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Trash Land
indestructible IV
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どういうことだ? そう思い、自分の胴体を見て女は驚愕した。
なんと、胴体そのものが無くなっている。
残っているのは人口骨格と人工心肺だけだ。その他の器官は、根こそぎ消失している。
だが奇妙なのは、それによる苦痛もなにも感じない、そしてそれに気付いてしまった今も、全くなにも感じていないし血すら流れないこと。
その事象が、単純に恐ろしい。
それでも倒れ込んだときに、僅かだがハズラットのマントに傷を残した。
これで、もう〝魔導士〟のマントは使えない。それだけで自分の役割は終った。
「何を狙っていたのかは知らんが、全て徒労に終ったな」
そう言い、戻って来た〝煙魔〟の頭を撫でながら、ハズラットは女を見下ろして言う。
徒労には終ってはいない。女は思った。何故なら、「魔導士ギルド」の実質的な最高導師のマントを傷付けることが出来たから。その強力な魔導具を、破壊出来たから。
「……哀れな」
胴体全てが消滅し、生きる術を一瞬にして失い、静かに息絶える女を見下ろし、〝煙魔〟を珠に戻してその傍らにしゃがみ込んだ。
――マントの傷は、消失している。彼がその身に纏うマントは、当たり前だが並の魔導具ではない。
例え引き裂かれてその形を無くしても、直ちに自己修復する。
その素材は――彼が亡くした恋人の血と髪の毛だから。
それは、なにがあろうと彼の身を絶対に護る。
「お前が何者かは知らん。だが、此処に侵入した者は誰であれこの様な運命を辿る。覚えておけ――」
女に傍に片膝を突いて手を翳し、呪文を唱えた。ハズラットの手が輝き、発生した光が帯となって女を撫でる。光が触れた箇所は、消失していた。
愛しい女性を愛撫するようにその光はゆっくりと女を撫で続け、程無く女の姿は完全に消失する。
「E・マーヴェリー」
立ち上がり、そしてマントを優しく撫で整え、そう呟いた。
「居るのは解っている。そしてその気配も覚えている。忘れるものか。『裏切り者』のマーヴェリー」
「……私が裏切ったわけではありませんよ」
突如〝結界〟に強烈な衝撃が走り、続いてハズラットの正面に風が渦を巻く。その強い風に煽られて、彼のマントが靡いた。
「貴方達が私を裏切ったのです」
風が収まり、其処に男が立っていた。
短く切り揃えた髪をオールバックにし、顎鬚を蓄えている。そしてネクタイをきちんと締め、スーツに身を固めたその姿は、何処から見ても何処ぞの企業の重役である。
「……コピー風情が、解ったような口を利く」
呟くと、ハズラットは呪文を唱えて小さく細かい光の針を放った。
先程の女を消し去ったのは、その光の針が無数に寄り集まって出来たものだ。余りに細かく、そして多いためにそのように見えたのである。そしてそれに触れたものは、目に見えないほど細かく分解されてしまう。
無数の光の針がマーヴェリーを襲うが、彼は無造作に腕を振り払っただけでそれを消し去った。
その手には、風が渦を巻いている。それを見て、ハズラットは舌打ちをした。
「どうです、これが私の新しい〝能力〟、〝エアリアル〟。何人たりとも、たとえ貴方であっても私には触れることすら叶いません」
誇らしげに言うマーヴェリーを一瞥し、口の端を吊り上げて嗤う。その表情は、邪悪そのものだった。
「……借り物の〝能力〟で何を誇る? その程度の〝能力〟なら、奴はとっくに使えたぞ。所詮は借り物で自己を誇示する愚か者。いや、莫迦以下だ」
一言だけ呪文を唱え、周囲に漆黒の物体を出現させて再びハズラットは集中した。
一方莫迦以下呼ばわりされたマーヴェリーは、意外にも逆上せずに、だが笑いながら全身に風を纏った。
「貴方が〝エアリアル〟を何処まで理解しているかは存じません。だがそのポテンシャルの高さを解っていないようだ。天候を操るということは、即ち空気の流れと気温、そして湿度を操るということ。使い方によってはこのようなことも出来ます」
