33 / 75
Trash Land
broken reality V
しおりを挟む
「バビロン・タワー」の中心にある、一箇所だけ高く突き出ている高層マンション。其処には奇妙な噂がある。
大概このような高級マンションに住む者達は、長者達とでも言われるのだろう。
だが実は、このマンションから人が出入りするのを見た者は誰もいない。
それに、其処が本当にマンションであるのかは、誰にも判らないのである。
その証拠に、此処はマンションだと何処にも明記されておらず、そればかりかエントランスすらないのだ。
誰が住んでいるのか、それとも何かの施設なのか、人々は知らない。
だが一つだけ解っていることがある。
それはこの建造物群が、「バビロン・タワー」と呼ばれていることだ――
その「バビロン・タワー」の一角にあるマンションの前に、リケットは来ていた。
そこは七十階まである高層マンションで、そのデザインは何処か不気味な様相を呈している。
大抵の者はこのマンションに近付きたくないと思うのだろうが、リケットはその範疇ではなく、一切の迷いもなく構わずに入った。
そして7001と書かれたボタンを押そうとしたその時、
『Hi、リケットぉ。俺様になんの用だい? また手伝えって言うのかなぁ? OKOK、君は古ぅ~い親友だぁ。なーんでも言ってくれぇ、出来る範囲内で協力させて貰うよぉ。勿論、有料だけどねぇ。HA! HA!』
スピーカの向こうから声がした。そしてモニターには、ミカンに顔が描かれ、それが満面の笑みを浮かべている物体――「まぁぶる」が映し出されている。
『ま、こんな所で立ち話もなんだからぁ、とにかく入ってくれよぉ。茶でも煎れるぜぇ』
その声が途切れると、入り口が自動的に開く。そしてリケットを出迎えたものは、愛らしい表情を浮かべる「まぁぶる」だった。
「まぁぶる」のファンは、どうやらファウル・ウェザーだけではないらしい。
リケットを上目遣いで見詰める「まぁぶる」は一度くるくると回って逆さになり、弾んでから元に戻ってリケットに背(?)を向けると、そのまま前に進み始めた。
そして少しだけ振り返り、リケットが動かないのが解ると頬(?)を膨らませて弾んでいる。
どうやら付いて来いということらしい。リケットはなにも言わず、その物体――「まぁぶる」に付いて行った。
丸い身体を弾ませながら、「まぁぶる」はリケットを無数にあるエレベーターの一つに導いた。
このマンションは、60階より上層になると一部屋に一基エレベーターが備え付けてある。
そして65階以上になるとワンフロア全てが一つの住居となっているのだ。
然も完全防音。上階で例え爆破騒ぎがあったとしても、階下の者には振動すら伝わらない。
「まぁぶる」が導いたのは7001と書かれたエレベーター、つまり最上階の部屋だ。
「まぁぶる」とリケットがその前に立つと、自然に扉が開く。
「いらっしゃいませぇ」
「まぁぶる」とリケットが入るなり、声がした。そして水着姿の女性が現れる。
いや、女性というには幼過ぎる。少女と呼んだ方が適当だろう。そしてそれに、生命反応はない。
それはこのエレベーターの持ち主が創り出した虚像。だが何故わざわざ水着姿の少女なのか。それはきっと、創り手の趣味なのだろう。
「このエレベーターはぁ、エイケン・ドラム様のお宅に向かいまぁす。途中で止まりませんのでぇ、御用のない方や新聞、宗教の勧誘、訪問販売、お遊び、なんとなく、テロ行為などが目的の方で、死にたくない方は直ちに降りて下さぁい」
にこやかな表情で言う少女の虚像を無視して、リケットは壁に寄り掛かった。その反応が不満なのか、「まぁぶる」が抗議するかのようにその傍で弾んだ。しかし、それで反応するリケットではない。そのまま何も言わず、只じっとしているだけだ。
「それではぁ、上に参りまぁす。でもチョー速いからぁ、耳がキーンってしちゃうけど、ガマンしてねぇ」
言うなり、突然エレベーターが高速で上昇を始めた。その速度は、並みの人間が耐え得る衝撃を超えている。
これもまた、少女の虚像が言った「御用のない方」除けのものなのだろう。
だが〝サイバー〟であるリケットにとって、それは問題にすらならない。
何故か「まぁぶる」は、妙に辛そうな表情で震えていたが。
七〇階に着き、扉が開くと今度はスーツ姿に蝶ネクタイをした、白髪頭で顎鬚をたくわえている初老の男がゆっくりと頭を下げて出迎えた。だが彼にも、生命反応はない。
「じゃあ、後の案内はお任せ。じゃあねぇ~」
エレベーターから降りたリケットと「まぁぶる」にそう言い、少女の虚像はエレベーターの扉が閉じると同時に消えた。
