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主人公を殺します。後

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 お葬式が済んで、私はひとり、重たい足を引きずりながら帰っていた。
 笑いを含んだ声が聞こえたのは、会場から少し離れたところだった。
 顔をあげて見ると、同じクラスの女が3人いる。
渡辺わたなべ、本当に死んだよ」
「悲劇のヒロインっぽい死に方で良かったんじゃない? あいつ今頃満足してるでしょ」
「正義の味方ぶってたもん。ありえるわ」
「『すみれをいじめるのを止めろ!』だっけ?」
 下手な椿つばきの声真似に続いて、汚い笑い声が響いた。

 私はとても性格の悪い人間だった。いじめられて当然だと納得できるほど。
 そんな私のそばに、椿は根気よく居続けた。そしてそのせいで、いじめられることになった。
 首謀者を直接説得してもダメだった。先生を頼ってもはぐらかされた。椿に、私に近づくなと言ってもダメだった。
 大丈夫だと笑っていた。すみれがいれば、あと『カンナの花が咲き誇る』をプレイできるなら、大丈夫なんだと。

 全然、大丈夫じゃなかったんじゃない。

 傘をかなぐり捨てて、3人に近づく。
犬飼いぬかい?」
 私の名を呼んだ女の頬を、思いっきり叩いた。
「な、なにすんの!?」
「どうして椿を殺したの」
 女たちはきょとんとした。ひとりが笑う。
「殺した? 私たちが? 何言ってんの? 私たち、何にもしてないし。あっちが勝手に足を滑らせただけだし」
 その女の胸倉を掴んで、同じように頬を叩く。
「殺したのよ、あなたたちが。あなたたちだけじゃない、見て見ぬふりをしていた周りの生徒も、先生も、みんなで寄ってたかってあの子を殺した。椿は人間に殺された!」
 言いながら、私は彼女を叩くのをやめなかった。手がしびれていくけれど、そんなの構わない。
 周りの女が「こいつ、気が狂ってる!」「頭おかしい!」などと言いながら、私を引き剥がそうと手を出した。
 勢いよく突き出されたそれは、私の体を後退させるのに十分な力だった。
 私の後ろにあるのは道路。降雨で視界の悪い中、何も気づかない車が、スピードを落とさず向かってきていた。
 あ、私、轢かれる。死ぬ。
 その瞬間、私は後悔した。『人間』に全く仕返しができなかったことと、それから——




 目を覚ますとベッドの中にいた。とてもふかふかで寝心地抜群、しかもなんと天井付き。きらびやかな刺繍の施されたカーテンが下がっていた。
 柱には、無駄と言ってもいいぐらいの細かい彫り物が施してある。
 すごい。なにこれ。
 起き上がって、少し重たいカーテンを開く。
「女王様! お目覚めですか!」
 目を丸くして私を見下ろすのは、緑色の目をした女の人。メイドみたいな服を着ている。
 コスプレってやつだっけ、それ。なんでコスプレしてる人がこんなところにいるのかしら。
 ていうか今、私のこと、『女王様』って呼んだわね。
「ご気分はいかがですか? 痛むところはございますか? 儀式が終わってすぐに倒れたのを覚えておいでですか?」
 儀式……そうだ、思い出した。
 さっきまでの光景は、私の前世の記憶。
 女王ソバナとして生まれる前、私は日本という国の女子高生、犬飼すみれだった。
 こんな突拍子もないことをこうもすんなり受け止められるのは、前世で流行っていた小説のおかげだ。前世の記憶を持ったまま、ゲームやファンタジーの世界に転生するという内容のものが大流行していたのだ。
 私も例に漏れず、転生したのだ。しかもテンプレ中のテンプレ、恋愛シュミレーションゲームの悪役に。
「女王様、まだ顔色がすぐれません。体調が戻るまで、ゆっくりお休みになってください」
 メイドは物音ひとつ立てずに部屋を出ていった。よくできたメイド。いや、私が昔『足音がうるさいのよ!』と怒ったからだろう。
 ひとりになったところで、改めて思案にふけることにした。
 残念なことに私は、転生先となったゲーム『カンナの花が咲き誇る』、略して『カン花』をプレイしていない。各ルートの大筋を椿から聞いただけ。
 女王ソバナが出てくるのは、5つのルートのうち2つ。
 1つはアサザルート。金の目の奴隷と主人公が恋をし、革命を起こす。悪政を強いてきたソバナは処刑される。
 もう1つはデルフィニウムルート。青い目の貴族の男で、ソバナの婚約者。主人公の考えに感化された彼は、主人公と革命を起こす。悪政を強いてきたソバナは処刑される。
 つまり、アサザルートとデルフィニウムルートさえつぶしてしまえば、革命は起きないし私が処刑されることもない。なんだか簡単なことのように思えてきた。
 問題は主人公が誰なのか、である。椿の話だと、主人公の設定は割とぼやぼやしていた。主人公=プレイヤーの図を作りやすくするための、制作側の意図だろう。細かい設定は練っていないのだ。
 分かっているのは赤目の貴族だと言うこと、ソバナと同じ年齢だということ。
 私は今日が10歳の誕生日なので、つまり主人公も10歳かその前後だろう。9から11歳ってところかしら。
 赤目で9から11歳の女を探し出し、アサザルートとデルフィニウムルートに行かないように奮闘する。なるほど、通常の悪役令嬢転生ものならそういう展開になるのだろう。もしくは攻略キャラをすべて籠絡するとか、せめて処刑は回避できるように、悪政を強いるのをやめるとか。
 おもむろに、ベッドについているベルを鳴らす。
 ベルは2つあり、緑のリボンがついた小さなベルを鳴らせば、さっきのメイドがくる。紫のリボンがついた大きなベルを鳴らすと、大臣の中でもいちばん偉いのがやってくる。私が鳴らしたのは、大きい方。
 しばらくすると、扉を叩く音が聞こえた。
「入りなさい」
 許可を出せば、赤い目をした男が入ってきた。
 彼が今のこの国の、私の次に権力のある人間だ。名前はアンスリウム・シンシュ。幼い私に代わって、政治の一切を取り仕切っている。賢く国民想いの、人望がある男だ。
「ソバナ様、体調は大丈夫ですか?」
「それよりも命令があるのだけれど」
 私がそう言えば、彼は姿勢を正した。
「9から11歳の、赤い目の女を全員殺しなさい」
 アンスリウムは目をむいた。
「ぜ、全員!? 一体なぜ!?」
「私がそうしたいと思ったからよ。これ以上の説明はいる?」
「い、いや、しかし」
 目の前の男は顔が真っ青だ。そういえば、私と同じ年齢ぐらいの娘がいると言っていた。
「私の命令が聞けないのかしら? 私の言葉は、白鬼しろおに様の言葉よ?」
 私は大臣を睨んだ。紫の目を強調するようにしっかりと開く。
「……はっ、承知、しました」
 大臣は顔の色を変えないまま首を垂れた後、部屋を出ていった。
 扉の閉じる音が消えた後、私は近くに置いていた手鏡を取った。紫色の目を持つ子どもの顔が、鏡に映る。
 前世の世界では理解できないだろうけど、この国では紫の目を持つ者の命令は絶対だ。逆らえば神罰が下ると言われている。
 つまり私はやりたい放題。この地位を使わない手はない。
 私は決めたのだ。悪役女王に転生したからには、悪の限りを尽くす。ゲームのソバナのような悪政を、それ以上の悪を、この国にばらまく。
 ゲームの主人公候補を軒並み殺すのは、その第一歩にはとてもふさわしかった。だってこうすれば、物語は始まらない。主人公がいないんだもん。
 そうやって、気に入らないと判断した人間を殺していって、最後に私ひとりがこの国の上に立っていればいい。
 鏡の中のソバナが、ほくそ笑んだ。
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