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地平線を越えて
11 姉妹と我が家と執事精霊
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結論からいうと、治療は無事に終わった。より正確にいうなら既に九割方は終了しており、ナディはそれの仕上げというべき調整をしただけであった。
本来ならばその調整が難しいのだが、曰く「自分の腹を痛めて生んだ子の調整くらい造作ない」そうだ。レオノールとヴァレリーの「さすママ」と「さすつま」が止まらない。レンテは納得出来なさそうにしていたが。
そりゃそうである。百年近く苦労に苦労を重ねても出来なかった処置を、いくら魔王妃の転生体とはいえポロッと出て来たヒト種の少女がサラッとやってしまったら、立つ瀬がない。地に手足を突いて半泣きで項垂れるレンテであった。
レオノールはそんなオルズ状態なレンテの傍に寄り、微笑みながらその肩に手を置く。そんな天使か女神のような微笑みで労ってくれているのだと、すごーく感動するレンテ。
「あ、あの、大丈夫です。そりゃそうですよね。オレなんかがヒト種への転生体とはいえ、魔王妃様にかな――」
「お疲れ」
そしてナチュラルにトドメを刺す。半泣きのレンテは今度は凍り付いた。不憫なヤツである。
だがレオノールはそうしたかったわけではなく、本当に労っただけだ。言葉の使い方がなっちゃいないだけで。ますます不憫なレンテである。
そうして治療が終わり、槽に満たされている溶液を抜く。流出したそれは大気触れた途端、音もなく消失して行った。ナディはそれが当然とばかりに一瞥しただけだったが、レンテは驚きを隠せない。
「ああ、勿体ない。高濃度の魔力結晶溶液が……」
そして思わず声が漏れる。百年近くこの装置に関わって来たのだ。この溶液が何であるかくらいは理解している。そしてその希少性も。
「この魔力勿体ない。【マナ・アルケミィ】【オペレート・オブ・マナ】【マナ・マテリアライズ】【マナ・コンプレッション】【クリエイト・マナクリスタル】【プロセッシング・マナクリスタル】【マナ・リインフォース】【クリエイト・マナサーキット】【マナ・ラウンド】【マナ・ステイブル】【マナ・フィクスィティ】」
そうして霧散する魔力を集め、物質化した上で圧縮し、続いて魔力回路を組み込み安定化させる。そうして出来上がった50センチメートル大の魔結晶を、
「あげる」
ポイとレンテへ放り投げた。
その希少な貴重品をポイする行為に一瞬呆然とするレンテだが、はたと気付いてスライディングキャッチする。竜の鱗を砕けるくらいに圧縮して超高密度に固めているから、落ちたところでなんの問題もないのだが、そういうことではないらしい。
ちなみにそれは、質量が有るが重量は無いという物理法則を無視した謎物質であった。
「使ってた魔力装置はもう使えないからこの迷宮は消えてしまう。なら代わりを用意すればいい。此処を創った者なら使える筈」
そんなとんでもないことをサラッと言っちゃうレオノールである。まぁ、なんでもないようなことだと思っているから出る言葉で、だが傍から見ている一般人から言わせると、明らかに規格外で常識外れだ。
そしてこの中では一般人枠のレンテは、当然のように呆然としている。彼も充分規格外なのに、周りが余りにもアレ過ぎてそうとしか見えない。やっぱり不憫である。
そうしている間に槽の溶液が完全に抜け、霧散する筈であった魔力がレンテの持つ魔結晶に残らず吸収され、そして、役目を終えた魔法装置が機能を止めた。そればかりではなく、その装置や槽自体も崩れ霧散して行く。どうやらそれ自体が魔力を物質化させて構成していたようだ。
この迷宮【結晶鋼道】は、この魔法装置から漏れ出る余剰魔力を増幅して創られたものだ。よってそれがなくなるということは、迷宮として成り立たなくなるということ。
つまり、迷宮が崩壊する。
それを逸早く察したレンテは、魔法装置から魔力を吸引していた魔術具の核を取り外し、レオノールから受け取った魔結晶を組み込み素早く回路を再構築した。
その滑らかな動作と手腕は当たり前に一般的ではなく、やはりレンテは明らかな天才であるのを物語っていた。今までの劣等感があるからか、その自覚は無いようだが。
それと、現在目の前にいるのが規格外どころか明らかに意味不明なくらいにぶっ壊れ性能を発揮するヒトらなのである。よって「オレって凄くね?」と思っていた自惚れがぶっ壊されてしまったために、再び劣等感に苛まれるレンテであった。
そうして迷宮の魔術制御陣を再構築しているレンテを尻目に、崩れる装置と槽から解放された魔族の男――魔王夫婦の末っ子であるアーチボルトをナディは抱き止め、
「うわ、軽」
その軽さに思わずそう呟いた。
「まぁそうだよね。【精霊化症候群】に罹患して人の形を保っていること自体、奇跡だよ」
自分より背が高く体格も良い、だがそれに相反して軽い。それは既に生体としての機能が失われているからだろう。
そもそも【精霊化症候群】とは、魔族だけが発症する奇病だ。そしてその確率は極めて低い。
判明している原因として、特に魔力が高くそれに特化している者のみが発症するということだけ。
魔族は魔力親和率が他の種族と違い頭抜けて高いのだが、基本的に脳筋で、その割合の多くを肉体強化方面に割いている。
そして脳筋率は脅威の99.998%。よって脳筋ではない魔族は存在しないと言い切ってしまっても良いほどで、これを鑑みるだけでそうじゃなかったレンテの悲哀が判るだろう。
あと、これは種族を超えての共通項なのだが、脳筋は基本的には良いヤツが多い。ただし大体のことを努力と筋肉と根性と筋肉と気合いと筋肉と訓練と筋肉と筋肉な友情で解決し筋肉の勝利にしようとする傾向があるため、それでどうにもならない者たちの悲哀を理解してくれない。正にレンテがそうだったように。
まぁ、中にはインテリジェンスが高いスマートなハイブリット型ガチムチ脳筋も、居るっちゃ居る。何処ぞのガチムチなギルマスのように。
そんな脳筋じゃないごくわずかな魔族の中にあって、更に魔力が頭抜けて高い者の内、肉体強化方面への魔力親和率が極端に低い者が稀に発症する。
それが【精霊化症候群】。
症状は、徐々に自身の魔力が肉体を侵食し、遂にはそれが全て入れ替わる。完全にそうなった者は肉体を失い、大気や自然に存在する魔力と同化し霧散してしまう。結果、亡骸すら残らず消滅する奇病なのだ。
その様が霧散する精霊のようであるため、そのような病名となった。
あと正確な原因が判っていないため【病】ではなく【症候群】と呼ばれるのは、この世界でも同じである。
「魔力の固定は……うん、完全じゃないけど許容範囲内ね。問題はちゃん目醒めるかなんだけど――」
「目醒めていますよ」
抱き上げているナディの腕の中で目を開き、そしてそのまま身を起こす。
「そもそも眠っていたわけではありませんし。治療のために魔力槽に入った時には既に精霊化が進んでいたので、睡眠も必要ありませんでした。おっと、こんな格好では失礼ですね」
そう言って立ち上がり、魔力を変質させてその身に服を纏う。ただそれが――
「……なんでロングテールコートなのよ」
執事のようなそれだった。
「趣味です」
「ああ、うん。ちゃんとアーくんだ」
ちょっと頭痛が痛くなって頭を押さえるナディであった。そしてそんなナディへと、左手を胸に、右手を背に回して礼をし、
「お久しぶりです母上。そして転生、おめでとうございます」
迷うことなく、アーチボルトはそう言う。そしてナディも、何故自分を母親と呼ぶのかなどという疑問は持たない。ヴァレリーだって一目で見抜いたのだ。それくらいのことは、魔王の血族ならば当然であろう。
あとレオノールがとある切っ掛けがあってから気付いたのは、物心つく前からナディの傍にいたからだ。あまりに近過ぎると、案外そういうのに気付かないものである。そもそも現世でも姉であり母親代わりであったから。
「なんで執事なんだろう。おっかしいなぁ。どうして私の子供たちって、こういうちょっとズレた感性してるんだろう。母親はこんなにまともなのに。やっぱり魔王の血がそうさせるのかな?」
まだ礼をしているフォーマルなアーチボルトを見上げ、しみじみとそんな特大ブーメランを投げるナディである。ツッコミ不在の弊害は相当大きいようだ。
それはともかく。
とりあえずナディは、どうしてこんなところに埋まっていたのかを訊くべく【ストレージ】からテーブルセットとティーセットを取り出し――
「母上の手を煩わせるまでもありません。それにお疲れでしょう。此処は私が致しますので、ごゆるりとお寛ぎ下さい。それから、手間を省かせて頂きます。【ストレージシェアリング】」
そう言い、ナディが出したティーセットを受け取りお茶を入れ始めた。茶葉はナディが例のビュッフェからかっぱら――お裾分けさせて頂いたもので、お湯はアーチボルトが魔法で生成した。流石というべきか当たり前というべきか、その程度は問題なく出来るらしい。
あとサラッとナディの【ストレージ】を共有化しているあたり、やはり色々規格外である。
「それと。レンテは知っているのですが、此方のお嬢様は何方でしょうか。魂の色からして私のきょうだいだと予想出来ますが、記憶にありません」
ナディのストレージから小麦粉とか酵母とか色々出して、生成系や生活系、果てはサラッと時空系の魔法を駆使してパンを焼いたり調理をして次々とテーブルに並べるアーチボルト。やはり末っ子とはいえ魔王夫婦の子供である。色々規格外だ。それにそういうことでそんな高度な魔法を使う能力の無駄遣いぶりが、見紛うことなく魔王夫婦の血族である。
「この子はレオノールよ。聞いたことくらいはあるでしょ」
そうして提供された色々を、それが当然とばかりに頬張りながら紹介する。レオノールも頷き、だが提供された玉子サンドを早速頬張りミルクティーを啜りながら、ヒラヒラ手を振った。
「ああ、姉上でしたか。お話は予々伺っておりました。なにしろ変た――んんっ――魔王を滅ぼせる唯一無二の存在であったそうですので。早逝されたと聞き及び、実に惜しい人材を失ったと悼んでおりました」
「今魔王を変態って言った」
「何を仰っているのか判りません。それに変態を変態と呼ぶのは当然でしょう。姉上もそう思いませんか? そもそも夫とはいえ母上を独占するのおかしいと思われます。母上は我らきょうだいのものでもあるのですから」
「お姉ちゃん。もしかしてだけどこの子ってマザコンなの」
「え? ああ、ほら、末っ子だし、そういうものじゃないかと……」
「甘やかし過ぎた結果がコレ。さすがのレオもちょっと引く」
「姉上それは心外です。私はマザコンではありません。母上を純粋に愛し敬愛しているのです」
「それを世間一般的にマザコンという」
「いえ違います。断じてマザコンではありません。それに例え転生されていても、私は母上に無限の愛を捧げる所存――」
「アーチー。お前ボクのナディに言い寄るとはいい度胸だな。いくら元末っ子で、しかも精霊化して物質とは切り離されているとはいえ、ボクが消し飛ばせないとでも思ったか?」
頭髪を紫紺に染め、全身から魔力を迸らせ、過去イチ「シュインシュイン」しているヴァレリーが、アーチボルトの頭を鷲掴んで持ち上げた。
「何を言っておられるのですか父上。私はただ、父上が母上を独占しているのが気に食わないだけで他意はありません」
どうやったのかその手をするりと抜け、数歩下がって銀食器のナイフを何処からともなく取り出して構えた。
「ほう。父であり魔王であるボクに、食器とはいえ刃物を向けるか。良い度胸だアーチー」
「父上こそ。たかがヒト種に転生して腑抜けたのではありませんか? そのような脅しになんの意味もありません」
「二人ともステイ。【フォトン・ハマー】」
一触即発でバチバチになっているヴァレリーとアーチボルトを【光子力】の槌でぶん殴って黙らせるレオノール。それを見たナディが満足げに頷いて「さすレオ」と言っていたが、それはどうでもいいだろう。
「魔王なお父様はお母様を偏愛していたから独占したくなるのは当然。それにお母様だって『ダメよダメダメ』と言いつつ受け入れてイチャイチャしていた。だから子供であるレオたちがとやかく言うことじゃない」
「う……それは、そうですが。でも限度ってものがあるでしょう」
「そう。それはそう。だからお父様も自重して」
「だがレオよ。今世でもナディはボクの妻になるのだから、いくら前世の末っ子でもこれは看過出来ない――」
「それどうでも良いから、アーくんがなんで埋まってたのか聞きたいんだけど。それともなに? 答えるつもりがないわけ?」
紅茶を「ズー……」と、マナーもなにもガン無視して啜りながら頬杖を突いて態度悪く言うナディ。疲労がピークに達しているためか、相当機嫌が悪い。
「あとヴァル。私はアンタと夫婦になる気はないわよ。勝手に決めるな不愉快だわ」
「何を言っているんだいナディ。ボクとキミが夫婦になるのは運命な――」
「五月蝿ぇ黙れヴァル。それとさっさと訊かれたことに答えろ、アーチボルト・アシェリー・アドキンズ」
そして我慢も限界に達しているようだ。この状態になったら、逆らわないのが吉である。今までの経験上、それを痛感しているヴァレリーとアーチボルトであった。
――*――*――*――*――*――*――
アーチボルトの話は、以下のとおりだ。
まず、どうして魔法装置の部屋が埋まっていたかというと、治療のために建てた屋敷の真下が鉱山であった、というのが始まりだった。
アーチボルトとしては、余計な干渉を避けるためにわざとヒトが来ないであろう山奥を選択したのだが、まさか真下がそんなことになっているとは予想すら出来なかったそうだ。
もっとも、症状が進んでいたため早急な処置と治療が必要であったのも一因であり、厳選する余裕がなかったのである。
そのため、取物も取り敢えず奇病を取り扱っている治療書を写本し、準備を整えてそうしたのだ。
そうして治療を開始して五十年。それは突然起きた。
鉱山の採掘が過度に進み過ぎ、山が真っ二つに割れたのである。
そんなことは起きる筈がないと思うだろうが、実は前例がある。学名ニッポニア・ニッポンな鳥を保護している島の金山が、正にそれだ。
そうして割れて崩落し、治療のために建てた屋敷が巻き込まれて地中深くに落ちて沈んでしまったのである。
そして其処から更に五十年が経ち、廃坑となり閉山したこの鉱山にレンテが住み着いた。その後の顛末はレンテが語ったとおりだ。
それから、例のテーブルマウンテンは屋敷建設の候補地として装置にいろいろ組み込んでいたため、その情報を読み込んだ迷宮核が空間を接続してしまったらしい。
ちなみにその場所は、【不踏破地帯】として悪名高い解放型迷宮の【ラアナ大森林】。その西端である。
其処は遥か太古に神々が住んでいたという場所なのだが、まぁ、実際行ってみれば判るだろう。一息で言ってしまえば、不毛過ぎて住むとか絶対ナイという感想しか出て来ない。
アーチボルトの説明を一通り聞いて一息吐き、目をショボショボさせているナディは大仰に頷いた。
「色々納得したわ。それにしても、アーくんは本当に運がないわね。確率に挙げるのもバカらしくなるくらいの奇病に罹るなんて」
「ええ、それには全面的に賛同します。きっとこういうところは母上に似たのでしょう」
「は? どういうことよ。私はそんな運が悪いわけはないわよ」
「これは異なことを。二者択一では必ずハズレを引いていたではありませんか。だからいつもトリアに選ばせていたでしょう」
「う……まぁ、そうだけどね。あとトリアに選ばせてたのは、絶対に正解やアタリを引くからよ。他意は無いわ」
トリアとは、アデライドの二〇三人目の娘で、アーチボルトの双子の姉である。そしてトリアは愛称で、正式にはヴィクトリアという。
豪運の持ち主で、ギャンブルをすれば例えイカサマをされても絶対に勝つという、既に特殊能力じゃないかと思われるくらいの意味不明ぶりを発揮していた。
ちなみに、アデライドが逝去した翌年に放浪の旅に出たとのことで、現在消息不明である。豪運の持ち主であるから、きっと何処かで元気に色々しているだろう。
あとその容姿は、正しく深窓の麗人ともいうべきお淑やかで上品な美女である。そして酒豪で武術の達人だ。
「それで。アーくんはこれからどうするの。レンテの手伝いをするの? あ、そういえばあの時引っ張ったの、アーくんでしょ。明らかに時空魔法だったし」
「判りましたか。流石は母上。私の去就ですが、母上に着いて行きたいと考えております。そもそも精霊と化した身では当たり前の生活など不可能ですので」
そう言い、礼をする。ヴァレリーは不満顔だが、それでも現実的に考えればそれが一番だろう。ナディなら何かあったときに、正しく対応出来るだろうし。多分。
「そう。でもそうは言っても今の私たちは根無し草よ。アーくんが満足するような場所もない」
「私は純魔結晶があれば其処を棲家に出来ます。よってその心配は無用です」
「ふーん。ま、アーくんがそれで良いなら構わないけど。あ、それと、私はもうアデライドじゃないから『母上』は止めて。まだ成人しばかりで当たり前にそういう行為だってしたことがないからね」
「そうなのですね。判りました……え? あの、変態の毒牙に掛かっていたのでは?」
素直にそう答え、だが一緒にいる誰かさんを一瞥してから訊く。ナディは本気で嫌そうな表情を浮かべていた。
「何度か襲われ掛けたけど大丈夫よ。そんな予定も無いし。私は一生独身で悠々自適に過ごすのよ。変態にだって邪魔させないわ」
そんな決意表明をするナディへ不満顔で何かを喚いている魔王がいるが、取り敢えず無視した。扱いが慣れたものである。
「じゃあそれで良いわね。おーいレンテ。私たちそろそろ帰りたいんだけど」
新たに設置した、レオノールがなんとなく作った純魔結晶製の迷宮核の操作に四苦八苦しているレンテに、ナディは声を掛ける。迷宮を創った者なら、その程度は簡単だろうとの算段であった。
だが、現実は違った。
「え? あ、あの、ムリです。この迷宮核の性能が良過ぎて操作が難しくて、元通りに保つのが精一杯でこの場所の操作が出来ません」
レンテの発言をちょっと理解出来ず、ナディは首を傾げた。
結果的に、迷宮核の操作にレンテとアーチボルトが共同作業してまるっと半月ほど掛かった。
その間に色々創意工夫して迷宮を弄り、以前は四十二階層までだったのが、保有魔力の関係で五十階層まで拡張するという有様となり、だがその分、難易度も修正されてドロップ率がちょっと下方修正されたため、【結晶鋼道】の愛好者から文句が出そうである。
ついでに、ナディとレオノールがこの空間を広げさせて【ディメンション・ホーム】を展開し、出られないものは仕方ないとばかりにダラダラ過ごし始めた。
あとナディに対してのヴァレリーのセクハラは相変わらずだったが、良い加減慣れちゃったのか最終防衛ラインは死守しつつ、ある程度は許容しちゃっていた。まぁ、つまりはそういうことで、なんだかんだ言いつつナディも結局そうなのであった。アーチボルトは面白くなさそうにしていたが。
食事は、地上には戻れないがテーブルマウンテンには何故か行けるため、其処の野草とかを摘んで来たり【ストレージ】に海鮮がアホほどあるため困らない。
関係ないが、レンテがエビ味噌とカニ味噌にいたく感動して喰いまくり、結構消費してくれたためナディもレオノールも、もちろんヴァレリーもご満悦だ。アーチボルトはそもそも食事を必要としていないため、まるで無関心だったが。
それと【ディメンション・ホーム】を見たアーチボルトがいたく感動して、「さすはは」とか「さすあね」とか言いつつちゃっかり其処に棲み着いてしてしまい、【執事精霊】という前代未聞な新種の精霊へと進化(?)してしまった。
そんな迷宮生活を過ごし、やっと安定した【結晶鋼道】からナディたちは帰還することとなる。
突貫した日から数えて、三ヶ月半ほど経過していた。
ちなみにレンテはというと、ヒトと遭うのがイヤだからという理由で残った。これからも其処で趣味に全てを費やして生活するそうである。
あと関係ないが、海鮮がドロップする階層は完全にレンテの趣味であった。放浪していた頃に食べた海鮮料理が忘れられなかったらしい。
本来ならばその調整が難しいのだが、曰く「自分の腹を痛めて生んだ子の調整くらい造作ない」そうだ。レオノールとヴァレリーの「さすママ」と「さすつま」が止まらない。レンテは納得出来なさそうにしていたが。
そりゃそうである。百年近く苦労に苦労を重ねても出来なかった処置を、いくら魔王妃の転生体とはいえポロッと出て来たヒト種の少女がサラッとやってしまったら、立つ瀬がない。地に手足を突いて半泣きで項垂れるレンテであった。
レオノールはそんなオルズ状態なレンテの傍に寄り、微笑みながらその肩に手を置く。そんな天使か女神のような微笑みで労ってくれているのだと、すごーく感動するレンテ。
「あ、あの、大丈夫です。そりゃそうですよね。オレなんかがヒト種への転生体とはいえ、魔王妃様にかな――」
「お疲れ」
そしてナチュラルにトドメを刺す。半泣きのレンテは今度は凍り付いた。不憫なヤツである。
だがレオノールはそうしたかったわけではなく、本当に労っただけだ。言葉の使い方がなっちゃいないだけで。ますます不憫なレンテである。
そうして治療が終わり、槽に満たされている溶液を抜く。流出したそれは大気触れた途端、音もなく消失して行った。ナディはそれが当然とばかりに一瞥しただけだったが、レンテは驚きを隠せない。
「ああ、勿体ない。高濃度の魔力結晶溶液が……」
そして思わず声が漏れる。百年近くこの装置に関わって来たのだ。この溶液が何であるかくらいは理解している。そしてその希少性も。
「この魔力勿体ない。【マナ・アルケミィ】【オペレート・オブ・マナ】【マナ・マテリアライズ】【マナ・コンプレッション】【クリエイト・マナクリスタル】【プロセッシング・マナクリスタル】【マナ・リインフォース】【クリエイト・マナサーキット】【マナ・ラウンド】【マナ・ステイブル】【マナ・フィクスィティ】」
そうして霧散する魔力を集め、物質化した上で圧縮し、続いて魔力回路を組み込み安定化させる。そうして出来上がった50センチメートル大の魔結晶を、
「あげる」
ポイとレンテへ放り投げた。
その希少な貴重品をポイする行為に一瞬呆然とするレンテだが、はたと気付いてスライディングキャッチする。竜の鱗を砕けるくらいに圧縮して超高密度に固めているから、落ちたところでなんの問題もないのだが、そういうことではないらしい。
ちなみにそれは、質量が有るが重量は無いという物理法則を無視した謎物質であった。
「使ってた魔力装置はもう使えないからこの迷宮は消えてしまう。なら代わりを用意すればいい。此処を創った者なら使える筈」
そんなとんでもないことをサラッと言っちゃうレオノールである。まぁ、なんでもないようなことだと思っているから出る言葉で、だが傍から見ている一般人から言わせると、明らかに規格外で常識外れだ。
そしてこの中では一般人枠のレンテは、当然のように呆然としている。彼も充分規格外なのに、周りが余りにもアレ過ぎてそうとしか見えない。やっぱり不憫である。
そうしている間に槽の溶液が完全に抜け、霧散する筈であった魔力がレンテの持つ魔結晶に残らず吸収され、そして、役目を終えた魔法装置が機能を止めた。そればかりではなく、その装置や槽自体も崩れ霧散して行く。どうやらそれ自体が魔力を物質化させて構成していたようだ。
この迷宮【結晶鋼道】は、この魔法装置から漏れ出る余剰魔力を増幅して創られたものだ。よってそれがなくなるということは、迷宮として成り立たなくなるということ。
つまり、迷宮が崩壊する。
それを逸早く察したレンテは、魔法装置から魔力を吸引していた魔術具の核を取り外し、レオノールから受け取った魔結晶を組み込み素早く回路を再構築した。
その滑らかな動作と手腕は当たり前に一般的ではなく、やはりレンテは明らかな天才であるのを物語っていた。今までの劣等感があるからか、その自覚は無いようだが。
それと、現在目の前にいるのが規格外どころか明らかに意味不明なくらいにぶっ壊れ性能を発揮するヒトらなのである。よって「オレって凄くね?」と思っていた自惚れがぶっ壊されてしまったために、再び劣等感に苛まれるレンテであった。
そうして迷宮の魔術制御陣を再構築しているレンテを尻目に、崩れる装置と槽から解放された魔族の男――魔王夫婦の末っ子であるアーチボルトをナディは抱き止め、
「うわ、軽」
その軽さに思わずそう呟いた。
「まぁそうだよね。【精霊化症候群】に罹患して人の形を保っていること自体、奇跡だよ」
自分より背が高く体格も良い、だがそれに相反して軽い。それは既に生体としての機能が失われているからだろう。
そもそも【精霊化症候群】とは、魔族だけが発症する奇病だ。そしてその確率は極めて低い。
判明している原因として、特に魔力が高くそれに特化している者のみが発症するということだけ。
魔族は魔力親和率が他の種族と違い頭抜けて高いのだが、基本的に脳筋で、その割合の多くを肉体強化方面に割いている。