代わりに眼の前にいる男が、頭を下げた時と寸分違わぬ速度で顔を上げ、静かにリケットを見詰めた。
その双眸には、如何なる感情も浮かんでいない。もっともそれはリケットとて同じだが。
「御主人様は只今作業中で御座います。御急ぎでしたら御案内致しますが、如何為さいますか?」
そう訊く彼に一言だけ「急ぎだ」とのみ答え、リケットは勝手に奥へと歩き出した。そして初老の男も、リケットの正面に現れてから歩き出す。
天井が高く広大なこの部屋は、一人で住むには余りに広過ぎほどのスペースを有している。
だが壁や内装は殺風景で、見る者が見たのなら悪寒すら感じるほどに無機質だ。
そして生活の為の調度品や家具などは、一切見受けられない。
「もし宜しければ、私めに御用の程をお伝え願えませんか」
振り返らず、男は言った。するとリケットは、
「Aiken=Drumに用はない。Each=Uisge、出ろ。今回の仕事はハッキングとデータの完全破壊、そして登録人名の抹消だ」
「『……随分とまた荒っぽいじゃないか? どうしたんだい、リケットぉ』」
初老の男の口から、突然違う口調と声が発せられる。その声はこのマンションの入り口で聞いたものだ。
大概このような高級マンションに住む者達は、長者達とでも言われるのだろう。
だが実は、このマンションから人が出入りするのを見た者は誰もいない。
それに、其処が本当にマンションであるのかは、誰にも判らないのである。
その証拠に、此処はマンションだと何処にも明記されておらず、そればかりかエントランスすらないのだ。
誰が住んでいるのか、それとも何かの施設なのか、人々は知らない。
だが一つだけ解っていることがある。
それはこの建造物群が、「バビロン・タワー」と呼ばれていることだ――
その「バビロン・タワー」の一角にあるマンションの前に、リケットは来ていた。
そこは七十階まである高層マンションで、そのデザインは何処か不気味な様相を呈している。
大抵の者はこのマンションに近付きたくないと思うのだろうが、リケットはその範疇ではなく、一切の迷いもなく構わずに入った。
そして7001と書かれたボタンを押そうとしたその時、
『Hi、リケットぉ。俺様になんの用だい? また手伝えって言うのかなぁ? OKOK、君は古ぅ~い親友だぁ。なーんでも言ってくれぇ、出来る範囲内で協力させて貰うよぉ。勿論、有料だけどねぇ。HA! HA!』
スピーカの向こうから声がした。そしてモニターには、ミカンに顔が描かれ、それが満面の笑みを浮かべている物体――「まぁぶる」が映し出されている。
『ま、こんな所で立ち話もなんだからぁ、とにかく入ってくれよぉ。茶でも煎れるぜぇ』
その声が途切れると、入り口が自動的に開く。そしてリケットを出迎えたものは、愛らしい表情を浮かべる「まぁぶる」だった。
「まぁぶる」のファンは、どうやらファウル・ウェザーだけではないらしい。
リケットを上目遣いで見詰める「まぁぶる」は一度くるくると回って逆さになり、弾んでから元に戻ってリケットに背(?)を向けると、そのまま前に進み始めた。
そして少しだけ振り返り、リケットが動かないのが解ると頬(?)を膨らませて弾んでいる。
どうやら付いて来いということらしい。リケットはなにも言わず、その物体――「まぁぶる」に付いて行った。
丸い身体を弾ませながら、「まぁぶる」はリケットを無数にあるエレベーターの一つに導いた。
このマンションは、60階より上層になると一部屋に一基エレベーターが備え付けてある。
そして65階以上になるとワンフロア全てが一つの住居となっているのだ。
然も完全防音。上階で例え爆破騒ぎがあったとしても、階下の者には振動すら伝わらない。
「まぁぶる」が導いたのは7001と書かれたエレベーター、つまり最上階の部屋だ。
「まぁぶる」とリケットがその前に立つと、自然に扉が開く。
「いらっしゃいませぇ」
「まぁぶる」とリケットが入るなり、声がした。そして水着姿の女性が現れる。
いや、女性というには幼過ぎる。少女と呼んだ方が適当だろう。そしてそれに、生命反応はない。
それはこのエレベーターの持ち主が創り出した虚像。だが何故わざわざ水着姿の少女なのか。それはきっと、創り手の趣味なのだろう。
「このエレベーターはぁ、エイケン・ドラム様のお宅に向かいまぁす。途中で止まりませんのでぇ、御用のない方や新聞、宗教の勧誘、訪問販売、お遊び、なんとなく、テロ行為などが目的の方で、死にたくない方は直ちに降りて下さぁい」
