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生きるために出来ることを
10 初級な十歳は迷宮を目指す
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「……で。一体どうしてそうなった」
ギルドマスターの執務室で対面のソファに座り、サブマスターのユリアーネ・シュヴァルツが提供したクッキーをポリポリ食べつつ紅茶を飲んでいる姉妹に、シュルヴェステルがそう訊いた。
その質問に手を止め、だが口いっぱいにクッキーを頬張りリスみたいになっている姉妹は、揃って首を傾げた。心当たりが一切ないようである。
本日三度目となるクソデカ溜息を吐くシュルヴェステル。
「……惚けてるワケじゃあねーみてぇだな。ったく面倒臭ぇ」
天パのロン毛な頭をバリバリ掻き、アームレストをコツコツ指で叩きながら、今度はドアの横へと視線を向ける。其処には正座した――もとい、正座させられたヒネクがいた。
あとその傍にはヤロスラーヴァ女史――じゃなくてヤロスラーフ氏が、全員が確実に合意するであろう魅力的な笑顔を浮かべながら立っている。
どうして居るのかというと、まぁ、証人だ。
「じゃあまずヒネク。どうしてこんなことを仕出かした?」
「誤解ですギルマス! 自分は職務を全うしただけで何もおかしいことはしていません!」
「依頼達成報告しに来た冒険者に暴言を吐くのは職務じゃねぇぞ」
「そんなことはしていません怪しんだだけです! だっておかしいじゃないですか、登録したてがこんなに大量に採取するなんて! それにボワ・ラパンだって狩れるわけがないでしょう!」
「だからお前ぇはバカなんだよ」
ヒネクの偏見に満ちた意見に溜息を吐く。今回は普通のであった。
「あと貧民街出だから盗んだとか言ったらしいな」
「いや、それは、貧民街じゃ盗みや強請、集りは当たり前でしょう! 有り得ない量の採取品を持って来たら誰だってそう考えますよ常識です!」
「ンな常識無ぇわアホゥ。ラーヴァ。ナディが採ったり狩ったりした物の状態はどうだった?」
「ウフフ。マスター・シルヴィったら女性名で呼んでくれて嬉しいわ。愛してる♡」
「それ要らねぇから答えろや」
「イケズなんだからもう。グラフィーラにも訊いたけど、採取品は摘んでから半日と経っていなかったし、ボワ・ラパンに至っては数時間ね。しかもちゃんと血抜きまでしてた。この手並みは中級上位クラスじゃないと有り得ないわ」
「ほらやっぱり盗んだんだ! これで確定だ!」
ヤロスラーフ氏の報告を聞いて俄然勢い付くヒネク。今度は天を仰いで頭を抑えるシュルヴェステルだった。
「中級上位は薬草採取やウサギ狩りなんかしない。それよりも割りの良い仕事をするし見習いに盗まれる間抜けもいない」
「ほーほへほーひひほ」
レオノールがヒネクに一瞥も与えずそう言った。クッキーを口いっぱいに頬張りリス状態なのに流暢に喋っている。ナディは何を言っているのか不明なのに。
「妹ちゃんの言うとおりだ。あと貧民街じゃあ窃盗とか強請や集りは少ないんだぞ。下手にやったら逆襲されるからな。どっちかってーとそれは市街の方が多い」
『おかわり!』
「そんな……! じゃあコイツはどんなイカサマをしたんだ?」
『はいはい。あ、菓子じゃなく食事の方が良いかしら』
「イカサマじゃねーよ。薬草採取や狩りは冒険者じゃなきゃ出来ないってこたぁねぇだろうが」
『ホントに? ありがと、サブマス大好き!』
「それは……そう、ですが……!」
『良いのよ。ふふ、可愛いわね。ウチの子になっちゃう?』
「薬師だって採取はするし狩人だって狩りするだろう。本っ当に視野が狭ぇなオメーは」
『え? いや、うーん……なんか怖いからイヤ』
「あとなんで飯の注文しようとしてんだよアーネ。これ終わったら帰らせるんだから其処までしなくて良い」
真面目な会話の副音声にも突っ込みを入れる有能なギルマスである。
「いや、それでも……!」
ど正論で諭すシュルヴェステルに、一度俯いてから顔を上げ、思い切ったようにヒネクが言う。
「食事の注文は必要だと思います! 遅くなったらそれだけゆっくり出来ないじゃないですか!」
「お、おお。まぁそうだが……」
「それに空腹だと思考がまとまりません!」
「えーと……」
いきなりとんでもない方向の主張が出て、流石に困惑するシュルヴェステル。
「ふむ、この場では初めて建設的な意見が出ましたね。よろしい、食堂から出前を取りましょう。支払いはマスター・シルヴィ(笑)で」
「いえサブマス。此処は手狭なので食堂に移動しましょう。そろそろ夜営業になりますから、夜番以外の職員全員で食事会です」
「良いわねラーヴァ。じゃそういうことで。ほらヒネクも行くわよさっさと立ちなさい」
「ごはんごっはん。なに食べようかなー」
「空腹では思考が停滞するという意見には諸手を挙げて賛成。食事は重要」
「え? あれ? 僕はいったいなにを言っていたんだ?」
なにやら勝手に決めて勝手に移動を開始する女性陣(?)に呆然とするヒネク。さっきは真剣な会話中の副音声が耳に入ってバグったらしい。
「……おい待て。話が全然進んでねぇじゃねぇか。妹ちゃんが勝手に窓口業務をしていたのも問題なんだぞ年齢的に。労働基準監督課の査察が入ったらどうするつもりなんだよ……てかもういねぇし……」
溜息をひとつ。シュルヴェステルは通信魔術具で奥さんたちへ今日も遅くなると伝えた。それを受けて奥さんたちは、励ましと愛の言葉を囁いてやる気を跳ね上げさせたそうな。出来た奥さんたちである。
そしてノロノロと立ち上がったシュルヴェステルは階下の食堂へ行き、
「今日は私の初仕事でそれなりに稼いだから十万は出せるわ! さあみんなで盛り上がるわよ!」
「一瞬で人心を掴む。正しく神の所業。さすおね」
椅子の上に立ち、ジュースのジョッキを片手に宣言して冒険者たちの歓声を浴びながら盛り上げているナディを目撃してしまい、本日四度目のクソデカ溜息を吐いた。
「でもごめん。足りない分はみんなで割勘ね」
「出来ることと出来ないことをはっきり伝えて混乱させない。主賓の鏡。さすおね」
其処から更に盛り上がり、頼んでもいないのに料金をカンパし始める冒険者たち。そして謎に始まる「さすおね」コール。
「……取り敢えず盛り上げっているみてぇで良かった」
シュルヴェステルは思考を放棄した。
その宴会中に件の言動について言及され、ベロベロに酔っ払ったヒネクが過去に貧民街から来た強盗に入られて、家族が被害に遭ったと白状した。
それには貧民街出身の冒険者も同情したし、その家族というのがペットの小型犬であるのが判明し、犬好きの冒険者たちがその強盗に激昂してしまった。
そんなわけで取り敢えず丸く収まり、ヒネクは懲罰を免れることになったそうな。そもそも厳しい処罰なんて、ギルド側も考えてもいなかったし。
そんな混沌とした宴会の翌日。
冒険者ギルドは食堂ばかりではなくホールまでも死屍累々となっており、早上がりしていた冒険者たちをギョッとさせた。その後事情を聞いて物凄く早上がりを悔やんでいたが。
ちなみに宴会の料金は完全に割勘で、ナディは支払わせて貰えなかったそうだ。当然といえばそうだが。
そんなわけで今日も疎らな冒険者ギルドだが、
「此方の依頼ですね。タグプレートの提示をお願いします――」
さも当然のように、レオノールは受付三番で窓口業務をしていた。
シュルヴェステルは諦めたらしい。優秀だし。
レオノールは括りとしては短時間就労職員だそうな。時間給プラス歩合制で、一名捌くごとに五百ニアが加算される方式だ。
余談だが、通貨の単位は【ニア】である。
レオノールが何故か一向に空かない受付三番の窓口業務に従事している頃、ナディはギルマスルームに呼び出しを喰らっていた。
「えーと、何か用なの? これから薬草とかをバリバリ採って来ようと思ってたんだけど」
真面目な表情のシュルヴェステルにそう言う。まぁいつも真面目と言うか仏頂面だが。
「ああ、緊張しなくても――」
「してないわよ」
「――良いぞ。悪い話じゃねぇから。ってちったぁ緊張しろや。オレはこれでもギルドマスターだぞ」
「えー、いやぁ、仏頂面でガチムチなだけでアナタ滅茶苦茶優しいじゃない。良い父親になれるわよ」
「お、おお。そうか? じゃねぇ。ったく本当に十歳かよ、マジで調子狂うな」
「それは良いから。何の用? 私これから依頼を熟してバリバリ稼いで等級上げるの。そして市街に家を建てるの!」
「借りたり買うんじゃなくて建てるのかよ。盛大な夢だな」
「そうよ建てるの! 幾らするか知らないけど、絶対にニコニコ現金一括払いでやってやるわ!」
市街に家を持つ場合は、多くが借家か建売だ。それでも価格は概ね小金貨一枚から二枚――小金貨一枚は一千万ニア――である。建てるとなると土地と建物込みで、概算小金貨五枚は下らない。
ちなみにシュルヴェステルの自宅はちょっと広めな二階建ての建売だ。ガチムチは色々広くないと不便なのだ。風呂とかトイレとか框とか。
「おーおー、頑張れ。応援してるぞ。そんなお前にオレからプレゼントだ」
「えー。私じゃなくて奥さんたちにあげればー? シルヴィからのプレゼントは間に合ってるわよ。貰ったことないけど」
「ウチの奥さんたちは【真銀級】だから今更【鋼級】のタグ貰ってもな。おめでとう。昨日の大量採取と大量狩りで規定依頼達成数を超えた。異例だが等級が上がるのに年齢制限はないから三階級特進で今日から【鋼級】だ。これが階級タグプレートな。失くすなよ」
「ほ?」
言われた意味がイマイチ理解出来ず、首を傾げるナディ。だがすぐにそれを反芻し、凄く良い笑顔を浮かべた。悪い予感しかしないシュルヴェステルである。
「っしゃー! これで迷宮に潜れる! そしてさっさと【銅級】に成ってレオノールを準冒険者登録して一軒家を建てるのよ! そして裏庭には(略)を飼うの!」
「いや待て絶対待て! 確かに【鋼級】に成ったら初級の迷宮に潜れるが、それでも深層になればソロだと【銀級】相当だからな! マジで準備や仲間もなく迷宮潜るの止めろ! フリじゃないからなマジだからな!」
「……えー、ヤダもーシルヴィったらぁ。私だっていくらなんでも其処まで潜らないよー。そもそも私ってそんなことするようなヤツに見えるのー?」
「見えるから言ってんだよ。シレっと潜ってて理由訊いたら『ニワトリを計四羽飼いたいから行っちゃったのテヘペロ』とかワケの判らんこと言い出しそうだ」
「ソンナコト、シナイヨ。ヤダナーモー」
「なんで棒読みなんだよ」
スッと目を逸らすナディ。キレーに看破されていた。
「ま、冗談はともかく――」
「いや絶対本気だったぞお前」
「軽ぅく見て来るわ。大丈夫よ本当に無理しないから。レオノールを悲しませるわけにはいかないからね」
「ぬ。まぁそうだな。それでも。何度も言うが、無理するなよ。絶対に無理するなよ!」
「判ってるわよ。本当に世話焼きなんだから。あまりしつこいと嫌われるわよ」
「死なれるより嫌われた方が良いわい」
「へぇ……」
ナディのシュルヴェステルへの評価が、もう一段階上がった。本当に、ギルドマスターは伊達ではないようだ。ガチムチだけど。
そしてそんな遣り取りがあった一時間後――
「さーて。迷宮踏破RTAしてやるわ!」
南門から出て馬車で半日ほど行った場所にある初級迷宮の【妖魔の穴】前に、不穏なことを言っているナディが居た。
「【マキシマイズ・オブ・エフィック】【エクステンション・オブ・エフィック】【ソーサリー・イクステンシヴ】【ブーステッド・ホウルアビリティ】【デュレーション・ホウルリカヴァリー】【セーフ・コンディション】【リジェネレーション】【デュレーション・キュアディジーズ】【バイタリティ・アクティベーション】【バイタリティ・メインテイン】【ハードアーム】【ソーサリー・ブースト】【アタック・ペネトレイト】【ソーサリー・ペネトレイト】【ソーサリー・リバーブ】【マキシマイズ・プロテクト】【マキシマイズ・ホウルレジスト】【ホウルリフレクション】【ミラー】【ブラー】【ヒドゥン】【サプレッション】【ファスト・ムーヴ】【イレイズ・レジスト】【イレイズ・オブ・オシレーション】【エビエイション】【センス・マナ】【センス・イービル】【センス・ホスリティ】【センス・エネミー】【センス・オーガニズム】【センス・インオーガニック】【センス・ライ】【サーチ】【ディテクト】【シーク】【アナライズ】【マップ・クリエイト】【マッピング】【ターム・オブ・ソーサリーアクティベート】【ディレイ・オブ・ソーサリーアクティベート】【ピアッシング・ウィンド】【ピアッシング・フレイム】【ピアッシング・ヘイル】【ピアッシング・ロック】【ライトニング・フォーム】」
ありったけの自己強化魔法を発動し、誰にも気付かれずに迷宮を疾走し始めた。
シュルヴェステルは判っていなかった。初級の迷宮の踏破など、ナディにとっては無理でもなんでもないということを。
――そして、その日の日暮れ過ぎ。
「たっだいまーレオ。これお土産ー」
そう言いながら、見覚えのない肩掛けカバンから茶色の特大魔結晶を取り出して、受付三番にいるレオノールの前に置いた。
「おかえりお姉ちゃん。こんな特大魔結晶を取ってくるとは。さすおね」
グッとサムズアップするレオノールに、ナディも同じくそれを返す。
そんな遣り取りを、そろそろ定時だからとレオノールに伝えに来たシュルヴェステルが目撃し、そして物凄い形相で突撃して来た。
「おいナディ。このクソデカ魔結晶はなんだ? オレの目が正常なら【妖魔の穴】の深層主【トロルキング】の魔結晶な気がするが?」
「おー、流石シルヴィ。一目で判るんだねー」
「『判るんだねー』っじゃっねーよ! なにしてくれてんだよこのバカ野郎!」
「野郎じゃないわよ乙女よ失礼な!」
「どっちでも良いわバカ乙女! ソロか? ソロで行ったのか? 無茶すんなっつったらーが言葉通じてるのか言われた意味理解出来ねーのかコンチクショー!」
「無茶なんかしてないわよ。【キング】の他に【ジェネラル】とか【ナイト】とか【ソルジャー】とかその他いっぱい湧いてて鬱陶しかったけど、【アイアンウォール】で囲んでまとめて【ブレード・ロック】で拘束して【ライトニング・シャワー】の範囲を絞って三分くらい浴びさせれば再生が間に合わなくなってイチコロよ。魔法抵抗が薄いトロル種なんかそれで一網打尽。そんなの誰でも出来るでしょ。あ、ちょっと小さめ魔結晶があと三十個くらいあるよ」
「【金級】推奨のモブすら一蹴する。さすおねが止められない止まらない」
「【金級】推奨な時点でモブじゃねーからな? まぁいいもう疲れた。追求は後日な。その謎の鞄とか――」
「ああコレ? 途中でミミック潰して拾った魔法の鞄で――」
「後日っつったろーが言ったろうが今言ったジャストナーウ! ともかく明日の朝イチでギルマスルームに出頭しろ。ちゃんと来いよ良いな!」
疲労困憊で奥に引っ込むシュルヴェステル。それを心底不思議そうに眺めるナディとレオノールであった。
ギルドマスターの執務室で対面のソファに座り、サブマスターのユリアーネ・シュヴァルツが提供したクッキーをポリポリ食べつつ紅茶を飲んでいる姉妹に、シュルヴェステルがそう訊いた。
その質問に手を止め、だが口いっぱいにクッキーを頬張りリスみたいになっている姉妹は、揃って首を傾げた。心当たりが一切ないようである。
本日三度目となるクソデカ溜息を吐くシュルヴェステル。
「……惚けてるワケじゃあねーみてぇだな。ったく面倒臭ぇ」
天パのロン毛な頭をバリバリ掻き、アームレストをコツコツ指で叩きながら、今度はドアの横へと視線を向ける。其処には正座した――もとい、正座させられたヒネクがいた。
あとその傍にはヤロスラーヴァ女史――じゃなくてヤロスラーフ氏が、全員が確実に合意するであろう魅力的な笑顔を浮かべながら立っている。
どうして居るのかというと、まぁ、証人だ。
「じゃあまずヒネク。どうしてこんなことを仕出かした?」
「誤解ですギルマス! 自分は職務を全うしただけで何もおかしいことはしていません!」
「依頼達成報告しに来た冒険者に暴言を吐くのは職務じゃねぇぞ」
「そんなことはしていません怪しんだだけです! だっておかしいじゃないですか、登録したてがこんなに大量に採取するなんて! それにボワ・ラパンだって狩れるわけがないでしょう!」
「だからお前ぇはバカなんだよ」
ヒネクの偏見に満ちた意見に溜息を吐く。今回は普通のであった。
「あと貧民街出だから盗んだとか言ったらしいな」
「いや、それは、貧民街じゃ盗みや強請、集りは当たり前でしょう! 有り得ない量の採取品を持って来たら誰だってそう考えますよ常識です!」
「ンな常識無ぇわアホゥ。ラーヴァ。ナディが採ったり狩ったりした物の状態はどうだった?」
「ウフフ。マスター・シルヴィったら女性名で呼んでくれて嬉しいわ。愛してる♡」
「それ要らねぇから答えろや」
「イケズなんだからもう。グラフィーラにも訊いたけど、採取品は摘んでから半日と経っていなかったし、ボワ・ラパンに至っては数時間ね。しかもちゃんと血抜きまでしてた。この手並みは中級上位クラスじゃないと有り得ないわ」
「ほらやっぱり盗んだんだ! これで確定だ!」
ヤロスラーフ氏の報告を聞いて俄然勢い付くヒネク。今度は天を仰いで頭を抑えるシュルヴェステルだった。
「中級上位は薬草採取やウサギ狩りなんかしない。それよりも割りの良い仕事をするし見習いに盗まれる間抜けもいない」
「ほーほへほーひひほ」
レオノールがヒネクに一瞥も与えずそう言った。クッキーを口いっぱいに頬張りリス状態なのに流暢に喋っている。ナディは何を言っているのか不明なのに。
「妹ちゃんの言うとおりだ。あと貧民街じゃあ窃盗とか強請や集りは少ないんだぞ。下手にやったら逆襲されるからな。どっちかってーとそれは市街の方が多い」
『おかわり!』
「そんな……! じゃあコイツはどんなイカサマをしたんだ?」
『はいはい。あ、菓子じゃなく食事の方が良いかしら』
「イカサマじゃねーよ。薬草採取や狩りは冒険者じゃなきゃ出来ないってこたぁねぇだろうが」
『ホントに? ありがと、サブマス大好き!』
「それは……そう、ですが……!」
『良いのよ。ふふ、可愛いわね。ウチの子になっちゃう?』
「薬師だって採取はするし狩人だって狩りするだろう。本っ当に視野が狭ぇなオメーは」
『え? いや、うーん……なんか怖いからイヤ』
「あとなんで飯の注文しようとしてんだよアーネ。これ終わったら帰らせるんだから其処までしなくて良い」
真面目な会話の副音声にも突っ込みを入れる有能なギルマスである。
「いや、それでも……!」
ど正論で諭すシュルヴェステルに、一度俯いてから顔を上げ、思い切ったようにヒネクが言う。
「食事の注文は必要だと思います! 遅くなったらそれだけゆっくり出来ないじゃないですか!」
「お、おお。まぁそうだが……」
「それに空腹だと思考がまとまりません!」
「えーと……」
いきなりとんでもない方向の主張が出て、流石に困惑するシュルヴェステル。
「ふむ、この場では初めて建設的な意見が出ましたね。よろしい、食堂から出前を取りましょう。支払いはマスター・シルヴィ(笑)で」
「いえサブマス。此処は手狭なので食堂に移動しましょう。そろそろ夜営業になりますから、夜番以外の職員全員で食事会です」
「良いわねラーヴァ。じゃそういうことで。ほらヒネクも行くわよさっさと立ちなさい」
「ごはんごっはん。なに食べようかなー」
「空腹では思考が停滞するという意見には諸手を挙げて賛成。食事は重要」
「え? あれ? 僕はいったいなにを言っていたんだ?」
なにやら勝手に決めて勝手に移動を開始する女性陣(?)に呆然とするヒネク。さっきは真剣な会話中の副音声が耳に入ってバグったらしい。
「……おい待て。話が全然進んでねぇじゃねぇか。妹ちゃんが勝手に窓口業務をしていたのも問題なんだぞ年齢的に。労働基準監督課の査察が入ったらどうするつもりなんだよ……てかもういねぇし……」
溜息をひとつ。シュルヴェステルは通信魔術具で奥さんたちへ今日も遅くなると伝えた。それを受けて奥さんたちは、励ましと愛の言葉を囁いてやる気を跳ね上げさせたそうな。出来た奥さんたちである。
そしてノロノロと立ち上がったシュルヴェステルは階下の食堂へ行き、
「今日は私の初仕事でそれなりに稼いだから十万は出せるわ! さあみんなで盛り上がるわよ!」
「一瞬で人心を掴む。正しく神の所業。さすおね」
椅子の上に立ち、ジュースのジョッキを片手に宣言して冒険者たちの歓声を浴びながら盛り上げているナディを目撃してしまい、本日四度目のクソデカ溜息を吐いた。
「でもごめん。足りない分はみんなで割勘ね」
「出来ることと出来ないことをはっきり伝えて混乱させない。主賓の鏡。さすおね」
其処から更に盛り上がり、頼んでもいないのに料金をカンパし始める冒険者たち。そして謎に始まる「さすおね」コール。
「……取り敢えず盛り上げっているみてぇで良かった」
シュルヴェステルは思考を放棄した。
その宴会中に件の言動について言及され、ベロベロに酔っ払ったヒネクが過去に貧民街から来た強盗に入られて、家族が被害に遭ったと白状した。
それには貧民街出身の冒険者も同情したし、その家族というのがペットの小型犬であるのが判明し、犬好きの冒険者たちがその強盗に激昂してしまった。
そんなわけで取り敢えず丸く収まり、ヒネクは懲罰を免れることになったそうな。そもそも厳しい処罰なんて、ギルド側も考えてもいなかったし。
そんな混沌とした宴会の翌日。
冒険者ギルドは食堂ばかりではなくホールまでも死屍累々となっており、早上がりしていた冒険者たちをギョッとさせた。その後事情を聞いて物凄く早上がりを悔やんでいたが。
ちなみに宴会の料金は完全に割勘で、ナディは支払わせて貰えなかったそうだ。当然といえばそうだが。
そんなわけで今日も疎らな冒険者ギルドだが、
「此方の依頼ですね。タグプレートの提示をお願いします――」
さも当然のように、レオノールは受付三番で窓口業務をしていた。
シュルヴェステルは諦めたらしい。優秀だし。
レオノールは括りとしては短時間就労職員だそうな。時間給プラス歩合制で、一名捌くごとに五百ニアが加算される方式だ。
余談だが、通貨の単位は【ニア】である。
レオノールが何故か一向に空かない受付三番の窓口業務に従事している頃、ナディはギルマスルームに呼び出しを喰らっていた。
「えーと、何か用なの? これから薬草とかをバリバリ採って来ようと思ってたんだけど」
真面目な表情のシュルヴェステルにそう言う。まぁいつも真面目と言うか仏頂面だが。
「ああ、緊張しなくても――」
「してないわよ」
「――良いぞ。悪い話じゃねぇから。ってちったぁ緊張しろや。オレはこれでもギルドマスターだぞ」
「えー、いやぁ、仏頂面でガチムチなだけでアナタ滅茶苦茶優しいじゃない。良い父親になれるわよ」
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「借りたり買うんじゃなくて建てるのかよ。盛大な夢だな」
「そうよ建てるの! 幾らするか知らないけど、絶対にニコニコ現金一括払いでやってやるわ!」
市街に家を持つ場合は、多くが借家か建売だ。それでも価格は概ね小金貨一枚から二枚――小金貨一枚は一千万ニア――である。建てるとなると土地と建物込みで、概算小金貨五枚は下らない。
ちなみにシュルヴェステルの自宅はちょっと広めな二階建ての建売だ。ガチムチは色々広くないと不便なのだ。風呂とかトイレとか框とか。
「おーおー、頑張れ。応援してるぞ。そんなお前にオレからプレゼントだ」
「えー。私じゃなくて奥さんたちにあげればー? シルヴィからのプレゼントは間に合ってるわよ。貰ったことないけど」
「ウチの奥さんたちは【真銀級】だから今更【鋼級】のタグ貰ってもな。おめでとう。昨日の大量採取と大量狩りで規定依頼達成数を超えた。異例だが等級が上がるのに年齢制限はないから三階級特進で今日から【鋼級】だ。これが階級タグプレートな。失くすなよ」
「ほ?」
言われた意味がイマイチ理解出来ず、首を傾げるナディ。だがすぐにそれを反芻し、凄く良い笑顔を浮かべた。悪い予感しかしないシュルヴェステルである。
「っしゃー! これで迷宮に潜れる! そしてさっさと【銅級】に成ってレオノールを準冒険者登録して一軒家を建てるのよ! そして裏庭には(略)を飼うの!」
「いや待て絶対待て! 確かに【鋼級】に成ったら初級の迷宮に潜れるが、それでも深層になればソロだと【銀級】相当だからな! マジで準備や仲間もなく迷宮潜るの止めろ! フリじゃないからなマジだからな!」
「……えー、ヤダもーシルヴィったらぁ。私だっていくらなんでも其処まで潜らないよー。そもそも私ってそんなことするようなヤツに見えるのー?」
「見えるから言ってんだよ。シレっと潜ってて理由訊いたら『ニワトリを計四羽飼いたいから行っちゃったのテヘペロ』とかワケの判らんこと言い出しそうだ」
「ソンナコト、シナイヨ。ヤダナーモー」
「なんで棒読みなんだよ」
スッと目を逸らすナディ。キレーに看破されていた。
「ま、冗談はともかく――」
「いや絶対本気だったぞお前」
「軽ぅく見て来るわ。大丈夫よ本当に無理しないから。レオノールを悲しませるわけにはいかないからね」
「ぬ。まぁそうだな。それでも。何度も言うが、無理するなよ。絶対に無理するなよ!」
「判ってるわよ。本当に世話焼きなんだから。あまりしつこいと嫌われるわよ」
「死なれるより嫌われた方が良いわい」
「へぇ……」
ナディのシュルヴェステルへの評価が、もう一段階上がった。本当に、ギルドマスターは伊達ではないようだ。ガチムチだけど。
そしてそんな遣り取りがあった一時間後――
「さーて。迷宮踏破RTAしてやるわ!」
南門から出て馬車で半日ほど行った場所にある初級迷宮の【妖魔の穴】前に、不穏なことを言っているナディが居た。
「【マキシマイズ・オブ・エフィック】【エクステンション・オブ・エフィック】【ソーサリー・イクステンシヴ】【ブーステッド・ホウルアビリティ】【デュレーション・ホウルリカヴァリー】【セーフ・コンディション】【リジェネレーション】【デュレーション・キュアディジーズ】【バイタリティ・アクティベーション】【バイタリティ・メインテイン】【ハードアーム】【ソーサリー・ブースト】【アタック・ペネトレイト】【ソーサリー・ペネトレイト】【ソーサリー・リバーブ】【マキシマイズ・プロテクト】【マキシマイズ・ホウルレジスト】【ホウルリフレクション】【ミラー】【ブラー】【ヒドゥン】【サプレッション】【ファスト・ムーヴ】【イレイズ・レジスト】【イレイズ・オブ・オシレーション】【エビエイション】【センス・マナ】【センス・イービル】【センス・ホスリティ】【センス・エネミー】【センス・オーガニズム】【センス・インオーガニック】【センス・ライ】【サーチ】【ディテクト】【シーク】【アナライズ】【マップ・クリエイト】【マッピング】【ターム・オブ・ソーサリーアクティベート】【ディレイ・オブ・ソーサリーアクティベート】【ピアッシング・ウィンド】【ピアッシング・フレイム】【ピアッシング・ヘイル】【ピアッシング・ロック】【ライトニング・フォーム】」
ありったけの自己強化魔法を発動し、誰にも気付かれずに迷宮を疾走し始めた。
シュルヴェステルは判っていなかった。初級の迷宮の踏破など、ナディにとっては無理でもなんでもないということを。
――そして、その日の日暮れ過ぎ。
「たっだいまーレオ。これお土産ー」
そう言いながら、見覚えのない肩掛けカバンから茶色の特大魔結晶を取り出して、受付三番にいるレオノールの前に置いた。
「おかえりお姉ちゃん。こんな特大魔結晶を取ってくるとは。さすおね」
グッとサムズアップするレオノールに、ナディも同じくそれを返す。
そんな遣り取りを、そろそろ定時だからとレオノールに伝えに来たシュルヴェステルが目撃し、そして物凄い形相で突撃して来た。
「おいナディ。このクソデカ魔結晶はなんだ? オレの目が正常なら【妖魔の穴】の深層主【トロルキング】の魔結晶な気がするが?」
「おー、流石シルヴィ。一目で判るんだねー」
「『判るんだねー』っじゃっねーよ! なにしてくれてんだよこのバカ野郎!」
「野郎じゃないわよ乙女よ失礼な!」
「どっちでも良いわバカ乙女! ソロか? ソロで行ったのか? 無茶すんなっつったらーが言葉通じてるのか言われた意味理解出来ねーのかコンチクショー!」
「無茶なんかしてないわよ。【キング】の他に【ジェネラル】とか【ナイト】とか【ソルジャー】とかその他いっぱい湧いてて鬱陶しかったけど、【アイアンウォール】で囲んでまとめて【ブレード・ロック】で拘束して【ライトニング・シャワー】の範囲を絞って三分くらい浴びさせれば再生が間に合わなくなってイチコロよ。魔法抵抗が薄いトロル種なんかそれで一網打尽。そんなの誰でも出来るでしょ。あ、ちょっと小さめ魔結晶があと三十個くらいあるよ」
「【金級】推奨のモブすら一蹴する。さすおねが止められない止まらない」
「【金級】推奨な時点でモブじゃねーからな? まぁいいもう疲れた。追求は後日な。その謎の鞄とか――」
「ああコレ? 途中でミミック潰して拾った魔法の鞄で――」
「後日っつったろーが言ったろうが今言ったジャストナーウ! ともかく明日の朝イチでギルマスルームに出頭しろ。ちゃんと来いよ良いな!」
疲労困憊で奥に引っ込むシュルヴェステル。それを心底不思議そうに眺めるナディとレオノールであった。
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一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
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スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
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