大気中の湿度が集まり、それが急速に冷え固まって行く。そして遂に氷となり、マーヴェリーはそれをハズラット目掛けて放った。
だがその程度では数一つ付けられないと解っている。案の定、彼の周囲に漂っている漆黒の物体に吸い込まれただけだった。
「貴様の手品など見る気はない。それに、これ以上雑魚と遊ぶほど退屈はしていない。脳だけは届けてやる。そして伝えろ、これ以上我々に巫山戯たことをすると『ウルドヴェルタンディ・スクルド』そのものを潰す」
圧倒的な〝力〟がマーヴェリーを包む。それが〝結界〟だと理解することすら、彼には出来なかった。それほどハズラットの〝力〟は強力で、そして迅速だ。
全身に纏った風をハズラットに叩き付けようとするマーヴェリーの行動よりも遥かに速く呪文を完成させ、ハズラットは左手を握った。
マーヴェリーを包む〝結界〟が一瞬にして収縮し、不可視なほど小さくなり、そして続いて爆音が響いた。
極限以上に圧縮された物質は、元に戻ろうとする自己の力で自壊する。もっともそれ以前に、圧縮によって全ての生物は死滅するが。
「莫迦な奴……一つの力を磨けば、例えコピーでもそれなりに強くなれるものを。だがどう頑張った所でオリジナルには敵わないが。なぁ、そうだろう、〝サイオ・メイジ〟マーヴェリー」
マントから右手を出して開く。其処には人間の脳と脳幹が乗っていた。周囲を漂う漆黒の物体にそれを吸い込ませ、再び呪文を唱える。
「行け、そして伝えろ」
漆黒の物体に語り掛けると、それは空中高く浮き上がって消えた。
「さて……」
頭を掻き、「世界の館」の塔に取り付けてある時計を見た。もうじき17タイムになる。
「そろそろか……」
呟き、ハズラットはやや小走りで自室へと急いだ。そう、もうすぐ始まるのだ――週に一度のお楽しみ――『まぁぶる物語』が。
実はハズラットも、『まぁぶる』のファンだった。
そして彼にとって、あの程度の連中に命を狙われることなど取るに足りない出来事でしかない。
そう、ハズラットが真に脅威と感じている者達、それは【Vの子供達】だけだ。
――それ以上の者達、例えば「世界の館」の長イグドラシルなどを始めとする「長者」達に対して、脅威すら感じない。
何故なら、実力差があり過ぎて「世界が違う」としか思えないから。
なんと、胴体そのものが無くなっている。
残っているのは人口骨格と人工心肺だけだ。その他の器官は、根こそぎ消失している。
だが奇妙なのは、それによる苦痛もなにも感じない、そしてそれに気付いてしまった今も、全くなにも感じていないし血すら流れないこと。
その事象が、単純に恐ろしい。
それでも倒れ込んだときに、僅かだがハズラットのマントに傷を残した。
これで、もう〝魔導士〟のマントは使えない。それだけで自分の役割は終った。
「何を狙っていたのかは知らんが、全て徒労に終ったな」
そう言い、戻って来た〝煙魔〟の頭を撫でながら、ハズラットは女を見下ろして言う。
徒労には終ってはいない。女は思った。何故なら、「魔導士ギルド」の実質的な最高導師のマントを傷付けることが出来たから。その強力な魔導具を、破壊出来たから。
「……哀れな」
胴体全てが消滅し、生きる術を一瞬にして失い、静かに息絶える女を見下ろし、〝煙魔〟を珠に戻してその傍らにしゃがみ込んだ。
――マントの傷は、消失している。彼がその身に纏うマントは、当たり前だが並の魔導具ではない。
例え引き裂かれてその形を無くしても、直ちに自己修復する。
その素材は――彼が亡くした恋人の血と髪の毛だから。
それは、なにがあろうと彼の身を絶対に護る。
「お前が何者かは知らん。だが、此処に侵入した者は誰であれこの様な運命を辿る。覚えておけ――」
女に傍に片膝を突いて手を翳し、呪文を唱えた。ハズラットの手が輝き、発生した光が帯となって女を撫でる。光が触れた箇所は、消失していた。
愛しい女性を愛撫するようにその光はゆっくりと女を撫で続け、程無く女の姿は完全に消失する。
「E・マーヴェリー」
立ち上がり、そしてマントを優しく撫で整え、そう呟いた。
「居るのは解っている。そしてその気配も覚えている。忘れるものか。『裏切り者』のマーヴェリー」
「……私が裏切ったわけではありませんよ」
