32 / 75
Trash Land
broken reality IV
しおりを挟む
感情が残った代わりに、彼は表情を無くしてしまった。そんな自分を憂い哀しむことは、彼にはない。彼もまた〝サイバー〟だから、その程度のことは覚悟していた。そして、後悔などしていない。
「But there is one thing left」
グラスを磨く手が止まり、ゆっくりとリケットを見る。フィンヴァラの眼に映るその表情は、何故か邪悪に嗤っていた。
「to protect her. I don't know why, but that's all I remember」
「……ソウナノカ……。キットソレハ、君ガマダ人ダッタ頃ノモノダロウ。ソシテソレハ、キット君ニトッテ偽ルコトノ出来ナイ心ナノダロウネ。……ソウイウ心ハ、僕ニハ無イヨ。羨マシイコトダ……」
そう言うと、フィンヴァラはグラスを置いてカウンターの奥へと引っ込んだ。
暫くして戻った彼の手に、直径10センチメートルほどの球体が握られていおり、それを大事そうにカウンターに置いた。
その球体は水晶の様に透き通っており、だがそれとは異質の、何処か不思議な輝きを放っている。
「コレガ、君ガ欲シイト言ッタ「精神感応物質」、俗称〝さいこ・またー〟ダ。以前ハ相当量ガ流通シテイタガ、〝龍脈〟ガ乱レテ来テイル今デハ、カナリ入手困難ニナッタ。同門ノ誼ダ、格安デ売ッテアゲヨウ」
無言でその球体を掴み、ポケットに突っ込む。そしてコーヒーを一気に飲み干して席を立った。
「イッテラッシャイ。支払イハイツモノくれじっとカラ引キ落トシテオクヨ」
振り返らずにそのまま出て行くリケットを一瞥し、フィンヴァラはカップを片付け始めた。
そして小さいカップを持ったとき、それが真っ二つに割れた。
「……コウイウコトガ起キルト、人々ハ『不吉ダ』ト言ウノダロウネ。デモ、割ッタ本人ガイタ場合デモ同様ニソウ言ウノカナ?」
呟き、奥のテーブルを見る。其処にはスーツを着てスラックスを穿き、サングラスを掛けた男が坐っていた。
「……御注文ハ?」
近付き、メニューをテーブルに置いて訊く。だがその男は、にやにやと笑っているだけでなにも言わない。その口元は何かを噛んでいるのか、くちゃくちゃと動いている。
「御注文ガ決マリマシタラ呼ンデ下サイ」
そう言って背を向けるフィンヴァラに、懐から出した銃を向ける。
そして全く迷わずにその引き金を引いた。
セットされているエネルギーカプセルが弾け、高圧レーザーが銃口から迸る。
それは狙い違わず、フィンヴァラの胸を焼いた。
「……ソンナ物、コノ僕ニハ効カナイ」
30ミリメートルの鉄板すら易々と貫く高圧レーザーが直撃した筈なのに、彼は全く動じない。そればかりか、傷一つ付いていなかった。
「しゃつニ穴ガ開イタ。コレハ僕ノオ気ニ入リダッタンダケドネ」
そう言いながら振り返る。小脇には銀のトレイを抱えていた。そして今彼が持っているのは、それだけだ。
「やっぱ、通用しねぇかぁ?」
銃を手の中でくるくる回しながら、男は肩を竦めて立ち上がった。
そしてサングラスをずらし、上目遣いでフィンヴァラを見る。その双眸は、獲物を狙う野獣そのものだ。その鋭い眼光を浴びたものは、恐怖で動けなくなるだろう。
「貴方ハ、ドチラ様デショウカ? 少ナクトモ僕ハ人ニ恨マレルヨウナコトハ、一切シテイマセンヨ。今ハ」
だが所詮それは動物にしか通用しないもの。〝サイバー〟である彼に通用する筈がない。
「お前じゃねぇよ、あの〝サイバー〟に用があるんだ」
猫背になり、ゆっくりと近付いてくる男を眼で追い、フィンヴァラはなにも言わずに襟元の蝶ネクタイを直した。
「お前はあいつに関わった。それだけで充分なんだよ。死ね」
「オ断リ致シマス。ソレニ、引退シタトハイエ貴方ニ殺サレルホド腑抜ケテハイマセン」
「やってみねぇと解らねぇじゃねぇかよ!」
突然、男の身体が倍に膨れ上がった。服が破れ、その下から茶色の毛皮が生えて来る。そしてその顔も、鼻と口がせり出して獣の様なった。両手の爪が鋭く伸び、床に傷を残す。
「〝はいぱー〟デスカ……デモ誰ノ命令カハ知リマセンガ、僕モ軽ク見ラレタモノデスネ……」
小脇に抱えているトレイが変形し、一振りの剣になる。
それは、精神の力によって形を変える物質〝サイコ・マター〟。
曇りの全くない純粋な〝龍気〟によって精製される金属。
