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地平線を越えて

9 姉妹と魔王と迷宮核

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 ――なんだ! なんだ! 一体なんなんだあいつらは! なんで分断されても諦めない! そして、どうすれば我が手塩に掛けて作り上げた竜王どもを撃退出来る!? しかも【溶岩ヴォルカニック】は溶岩の流体が本体の竜なんだぞ! それを真っ二つにするとか有り得ないだろうが巫山戯るな! それに【セイバー】を討伐するんじゃなくて解体して倒したなんて! 非常識だろ普通に倒せやバカじゃないのか!? それとなんだよあの小娘! なんで、なんで羽根が生えて飛べるんだよ! そして其処から爆裂魔弾で爆撃とか! おかしいだろうがなに考えてんだよバカなのか!? いきなり魔力災害の爆発起こすし! それからなんで! なんであの小娘がを使えるんだよ! なんで竜王の魔結晶の回収を邪魔するんだ! おまけに迷宮から完全に切り離しやがって! つーかどうやったんだよバカじゃないのか巫山戯るな!

クリスタ・マイン】の最深部。迷宮核が安置されている玄室で、彼は独白しながら地団駄を踏んでいた。

 そしてそうすること暫し。やっと気が済んだのか、荒い息を吐きつつも口元に笑みを浮かべ、傍にある迷宮核を撫でながら独白する。

「だーが、そんな貴様らももう終わりだぁ! 貴様らは出口のない迷宮で永遠に彷徨うのだザマーミロバーーカ!」
「【破裂する影バースト・シャドウ】」

 などと悦に入っている。だがそうしている男の真横、離れたところの壁から無数の影が這い出し、それを綺麗に粉切れにした。

 そうして崩れた壁から、漆黒の男と白金髪プラチナ・ブロンドの少女が悠々と歩いて来た。

「おお、凄いなレオ。辿ぞ」
「お姉ちゃんの妹ならこの程度は出来て当たり前。きっとお姉ちゃんならレオたちの想像を絶する方法で此処に至る筈。さすおね」
「いやいや。今はレオが流石だよ。さすレオ」
「さすが魔王様。もう『さす』を使い熟してる。元とはいえ流石レオのお父様。さすパパ」
「やばい、メチャクチャ嬉しい。ナディと逢ったとき並みに嬉しい」

 などと兄妹なんだか親子なんだか不明な会話をしている。そしてどちらも激戦を繰り広げたにも関わらず、ケロッとしていた。まぁレオノールは魔力消費が結構あったから、ちょっとはクラクラしているが。

「な、ななな、ななな……!」

 そんな二人を目の当たりにして言葉が出ず、ただ意味のないことを口走っている男は、ちょっと深呼吸をしてから、

「よくぞ此処まで辿り着いた。まずはそれを褒めてやろう」

 それっぽいことを言った。だがそんなものは、二人に一切響かない。もうどうでも良いから、この迷宮から出ることしか考えていないから。

「此処まで来れた褒美に、どうだ、我の下僕にしてやろう。魔王の長子の下僕になれるのだ! こんな名誉なことはあるまい!」

 左手で顔を抑え、右手でビシッと指差しながら、その自称な魔王の長子は言い切った。

「【噴き出す影シャドウ・ガイザー】」

 その返答として、表情が消失したヴァレリーは男の背後にある壁を吹き飛ばした。

「お前は勘違いをしている」

 そしてレオノールが、その周囲にプラチナの球体を浮遊させて、えちょっと待って今はオレのターンだよね会話パートだよね? いきなり壁ブチ抜くとかなくね? とでも言い出しそうな、もしくは思っているであろう魔族の男の前に、ゆっくりと歩を進める。そしてそれに、ヴァレリーも続く。あとソレの名前は忘れた。最初から聞いていなかったけど。

「はっきり言う。魔王の長子は女の子。生まれたのは約五百年前。正確には四八十一年前。そして十六歳で死んでいる。だから二百歳を超えたと言っているお前が長子である可能性はない」
「は? なななにをいい言っているんだ! 我は魔王の長子なのだ! それに貴様になにが判る!」
「それに二百年前だと流石に魔王妃も晩年だから子供は作れない。だからお前は魔王の子ですらない」
「いや! 実は我は、魔王が外で生ませた庶子であってだな……」

