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2巻
2-2
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「はっ! 聖女様がお疲れのことをすっかり忘れていました! つい長くなってしまって……今すぐお部屋へご案内いたしますね」
早く解放されたいと願っていると、ウィンスさんは思い出したようにそう言った。
ウィンスさんの話を聞いて、『災厄の日』やら聖女やらについて考えたせいで、体だけでなく頭まで疲れた。
そして、一つわかったことがある。いくら高級な椅子でも、長時間座っていればお尻が痛くなる。
俺はまたもや痛むお尻をさすりながら、案内をしてくれるウィンスさんについていった。
「聖女様のお部屋は、この廊下を進んだ突き当たりにあります。本日はゆっくりお休みくださいませ」
ウィンスさんは一礼してから、足早に去っていった。
廊下はいくつも分かれ道がある。
この城はかなり入り組んだつくりをしているようだ。忘れてしまわないうちに、ウィンスさんが示した廊下のほうに足を向ける。
「聖女様がいらっしゃったのなら我が国も安心だな」
歩き出そうとしたとき、自分を指すであろう『聖女』という呼称が聞こえ、足を止めた。どうやらこの枝分かれした廊下のどこかから聞こえるようだ。
続いて数人の同意する声が聞こえてくる。
声のするほうに歩いていくと、部屋の中で何やら会議をしているようだった。
馬車を降りるときにウィンスさんと一緒にいた禿げ頭の声もする。
ウィンスさんが言っていたことと同じような内容だ。
この先に続くことも、さっきウィンスさんが話していたことと同じようなものだろうと、興味を失いかけたところで、また別の声が聞こえた。
「しかし、皇帝陛下がおられないのでは……」
皇帝陛下。いわずもがな、ラムダ帝国を治める人物のことだ。
その一番大事な人物がいない?
ウィンスさんの話の中には出てきていなかった内容に、思わず興味を引かれる。
俺はさらに耳を澄ました。なんだか最近盗み聞きばかりしている気がする。
「もう一週間もお戻りになっていない。聖女様がいらっしゃったとしても、やはり……」
「自国を見捨てたお人なんてもういい! 今我が国に必要なのは聖女様だ」
「そんなこと誰かに聞かれたら――」
皇帝陛下が、いない。衝撃的な事実を、脳内で反芻する。
確かに宰相であるウィンスさんにあれほど歓迎されたのに、皇帝陛下は会うどころか、話にすら出てこなかった。
しかし、あの男性の言うとおり、国のトップである皇帝がいないのでは、たとえ聖女がいようと、上手く『災厄の日』を回避できないのではなかろうか。そもそも俺は聖女じゃないからそんな力もないのだ。ますますだめだ。
どうやら俺は、とんでもない国へ来てしまったらしい。
「それはそうと、聖女様はあれでいいのか?」
先ほど話していたのとはまた別の人物がそう言った。
あれでいい、とはどういうことだろう。俺はまだ問題行動をしたつもりはないぞ。比較的礼儀正しくしていたはずだ。
「牢にも入れずに随分自由にさせているようだが、ウィンスは何を考えているんだ。あまりに適当すぎる。聖女様は重要な存在なのだから、もっと厳重に管理すべきではないのか」
『管理』という言葉に、ゾッと鳥肌が立つ。この人たちは、俺のことを利用価値のある『もの』としてしか見ていないのだ。
俺が呆然としている間にも、『管理』の方法が次々述べられていく。
初めのうちは監視や軟禁など控え目なものだったが、話が進むにつれその内容は過激になっていった。
地下に監禁する、足を切断する、舌を切る、目をくりぬく。どれも非人道的な行為だが、それを喜々として語っている。
聖女がいる国には、繁栄が訪れる。言い伝えにはそんな内容もあるらしい。
聖女を求めた真の理由は、『災厄の日』から国を救うなんてことではなかったのかもしれない。話を聞いていると、帝国で聖女を独り占めしたいと思っていることがヒシヒシと伝わってきた。
ウィンスさんの話によると、かつての聖女は、世界を『災厄の日』から救ったのだ。どの国にいようと問題はないが、聖女の恩恵を独占しようとするのはよくない。
音を立てないよう細心の注意を払いながら、素早くその場を離れ、用意された自分の部屋へ向かう。
無意識に息を止めていたことに、部屋の扉を閉めて初めて気が付く。
体が震えている。
よし、逃げよう。心の中でそう呟く。
ここにいたら危険だと、俺の本能が警鐘を鳴らしている。
あんな考えをしている人の近くにいると考えるだけで悪寒がするし、いずれさっきの話どおりにされる可能性だってある。
俺を引き渡すのが攻め込むのを中止する条件なのだから、その俺がいなくなったら争いに発展するかもしれない。
けれどあの話を聞いてしまった以上、笑顔でここにい続けられる自信はない。
決断さえすれば、逃げるのは簡単だ。転移魔法を使えばいいだけなのだから。
王国の、家族が待っている自分の家を思い浮かべる。
そして魔法名を唱えた。
しかし、いつまで経っても周りの景色は変わらない。もう一度試しても同じだ。
そこで俺はやっと、魔法が使えないことに気付いた。いつまで待っても、魔法特有の魔力が抜ける感覚がないのだ。
何故魔法が使えないのかはわからないが、これでは逃げることができない。それどころか、魔法が使えないのでは、俺は無力な五歳児である。
冷や汗が額を伝う。
「……落ち着け俺」
そう自分に言い聞かせ、数回深呼吸する。
原因がわからないことには対処しようがない。
それを探るべく、自分と城周辺の魔力に意識を傾けた。その瞬間、すさまじい密度の魔力に圧倒される。
通常、魔力は一定の濃度で空気中に存在しているのだが、この辺り一帯の魔力が急激に増幅し、魔力の濃度がめちゃくちゃになってしまっているようだ。
通常感じることのないほどの魔力を感じてしまったせいか、頭がズキン、と痛む。
何故、どこから生じているのかまでは感知できないが、それはもう大量の魔力が城の周りのあちこちで発生している。
どうやら魔法が使えない原因はこれで間違いない。
大気中と体内の魔力は密接に関係しているため、大気中の魔力が乱れると体内の魔力をコントロールするのも当然難しくなる。
魔力をそのまま放出するくらいならできなくもなさそうだけど……属性を付与したり、攻撃に変換したり、魔力の緻密なコントロールが必要な魔法は、この状態で発動するのはおそらく無理だ。
そういえば、以前似たようなことがあったような……
過去の記憶を思い出してみると、すぐに思い当たる出来事が見つかった。
王都での緊急事態だ。
以前アドラード王国の王都で魔物の大量発生が起こった。
確かあのときも、王都に異常な魔力反応があったと学園長が言っていたはずだ。詳細は聞いていないが、きっとあのときと同じような状況なのだろう。
王都のときはここまでひどくはなかったから、まだ魔法が使えたけど……今回は魔法が使えないほど魔力の乱れが生じてしまっている。
あのときは、発生した魔力をもとに、大量に魔物が出現した。同じことが起こると考えて間違いない。
「嘘だろ……」
こんな異常事態が、同じ大陸で立て続けに起こるなんて、どういう確率だよ。
そんなことを考えていると、廊下からバタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。
行ったり来たり、大勢の人たちが忙しなく移動しているようだ。帝国も、このとんでもない魔力に気が付いたのだろうか。
王国での一件は各国に共有されているはずだし、これから先に起こる事態を予想したのかもしれない。
こんな状況では、逃げることなんてとてもじゃないができない。
窓から外を覗いてみたり、部屋の中をウロウロしていると、突如窓から見えていた裏庭一帯が真っ暗になった。
「え?」
ビリビリと空気を震わせるほどの衝撃と大きな音が辺りに轟く。立っていられなくなり、慌てて床に伏せた。一体何が起こったのか。
衝撃が収まってから、そっと外を覗く。
城を囲む塀は跡形もなく崩れ、その奥の森は、木が倒れ地面は抉れ、見るも無残な姿になっている。
そしてそこには、深い赤色の艶やかな鱗に覆われた、美しい巨大なドラゴンが横たわっていた。
「ウォン⁉」
驚いてそう叫ぶ。今目の前に横たわっているドラゴンは、確かに以前魔の森で出会ったウォンだった。
俺が名前を呼ぶと、ウォンは『うむ』と言いながら頷いた。横たわりながらなので、首の動きは申し訳程度だったが。
『久しいな、エルティード』
地響きのような低い声で、巨大なドラゴンはそう言った。
いつか魔の森で出会ったウォンが、何故ここにいるのかわからず混乱する。
『ちと上空を散歩していたのだ。だが急に魔力が乱れたせいで、驚いてバランスを崩し、落ちてしまってな。ガハハ! ドラゴンも空から落ちるってところか』
ウォンは豪快に笑いながら、そう説明してくれた。猿も木から落ちるじゃあるまいし。こっちの世界には、そんなことわざがあるのだろうか。
あと、ドラゴンが上空を散歩するなんて大丈夫なのかよ。こんな巨大な魔物が空を飛んでいたら、きっと皆、気が気でないだろう。討伐しようとする人もいるかもしれないし。
ウォンは体についてしまった土や葉を体を揺らして払いながら、ゆっくりと起き上がった。
それと同時に、廊下からまた足音が聞こえてくる。この騒ぎを聞きつけて、誰かがやってきたらしい。
ウォンは一応魔物だし、危険とみなされて討伐されたらどうしよう……そんな考えが頭をよぎるが、この巨体をどこかに隠せるはずもない。
ウォンを逃がす間もなく、部屋の扉が勢いよく開けられた。
「聖女様、ご無事ですか⁉ ものすごい衝撃と音がこちらから――」
ウィンスさんが、長い髪を揺らして部屋に飛び込んできた。
そして、窓の外を見て絶句する。それはそうだろう、こんなに大きくて立派なドラゴンなんてそうそういない。
『おや? エルティードの友人か?』
ウォンは呑気にそんなことを言った。
おい余計なことを言うな、人語を話す魔物とか、しかも俺のことを知っているなんて、もっと混乱を招くだろ。
ちらりと隣にいるウィンスさんの様子をうかがうが、予想どおり戸惑いと驚きを隠せないようだった。
「人語を話す、赤い鱗の巨大なドラゴン……」
ウィンスさんはぼそりとそう呟いた。
「やはりあなた様は、聖女様でいらっしゃるのですね!」
「はい?」
瞳をキラキラさせるウィンスさんに、意味がわからずそう聞き返す。
「まさか伝説のドラゴンまでお連れになっていたとは。私、感激いたしました!」
ウィンスさんは俺を無視して、早口で聖女の言い伝えについてまた話し始める。
要約すると、どうやら千年前の聖女は、人語を話す、赤い鱗の美しい巨大なドラゴンを引き連れていたらしい。
それでウィンスさんは、ますます俺を『聖女様』だと思い始めたようだ。
ウォンはそんなウィンスさんと困る俺を、興味深く観察している。
見ていないで助けてほしい。
「そうだ、こんなことを話している場合ではありませんでした。私はひとまず失礼いたします」
ウィンスさんは早口で告げて、慌ただしく退室していった。
この異常な魔力の対処に追われているのかもしれない。それともウォンの存在を報告しにいったとか。
とりあえずウォンが危険視されなくて安心した。長話から解放されたこともあり、ホッと息を吐く。
「そうだ。ウォン、怪我はないか?」
窓から身を乗り出して、ウォンにそう問いかける。
『これくらい、痛くもかゆくもないわ。我はドラゴンだからな』
それならいいが。
また魔の森で出会ったときのような大怪我をしていても、今は魔法が使えないから治してやれないのだ。
『それにしても弱ったな。この魔力の乱れでは、飛行するのに集中力がいるではないか』
「集中すれば飛べるならまだいいじゃないか。僕なんか魔法が使えないんだぞ、ただの無力な子供だ」
ウォンはわかっているのかわかっていないのか、フムフムと言いながら話を聞いていた。
『そういえばエルティードは何故こんなところにいるのだ?』
「大人の事情ってやつだよ」
『エルティードは面白いことを言うな』
子供の姿の俺が大人の事情と言ったのがおかしかったのか、ウォンは豪快に笑っている。
「それより、魔力が乱れているってことは、魔物のウォンにも何か悪影響があるかもしれないし、早く帰ったほうがいいんじゃないか?」
『その心配はないぞ! これだけ魔力が増幅すれば、魔力を動力源としているそこら辺の魔物は悪影響どころか、より強力になるわ。我も若干体内の魔力量が上がってはいるが、元々魔力量が多いからあまり変わらん。我らのような高等な魔物は、魔力を感知する能力が高いから、気が散ってしまって大変というのはあるが……まぁ強き者の定めというものだな!』
ウォンはえっへん! といった風に胸を張ってみせた。
そういえば、王都の魔力異常のときも、魔物はピンピンしているどころか、増幅した魔力で強力になっていたな……
それにしても、最初に会ったときは怖い印象を受けたが、こうして話してみるとウォンは随分子供っぽい。
『懐かしいな。かつてこの辺りで大暴れしたことがあった。そのときあやつにこっぴどく叱られて……ああ、今思い出しても恐ろしい』
何を思い出しているのか、ウォンはそう言って身震いした。
『そういえば、お前はあやつによく似ているな』
「あやつ?」
『うむ。お主と同じように白髪に紫色の瞳をしておった』
「それって――」
まさか、かつての聖女?
白髪に紫色の瞳だなんて珍しい特徴を持つ人は、聞いたことがある中で俺以外に一人しかいない。
いや、正確には転生するときに不思議な空間で出会ったあの少女がいるので二人かもしれないが、あの子は多分神様的存在だし、地上にやってくることはないだろう。
言い伝えでは、かつての聖女は、人語を話す赤い鱗の巨大なドラゴンを引き連れていたとウィンスさんが言っていた。
もしそれがウォンだったのなら、話の辻褄が合う。
「なぁ、ウォン、それって何年ぐらい前の話なんだ?」
『あやつに怒られた日か? 五百年、いや千年……いや三千年かもしれぬ……』
「とにかく遠い昔っていうのはわかった」
それとウォンの記憶が当てにならないことも。
「それにしてもこの魔力の乱れ、一体何が起こってるんだろうな」
『知らん』
ウォンは間髪を容れずそう言ってきた。お前には聞いていない。ただの独り言だ。
もしかして、これは『災厄の日』に何か関係があるのではないか。
ふとそんなことを思いついた。
ウィンスさんが教えてくれなかったので詳細はわからないが、災厄というからには人間にはどうにもできない現象なのだろう。だとしたら魔力によるもの、という可能性もある。
もうすぐ『災厄の日』がやってくるのなら、今こうして異変が起きたっておかしくはない。
ウォンに聞いてみようかと思ったが、今さっき『知らん』と言われたところなのでやめておいた。それにこいつの記憶は本当かどうか定かじゃない。
なんだか妙な胸騒ぎがする。
「なぁウォン、僕ウィンスさんのところへ行ってくるから、ちょっとおとなしくしててくれるか?」
下手に動かれたりしたら、余計な騒ぎになりそうだと思い、そう言い聞かせる。
ウォンは頷いた。
ウィンスさんに聞いて、この魔力の乱れと『災厄の日』の関係性について知ったところで、一体何になるのだと自分でも思う。
でもこんなに胸騒ぎがしては、じっとしてはいられなかった。
それに、魔法が使えなくとも体力回復のポーション作りとかなら役に立てるかもしれない。
ウィンスさんは宰相と言っていたから、この事態の対処に忙しくしていることだろう。まぁ邪魔になりそうだったら、さっさと帰ってくればいい。
そんな軽い気持ちで、広い廊下を歩いていく。
廊下には沢山の人が激しく行き交っていた。皆書類や荷物を抱えて忙しそうに動き回っている。
たまにチラッと俺を見る人もいたが、足を止める人は一人もいない。
執務室らしきものは案外すぐに見つかった。人が忙しなく出入りしている。
