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Trash Land
completely impossible VI
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〔D.R I'm wait at the 〝Drunker Cat〟on 22nd Street〕
DBのマンションで端末に映し出されたメッセージを反芻しながら、リケットはゆっくりとした足取りでその場所へと向かっていた。
22番街。色取り取りのネオンが輝き、深夜になってなお陽光が差しているかのように明るく、まさに「眠らない街」と呼ぶに相応しい其処は、若者達が夜を謳歌するためにあるような処。そしてそのための施設が軒を連ね、若い来訪者を誘っている。
その中のひとつ、バー〝Drunker Cat〟は、煌びやかなネオンが輝くこの22番街には相応しくない、良く言えばシックな、悪く言えば地味で景観を損ねている店舗だ。
だがそれがまた良いと、一部のマニアに常連が多い。そしてその余りの地味さが逆に目立ち、若者達の待ち合わせの場所として利用されることも多々あるのもまた事実だが。
リケットが〝Drunker Cat〟の前に着いたとき、街は丁度これから本格的に賑わい始める時間だった。
何処からともなくスーツ姿の男達や、肌も露な女達が現れ始め、街行く人々を誘おうとする。
当然、リケットの傍にもその人々は来るのだが、話し掛けようが誘惑しようが一切反応しない彼にすぐ愛想をつかせて立ち去って行く。
反応しないから諦めたのではない。そういった者達は人々の僅かな反応をも見逃さない術に長けている。僅かでも反応し、興味を示したのなら直ちに自分の店に誘導出来るから。
それら客引き達は、無駄な労力は使わない。
逆にそれが出来ない者共は、一気に干されて淘汰される。
客引きとて、これが『仕事』なのだから。
いや、幾ら興味がなくても、多少たりとも反応する筈だ。それが例え拒絶であっても。だが全く反応しないのは、〝サイバー〟以外の何者でもない。
そしてその者達は、彼がそうだと解ったから立ち去ったのだ。
〝サイバー〟相手に客引きをするのは、時間の無駄だから。
リケットの周りに誰もいなくなった頃、タンクトップにホットパンツだけを身に付けた妖艶な、だが触れただけで消えてしまいそうに儚い雰囲気の女性が、足音もなくリケットに近付いて来た。
その背は高く、そして更にスパイクヒールを履いているために余計に高く見える。だがそれでもリケットよりは低いが。
「お久しぶりね、リケット」
その女性はそう言いながら艶やかな黒髪を揺らしてリケットの前に立ち、その紫色の双眸で見つめた。
その全身は僅かだが燐光を発しており、知識のある者が見たのならば、彼女は実体を持っていないということが解るだろう。
だがそれに、誰も興味を示さない。
実体のない人物だけだったら、この都市には数多も存在しているから。
「……何も言ってくれないのね……それともあたしを忘れたのかしら?」
寂しげに、そして哀しげに微笑み、彼女――昨夜ファウル・ウェザー病院の〝RAR・ラボ〟病棟に出現した〝PSI〟のキョウはリケットの背に手を回し、突然その唇を重ねた。
リケットは避けない。その必要もないし、そうすることの意味を理解しないから。
街行く人々も、突然唇を重ねた二人を見てもなんとも思わない。
そうする若者なら其処彼処に点在しているし、それにそんなことでいちいち騒いで隙を見せていたら、客引きに捕まってあっという間に店舗の中だ。
「……唇を奪われたのに、それでも反応しないのは哀しいわね……」
抱き付いたままリケットを見上げ、彼女は呟いた。
だが――
「用件は?」
無機質に、リケットは訊くだけだった。彼女の話は最初から聞いていなかったらしい。少しだけ不本意なキョウだった。
だがそれより、ジェシカを再生不能にした自分を恨んではいないのか、それが僅かに気になるが……
「……莫迦ね……どうしてそんなことを気にするんだろう、あたしって……」