 その瞬間、ヴァレリーの影が明確な殺意を持って男を襲う。

「お父様ステイ。コイツにはまだ吐かせなければならないことがある」

 レオノールのその言葉を聞き、なんとか踏み止まるヴァレリーだった。あと魔王様は、一度たりとも他所でいたしたことなどない。

「そもそも、何を根拠に長子を名乗った。そんなのすぐに嘘だと判る」

 そのレオノールの言葉に苦々しく歯噛みし、だがすぐにニヤリと笑みを浮かべ、直後に爆笑した。

 感情の振り幅激しいな。やはり小物。そんな悪党特有のリアクションを、冷めた表情で冷たい評価をするレオノール。本当はそんなの良いからさっさと吐けと言いたかったりする。ちょっと疲労が嵩んでいるからしないけど。

 そんな低評価をしていると、空間が歪んでワームホールが開き、其処からナディが姿を現した。

「あーしんど。あーマジないわー。なんなの竜三匹合体って! バッカじゃないの! てうわなに!?」

 そんなぶっ倒れそうなナディの傍に、物凄い速度で走り寄ったヴァレリーがそのまま優しく抱き締めた。

「ああ、ナディ、ナディ。無事で良かった。ナディに渡した影の挙動でとんでもないのと戦っているのは判っていたけど、場所がどうしても判らなかったから行けなかったんだ。無事で良かった」
「あ、うん。まぁそうねー。まさか倒す度に竜の魔結晶が融合して強くなるとか、ないわーって思ったし。あ、あとアンタ、ちょっと目瞑りなさい」
「え? あ、うん」

 そう言い、素直に目を閉じる。そのヴァレリーの頬に両手で触れてちょっと背伸びをし、ナディは自ら唇を重ねた。まぁ、いつもされるベロチューではなく、軽く触れるだけのプレッシャー・キスだが。

 そんな突然の行動に呆然とするヴァレリーに微笑み、

「ありがとう。助かったよ」

 そう言った。それだけで、ヴァレリーの心は全焼し、そして――

「ナディ、ナディ。好きだ、愛してる。これまでもこれからも、ずっとずっと愛してる」
「え? ちょっと待ってなにす……~~~~~~だからダメだってば! え待ってなんで脱がそうとするのよダメだって言ってるでしょもーーーー……~~~~~~~~~~」

 理性もブチ切れた。

 で。いきなり現れてイチャイチャしている二人の所為で完全に腰を折られた話を、

「続けて」

 無慈悲に何事もなかったかのように促すレオノール。ある種の拷問かも知れない。

 そしてそんな促しに答えるように、一度だけ咳払いをして短く息を吐いてから、

「確かにぃ、我は魔王の長子ではない!」

 当初のテンションで再開する。別の意味でレオノールの評価が上がった。

「どうして長子なんて名乗ったの」
『ちょっとダメだってば。あんたとは恋人でもないんだからこんなことしないわよ』
「はぁん? 魔族ならば力を求めるだろう。それが当然だ! そして力の象徴とは魔王! だから我は魔王を目指すために名乗ったのだ!」
『でもナディの方からキスしてくれたよ。これはもうオールオッケーなんだよね。絶対に幸せにするから』
「安直。名乗っただけで力を得られるならこの世に魔王は溢れてる。それじゃあなにも解決しないしその方法にもなり得ない」
『アンタへのお礼はなにが良いかなーって考えたときに手っ取り早そうだったからしただけよ。だから脱がすなってば。そんなとこ触っちゃダメ!』
「だが名乗らなければ始まらぬ! そう、走り出さなければ始まらないのだ! だから我は! この迷宮に潜り、五十年掛けて深層に辿り着いた! そして! 見付けたのだ! 魔王の残滓を!」
『例えお礼でもあんなことされたもう我慢出来ないよ。ね、お願い一回だけ。一回だけで良いから』
「魔王の残滓? 迷宮にあるとは思えない。何かの思い違いだと思う。そもそも魔王妃ラヴな魔王が外に残滓を残すのこそ有り得ない」
『アンタ一回だけって言ってそれで止まったことないでしょ! ダメなものはダメ! あと今日は危ない日だから余計にダメ! 大丈夫な日でもダメだけどね!』
「それとそろそろイチャラブ止めてくれると嬉しい。副音声で今にもおっ始めそうな会話を聞いてると脱力する」
『え? あ、はい。ごめんなさい』

 レオノールのマジトーンでの冷たい一言でようやく思い止まるヴァレリーだった。そしてナディは、ちょっと脱がされはだけた服を直しながら、もう二度と気の迷いでもあんなことしないと心に誓った。

