白物語

月並

文字の大きさ
上 下
15 / 19
第一章 シャラ

十五、急襲

しおりを挟む
 振り向くと、白髪を揺らした女が立っていました。長さは肩ぐらいまでしかありません。
 前髪は長く、目を覆い隠しています。

 口角を吊り上げる彼女を、シャラはぼんやりと眺めていました。

「誰?」
「おや、私のことを忘れるなんてひどい。私はお前のことを、一時だって忘れたことがないのに。お前に角を取られてから」

 女は前髪をかき分けました。その顔を見たシャラは、目を大きく見開きます。
 彼女はシャラが前世、角を折った同輩の白鬼でした。

「カスミなのね」

 シャラにカスミと呼ばれた女は、歯を見せて笑いました。ミタマと同じような、鋭く尖った牙が見えました。ただ、彼女の目は金色で、額に角はありませんでした。

「お前のせいで、私は鬼のなり損ないになってしまった。お母様は治そうと仰ったが、私は断った。お前に同じ屈辱を味わってもらう、その決意を忘れないために。だのにお前は勝手に死んだ」

 カスミは笑みを消すと、シャラをギロリと睨みます。

「私は待った。お前が生まれ変わってくるのを。サラの血で鬼になったその男を見張っていれば、必ずその近くに現れると確信していた。そいつの持っている刀は、サラの体で作ったものだからな。魂が惹かれないわけがない」

 ミタマが目を見張り、刀を強く握ります。
 ミタマとカスミの間に、一瞬バチリと火花が飛んだように、シャラは感じました。

 次の瞬間には、ふたりとも動いていました。カスミは懐から短刀を取り出し、ミタマに向かって突き出します。が、ミタマはそれを、抜刀ついでにいなしてしまいました。
 鋼のぶつかる音が何度も響きます。シャラはミタマの邪魔にならないように、そっと後ろに下がります。

 戦況はミタマが有利でした。それもそのはず、ミタマは刀の扱いに長けている上、傷を負ってもすぐ治る白鬼の血を持っています。
 圧されているカスミは、歯を食いしばって短刀を振り回します。

 そんな彼女の後ろの茂みに、ナナシが現れました。

「ナナシっ……」

 思わず出た声を咄嗟に抑えましたが、すでに遅く、カスミが後ろを振り向いてしまいました。
 ナナシを捉えたカスミは、踵を素早く返してそちらへと地面を蹴りました。

「ミタマ! ナナシを!」

 シャラがそう言うのと同時に、ミタマは動いていました。カスミの襟首を掴み、自分の方に引き寄せます。
 引き寄せられたカスミは、再び体を半回転させると、ミタマの角に食らいつきました。
 食らいつかれたミタマは、苦悶の表情を浮かべます。

「ミタマ!」

 シャラが飛び出し、カスミの着物を引っ張ります。が、カスミは離れません。

 バキリと嫌な音が、辺りに響きました。
 角を食いちぎられたミタマは、その場に倒れてしまいました。意識がないのか、ぴくりとも動きません。

「ミタマ! ミタマ!!」

 駆け寄ろうとしたシャラでしたが、その胸を、ズブリと短刀が貫きました。
 短刀はすぐに抜かれ、そこから大量の血が溢れます。

 立つ力をなくしたシャラは、ミタマと同じように地面に突っ伏してしまいました。

「ふふ、フフフフフ! アハハハハハハ! ようやく、ようやくやり遂げた! これでお母様の元に帰れる! 白鬼に戻れる!」

 大きく笑いながら、カスミは食いちぎったミタマの角を持って、坂を駆け上って行きます。その姿は、ふいに消えてしまいました。
 紅葉がひとひら、はらりと地面に落ちていきました。


