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第一章 シャラ

十四、サラとシャラ

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 シャラはびっくりして、刀から手を離しました。その場に膝を崩します。

「何、今の」

 風が強く吹きました。その音の中に、草を踏む音が混ざります。
 見上げると、ミタマが立っていました。白い髪が柔らかい日光を反射して、ちらちらと光っています。
 枯れたはずの涙が、再びこぼれました。ミタマが顔を曇らせます。

「すまん。お前が、サラがくれたのと同じ名前を、俺につけてくれたから。あの時から、サラとお前を重ねちまった。一緒にいればいるほど、仕草とか、性格とかが、サラと同じように見えて、余計に。本当にすまん」

 シャラはミタマの刀を鞘に収めると、それを彼に返しました。

「私こそごめんなさい。長いこと、あなたを待たせたわ。その間、私のこと覚えてくれ続けて、私の体を大事にしてくれて、ありがとう、ミタマ」

 ミタマが目を見張ります。その紫色の中で、シャラは顔をほころばせていました。

「サラ、なのか?」
「ええ。体は違うけど、でも私はサラよ」

 ミタマの目から、ポロリと涙が一粒落ちました。
 シャラは両手で、その頬を包みました。抵抗する様子のないのを見て、彼の唇に、自分のそれを重ねました。
 しばらくして、名残惜しく感じながらも離れると、髪をそっと撫でます。

「まさかあの刀鍛冶が、あなたを白鬼にしてるなんて思わなかったわ。どこまでもミタマを苦しめる男ね。いつか会ったら、はっ倒してやるわ」

 口を尖らせるシャラに、ミタマは小さく笑いました。風にそよぐ木々の小さな音だけが、ふたりを包んでいます。

「私、サラはね、満足して死んだわ。あなたのために死んだんだもの。初めて会ったとき、あなたのためになんか死にたくないって言ったわね。撤回しなきゃね」

 ミタマが体を強ばらせました。構わず、シャラは言葉を紡ぎます。

「私の魂を食べれば、あなたは人に戻れる。だから、あげるわ」
「嫌だ! お前の魂を喰って人に戻るぐらいなら、俺は一生白鬼のままでいい!」

 間髪入れずに、ミタマは否定しました。今にも泣き出しそうな顔をしています。

「そういう約束だったじゃない、ミタマ」

 ミタマは強く歯を食いしばり、首を横に振ります。

「お前の満足が俺のために死ぬことなら、俺の満足は、お前にミタマと呼ばれることだ」

 紫色の目が、シャラを貫きます。
 シャラは少し目を丸くした後、ふと微笑みました。

「あら、私の満足とあなたの満足、どっちかを叶えようと思ったら、どっちかが叶わないわね」
「そんなことはない。本当なら、お前を白鬼か不老不死にでもしてずっと一緒にいりゃいい話なんだが、それはお前にとってひどく酷だろう」

 シャラは少し目を逸らしました。そんなシャラを見て、ミタマは笑います。

「だから俺が待つ。お前はまた生まれ変わって、俺の名前を呼んでくれればいい。それを約束してくれるんなら、俺はいくらでも生きてやるよ」

 シャラは息を飲み、ミタマの顔に視線を戻しました。

「でも、私、ちゃんとあなたの名前を呼べるか、分からないわ」
「呼べるよ。呼んでくれたじゃないか」

 シャラの目から涙が溢れました。泣き崩れるシャラを、ミタマが優しく抱きしめます。

「よくもまあ、全く面白くない三文芝居を見せつけてくれたもんだね」

 突然シャラの耳に入ってきたのは、遠い昔に聞いたことがあるような声でした。
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