が多い。と、思っていると「桜の花」の入り口から、女性が現れた。背格好は田中さんのようだが……。

「田中さん?」
「すいません、ちょっと遅れちゃいました」
「いえ、今着いたとこですけど……」
「どうかしました??」

  少しメイクをして服を着替えただけのようだが、見違えるほど美人になっている。白っぽいロングのスカートで茶色い長袖の服。足元は上着と同じ色の低いヒールのサンダルを履いている。顔のパーツが全体的に小さく、上品なイメージを持っていたが、メイクアップで印象がガラリと変わった。木村は当然、女性の化粧に詳しくないので、付けまつげとチークをしたぐらいしか分からないが、とにかく、地味な印象からモテそうな女性の雰囲気に変わっている。

「女性は変わりますね。美人過ぎて別人かと思いました」
「ふふふ、お上手ですね」
「今、ちょっとトラブルがあって、デートプランを決めきれて無いんですけど、取り敢えず7時にお店は予約しました」
「そうなんですね、じゃあ歩きながら決めます?」
「そうしましょう。駅の方にでも歩きましょうか」
「ところで、ふと疑問に思ったんですけど……」
「はい?」
「あ、その前にお名前伺っていいですか?」
「あ、ごめんなさい。木村です、木村一郎です」
「田中舞です。宜しくお願いします」
田中は握手を求めてきた。
「宜しくお願いします」
木村も握手で応えた。そして、田中へ質問する。
「あ、さっきの話何でした?」
「木村さんてそんな素敵な声でした?『桜の花 』で注文する声と変わってません?」
「ああ。私、声を変えられるんですよ」
「えっ!?」
「声帯模写って言うんですか?  1度聞けば、その人の声真似が出来るんです。流石に男性だけですけど、低い声の女性でも真似できるかも」
「へえ~、そんな凄い特技を持ってるんですね」
「だから、今はデート用に、声が魅力的で有名な三浦アナの声です」
「あ~、あの人気のアナウンサーか。って、めちゃくちゃ似てません?」
「でしょ。だから、今、モノマネタレントを目指してオーディションとか受けてるんです」
「そんなの1発合格じゃないですか」
「ところがどうも落選ぽいんだよ……」
「どうしてですか?」
「まあ、初オーディションで緊張してたってのもあるんだけど、面白おかしく誇張したりは出来ないし、音痴なんで歌真似も出来ないし、あと顔も問題がありそうなんだよね」
「顔って……。テレビに出てる人、皆が皆、美男美女じゃないでしょう?」
「まあ、そうだけど、あんまり顔が悪いとモノマネが入ってこないじゃない。モノマネのプロって出来るだけメイクで本人に近付けたりするけど、この顔じゃかけ離れちゃうし」
「うーん、そんなもんなのかな?  でも、顔が原因ってならマスクすれば解決ですね」
「いやいや、いつもマスクにサングラスじゃ、テレビに出られないよ」
「マスクってそのマスクじゃないですよ、仮面のこと」
「仮面?」
「そうそう、モノマネする人の仮面をつけるのよ。そうすれば、顔は隠せるし、雰囲気出るし、一石二鳥でしょ」
「!!」
木村は、田中の言う通りだと気付いた。悪いところが1つも無い。自分のバカさにも呆れたが、瞬時に答えを出す田中を相当賢いと思った。
「どう?」
「いや、凄いよ。田中さんの言う通りだ。田中さんて賢いんだね」
「いえいえ、普通ですよ。何か悪いところがあったら直す方法が無いかを考えるのが好きなんです。短所を長所に変えるような……」
「ふむふむ」
「私ってそんなに美形じゃないんで、小さい目とかどうしたら魅力的になるかなとか考えてメイクする様な事が得意なんです。木村さんにも褒められましたしね、ふふふ」
「なるほどねぇ、それってステキな能力だよね」
「でしょ?  木村さんの声真似能力にも負けませんよ」
「ははは。そうか、よし、やる気が出てきたよ。モノマネマスクか。カッコいいな」
「知り合いに 3D プリンターを扱っている人がいるんで相談してみましょうか?」
「えっ?!  そうなの?  お願いして良いかな?」
「引き受けてくれるかは分かりませんが、連絡とってみます」
「ありがとう」

