白物語

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第二章 ナナシ

四、白鬼の角

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 言われた通り、3人はイザナミの元へ歩み寄りました。
 紫色の目が、3人を見下ろします。口はきれいな弧を描いていました。

「よく来たわね。ええ、ナナシが私に用事があることは分かるわ。でも先に、ロクロのことを済ませたいの。いいかしら?」

 ナナシたちに問いかけてはいるものの、その目は有無を言わせようとしていませんでした。ナナシは頷きます。

「ロクロを送ってやりなさい」

 そのイザナミの命令で、岩陰から1匹の鬼が現れました。彼女も白髪に紫色の目、額に白い角を1本生やしていました。
 白鬼はロクロの魂を丁寧に抱き寄せると、静かに広間を出ていきました。

「大丈夫、ロクロは輪廻に戻るだけ」

 ナナシの心を見透かしたかのように、イザナミがそう優しく伝えました。
 後ろ髪を引かれる思いで、ナナシはロクロが連れて行かれた先を、ぼんやりと見ていました。

「ナナシ、次はあなたの番よ」

 その声で、ナナシは我に返りました。

「ミタマに角を戻してやりたいんです。でも角はカスミに取られてしまいました。他に方法はありませんか?」

 イザナミは困ったように眉を下げました。

「角がないことには、私にもどうしようもないわ。カスミがやったように、他の白鬼の角を、自分のものにするぐらいしかね。でも、白鬼たちにとって角はとても大事なもの。そう易々とは渡さない。奪うしかないわね」
「でもそれじゃ、カスミとやってることが一緒だ」

 ナナシは俯き、拳を強く握りました。

「じゃあナナシも、私の子になる? そして自分の角をあげたらいいわ」
「なれるんですか、白鬼に?」
「ええ。私の血をあげましょう。飲めば白鬼になれるわ」
「ダメだ!」

 イザナミの話を遮ったのは、ミタマでした。金色の目を、憎々しげにイザナミに向けています。

「白鬼になることをナナシに強要するんなら、俺はお前を殺す」

 ミタマはためらいもなく抜刀します。
 その刀を見た白鬼たちが、わらわらと岩陰から現れ、ミタマとナナシを取り囲みます。
 ミタマの気持ちを反映しているかのように、刀はギラギラと白く鋭く光を反射していました。

 それを見て、ナナシはふと、ロクロの言葉を思い出します。

 ーーその魂はなんだったかしら……そうそう、生前に、とある白鬼を刀の材料にしたんだって
 ーー『折れず欠けず錆びない美しい刀が完成した!』って、嬉しそうにイザナミ様に自慢したんだって

 そして目の前の刀が、ナナシが闇雲に振り回しても、折れず、欠けず、美しい姿を保ったままだったことも、一緒に思い出します。
 ナナシはイザナミに向き直りました。

「イザナミ様、この刀を、ミタマの角の代わりにできますか?」

 イザナミは瞠目した後、視線を刀に向けます。その顔はみるみるうちに険しいものになりました。

「サラの体を使って作った刀! あなたが持っていたのね」

 ”サラ”という名前に、ミタマは大きく反応しました。おびえたようにイザナミを見上げると、刀を抱きしめます。ナナシの胸が、チクリと痛みました。
 イザナミは大きな息を吐きました。真剣な表情で、ナナシを見据えます。

「確かに、その刀を角の代わりにすることはできる。でも、そうすれば、ミタマはその刀を手放すことができなくなる。つまりミタマの元に必ず、サラの生まれ変わりが現れることになるわ。体と魂は引かれ合うものだから」
「サラの生まれ変わり?」
「ええ。シャラがそうだった。あの子がミタマの近くに転生したのも、ミタマがその刀を持っていたからよ」

 ナナシは目を見張りました。

「イザナミ様、それならなおさらこの刀を、ミタマの角にしてください」

 きっぱりと言うナナシに、イザナミはきょとんとします。

「ナナシ、魂は転生する時に、記憶や経験を真っ白な状態に戻る。でも、前世の影響が全くないわけじゃない。根本的な性格や、趣味嗜好、前世で結んだ縁なんかは残る。あなたは転生して再びミタマに出会えば、彼をきっと好きになる。でもその時、彼のそばには必ずサラの生まれ変わりがいることになる。今ここでした選択を、あなたは後悔することになる」
「なりません」

 ナナシは強い意志を宿した目を、イザナミにまっすぐに向けます。

「転生しても性格が変わらないんなら、俺は絶対に後悔しません」

 イザナミは言葉をなくしたかのように、口を半開きにしたままナナシを見下ろしていました。
 やがて、その口が弧を描きます。

「そう、そうなのね。なら、その刀を彼の角としましょう」

 イザナミは玉座を降りました。周りの白鬼たちが一斉にかしづきます。
 ミタマの額に左手を、刀に右手をかざしたイザナミが、何事かを呟きます。するとイザナミの手から紫色の淡い光が生まれました。
 イザナミの呪が終わると、光は消えました。ミタマの目が紫色に戻っているのを、ナナシは確認します。

「ミタマ、シャラのことは」
「……ああ。思い出した」

 そう呟いたミタマの目から一筋、雫が頬をつたっていきました。

「ナナシ、俺に角を戻してくれて、ありがとう」

 ミタマは、とても幸せそうな笑みを浮かべました。つられてナナシも笑顔になります。

「さて、ではふたりとも、元の場所へお帰りなさい」

 イザナミは柔和な笑みを浮かべたかと思うと、ひとつ強く手を叩きました。瞬間、ぐらりと視界が揺れたように、ナナシは感じました。





 そして気がつくと、見慣れた山に戻ってきていました。斜面を下りるような形で立っています。
 日はまだ落ちていないようでした。空が赤色と紫色に滲んでいます。

 ふたりとも無言のまま、ひとつの方向に向かいます。その先には、シャラが眠っていました。
 ミタマがシャラのほほを、そっと撫でました。その時、シャラが微笑んだように、ナナシには見えました。


 シャラを埋葬し終えると、あたりはすっかり暗くなっていました。

「家まで送る」

 ミタマの申し出に、ナナシは素直に頷きました。
 神社へ続く階段へと出ると、ちょうど登ってきたナナシの父親と遭遇しました。

「ナナシ! 日が落ちたのに帰ってこないから、何かあったのかと心配したよ! 怪我はない? 気分は悪くない? 痛むところは?」
「ないよ」

 父親に抱きしめられて、呆れながらもナナシは気が緩んでいくのを感じました。
 その時、自分がずっと緊張していたのだと気付きました。自然と頬が緩みます。

「じゃあ帰ろうか」

 ナナシを解放した父親は、その手を取りました。ナナシもしっかりと握り返します。
 それから、ミタマを振り返りました。腰にしっかりと刀を差したミタマが、手を振ります。
 それに手を振り返して、ナナシは父親と一緒に帰路へつきました。





 その後も、ミタマはその山に棲み続けました。
 いつしか彼の名前は、人々の記憶から失われていきました。が、「角のない白鬼がいる」という噂だけは、その山近くの村々に残りました。
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