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貧民姉妹は稼ぎたい
10 会議は踊らず突き進む
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ナディとレオノールの姉妹がなーんも考えずに情報すら集めずにその場のノリと勢いで【結晶鋼道】に突貫し、氾濫が判明したからと二人を救出すべくヴァレリーがやっぱり突貫してから、半日が過ぎていた。
既に日が傾き岩山が朱に染まり始めた頃。正式な救援依頼を受けた、高硬度級魔物に特効能力を持つ【新銀級】冒険者を乗せた戦車が、ドリフト走行をキメつつファサードロックに到着した。ちなみに救援依頼は、此処の冒険者ギルドマスターであるルボル・ミハーレクから冒険者ギルド本部を通じて出されものだ。
冒険者ギルドでは、正式に出された救援や救助依頼に書面での審査や許可は必要ない。そんなのを待っていたら助かるものも助からないから。よって冒険者ギルドでは緊急時に踊る会議は一切無いのである。あと戦車でのドリフトにも意味は無い。
そんな無意味なドリフトをかまして見ていた冒険者を無駄に盛り上がらせた車中の人物は、仏頂面で戦車から降りて来た。なんとなーく顔色が良くないのは、きっと事態の深刻さ故だろう。決して車酔いではない。多分。
「良く来てくれた。そして済まない。我らの力不足の所為で君たちを召喚してしまい、まずは謝罪を」
「あー、あー、んなの要らねぇだろう。困ったときはお互い様だろ気にすんな」
特殊魔弾を撃ち出す特別な魔術具である【魔銃】を携え、更に大きな筒を背負ったガチムチの男―― 【戦闘魔導士】シュルヴェステル・ランボーヴェルが、ルボルが差し出した手をガッチリ握る。
「早速だが、着いたばかりで申し訳ないが……」
握手をしたまま正面から目を見て、だがそう言いながらルボルは目を逸らした。それを見たシュルヴェステルはやれやれとばかりに溜息を吐く。
「何言ってんだルボル。オレたちゃあそのために来たんだ。申し訳なくなんかねぇ」
そう言い、ニカっと笑う。ガチムチなのにちょっと人懐っこく見える。あとやっぱりちょっと顔色が悪い。
「じゃあ早速潜ろうか……いや待て。そういや全員避難は終わってんのか?」
アーマーリザード――名前はカステヘルミ(命名奥さんズ)雌――の手綱を握っているスカーレットに合図を送って戦車の準備をさせ、だがふと気になってそう訊くシュルヴェステル。それを受けたルボルは、苦虫を噛んだような表情になった。
「実は、まだ潜っている冒険者がいる」
「おおう。そいつぁえらいこったな。で、どんなヤツだ?」
「ああ……女の子の、多分姉妹だな」
「ほほう。特徴は?」
「姉の方は黒い髪で暗い紫の瞳の、結構な美人だ。多分成人して間もないだろう」
「ふんふん……ん?」
ちょっと記憶に引っ掛かり、盛大に悪い予感がするシュルヴェステルである。だがそんなことには気付かないルボルは、更に熱っぽく続けた。
「妹の方は、白金髪と翠瞳の、そりゃあもうビックリするくらいの美少女だ。しかも可愛い!」
「お、おう」
その情報だけで悪い予感が確信へと変わり、誰かさん謹製のよく効く胃薬で治った筈の胃痛が再発しそうになるシュルヴェステル。そしてスカーレットは、旦那からスイっと視線を逸らした。【結晶鋼道】の情報を与えたのはミシェルだが、窓からアイキャンフライを止めなかったのがスカーレットだから。まぁ止めても止まらなかったろうが。
「マジで凄いんだぞシュルヴェステル! 美少女なのに可愛いとか意味が判らん! もう眺めて愛でるだけで寿命が十年は延びるし生まれて来て良かったって世界に感謝するくらい凄い!」