突如〝結界〟に強烈な衝撃が走り、続いてハズラットの正面に風が渦を巻く。その強い風に煽られて、彼のマントが靡いた。
「貴方達が私を裏切ったのです」
風が収まり、其処に男が立っていた。
短く切り揃えた髪をオールバックにし、顎鬚を蓄えている。そしてネクタイをきちんと締め、スーツに身を固めたその姿は、何処から見ても何処ぞの企業の重役である。
「……コピー風情が、解ったような口を利く」
呟くと、ハズラットは呪文を唱えて小さく細かい光の針を放った。
先程の女を消し去ったのは、その光の針が無数に寄り集まって出来たものだ。余りに細かく、そして多いためにそのように見えたのである。そしてそれに触れたものは、目に見えないほど細かく分解されてしまう。
無数の光の針がマーヴェリーを襲うが、彼は無造作に腕を振り払っただけでそれを消し去った。
その手には、風が渦を巻いている。それを見て、ハズラットは舌打ちをした。
「どうです、これが私の新しい〝能力〟、〝エアリアル〟。何人たりとも、たとえ貴方であっても私には触れることすら叶いません」
誇らしげに言うマーヴェリーを一瞥し、口の端を吊り上げて嗤う。その表情は、邪悪そのものだった。
「……借り物の〝能力〟で何を誇る? その程度の〝能力〟なら、奴はとっくに使えたぞ。所詮は借り物で自己を誇示する愚か者。いや、莫迦以下だ」
一言だけ呪文を唱え、周囲に漆黒の物体を出現させて再びハズラットは集中した。
一方莫迦以下呼ばわりされたマーヴェリーは、意外にも逆上せずに、だが笑いながら全身に風を纏った。
「貴方が〝エアリアル〟を何処まで理解しているかは存じません。だがそのポテンシャルの高さを解っていないようだ。天候を操るということは、即ち空気の流れと気温、そして湿度を操るということ。使い方によってはこのようなことも出来ます」
大気中の湿度が集まり、それが急速に冷え固まって行く。そして遂に氷となり、マーヴェリーはそれをハズラット目掛けて放った。
だがその程度では数一つ付けられないと解っている。案の定、彼の周囲に漂っている漆黒の物体に吸い込まれただけだった。
「貴様の手品など見る気はない。それに、これ以上雑魚と遊ぶほど退屈はしていない。脳だけは届けてやる。そして伝えろ、これ以上我々に巫山戯たことをすると『ウルドヴェルタンディ・スクルド』そのものを潰す」
圧倒的な〝力〟がマーヴェリーを包む。それが〝結界〟だと理解することすら、彼には出来なかった。それほどハズラットの〝力〟は強力で、そして迅速だ。
全身に纏った風をハズラットに叩き付けようとするマーヴェリーの行動よりも遥かに速く呪文を完成させ、ハズラットは左手を握った。
マーヴェリーを包む〝結界〟が一瞬にして収縮し、不可視なほど小さくなり、そして続いて爆音が響いた。
極限以上に圧縮された物質は、元に戻ろうとする自己の力で自壊する。もっともそれ以前に、圧縮によって全ての生物は死滅するが。
「莫迦な奴……一つの力を磨けば、例えコピーでもそれなりに強くなれるものを。だがどう頑張った所でオリジナルには敵わないが。なぁ、そうだろう、〝サイオ・メイジ〟マーヴェリー」
マントから右手を出して開く。其処には人間の脳と脳幹が乗っていた。周囲を漂う漆黒の物体にそれを吸い込ませ、再び呪文を唱える。
「行け、そして伝えろ」
漆黒の物体に語り掛けると、それは空中高く浮き上がって消えた。
「さて……」
頭を掻き、「世界の館」の塔に取り付けてある時計を見た。もうじき17タイムになる。
「そろそろか……」
呟き、ハズラットはやや小走りで自室へと急いだ。そう、もうすぐ始まるのだ――週に一度のお楽しみ――『まぁぶる物語』が。
実はハズラットも、『まぁぶる』のファンだった。
そして彼にとって、あの程度の連中に命を狙われることなど取るに足りない出来事でしかない。
そう、ハズラットが真に脅威と感じている者達、それは【Vの子供達】だけだ。
――それ以上の者達、例えば「世界の館」の長イグドラシルなどを始めとする「長者」達に対して、脅威すら感じない。
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