出入りする人にガン見されながらも、人と人の間を縫ってどうにか執務室に入る。
ウィンスさんは次々と運ばれてくる書類に片っ端から目を通し、入れ替わり立ち替わりやってくる人に指示を出したりしていた。紛れ込んで侵入してきた俺に気付く暇もないらしい。
やっぱり迷惑そうだから帰ろうかな……
外に出るか、声をかけるか逡巡していると、見覚えのある禿げ頭がやってきた。
聖女様の自由を奪おうだの閉じ込めようだの、物騒なことを言っていたうちの一人だ。
最初に会ったときは愛想よく優しそうだったくせに、俺のいないところであんなに恐ろしいことを言っていたなんて、人を信用できなくなりそうだ。
恐怖がぶり返して、体が震えそうになるのを気合いで抑える。
そのまま通りすぎるのかと思ったが、その人は他の人とは違い、俺の目の前で立ち止まった。
ツルピカの禿げ頭だぁ~、まるでゆで卵みたい! なんて脳内で悪口を言って恐怖を誤魔化そうとするも、あまり効果はなかった。
ゆで卵は俺の身長に合わせて屈むと、ニッコリと笑った。
「聖女様、こんなところで何をしておいでで?」
「えっと、ちょっとウィンスさんに用事がありまして」
「ほほう、そうでありましたか。申し訳ないのですが、ご覧のとおりウィンスは忙しくしておりまして。伝えておきますので、なんの用事か教えていただけますかな?」
不気味なほどにニッコリ笑っているのが怖くて、脳内で必死にゆで卵に変換する。
用って言われても、この用事をどう説明しろと。
なんか魔力が大変なことになってるんですけど、これって『災厄の日』と関係あります? って聞きにきたって言えばいいのか?
でもだからなんだと言われてしまったら困る。『自分ポーション作りとか得意なんで、お役に立てるかもっス☆』とか出しゃばりっぽいし、恥ずかしすぎて言えない。
「……早くしてもらえますかな。我々も忙しいのです」
「す、すみません。ウィンスさんにお聞きしたいことがあっただけなんです」
「どのようなことで?」
しつこいぞゆで卵!
「その、今魔力が乱れて大変なことになってるのが、『災厄の日』と何か関係があるんじゃないかと思いまして、それを聞きに……こんな風に魔力があちこちで増幅して、濃度がめちゃくちゃになってしまうなんて、きっとただ事じゃないですよね?」
小さな声で、「僕、ポーション作りが趣味で、もしかしたらお役に立てるかもと思いまして……」と付け加える。
『お役に立てるかもっス☆』を限りなくマイルドにした形である。
恐る恐る顔を上げてゆで卵の様子をうかがうと、ゆで卵はゆで卵ではなくなっていた。
驚いた表情をしたことにより額に皺が寄り、ツルツルじゃなくなったからだ。俺の脳内のゆで卵フィルターはそのせいで取れてしまった。
「何故、魔力の状態をそこまで詳しく……」
「え?」
「いえ、なんでも。ここは騒がしいですから、どこか別の場所でお待ちになっては? ウィンスには私が伝えておきます故」
遠回しに出ていけと言われてしまった。
まぁこれ以上邪魔をするのも申し訳ないので、とりあえず言われたとおり別の場所へ向かうことにした。
ゆで卵はあとをついてきたりする様子はなく、ホッとする。
地下に幽閉だの物騒なことを言っていたが、今はあいつもそんな暇はないらしい。
城の中をうろついても誰も何も言ってこないので、待っている間人気の少ない廊下を歩いたり、城を探検することにした。
あれだけ忙しくしてるから、多分聞けないだろうな。まぁちょっと待ってだめだったら、またそのときに考えよう。
フラフラと目的もなく歩く。
しばらく歩くと、肖像画が並べて飾ってある場所に出た。
肖像画の下には『○○何世』と書かれた札がかけてある。
歴代皇帝の肖像画だろうか。
伝統的なものなのか、皆一様に民族衣装のような独特な雰囲気の衣服を身に纏っている。
「この服……なんか見覚えあるんだよな……」
帝国に来たことはないし、どこかの本で見たのだろうか。
不思議に思いながら歩いていくと、女性の肖像画があった。ここまで男性しかいなかったので、てっきり皇帝になれるのは男性だけかと思っていたが、どうやら違うらしい。
