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地平線を越えて
7 剣花の天使と結晶竜
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戦いに於いて、最も重要な事項はなんだろう。
多様な事態に対応する判断力?
積み上げられた歴史から学ぶ兵法?
千変万化する戦地で適応し指揮する戦術?
戦況を引っ繰り返す誰にも負けない武力?
絶対に負けないと己に言い聞かせる気迫?
最も好きなことはと問われた時に、自分が強いと思っているヤツに「No!」と言ってやることだ。と、だが断る。すること?
そうではなく。
まず大切なのは、足場だろう。
「あーもー動きづらいわね! なんなのこのフィールド!? 足の踏み場もないくらい尖った結晶が敷き詰められてんだけど!」
空中を高速飛行しながら結晶の破片を撃ちだし撒き散らし、地上フィールド全体をダメージゾーンに変える竜を恨めしそうに睨みながら、とりあえずナディは愚痴を溢した。だがそうしたところで何かが変わるわけでもなく、当たり前に状況は悪くなる一方で改善しない。
一度面倒になり、周囲の結晶を丸ごと吹き飛ばしたが、そういうわけで追加されるためなんの意味もなかった。一時の気休め程度にはなったが。
「本っ当に面倒臭いわね! なんなのよ一体! 大人しく降りて来て正々堂々と勝負しなさいよそれでも男なの!? ◯◯◯付いてないの情けないわね!!」
そんな、ヴァレリーが聞いたら燃えて萌えちゃって手が付けられなくなりそうな啖呵を切る。だがそれは上空を飛ぶ竜には当たり前に届く筈もなく、それにそれが戦術であるから文句を言うのは筋違いというもの。あとメスかも知れない。
「まったく! 他人の土俵で戦うのは踊らされてるみたいで腹立つけど、こうなったら仕方ないわね。あの頃の私だと思ったら大間違いよ!」
どの頃を言っているのかは不明だが、ナディは周囲の結晶をまとめて吹き飛ばし、続けて、
「【マナ・ブレード】【オーラ・ブレード】【フォース・ブレード】【ファントム・ブレード】展開。【ブレード・ウィング】」
その背に藍と真紅、黄金、そして蒼白の刃の翼が実体化する。
「【エビエイション】【コントロール・アトモスフィア】【イレイズ・レジスト】【イレイズ・オブ・オシレーション】【フラッシュ・ムーヴ】」
その刃の翼をはためかせ、そのまま飛翔する。ちなみに飛行魔法を発動中であるから、翼をはためかせる意味はないが、気分の問題でそうした方が良いのである。なんか格好良いし!
そうして飛翔したナディなのだが、その相手である竜はそれに気付かず、上空を旋回して結晶の破片をひたすらばら撒いていた。きっとそれがこの竜の必勝パターンなのだろう。確かに手が届かない場所から、飛び道具を命中させるのも困難な速度で飛び回っていれば、相手は成す術もない。
だが、今回は相手が悪かった。
魔法で飛ぶだけでなく、空気抵抗やそれにより発生する振動を打ち消し、より高速で飛行する。更に空気を制御して自身の周囲を快適空間へと変えるオマケ付きだ。
正しく「常識? ナニソレ美味しいの食べられるの美味しい?」を地で行くナディらしい。あと重要なことは二度言うのが基本である。
そうして飛翔し、我が物顔で飛び回る竜より更に高高度へ行き、
「【サンク・ソール】【マキシマイズ・マギエクステント】【マギ・サークル】【マルチプル】【ソーサリー・リバーブ】【インセンティリィ・ボム】」
多重詠唱を発動し、地上フィールド全体を覆い尽くすほどの極大平面魔法陣を展開する。そして魔法の多数化と詠唱残響によりその発動数を更に増やし、魔導焼夷弾をばら撒き始めた。やっていることが【神樹呪森】の森林火災事件と一緒であるが、そんな過去の些事など忘却の彼方なナディであった。
そんな当たれば弾けて燃え上がる凶悪な爆撃が降って来ることに気付かない竜は、相変わらず気持ちよく飛び回って結晶の破片を飛ばしまくっている。
そして――
「高温で燃えてガラスに成るがいいわ。小賢しいトカゲ野郎」
降り注ぐ爆撃が地上フィールド全体を火の海に変え、そして上空で気持ち良く飛び回っている竜にも同様に着弾して燃え上がる。
その予想外の出来事に、竜は絶叫した。ちょっと色っぽい女子の声で。
「……く、メスだったか……! 道理で男らしくないと思ったわ!」
その声を聞いた第一声がコレである。確実に何かが違うのだが、そんなちっちゃいことはやっぱり気にしないナディであった。あと正々堂々とかいう概念に、男女の差はあんまり関係ない。
全身を包み燃え上がる炎に苦痛の絶叫を上げる、ナディにとって低評価な竜の真上に移動し、
「【トロワ・ソール】【クリエイト・メタルウォール】【マキシマイズ・ブーステッド・フィジカル】【ヘヴィ・グラヴィティ】堕っちろーーーー!」
金属の分厚い板を生成し、自身に最大級の身体強化を付与する。そして高重力を発生させ、竜目掛けて降下した。
それは、全身を炎に包まれて混乱し、なす術もなくワタワタしている竜に直撃し、それでは止まらずそのまま地上フィールドに叩き付けられた。その瞬間、竜の全身を包んでいる結晶が残らず割れた。
そしてその結晶の中身は、ヒョロ長い蛇に手足が生え、羽根が生えているような姿だった。
『な……バカな……! なんだ、なんだなんなんだ貴様は!? とんでもないことをしやがる!』
「うーわ。ちょっとエロいおねぃさんの声色なのに台詞がやっぱり小物臭い」
『五月蝿ぇ! あとなんで飛べるんだよおかしいだろうが! 飛行魔術なんてモノは存在しないだろうがなんで飛べるんだよおかしいだろうが!』
「『おかしい』のは重要なの? なんか繰り返してるけど。ほら、大事なことは繰り返すっていうでしょ。『ヤサイマシマシカラメマシアブラマシニンニクナシ』とか」
そして謎の呪文を唱えるナディ。もちろん竜の理解は得られない。それにそれは「おかしい」ではなく「おいしい」呪文だ。関係ないが、冒険者ギルドの食堂で汁物を注文した時にそれを言ってみたが、やはり理解は得られなく、ちょっと寂しかった想い出を回顧するナディである。
それはともかく。そうして地面に堕ちた竜を容赦なく【凍花】と【灼花】で斬り刻み始めるナディ。情けなど一切なく、なんならコイツのやりたいことなど全部潰して封殺する勢いだ。
だがそれでも、相手は曲がりなりにも竜である。多少は斬られるものの、その硬い鱗はそう簡単には斬り裂けない。
「あーもー硬いわね! でも斬れないわけじゃないわ!」
ならばどうするか。さらに強大な膂力で断つか、全てを斬り裂く道具か能力を使うかだが、現状ナディにはそのどちらも無い。
「【ブレード・ウィング】セパレート!」
【凍花】を持つ左腕に【理力】の黄金と【霊力】の蒼白の刃が、【灼花】を持つ右腕に【魔力】の藍と【気力】の真紅の刃が宿る。
「【百花繚乱】」
だから、手数を増やした。
【ブレード・ウィング】はそれぞれ異なる【力】の刃で構成されている。その数は、一つにつき十二。つまり、現在ナディは四十八もの刃を振るっているのである。
そしてこれが、この姿が、前世で【千剣姫】と敬称され畏怖された、魔王をも圧倒したアデライドの神業。
もっとも、前世では本当に千振りの剣を展開していたが。
ナディが振るう小太刀に合わせるように、翼の刃が飛び竜を斬り刻む。最初はその硬い鱗で弾いていたが、繰り返される斬撃により徐々に削れ硬度が崩れ、やがて鱗が割れて肉を裂いて行く。
その圧倒的な手数の暴力に、竜は苦痛の絶叫を上げて空へ逃れようと翼を広げた。
「――逃すわけ、ないでしょ!」
その広げた飛膜に翼の刃が突き刺さり、そして斬り裂いた。此処で逃したら討伐が難しくなるし、なにより面倒臭くなる。
飛膜が裂かれてその推力を失っているが、それでも竜は諦めずに翼を動かす。その哀れにも見える行動に、ナディは眉ひとつ動かさない。
やがて竜は全身から血を噴き出し、力なくその場に身を沈めた。
「【フェザー・エッジ】」
そうして、終わりを確信したナディはその手を止め、展開している【ブレード・ウィング】を竜の真上へと移動させる。
「【飛花落葉】」
そして、それぞれ刃であったそれが散って無数の羽毛となり、まるで雪のように竜に降り注いでその姿を覆い始めた。
その幻想的な光景は、見るもの全てを見惚れさせるだろう――
『ギャ、ギャギャギャギャギャーーーーーー! なんだコレはーーーー!? なんだこの柔らかく斬り刻むこの羽はーーーーーーーー!!』
――その羽毛ひとつひとつが剃刀のように鋭い刃物でなければ。
「五月っ蝿いわねメストカゲのクセに。細かく刻んで送ってやろうという親心が判らないの?」
そんな意味不明なことを言うナディ。無論冗談であるが、状況的にも現実的にもそれに即しているとは言い難い。まぁ、言ってみたかっただけであろうが。
『そんな……ワタシが、【結晶竜】のこのワタシがこんなところで……!』
「あ。あんたそんな名前だったの?【羽虫蛇】かと思ってたわ」
そんな悲嘆に暮れる竜―― 【結晶竜】にそんなことを言い、物理的以前に言葉で止めを刺すナディである。
そうしてその存在が薄くなり、完全に消滅するであろうその直前、それは起こった。
存在が希薄になった【結晶竜】の真下に魔術陣が現れ、そして其処から巨大な黄土色の魔結晶が現れた。
それは希薄となり露わとなった群青の魔結晶と重なり、そして融合する。
「【アトミック・ガイザー】」
その光景を目前に本能が警鐘を鳴らし、直感的にナディは、単発で最大火力を発する魔法を撃ち出した。それが魔結晶の直下から噴き上がり、だが謎の障壁によって弾かれる。
「ち。魔力の障壁か。物質的なモンだと思って原子をぶち壊そうとしたけど、ダメだったかー。そういえば昔から、取捨選択で当たりを引いたことはなかったからなー」
この期に及んで自身のクジ運の悪さを思い出すナディであった。
そして、その謎の障壁が消えたとき、瀕死の傷を負い消滅するばかりであった竜が復活していた。
しかも、その姿を変えて。
『あははははははは! 随分とだらしないなぁ【結晶】の。こんな小娘にやられそうだったのか?』
その姿を変えた竜は、幼女の声色でそう罵り、両前足が盾のように分厚くなり、その先に生えている棘を打ち鳴らす。
その部分は全くの別物だが、その顔面は以前と同じく、そして再び結晶に覆われていた。
『黙れ【剣刃】の! そういうお前だって此処に居るということは殺られたんだろうが! じゃなければ送られる筈がない!』
『う……うううウルサイ黙れ! こっちはお前と違ってバケモノだったんだ! 生きながら解体されたんだぞ! 思い出すだけでも身の毛もよだつわ!』
あー、ヴァルだなー。一匹で会話をしている竜のそれを聞いて、どうせ竜をまるっと一匹解体してプレゼントすれば、アレさせて貰えるとか思ったんだろうなーとか考えるナディであった。
いくらアレなヴァレリーでも、そこまで虫の良いことは……ちょっとしか考えていない。
そんな竜の一人語り? 一匹語り? とにかくそれを聞き流しながら、再び【ブレード・ウィング】を展開させる。
「もー。なんで今の私ったらこんなに弱いんだろうなぁ。こんなヤツなんて秒で片付けられてたのに」
独白し、【凍花】と【灼花】を交差させる。
「ま、二回目とか四回目の時のことを考えても仕方ないか。今、私に出来ることをしよう」
まだごちゃごちゃ内輪揉め? をしている竜を他所に、もう一度自己強化魔法をフルセットで掛け直す。そして更に、思いつく限りの遅延発動魔法と条件発動魔法をも重ね掛けする。
そして――
「【フィクスト・ノヴァ】×五」
高火力で超高温に達する恒星爆破魔法を、効果を最大級に上昇させて放つ。だがそれは決して高速ではない。よって気付いた竜の前足の盾によって防がれた。
のだが――
『あはははははは! 物理と魔術の双方に防御特化している【剣刃】にそんな爆破魔術など効かん! それに斥力をも発しているから貴様の全ては効かんのだうあっちゃあ!?』
「効いたみたいね」
たとえ物理防御に特化していようとも、魔術防御に特化していようとも、そして斥力を発していようとも、それら全てを貫通させる魔法式を付与しているナディには関係ない。
ちなみにヴァレリーはそれを使えない。使う必要がないから。
『おのれ小娘の分際でーーーー!』
幼女の声で絶叫し、棘を振るいながら突進する。
『気を付けろ【剣刃】の! この小娘、想像以上にやる!』
「小娘小娘っていちいち五月蝿いのよ! 性別不明な竜崩れが!【ドゥ・ソール】【クリエイト・メタル】【メタル・ガイザー】!」
突っ込んで来る竜に対し、金属を生成してそれを勢い良く噴射させる。真下からそれを受けた竜は、ちょうど棘を真上に弾かれた形となり、ついでに勢いのままその腹を晒した。
そして、そのガラ空きとなった腹に――
「【リリース】【ピアッシング・ウィンド】【ピアッシング・フレイム】【ピアッシング・ヘイル】【ピアッシング・ロック】【ヘリックス・バーストシェル】――」
遅延発動魔法を発動させて、用意していた貫通用魔法をありったけ撃ち出し、
「【アクティベート】【フィクスト・ノヴァ】【アトミック・ガイザー】【フレイム・ヴォルケーノ】【バーン・デストラクション】」
それにより割れた鱗目掛けて、条件発動魔法を活性化させてぶつけた。
そうして再び炎に包まれた竜に、
「【ドゥ・ソール】【クリエイト・メタルクラスタ】【ヘヴィ・グラヴィティ】もっかい砕けろ!」
大質量の鉄塊を生成し、それに超重力を掛けて真上から落とす。その凄まじい衝撃に、再び結晶を纏った箇所はおろか新たに纏った強固な鱗すらも砕け散った。
「あーしんど。本当に、ないわー」
大きく息を吐き、鉄塊の下でウゴウゴ悶えている竜に、今度こそ止めを刺すべく【ブレード・ウィング】を展開する。
そして発動する【千剣姫】の業。
どれほど強固であろうとも、どれほど生命力があろうとも、常軌を逸している圧倒的な手数の前に、それは無力だ。それこそ、前魔王のように不死身で不滅でない限り。
『嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だウソウソウソウソウソウソだだだ! なんでどうして! こんな小娘にまたしても!』
『バカな、バカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカバカバカバカバカバカななな! 何故我が、またしても何故我がぁ!』
「うっさ」
ギャンギャン喚く竜を斬り刻み、そして再び【フェザー・エッジ】を展開させて羽毛を降らせる。それは竜に纏わりつき、突然燃え上がった。
何事が起きたのか理解出来ず、だが発生した熱量に、堪らずナディは後退する。そしてその熱の原因は、すぐに判った。竜の真下に、またしても魔術陣が出現しており、其処から今度は橙色の巨大な魔結晶が出現していた。
『忌々しい、ああ忌々しい! あのクソガキがもう一度戻って燃やし尽くしてくれ――ぬおお!? お主ら何故に消え掛かっておる!』
『【溶岩】の~~』
『こやつ無茶苦茶するのだ~~。正々堂々と戦わず我が剣刃から逃げるばかりか卑怯な手段を使って我らをハメるのだ~』
そんな好き勝手言ってる竜どもに呆れ、だが反論するのもバカバカしくなったナディは、
「【リバイヴ】【バイタリティ・アクティベーション】【バイタリティ・メインテイン】【デュレーション・ホウルリカヴァリー】【セーフ・コンディション】」
この隙に回復と体力の賦活をした。まぁ回復はともかく、体力の賦活はファイトで一発とか翼を授けるの超強化版でしかないため、効果が切れたらぶっ倒れる前提だが。
『おお、おお、おおお、可哀想に。さぞや無念であったろう』
『【溶岩】の~。ワタシは悔しいぞ! 二度もこの小娘にぃ!』
『我も悔しい! なにが魔王だ! 我が主の足元にも及ばないクセに!』
『我が汝らの仇を取ろう! 行くぞお主ら!』
なんか芝居掛かってそんなことを言い合い、そして案の定、その魔石が融合する。
「【ヌフ・ソール】【マキシマイズ・ソーサリー・イクステンシヴ】【マキシマイズ・マギエクステント】【マナ・ディスパージ】【フロスト・リージョン】【ディメンション・サークル】【フロスト・ノヴァ】【アブソリュート・ゼロ】【デストラクション・サークル】【フロスト・デストラクション】」
だがやっぱりそれを黙って見ているナディではない。効果を範囲を極大化させ、魔力による障壁を霧散させた上で、ありったけの極大冷却魔法を叩き込む。前回――【剣刃】の時はちょっと失敗したが、同じ轍を踏むナディではない。
果たして。それは狙い通り正しく効果があり、だが相手が溶岩そのものであるため期待した効果は得られなかった。
「本っ当に面倒臭いわね!」
大きく息を吐き、【ブレード・ウィング】を発動させる。これは一つを除いて魔力を消費しないため、実は地味に燃費が良かった。もっともそうなるためには、人生を何度か繰り返す必要があると言われているが。
そしてこの時点で、ナディの魔力は総量の三割を切っていた。
多様な事態に対応する判断力?
積み上げられた歴史から学ぶ兵法?
千変万化する戦地で適応し指揮する戦術?
戦況を引っ繰り返す誰にも負けない武力?
絶対に負けないと己に言い聞かせる気迫?
最も好きなことはと問われた時に、自分が強いと思っているヤツに「No!」と言ってやることだ。と、だが断る。すること?
そうではなく。
まず大切なのは、足場だろう。
「あーもー動きづらいわね! なんなのこのフィールド!? 足の踏み場もないくらい尖った結晶が敷き詰められてんだけど!」
空中を高速飛行しながら結晶の破片を撃ちだし撒き散らし、地上フィールド全体をダメージゾーンに変える竜を恨めしそうに睨みながら、とりあえずナディは愚痴を溢した。だがそうしたところで何かが変わるわけでもなく、当たり前に状況は悪くなる一方で改善しない。
一度面倒になり、周囲の結晶を丸ごと吹き飛ばしたが、そういうわけで追加されるためなんの意味もなかった。一時の気休め程度にはなったが。
「本っ当に面倒臭いわね! なんなのよ一体! 大人しく降りて来て正々堂々と勝負しなさいよそれでも男なの!? ◯◯◯付いてないの情けないわね!!」
そんな、ヴァレリーが聞いたら燃えて萌えちゃって手が付けられなくなりそうな啖呵を切る。だがそれは上空を飛ぶ竜には当たり前に届く筈もなく、それにそれが戦術であるから文句を言うのは筋違いというもの。あとメスかも知れない。
「まったく! 他人の土俵で戦うのは踊らされてるみたいで腹立つけど、こうなったら仕方ないわね。あの頃の私だと思ったら大間違いよ!」
どの頃を言っているのかは不明だが、ナディは周囲の結晶をまとめて吹き飛ばし、続けて、
「【マナ・ブレード】【オーラ・ブレード】【フォース・ブレード】【ファントム・ブレード】展開。【ブレード・ウィング】」
その背に藍と真紅、黄金、そして蒼白の刃の翼が実体化する。
「【エビエイション】【コントロール・アトモスフィア】【イレイズ・レジスト】【イレイズ・オブ・オシレーション】【フラッシュ・ムーヴ】」
その刃の翼をはためかせ、そのまま飛翔する。ちなみに飛行魔法を発動中であるから、翼をはためかせる意味はないが、気分の問題でそうした方が良いのである。なんか格好良いし!
そうして飛翔したナディなのだが、その相手である竜はそれに気付かず、上空を旋回して結晶の破片をひたすらばら撒いていた。きっとそれがこの竜の必勝パターンなのだろう。確かに手が届かない場所から、飛び道具を命中させるのも困難な速度で飛び回っていれば、相手は成す術もない。
だが、今回は相手が悪かった。
魔法で飛ぶだけでなく、空気抵抗やそれにより発生する振動を打ち消し、より高速で飛行する。更に空気を制御して自身の周囲を快適空間へと変えるオマケ付きだ。
正しく「常識? ナニソレ美味しいの食べられるの美味しい?」を地で行くナディらしい。あと重要なことは二度言うのが基本である。
そうして飛翔し、我が物顔で飛び回る竜より更に高高度へ行き、
「【サンク・ソール】【マキシマイズ・マギエクステント】【マギ・サークル】【マルチプル】【ソーサリー・リバーブ】【インセンティリィ・ボム】」
多重詠唱を発動し、地上フィールド全体を覆い尽くすほどの極大平面魔法陣を展開する。そして魔法の多数化と詠唱残響によりその発動数を更に増やし、魔導焼夷弾をばら撒き始めた。やっていることが【神樹呪森】の森林火災事件と一緒であるが、そんな過去の些事など忘却の彼方なナディであった。
そんな当たれば弾けて燃え上がる凶悪な爆撃が降って来ることに気付かない竜は、相変わらず気持ちよく飛び回って結晶の破片を飛ばしまくっている。
そして――
「高温で燃えてガラスに成るがいいわ。小賢しいトカゲ野郎」
降り注ぐ爆撃が地上フィールド全体を火の海に変え、そして上空で気持ち良く飛び回っている竜にも同様に着弾して燃え上がる。
その予想外の出来事に、竜は絶叫した。ちょっと色っぽい女子の声で。
「……く、メスだったか……! 道理で男らしくないと思ったわ!」
その声を聞いた第一声がコレである。確実に何かが違うのだが、そんなちっちゃいことはやっぱり気にしないナディであった。あと正々堂々とかいう概念に、男女の差はあんまり関係ない。
全身を包み燃え上がる炎に苦痛の絶叫を上げる、ナディにとって低評価な竜の真上に移動し、
「【トロワ・ソール】【クリエイト・メタルウォール】【マキシマイズ・ブーステッド・フィジカル】【ヘヴィ・グラヴィティ】堕っちろーーーー!」
金属の分厚い板を生成し、自身に最大級の身体強化を付与する。そして高重力を発生させ、竜目掛けて降下した。
それは、全身を炎に包まれて混乱し、なす術もなくワタワタしている竜に直撃し、それでは止まらずそのまま地上フィールドに叩き付けられた。その瞬間、竜の全身を包んでいる結晶が残らず割れた。
そしてその結晶の中身は、ヒョロ長い蛇に手足が生え、羽根が生えているような姿だった。
『な……バカな……! なんだ、なんだなんなんだ貴様は!? とんでもないことをしやがる!』
「うーわ。ちょっとエロいおねぃさんの声色なのに台詞がやっぱり小物臭い」
『五月蝿ぇ! あとなんで飛べるんだよおかしいだろうが! 飛行魔術なんてモノは存在しないだろうがなんで飛べるんだよおかしいだろうが!』
「『おかしい』のは重要なの? なんか繰り返してるけど。ほら、大事なことは繰り返すっていうでしょ。『ヤサイマシマシカラメマシアブラマシニンニクナシ』とか」
そして謎の呪文を唱えるナディ。もちろん竜の理解は得られない。それにそれは「おかしい」ではなく「おいしい」呪文だ。関係ないが、冒険者ギルドの食堂で汁物を注文した時にそれを言ってみたが、やはり理解は得られなく、ちょっと寂しかった想い出を回顧するナディである。
それはともかく。そうして地面に堕ちた竜を容赦なく【凍花】と【灼花】で斬り刻み始めるナディ。情けなど一切なく、なんならコイツのやりたいことなど全部潰して封殺する勢いだ。
だがそれでも、相手は曲がりなりにも竜である。多少は斬られるものの、その硬い鱗はそう簡単には斬り裂けない。
「あーもー硬いわね! でも斬れないわけじゃないわ!」
ならばどうするか。さらに強大な膂力で断つか、全てを斬り裂く道具か能力を使うかだが、現状ナディにはそのどちらも無い。
「【ブレード・ウィング】セパレート!」
【凍花】を持つ左腕に【理力】の黄金と【霊力】の蒼白の刃が、【灼花】を持つ右腕に【魔力】の藍と【気力】の真紅の刃が宿る。
「【百花繚乱】」
だから、手数を増やした。
【ブレード・ウィング】はそれぞれ異なる【力】の刃で構成されている。その数は、一つにつき十二。つまり、現在ナディは四十八もの刃を振るっているのである。
そしてこれが、この姿が、前世で【千剣姫】と敬称され畏怖された、魔王をも圧倒したアデライドの神業。
もっとも、前世では本当に千振りの剣を展開していたが。
ナディが振るう小太刀に合わせるように、翼の刃が飛び竜を斬り刻む。最初はその硬い鱗で弾いていたが、繰り返される斬撃により徐々に削れ硬度が崩れ、やがて鱗が割れて肉を裂いて行く。
その圧倒的な手数の暴力に、竜は苦痛の絶叫を上げて空へ逃れようと翼を広げた。
「――逃すわけ、ないでしょ!」
その広げた飛膜に翼の刃が突き刺さり、そして斬り裂いた。此処で逃したら討伐が難しくなるし、なにより面倒臭くなる。
飛膜が裂かれてその推力を失っているが、それでも竜は諦めずに翼を動かす。その哀れにも見える行動に、ナディは眉ひとつ動かさない。
やがて竜は全身から血を噴き出し、力なくその場に身を沈めた。
「【フェザー・エッジ】」
そうして、終わりを確信したナディはその手を止め、展開している【ブレード・ウィング】を竜の真上へと移動させる。
「【飛花落葉】」
そして、それぞれ刃であったそれが散って無数の羽毛となり、まるで雪のように竜に降り注いでその姿を覆い始めた。
その幻想的な光景は、見るもの全てを見惚れさせるだろう――
『ギャ、ギャギャギャギャギャーーーーーー! なんだコレはーーーー!? なんだこの柔らかく斬り刻むこの羽はーーーーーーーー!!』
――その羽毛ひとつひとつが剃刀のように鋭い刃物でなければ。
「五月っ蝿いわねメストカゲのクセに。細かく刻んで送ってやろうという親心が判らないの?」
そんな意味不明なことを言うナディ。無論冗談であるが、状況的にも現実的にもそれに即しているとは言い難い。まぁ、言ってみたかっただけであろうが。
『そんな……ワタシが、【結晶竜】のこのワタシがこんなところで……!』
「あ。あんたそんな名前だったの?【羽虫蛇】かと思ってたわ」
そんな悲嘆に暮れる竜―― 【結晶竜】にそんなことを言い、物理的以前に言葉で止めを刺すナディである。
そうしてその存在が薄くなり、完全に消滅するであろうその直前、それは起こった。
存在が希薄になった【結晶竜】の真下に魔術陣が現れ、そして其処から巨大な黄土色の魔結晶が現れた。
それは希薄となり露わとなった群青の魔結晶と重なり、そして融合する。
「【アトミック・ガイザー】」
その光景を目前に本能が警鐘を鳴らし、直感的にナディは、単発で最大火力を発する魔法を撃ち出した。それが魔結晶の直下から噴き上がり、だが謎の障壁によって弾かれる。
「ち。魔力の障壁か。物質的なモンだと思って原子をぶち壊そうとしたけど、ダメだったかー。そういえば昔から、取捨選択で当たりを引いたことはなかったからなー」
この期に及んで自身のクジ運の悪さを思い出すナディであった。
そして、その謎の障壁が消えたとき、瀕死の傷を負い消滅するばかりであった竜が復活していた。
しかも、その姿を変えて。
『あははははははは! 随分とだらしないなぁ【結晶】の。こんな小娘にやられそうだったのか?』
その姿を変えた竜は、幼女の声色でそう罵り、両前足が盾のように分厚くなり、その先に生えている棘を打ち鳴らす。
その部分は全くの別物だが、その顔面は以前と同じく、そして再び結晶に覆われていた。
『黙れ【剣刃】の! そういうお前だって此処に居るということは殺られたんだろうが! じゃなければ送られる筈がない!』
『う……うううウルサイ黙れ! こっちはお前と違ってバケモノだったんだ! 生きながら解体されたんだぞ! 思い出すだけでも身の毛もよだつわ!』
あー、ヴァルだなー。一匹で会話をしている竜のそれを聞いて、どうせ竜をまるっと一匹解体してプレゼントすれば、アレさせて貰えるとか思ったんだろうなーとか考えるナディであった。
いくらアレなヴァレリーでも、そこまで虫の良いことは……ちょっとしか考えていない。
そんな竜の一人語り? 一匹語り? とにかくそれを聞き流しながら、再び【ブレード・ウィング】を展開させる。
「もー。なんで今の私ったらこんなに弱いんだろうなぁ。こんなヤツなんて秒で片付けられてたのに」
独白し、【凍花】と【灼花】を交差させる。
「ま、二回目とか四回目の時のことを考えても仕方ないか。今、私に出来ることをしよう」
まだごちゃごちゃ内輪揉め? をしている竜を他所に、もう一度自己強化魔法をフルセットで掛け直す。そして更に、思いつく限りの遅延発動魔法と条件発動魔法をも重ね掛けする。
そして――
「【フィクスト・ノヴァ】×五」
高火力で超高温に達する恒星爆破魔法を、効果を最大級に上昇させて放つ。だがそれは決して高速ではない。よって気付いた竜の前足の盾によって防がれた。
のだが――
『あはははははは! 物理と魔術の双方に防御特化している【剣刃】にそんな爆破魔術など効かん! それに斥力をも発しているから貴様の全ては効かんのだうあっちゃあ!?』
「効いたみたいね」
たとえ物理防御に特化していようとも、魔術防御に特化していようとも、そして斥力を発していようとも、それら全てを貫通させる魔法式を付与しているナディには関係ない。
ちなみにヴァレリーはそれを使えない。使う必要がないから。
『おのれ小娘の分際でーーーー!』
幼女の声で絶叫し、棘を振るいながら突進する。
『気を付けろ【剣刃】の! この小娘、想像以上にやる!』
「小娘小娘っていちいち五月蝿いのよ! 性別不明な竜崩れが!【ドゥ・ソール】【クリエイト・メタル】【メタル・ガイザー】!」
突っ込んで来る竜に対し、金属を生成してそれを勢い良く噴射させる。真下からそれを受けた竜は、ちょうど棘を真上に弾かれた形となり、ついでに勢いのままその腹を晒した。
そして、そのガラ空きとなった腹に――
「【リリース】【ピアッシング・ウィンド】【ピアッシング・フレイム】【ピアッシング・ヘイル】【ピアッシング・ロック】【ヘリックス・バーストシェル】――」
遅延発動魔法を発動させて、用意していた貫通用魔法をありったけ撃ち出し、
「【アクティベート】【フィクスト・ノヴァ】【アトミック・ガイザー】【フレイム・ヴォルケーノ】【バーン・デストラクション】」
それにより割れた鱗目掛けて、条件発動魔法を活性化させてぶつけた。
そうして再び炎に包まれた竜に、
「【ドゥ・ソール】【クリエイト・メタルクラスタ】【ヘヴィ・グラヴィティ】もっかい砕けろ!」
大質量の鉄塊を生成し、それに超重力を掛けて真上から落とす。その凄まじい衝撃に、再び結晶を纏った箇所はおろか新たに纏った強固な鱗すらも砕け散った。
「あーしんど。本当に、ないわー」
大きく息を吐き、鉄塊の下でウゴウゴ悶えている竜に、今度こそ止めを刺すべく【ブレード・ウィング】を展開する。
そして発動する【千剣姫】の業。
どれほど強固であろうとも、どれほど生命力があろうとも、常軌を逸している圧倒的な手数の前に、それは無力だ。それこそ、前魔王のように不死身で不滅でない限り。
『嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だウソウソウソウソウソウソだだだ! なんでどうして! こんな小娘にまたしても!』
『バカな、バカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカバカバカバカバカバカななな! 何故我が、またしても何故我がぁ!』
「うっさ」
ギャンギャン喚く竜を斬り刻み、そして再び【フェザー・エッジ】を展開させて羽毛を降らせる。それは竜に纏わりつき、突然燃え上がった。
何事が起きたのか理解出来ず、だが発生した熱量に、堪らずナディは後退する。そしてその熱の原因は、すぐに判った。竜の真下に、またしても魔術陣が出現しており、其処から今度は橙色の巨大な魔結晶が出現していた。
『忌々しい、ああ忌々しい! あのクソガキがもう一度戻って燃やし尽くしてくれ――ぬおお!? お主ら何故に消え掛かっておる!』
『【溶岩】の~~』
『こやつ無茶苦茶するのだ~~。正々堂々と戦わず我が剣刃から逃げるばかりか卑怯な手段を使って我らをハメるのだ~』
そんな好き勝手言ってる竜どもに呆れ、だが反論するのもバカバカしくなったナディは、
「【リバイヴ】【バイタリティ・アクティベーション】【バイタリティ・メインテイン】【デュレーション・ホウルリカヴァリー】【セーフ・コンディション】」
この隙に回復と体力の賦活をした。まぁ回復はともかく、体力の賦活はファイトで一発とか翼を授けるの超強化版でしかないため、効果が切れたらぶっ倒れる前提だが。
『おお、おお、おおお、可哀想に。さぞや無念であったろう』
『【溶岩】の~。ワタシは悔しいぞ! 二度もこの小娘にぃ!』
『我も悔しい! なにが魔王だ! 我が主の足元にも及ばないクセに!』
『我が汝らの仇を取ろう! 行くぞお主ら!』
なんか芝居掛かってそんなことを言い合い、そして案の定、その魔石が融合する。
「【ヌフ・ソール】【マキシマイズ・ソーサリー・イクステンシヴ】【マキシマイズ・マギエクステント】【マナ・ディスパージ】【フロスト・リージョン】【ディメンション・サークル】【フロスト・ノヴァ】【アブソリュート・ゼロ】【デストラクション・サークル】【フロスト・デストラクション】」
だがやっぱりそれを黙って見ているナディではない。効果を範囲を極大化させ、魔力による障壁を霧散させた上で、ありったけの極大冷却魔法を叩き込む。前回――【剣刃】の時はちょっと失敗したが、同じ轍を踏むナディではない。
果たして。それは狙い通り正しく効果があり、だが相手が溶岩そのものであるため期待した効果は得られなかった。
「本っ当に面倒臭いわね!」
大きく息を吐き、【ブレード・ウィング】を発動させる。これは一つを除いて魔力を消費しないため、実は地味に燃費が良かった。もっともそうなるためには、人生を何度か繰り返す必要があると言われているが。
そしてこの時点で、ナディの魔力は総量の三割を切っていた。
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