白河夜船

月並

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 黒雲から、白い線が迸りました。
 白い線は地上に刺さったかと思うと、大きく地響きを鳴らして落下しました。熱風がふたりを襲います。
 危うく吹き飛ばされそうになった銀河を、白狼は腕を掴んで引き戻しました。

 2人は線が刺さった場所へ、足を向けました。

 着いた先には、クレーターができていました。中心には、小さなロケットがめり込んでいます。

「あれなんだろう。もしかして、火星人が来たのかな。『宇宙戦争』の、火星人が着陸したときとそっくりだよ」

 銀河はこわごわと、しかし興味津々といった様子でクレーターをのぞき込みます。

「食料の人間がひとりしかいないとなったら、火星人もさっさと引き上げるだろうよ」

 白狼はそう言って、クレーターを滑り降りました。銀河も慌ててついていきます。

 ロケットは真っ黒に焦げ付いていました。
 白狼は自前の刀で、ロケットをガンガン叩いていきます。振動でガタガタと揺れる部分を発見すると、そこに刃を突き立てました。
 ロケットはぼろりと崩れ、中から真っ白な楕円形のカプセルが出てきました。

「なにこれ」

 銀河は素っ頓狂な声を出しました。白狼はそっとカプセルを地面に置くと、ロケットの中を物色し始めます。

「ねえ、手紙が付いてるよ。これは冷凍睡眠カプセルです。中には娘が入っています。乱暴に扱わないで下さい……。これも冷凍睡眠カプセルだって。僕と一緒だ」

 白狼はロケットの中から、煤だらけの顔を覗かせました。そんな白狼をちらりと見てから、銀河は手紙を読み上げ続けます。

「第三次世界大戦のため、人類は滅びるでしょう。けれどどうしても、娘だけはと思い、娘を冷凍睡眠カプセルに入れて、宇宙へ飛ばします。10年後に地球に帰還するように設定しました。これを見つけた方は、どうか娘を起こして、傍に居てやってください」
「はあ、10年後?」

 顔をしかめた白狼は、銀河から手紙をひったくり、まじまじと眺めます。そして放り投げました。

「ええっ、何するの!」

 銀河は慌てて、地面に落ちた紙を拾います。
 白狼はその場に腰を下ろし、うなだれながら髪をかきむしりました。ぼさぼさの髪が、さらにめちゃくちゃになります。

「10年って、俺、どんだけ寝てたんだよ」

 目覚めたときの地下の様子と、地上に出たときの風景が、白狼の脳裏によみがえります。胸がずたずたに斬り裂かれるような気持ちになりました。
 気持ちを落ち着かせようと、白狼は刀を握りしめます。

 ふと、泣き声が聞こえました。慌てて声の方を向くと、蓋の開いたカプセルの中で、女の子がわんわんと泣いていました。その傍では、銀河がおろおろしています。
 近づくと、銀河は安堵したような表情を浮かべました。

「か、カプセルの中にいた子なんだけど……どうしたらいいかな?」
「お前が起こしたんだろ。お前なんとかしろよ」
「そんなこと言われたって。僕の読んだ本には、女の子の宥め方なんて書いてなかったよ」
「なんでも本に頼んなよ、このマニュアル人間め」

 白狼は再びロケットに戻ると、大きな箱を持ち出しました。それを乾いた大地に下ろします。もうと砂が舞いました。
 蓋を開けると、宇宙食がどっさりと入っていました。
 女の子はその箱を見るなり、泣きやみました。途端、ぐううと切ない音が女の子のお腹から発せられます。