彼女の双眸の哀しみが、更に深くなる。
彼女が一体なにを思い、そして何故そのように哀しい眼をしているのか……リケットにとって、それはどうでも良いことだ。
「同じことを二度言うのは好きではない」
リケットは、ただそう言った。
そしてキョウも諦めたのか、肩を竦めてリケットから離れる。
しかし彼女は知らない。
リケットの口からそのような言葉が出ることの意味を。
常の彼ならば、ただ機械的に同じ言葉を紡ぎ出すだけなのに。
――そう。彼は今、苛立っている。
「……いいわ、本題に入ってあげる。今、中央公園で大規模なイベントが行われているの。内容は「ウルドヴェルタンディ・スクルド』の新製品を御披露目するものよ。そしてその性能もね。貴方は、その性能を試すために呼ばれているの。来る、来ないは貴方の自由。でもね、来ない場合は貴方の大切な友人が一人ずつこの世から消えていくわ」
「それは無理だ」
キョウの言葉を直ちに否定する。そして懐から煙草を取り出し、火を点けた。
視線はサングラスがあるために解らないが、その行為中も視線を外さないのが解る。
視線を外さないそのままで、リケットは煙を軽く吸い込んでから続けた。
「俺には友人がいない。仮に仕事で親しくしている者どもをそう呼ぶのだとしたら、自身のために止めておくのだな」
「あら……絶対にそれをさせないという自信があるのかしら? それとも友人を信じている? ……それは……あたしにとってはどうでも良いことね……ごめんなさい……」
何故謝るのか。それを疑問に思うだけの感情は、リケットにはない。
今、彼が思っていること。それは目の前の敵を消し去ることだけ。
それ以外は、考えられないから。
「じゃあ、あたしはそろそろ消えるわ。貴方が無事に生還出来ることを祈っているから。あたしはね、貴方の味方でいたいのよ」
「それも無理だ」
そう呟いたリケットの表情は、いつもの彼とはかけ離れていた。
彼は、嗤っていた。
冷酷に。
残虐に。
そして邪悪に。
「それは必要ない」
コートのポケットに手を突っ込み、再び出す。その両手が、帯電している。
「敵に味方など、必要ない」
口の端から、火の点いた煙草が零れ落ちる。
「……そう……残念だわ……。でもこれだけは覚えておいてね。あたしは、貴方が嫌いじゃないの」
両手の電流が強くなっていく。そしてそれに気付いた通行人達が、二人から緩やかに離れて行った。
〝ハンター〟の戦いに巻き込まれるのは、御免だからだ。
「それじゃ、またね……bon voyage……」
寂しげな瞳のまま、呟くように言う。だがリケットは表情を全く変えない。
そして――
「Good die」
高圧電流によって空気がプラズマ化する。
その余波で瞬くネオンが破裂した。
ビルに取り付けてある電光掲示板が意味を成さない文字を映し出す。
上空に浮かんでいる飛行船のモニターが火を噴いて破裂した。
信号が無意味に点滅して切り替わり、上空を通行しているエア・モービル同士が衝突寸前になり急ハンドルを切り、その内の数台が地上に降りて来た。
「――そうね……例え実体がなくても……空気をプラズマ化すれば精神体も蒸発するものね……解っていたわ……解っていたの……。貴方が空気をプラズマ化させるほど強力な電撃を使うことも……」
哀しい眼をしたまま、キョウは呟いた。その身体の所々が蒸発していく。
「それでも、あたしは貴方に逢いたかった……。貴方なら、貴方だったら、あたしと共に在り続けられると思ったから……」
愁いを宿したその双眸で天を仰ぎ見る。白色に輝く空気に包まれているためか、〝結界都市〟の機能のためか――その両方だろうが――天空に星は見えない。
「でもね、リケット。それはまだ無理みたい……。だって……あたしはあの場所から出られないもの……。まだ、〈良い妖精〉は目覚めない……そして……それがない限り、まだ、『良い死』は迎えられないわ……」
徐々に薄れて行くキョウの体を見詰め、リケットは無表情のまま電流を流し続けた。
「あたしは……死ねないの……そういう身体なのよ……。早く、目覚めさせて……貴方の、大切な〝Seelie Court〟を……」