その女性は他の肖像画の人物に比べると、かなり若く見える。他が三十代半ばだとしたら、この人は十代後半から二十代前半ぐらい。
燃えるような赤い髪に、意志の強そうな目が印象的だった。
早く解放されたいと願っていると、ウィンスさんは思い出したようにそう言った。
ウィンスさんの話を聞いて、『災厄の日』やら聖女やらについて考えたせいで、体だけでなく頭まで疲れた。
そして、一つわかったことがある。いくら高級な椅子でも、長時間座っていればお尻が痛くなる。
俺はまたもや痛むお尻をさすりながら、案内をしてくれるウィンスさんについていった。
「聖女様のお部屋は、この廊下を進んだ突き当たりにあります。本日はゆっくりお休みくださいませ」
ウィンスさんは一礼してから、足早に去っていった。
廊下はいくつも分かれ道がある。
この城はかなり入り組んだつくりをしているようだ。忘れてしまわないうちに、ウィンスさんが示した廊下のほうに足を向ける。
「聖女様がいらっしゃったのなら我が国も安心だな」
歩き出そうとしたとき、自分を指すであろう『聖女』という呼称が聞こえ、足を止めた。どうやらこの枝分かれした廊下のどこかから聞こえるようだ。
続いて数人の同意する声が聞こえてくる。
声のするほうに歩いていくと、部屋の中で何やら会議をしているようだった。
馬車を降りるときにウィンスさんと一緒にいた禿げ頭の声もする。
ウィンスさんが言っていたことと同じような内容だ。
この先に続くことも、さっきウィンスさんが話していたことと同じようなものだろうと、興味を失いかけたところで、また別の声が聞こえた。
「しかし、皇帝陛下がおられないのでは……」
皇帝陛下。いわずもがな、ラムダ帝国を治める人物のことだ。
その一番大事な人物がいない?
ウィンスさんの話の中には出てきていなかった内容に、思わず興味を引かれる。
俺はさらに耳を澄ました。なんだか最近盗み聞きばかりしている気がする。
「もう一週間もお戻りになっていない。聖女様がいらっしゃったとしても、やはり……」
「自国を見捨てたお人なんてもういい! 今我が国に必要なのは聖女様だ」
「そんなこと誰かに聞かれたら――」
皇帝陛下が、いない。衝撃的な事実を、脳内で反芻する。
確かに宰相であるウィンスさんにあれほど歓迎されたのに、皇帝陛下は会うどころか、話にすら出てこなかった。
しかし、あの男性の言うとおり、国のトップである皇帝がいないのでは、たとえ聖女がいようと、上手く『災厄の日』を回避できないのではなかろうか。そもそも俺は聖女じゃないからそんな力もないのだ。ますますだめだ。
どうやら俺は、とんでもない国へ来てしまったらしい。
「それはそうと、聖女様はあれでいいのか?」
先ほど話していたのとはまた別の人物がそう言った。
あれでいい、とはどういうことだろう。俺はまだ問題行動をしたつもりはないぞ。比較的礼儀正しくしていたはずだ。
「牢にも入れずに随分自由にさせているようだが、ウィンスは何を考えているんだ。あまりに適当すぎる。聖女様は重要な存在なのだから、もっと厳重に管理すべきではないのか」
『管理』という言葉に、ゾッと鳥肌が立つ。この人たちは、俺のことを利用価値のある『もの』としてしか見ていないのだ。
俺が呆然としている間にも、『管理』の方法が次々述べられていく。
初めのうちは監視や軟禁など控え目なものだったが、話が進むにつれその内容は過激になっていった。
地下に監禁する、足を切断する、舌を切る、目をくりぬく。どれも非人道的な行為だが、それを喜々として語っている。
聖女がいる国には、繁栄が訪れる。言い伝えにはそんな内容もあるらしい。
聖女を求めた真の理由は、『災厄の日』から国を救うなんてことではなかったのかもしれない。話を聞いていると、帝国で聖女を独り占めしたいと思っていることがヒシヒシと伝わってきた。
