HEAD.HUNTER

佐々木鴻

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Trash Land

 death player VI

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「……気が済んだか?」

 殴られた衝撃で――というほどではないが――サングラスが外れて床に転がり、彼の藍色の瞳が露わになる。

 そして其処には、ある一つの感情が浮かんでいた。

 それを見た瞬間、ジェシカの頭に昇った血が一気に引いた。

「……ゴメン、殴ったりして……痛かった?」

 そう呟いて俯き、殴った彼の頬に触れる。その手が僅かに震えているのに、リケットは気付いていた。

 だが何も言えないし、言わない。

 彼の脳では、それについては処理していない。

 処理出来ない。

 出来ないために混乱する機能すら、ない。

「そうよね……あのとき、貴方は既に生体として機能しなくなってしまったもの……感情なんか、あるわけないよね……今の貴方は、機械と一緒。何も感じなく、心を理解出来ない……そうなったのは……私の所為なのに……ゴメン……それなのに、私、酷いことばかり言って……」
「気にするな」

 やはり冷たく言う。だけど、ジェシカには解っていた。

 彼は、覚えているのだ。

 眼を見たとき、そう思った。只の機械が、あんな哀しそうな眼をする筈がないから。

「俺も気にしない。だが……」

 そう言うと、リケットは突然ジェシカを抱き締めて床に押し倒す。

「え、ちょっと、ダメよ、心の準備が……」

 こういうことは、覚えているんだ。妙に頭の中が静かで冷静だった。

 でもこれが切っ掛けで少しでも人間らしくなってくれれば、自分のことも想い出すかな?
 それ以前に避妊しなきゃ。でもそんなもの、此処にはないなぁ。どうせだったら買っておけば良かった……。

 そんなことを考えているジェシカの上に覆い被さり、その姿を完全に覆い隠し、自らも頭をガードして衝撃に供えた。

 そして数瞬後、マンションの硬質ガラスが粉々に砕け、その破片がブラインドを吹き飛ばしながら部屋中を跳ね回る。

 置いてあるオレンジのシングルソファが引き裂かれ、机にあるパーソナル・コンピューターが内側から弾けた。

 だが被害はそれだけには留まらず、破片はキッチンに置かれたテーブルをも破壊し、乗っている鍋や食器類、オーブンや収納棚までをも変形させ、破壊する。
 更にそれでも止まらず、室内のありとあらゆる物を破壊し尽くしたそれらは、ことごとく壁紙を引き裂いて壁に突き刺さることで、やっと止まった。

「無事か?」

 破片の嵐が収まり、リケットは悲鳴を上げることすら忘れ、自分の下で固まっているジェシカを見た。

「……無事だけど……押し倒した訳じゃないのね……」

 読んで字の如く、物理的に押し倒してはいるけれど。

 などと軽口を叩くが、部屋の有様を見て呆然とする。

「……ねぇ、これって現実よね? レポート、まだ保存していないのよ」

 部屋が滅茶苦茶になっていることや、窓の外にを認めたくないらしい。

「もう一度やり直せば良い」
「そんなの、出来るワケないでしょ。どんなことを書いたのか覚えていないわよ」

 立ち上がるリケットを見上げながら、傍に落ちているサングラスを拾う。
 それは跳ね回るガラス片の渦中にありながら、まったくの無傷だった。

「自分で作成したものくらい覚えていろ。……恨まれる覚えは?」
「覚えていられるくらい頭の出来は良くないの、残念だけど。私を恨んでいるのはファストフードの店員くらいよ。注文が細かくて多いくせに連日来るってね。この前ケンカしちゃったし」

 サングラスを渡し、そのあとで肩を竦めて首を振る。改めて部屋の惨状を目の当たりにし、溜息しか出なかった。

「では俺の所為だな。ジャンクフードばかり摂取していると栄養のバランスが偏る。別のものも摂取するべきだな」

 表情の変わらない顔で、真面目に惚けたことを言うリケットを見て、何故かジェシカは安心した。

 自覚があるかは知らないが、そういう所は人間らしいから。

「ねえ、どういうことなの?」

 寄り添うように立ち上がり、リケットのコートの袖を強く握った。そして彼が目を向けている先、窓の外を凝視する。

「なんだよ、女とヨロシクしていたのかよ?」

 彼女にとって、それは信じられない光景だった。

 噂には聞いたことがあるのだが、空中を歩くことが可能な人間がいるらしい。

 それは〝魔導士〟や〝PSI〟なのだが、少なくとも一般人には遠い存在だ。

 また逆に、簡単に自己を改造できるこの世界において、〝サイバー〟や〝ハイパー〟は近い存在ともいえる。

 自身を改造していない人間の方が、実は少ないから。

 それに誰もが、少なからず何処かを改造しているのである。

 因みにジェシカは、そういう改造はしていない。そういうのが嫌いだし、なによりなんだか負けた気になるから。

「ねえ、一つ訊いてもいい?」

 呆然としつつ、ジェシカはリケットの背後に隠れる様にしながら窓の外を見詰めている。

「私の目に、空中に立っている人が映っているんだけど、あれって幻? 然も喋ったわよ……亡霊ってことはないよね?」
「誰が亡霊じゃい! こんなに美男子の亡霊がいて堪るかよ!!」

 男はそう言うと、何故か両眼を瞑ってニタリと嗤った。

 きっとウィンクをして爽やかな笑顔を浮かべたかったのであろうが、すべからく失敗して気持ち悪いことこの上ない。

 よってジェシカの評価は、

「然も巫山戯ふざけたことを言っているわ……気持ち悪いし……。きっとあれは成仏できない浮遊霊よ……そうじゃなければやっぱり夢なのよ……は! 霊の所為だとすると、これはポルターガイスト!?」
「……落ち着け」

 混乱している――というか当然の反応というか――ジェシカを一瞥すらせず、なにごともないかのようにリケットは呟く。そして左手で蛮刀を抜いた。
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