「あ、うん判ったから落ち着け」
ファサードロックの冒険者ギルドマスター、ルボル・ミハーレク。この事件以降はその責任を取り辞任し、だが冒険者クラン【CiJ】を結成し、美人で可愛い冒険者の発掘に尽力したという。
これだけ聞けばサイテーなのだが、実はおかしなことを絶対にしない鉄の掟があったそうだ。
『美少女に触れてはいけない。邪心を抱いてはいけない。その笑顔を曇らせてはいけない。されど礼儀と心根は美しくなければならない。美少女は遠くで眺めて愛でるもの。【可愛いは正義!】』
あとその後のルボルは、【CiJ】の初代メンバーである娘ほど歳の離れた美少女から熱烈に求婚され、メンバー全員の祝福のもと結婚したそうな。
凄くどうでも良いことだが。
「んで、その姉妹は潜る前になんかおかしな宣言してなかったか?」
興奮冷めやらずカワイイを熱弁して周囲の女子を盛大にドン引かせ、だが男子やおっさん連中には激しく共感されているルボルに冷めた表情で訊く。シュルヴェステルにとってはお馴染みだがちょっと聞きたくない情報であるため、表情は冴えない。というか沈痛であった。
「お? おお済まない。年甲斐もなく興奮しちまった」
正気に戻ったルボルが、シュルヴェステルの質問にしばし思案し、そして指を鳴らす。
「『王道だと情報集めるけど必要ない』とか『その方が面白い』とか盛大に宣言しておかしなポーズ取ってたぞ、姉妹揃って」
確信が確定に変わり、今度は頭の頭痛が痛くなるシュルヴェステルであった。
「あとは……魔術っぽい、でもちょっと違うのをバカみたいに重ね掛けして突貫して行ったなぁ。二人して美人で可愛いけど、ちょっと向こう見ずなのが頂けないかな。あの娘たちが所属しているギルドのマスターは大変だろうなぁ」
「……ああ、うん……そうだな、なんというか、済まん」
「ん? いやいや、なんでお前が謝るんだよ。無茶して突貫してったのはあの姉妹なわけ……で……ええぇ……」
「……うん、ルボル、なんか、マジで済まん……」
ギルドマスターは総じて優秀な人材である。そして冒険者は識字率が低く、表現が苦手なものも多くいるため、少ない情報から色々察しなければならない場合もあるわけで……。
「なんというか、ドンマイ?」
「あ、うん。マジでありがとう」
美人で美少女だけど無茶苦茶をする姉妹に振り回されている光景をリアルに想像し、真っ先にその言葉を吐くルボルであった。
だがその後僅かに思考を整理し、妙に腹が立って来た。
「はぁ? 苦労しているだぁ? バッカじゃねぇのか手前ぇ! 美人や美少女に掛けて頂ける迷惑なんてご褒美じゃねぇか巫山戯んな!!」
「うお!? いきなりどうした?」
そして唐突にブチ切れた。状況だけ聞けば、その反応もさもありなんではある。言っている表現が結構アレだが。
「そりゃオメーは良いさ! あんな美人な嫁さん二人に言い寄られてよ! こちとら四十目前で独身だコンチクショー! あーあやってられっかよ! なんでガチムチのテメーが【鹿毛の戦姫】と【朱の美姫】を嫁さんにしてんだよ! しかも両方に子供も出来ただぁ? 羨ましいじゃねぇかおめでとう! 死ねよ!」
興奮と激昂が綯い交ぜになり、次第に支離滅裂になるルボルである。だが同じようにそう思っているヤツらも確かにいるようで、戦車で状況を見ているだけのスカーレットに目を移し、そして手を振って頂く光栄に、だが既に人妻である事実に打ちのめされ、血涙を流す勢いで項垂れるヤローどもも同じような心境であろう。
「いやお前なに言ってんだ? 今はそれどころじゃな……」