 白狼は箱の中から、水を取り出して銀河に渡します。銀河は慌てて受け取り、蓋を開けた後、女の子に渡しました。
 女の子は顔を輝かせて、一気に水を飲み干しました。

 食料もひと通り食べ終えた女の子は、辺りを見回します。それから、白狼と銀河を見ました。

「ココはどこなのよ? こんなところ、知らないよ」

 銀河は救いを求めるように白狼を見ました。が、白狼は知らんふりをします。
 銀河は女の子に向き直りました。

「ここは地球だよ。君が眠っている間に、僕とこのお兄さん以外はみんないなくなっちゃったんだ」
「……ウソだ」

 女の子は、こぼれ落ちてしまいそうなほど目を見開きました。

「イヤだイヤだイヤだ! こんなとこにいたくないよ! ママもパパもいないし、家もないし! 死んじゃいたいよ!」

 女の子は張り叫び、再び泣き出しました。銀河はまたおろおろします。
 白狼は黙って、しばらく女の子の泣きっぷりを眺めていました。

「おいガキ」

 女の子は泣きやんで、白狼を見ます。冷たい紫の目が、女の子を刺します。

「死んじゃいたいなら死んでもいいぞ。口数減るし、お前が死んだらお前の肉を喰えるし、一石二鳥だよ、俺らにとっては」

 そう言って、白狼は腰にさしている刀を抜きました。乾いた大地に白い刃が光ります。女の子は顔を真っ青にしました。

「ちょっと! 刀しまって!」

 白狼と女の子の間に、銀河が割って入ります。

「3人しかいないんだから、3人で協力していこうよ。ね?」

 銀河の視線に、白狼は舌打ちをしながらも、刀を鞘に収めました。女の子は、カプセルの中で俯いています。
 銀河は女の子に目線を合わせるようにしゃがみました。

「僕は銀河って言うんだ。あっちのお兄さんは、白狼。君は?」
「……アタシは、神世かみよ

 神世はカプセルから出ると、土の上に名前を書きました。銀河も真似するかのように、自分と白狼の名前を、横に書きます。

「神世ちゃんか。素敵な名前だね」

 そう言った銀河と目が合うと、神世は顔を赤くして、ぷいと視線を逸らしました。



 神世が乗っていたロケットからは、宇宙食の他に、冷凍保存された肉や野菜、芋が詰まった小さな冷凍庫のようなものが出てきました。
 これでしばらくは食料に困ることはない、と白狼は胸をなで下ろしました。

 しかし数日も経たないうちに、ロケットの中の食料は半分を切りました。神世が、遠慮せずにガバガバ食べるせいでした。

「お前なあ、分別ってもんがないのか」

 流石に状況を見かねた白狼が、神世に突っかかります。
 しかし神世は聞く耳を持たず、今も乾パンの入った缶を抱えて、ひとりでぱくぱく食べています。

「このままいけば、もう数日もしねえうちに食料はなくなる。そしたら何も喰えない生活になるんだぞ。そんなばくばく食ってられんのも今のうちだぞ」

 神世は乾パンを食べる手を止め、嫌なものを見る目で白狼を睨みました。

「うるさいよ。わかったわかった。肉を見つけてくればいいんでしょ、肉を」

 そういうと神世は立ち上がりました。ズボンについた砂をはたき落とします。

「神世ちゃん、どこ行くの?」

 本を読んでいた銀河が、顔を上げて神世を見ます。神世はむくれたままです。

「お肉探しに」
「肉?」

 危ないよ、と銀河は言いましたが、神世はさっさと歩き始めてしまいました。

「白狼、神世ちゃんに何か言ったの?」
「餓死するぞって忠告しただけだよ」

 白狼は、目をつり上げながら乾パンを仕舞っていました。ふたりの様子に、銀河は腕を組んでため息を吐きます。

「どうして白狼はそう神世ちゃんに突っかかるかな」
「俺あいつ嫌い」
「何をそんな、子どもみたいなこと……。僕、神世ちゃんを止めてくるよ」

 銀河は神世が向かった方へ走りました。
 白狼は乾パンをロケットに放り込みます。食料を眺め、あと何食保つか計算します。
 しかし、神世がどれくらい食べるのか予測がつかないため、白狼は計算を放り投げました。

 相変わらず空は鉛のように黒く、大地には水分がありませんでした。人間がいる気配も、あのふたり以外に全くありません。
 飢餓感が、白狼の頭をかすめました。頭を振って、それを追い出します。

