転生したら死にそうな孤児だった

佐々木鴻

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生きるために出来ることを

4 認識のズレ

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 斜向はすむかいの住人オットの機転で一命を取り留めた赤子にレオノールと名付けたナディは、オットが小指を立てて自分のだと言っている色町の住人アガータに世話になることになった。
 ちょっと誇らしげにしているオットに、アガータはゴミでも見るような視線を向けて扱いを完全否定したのだが、そんな視線を向けられたオットは何故か凄く嬉しそうにちょっとビクンビクンしていたのは、どうでも良いだろう。

 あと、どうして「レオノール」と名付けたのかを訊かれたナディは、

「私が最初に生んだ子の名前がレオノールだったんだ」

 と、ツルっと口が滑って二人に訝しげな視線を向けられ、「子供を生んだ時に付ける予定の名前の間違い」と、やっぱり五歳児にしては有り得ない返答をして更に訝しがられたが。

「ま、あたしゃ構わないさ。一人も二人も同じだしね。それにおっぱいは二つあるから遊ばせてると其処のスケベに吸われちまうし」

 そう言って豪快に笑っているが、顔色が悪く明らかに産後の肥立ちが悪い。それに――

『【アナライズ】』

 アガータは肺病に侵されていた。不衛生で常に埃が舞っていて、そして充分な食事も摂れない環境に置かれていたら、少しでも体調を崩した途端にそうなってしまうのは仕方のないことだろう。

 だが――

『【デュレーション・キュアディジーズ】【リトル・リジェネレーション】【バイタリティ・メインテイン】』

 恩人であるアガータに少しでも礼がしたくて、こっそり魔法を掛ける。これで少しずつだが病が治癒し始め、体調も良くなるだろう。あとはそうなるように体力を維持させれば良い。

「でも困ったことに、あたしにゃそんなに蓄えが無いんだよねぇ。だから条件としてナディ、あんたからは相応の報酬を払って貰うよ」

 子が生まれて母乳が出るとはいえ、生きるためには稼がなければならない。よって報酬を要求するのは当たり前だ。その相手が、例えまだ幼児だったとしても。

「おおい、アガータ。いくらなんでもそれは……」
「黙れ宿六やどろく。アンタにゃ訊いてない。相手がいくらガキでも、覚悟も無しにガキこさえたり拾ったりするヤツぁあたしゃ嫌いなんだよ」

 厳しいと言われるかも知れないが、それは当然のことである。「なんとなくそうした」では、本当に生きていけないのが貧民街だ。

「で。ナディはあたしになにしてくれるんだい?」

 冷めた目でそう言うアガータ。威圧しているつもりはない。当たり前のことを言っている。だがそれは、少なくとも幼児に対して取る態度ではない。その証拠に、傍で聞いているオットがめっちゃオロオロしている。

「私が出せるもの……」
「おおさ。あたしが納得出来るのを出してみな」

 ただ、まぁ、アガータも鬼ではない。此処でナディがちょっとでも頑張る意志を見せれば、適当なところで折り合いを付けようと思っていた。

 かくして、ナディが提示した報酬は――

「銀貨三百枚。取り敢えず一時金で」

 ちなみに、銀貨一枚で十万円程度の価値である。そして此処は貧民街。当然ながら簡単にお目に掛かれる金額ではない。市街でも同じだが。

「…………は?」

 そんな当たり前の反応のアガータに、不足だったかと判断したナディは、

「足りないかな? じゃあ追加で銀貨二百枚。これ以上はちょっと厳しい」

 更に有り得ない金額を提示した。

「あれ? えーと、ちょっと待っておくれ……」
「どうしたの?」
「いやどうしたって。どうかするねぇ。どうかしちゃうよねぇ。なんかこー、しょぱなから間違ってるよね?」

 そう。アガータとしては貧民街で生きる厳しさと一時の優しさの代償を知って貰い、その上でそれが身に染みた悲壮な覚悟を期待していたのだ。なにもいきなりゲンナマを期待していない。

「大丈夫! 私、人攫いとか奴隷商人とか変態貴族とかを返り討ちにして頂戴してるから!」
「いやいや判んない判んない全然判んない。なに、ええ!? どういうこと!?」
「あー。ナディちゃん、なんか自分を狙うヤツらを自動で気絶させるアーティファクト持ってるらしいんだよ」

 ちょっと違うが、当たらずとも遠からずな補足をするオット。自分もその御相伴にあずかっているワケだし。

 そしてそんなトンデモ情報を聞いたアガータは、クソデカ溜息を盛大にいた。

「数ヶ月ちょっと前からいるっていう【グリム・リー使パー】とか【キッド・ナッパー】とか言われてる幼女って、ナディだったのかい……」
「え! なにその恥ずかしいの!? 誰よそんな根も葉もない噂を吹聴してるのは!」
「二つ名はともかく根も葉もあるだろ。二日くらい前は正門前でナディちゃんを連れ去ろうとする、アクセサリーをゴテゴテ付けたハゲデブなお貴族から逃げるフリして路地裏に誘導して、執事とか護衛の騎士どもとか数名もろとも意識を刈り取って引剥ひはぎしてたろ。いやぁ、あれは良い稼ぎだった。腐ってもお貴族が身に付けてるのは良い値で売れたよ。おかげで借金が全部無くなった」
「あれは正当な迷惑料よ。それに私、お金は根こそぎ貰うけどそれ以外には手を出してないわ」

 貧民街で意識を失えば、当たり前に全部持って行かれる。相手がお貴族なら尚更で、アクセサリーは勿論のことパンツまで持って行かれるのだ。まぁ流石に命までは取らない。懲りずにまた来てホイホイ出来るかも知れないから。

 楽しそうにそんなことを言っているナディとオットをジト目で見て、だがそれで何かを言う気はないアガータだった。自分もその場にいたら同じことをしたろうし。

「まぁ、ナディに余裕があるってのは判った。でもいつまでもそんな引剥ばかりしていられないだろ。稼ぐアテはあるのかい? あと宿六。アンタが付き纏うから客が取れないんだよ。アンタあたしをどうしたいんだい」

 貧民街では、年齢に関係なく稼がなければならない。そうしないと生きて行けなのだ。稼ぐ術のないものは、老若男女問わず死ぬしかない。

「取り敢えず、これを売ろうと思ってるよ」

 そう言い、ポケットから魔水晶を四個取り出す。実際はそうする風を装い【ストレージ】から出したのだが。

「あん? なんだいこの石コロ。確かにちょっと綺麗だけど、こんなモンが売れるのかい?」

 ナディが出したそれはそれぞれ赤、青、緑、そして黄の色であり、実は火、水、風、そして土の四属性の魔結晶であった。だがそれの価値を知らない者にとっては当たり前の感想である。
 あと純度は適当な石や金属を混ぜて20%程度に抑えた。あまりに純度が高過ぎると誰にも理解して貰えないから。
 それとこの方法はで培った知識と技術である。魔法薬を製造販売している小さな町の個人経営店には過ぎた技術であったのだが、当時も今もイマイチ理解していない。

 そもそもそれらを思い出してからまだ数ヶ月であり、ナディはいまだ現在においての魔法常識が判っていなかった。
 そしてオットもアガータもそれをイマイチ判っておらず、ナディが取り出した属性魔結晶が貴重で希少であるのを理解していない。

 よって、それを見た二人が判断した結果は――

「いや売れないだろそんな石コロ」
「そうさねぇ。いくら綺麗でもそんな石コロじゃあ売れても二束三文だろうねぇ」

 商品にもならない、であった。

 これは決定的に知識不足と認識の違いであり、実際は属性魔結晶はその属性が何であれ最低価格で金貨一枚――おおよそ一億円の価値がある。四属性のセットになると金貨十枚、つまりその十倍である大金貨一枚にまで跳ね上がるのだ。名のある魔法使いや研究者ならば、身銭を切ってでも欲しがる逸品でもある。

 そんな非常に価値のある属性魔結晶も、理解出来なければただの石だ。

 あとナディも、魔法の媒介になってちょっと便利だから売れるかなーとか、なんとなーくその程度な考えで作ったため、二人のガッカリなリアクションで「あーやっぱり売れないかー」と判断して【ストレージ】に仕舞い込んだ。
 その魔法も実は希少なのだが、出来て当たり前とばかりに使えるもんだから、やっぱり判っていないナディである。

「どうやって稼ごうかな? やっぱり冒険者になるのが手っ取り早いかな……」

 そう呟いて真剣に悩むナディ。

「いやいや待て待て。ナディちゃんは冒険者になれないぞ」

 だがそんな結論に達しているナディに、オットが待ったを掛ける。当のナディは何故止められたのかが理解出来ず、それが当然であるかのように不思議そうな表情を浮かべていたが。

「まずナディちゃん。幾つになった?」
「え? んーと、五歳かな」
「だよな。やってること(引剥)とか仕草とか言動とかは全然そう見えねーけど」
「そうなのかな? でもほら、これでも自活してるし出来てるから!」
「世の五歳児はフツーにそれ出来ねーからな? 誰かに養って貰うかヤベー組織の末端に利用されるとか売り飛ばされて奴隷になるのが精々だぞ」

 そこまで言われて、やっと気付くナディである。気付いたときには死にそうだったし、今まで生きるのに必死だったから、自身の歳の自覚が無くなっていたようだ。

「えーと、やっぱり私って、変かな?」

 恐る恐る訊いたところで、

「ああ、変だ。普通に考えて変だ」
「変だねぇ。常識的に考えて変だ」

 肯定されるだけだ。

「えー。そんなことないよー。そもそも『普通』とか『常識』っていうのは、種族とか国とか地域とか階級とか職業とか貧富の差とかで全然違うし変わってくるから、一概には言えないんだよ?」

 だがその程度では諦めないナディはそんな正論を並べるのだが、二人にクソデカ溜息されるだけだった。

「ああ、それ全部含めても五歳児はそんなこと言わない」
「うん、言ってることは正解だが五歳児はそれ言えない」
「そもそも大人だってその結論はそうそう出ない」
今日日きょうび大人だってそんな達者なことは言わない」
「マジかぁ……」

 良い大人二人揃ってそう言い、言われたナディは肩を落とす。その仕草も、完全に五歳児じゃない。

 そんなちょっと気落ちしているナディだが、すぐに気を取り直して上を向き、右手を上に突き出し宣言した。

「でも諦めない! 冒険者に、私はなる!!」
「いや無理だからな。諦めないのは立派だけど、無理なもんは無理だからな」
「そんなことないよ! 愛と勇気と根性と努力と友情があればきっと勝利出来る!」
「だーかーらー。無理なんだって。途中からちょっとなに言ってるか判らなかったけどともかく。無理なもんは無理。判れよナディちゃん」
「ううん、無理じゃない! 出来るよ! 絶対に出来る! 出来るって信じれば必ず出来る! この世に頑張って出来ないことなんて無いんだよ! もっと熱くなれ!!」

 何処ぞの誰かさんのように熱く、暑苦しく熱弁するナディである。だがそう熱血したところで、本当に無理なもの無理なのであった。

 このあとナディは、オットとアガータによって冒険者になるための必須事項を聞かされ、今度こそその場に崩れ落ちた。





 ――冒険者になるための必須事項。まず、こと――
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