「煩ぇわこの幸せ者が! んで? 子供がほぼ同時に二人生まれたって? 計算おかしいだろが! 同時か? 相手したのが同時だったのか!? 幸せなテメーに俺の気持ちなんて判って堪るかよ!!」
「いやビタイチ判らねぇわ。んで、あのバカ姉妹の他に潜ってるヤツはいるのか?」
「ああ? んなこたぁどうでも――」
「はいはい、ちょっと落ち着いて下さい。というか黙れ。実は料理とスイーツ作りが得意な料理男子」
そう言いながら、背後からスーツ姿でビシッとキメた幼さが残るが綺麗な顔立ちの娘が、興奮が収まらないルボルの頭頂にフライパンを落として黙らせる。
「至急来て頂きお疲れのところ、ウチの拗らせマスターがアホを言って申し訳ありません。ワタクシ当ギルドの秘書課長でマスターの第一秘書を勤めておりますマグダレーナ・バビッカーと申します。よろしければ親愛を込めて『マレーナちゃん』とお呼び下さい。あこれ名刺です」
そんなちょっとクセがありそうな秘書から名刺プレートを受け取り、やっぱりちょっと戸惑うシュルヴェステルであった。
「それで先ほどの質問ですが。例の姉妹を追ってもうお一方が潜りました」
「は? マジかぁ。こんな氾濫真っ最中の迷宮に潜る物好きがまだ居たのか……」
「物好きかどうかは不明ですが、実は先程の姉妹より此方の方が問題でして。詳細は彼方で狼狽まくって鬱陶しいヒョロイお貴族様から聞いて下さい。それでは」
そう言い、説教をしながらフライパン片手にルボルを引きずって去って行くマグダレーナ。ちなみにルボルの未来の嫁さんである。
で。その狼狽まくって鬱陶しいと評価されたお貴族様だが、その辺の冒険者に掴み掛かっては素気無くあしらわれていた。
「ちょいと失礼。ちょっと事情を聞かせてくれ」
そんなハワハワしているヒョロイお貴族様に、シュルヴェステルが背後から話し掛ける。
「あ、ああ、誰でも良いから、若様を助けてくうぇい!?」
まぁ、順当な反応である。そりゃ背後からいきなりガチムチに話し掛けられたらそうなるのは自明の理。それに、もうその反応には慣れて何も感じなくなったシュルヴェステルであった。
「辺境都市ストラスクライドの冒険者ギルドマスターのシュルヴェステル・ランボーヴィルだ。其方の何方かがダンジョンに潜ったと聞いて事情を聞きたいのだが、問題ないか」
「貴方があの【殲滅者】のリーダー、【特攻野郎】シュルヴェステル!? 良いところに! お願いです、若様を助けて下さい!」
「いや助けろって言われても、若様って誰だよ」
ハワハワしているクセに言われたくないパーティ名と二つ名をデカい声で言われ、顔を顰めるシュルヴェステル。だがそれより人命が優先であるためそれには突っ込まず、取り敢えず事情を訊いた。周りが「え? そんなパーティ名?」「二つ名がアレなん?」「ちょっとナイワー」「オッサンなのに?」「一二歳くらいならまだいけたのに」とか言われてザワザワしているが気にしない。あとパーティリーダーは後方支援のスカーレットだ。
「若様はファルギエール侯爵家の令息です!」
「『こうしゃく』とは【公爵】と【侯爵】のどっちだ? 済まんな、なにしろ田舎者だからよ」
「いえ此方こそ明瞭にしなくて申し訳ありません。私は【侯爵】ファルギエールの令息ヴァレリー様にお仕えしております従僕、ギャスパルと申します」
「おう。改めてシュルヴェステルだ。で、その令息がなんで氾濫中のダンジョンに潜っちまったんだ」
「若様は、まだ幼いいたいけな姉妹を救うべく、単騎で行かれたのです! 正に騎士の中の騎士!」
