HEAD.HUNTER

佐々木鴻

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Trash Land

 like a demon II

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 院長室の内線が鳴り、座り心地の良い革の椅子に身を預けて読書をしていた院長のファウル・ウェザーは、それを持ったまま半身を起こしてモニターのスイッチを入れた。

 其処に映し出されたのは、病院の制服を着た事務受付の美しい女性だった。
 彼女は自身の容姿により患者を虜にしてしまい、その所為で連日意味もなく受診する者が数多い。

 本人は本気でそれを嫌がっており、形成外科部長に整形手術を依頼して、事務長や経理部長に即座に却下された実績持ちでもある。

 何故そうしたかというと、そんな「自称病人」に適当な病名を付けて、精密検査目的でお高い検査を多数してやれば、病院の儲けになるからだ。

 反感があるかも知れないが、それは当然の判断である。医療は慈善事業ではなく立派なビジネスなのだから。

「なんだ?」

 その彼女を見もせず、彼は静かに訊いた。彼女の方からは、彼の顔は見えない。見えるのは彼が読んでいる小説「まぁぶる探検隊」の扉に描かれているミカンのイラストだけだ。

『外線が入っていますが、どうしますか?』

 顔が見えなかったことに安堵し、彼女はそう言った。それが判っているのか違うのかは知らないが、彼は小説に目を向けたまま一言、

「誰からだ?」
『判りません。ですが「儂からだと言ってくれるかの?」と言っておりました』
「……判った、繋いでくれ。何処からだ?」
『公衆電話からです。場所は……あ――』

 その後、彼女からの返答はなかった。何故なら、本を閉じて身を乗り出した院長を見てしまったから。

 視線が合ってしまったから。

 明日、彼女は暫く仕事は出来ないだろう。モニター越しとはいえ、彼の――ファウル・ウェザーの眼を見てしまったから。

 彼はモニターのスイッチを切り、外線を繋いだ。受付嬢に関しては、傍にいるスタッフがなんとかするだろう。ストリップなど始めなければいいが。

「何の用だ。リィク」

 受話器を耳につけ、彼は静かに訊く。すると其処から派手な喧騒と雑踏の音が飛び込んで来た。

「……今、何処にいる?」
『それは御挨拶じゃのぉ』

 電話の先の人物、リィクはそう言うと楽しげに笑う。

『儂は「公園」にいるがの。ちょっと気紛れでのじゃ』

 23番街とは都市の西側にある場所で、新しい歓楽街と呼ばれている所だ。
 ちなみに其処には夜ともなると人々が溢れ、日が昇るまで思いのまま享楽に耽るのである。

「ほう……珍しいこともあるな。どうしてそんな所から電話を?」

 リィクの発言には不可解な箇所があったが、彼はそんなことを気にしないようだ。
 それに、それを片手間にやってのけるのを知っているし、その程度でいちいち驚いていたらキリがない。

『ちぃとばし心配事があってのぉ。〝M・Rミザリ・レスキュー〟からの入電はまだかの?』
「……いや、まだ入っていない」

 パネルを操作して、本日の救急患者のリストを見ながら言う。
〝M・R〟とは別名『不幸の救急隊』と呼ばれ、〝結界都市〟内で人命が危うい事故、災害が起きた場合に必ず現れるレスキュー隊である。

 ただし、彼らが現れるのはそれが起きるであり、現れた先では必ず不幸な出来事が起きるのだ。

 それでも、彼らに搬送されて助からなかった人々は皆無で、そのために彼らの出張所である13番街救急基地には感謝のメールが絶えない。

 だが、そのメールは絶対に届くことはないのだ。

 何故なら、13番街救急基地なるものは、〝結界都市〟には存在しないのだから。

「結界都市の奇妙な人々」の一つに名を連ねている〝M・R〟。彼らの素性を知る者は、この世には存在しない。

「今日は〝M・R〟は来ていないな。どれも大した事のない急患ばかりだ。……ふむ、これは入院させずに一連の検査だけして帰すべきだったな。自称病人の常連じゃないか。第三外科か。減俸だな」
『じゃあ、多分これから来るじゃろう。あくまで多分、じゃがのぉ』

 もごもごと笑っているのが聞こえて来る。彼は溜息をついた。

「貴方の情報が間違えることなどない。〝M・R〟が来るくらいだ、こちらもそれ相応の準備をしておこう。情報料はいつもの口座に振り込んでおく」
『おっとっと、待て待て。これはサービスじゃが、〝Recovery And Reproductionラボ〟も準備しといた方が良いぞい』
「再生機を? ……解った、そうしよう。それでは……」

 ファウル・ウェザーはそう言い、受話器から耳を離した。

『なにかあったらいつでも呼んどくれ。儂はいつでも此処いる。儂にとって、時間は意味を成さないからのぉ』

 受話器を置き、机を指で叩いて考えてから彼はレンズが薄い青に染まっている眼鏡を掛け、モニターパネルをタップしコールした。
 即座に、ネクタイを締めて眼鏡を掛けた初老の男が恭しく一礼する姿が映る。

『なにかありましたか、院長』

 そう訊く初老の男、副院長に〝RAR・ラボ〟が空いているかを確認する。彼は躊躇せずに、

『一基空いています。ですがそれは明後日「両上下肢断裂」の患者が入る予定でしたが』
「緊急で使用する。その患者にはその旨、私から説明しよう。スタッフを集めろ、これより〝M・R〟から入電するぞ」
『了解しました。五分後にはスタンバイして使用出来ます』
「……ちと遅いな……」

 呟き、時計を見た。21タイムを回っている。

「……この時間だ、仕方ない。では、三分後に救急外来に行く」
『了解しました』

 モニターのスイッチを切り、ファウル・ウェザーは純白の白衣を着て院長室を出た。

 そして〝M・R〟からの入電は、それから七分後にあった。

 だがそれも、この病院――ファウル・ウェザー病院では日常であった。
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