そして脳筋率は脅威の99.998%。よって脳筋ではない魔族は存在しないと言い切ってしまっても良いほどで、これを鑑みるだけでそうじゃなかったレンテの悲哀が判るだろう。
あと、これは種族を超えての共通項なのだが、脳筋は基本的には良いヤツが多い。ただし大体のことを努力と筋肉と根性と筋肉と気合いと筋肉と訓練と筋肉と筋肉な友情で解決し筋肉の勝利にしようとする傾向があるため、それでどうにもならない者たちの悲哀を理解してくれない。正にレンテがそうだったように。
まぁ、中にはインテリジェンスが高いスマートなハイブリット型ガチムチ脳筋も、居るっちゃ居る。何処ぞのガチムチなギルマスのように。
そんな脳筋じゃないごくわずかな魔族の中にあって、更に魔力が頭抜けて高い者の内、肉体強化方面への魔力親和率が極端に低い者が稀に発症する。
それが【精霊化症候群】。
症状は、徐々に自身の魔力が肉体を侵食し、遂にはそれが全て入れ替わる。完全にそうなった者は肉体を失い、大気や自然に存在する魔力と同化し霧散してしまう。結果、亡骸すら残らず消滅する奇病なのだ。
その様が霧散する精霊のようであるため、そのような病名となった。
あと正確な原因が判っていないため【病】ではなく【症候群】と呼ばれるのは、この世界でも同じである。
「魔力の固定は……うん、完全じゃないけど許容範囲内ね。問題はちゃん目醒めるかなんだけど――」
「目醒めていますよ」
抱き上げているナディの腕の中で目を開き、そしてそのまま身を起こす。
「そもそも眠っていたわけではありませんし。治療のために魔力槽に入った時には既に精霊化が進んでいたので、睡眠も必要ありませんでした。おっと、こんな格好では失礼ですね」
そう言って立ち上がり、魔力を変質させてその身に服を纏う。ただそれが――
「……なんでロングテールコートなのよ」
執事のようなそれだった。
「趣味です」
「ああ、うん。ちゃんとアーくんだ」
ちょっと頭痛が痛くなって頭を押さえるナディであった。そしてそんなナディへと、左手を胸に、右手を背に回して礼をし、
「お久しぶりです母上。そして転生、おめでとうございます」
迷うことなく、アーチボルトはそう言う。そしてナディも、何故自分を母親と呼ぶのかなどという疑問は持たない。ヴァレリーだって一目で見抜いたのだ。それくらいのことは、魔王の血族ならば当然であろう。
あとレオノールがとある切っ掛けがあってから気付いたのは、物心つく前からナディの傍にいたからだ。あまりに近過ぎると、案外そういうのに気付かないものである。そもそも現世でも姉であり母親代わりであったから。
「なんで執事なんだろう。おっかしいなぁ。どうして私の子供たちって、こういうちょっとズレた感性してるんだろう。母親はこんなにまともなのに。やっぱり魔王の血がそうさせるのかな?」
まだ礼をしているフォーマルなアーチボルトを見上げ、しみじみとそんな特大ブーメランを投げるナディである。ツッコミ不在の弊害は相当大きいようだ。
それはともかく。
とりあえずナディは、どうしてこんなところに埋まっていたのかを訊くべく【ストレージ】からテーブルセットとティーセットを取り出し――
「母上の手を煩わせるまでもありません。それにお疲れでしょう。此処は私が致しますので、ごゆるりとお寛ぎ下さい。それから、手間を省かせて頂きます。【ストレージシェアリング】」
そう言い、ナディが出したティーセットを受け取りお茶を入れ始めた。茶葉はナディが例のビュッフェからかっぱら――お裾分けさせて頂いたもので、お湯はアーチボルトが魔法で生成した。流石というべきか当たり前というべきか、その程度は問題なく出来るらしい。
あとサラッとナディの【ストレージ】を共有化しているあたり、やはり色々規格外である。
「それと。レンテは知っているのですが、此方のお嬢様は何方でしょうか。魂の色からして私のきょうだいだと予想出来ますが、記憶にありません」
ナディのストレージから小麦粉とか酵母とか色々出して、生成系や生活系、果てはサラッと時空系の魔法を駆使してパンを焼いたり調理をして次々とテーブルに並べるアーチボルト。やはり末っ子とはいえ魔王夫婦の子供である。色々規格外だ。それにそういうことでそんな高度な魔法を使う能力の無駄遣いぶりが、見紛うことなく魔王夫婦の血族である。
「この子はレオノールよ。聞いたことくらいはあるでしょ」
そうして提供された色々を、それが当然とばかりに頬張りながら紹介する。レオノールも頷き、だが提供された玉子サンドを早速頬張りミルクティーを啜りながら、ヒラヒラ手を振った。
「ああ、姉上でしたか。お話は予々伺っておりました。なにしろ変た――んんっ――魔王を滅ぼせる唯一無二の存在であったそうですので。早逝されたと聞き及び、実に惜しい人材を失ったと悼んでおりました」
「今魔王を変態って言った」
「何を仰っているのか判りません。それに変態を変態と呼ぶのは当然でしょう。姉上もそう思いませんか? そもそも夫とはいえ母上を独占するのおかしいと思われます。母上は我らきょうだいのものでもあるのですから」