「く、くく、くあははは! だがあったのだよ! 魔王の残滓が!」

 そして再び振り切れるテンション。そんなテンションのままに、迷宮核に手を置き魔力を注ぎ込む。それにより、それに応えるように、迷宮核が起動し拍動を始めた。

「最新部に到達した我は、一人の魔族と会った!」

 迷宮核とは、迷宮を構成する核であるのは言わずもがなだが、そもそもそれは純粋な魔力の塊であって有機物ではない。だがこの魔族によって起動されたそれは、あたかも有機物のように拍動を始めている。
 その拍動は徐々に大きくなり、魔族の背後――先ほどヴァレリーがブチ崩した壁の奥に流れ込む。

「さあ時は来た!」

 其処には巨大な水槽があり、そしてその中には、

「アーチー?」
「アーくん……」
「だれ?」

 一人の魔族の男が、その身を抱えて浮いていた。

「目覚めよ魔王の残滓よ! 今こそ愚かなヒト種どもに正義の鉄っつ――」
「ウチの末っ子にナニしてくれてんだーーーー!!」
「――いをべげ!?」

 気持ち良ーくそんな宣言をしているそれに、ナディの高速ヤクザキックがキレーにキマり、顔面のありとあらゆるところから派手に血を撒き散らしてブッ飛ぶ魔族。決め台詞すら言わせて貰えない。哀れといえばそうであるが、そもそもナディにとってはそれどころではなかった。

「嘘でしょ、なんでこんなところに、アーくんいるの? アーくんは魔国の宰相になったんでしょ? それが、なんで!?」

 前世の記憶が一気に湧き上がり、疲労困憊であるにも関わらず、形振なりふり構わずナディは――

「ぐげごおふぉおう!?」

 ――だがぶっ倒れている魔族の顔面と股間を踵でグリっと捻って踏み付けて、

「【クリエイト・メタルクラスタ】【ヘヴィ・グラヴィティ】」
「がげふぅ!?」

 ついでに鉄塊を生成して高重力を掛けて叩き落とし、取る物も取り敢えず駆け付ける。

 随分色々やっていて表現が適当であるかの疑問が残るが、其処は突っ込んだら負けである。何の勝負かは知らないが。

「アーくん、アーくん。なにがあったのアーくん。待って、こんな水槽なんか、すぐに私がブチ壊してあげるわ。【気力拳オーラ・ナックル】!」

 その水槽を前に、呼吸を整え半身を引き、拳を中段に構えて【気力オーラ】を練る。拳が真紅に輝き、万物を破壊可能とさえ謂われる純粋な破壊の一撃が放た――

「お姉ちゃんステイ」
「ナディ。ちょっと落ち着こう」

 ――れようとしたそのとき、レオノールに言葉で制止され、ヴァレリーにギュッと抱き止められて物理的に制止された。その後やっぱりベロチューされるお約束があったが、どうでも良いので割愛する。

「これは一体なんなの。なんで水槽におにいさんが入ってる。それに面影が魔王に似てる」
『ちょっと! 止めるのは良いけどなんで抱き付いてベロチューするのよ巫山戯んな!』
『いやそうでもしないと止まらないでしょ。でもしたいからした。後悔はない!』
『いっぺん死ねこの宿やどろく!』

 一旦ナディを鎮静させたレオノールは、その水槽を見上げて小首を傾げ、そして鉄塊に押し潰されて動けない魔族を見下ろしながら訊いた。なんか後ろで【気力オーラ】が籠った拳を振り回している元魔王妃と、それをヒョイヒョイいなしている元魔王な現魔王もいるが、いつものことなので気にしない。

 そんなレオノールの問いに、苦虫を噛み潰したような顔で黙る魔族の男。ちなみに名前はヴァレンティーンである。

「答えないの。答えられないの。それとも

 ちょっとカマを掛けてみる。すると面白いくらいに目が泳ぎ出した。

「思うに。

 水槽に繋がっている魔力回路や、それに付随している魔法陣を読みながら、淡々と呟くようにレオノールが言う。明らかに魔族は動揺していた。
 そしてその水槽を、一通りワチャワチャして気が済んだらしいナディが真剣な表情で見詰め、何かを目で追っていた。

「これを見つけたとき此処から漏れ出る魔力を利用出来ると考えた」

 続く言葉に目を伏せ、両手を握り締める。

「でも出来たのはそれだけ。この魔力回路や魔法陣は高度な技術だから理解出来なかった」

 目を伏せたまま俯き、そしてそのまま床に頭を打ち付ける。レオノールの言っていることは、紛れもない事実だから。

「でも諦めなかった。諦めたくなかった。ねえ貴方。本当は何がしたかったの」
「うるさいウルサイ五月蝿い! 恵まれたお前に、お前らに、恵まれなかったオレの何が判るってんだよ!」

 全てを射抜くレオノールの言葉に、遂に彼の感情は決壊した。

「オレは、確かに魔族だ! でもその中でも大した力も能力もない、実力もない、ちょっと強いヒト種にだって負ける最底辺だ! そんなオレに、みんな言うんだよ。『お前、なんで生まれたんだ』って。なんだよそれ! オレは生まれちゃダメだったのかよ! 戦う力がなければ、強くなければ生きてちゃいけないのか!? オレは弱かったから、オレに力がなかったから、だから母さんにも捨てらげぶぉ!?」
「やかましい」

 彼の言葉は、悲痛な叫びだった。身体的に恵まれず、環境にも恵まれない。そして関わるヒトにも恵まれなかった者の、悲痛な叫び……なのだが、それを皆まで聞かずにサッカーボールキックをかますナディ。無慈悲感が酷い。

「【ディスアセンブリィ】」

 そして軽く意識が飛びそうになってる彼を押し潰している鉄塊を分解した。ちなみにその後ろにはしっかりヴァレリーが抱き付いていて離れない。既に諦めたらしい。

 そうして荷重から解放され、だがまだクラクラしている彼を優しく起こし、そして――

「甘ったれてんじゃないわよ!」

 思いっ切りビンタした。しかも往復で。

 そしてその行動には流石のレオノールとヴァレリーも……

「うん甘ったれ」
「甘ったれだな」

 賛同していた。

 なんというか、色々流石な魔王一家である。

 そして彼は、その話をすればいくばくかの同情はされるだろうと計算していたのだが、まさかの体罰に半泣きになる。

「アンタさー。自分がナニしでかしたか、ちゃーんと理解してる? 迷宮を氾濫させたのよ? その意味の判らないの?」

 胸倉を掴み、半眼で睨みながら続けるナディ。その威圧感は半端ない。そしてそれが命の危機であると、彼の本能が警鐘を鳴らしている。
 なにしろ手塩に掛けて作り上げた竜王を圧倒し、そして三体が融合した【不滅竜イモータル・ドレイク】すら倒してしまい、挙句その魔結晶を迷宮から切り離して新たな竜王を誕生させたのだ。
 このヒトは、戦闘能力や魔法技術では測れない、底が知れないなにかがある。彼はそう思った。

 まぁ、正解は突飛な発想をする変人なのだが。しかもタチの悪いことに、並以上の実力も持っちゃってるから手が付けられない。

「判っているさ。そんな大事件を起こしたヤツは、そんなヤツにはこの世に生きる場所なんてないんだろ。その程度は知っ――」
「あーダメダメ。全っ然判ってない」

 ぶはぁと豪快にため息を吐き、やっぱり半眼で頭をポリポリ掻いている。明らかに呆れていた。
 その後ろで「呆れているナディも素敵だ」と言いつつ首元にチュッチュして頭突きを喰らい、何故か幸せそうにしている変態がいるが、この際それは無視する。

「迷宮を氾濫させたのよ! 凄いじゃない! アンタはこの世界で、それこそ魔王ですら出来なかった偉業を成し遂げたのよ! 力がないから戦えなくて弱い? ちょっと強いヒト種にも負ける? 誰がそんなこと言ったのバッカじゃないの!? 迷宮を氾濫させられるとか、あんなバカみたいに強い竜を三体も創り出せるアンタが弱いわけないでしょ最弱舐めんな!!」

 怒られているのか励まされいるのか微妙に悩むところだが、まぁ、これはこれでナディなりの励ましなのだろう。なにも考えていないで言いたいから言っているだけという予想も出来るが。

 ちなみに、ナディの一回目では本当何も出来なくて逃げてばかりいて、「無敗の男」と揶揄されていた。生きてれば生物として勝ちだから、そんなの全然気にしなかったけど。

「え……強かった、のか? オレが創った竜は」

 まさか褒められるとは思っていなかったのか、呆然と訊く。あれらの創造は、本当に苦労したから。そしてそれを……最終的に奪われて、やっぱりなんか腹が立つ。

「メッチャ強かったわよなんなのあれ。本気で死ぬかと思ったわ。あ、思い出したら腹立って来た。グーで殴って良い?」
「理不尽!」

 そんなことを言いつつ、掴んだ胸ぐらを離さずこぶしを強く握る。ちょっと【気力オーラ】込められているが気にしてはいけない。

「それはそうと――」

 その握り締めた手を離し、まるで頭突きでもするかのように顔を近付ける。満面の笑顔だった。

「なーんであそこにウチの大事なアーくんが居るのかな? キリキリ吐け」

 その笑顔が怖過ぎて、失禁しそうになる魔族の男――ヴァレンティーンだった。
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