  話に夢中になっていて気付かなかったが、2人は既に駅に着いていた。木村は続けて話す。
「デートプラン決めずに駅に着いちゃったね」
「そうですね」
「ゆっくり話できる場所とかがいいね」
「公園とかどうですか?  歩きながら公園探しますか?」
「良いね」
「デートプランより木村さんのモノマネプランの方が面白いです」
「考えてくれる?」
「そういうの考えるの大好きです」
2人は駅から離れるように歩きだした。
「ありがたいね。そう言えば、オーディションの時に、誇張した方が面白いって言われたんだけど、誇張とか出来なくて……」
「元々、誇張してる人の真似すれば良いんじゃないですか?」
「どういう事?」
「お笑いの人の真似とかどうですか?  ああいう人ってそもそも誇張してるじゃないですか」
「!!」
「今だったら、何とか豊って人の……」
「 Y o!   Y o !  ヒップでポップな一分間!  Y o!」
「それです、しかもそっくり!」
「リターンエース豊だね」
「そうです。どうですか?  はなからテンション高いし誇張する必要がないでしょ?」
「いやあ、凄いよ。イケると思う」
「あっ!  公園ありましたよ。ベンチもある」
「良かった。ちょっと歩き疲れたところ」
「そうですね。あっ、あそこに自動販売機もありますよ」
「じゃあ、何か買ってベンチで飲みながら話そうか」
「そうですね」
2人は自動販売機へ歩きだした。
「田中さんは何飲む?  奢るよ」
「いえ、ご飯奢って貰うんで、ここは私払います」
「……じゃあ、奢ってもらおうかな」
木村は笑顔で答えた。「俺が払うよ」と言おうとしたのだが少し考えて、言うのをやめた。どっちが正解かは相手によって異なりそうだが、田中の場合は奢って貰った方が良さそうな気がしたからだ。
  2人はベンチに座った。公園といっても、砂場と滑り台があるだけの小さな場所で、他に人は居なかった。田中が話す。
「え~と、あとモノマネに必須なのはイケメン俳優よね」
「フムフム」
「モリカズとかどうですか?  決め台詞あったでしょ」
「お嬢様の仰せのままに」
「きゃー、そっくり!  そしてカッコいい!  モノマネマスクあったら、滅茶苦茶カッコいいですよ」
「いや、それ地味にけなしてるよ!」
「ウソウソ、冗談ですよ。ふふふ」
「いやいや、冗談になってないし。でも、本当にモノマネマスクがあれば、黄色い声援が飛びそうだね」
「で、その二人を三浦アナウンサーでしたっけ?  が紹介するんですよ」
「三浦アナでニュース読みながら紹介する感じにするんだね」
「そうですそうです。絶対オーディション受かりますよ」

  田中の的確な指摘と具体的なプランのお陰で、成功への光が見えてきた。

「あとは、何とか木村さん用のモノマネマスク作成が上手くいけば良いですね」
「ああ、そうだった」
「絶対作ってもらいますね、私が作る訳じゃないから保証は出来ないですけど」

  その後もモノマネについて話が続いたが、ふと回りを見ると夕焼けが綺麗に空を染めていた。木村が話す。
「いつの間にか、こんな時間。そろそろお店へ向かいましょうか」
「そうですね」
「ここからだったら、歩いて10分掛からないぐらいだと思います」

  イタリアン料理店アランチョに着き、食事をしながら話をする。田中は自分の事を包み隠さず話してくれた。
  田中は木村と同じく1人っ子で、木村より6つ年下の22歳。母親は若く、43歳らしい。木村は「桜の花」で母親を何度か見ている。若いお母さんかなと思っていたが、実際に若かったようだ。元々、父親が「桜の花」の店主で、母親がウエイトレスとして働いていた時に結ばれたと教えてくれた。父親40歳、母親20歳という年の差婚の為、親から反対されたという。そんな父親も、5年前に癌で亡くなってしまったらしい。それから、母親が店主として、料理を作り出したとの事だ。元々は夜も営業していたが、舞の手伝いはあるものの、1人では大変だという事で、昼のみの営業になったそうだ。

「木村さんは御両親と仲良いですか?」
「いや、俺はあまり話さないかな。いつからだろう?  思春期からかな、仲が悪くなったのは」
「何かトラブルがあったんですか?」
「いや、何もないんだ。ただ……自分の顔が良くないって気付いた頃から、親のせいにして距離をとりだしたんだと思う」
「そうなんですか……」
「親は2人とも、特に不細工って訳じゃないんだよ。ごくごく普通の顔。そんな事もあって、ちょっと恨んでたのかもしれない。どうして俺だけ、ってね」
田中は木村の話を何も言わずに聞き続けた。
「不細工だって自覚すると、自分の行動に変化が出だしたんだ。最初に、女性と距離をとりだす。相手が嫌がってるのかなっていう被害妄想からね。それから、男友達とも距離をとりだしちゃうんだ。俺が居ると女の子が寄ってこないんじゃないかって気を使ってね。ほんと、悪循環だったよ……。でも……」
「でも、それって……」
「ん?」
「あ、いえ、続けてください」
「俺、田中さんと話して気付いたよ。結局のところ、俺の顔なんて関係無かったんだなって。気の持ちようで友達が居なくなったんだなって」
「そうですよ。私も全く同じ事を言おうとしてました」
「やっぱり?  そうだよな」
「不細工を売りにしている芸人さんも一緒で、最初はビックリしますけど、ちょっとしたら慣れますもんね」
「そうそう。田中さんも、最初に俺を見た時ビックリしてたもんね」
「そりゃビックリしますよ。この世のものじゃないですもん。ふふふ」
「そこまで言うか! 」
「冗談ですよ。ふふふ。もう慣れました」
「だから、冗談になってないんだって」

  2人の会話は途切れることは無く、周りから見れば、仲睦まじいカップルの様に見えているだろう。想像以上の素敵なディナーになり、木村は達成感のようなものを感じていた。

「ご馳走様でした。美味しかったです」
「美味しかったね。また、来たいと思ったよ。じゃあ『桜の花』まで送るよ」

田中を「桜の花」まで送り、木村は話す。
「ここの2階に住んでるの?」
「そうなんです。今日はありがとうございました。モノマネマスクの件、絶対良い報告します!」
「お願いします。連絡待ってます」

  綺麗な女性とデートできた嬉しさよりも、モノマネの成功への道が見えてきたことが何より収穫だった。

(モノマネマスク上手くいくと良いな)
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