「お姉ちゃん。もしかしてだけどこの子ってマザコンなの」
「え? ああ、ほら、末っ子だし、そういうものじゃないかと……」
「甘やかし過ぎた結果がコレ。さすがのレオもちょっと引く」
「姉上それは心外です。私はマザコンではありません。母上を純粋に愛し敬愛しているのです」
「それを世間一般的にマザコンという」
「いえ違います。断じてマザコンではありません。それに例え転生されていても、私は母上に無限の愛を捧げる所存――」
「アーチー。お前ボクのナディに言い寄るとはいい度胸だな。いくら元末っ子で、しかも精霊化して物質とは切り離されているとはいえ、ボクが消し飛ばせないとでも思ったか?」
頭髪を紫紺に染め、全身から魔力を迸らせ、過去イチ「シュインシュイン」しているヴァレリーが、アーチボルトの頭を鷲掴んで持ち上げた。
「何を言っておられるのですか父上。私はただ、父上が母上を独占しているのが気に食わないだけで他意はありません」
どうやったのかその手をするりと抜け、数歩下がって銀食器のナイフを何処からともなく取り出して構えた。
「ほう。父であり魔王であるボクに、食器とはいえ刃物を向けるか。良い度胸だアーチー」
「父上こそ。たかがヒト種に転生して腑抜けたのではありませんか? そのような脅しになんの意味もありません」
「二人ともステイ。【フォトン・ハマー】」
一触即発でバチバチになっているヴァレリーとアーチボルトを【光子力】の槌でぶん殴って黙らせるレオノール。それを見たナディが満足げに頷いて「さすレオ」と言っていたが、それはどうでもいいだろう。
「魔王なお父様はお母様を偏愛していたから独占したくなるのは当然。それにお母様だって『ダメよダメダメ』と言いつつ受け入れてイチャイチャしていた。だから子供であるレオたちがとやかく言うことじゃない」
「う……それは、そうですが。でも限度ってものがあるでしょう」
「そう。それはそう。だからお父様も自重して」
「だがレオよ。今世でもナディはボクの妻になるのだから、いくら前世の末っ子でもこれは看過出来ない――」
「それどうでも良いから、アーくんがなんで埋まってたのか聞きたいんだけど。それともなに? 答えるつもりがないわけ?」
紅茶を「ズー……」と、マナーもなにもガン無視して啜りながら頬杖を突いて態度悪く言うナディ。疲労がピークに達しているためか、相当機嫌が悪い。
「あとヴァル。私はアンタと夫婦になる気はないわよ。勝手に決めるな不愉快だわ」
「何を言っているんだいナディ。ボクとキミが夫婦になるのは運命な――」
「五月蝿ぇ黙れヴァル。それとさっさと訊かれたことに答えろ、アーチボルト・アシェリー・アドキンズ」
そして我慢も限界に達しているようだ。この状態になったら、逆らわないのが吉である。今までの経験上、それを痛感しているヴァレリーとアーチボルトであった。
――*――*――*――*――*――*――
アーチボルトの話は、以下のとおりだ。
まず、どうして魔法装置の部屋が埋まっていたかというと、治療のために建てた屋敷の真下が鉱山であった、というのが始まりだった。
アーチボルトとしては、余計な干渉を避けるためにわざとヒトが来ないであろう山奥を選択したのだが、まさか真下がそんなことになっているとは予想すら出来なかったそうだ。
もっとも、症状が進んでいたため早急な処置と治療が必要であったのも一因であり、厳選する余裕がなかったのである。
そのため、取物も取り敢えず奇病を取り扱っている治療書を写本し、準備を整えてそうしたのだ。
そうして治療を開始して五十年。それは突然起きた。
鉱山の採掘が過度に進み過ぎ、山が真っ二つに割れたのである。
そんなことは起きる筈がないと思うだろうが、実は前例がある。学名ニッポニア・ニッポンな鳥を保護している島の金山が、正にそれだ。
そうして割れて崩落し、治療のために建てた屋敷が巻き込まれて地中深くに落ちて沈んでしまったのである。
そして其処から更に五十年が経ち、廃坑となり閉山したこの鉱山にレンテが住み着いた。その後の顛末はレンテが語ったとおりだ。
それから、例のテーブルマウンテンは屋敷建設の候補地として装置にいろいろ組み込んでいたため、その情報を読み込んだ迷宮核が空間を接続してしまったらしい。
ちなみにその場所は、【不踏破地帯】として悪名高い解放型迷宮の【ラアナ大森林】。その西端である。
其処は遥か太古に神々が住んでいたという場所なのだが、まぁ、実際行ってみれば判るだろう。一息で言ってしまえば、不毛過ぎて住むとか絶対ナイという感想しか出て来ない。
アーチボルトの説明を一通り聞いて一息吐き、目をショボショボさせているナディは大仰に頷いた。
「色々納得したわ。それにしても、アーくんは本当に運がないわね。確率に挙げるのもバカらしくなるくらいの奇病に罹るなんて」
「ええ、それには全面的に賛同します。きっとこういうところは母上に似たのでしょう」