【第一章 シャラ 完】
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

来し方、行く末

紫乃森統子
歴史・時代
月尾藩家中島崎与十郎は、身内の不義から気を病んだ父を抱えて、二十八の歳まで嫁の来手もなく梲(うだつ)の上がらない暮らしを送っていた。 年の瀬を迎えたある日、道場主から隔年行事の御前試合に出るよう乞われ、致し方なく引き受けることになるが…… 【第9回歴史・時代小説大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます!】

水野勝成 居候報恩記

尾方佐羽
歴史・時代
⭐タイトルを替えました。 ⭐『福山ご城下開端の記』もよろしくお願いします。 ⭐福山城さま令和の大普請、完成おめでとうございます。 ⭐2020年1月21日、5月4日に福山市の『福山城築城400年』Facebookでご紹介いただきました。https://m.facebook.com/fukuyama400/ 備後福山藩初代藩主、水野勝成が若い頃放浪を重ねたあと、備中(現在の岡山県)の片隅で居候をすることになるお話です。一番鑓しかしたくない、天下無双の暴れ者が、備中の片隅で居候した末に見つけたものは何だったのでしょうか。 →本編は完結、関連の話題を適宜更新。

幕末レクイエム―誠心誠意、咲きて散れ―

馳月基矢
歴史・時代
幕末、動乱の京都の治安維持を担った新撰組。 華やかな活躍の時間は、決して長くなかった。 武士の世の終わりは刻々と迫る。 それでもなお刀を手にし続ける。 これは滅びの武士の生き様。 誠心誠意、ただまっすぐに。 結核を病み、あやかしの力を借りる天才剣士、沖田総司。 あやかし狩りの力を持ち、目的を秘めるスパイ、斎藤一。 同い年に生まれた二人の、別々の道。 仇花よ、あでやかに咲き、潔く散れ。 schedule 公開:2019.4.1 連載:2019.4.7-4.18 ( 6:30 & 18:30 )

シンセン

春羅
歴史・時代
 新選組随一の剣の遣い手・沖田総司は、池田屋事変で命を落とす。    戦力と士気の低下を畏れた新選組副長・土方歳三は、沖田に生き写しの討幕派志士・葦原柳を身代わりに仕立て上げ、ニセモノの人生を歩ませる。    しかし周囲に溶け込み、ほぼ完璧に沖田を演じる葦原の言動に違和感がある。    まるで、沖田総司が憑いているかのように振る舞うときがあるのだ。次第にその頻度は増し、時間も長くなっていく。 「このカラダ……もらってもいいですか……?」    葦原として生きるか、沖田に飲み込まれるか。    いつだって、命の保証などない時代と場所で、大小二本携えて生きてきたのだ。    武士とはなにか。    生きる道と死に方を、自らの意志で決める者である。 「……約束が、違うじゃないですか」     新選組史を基にしたオリジナル小説です。 諸説ある幕末史の中の、定番過ぎて最近の小説ではあまり書かれていない説や、信憑性がない説や、あまり知られていない説を盛り込むことをモットーに書いております。

よあけまえのキミへ

三咲ゆま
歴史・時代
時は幕末。二月前に父を亡くした少女、天野美湖(あまのみこ)は、ある日川辺で一枚の写真を拾った。 落とし主を探すべく奔走するうちに、拾い物が次々と縁をつなぎ、彼女の前にはやがて導かれるように六人の志士が集う。 広がる人脈に胸を弾ませていた美湖だったが、そんな日常は、やがてゆるやかに崩れ始めるのだった。 京の町を揺るがす不穏な連続放火事件を軸に、幕末に生きる人々の日常と非日常を描いた物語。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

海怪

五十鈴りく
歴史・時代
これは花のお江戸にて『海怪(うみのばけもの)』と呼ばれた生き物と、それに深く関わることになった少年のお話。 ※小説家になろう様(一部のみノベルアッププラス様)にて同時掲載中です。

【完結】月よりきれい

悠井すみれ
歴史・時代
 職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。  清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。  純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。 嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。 第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。 表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。

処理中です...