寂しげに、哀しげに笑い、薄れゆくその手でリケットの頬を優しく撫で、そしてキョウの姿は完全に消えた。
それはまるで、儚い幻のようでもあった……。
DBのマンションで端末に映し出されたメッセージを反芻しながら、リケットはゆっくりとした足取りでその場所へと向かっていた。
22番街。色取り取りのネオンが輝き、深夜になってなお陽光が差しているかのように明るく、まさに「眠らない街」と呼ぶに相応しい其処は、若者達が夜を謳歌するためにあるような処。そしてそのための施設が軒を連ね、若い来訪者を誘っている。
その中のひとつ、バー〝Drunker Cat〟は、煌びやかなネオンが輝くこの22番街には相応しくない、良く言えばシックな、悪く言えば地味で景観を損ねている店舗だ。
だがそれがまた良いと、一部のマニアに常連が多い。そしてその余りの地味さが逆に目立ち、若者達の待ち合わせの場所として利用されることも多々あるのもまた事実だが。
リケットが〝Drunker Cat〟の前に着いたとき、街は丁度これから本格的に賑わい始める時間だった。
何処からともなくスーツ姿の男達や、肌も露な女達が現れ始め、街行く人々を誘おうとする。
当然、リケットの傍にもその人々は来るのだが、話し掛けようが誘惑しようが一切反応しない彼にすぐ愛想をつかせて立ち去って行く。
反応しないから諦めたのではない。そういった者達は人々の僅かな反応をも見逃さない術に長けている。僅かでも反応し、興味を示したのなら直ちに自分の店に誘導出来るから。
それら客引き達は、無駄な労力は使わない。
逆にそれが出来ない者共は、一気に干されて淘汰される。
客引きとて、これが『仕事』なのだから。
いや、幾ら興味がなくても、多少たりとも反応する筈だ。それが例え拒絶であっても。だが全く反応しないのは、〝サイバー〟以外の何者でもない。
そしてその者達は、彼がそうだと解ったから立ち去ったのだ。
〝サイバー〟相手に客引きをするのは、時間の無駄だから。
リケットの周りに誰もいなくなった頃、タンクトップにホットパンツだけを身に付けた妖艶な、だが触れただけで消えてしまいそうに儚い雰囲気の女性が、足音もなくリケットに近付いて来た。
その背は高く、そして更にスパイクヒールを履いているために余計に高く見える。だがそれでもリケットよりは低いが。
「お久しぶりね、リケット」
その女性はそう言いながら艶やかな黒髪を揺らしてリケットの前に立ち、その紫色の双眸で見つめた。
その全身は僅かだが燐光を発しており、知識のある者が見たのならば、彼女は実体を持っていないということが解るだろう。
だがそれに、誰も興味を示さない。
実体のない人物だけだったら、この都市には数多も存在しているから。
「……何も言ってくれないのね……それともあたしを忘れたのかしら?」
寂しげに、そして哀しげに微笑み、彼女――昨夜ファウル・ウェザー病院の〝RAR・ラボ〟病棟に出現した〝PSI〟のキョウはリケットの背に手を回し、突然その唇を重ねた。
リケットは避けない。その必要もないし、そうすることの意味を理解しないから。
街行く人々も、突然唇を重ねた二人を見てもなんとも思わない。
そうする若者なら其処彼処に点在しているし、それにそんなことでいちいち騒いで隙を見せていたら、客引きに捕まってあっという間に店舗の中だ。
「……唇を奪われたのに、それでも反応しないのは哀しいわね……」
抱き付いたままリケットを見上げ、彼女は呟いた。
だが――
「用件は?」
無機質に、リケットは訊くだけだった。彼女の話は最初から聞いていなかったらしい。少しだけ不本意なキョウだった。
だがそれより、ジェシカを再生不能にした自分を恨んではいないのか、それが僅かに気になるが……
「……莫迦ね……どうしてそんなことを気にするんだろう、あたしって……」
彼女の双眸の哀しみが、更に深くなる。
彼女が一体なにを思い、そして何故そのように哀しい眼をしているのか……リケットにとって、それはどうでも良いことだ。
「同じことを二度言うのは好きではない」
リケットは、ただそう言った。