酔っ払ってんのかコイツ。シュルヴェステルは率直にそう思った。確かに人助けは騎士の美徳の一つだが、それが無謀な突撃とイコールではならない。生き残ってこそ、人々を救えるのだから。
「それは判った。納得はしていねぇが。で、その若様は強いの――」
「若様に敵うものなど何処にもいません!」
「うお、なんだコイツ?」
シュルヴェステルの問いに食い気味に、更に誇らしげに喚く――もとい宣言するギャスパルである。やっぱりちょっと鬱陶しい。
「若様は幼少の頃から天才で、五歳で既に独自の魔術を開発しておりました! そればかりではなく学問でも異才を放っており、講師を雇うまでもなく教本から全てを悟っておりました!」
「おう、そうか。そいつぁスゲーな。興味ねーが」
「一を聞いて十を知るとはよく言いますが、若様は百を超えて千を知りました! 正に天才!」
「それマジモンの天才じゃねーか。いるところにはいるんだな。ナディは天才だけどバカだが」
「それに十歳を過ぎた頃には剣の腕も他の追随を許さなかったほどです!」
「マジレスすれば、基準を何処に置くかで評価が変わるし身贔屓が入るかも知れんが、そりゃどーでも良いか」
「三男でなければ、長子継承の伝統がなければ、魔力による変質で黒髪金瞳になっていなければ、ファルギエール侯爵家の後継者として相応しいお方であります!」
「あ、そ。それで結局何が言いたいんだ? ん? 変質?」
「若様は誰にも負けません! ですが迷宮では不測の事態はつきもの!」
「おお。その辺は正しく判ってんだな。現実は甘くないってこった。その現実をブチ壊すとんでも姉妹もいるが」
「私が供を出来れば良かったのですが、私では【真銀級】冒険者である若様の足を引っ張るばかりです!」
「ああ。だからそれと同等かそれ以上の等級に助けを求めて手当たり次第に声かけてた、と」
「その通りです! 流石はパーティ【殲滅者】のリーダー【特攻野郎】シュルヴェステル様!」
「いやリーダーじゃねぇし。まいっか」
これ以上話すと延々若様自慢を聞かされそうで辟易したシュルヴェステルは、取り敢えず潜ってみようとスカーレットに合図を送る。
それに応え、戦車を操り迷宮門へと向かい、途中で乗り込んだシュルヴェステルの横顔を眺めて微笑んだ後、その頬を撫でた。冒険者たちの声援と怒号と罵詈雑言が響く。
「あの! 若様を、【武器砕き】ヴァレリー様をお願いします!」
戦車と並走しながら、ギャスパルが叫んだ。それを聞いて、引っ掛かっている記憶を掘り起こし、一人でシュルヴェステルは納得した。
「思い出した。強い魔力で【魂の継承】を起こした貴族令息がいて、とにかくバカ強いが強過ぎて武器の性能が追い付いて来ないヤツがいるってな。使う武器が次々と面白いくらいぶっ壊れるから、付いた二つ名が【武器砕き】。相手の武器を砕くんじゃなくて自分の武器が砕けるから、強いのに武器の扱いも真面に出来ないって揶揄されたんだな。なんも知らねーバカがバカを言ってたんだろう。最低でも鉄製の武器がそう簡単に砕けるかよカスが。ん、ああ、成程ね。武器を作る鉱石を掘りに来て騒動に巻き込まれたか。運がねーなー」
一人で納得して頷いているシュルヴェステルである。それを横目で眺めながら、一番運がないのはあの姉妹に振り回されているアナタなんだけど。と、心中で独白するスカーレットであった。
封鎖された迷宮門が開かれ、魔物が溢れ出る前に戦車上から炸裂魔弾を撃ち出し先制する。坑道の奥が爆発し、数匹のパミスラットが吹き飛び魔結晶が落ちた。
「行くわよダーリン!」
「おお、突っ込め! ウラアアァァ! ……あ?」
「あれ?」
「おお?」
「ねぇダーリン。なんか静かなんだけど?」
「お、おお。そうだな」
シュルヴェステルとスカーレットがテンションアゲアゲで突撃をかますが、既に迷宮はいつもの平和な環境に戻っていた。
だが依頼は依頼。二人は取り敢えずそのまま進んで状況を確認することにした。そしてその結果、迷宮の氾濫は収まっっていたのである。
但し、本来ならば四二階層まである筈の【結晶鋼道】が、四十階層でその深度を止めていた。
既に日が傾き岩山が朱に染まり始めた頃。正式な救援依頼を受けた、高硬度級魔物に特効能力を持つ【新銀級】冒険者を乗せた戦車が、ドリフト走行をキメつつファサードロックに到着した。ちなみに救援依頼は、此処の冒険者ギルドマスターであるルボル・ミハーレクから冒険者ギルド本部を通じて出されものだ。
冒険者ギルドでは、正式に出された救援や救助依頼に書面での審査や許可は必要ない。そんなのを待っていたら助かるものも助からないから。よって冒険者ギルドでは緊急時に踊る会議は一切無いのである。あと戦車でのドリフトにも意味は無い。
そんな無意味なドリフトをかまして見ていた冒険者を無駄に盛り上がらせた車中の人物は、仏頂面で戦車から降りて来た。なんとなーく顔色が良くないのは、きっと事態の深刻さ故だろう。決して車酔いではない。多分。
「良く来てくれた。そして済まない。我らの力不足の所為で君たちを召喚してしまい、まずは謝罪を」
「あー、あー、んなの要らねぇだろう。困ったときはお互い様だろ気にすんな」
特殊魔弾を撃ち出す特別な魔術具である【魔銃】を携え、更に大きな筒を背負ったガチムチの男―― 【戦闘魔導士】シュルヴェステル・ランボーヴェルが、ルボルが差し出した手をガッチリ握る。
「早速だが、着いたばかりで申し訳ないが……」
握手をしたまま正面から目を見て、だがそう言いながらルボルは目を逸らした。それを見たシュルヴェステルはやれやれとばかりに溜息を吐く。
「何言ってんだルボル。オレたちゃあそのために来たんだ。申し訳なくなんかねぇ」
そう言い、ニカっと笑う。ガチムチなのにちょっと人懐っこく見える。あとやっぱりちょっと顔色が悪い。
「じゃあ早速潜ろうか……いや待て。そういや全員避難は終わってんのか?」
アーマーリザード――名前はカステヘルミ(命名奥さんズ)雌――の手綱を握っているスカーレットに合図を送って戦車の準備をさせ、だがふと気になってそう訊くシュルヴェステル。それを受けたルボルは、苦虫を噛んだような表情になった。
「実は、まだ潜っている冒険者がいる」
「おおう。そいつぁえらいこったな。で、どんなヤツだ?」
「ああ……女の子の、多分姉妹だな」
「ほほう。特徴は?」
「姉の方は黒い髪で暗い紫の瞳の、結構な美人だ。多分成人して間もないだろう」
「ふんふん……ん?」
ちょっと記憶に引っ掛かり、盛大に悪い予感がするシュルヴェステルである。だがそんなことには気付かないルボルは、更に熱っぽく続けた。
「妹の方は、白金髪と翠瞳の、そりゃあもうビックリするくらいの美少女だ。しかも可愛い!」
「お、おう」
その情報だけで悪い予感が確信へと変わり、誰かさん謹製のよく効く胃薬で治った筈の胃痛が再発しそうになるシュルヴェステル。そしてスカーレットは、旦那からスイっと視線を逸らした。【結晶鋼道】の情報を与えたのはミシェルだが、窓からアイキャンフライを止めなかったのがスカーレットだから。まぁ止めても止まらなかったろうが。
「マジで凄いんだぞシュルヴェステル! 美少女なのに可愛いとか意味が判らん! もう眺めて愛でるだけで寿命が十年は延びるし生まれて来て良かったって世界に感謝するくらい凄い!」
「あ、うん判ったから落ち着け」