「は? どういうことよ。私はそんな運が悪いわけはないわよ」
「これは異なことを。二者択一では必ずハズレを引いていたではありませんか。だからいつもトリアに選ばせていたでしょう」
「う……まぁ、そうだけどね。あとトリアに選ばせてたのは、絶対に正解やアタリを引くからよ。他意は無いわ」
トリアとは、アデライドの二〇三人目の娘で、アーチボルトの双子の姉である。そしてトリアは愛称で、正式にはヴィクトリアという。
豪運の持ち主で、ギャンブルをすれば例えイカサマをされても絶対に勝つという、既に特殊能力じゃないかと思われるくらいの意味不明ぶりを発揮していた。
ちなみに、アデライドが逝去した翌年に放浪の旅に出たとのことで、現在消息不明である。豪運の持ち主であるから、きっと何処かで元気に色々しているだろう。
あとその容姿は、正しく深窓の麗人ともいうべきお淑やかで上品な美女である。そして酒豪で武術の達人だ。
「それで。アーくんはこれからどうするの。レンテの手伝いをするの? あ、そういえばあの時引っ張ったの、アーくんでしょ。明らかに時空魔法だったし」
「判りましたか。流石は母上。私の去就ですが、母上に着いて行きたいと考えております。そもそも精霊と化した身では当たり前の生活など不可能ですので」
そう言い、礼をする。ヴァレリーは不満顔だが、それでも現実的に考えればそれが一番だろう。ナディなら何かあったときに、正しく対応出来るだろうし。多分。
「そう。でもそうは言っても今の私たちは根無し草よ。アーくんが満足するような場所もない」
「私は純魔結晶があれば其処を棲家に出来ます。よってその心配は無用です」
「ふーん。ま、アーくんがそれで良いなら構わないけど。あ、それと、私はもうアデライドじゃないから『母上』は止めて。まだ成人しばかりで当たり前にそういう行為だってしたことがないからね」
「そうなのですね。判りました……え? あの、変態の毒牙に掛かっていたのでは?」
素直にそう答え、だが一緒にいる誰かさんを一瞥してから訊く。ナディは本気で嫌そうな表情を浮かべていた。
「何度か襲われ掛けたけど大丈夫よ。そんな予定も無いし。私は一生独身で悠々自適に過ごすのよ。変態にだって邪魔させないわ」
そんな決意表明をするナディへ不満顔で何かを喚いている魔王がいるが、取り敢えず無視した。扱いが慣れたものである。
「じゃあそれで良いわね。おーいレンテ。私たちそろそろ帰りたいんだけど」
新たに設置した、レオノールがなんとなく作った純魔結晶製の迷宮核の操作に四苦八苦しているレンテに、ナディは声を掛ける。迷宮を創った者なら、その程度は簡単だろうとの算段であった。
だが、現実は違った。
「え? あ、あの、ムリです。この迷宮核の性能が良過ぎて操作が難しくて、元通りに保つのが精一杯でこの場所の操作が出来ません」
レンテの発言をちょっと理解出来ず、ナディは首を傾げた。
結果的に、迷宮核の操作にレンテとアーチボルトが共同作業してまるっと半月ほど掛かった。
その間に色々創意工夫して迷宮を弄り、以前は四十二階層までだったのが、保有魔力の関係で五十階層まで拡張するという有様となり、だがその分、難易度も修正されてドロップ率がちょっと下方修正されたため、【結晶鋼道】の愛好者から文句が出そうである。
ついでに、ナディとレオノールがこの空間を広げさせて【ディメンション・ホーム】を展開し、出られないものは仕方ないとばかりにダラダラ過ごし始めた。
あとナディに対してのヴァレリーのセクハラは相変わらずだったが、良い加減慣れちゃったのか最終防衛ラインは死守しつつ、ある程度は許容しちゃっていた。まぁ、つまりはそういうことで、なんだかんだ言いつつナディも結局そうなのであった。アーチボルトは面白くなさそうにしていたが。
食事は、地上には戻れないがテーブルマウンテンには何故か行けるため、其処の野草とかを摘んで来たり【ストレージ】に海鮮がアホほどあるため困らない。
関係ないが、レンテがエビ味噌とカニ味噌にいたく感動して喰いまくり、結構消費してくれたためナディもレオノールも、もちろんヴァレリーもご満悦だ。アーチボルトはそもそも食事を必要としていないため、まるで無関心だったが。
それと【ディメンション・ホーム】を見たアーチボルトがいたく感動して、「さすはは」とか「さすあね」とか言いつつちゃっかり其処に棲み着いてしてしまい、【執事精霊】という前代未聞な新種の精霊へと進化(?)してしまった。
そんな迷宮生活を過ごし、やっと安定した【結晶鋼道】からナディたちは帰還することとなる。
突貫した日から数えて、三ヶ月半ほど経過していた。
ちなみにレンテはというと、ヒトと遭うのがイヤだからという理由で残った。これからも其処で趣味に全てを費やして生活するそうである。
あと関係ないが、海鮮がドロップする階層は完全にレンテの趣味であった。放浪していた頃に食べた海鮮料理が忘れられなかったらしい。
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