不死王

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5 〈夜の街〉

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 セツナたちの目の前に、真っ黒で大きな壁が飛び込んできました。
 固く閉ざされている門扉の前にキサクが立つと、重苦しい音を立ててそれは開きました。

「ご苦労様です」

 門番にそうあいさつしたキサクに続いて、セツナたちも街の中へと入ります。門番の虚ろな目が、セツナには少し気にかかりました。

 街の中も、壁と同じく真っ黒でした。材質は石のようでした。家の中や街灯に灯る炎の橙色が、よく目立ちます。
 街の中央には、一際高い建物が見えました。

「あれが、不死王の住まわれる城ですよ」

 セツナの視線に気がついたのか、キサクがにっこり笑いながら教えてくれた。

「ともあれ、少し休憩しましょう」

 キサクは街に入ってすぐのところにある建物へと入りました。看板には『カフェ』と書かれています。
 中に入ると椅子と机があちこちに置かれていて、カウンターがありました。確かにカフェのようだと、セツナは店内を見回します。

「好きなところにお座りください。すみません、店主はいますか?」

 キサクがカウンター奥に向かって声を掛けると、ふらりと男が現れました。先ほどの門番と同じく、彼の目にも光が灯されていません。

「飲み物を。ああ、私と白鬼しろおに以外は不死者ではありませんので、水でお願いします」

 頷きもせず、男は来た時と同じようにふらりと奥に引っ込みました。しばらくすると、水を4つと、真っ赤な液体の入ったコップを2つ運んで来ました。
 目の前に置かれた赤いコップを見て、白鬼が顔をしかめます。一体なんなんだろうと思ったセツナは、コップに顔を近づけて匂いを嗅ぎました。鉄くさい匂いがつんと鼻腔を突きます。

「おいキサク、俺にもこれを飲めってか」
「そういえば、あなたには必要ありませんでしたね。じゃあ私がいただきます。この間腕を復活させたせいで、ちょっと飢えてたんですよね」

 さっと白鬼のコップを取ったキサクは、それをおいしそうに飲み干しました。

「ねえ、あれなんなの?」

 セツナはこっそりと、白鬼に尋ねます。

「血だよ」
「えっ?」
「あいつらの食料は血だ」

 ちらりと、セツナはもう一杯のコップを飲むキサクを見ました。ふいに、〈霧の街〉で見た彼の姿を思い出して、ぞっと背筋を震わせます。

「では行きましょう。店主、ごちそうさまでした」

 全員が一息つけたのを確認したキサクは、代金を置いて店を後にしました。店主は無反応でした。

 城までの道のりでは、誰とも遭遇しませんでした。〈炎の街〉でも〈霧の街〉でも、外を歩いて入れば必ずと言っていいほど誰かに出くわしたのに、とセツナは不審に思います。
 そっと、とある家の中を覗いてみました。そこには確かに人がいました。ベッドに寝転がって、目を虚空に向けています。

「そいつは800年、カフェの店主は500年生きている」

 セツナは白鬼の方を振り向きました。彼の目は、悲し気に揺れていました。

「ふたりとも初めは気力に溢れていた。そいつはこの世界にある街を全て巡ると張り切っていた。だけど巡り終わった後、やることがなくなったと言って以来、ずっと家にこもっている。カフェの店主は、カフェを開くことが念願だったと言っていた。けど200年もすれば飽きてしまったと言った。今は惰性で動いているようなもんだ」
「そんな……そんなの、生きてるって言えるの!?」

 そう言ってから、セツナは白鬼から、不死を目指すのを止めるよう忠告された時の言葉を思い出しました。白鬼は、前を行く一行の背中を見つめます。

「この街のやつらは不死王以外、みんなそうだ。キサクも今は大丈夫だが、あいつはまだ10年しか経っていない。この先どうなるか、分からない」
「ミタマは? あなたも、最初は不死じゃなかったんでしょう? この人が800年生きていることを知っているのなら、あなたはもっと生きているのよね? だけどあなたは、しっかりしているわ」
「俺には約束があるから」

 まっすぐと自分を見つめる深紫の目に、セツナの心がドキリと音を立てます。

「約束って……何? 誰としたの?」
「昔、とある女とした。そいつは何度生まれ変わっても俺の名を呼ぶ。俺はそいつに会うために生き続ける。そんな約束だ」

 セツナは胸をぎゅっと強く掴まれたような心地になりました。同時に、その約束を知っていると彼女は直感しました。

「まぁ信じなくてもいいぜ、こんな突拍子もないこと」

 自嘲気味に笑う白鬼に、セツナは勢いよく首を横に振ります。

「いいえ、信じる。信じるわ」

 その時、セツナたちの前を行く一行が足を止めました。見れば、城はもう目の前にありました。
 城の門も滞りなく通り抜けたキサクに続いて、セツナたちは城内に入りました。
 城の中も、やっぱり真っ黒でした。窓すらありません。入口の扉が閉まってしまうと、まるで巨大な棺桶の中に入ってしまったようでした。ぶるりとセツナの体が震えます。

 そこでもセツナたちはずいぶんと歩かされました。
 やっとキサクが足を止めた所には、壁にあったような大きくて重たく、冷たそうな鉄の扉がありました。
 それをキサクは難なく開けました。その先に、大きな黒い椅子に座る男がいました。真っ黒なフード付きのマントを被り、赤い目でセツナたちを一瞥します。
 瞬間、セツナたちは恐怖に囚われ、体を固くしました。そうしなかったのはキサクと白鬼だけでした。
 キサクは不死王の前に進み出ると、腰を折り一礼しました。

「不死王、新しい住人を連れて参りました」
「ああ、いつもありがとう」

 不死王は立ち上がり、セツナたちの目の前までやってきました。

「ようこそ、俺の〈夜の街〉へ。歓迎するぞ。ではさっそくだが、お前たちに不死を与える。そうだな、右から順番でいいだろう。奥に部屋がある。俺が呼んだら来い」

 右端にいた男が、嬉しそうに顔をほころばせました。不死王はそれを満足そうに眺め、旅をしてきた人たちを順番に見てから、左端のセツナの後ろにいる白鬼に目を留めました。

「おや白鬼。久しいな、何年ぶりだ?」
「知らん。もう長いこと、年数なんて数えてない」
「全くその通りだ。それじゃキサク、ひとりずつ案内を頼んだ」

 肩をすくめた後、不死王はそう言って奥の部屋に入りました。
 キサクは彼の指示通り、右端の男性をまず部屋に連れて行きました。残った4人は緊張しているのか、誰も喋りません。
 やがて1人目の男が出てきました。見た目は旅をしていた時となんら変わりはありません。

「あなた、本当に不死になったの?」

 次に不死になる予定の女が、怪訝そうに尋ねました。すると1人目の男は、嬉しそうに歯を見せて笑いました。そこに牙が生えているのを、セツナは見逃しませんでした。

「ああ、体が完全に作り替わったのが分かるよ! いい気分だ! お前たちも早く不死になるといい。寿命という鎖のなくなったことの、なんと素晴らしいことか! でもひとつ注意されたな。太陽の光を浴びるなって。あれだけは、俺達不死者の唯一の天敵らしい。浴びれば俺たちは、灰となって消えるんだと」
「どういうこと? それじゃあ不死じゃないじゃない!」
「いやいや。もう何百年も、太陽は黒雲の中に隠れたままだろ? つまり俺たちは、永遠の時を約束されたも同然」
「だけど、〈の街〉には日光があるわ!」
「そう。だから〈陽の街〉には近づくなと不死王に言われた。不死王は、太陽を再び完全に覆い隠す計画を、今進行中だそうだ。あれが成功すれば、お前の不安も払拭されるだろう」

 その言葉に反応したのは、白鬼でした。彼は不死王のいる奥の部屋へと駆け出し、無言でその扉を勢いよく開けました。

「ちょっと! 次は私の番よ!」

 次に不死になる予定の女が文句を言いました。
 セツナは白鬼の後を追います。その後姿だけでも、彼が怒っていることにセツナは気が付いていました。

「おい不死王、太陽を再び完全に覆い隠すってのは、どういうことだ?」
「お前なら分かるだろ、白鬼。あの黒雲をもう一度作るんだよ」

 瞬間、白鬼は素早く抜刀したかと思うと、その白い刀身を不死王の首めがけて薙ぎます。
 が、それは寸でのところで不死王に止められてしまいました。刀を素手で握る不死王の手の平から、血がたらりと流れ落ちます。

「ふざけるな! あれを、原爆をまた落とそうって言うのか!」
「その通りだが?」
「あれで何人死んだと思ってるんだ! 何人苦しんだと思ってるんだ! あれで俺は……!」

 不死王は白鬼の刀を強く掴むと、それを握ったままの白鬼と一緒に勢いよく投げました。

「ミタマ!」

 壁に激突した白鬼の傍へ、セツナは慌てて駆け寄りました。
 頭から流れる血を袖で強く拭い取った白鬼は、キッと不死王を睨みつけます。その深い紫の目には、強い怒りと苦しみの炎が燃え盛っていました。
 そんな目を白鬼にして欲しくないセツナは、彼をぎゅっと抱きしめました。そのまま不死王を見上げます。

「不死王、私に不死はいらない。ミタマを苦しめてまで生き永らえるのは、まっぴらごめんだわ。私はミタマの幸せのために生きる。そのために死ぬのなら本望。それができたのなら、この短い一生にだって不死と同じ価値があるのよ」
「愚かなことを。それは定命のあるお前達が、死に怯えるあまりに出した、哀れな言い訳だ」

 鼻で笑う不死王を無視して、セツナは白鬼と目を合わせました。
 口を引き結び、強く頷いた白鬼は、セツナを抱きかかえました。そして開いたままの扉に向かって、全力で駆け出します。

「キサク! そいつらを捕まえろ!」

 しかしキサクの手が届くより早く、セツナたちは部屋を飛び出していました。そのまま白鬼は廊下を走り、突き当りの壁を刀で斬って壊して、城外へ出ました。

 走って走って走って、白鬼は壁までたどり着くと、そのままの勢いで駆け上がり、外へと逃げることに成功しました。
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