 遠くで銀河が、白狼を呼んでいる声がしました。腰に刀があることを確認し、白狼は声の元へと走り出しました。

 銀河のところへ着くと、神世が1匹の動物と対峙していました。犬のようで、獰猛そうな牙を持っています。
 神世は顔を青くしながらも、動かずにじっとその動物を睨みつけていました。
 銀河は、割り込んでいいものかどうか躊躇っているようです。白狼が来たことを知ると、安堵の表情を浮かべます。

 白狼は気配を殺して、動物の背後をとりました。神世はそんな白狼に気づいているのかいないのか、依然として動物を睨んでいます。
 そのまま白狼は近づき、刀を抜いて、振り下ろしました。

 悲鳴を上げて、動物は絶命しました。水分のない大地が血を吸います。
 白狼は刀で空を斬りました。刀に付いていた血が霧散します。

 神世はその場にへたり込みました。顔面は蒼白で、脂汗をにじませています。
 銀河が駆け寄り、神世を支えます。それから白狼を見て、死んでいる動物を見ました。その顔もまた、血の気が引いています。

「お前ら、先に戻っとけ」

 銀河はこくりと頷き、真っ青になったままの神世の手首を取って引き返しました。
 彼らが去ったのを確認してから、白狼は、動物が絶命するときに現れた灰色の柔らかそうな塊を食べました。

「ちょっとはマシになったかな」

 そう呟いてから、周囲を油断なく見回しました。
 右手の方向に、今倒したのと同じ動物のにおいがします。それも1匹ではなく、5匹ほど固まっているようでした。
 白狼がそちらを睨めば、気配は消えました。ちょうど、ロケットとは反対の方角へ。

 白狼は視線を、足元で倒れている動物に向けました。足の部分の肉を一欠けら斬り取って、口に入れてみます。
 舌で少し転がしてから、噛んで飲み込みました。

「……喰える、かな。味覚がないと、こういう時困るな」

 ふぅとひとつ溜息をついた白狼は、動物の喉元に刀を差し込みました。


 ふたりのもとに戻った白狼は、血抜きを済ませた先ほどの動物の死骸を、どさりと土の上におろしました。

「こいつ、どうやら1匹だけじゃねえみたいだ。これでしばらく肉には困らねえな」

 白狼は肉の塊を見下ろします。

「それにしても、今まであんな動物、見たことねぇぞ。なんで今更現れやがったんだが」
「神世ちゃんのお手柄だよ」

 銀河の言葉に、白狼は眉をひそめます。

「神世ちゃん、あの大きな犬みたいなのを、時々見かけてたんだって。それで、食料をあちこちに散らしていたらしいよ。神世ちゃんも、食料がなくなることを気にしていたんだよ」

 白狼は大きくため息を吐きます。それから神世に向かって、目を吊り上げました。神世はびくりと肩を揺らします。

「ひとりで餌をばらまくなんて、危ねぇだろうが! あの動物を見かけた時に、すぐに俺か銀河に言やぁ、んなことしなくても俺が狩りに行ったわ!」

 神世は銀河の背中に隠れながら、目を丸くして白狼を見ていました。てっきり反発されると思っていた白狼は、そんな彼女の様子に首をかしげます。
 ふたりを見て、銀河が噴き出しました。

「ね、白狼は優しいでしょ? 神世ちゃん」
「は? 俺が優しい? 何言ってんだお前」
「優しいよ。君は、僕たちの心配しかしてないもん」

 白狼は睨むような目つきで銀河を見ています。が、銀河は全然気にしていないようです。

「お父さんもお母さんも、友達も誰もかれもいなくなったこんな世界でも、そんなに怖くないし、寂しくもないのは、白狼のおかげだよ」

 微笑む銀河から、白狼は目を逸らしました。

「俺は、そんなんじゃない。俺は俺のために、お前らと一緒にいるだけだ」

 逸らした視線の先でも、相変わらず、空にはどんよりとした黒雲がかかっていました。
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