HEAD.HUNTER

佐々木鴻

文字の大きさ
上 下
38 / 75
Trash Land

 indestructible IV

しおりを挟む
 どういうことだ? そう思い、自分の胴体を見て女は驚愕した。

 なんと、胴体そのものが無くなっている。

 残っているのは人口骨格と人工心肺だけだ。その他の器官は、根こそぎ消失している。

 だが奇妙なのは、それによる苦痛もなにも感じない、そしてそれに気付いてしまった今も、全くなにも感じていないし血すら流れないこと。

 その事象が、単純に恐ろしい。

 それでも倒れ込んだときに、僅かだがハズラットのマントに傷を残した。

 これで、もう〝魔導士〟のマントは使えない。それだけで自分の役割は終った。

「何を狙っていたのかは知らんが、全て徒労に終ったな」

 そう言い、戻って来た〝煙魔〟の頭を撫でながら、ハズラットは女を見下ろして言う。

 徒労には終ってはいない。女は思った。何故なら、「魔導士ギルド」の実質的な最高導師のマントを傷付けることが出来たから。その強力な魔導具を、破壊出来たから。

「……哀れな」

 胴体全てが消滅し、生きる術を一瞬にして失い、静かに息絶える女を見下ろし、〝煙魔〟を珠に戻してその傍らにしゃがみ込んだ。

 ――マントの傷は、消失している。彼がその身に纏うマントは、当たり前だが並の魔導具ではない。

 例え引き裂かれてその形を無くしても、直ちに自己修復する。

 その素材は――彼が亡くした恋人の血と髪の毛だから。

 それは、なにがあろうと彼の身を絶対に護る。

「お前が何者かは知らん。だが、此処に侵入した者は誰であれこの様な運命を辿る。覚えておけ――」

 女にかたわらに片膝を突いて手を翳し、呪文を唱えた。ハズラットの手が輝き、発生した光が帯となって女を撫でる。光が触れた箇所は、消失していた。

 愛しい女性を愛撫するようにその光はゆっくりと女を撫で続け、程無く女の姿は完全に消失する。

「E・マーヴェリー」

 立ち上がり、そしてマントを優しく撫で整え、そう呟いた。

「居るのは解っている。そしてその気配も覚えている。忘れるものか。『裏切り者』のマーヴェリー」
「……私が裏切ったわけではありませんよ」

 突如〝結界〟に強烈な衝撃が走り、続いてハズラットの正面に風が渦を巻く。その強い風に煽られて、彼のマントが靡いた。

「貴方達が私を裏切ったのです」

 風が収まり、其処に男が立っていた。

 短く切り揃えた髪をオールバックにし、顎鬚を蓄えている。そしてネクタイをきちんと締め、スーツに身を固めたその姿は、何処から見ても何処ぞの企業の重役である。

「……コピー風情が、解ったような口を利く」

 呟くと、ハズラットは呪文を唱えて小さく細かい光の針を放った。
 先程の女を消し去ったのは、その光の針が無数に寄り集まって出来たものだ。余りに細かく、そして多いためにそのように見えたのである。そしてそれに触れたものは、目に見えないほど細かく分解されてしまう。

 無数の光の針がマーヴェリーを襲うが、彼は無造作に腕を振り払っただけでそれを消し去った。
 その手には、風が渦を巻いている。それを見て、ハズラットは舌打ちをした。

「どうです、これが私の新しい〝能力〟、〝エアリアル〟。何人たりとも、たとえ貴方であっても私には触れることすら叶いません」

 誇らしげに言うマーヴェリーを一瞥し、口の端を吊り上げて嗤う。その表情は、邪悪そのものだった。

「……借り物の〝能力〟で何を誇る? その程度の〝能力〟なら、奴はとっくに使えたぞ。所詮は借り物で自己を誇示する愚か者。いや、莫迦以下だ」

 一言だけ呪文を唱え、周囲に漆黒の物体を出現させて再びハズラットは集中した。

 一方莫迦以下呼ばわりされたマーヴェリーは、意外にも逆上せずに、だが笑いながら全身に風を纏った。

「貴方が〝エアリアル〟を何処まで理解しているかは存じません。だがそのポテンシャルの高さを解っていないようだ。天候を操るということは、即ち空気の流れと気温、そして湿度を操るということ。使い方によってはこのようなことも出来ます」

