4 / 75
Trash Land
1darker than darkness I
しおりを挟む
〔D.R 水晶の森美術公園にて待つ〕
彼がステーションにあるホワイトボードでこのメッセージを見つけたのは、既に西の空が黄金色に輝き始めた頃だった。
彼は襟を立てた漆黒のロングコートを羽織り、黒錆色の長い髪を持つ色白の優男である。
普段は黒だが、光の加減で虹のような色を発するサングラスを掛け、癖なのか時々その髪を掻き上げている。
サングラスがあるために顔の作りは良く判らないが、なかなかの色男であるというのは誰の目にも明らかの様で、道行く人々はホワイトボードの前で立ち尽くしている彼を必ずといって良いほど一瞥していた。
溜息を一つ。彼は無言でそのメッセージを消してその場を立ち去った。
吐き出す息が白くなっている。巨大なドームによって外と隔絶され、人間にとって最適な環境に保たれている〝結界都市〟とは違い、日中どんなに良い陽気でも、夜になれば気温は零下を遥かに下回るのだ。
余談だが、〝結界都市〟に住む人々は其処を「市街」と呼び、外は「下界」と呼ぶ。何処か言い得て妙なものだと人々感じていたが。
高級住宅地が並ぶ「市街」には住めず「下界」への家路に急ぐ人々とは全く反対方向に彼は進み、この時間帯に人々は滅多に行かない場所へいくためホームへと向かい、チケットゲートでパスを承認させる。
ホームの壁には誰が描いたのか、一般人には到底理解し難い、落書きとしか映らないであろう絵が描かれており、その下には申し訳程度に作者の名前が書かれていた。
それを手入れする者はいないためか、塗料の所々は剥れ掛けている。また駅員も、その落書き的絵画を取り除くべく努力する気もない様だ。
ホームに人通りはなく、駅員すらいなかった。売店は固くシャッターが下ろされ、その脇には清涼飲料水の自動販売機が灯かりを点滅させながら立っている。
その自動販売機から缶コーヒーを買い、彼はベンチに坐るでもなく只じっと立ち尽くしていた。
やがて列車がホームに音もなく滑り込む。その列車は「市街」へ向かうものではない。「下界」から更に離れた、〝結界都市〟の影響をまだ受けていない「郊外」へ向かうものだ。
この時間帯、列車の中にいる者達はやはり普通の人間達ではない。
頭に端末があり、其処にプラグを接続してひたすらキーボードを叩く〝サイ・デッカー〟。
身体の所々から油圧バルブが飛び出している中古の〝サイバー・ドール〟。
まるで獣の様な姿をしている〝ハイパー・ビースト〟。
奇妙な紋章が刺繍されたローブを纏っている〝魔導士〟等々……
これからなんの目的があるのか、また何処に向かうのか判らないが、彼らは只じっと虚空を見詰めているだけだった。
彼が列車内に踏み込んだとき、それらの人々の視線が一斉に注がれた。
それはほんの一瞬の出来事だったが、気の弱い者だったら卒倒してしまうほどの殺気が込められていた。
だが車内の人々が彼を見たのはその一瞬だけで、そのあとは何事もなかったように、先程と同じように虚空を見詰めており、キーボードを叩く音だけが車内に響き、ことさらその静寂を強調していた。
彼は出入り口のすぐ横の席に坐り、足を組む。そして持っている缶コーヒーをコートのポケットにしまい、続けて胸のポケットから黒革のグラブを取り出して手を通す。そして手首をマジックテープで止め、その手をコートのポケットに突っ込んでじっと俯く。
窓の外からネオンの明りが遠ざかり、列車は「市街」から離れて行く。
そして暫くして列車が止まり、彼はそのステーションで降りた。列車内の人々は、今度は一瞥すら与えない。
彼らが一体なんの目的で列車の中にいるのか、それは誰にも判らない。
そして列車は休むことなくずっと動き続けている。
そう、昼も夜も。
彼らはその列車にずっと乗っている。
何故降りようとしないのか、それは誰にも判らないことだ。
彼らでさえ。
彼らを、人々は俗にこう呼ぶ。
〝トレイン・メン〟――と。
自動改札を抜け、彼はほぼ無人と化したステーションを出た。
既に日は暮れており、〝結界都市〟の影響がまだ少ないとはいえ気温はかなり低い。
そして辺りに遮る物がないために、冷たい風が彼の身体を包み込む様にして吹き抜ける。
ロングコートが風に靡き、その内側に着ている戦闘服と脇に取り付けてある肉厚の蛮刀が露わになるが、既に人通りがないためか、それとも気にしていないのか、それを隠そうともしない。
そうして彼は、メッセージにあった場所、〝水晶の森美術公園〟へと歩を進める。
