白物語

月並

文字の大きさ
上 下
4 / 19
第一章 シャラ

四、出会い

しおりを挟む
 まっすぐに伸びる道の両脇に、びっしりと店が並んでいます。
 シャラはあちこちに目を配らせて歩きます。「危ねーぞ」というミタマの注意には、耳を貸そうともしません。

「これが京!?」
「全然まだなんだけど」

 はしゃぐシャラに、ミタマはため息を吐きます。
 ミタマの忠告通り、余所を向いている時にシャラは前から来た人にぶつかってしまいました。体勢を崩し、地面に手と膝をぶつけます。

「いったあ」

 周囲を睨みまわしても、ぶつかったと思しき人の姿は見当たりません。シャラは眉間に皺を寄せました。

「ミタマ! 私にぶつかってきた奴をとっちめてきなさいよ!」
「どのくらい?」
「そいつが泣いて許しを請うまで!」

 ミタマは身を翻して、人混みの中に溶け込んでいきました。

 ひとり残ったシャラは、道の端に寄ると座り込み、大きく息を吐きます。
 着物は土で汚れてしまいました。裾を少しめくると、膝をすりむいています。シャラはしかめ面を作りました。

「大丈夫?」

 その声と差しのべられた手は、ミタマのものではありませんでした。
 顔を上げると、シャラが今まで見たことのない上品な顔立ちに、身なりの整った男と目が合いました。それだけで、シャラの顔は真っ赤になってしまいます。
 男の手を恐る恐る取ると、くいと軽く、しかし力強く引っ張り上げられました。

「血が出ているよ。ちょっと失礼」

 そう言い置いて、男はシャラをひょいと抱きかかえました。
 シャラはもう全身が真っ赤なのではないかと思うほど体が火照ってしまいました。心臓が壊れてしまうぐらい、どくどくと高鳴っています。

 男は、大きくて立派な店へと入っていきました。
 店の中には、様々な色や柄の布が所狭しと置かれています。どうやら呉服店のようです。
 店の者は男を見るなり、「おかえりなさいませ、若旦那」などと声を掛けています。
 シャラは口をあんぐりと開けて、自分を抱える男を見つめていました。

 男は店の奥でシャラをおろすと、どこかへ行ってしまいました。なんだか居心地が悪く、シャラはそわそわと自分の着物の裾を弄ります。汚れた着物がこの場にふさわしくないもののように見えて、恥ずかしさのあまり逃げ出したい衝動に駆られました。

 まもなく、男がシャラの元へ帰ってきました。手には箱を持っています。
 しゃがみこんで箱を床に置き、蓋を開きました。薬や布が詰め込まれています。
 男はシャラの膝にできた傷に、薬を塗りました。焼けるような痛みに、シャラは歯を食いしばります。そうしている間に、男は傷口の上から布を巻いてくれました。
 その優しい手つきに、シャラは惚れ惚れとしていました。

「もう大丈夫」

 その言葉でシャラは我に返りました。体中がひどく熱くなっており、じんわりと汗をかいているのが分かりました。

「あっあの!」

 声が裏返り、シャラの顔はますます赤くなりました。それでも、勇気を振り絞って言葉を続けます。

「あの、ありがとうございました。私、シャラと言います」

 男は真っ赤に染まっているシャラを見て、にこりと微笑みました。

「どういたしまして。僕はコマダ」

 微笑まれたことと、名前を教えてもらったこととで、シャラは有頂天になりました。

「助けてもらったお礼がしたいのですが……何なりと仰ってください。できないことは、ほとんどありませんから!」

 その発言に、コマダは不思議そうに首を傾げました。その視線はシャラの真っ赤な顔と、それから汚れてしまった着物に注がれます。

「じゃあ、僕が着物を選ぶから、シャラさん、それを買ってくれる?」
「そ、そんなことでいいんですか?」
「もちろん」

 シャラは目を丸くしてコマダを見ました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

来し方、行く末

紫乃森統子
歴史・時代
月尾藩家中島崎与十郎は、身内の不義から気を病んだ父を抱えて、二十八の歳まで嫁の来手もなく梲(うだつ)の上がらない暮らしを送っていた。 年の瀬を迎えたある日、道場主から隔年行事の御前試合に出るよう乞われ、致し方なく引き受けることになるが…… 【第9回歴史・時代小説大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます!】