 大気中の湿度が集まり、それが急速に冷え固まって行く。そして遂に氷となり、マーヴェリーはそれをハズラット目掛けて放った。

 だがその程度では数一つ付けられないと解っている。案の定、彼の周囲に漂っている漆黒の物体に吸い込まれただけだった。

「貴様の手品など見る気はない。それに、これ以上雑魚と遊ぶほど退屈はしていない。脳だけは届けてやる。そして伝えろ、これ以上我々にたことをすると『ウルドヴェルタンディ・スクルド』そのものを潰す」

 圧倒的な〝力〟がマーヴェリーを包む。それが〝結界〟だと理解することすら、彼には出来なかった。それほどハズラットの〝力〟は強力で、そして迅速だ。

 全身に纏った風をハズラットに叩き付けようとするマーヴェリーの行動よりも遥かに速く呪文を完成させ、ハズラットは左手を握った。

 マーヴェリーを包む〝結界〟が一瞬にして収縮し、不可視なほど小さくなり、そして続いて爆音が響いた。

 極限以上に圧縮された物質は、元に戻ろうとする自己の力で自壊する。もっともそれ以前に、圧縮によって全ての生物は死滅するが。

「莫迦な奴……一つの力を磨けば、例えコピーでもそれなりに強くなれるものを。だがどう頑張った所でオリジナルには敵わないが。なぁ、そうだろう、〝サイオ・メイジ〟マーヴェリー」

 マントから右手を出して開く。其処には人間の脳と脳幹が乗っていた。周囲を漂う漆黒の物体にそれを吸い込ませ、再び呪文を唱える。

「行け、そして伝えろ」

 漆黒の物体に語り掛けると、それは空中高く浮き上がって消えた。

「さて……」

 頭を掻き、「世界の館」の塔に取り付けてある時計を見た。もうじき17タイムになる。

「そろそろか……」

 呟き、ハズラットはやや小走りで自室へと急いだ。そう、もうすぐ始まるのだ――週に一度のお楽しみ――『まぁぶる物語』が。

 実はハズラットも、『まぁぶる』のファンだった。

 そして彼にとって、あの程度の連中に命を狙われることなど取るに足りない出来事でしかない。

 そう、ハズラットが真に脅威と感じている者達、それは【Vの子供達】だけだ。

 ――それ以上の者達、例えば「世界の館」の長イグドラシルなどを始めとする「長者」達に対して、脅威すら感じない。

 何故なら、実力差があり過ぎて「世界が違う」としか思えないから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL
SF
異世界転生も転移もしない異世界物語……(. . `) よろしくお願い申し上げます 男は過眠症で日々の生活に空白を持っていた。 医師の診断では、睡眠無呼吸から来る睡眠障害とのことであったが、男には疑いがあった。 男は常に、同じ世界、同じ人物の夢を見ていたのだ。それも、非常に生々しく…… 手触り感すらあるその世界で、男は別人格として、「採掘師」という仕事を生業としていた。 採掘師とは、遺跡に眠るストレージから、マップや暗号鍵、設計図などの有用な情報を発掘し、マーケットに流す仕事である。 各地に点在する遺跡を巡り、時折マーケットのある都市、集落に訪れる生活の中で、時折感じる自身の中の他者の魂が幻でないと気づいた時、彼らの旅は混迷を増した…… 申し訳ございませんm(_ _)m 不定期投稿になります。 本業多忙のため、しばらく連載休止します。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

令和の俺と昭和の私

廣瀬純一
ファンタジー
令和の男子と昭和の女子の体が入れ替わる話

エンシェントソルジャー ~古の守護者と無属性の少女~

ロクマルJ
SF
百万年の時を越え 地球最強のサイボーグ兵士が目覚めた時 人類の文明は衰退し 地上は、魔法と古代文明が入り混じる ファンタジー世界へと変容していた。 新たなる世界で、兵士は 冒険者を目指す一人の少女と出会い 再び人類の守り手として歩き出す。 そして世界の真実が解き明かされる時 人類の運命の歯車は 再び大きく動き始める... ※書き物初挑戦となります、拙い文章でお見苦しい所も多々あるとは思いますが  もし気に入って頂ける方が良ければ幸しく思います  週1話のペースを目標に更新して参ります  よろしくお願いします ▼表紙絵、挿絵プロジェクト進行中▼ イラストレーター:東雲飛鶴様協力の元、表紙・挿絵を制作中です! 表紙の原案候補その1(2019/2/25)アップしました 後にまた完成版をアップ致します!

処理中です...