ステーションから彼方に見える半透明のドーム。それが〝水晶の森美術公園〟。
其処はいつでも開館しており、人々の待ち合わせや時間潰しの場となっている。
そして入場料は無料。だが中にある美術品に傷一つ付けようものなら、即座に防衛兵が現れて全額弁償させられる。
然もその値段は、この世界の会社員一般の基本給五年分だ。
更に全館禁煙で、守らなかった者は放水させられ締め出される。
此処までしても――完全に自業自得なのだが――毎日誰かしらそのような目に遭っているというのが実際だ。
強い風が吹き抜ける中、彼はゆっくりとその場所へと向かったが、ふと、その足が止まる。
そして右手をポケットから出し、人差し指と中指を立てる。手を出した時にはなにも握られていない筈だったが、何故か其処にはナイフが挟み込まれていた。
それを器用に手の中で回し、前方の暗闇へと投げる。なにか重いものがアスファルトに落ちる音がしたが、彼はそれを確認しようとしなかった。その気がないというのが本音だが。
彼は懐から煙草を出して火を点ける。そしてそれ以外の反応はせず、ただゆっくりと煙を燻らせただけであった。
彼がステーションにあるホワイトボードでこのメッセージを見つけたのは、既に西の空が黄金色に輝き始めた頃だった。
彼は襟を立てた漆黒のロングコートを羽織り、黒錆色の長い髪を持つ色白の優男である。
普段は黒だが、光の加減で虹のような色を発するサングラスを掛け、癖なのか時々その髪を掻き上げている。
サングラスがあるために顔の作りは良く判らないが、なかなかの色男であるというのは誰の目にも明らかの様で、道行く人々はホワイトボードの前で立ち尽くしている彼を必ずといって良いほど一瞥していた。
溜息を一つ。彼は無言でそのメッセージを消してその場を立ち去った。
吐き出す息が白くなっている。巨大なドームによって外と隔絶され、人間にとって最適な環境に保たれている〝結界都市〟とは違い、日中どんなに良い陽気でも、夜になれば気温は零下を遥かに下回るのだ。
余談だが、〝結界都市〟に住む人々は其処を「市街」と呼び、外は「下界」と呼ぶ。何処か言い得て妙なものだと人々感じていたが。
高級住宅地が並ぶ「市街」には住めず「下界」への家路に急ぐ人々とは全く反対方向に彼は進み、この時間帯に人々は滅多に行かない場所へいくためホームへと向かい、チケットゲートでパスを承認させる。
ホームの壁には誰が描いたのか、一般人には到底理解し難い、落書きとしか映らないであろう絵が描かれており、その下には申し訳程度に作者の名前が書かれていた。
それを手入れする者はいないためか、塗料の所々は剥れ掛けている。また駅員も、その落書き的絵画を取り除くべく努力する気もない様だ。
ホームに人通りはなく、駅員すらいなかった。売店は固くシャッターが下ろされ、その脇には清涼飲料水の自動販売機が灯かりを点滅させながら立っている。
その自動販売機から缶コーヒーを買い、彼はベンチに坐るでもなく只じっと立ち尽くしていた。
やがて列車がホームに音もなく滑り込む。その列車は「市街」へ向かうものではない。「下界」から更に離れた、〝結界都市〟の影響をまだ受けていない「郊外」へ向かうものだ。
この時間帯、列車の中にいる者達はやはり普通の人間達ではない。
頭に端末があり、其処にプラグを接続してひたすらキーボードを叩く〝サイ・デッカー〟。
身体の所々から油圧バルブが飛び出している中古の〝サイバー・ドール〟。
まるで獣の様な姿をしている〝ハイパー・ビースト〟。
奇妙な紋章が刺繍されたローブを纏っている〝魔導士〟等々……
これからなんの目的があるのか、また何処に向かうのか判らないが、彼らは只じっと虚空を見詰めているだけだった。
彼が列車内に踏み込んだとき、それらの人々の視線が一斉に注がれた。
それはほんの一瞬の出来事だったが、気の弱い者だったら卒倒してしまうほどの殺気が込められていた。
だが車内の人々が彼を見たのはその一瞬だけで、そのあとは何事もなかったように、先程と同じように虚空を見詰めており、キーボードを叩く音だけが車内に響き、ことさらその静寂を強調していた。
彼は出入り口のすぐ横の席に坐り、足を組む。そして持っている缶コーヒーをコートのポケットにしまい、続けて胸のポケットから黒革のグラブを取り出して手を通す。そして手首をマジックテープで止め、その手をコートのポケットに突っ込んでじっと俯く。
窓の外からネオンの明りが遠ざかり、列車は「市街」から離れて行く。
そして暫くして列車が止まり、彼はそのステーションで降りた。列車内の人々は、今度は一瞥すら与えない。
彼らが一体なんの目的で列車の中にいるのか、それは誰にも判らない。
そして列車は休むことなくずっと動き続けている。
そう、昼も夜も。
彼らはその列車にずっと乗っている。
何故降りようとしないのか、それは誰にも判らないことだ。
彼らでさえ。
彼らを、人々は俗にこう呼ぶ。
〝トレイン・メン〟――と。
自動改札を抜け、彼はほぼ無人と化したステーションを出た。
既に日は暮れており、〝結界都市〟の影響がまだ少ないとはいえ気温はかなり低い。
そして辺りに遮る物がないために、冷たい風が彼の身体を包み込む様にして吹き抜ける。
ロングコートが風に靡き、その内側に着ている戦闘服と脇に取り付けてある肉厚の蛮刀が露わになるが、既に人通りがないためか、それとも気にしていないのか、それを隠そうともしない。
そうして彼は、メッセージにあった場所、〝水晶の森美術公園〟へと歩を進める。
ステーションから彼方に見える半透明のドーム。それが〝水晶の森美術公園〟。
其処はいつでも開館しており、人々の待ち合わせや時間潰しの場となっている。
そして入場料は無料。だが中にある美術品に傷一つ付けようものなら、即座に防衛兵が現れて全額弁償させられる。
然もその値段は、この世界の会社員一般の基本給五年分だ。
更に全館禁煙で、守らなかった者は放水させられ締め出される。
此処までしても――完全に自業自得なのだが――毎日誰かしらそのような目に遭っているというのが実際だ。
強い風が吹き抜ける中、彼はゆっくりとその場所へと向かったが、ふと、その足が止まる。
そして右手をポケットから出し、人差し指と中指を立てる。手を出した時にはなにも握られていない筈だったが、何故か其処にはナイフが挟み込まれていた。
それを器用に手の中で回し、前方の暗闇へと投げる。なにか重いものがアスファルトに落ちる音がしたが、彼はそれを確認しようとしなかった。その気がないというのが本音だが。
彼は懐から煙草を出して火を点ける。そしてそれ以外の反応はせず、ただゆっくりと煙を燻らせただけであった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
No One's Glory -もうひとりの物語-
はっくまん2XL
SF
異世界転生も転移もしない異世界物語……(. . `)
よろしくお願い申し上げます
男は過眠症で日々の生活に空白を持っていた。
医師の診断では、睡眠無呼吸から来る睡眠障害とのことであったが、男には疑いがあった。
男は常に、同じ世界、同じ人物の夢を見ていたのだ。それも、非常に生々しく……
手触り感すらあるその世界で、男は別人格として、「採掘師」という仕事を生業としていた。
採掘師とは、遺跡に眠るストレージから、マップや暗号鍵、設計図などの有用な情報を発掘し、マーケットに流す仕事である。
各地に点在する遺跡を巡り、時折マーケットのある都市、集落に訪れる生活の中で、時折感じる自身の中の他者の魂が幻でないと気づいた時、彼らの旅は混迷を増した……
申し訳ございませんm(_ _)m
不定期投稿になります。
本業多忙のため、しばらく連載休止します。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

エンシェントソルジャー ~古の守護者と無属性の少女~
ロクマルJ
SF
百万年の時を越え
地球最強のサイボーグ兵士が目覚めた時
人類の文明は衰退し
地上は、魔法と古代文明が入り混じる
ファンタジー世界へと変容していた。
新たなる世界で、兵士は 冒険者を目指す一人の少女と出会い
再び人類の守り手として歩き出す。
そして世界の真実が解き明かされる時
人類の運命の歯車は 再び大きく動き始める...
※書き物初挑戦となります、拙い文章でお見苦しい所も多々あるとは思いますが
もし気に入って頂ける方が良ければ幸しく思います
週1話のペースを目標に更新して参ります
よろしくお願いします
▼表紙絵、挿絵プロジェクト進行中▼
イラストレーター:東雲飛鶴様協力の元、表紙・挿絵を制作中です!
表紙の原案候補その1(2019/2/25)アップしました
後にまた完成版をアップ致します!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる