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地平線を越えて

3 卓上の山攻略開始①

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 そんな結論が出て行き詰まってしまった探索を打ち切り、三人は一つの真理に達していた。

 この卓上のような山――テーブルマウンテンを通常の方法で降りるのは不可能。なにしろ断崖を降りるにしても、推定標高4000メートル超を無事に降りられるわけがない。ロープはおろかハーケンやピックもないのだ。それに、ワケの判らない体力が無駄に有り余りまくっているヴァレリーはともかく、ナディやレオノールにそれを望むのはいささか酷というもの。

 よって三人は、この山から降りるのを諦めたのである。

 

「さて……手詰まりだけど、どうしようかな」

 トン単位である、刺身でもいける新鮮な鯨肉を贅沢に厚切りステーキにしてテーブルに並べ、伸びた髪をローポニーテールにまとめたエプロン姿のナディは「今日のお出掛け何処へ行く?」みたいなかるーいノリで話し始める。
 そんなナディの姿を、ものすんごくグスグス泣きながらヴァレリーがガン見していた。ちなみに今日の格好は、袖なしタンクトップにホットパンツ、そして前述のとおりエプロンを着けている。

「ナディが、ナディが、有り得ないほど綺麗で可愛くて素敵でツライ」

 滂沱の涙や鼻水をダラダラ垂らしているが気にしない。そんな魔王に盛大に引くレオノールだった。

「……なんでバカみたいに泣いてんのよアンタ」

 ひととおり食事の準備を終えて、意味不明に号泣しているのに拭いもせずに垂れ流しているヴァレリーのそれをハンカチで拭きながら、アホだなーとでも言いたげなをするナディ。既におかーさんである。

「ナディが綺麗で可愛くて素敵で無敵で――」
「あーハイハイ。そんなことで泣くんじゃないわよみっともな――」
「あとその格好だと角度によって裸エプロンに見えるから新鮮で感動してて痛い痛い痛いよナディ鼻取れちゃうよ」
「隙あらば欲情して視姦するんじゃないわよこの変態が!」

 やはり通常なヴァレリーだった。

「視姦なんかしていないよ。そんなのしたってなんにもならないじゃないか。するなら直接お願いするよ」
「くぅ! やっぱりヴァルの変態加減は並みじゃない。それに鍛錬で更に体力が付いちゃったからかまた変態行為が酷くなって来たわね」
「変態行為じゃないよ。これは愛だ。あ、あともっと変態って言って欲しい。出来ればこの前寝室でしてくれたみたいに上目遣いで恥じらいながら」

 ヴァレリーが言うところの「この前」とは、鍛錬で疲れてしまったナディがうっかり浴槽で眠りこけてのぼせてしまい、が発生して助け出されたときのことである。意識を取り戻したのは、全裸の自分をやはり全裸のヴァレリーが姫だっこでベッドに横たえる瞬間だったものだから、思わずそのようになっちゃっただけだ。深い意味はない。ないったらない。
 あとその後数日間は、ヴァレリーの部屋の謎の匂いがちょっと濃くなった気がするが、それは本人の名誉のために気付かないフリをしてあげるのを推奨するべきであろう。

「はぁ……それはいいから。今は今後の方針を決めないといけないでしょ。まぁ焦っても仕方ないことだし、食事しながら相談しましょう」
「それが建設的。飯は熱いウチに喰えと過去の偉人も言っている」
「そうだった。ナディの料理が冷めちゃったら世界の損失だ。レオに習って熱いウチに食べよう」

 この場に某ガチムチなギルマスがいたら秀逸なツッコミをくれるのだが、残念ながら居ないどころか現在ツッコミ不在である。実に残念だ。もっとも三人はそんなことなど気にしちゃいないが。

 そうして食事をしつつ今後の方針を相談し始めるのだが――

「うわ、この鯨肉メッチャ旨! 中がレアだけどなんか甘味もあって塩だけでスイスイいけるわ」
「程良い食感と柔らかさ。だけど肉を食べているという満足感も味わえる秀逸な逸品。これは帰ったら【クリスタ・マイン】に通って三六層周回で【フロート・ブルーホウェール】を大量に叩く必要がある。そしてそれを見事に調理する。さすおね」
「ああ、美味しい、美味しいよナディ。キミが作る料理は全て美味しいのは世界の共通常識だけど、コレはその中でも更に美味しい! ああナディ、僕の愛しい。常に新たな驚きと幸せを届けてくれて常識なんか簡単に引っ繰り返す最高の! 結婚してくれ、そして三人で幸せになろう!」
うるさい黙って喰えこの宿やどろく

 自分で調理した鯨肉に感動し、そしてそれを絶賛するレオノールに満足する。そしてヴァレリーの大絶賛というか引くほどの絶賛に、溜息を吐いてそう切捨てた。だがちょっと態度が軟化して「宿六」呼ばわりで済ませているのを鑑みるに、満更でもないらしい。

「さて。鯨を保護すると騒ぐ団体からクレームという呼称の拉致問題が出る前に相談に移るわよ【クリンネス】」

 食後にそんな意味不明だが何故か危機感を煽ることを言いながら、食器を片付けるナディ。一気に魔法で洗浄して収納した。
 それを尻目に、レオノールがカップとソーサー、ティーポットを取り出して茶葉を入れる。それにヴァレリーが、

「【クリエイト・ウォーター】【フレイム・メインテイン】」

 生活系魔法で水を出し、延焼しない炎で煮沸させる。このときしっかり圧をかけて九五度以上にするのがコツだ。それ以下だとカフェインが強く出てエグ味のある味になる。

 あとサバイバル生活のわりにはフツーに塩とか茶葉とか使っているのに違和感があると思われるだろうが、塩は生成形の魔法で創れるし、茶葉は例の朝食ビュッフェから少しずつかっぱら――快くお裾分けさせて頂いたものがあるから問題ない。まだまだ在庫がいっぱいあるし。

 食後の紅茶で一息つく三人。穏やかな陽気が窓から差し込み、過ごし易いであろう気候に皆も穏やかな表情になる。

「やっぱり――」

 そうした穏やかで争いのない時間の流れに身を任せ、これが永遠に続けば良いとさえ思えるようになる幸せを満喫する。
 そうした優しい時間はヒトには必要だし、心のゆとりにもなるのだ。それはより人生を豊かにして、当然得るべき「幸せ」を心から体感出来ることだろう。

 そんなある種の詩的な思いを馳せながら、ナディは優しく穏やかな微笑みを浮かべる表情のまま――

「この山をブチ崩すのが一番だと思うのよね」

 物騒な提案をブチ込んで来た。

「僕もそれが一番だと思う。まず端からブチ崩して徐々に内側に移動して階段状にすれば、今後此処に来たい探検家や冒険者の労力が少なくて済む」
「その提案はレオも賛成。それにせいりんそうは此処の固有種である可能性が高い。根絶やしにならないように採取すれば世界のためにもなる」
「すると問題は、どんな方法でブチ崩すか、よね」

 其処まで話し、再び黙る三人。発想が物騒過ぎる。ツッコミ要員不在の弊害なのだろうか。

「爆破は必須よね。だけどそれの副次効果で延焼しないように気を付けないと。あーでも此処は魔力が薄いから力技は難しいわね」
「ボクが崖をぶった斬るという手もあるけど、此処の岩盤っておかしいんだよね。なんか迷宮の壁をぶった斬っているみたいであんまり掘れないんだよ。ボクの【影】なら理論的に斬れないモノがないのに」

 ヴァレリーの【影】は二次元平面である。よってどのような刃物より鋭く、物理的に斬れないモノは無い。物理だけど魔力やそれ以外の色々がノっちゃっているナディの斬撃は全然物理的じゃないから斬れないが。

「へぇ、ヴァルが斬れないなんて。そんなに頑丈なの此処って……」

 そんなヴァレリーの発言に軽くそう返したが、ふとあることに気付き、口元に手を当てて思案した。

「ねぇヴァル。貴方の【影】でのよね」
「え? うんそうだよ。これは偶然なんだけど、魔物相手に色々試しているときに地面に【影】が当たったんだ。いつもなら面白いくらいに貫通するのに、そのときは殆ど通らなかったよ。それがどうしたの?」
「……ん~、まだ確証がないけど、ちょっとした可能性に思い当たったわ」

 小首を傾げるヴァレリーを一瞥し、次いでレオノールへ視線を向ける。テーブルに両肘を突いて組んだ手に額を乗せてなにやら思案していた。

「ねぇお姉ちゃん。レオたちは何処から此処に来た」

 そしてそう言い顔を上げ、ナディとヴァレリーを順に見る。その言葉でナディはその違和感に気付き、ヴァレリーはちょっとなにを言っているのか判らなくて首を傾げた。

「私たちは、【クリスタ・マイン】の四二階層への階層門を潜って此処に着いた」
「そう。魔物を倒してもそれが消滅しない現象に騙されていた。此処では倒しても消滅しないで魔物そのものが残る階層がある」
「三五階層の【ブラックメイリン】と【ピュアブルーフィン】。あとは三四階層のレアドロップ」
「その階層では魚体そのものがドロップ品」
「ああ、なるほど。ボクにもやっとなんとなく判って来たよ」

 情報を整理して意見を交換するナディとレオノールを呆然と見ていたヴァレリーが、なにかに思い当って手を打つ。その反応を、なんとなーく胡散臭げに見るナディである。突拍子もないことを言いそうだったから。

「つまり此処は、【クリスタ・マイン】の四二階層なんだね」
「え? うん、私はそう思ってた」
「レオの結論もそう。良く判っていなさそうだったけど結局真理に辿り着く。ごめんなさいお兄様。ちょっと侮ってた」

 そして素直に謝るレオノール。ヴァレリーはちょっと感動した。

「ああ気にしなくていいよ。元々頭脳労働は苦手だし、魔王ヴァレリアのときなんか魔王妃アデライドが代わりにしてくれたくらいだ」
「そうね。貴方に任せたらとんでもないことを仕出かしそうだったし」
「……ナディ。『貴方』ってもう一回言って」
「は? 貴方なに言ってるのよ。そんな場合? また意味が判らないわ」
「ナディ。ボクは今なら迷宮をもぶった斬る自信がある。なんなら今すぐこの山丸ごと蜂の巣に出来そうだ。これが愛の力か!」
「本気で意味が判らないんだけど」

 なんだか一人で盛り上がって燃えているヴァレリーを怪訝な表情で見詰めるナディ。それにより更に燃料を投下された魔王様である。そしてそんな二人を見て、やれやれとかぶりを振るレオノールだった。
 大好きなに「貴方」と言って貰えるだけでやる気が1000%くらいブチ上がるのだ。実にお手軽である。言ってあげた本人は全然判っていないようだが。

「お父様……じゃないお兄様ステイ。それは最終手段に取っておいて、今はこの階層の謎を解析する方が先」
「ん? ああそうか……それよりレオ、もう一度『お父様』と言って貰っていいかい」
「またなの。仕方ないな。お父様」
「よし! 今なら一瞬で国を滅ぼせる!」
「いや物騒だから本気でヤメテ。なんか今日のヴァルはよりおかしいわね。もう、仕方ないなー」
「ナディ。『もう、仕方ないなー』ってもう一回言って」
「またなのなんなの? もう、仕方ないなー」
「ねぇナディ。世界って要る?」
「は? 要らないわよそんなの。そんなことより早くしてよ」
「……その『早くしてよ』ってもう一回言って」
「本気でなんなの!? 早くしなさいよまったく仕方ないなー貴方は」
「ナディ。ボクは今、神をもぶった斬る自信がある」
「ウチの旦那がおかしくなった件。おっと元旦那か」
「ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「うわびっくりした! なんかヴァルがおかしくなったんだけど!」
「お姉ちゃんもう止めてあげて。始まる前から燃え尽きちゃう」

 ヴァレリーのやる気スイッチが入りまくって若干収拾がつかなくなりそうだ。いや既になっている。なにやら髪が逆立ち黒髪が紫紺に染まり、全身から魔力が噴き出して「シュインシュイン」しているし。

 だがそんな元魔王様を見て、なんか懐かしくなっちゃう二人である。単純だけど誰よりも強かった。魔王の名は伊達ではない。

 それはともかく。テンションアゲアゲで「シュインシュイン」しているヴァレリーに山を蜂の巣にして貰うのは本気で最終手段にするとして、まずは怪しいと思う場所の検索をすることとなった。

 もっとも怪しいもなにも、

「天然の光歪曲迷彩って、当り前に怪しいわよね」
まさしくそう。特に此処が迷宮だと理解したらあからさまに怪しい」
「此処に隠しているよって言っているようなものだからね。それに考えみれば、常人がとてつもなく忌避感を感じるだろう魔物を設置しているのも怪しいな。『此処に大切なものがあるから近付くな』ってメッセージみたいだよ」

 三人の意見が全会一致したところで、その怪しい初日に行った結晶の山へと向かう。鍛錬で体力が異次元になったナディとヴァレリーは走り、

「【エビエイション】」

 同じく鍛錬で魔力保有量が異次元になっちゃったレオノールは、二人と並んで飛んでいた。

 そう。此処で三ヶ月も鍛錬を積んだ三人の移動速度は凄まじく、初日は二時間もかかった距離を、わずか十数分で走破したのである。

「ねぇナディ、レオ。此処はボクがやっていいかな?」

 やっぱりテンションアゲアゲで魔力を迸らせ「シュインシュイン」しているヴァレリーが、【グルーム・ブリンガー】を抜いて前に出る。やる気満々である。

「えー、一人で済ませちゃうの? 私もしたいなー」
「……ナディ、シたいの?」
「ん? そりゃそうでしょ。楽しみにしてたのに出来ないって、欲求不満になっちゃうわよもう」
「ナディ。ボクは今、神をも一撃で屠れる気がするよ」
「今日のヴァルはやっぱりおかしいわ。もう、いいわよ許してあげるから早くしね。待ってるから」

 結晶の山が光を放ち、其処から一気に数万のゴキブ――【クォーツ・ローチ】溢れ出る。それは見るものが見たら、正しく悪夢以外のなにものでもないだろう。

 だが――

「【魔王剣の墓標グレイブ・オブ・サタナスソーズ】」

 周囲全てが黒に染まり、迫り来る数万のゴキ――【クォーツ・ローチ】は一瞬で五センチメートル角に切り刻まれた。

 謎にテンションアゲアゲで「シュインシュイン」しているヴァレリーは、世界最強だった。
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