そしてキョウも諦めたのか、肩を竦めてリケットから離れる。
しかし彼女は知らない。
リケットの口からそのような言葉が出ることの意味を。
常の彼ならば、ただ機械的に同じ言葉を紡ぎ出すだけなのに。
――そう。彼は今、苛立っている。
「……いいわ、本題に入ってあげる。今、中央公園で大規模なイベントが行われているの。内容は「ウルドヴェルタンディ・スクルド』の新製品を御披露目するものよ。そしてその性能もね。貴方は、その性能を試すために呼ばれているの。来る、来ないは貴方の自由。でもね、来ない場合は貴方の大切な友人が一人ずつこの世から消えていくわ」
「それは無理だ」
キョウの言葉を直ちに否定する。そして懐から煙草を取り出し、火を点けた。
視線はサングラスがあるために解らないが、その行為中も視線を外さないのが解る。
視線を外さないそのままで、リケットは煙を軽く吸い込んでから続けた。
「俺には友人がいない。仮に仕事で親しくしている者どもをそう呼ぶのだとしたら、自身のために止めておくのだな」
「あら……絶対にそれをさせないという自信があるのかしら? それとも友人を信じている? ……それは……あたしにとってはどうでも良いことね……ごめんなさい……」
何故謝るのか。それを疑問に思うだけの感情は、リケットにはない。
今、彼が思っていること。それは目の前の敵を消し去ることだけ。
それ以外は、考えられないから。
「じゃあ、あたしはそろそろ消えるわ。貴方が無事に生還出来ることを祈っているから。あたしはね、貴方の味方でいたいのよ」
「それも無理だ」
そう呟いたリケットの表情は、いつもの彼とはかけ離れていた。
彼は、嗤っていた。
冷酷に。
残虐に。
そして邪悪に。
「それは必要ない」
コートのポケットに手を突っ込み、再び出す。その両手が、帯電している。
「敵に味方など、必要ない」
口の端から、火の点いた煙草が零れ落ちる。
「……そう……残念だわ……。でもこれだけは覚えておいてね。あたしは、貴方が嫌いじゃないの」
両手の電流が強くなっていく。そしてそれに気付いた通行人達が、二人から緩やかに離れて行った。
〝ハンター〟の戦いに巻き込まれるのは、御免だからだ。
「それじゃ、またね……bon voyage……」
寂しげな瞳のまま、呟くように言う。だがリケットは表情を全く変えない。
そして――
「Good die」
高圧電流によって空気がプラズマ化する。
その余波で瞬くネオンが破裂した。
ビルに取り付けてある電光掲示板が意味を成さない文字を映し出す。
上空に浮かんでいる飛行船のモニターが火を噴いて破裂した。
信号が無意味に点滅して切り替わり、上空を通行しているエア・モービル同士が衝突寸前になり急ハンドルを切り、その内の数台が地上に降りて来た。
「――そうね……例え実体がなくても……空気をプラズマ化すれば精神体も蒸発するものね……解っていたわ……解っていたの……。貴方が空気をプラズマ化させるほど強力な電撃を使うことも……」
哀しい眼をしたまま、キョウは呟いた。その身体の所々が蒸発していく。
「それでも、あたしは貴方に逢いたかった……。貴方なら、貴方だったら、あたしと共に在り続けられると思ったから……」
愁いを宿したその双眸で天を仰ぎ見る。白色に輝く空気に包まれているためか、〝結界都市〟の機能のためか――その両方だろうが――天空に星は見えない。
「でもね、リケット。それはまだ無理みたい……。だって……あたしはあの場所から出られないもの……。まだ、〈良い妖精〉は目覚めない……そして……それがない限り、まだ、『良い死』は迎えられないわ……」
徐々に薄れて行くキョウの体を見詰め、リケットは無表情のまま電流を流し続けた。
「あたしは……死ねないの……そういう身体なのよ……。早く、目覚めさせて……貴方の、大切な〝Seelie Court〟を……」
寂しげに、哀しげに笑い、薄れゆくその手でリケットの頬を優しく撫で、そしてキョウの姿は完全に消えた。
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