その硬度は使い手によって変化するが、通常でチタン合金の1.5倍。熟練者が操ると、ダイヤモンドすら両断する。
「僕相手ダト、コノ程度デモ充分ダト思ッタノデショウカ? 随分ト、莫迦ニシテイル」
両手で剣を持ち、そして変身が終った男へと高速で突っ込む。
「Good die」
呟き、そして男を両断した。
その実力は、引退していても衰えることはない。
血だらけで絶命している、なにをされたのかすら理解出来なかったであろう男の傍らに立つ、返り血を浴びているその姿は、容貌とその声に比例して冷たく、そして残忍だ。
「シマッタ……」
剣を元のトレイに戻し、フィンヴァラが呟いた。
「店ヲ汚シテシマッタ……今日ノ日中ハ臨時休業ニシナイト……然モ、18たいむカラ予約ガ入ッテイルノニ……」
警邏に連絡を入れながら、フィンヴァラは己の迂闊さを少しだけ呪った。
こんなことなら、一瞬で消滅させれば良かったと反省しながら。
――リケットが世に出る以前、『最強・最凶・最狂』と呼ばれた〝サイバー〟がいた。
彼は生体機械工学者であるラッセル・Vが作り出した〝サイバー〟だといわれている。
そして四人【Vの子供達】の一人に、名を連ねてはいなかった。
彼は、『出来損ない』だったのである。
「But there is one thing left」
グラスを磨く手が止まり、ゆっくりとリケットを見る。フィンヴァラの眼に映るその表情は、何故か邪悪に嗤っていた。
「to protect her. I don't know why, but that's all I remember」
「……ソウナノカ……。キットソレハ、君ガマダ人ダッタ頃ノモノダロウ。ソシテソレハ、キット君ニトッテ偽ルコトノ出来ナイ心ナノダロウネ。……ソウイウ心ハ、僕ニハ無イヨ。羨マシイコトダ……」
そう言うと、フィンヴァラはグラスを置いてカウンターの奥へと引っ込んだ。
暫くして戻った彼の手に、直径10センチメートルほどの球体が握られていおり、それを大事そうにカウンターに置いた。
その球体は水晶の様に透き通っており、だがそれとは異質の、何処か不思議な輝きを放っている。
「コレガ、君ガ欲シイト言ッタ「精神感応物質」、俗称〝さいこ・またー〟ダ。以前ハ相当量ガ流通シテイタガ、〝龍脈〟ガ乱レテ来テイル今デハ、カナリ入手困難ニナッタ。同門ノ誼ダ、格安デ売ッテアゲヨウ」
無言でその球体を掴み、ポケットに突っ込む。そしてコーヒーを一気に飲み干して席を立った。
「イッテラッシャイ。支払イハイツモノくれじっとカラ引キ落トシテオクヨ」
振り返らずにそのまま出て行くリケットを一瞥し、フィンヴァラはカップを片付け始めた。
そして小さいカップを持ったとき、それが真っ二つに割れた。
「……コウイウコトガ起キルト、人々ハ『不吉ダ』ト言ウノダロウネ。デモ、割ッタ本人ガイタ場合デモ同様ニソウ言ウノカナ?」
呟き、奥のテーブルを見る。其処にはスーツを着てスラックスを穿き、サングラスを掛けた男が坐っていた。
「……御注文ハ?」
近付き、メニューをテーブルに置いて訊く。だがその男は、にやにやと笑っているだけでなにも言わない。その口元は何かを噛んでいるのか、くちゃくちゃと動いている。
「御注文ガ決マリマシタラ呼ンデ下サイ」
そう言って背を向けるフィンヴァラに、懐から出した銃を向ける。
そして全く迷わずにその引き金を引いた。
セットされているエネルギーカプセルが弾け、高圧レーザーが銃口から迸る。
それは狙い違わず、フィンヴァラの胸を焼いた。
「……ソンナ物、コノ僕ニハ効カナイ」
30ミリメートルの鉄板すら易々と貫く高圧レーザーが直撃した筈なのに、彼は全く動じない。そればかりか、傷一つ付いていなかった。
「しゃつニ穴ガ開イタ。コレハ僕ノオ気ニ入リダッタンダケドネ」
そう言いながら振り返る。小脇には銀のトレイを抱えていた。そして今彼が持っているのは、それだけだ。
「やっぱ、通用しねぇかぁ?」
銃を手の中でくるくる回しながら、男は肩を竦めて立ち上がった。
そしてサングラスをずらし、上目遣いでフィンヴァラを見る。その双眸は、獲物を狙う野獣そのものだ。その鋭い眼光を浴びたものは、恐怖で動けなくなるだろう。
「貴方ハ、ドチラ様デショウカ? 少ナクトモ僕ハ人ニ恨マレルヨウナコトハ、一切シテイマセンヨ。今ハ」
だが所詮それは動物にしか通用しないもの。〝サイバー〟である彼に通用する筈がない。