にこやかな表情で言う少女の虚像を無視して、リケットは壁に寄り掛かった。その反応が不満なのか、「まぁぶる」が抗議するかのようにその傍で弾んだ。しかし、それで反応するリケットではない。そのまま何も言わず、只じっとしているだけだ。
「それではぁ、上に参りまぁす。でもチョー速いからぁ、耳がキーンってしちゃうけど、ガマンしてねぇ」
言うなり、突然エレベーターが高速で上昇を始めた。その速度は、並みの人間が耐え得る衝撃を超えている。
これもまた、少女の虚像が言った「御用のない方」除けのものなのだろう。
だが〝サイバー〟であるリケットにとって、それは問題にすらならない。
何故か「まぁぶる」は、妙に辛そうな表情で震えていたが。
七〇階に着き、扉が開くと今度はスーツ姿に蝶ネクタイをした、白髪頭で顎鬚をたくわえている初老の男がゆっくりと頭を下げて出迎えた。だが彼にも、生命反応はない。
「じゃあ、後の案内はお任せ。じゃあねぇ~」
エレベーターから降りたリケットと「まぁぶる」にそう言い、少女の虚像はエレベーターの扉が閉じると同時に消えた。
代わりに眼の前にいる男が、頭を下げた時と寸分違わぬ速度で顔を上げ、静かにリケットを見詰めた。
その双眸には、如何なる感情も浮かんでいない。もっともそれはリケットとて同じだが。
「御主人様は只今作業中で御座います。御急ぎでしたら御案内致しますが、如何為さいますか?」
そう訊く彼に一言だけ「急ぎだ」とのみ答え、リケットは勝手に奥へと歩き出した。そして初老の男も、リケットの正面に現れてから歩き出す。
天井が高く広大なこの部屋は、一人で住むには余りに広過ぎほどのスペースを有している。
だが壁や内装は殺風景で、見る者が見たのなら悪寒すら感じるほどに無機質だ。
そして生活の為の調度品や家具などは、一切見受けられない。
「もし宜しければ、私めに御用の程をお伝え願えませんか」
振り返らず、男は言った。するとリケットは、
「Aiken=Drumに用はない。Each=Uisge、出ろ。今回の仕事はハッキングとデータの完全破壊、そして登録人名の抹消だ」
「『……随分とまた荒っぽいじゃないか? どうしたんだい、リケットぉ』」
初老の男の口から、突然違う口調と声が発せられる。その声はこのマンションの入り口で聞いたものだ。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
No One's Glory -もうひとりの物語-
はっくまん2XL
SF
異世界転生も転移もしない異世界物語……(. . `)
よろしくお願い申し上げます
男は過眠症で日々の生活に空白を持っていた。
医師の診断では、睡眠無呼吸から来る睡眠障害とのことであったが、男には疑いがあった。
男は常に、同じ世界、同じ人物の夢を見ていたのだ。それも、非常に生々しく……
手触り感すらあるその世界で、男は別人格として、「採掘師」という仕事を生業としていた。
採掘師とは、遺跡に眠るストレージから、マップや暗号鍵、設計図などの有用な情報を発掘し、マーケットに流す仕事である。
各地に点在する遺跡を巡り、時折マーケットのある都市、集落に訪れる生活の中で、時折感じる自身の中の他者の魂が幻でないと気づいた時、彼らの旅は混迷を増した……
申し訳ございませんm(_ _)m
不定期投稿になります。
本業多忙のため、しばらく連載休止します。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

エンシェントソルジャー ~古の守護者と無属性の少女~
ロクマルJ
SF
百万年の時を越え
地球最強のサイボーグ兵士が目覚めた時
人類の文明は衰退し
地上は、魔法と古代文明が入り混じる
ファンタジー世界へと変容していた。
新たなる世界で、兵士は 冒険者を目指す一人の少女と出会い
再び人類の守り手として歩き出す。
そして世界の真実が解き明かされる時
人類の運命の歯車は 再び大きく動き始める...
※書き物初挑戦となります、拙い文章でお見苦しい所も多々あるとは思いますが
もし気に入って頂ける方が良ければ幸しく思います
週1話のペースを目標に更新して参ります
よろしくお願いします
▼表紙絵、挿絵プロジェクト進行中▼
イラストレーター:東雲飛鶴様協力の元、表紙・挿絵を制作中です!
表紙の原案候補その1(2019/2/25)アップしました
後にまた完成版をアップ致します!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる