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Trash Land
broken reality II
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〝RAR・ラボ〟病棟を後にしたリケットは、なにもせずにそのまま正面玄関に来た。
だがその後を一人のナースが追い掛けて来る。それが解ったのか、彼は足を止めてナースを待った。
彼女は、院長からの処方だと言い、薬袋をリケットに渡した。
その中身を確認せず、そのままポケットに突っ込んで「お大事に」と言って頭を下げるナースに背を向ける。
既に日が高くなっており、沢山の外来患者が訪れていた。
それがファウル・ウェザー病院の日常。
外来患者は一日に約三千人。それのどれもが重症――という訳ではないが。
平和な日常、それはリケットにとって最も縁遠いものであり、そして最早得ることの出来ないものである。
それを懐かしむ心は、彼には無い。
人間の身体を捨てたときから、そう思うことはなくなった。
だがそれは諦めから来るものではなく、単にそう思うだけの感情がなくなっただけだ。
感情がないから、彼は悩まない。
いつもの受付嬢がいないことに抗議する元気な『自称』患者が殺到する受付を素通りして、リケットは外に出た。
その容姿と容貌が人の目を引き、ある者はうっとりと溜息をつき、またある者はその戦闘服を見て顔を引き攣らせた。
〝ハンター〟は、一般人からは恐怖の対象としか映らない。
外に出たリケットは、その余りの陽射しの強さに眼を細めた。この日は素晴らしい晴天で、然もドームを流れる〝精気〟も澄み切っている。
こういう日は、今では殆ど無い。
何故なら大地の〝精気〟が枯渇し始めているから。
それが少なくなれば、それだけ純粋で美しい〝精気〟が少なくなってくる。
だから、人々このような陽気が大好きだ。
だがリケットはそれが苦手なのか、懐からサングラスを取り出して掛けた。そして更に煙草を取り出す。
「この陽気にご苦労なことだな。俺になにか用か」
火を点けつつ、リケットは柱に話し掛ける。するとその柱の陰から、複雑な紋章が刺繍されたマントを羽織った男が現れた。
短く切り揃えたダークグレーの髪、そして藍色の瞳の男。
〝魔導士〟ハズラット・ムーン。
「用がなければ逢いに来てはいけないのか?」
苦笑しながらそういうハズラットは、何処か楽しげでもあった。
「そう言った所で、『そうだ』と言われるのがオチだろうが。だが今日は用が有って来た。お前に訊きたい。例の歓楽街の事件、あれはお前がやったな。あれほどの大規模破壊を可能とする現役の〝サイバー〟は、今ではお前くらいだからな」
予想ではなく、確信的に訊いた。
それに対して、リケットは答えない。
否定も肯定もしない。
彼にとって、それすら『どうでもいいこと』だから。
「とんでもないことをしてくれたものだな。お陰で『魔導士ギルド』は良い迷惑。……相手は誰だ?」
質問を続けるハズラットを見もせず、リケットはまだ長い煙草を灰皿に放り込む。灰皿が閉じ、一瞬にして中を真空にして火を消した。
「〝PSI〟だろう。何処のどいつだ」
「それを訊いてどうする?」
詰まらなさそうに訊くリケットを正面から見据え、たった一言だけ、
「殺す」
短くそう言った。ハズラットにとって、「魔導士ギルド」は掛け替えのない場所だ。
自分が育った場所だから。
幼い頃に孤児だった自分を拾い、育ててくれた、自分を受け入れてくれた唯一無二の場所。
それを、例えどのような手段であれ壊そうとする奴は絶対に許さない。
「お前だって、育ての親を裏切ることは出来ないだろう。四人の【Vの子供達】。その末弟D・リケット」
リケットの表情が変わるかと思い、したり顔になるハズラットだったが、結果は彼にとって詰まらないものだった。
リケットは表情を全く変えず、ただ両手をポケットに突っ込んだまま立ち尽くしているだけだ。
「詰まらん」
溜息をつき、彼は呟いた。その表情は、まるで無視されて駄々を捏ねる少年のようである。
「これほど反応が無いと詰まらないことこの上ない。何とか反応して見せろ」
「反応する必要はないと判断した。用はそれだけか」
言い残すと、背を向けて歩き出そうとする。
そのリケットの首に、トップが三日月のネックレスが滲み出るように出現した。
それは不思議な輝きを放っており、見る者が見たのならばなんらかの〝力〟が宿っていると判るだろう。
「餞別だ、くれてやる。お前なら『使える』だろう」
それに対してリケットは、ハズラットを一瞥しただけでそのまま歩き始めた。
それを見送りながら、彼は寂しげに呟いた。
「出来の良過ぎる弟を持つと、兄は逆に苦労するんだよ」
この日の〝結界都市〟は、近年稀に見る晴天となった。
その空を見上げ、眼を細めて口元に笑みを浮かべるハズラットの姿は、初めから其処にはなかった。
彼の姿を、リケット以外で確認出来る者は少ない。
だがその後を一人のナースが追い掛けて来る。それが解ったのか、彼は足を止めてナースを待った。
彼女は、院長からの処方だと言い、薬袋をリケットに渡した。
その中身を確認せず、そのままポケットに突っ込んで「お大事に」と言って頭を下げるナースに背を向ける。
既に日が高くなっており、沢山の外来患者が訪れていた。
それがファウル・ウェザー病院の日常。
外来患者は一日に約三千人。それのどれもが重症――という訳ではないが。
平和な日常、それはリケットにとって最も縁遠いものであり、そして最早得ることの出来ないものである。
それを懐かしむ心は、彼には無い。
人間の身体を捨てたときから、そう思うことはなくなった。
だがそれは諦めから来るものではなく、単にそう思うだけの感情がなくなっただけだ。
感情がないから、彼は悩まない。
いつもの受付嬢がいないことに抗議する元気な『自称』患者が殺到する受付を素通りして、リケットは外に出た。
その容姿と容貌が人の目を引き、ある者はうっとりと溜息をつき、またある者はその戦闘服を見て顔を引き攣らせた。
〝ハンター〟は、一般人からは恐怖の対象としか映らない。
外に出たリケットは、その余りの陽射しの強さに眼を細めた。この日は素晴らしい晴天で、然もドームを流れる〝精気〟も澄み切っている。
こういう日は、今では殆ど無い。
何故なら大地の〝精気〟が枯渇し始めているから。
それが少なくなれば、それだけ純粋で美しい〝精気〟が少なくなってくる。
だから、人々このような陽気が大好きだ。
だがリケットはそれが苦手なのか、懐からサングラスを取り出して掛けた。そして更に煙草を取り出す。
「この陽気にご苦労なことだな。俺になにか用か」
火を点けつつ、リケットは柱に話し掛ける。するとその柱の陰から、複雑な紋章が刺繍されたマントを羽織った男が現れた。
短く切り揃えたダークグレーの髪、そして藍色の瞳の男。
〝魔導士〟ハズラット・ムーン。
「用がなければ逢いに来てはいけないのか?」
苦笑しながらそういうハズラットは、何処か楽しげでもあった。
「そう言った所で、『そうだ』と言われるのがオチだろうが。だが今日は用が有って来た。お前に訊きたい。例の歓楽街の事件、あれはお前がやったな。あれほどの大規模破壊を可能とする現役の〝サイバー〟は、今ではお前くらいだからな」
予想ではなく、確信的に訊いた。
それに対して、リケットは答えない。
否定も肯定もしない。
彼にとって、それすら『どうでもいいこと』だから。
「とんでもないことをしてくれたものだな。お陰で『魔導士ギルド』は良い迷惑。……相手は誰だ?」
質問を続けるハズラットを見もせず、リケットはまだ長い煙草を灰皿に放り込む。灰皿が閉じ、一瞬にして中を真空にして火を消した。
「〝PSI〟だろう。何処のどいつだ」
「それを訊いてどうする?」
詰まらなさそうに訊くリケットを正面から見据え、たった一言だけ、
「殺す」
短くそう言った。ハズラットにとって、「魔導士ギルド」は掛け替えのない場所だ。
自分が育った場所だから。
幼い頃に孤児だった自分を拾い、育ててくれた、自分を受け入れてくれた唯一無二の場所。
それを、例えどのような手段であれ壊そうとする奴は絶対に許さない。
「お前だって、育ての親を裏切ることは出来ないだろう。四人の【Vの子供達】。その末弟D・リケット」
リケットの表情が変わるかと思い、したり顔になるハズラットだったが、結果は彼にとって詰まらないものだった。
リケットは表情を全く変えず、ただ両手をポケットに突っ込んだまま立ち尽くしているだけだ。
「詰まらん」
溜息をつき、彼は呟いた。その表情は、まるで無視されて駄々を捏ねる少年のようである。
「これほど反応が無いと詰まらないことこの上ない。何とか反応して見せろ」
「反応する必要はないと判断した。用はそれだけか」
言い残すと、背を向けて歩き出そうとする。
そのリケットの首に、トップが三日月のネックレスが滲み出るように出現した。
それは不思議な輝きを放っており、見る者が見たのならばなんらかの〝力〟が宿っていると判るだろう。
「餞別だ、くれてやる。お前なら『使える』だろう」
それに対してリケットは、ハズラットを一瞥しただけでそのまま歩き始めた。
それを見送りながら、彼は寂しげに呟いた。
「出来の良過ぎる弟を持つと、兄は逆に苦労するんだよ」
この日の〝結界都市〟は、近年稀に見る晴天となった。
その空を見上げ、眼を細めて口元に笑みを浮かべるハズラットの姿は、初めから其処にはなかった。
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