悲恋脱却ストーリー 源義高の恋路

和紗かをる
歴史・時代
時は平安時代末期。父木曽義仲の命にて鎌倉に下った清水冠者義高十一歳は、そこで運命の人に出会う。その人は齢六歳の幼女であり、鎌倉殿と呼ばれ始めた源頼朝の長女、大姫だった。義高は人質と言う立場でありながらこの大姫を愛し、大姫もまた義高を愛する。幼いながらも睦まじく暮らしていた二人だったが、都で父木曽義仲が敗死、息子である義高も命を狙われてしまう。大姫とその母である北条政子の協力の元鎌倉を脱出する義高。史実ではここで追手に討ち取られる義高であったが・・・。義高と大姫が源平争乱時代に何をもたらすのか?歴史改変戦記です

水野勝成 居候報恩記

尾方佐羽
歴史・時代
⭐タイトルを替えました。 ⭐『福山ご城下開端の記』もよろしくお願いします。 ⭐福山城さま令和の大普請、完成おめでとうございます。 ⭐2020年1月21日、5月4日に福山市の『福山城築城400年』Facebookでご紹介いただきました。https://m.facebook.com/fukuyama400/ 備後福山藩初代藩主、水野勝成が若い頃放浪を重ねたあと、備中(現在の岡山県)の片隅で居候をすることになるお話です。一番鑓しかしたくない、天下無双の暴れ者が、備中の片隅で居候した末に見つけたものは何だったのでしょうか。 →本編は完結、関連の話題を適宜更新。

幕末レクイエム―誠心誠意、咲きて散れ―

馳月基矢
歴史・時代
幕末、動乱の京都の治安維持を担った新撰組。 華やかな活躍の時間は、決して長くなかった。 武士の世の終わりは刻々と迫る。 それでもなお刀を手にし続ける。 これは滅びの武士の生き様。 誠心誠意、ただまっすぐに。 結核を病み、あやかしの力を借りる天才剣士、沖田総司。 あやかし狩りの力を持ち、目的を秘めるスパイ、斎藤一。 同い年に生まれた二人の、別々の道。 仇花よ、あでやかに咲き、潔く散れ。 schedule 公開:2019.4.1 連載:2019.4.7-4.18 ( 6:30 & 18:30 )

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

シンセン

春羅
歴史・時代
 新選組随一の剣の遣い手・沖田総司は、池田屋事変で命を落とす。    戦力と士気の低下を畏れた新選組副長・土方歳三は、沖田に生き写しの討幕派志士・葦原柳を身代わりに仕立て上げ、ニセモノの人生を歩ませる。    しかし周囲に溶け込み、ほぼ完璧に沖田を演じる葦原の言動に違和感がある。    まるで、沖田総司が憑いているかのように振る舞うときがあるのだ。次第にその頻度は増し、時間も長くなっていく。 「このカラダ……もらってもいいですか……?」    葦原として生きるか、沖田に飲み込まれるか。    いつだって、命の保証などない時代と場所で、大小二本携えて生きてきたのだ。    武士とはなにか。    生きる道と死に方を、自らの意志で決める者である。 「……約束が、違うじゃないですか」     新選組史を基にしたオリジナル小説です。 諸説ある幕末史の中の、定番過ぎて最近の小説ではあまり書かれていない説や、信憑性がない説や、あまり知られていない説を盛り込むことをモットーに書いております。

よあけまえのキミへ

三咲ゆま
歴史・時代
時は幕末。二月前に父を亡くした少女、天野美湖(あまのみこ)は、ある日川辺で一枚の写真を拾った。 落とし主を探すべく奔走するうちに、拾い物が次々と縁をつなぎ、彼女の前にはやがて導かれるように六人の志士が集う。 広がる人脈に胸を弾ませていた美湖だったが、そんな日常は、やがてゆるやかに崩れ始めるのだった。 京の町を揺るがす不穏な連続放火事件を軸に、幕末に生きる人々の日常と非日常を描いた物語。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

処理中です...