ファサードロックの冒険者ギルドマスター、ルボル・ミハーレク。この事件以降はその責任を取り辞任し、だが冒険者クラン【CiJ】を結成し、美人で可愛い冒険者の発掘に尽力したという。
これだけ聞けばサイテーなのだが、実はおかしなことを絶対にしない鉄の掟があったそうだ。
『美少女に触れてはいけない。邪心を抱いてはいけない。その笑顔を曇らせてはいけない。されど礼儀と心根は美しくなければならない。美少女は遠くで眺めて愛でるもの。【可愛いは正義!】』
あとその後のルボルは、【CiJ】の初代メンバーである娘ほど歳の離れた美少女から熱烈に求婚され、メンバー全員の祝福のもと結婚したそうな。
凄くどうでも良いことだが。
「んで、その姉妹は潜る前になんかおかしな宣言してなかったか?」
興奮冷めやらずカワイイを熱弁して周囲の女子を盛大にドン引かせ、だが男子やおっさん連中には激しく共感されているルボルに冷めた表情で訊く。シュルヴェステルにとってはお馴染みだがちょっと聞きたくない情報であるため、表情は冴えない。というか沈痛であった。
「お? おお済まない。年甲斐もなく興奮しちまった」
正気に戻ったルボルが、シュルヴェステルの質問にしばし思案し、そして指を鳴らす。
「『王道だと情報集めるけど必要ない』とか『その方が面白い』とか盛大に宣言しておかしなポーズ取ってたぞ、姉妹揃って」
確信が確定に変わり、今度は頭の頭痛が痛くなるシュルヴェステルであった。
「あとは……魔術っぽい、でもちょっと違うのをバカみたいに重ね掛けして突貫して行ったなぁ。二人して美人で可愛いけど、ちょっと向こう見ずなのが頂けないかな。あの娘たちが所属しているギルドのマスターは大変だろうなぁ」
「……ああ、うん……そうだな、なんというか、済まん」
「ん? いやいや、なんでお前が謝るんだよ。無茶して突貫してったのはあの姉妹なわけ……で……ええぇ……」
「……うん、ルボル、なんか、マジで済まん……」
ギルドマスターは総じて優秀な人材である。そして冒険者は識字率が低く、表現が苦手なものも多くいるため、少ない情報から色々察しなければならない場合もあるわけで……。
「なんというか、ドンマイ?」
「あ、うん。マジでありがとう」
美人で美少女だけど無茶苦茶をする姉妹に振り回されている光景をリアルに想像し、真っ先にその言葉を吐くルボルであった。
だがその後僅かに思考を整理し、妙に腹が立って来た。
「はぁ? 苦労しているだぁ? バッカじゃねぇのか手前ぇ! 美人や美少女に掛けて頂ける迷惑なんてご褒美じゃねぇか巫山戯んな!!」
「うお!? いきなりどうした?」
そして唐突にブチ切れた。状況だけ聞けば、その反応もさもありなんではある。言っている表現が結構アレだが。
「そりゃオメーは良いさ! あんな美人な嫁さん二人に言い寄られてよ! こちとら四十目前で独身だコンチクショー! あーあやってられっかよ! なんでガチムチのテメーが【鹿毛の戦姫】と【朱の美姫】を嫁さんにしてんだよ! しかも両方に子供も出来ただぁ? 羨ましいじゃねぇかおめでとう! 死ねよ!」
興奮と激昂が綯い交ぜになり、次第に支離滅裂になるルボルである。だが同じようにそう思っているヤツらも確かにいるようで、戦車で状況を見ているだけのスカーレットに目を移し、そして手を振って頂く光栄に、だが既に人妻である事実に打ちのめされ、血涙を流す勢いで項垂れるヤローどもも同じような心境であろう。
「いやお前なに言ってんだ? 今はそれどころじゃな……」
「煩ぇわこの幸せ者が! んで? 子供がほぼ同時に二人生まれたって? 計算おかしいだろが! 同時か? 相手したのが同時だったのか!? 幸せなテメーに俺の気持ちなんて判って堪るかよ!!」
「いやビタイチ判らねぇわ。んで、あのバカ姉妹の他に潜ってるヤツはいるのか?」
「ああ? んなこたぁどうでも――」
「はいはい、ちょっと落ち着いて下さい。というか黙れ。実は料理とスイーツ作りが得意な料理男子」
そう言いながら、背後からスーツ姿でビシッとキメた幼さが残るが綺麗な顔立ちの娘が、興奮が収まらないルボルの頭頂にフライパンを落として黙らせる。
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そんなちょっとクセがありそうな秘書から名刺プレートを受け取り、やっぱりちょっと戸惑うシュルヴェステルであった。
「それで先ほどの質問ですが。例の姉妹を追ってもうお一方が潜りました」
「は? マジかぁ。こんな氾濫真っ最中の迷宮に潜る物好きがまだ居たのか……」
「物好きかどうかは不明ですが、実は先程の姉妹より此方の方が問題でして。詳細は彼方で狼狽まくって鬱陶しいヒョロイお貴族様から聞いて下さい。それでは」
そう言い、説教をしながらフライパン片手にルボルを引きずって去って行くマグダレーナ。ちなみにルボルの未来の嫁さんである。
で。その狼狽まくって鬱陶しいと評価されたお貴族様だが、その辺の冒険者に掴み掛かっては素気無くあしらわれていた。
「ちょいと失礼。ちょっと事情を聞かせてくれ」
そんなハワハワしているヒョロイお貴族様に、シュルヴェステルが背後から話し掛ける。
「あ、ああ、誰でも良いから、若様を助けてくうぇい!?」
まぁ、順当な反応である。そりゃ背後からいきなりガチムチに話し掛けられたらそうなるのは自明の理。それに、もうその反応には慣れて何も感じなくなったシュルヴェステルであった。
「辺境都市ストラスクライドの冒険者ギルドマスターのシュルヴェステル・ランボーヴィルだ。其方の何方かがダンジョンに潜ったと聞いて事情を聞きたいのだが、問題ないか」
「貴方があの【殲滅者】のリーダー、【特攻野郎】シュルヴェステル!? 良いところに! お願いです、若様を助けて下さい!」
「いや助けろって言われても、若様って誰だよ」
ハワハワしているクセに言われたくないパーティ名と二つ名をデカい声で言われ、顔を顰めるシュルヴェステル。だがそれより人命が優先であるためそれには突っ込まず、取り敢えず事情を訊いた。周りが「え? そんなパーティ名?」「二つ名がアレなん?」「ちょっとナイワー」「オッサンなのに?」「一二歳くらいならまだいけたのに」とか言われてザワザワしているが気にしない。あとパーティリーダーは後方支援のスカーレットだ。
「若様はファルギエール侯爵家の令息です!」
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「いえ此方こそ明瞭にしなくて申し訳ありません。私は【侯爵】ファルギエールの令息ヴァレリー様にお仕えしております従僕、ギャスパルと申します」
「おう。改めてシュルヴェステルだ。で、その令息がなんで氾濫中のダンジョンに潜っちまったんだ」
「若様は、まだ幼いいたいけな姉妹を救うべく、単騎で行かれたのです! 正に騎士の中の騎士!」
酔っ払ってんのかコイツ。シュルヴェステルは率直にそう思った。確かに人助けは騎士の美徳の一つだが、それが無謀な突撃とイコールではならない。生き残ってこそ、人々を救えるのだから。
「それは判った。納得はしていねぇが。で、その若様は強いの――」
「若様に敵うものなど何処にもいません!」
「うお、なんだコイツ?」
シュルヴェステルの問いに食い気味に、更に誇らしげに喚く――もとい宣言するギャスパルである。やっぱりちょっと鬱陶しい。
「若様は幼少の頃から天才で、五歳で既に独自の魔術を開発しておりました! そればかりではなく学問でも異才を放っており、講師を雇うまでもなく教本から全てを悟っておりました!」
「おう、そうか。そいつぁスゲーな。興味ねーが」
「一を聞いて十を知るとはよく言いますが、若様は百を超えて千を知りました! 正に天才!」
「それマジモンの天才じゃねーか。いるところにはいるんだな。ナディは天才だけどバカだが」
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「あ、そ。それで結局何が言いたいんだ? ん? 変質?」
「若様は誰にも負けません! ですが迷宮では不測の事態はつきもの!」
「おお。その辺は正しく判ってんだな。現実は甘くないってこった。その現実をブチ壊すとんでも姉妹もいるが」
「私が供を出来れば良かったのですが、私では【真銀級】冒険者である若様の足を引っ張るばかりです!」
「ああ。だからそれと同等かそれ以上の等級に助けを求めて手当たり次第に声かけてた、と」
「その通りです! 流石はパーティ【殲滅者】のリーダー【特攻野郎】シュルヴェステル様!」
「いやリーダーじゃねぇし。まいっか」
これ以上話すと延々若様自慢を聞かされそうで辟易したシュルヴェステルは、取り敢えず潜ってみようとスカーレットに合図を送る。
それに応え、戦車を操り迷宮門へと向かい、途中で乗り込んだシュルヴェステルの横顔を眺めて微笑んだ後、その頬を撫でた。冒険者たちの声援と怒号と罵詈雑言が響く。
「あの! 若様を、【武器砕き】ヴァレリー様をお願いします!」
戦車と並走しながら、ギャスパルが叫んだ。それを聞いて、引っ掛かっている記憶を掘り起こし、一人でシュルヴェステルは納得した。
「思い出した。強い魔力で【魂の継承】を起こした貴族令息がいて、とにかくバカ強いが強過ぎて武器の性能が追い付いて来ないヤツがいるってな。使う武器が次々と面白いくらいぶっ壊れるから、付いた二つ名が【武器砕き】。相手の武器を砕くんじゃなくて自分の武器が砕けるから、強いのに武器の扱いも真面に出来ないって揶揄されたんだな。なんも知らねーバカがバカを言ってたんだろう。最低でも鉄製の武器がそう簡単に砕けるかよカスが。ん、ああ、成程ね。武器を作る鉱石を掘りに来て騒動に巻き込まれたか。運がねーなー」
一人で納得して頷いているシュルヴェステルである。それを横目で眺めながら、一番運がないのはあの姉妹に振り回されているアナタなんだけど。と、心中で独白するスカーレットであった。
封鎖された迷宮門が開かれ、魔物が溢れ出る前に戦車上から炸裂魔弾を撃ち出し先制する。坑道の奥が爆発し、数匹のパミスラットが吹き飛び魔結晶が落ちた。
「行くわよダーリン!」
「おお、突っ込め! ウラアアァァ! ……あ?」
「あれ?」
「おお?」
「ねぇダーリン。なんか静かなんだけど?」
「お、おお。そうだな」
シュルヴェステルとスカーレットがテンションアゲアゲで突撃をかますが、既に迷宮はいつもの平和な環境に戻っていた。
だが依頼は依頼。二人は取り敢えずそのまま進んで状況を確認することにした。そしてその結果、迷宮の氾濫は収まっっていたのである。
但し、本来ならば四二階層まである筈の【結晶鋼道】が、四十階層でその深度を止めていた。
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