「お前じゃねぇよ、あの〝サイバー〟に用があるんだ」
猫背になり、ゆっくりと近付いてくる男を眼で追い、フィンヴァラはなにも言わずに襟元の蝶ネクタイを直した。
「お前はあいつに関わった。それだけで充分なんだよ。死ね」
「オ断リ致シマス。ソレニ、引退シタトハイエ貴方ニ殺サレルホド腑抜ケテハイマセン」
「やってみねぇと解らねぇじゃねぇかよ!」
突然、男の身体が倍に膨れ上がった。服が破れ、その下から茶色の毛皮が生えて来る。そしてその顔も、鼻と口がせり出して獣の様なった。両手の爪が鋭く伸び、床に傷を残す。
「〝はいぱー〟デスカ……デモ誰ノ命令カハ知リマセンガ、僕モ軽ク見ラレタモノデスネ……」
小脇に抱えているトレイが変形し、一振りの剣になる。
それは、精神の力によって形を変える物質〝サイコ・マター〟。
曇りの全くない純粋な〝龍気〟によって精製される金属。
その硬度は使い手によって変化するが、通常でチタン合金の1.5倍。熟練者が操ると、ダイヤモンドすら両断する。
「僕相手ダト、コノ程度デモ充分ダト思ッタノデショウカ? 随分ト、莫迦ニシテイル」
両手で剣を持ち、そして変身が終った男へと高速で突っ込む。
「Good die」
呟き、そして男を両断した。
その実力は、引退していても衰えることはない。
血だらけで絶命している、なにをされたのかすら理解出来なかったであろう男の傍らに立つ、返り血を浴びているその姿は、容貌とその声に比例して冷たく、そして残忍だ。
「シマッタ……」
剣を元のトレイに戻し、フィンヴァラが呟いた。
「店ヲ汚シテシマッタ……今日ノ日中ハ臨時休業ニシナイト……然モ、18たいむカラ予約ガ入ッテイルノニ……」
警邏に連絡を入れながら、フィンヴァラは己の迂闊さを少しだけ呪った。
こんなことなら、一瞬で消滅させれば良かったと反省しながら。
――リケットが世に出る以前、『最強・最凶・最狂』と呼ばれた〝サイバー〟がいた。
彼は生体機械工学者であるラッセル・Vが作り出した〝サイバー〟だといわれている。
そして四人【Vの子供達】の一人に、名を連ねてはいなかった。
彼は、『出来損ない』だったのである。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
No One's Glory -もうひとりの物語-
はっくまん2XL
SF
異世界転生も転移もしない異世界物語……(. . `)
よろしくお願い申し上げます
男は過眠症で日々の生活に空白を持っていた。
医師の診断では、睡眠無呼吸から来る睡眠障害とのことであったが、男には疑いがあった。
男は常に、同じ世界、同じ人物の夢を見ていたのだ。それも、非常に生々しく……
手触り感すらあるその世界で、男は別人格として、「採掘師」という仕事を生業としていた。
採掘師とは、遺跡に眠るストレージから、マップや暗号鍵、設計図などの有用な情報を発掘し、マーケットに流す仕事である。
各地に点在する遺跡を巡り、時折マーケットのある都市、集落に訪れる生活の中で、時折感じる自身の中の他者の魂が幻でないと気づいた時、彼らの旅は混迷を増した……
申し訳ございませんm(_ _)m
不定期投稿になります。
本業多忙のため、しばらく連載休止します。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

エンシェントソルジャー ~古の守護者と無属性の少女~
ロクマルJ
SF
百万年の時を越え
地球最強のサイボーグ兵士が目覚めた時
人類の文明は衰退し
地上は、魔法と古代文明が入り混じる
ファンタジー世界へと変容していた。
新たなる世界で、兵士は 冒険者を目指す一人の少女と出会い
再び人類の守り手として歩き出す。
そして世界の真実が解き明かされる時
人類の運命の歯車は 再び大きく動き始める...
※書き物初挑戦となります、拙い文章でお見苦しい所も多々あるとは思いますが
もし気に入って頂ける方が良ければ幸しく思います
週1話のペースを目標に更新して参ります
よろしくお願いします
▼表紙絵、挿絵プロジェクト進行中▼
イラストレーター:東雲飛鶴様協力の元、表紙・挿絵を制作中です!
表紙の原案候補その1(2019/2/25)アップしました
後にまた完成版をアップ致します!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる