転生したら死にそうな孤児だった

佐々木鴻

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生きるために出来ることを

6 冒険者の諸手続き

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 冒険者になるためには、冒険者ギルドに登録しなければならない。

 だがそれは必須ではなく、登録せずに活動している者もいる。

 その中でまず真っ当な方は、商社や商会、研究施設などの素材集め専属で、真っ当ではない方は、社会のはみ出し者やヤクザな商売をしているかのどちらかだ。

 そもそも冒険者とはそういう生業をする者どもであり、素材を収集したり魔獣を討伐したりしてその日暮らしで生計を立てるのが当たり前であった。

 だがそれでまともに生活が出来るのはほんの一握りであり、実力の無い者や要領の悪い者の生活は、かなりひっぱくしていた。

 冒険者ギルドとは、それらの冒険者を守るために結成された組織であり、そこに所属した者はよほどバカなことをしない限り守られる。

 原則としてギルドが定める必要な依頼をこなしていれば生活に困らないだけの金銭が手に入るし、住居が無ければ質がそれなりだが寮もある。
 ただし男女別ではないため、ある程度は問題が起きるが、同意の上ならギルド側は感知しない。
 そうじゃない場合は【虚偽封印】の魔術具を使っての裁判の後、加害者には制裁として問答無用で鉱山奴隷送りにされ、その売上金は全額被害者への慰安金に充てられるのだ。

 そう、冒険者ギルドとは冒険者を守るだけではなく、それらが正しく生きて行けるようにするための組織なのである――

「――と、まぁ。概要はこんなところだ」
「……教本を読み上げただけじゃない」
「お姉ちゃんこの本面白くない」

 登録受付を済ませ、初心者教習のため別室に案内されて机に着いているナディとレオノールは、向こう傷なガチムチおじさんのといめんでそんなことを言っちゃっていた。

 一応真面目な教習なのだが、ナディの評価は低いようである。教本そのまま読み上げているだけだから。

「そもそもこれって教本を読めば全部書いてあるのよね。教習する意味ってあるの?」
「お姉ちゃん『初心者冒険者は最高一ヶ月間は一日銅貨十枚を支給する』って説明が抜けてたよ」

 結果、十歳児と五歳児にダメ出しされる有様である。向こう傷なガチムチおじさんなのに。

「いや待て凄く待て。この教習は文字が読めないヤツにも判るように説明するのが目的であって、そもそもそんな難しいことは言わないんだよ判ってくれよ。てか妹ちゃんもすげー賢いのな」
「私の妹だもん、当たり前でしょ。それよりそんなレオにダメ出しされてる時点で受付としてダメなんじゃないの? なんで他の人は何も言わないのかしら」
「そりゃオレがギルドマスターだからだよ」

 ちょっとした嫌味を言うナディに嫌な顔ひとつせず、だがしれっとそんな重大事を告げるガチムチおじさんであった。

「冒険者ギルドのマスター、シュルヴェステル・ランボーヴィルだ。ま、よろしくな」

 そして人懐っこい笑みを浮かべ、ニカっと笑うギルドマスターである。向こう傷なガチムチおじさんなのに。

「え~……」
「お姉ちゃんなんでマスターなのに受付やってるの? 暇なの? それしか出来ない無能なの?」
「ナチュラルに口悪ぃな妹ちゃんは。だが実際に受付すら出来ねぇマスターも居るっちゃ居るが」
「それは自分は有能だってアピールなの? ムキになるのが怪しいなぁ。ムキムキだから?」
「いやムキになってねぇぞ。オレが受付業務やってるのは、単に人手不足なだけだ。受付職員が二人ばかり産休と育休に入っててな。業務が滞るから手伝っているだけだ。てか誰が巧いコトを言えと?」
「レオのボケをちゃんと回収するとは。なかなか出来るわね」

 五歳児の辛辣な言葉に怒るでもなく、誠実にそう答える。そしてそればかりではなくちょっと良い感じに返して来る程度に頭の回転も早い。その好感が持てる態度に、ちょっと見直すナディであった――

「ま、オレの奥さんたちだがな!」

 ――のだが、やっぱりちょっと後悔した。そしてそう思われていることなど知る由もない向こう傷なガチムチおじさんは、そう言った後で豪快に笑っている。ちょっと鬱陶しい。

「職場が一緒ならちゃんと家族計画しなさいよ。自分たちが大変なだけじゃなく、業務にも支障が出てるじゃない」
「お前マジで十歳なのか? なんか親とか奥さんに叱られている気分になるんだが」
「この歳で貧民街で生きて行かなくちゃならないんだかられもするわよ。というか奥さんに叱られてるのね」
「そりゃまぁ、たまにな。だが男なんてみんなそんなモンだろ」
「全部がそうだというのはただの錯覚。お姉ちゃんならそんな旦那は『瞬』で見捨てる」
「秒すら保たねぇんかい。聞いててそらおそろしくなるんだが」
「あら見捨てるなんてしないわよレオ。そもそもそんなヤツとは一緒にならない」
「それ以前の問題だった。お姉ちゃんごめん。見識が浅かった」
「マジで怖いんだがこの姉妹」

 いつの間にかそんな雑談に移行してしまい、全然進まない初心者講習であった。

「受付二人が奥さんって、アンタ職場の女子に手を出したの? 酒に酔わせて行為に及んだとか? うわぁ、なんて言うか、うわぁ……」
「上司の立場を利用しての強要。これはセクハラ、アルハラ案件及び犯罪」
「姉妹揃って怖いこと言うなよ。あと口説かれたのはオレだしそれされたのもオレだからな。後で職員に聞いてみろ。みんな事実だって言うから」
「組織ぐるみで犯罪隠し。これは査察されるべき。本部へのタレコミはどうすればいいのお姉ちゃん」
「え~。流石にそれは判らないなぁ。後で受付のお姉さんに訊いてみよう」
「いや本気で止めろ。つーか絶対判ってて言ってるだろ。それより講習だ講習。全然進んでねぇだろ。オレだって暇じゃないんだ」

 このままでは無いことが有ることにされそうだと感じたガチムチおじさんは、軌道修正をした。

「話の種を蒔いたのはそっち。こっちはただそれに応えただけ」
「そうね。話的にものはシルヴィの方ね」
「違うそうじゃない。こっちが蒔いたんじゃなくて一方的に採取されたんだ。いや子供相手に何言ってんだオレ。あとなんでシルヴィ?」
「愛称よ。違うの?『シュルヴェステルSylvester』だからシルヴィ」
「お、おお。本当に頭良いんだな。まさか十歳児にそう言われるとは思わなかった。奥さんたちだってそう呼ばないぞ」
「ああそう。実はどうでも良いわ。さっさと講習を終わらせましょう」
「……進んで脱線しまくったのはそっちだろ。まぁいいか。続けるぞ――」

 そう言って仕切り直し、講習を再開する向こう傷なガチムチおじさんのギルドマスター、シュルヴェステルであった。

 関係ないが、向こう傷なガチムチおじさんという属性の所為でちょっと近寄り難いと思われていたシュルヴェステルはこの後、愛称が「シルヴィ」になったことでそれが緩和されることとなる。ギャップ萌えは厳ついガチムチおじさんにも適用されるようだ。

「――こんなところか。じゃあ次は依頼についてだな。常設依頼と一般依頼があって、常設は依頼として受けなくても現物があれば達成扱いになる。これには『採取』と『討伐』があって、前者は薬草とか毒草の採取。後者は放っとくと湧きまくる魔物の討伐だな。お前はまだ子供だから無理するなよ。無難に薬草でも採取してろ」
「命あっての物種だしね。大丈夫よ、私の命は私だけのものじゃないし、レオを悲しませることなんてしないわ」
「おお、そうしろ。それにしても、本当にちゃんとなお前は。大体のヤツは焦ったり調子に乗ったりして酷い目に遭うんだが、その心配はなさそうだ」

 そんな感じで講習は進み、そしてそれがちゃんと判り易かったため、ナディの中でシュルヴェステルの評価がちょっと上がった。

「それから。えーと、ナディ。お前が依頼をこなしている間、妹ちゃんはどうするんだ? 家で留守番か?」

 そして自分ばかりではなく家族――この場合は妹――の心配もしてくれる。流石はギルドマスター。その辺はしっかりしているようで、こんなマスターがいるギルドはだと、続けてナディは高評価する。

 年齢を考えれば「何様だ?」と言われそうだが。

「そう、ね……家で留守番か、知り合いにお世話をお願いするか、かな?」
「お姉ちゃんと一緒が良い。家だと詰まらないし、イーナちゃんのお家だと迷惑掛けちゃう」

 そう言うレオノール。ナディとしてはその願いを叶えてやりたいが、まだ五歳であるため難しいのが現状だ。

 あとイーナとはアガータの娘で、レオノールと同い歳で姉妹同然で育ったのだが、正しく五歳児なイーナに対してレオノールは早熟というか大人びているというか、とにかく年相応ではないためイマイチ反りが合わない。
 更にはレオノールがアガータの家事仕事を手伝い始めてしまい、それを真似しようとするイーナが出来なくてギャン泣きするのが気不味いし、それがイーナの劣等感になりそうで情操教育にも良くないと判断した結果なのだ。判断したのがアガータではなくレオノールだが。

 もっともアガータとしては、手伝ってくれるのはとても助かるのが本音だ。なにしろ三歳になる弟のウーノと、一歳になる妹のエルナがいるし、ついでに現在四人目を妊娠中だったりするから。

 ちなみに相手は全員オットであり、彼はアガータが遊女を始めた時からの固定客で、他に客を取らせない勢いで借金をしてまで通い詰めていたそうだ。そして現在。根負けしたアガータがオットと所帯を持ったのである。

 アガータとしては、まさか遊女になる覚悟を決めた初日の相手に操を立てるとは思わなかった、そうである。

 どうでも良いことだが。

「でもねレオ。冒険者には十歳にならないと成れないのよ。私だってこの歳になるのをどれほど待ち望んだことか。一時は『どうせ歳を正しく測る方法なんて無いんだしイケんじゃね?』とか思ったわ」
「いや思うなよ。だから十歳未満は危ねぇんだよマジで。あと歳を測る魔術具はあるからな」

 レオノールに言い聞かせるナディ。それをはたで聞いているガチムチなギルドマスターがいい感じにツッコミを入れるが、姉妹のコミュニケーション中でそれどころではないからかそのままスルーした。

「でも仕方ないの。これは不文律じゃなくてちゃんとした規律なのだから。規律は勿論守るためにあるのよ。『破るためにあるんだぜウェ~イ!』とかもうお前ら滅んだ方が世界が平和になるだろ死んでろやって輩もいるけど」
「ああ、いるなぁそういうバカ。そういうのは勝手に突っ込んで勝手に死ぬから安心しろ。そもそもそんなことしそうなヤツらに冒険者証は発行しないから問題ない」

 規律正しく、だが結構黒いことも交えてナディが語る。そんな姉の言葉を一言一句聞き逃すまいと頷きながら耳を傾けるレオノールであった。そしてガチムチギルドマスターの真っ黒い相槌も絶妙だ。

「だから私は我慢したのよ! そして、十歳になった! まさしく一日千秋! これで大手を振って魔獣や妖魔を粉々に大量虐殺出来るわ!」
「いや十歳なのに一日千秋とか大袈裟だな。何処から仕入れたその知識。あと虐殺は良いけど粉々にすんなよ。素材になるのもいるんだからな。それと意気込むのは良いがいきなりは止めろよ? フリじゃないからな。マジで止めろよ」

 拳を握り締めてそう宣言する姉を誇らしげに見るレオノール。その瞳にはいたわりと、そして努力へのねぎらいがあった。どちらも意味は一緒だが気にしない。そしてやっぱりいい感じにツッコミを入れるギルドマスターも気にしない。

「だから、ごめんね……レオはまだ冒険者に成れないの。アガータさんが難しいなら、家で我慢しててね。そのうちきっと、市街に小さくても良い戸建てを買うから!」
「その発想は凄ぇな。其処までしっかり足元を固めようと考えてるヤツなんざぁ良い歳ぶっこいた大人でもほぼ居ねぇぞ。マジで十歳なのか疑いたくなるな。あと五歳でも条件付きで登録出来るぞ」

 次いで、どれほど先になるかは判らないが、達成するべき目標を立て、二人で手を取り合う姉妹である。既に財布にはちょっとした土地付き注文住宅が買えるくらいの資産が入っているのだが、相場を知らないし働いて稼いだわけではないため、その発想が無いナディである。

「だから、それまでお姉ちゃんは頑張るうええええええ!?」
「うお、いきなりどうした?」

 そんな決意表明に横から何か言っているギルドマスターの最後の爆弾発言に、喰い気味に反応する。

「ちょっと! 五歳でも登録出来るってどういうことよ! 私聞いてないわ!」
「そりゃそうだ、言ってねぇし一般的じゃねぇからな。ある条件を満たせば五歳でもに成れるぞ」
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