ウィンスさんの話によると、かつての聖女は、世界を『災厄の日』から救ったのだ。どの国にいようと問題はないが、聖女の恩恵を独占しようとするのはよくない。
音を立てないよう細心の注意を払いながら、素早くその場を離れ、用意された自分の部屋へ向かう。
無意識に息を止めていたことに、部屋の扉を閉めて初めて気が付く。
体が震えている。
よし、逃げよう。心の中でそう呟く。
ここにいたら危険だと、俺の本能が警鐘を鳴らしている。
あんな考えをしている人の近くにいると考えるだけで悪寒がするし、いずれさっきの話どおりにされる可能性だってある。
俺を引き渡すのが攻め込むのを中止する条件なのだから、その俺がいなくなったら争いに発展するかもしれない。
けれどあの話を聞いてしまった以上、笑顔でここにい続けられる自信はない。
決断さえすれば、逃げるのは簡単だ。転移魔法を使えばいいだけなのだから。
王国の、家族が待っている自分の家を思い浮かべる。
そして魔法名を唱えた。
しかし、いつまで経っても周りの景色は変わらない。もう一度試しても同じだ。
そこで俺はやっと、魔法が使えないことに気付いた。いつまで待っても、魔法特有の魔力が抜ける感覚がないのだ。
何故魔法が使えないのかはわからないが、これでは逃げることができない。それどころか、魔法が使えないのでは、俺は無力な五歳児である。
冷や汗が額を伝う。
「……落ち着け俺」
そう自分に言い聞かせ、数回深呼吸する。
原因がわからないことには対処しようがない。
それを探るべく、自分と城周辺の魔力に意識を傾けた。その瞬間、すさまじい密度の魔力に圧倒される。
通常、魔力は一定の濃度で空気中に存在しているのだが、この辺り一帯の魔力が急激に増幅し、魔力の濃度がめちゃくちゃになってしまっているようだ。
通常感じることのないほどの魔力を感じてしまったせいか、頭がズキン、と痛む。
何故、どこから生じているのかまでは感知できないが、それはもう大量の魔力が城の周りのあちこちで発生している。
どうやら魔法が使えない原因はこれで間違いない。
大気中と体内の魔力は密接に関係しているため、大気中の魔力が乱れると体内の魔力をコントロールするのも当然難しくなる。
魔力をそのまま放出するくらいならできなくもなさそうだけど……属性を付与したり、攻撃に変換したり、魔力の緻密なコントロールが必要な魔法は、この状態で発動するのはおそらく無理だ。
そういえば、以前似たようなことがあったような……
過去の記憶を思い出してみると、すぐに思い当たる出来事が見つかった。
王都での緊急事態だ。
以前アドラード王国の王都で魔物の大量発生が起こった。
確かあのときも、王都に異常な魔力反応があったと学園長が言っていたはずだ。詳細は聞いていないが、きっとあのときと同じような状況なのだろう。
王都のときはここまでひどくはなかったから、まだ魔法が使えたけど……今回は魔法が使えないほど魔力の乱れが生じてしまっている。
あのときは、発生した魔力をもとに、大量に魔物が出現した。同じことが起こると考えて間違いない。
「嘘だろ……」
こんな異常事態が、同じ大陸で立て続けに起こるなんて、どういう確率だよ。
そんなことを考えていると、廊下からバタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。
行ったり来たり、大勢の人たちが忙しなく移動しているようだ。帝国も、このとんでもない魔力に気が付いたのだろうか。
王国での一件は各国に共有されているはずだし、これから先に起こる事態を予想したのかもしれない。
こんな状況では、逃げることなんてとてもじゃないができない。
窓から外を覗いてみたり、部屋の中をウロウロしていると、突如窓から見えていた裏庭一帯が真っ暗になった。
「え?」
ビリビリと空気を震わせるほどの衝撃と大きな音が辺りに轟く。立っていられなくなり、慌てて床に伏せた。一体何が起こったのか。
衝撃が収まってから、そっと外を覗く。
城を囲む塀は跡形もなく崩れ、その奥の森は、木が倒れ地面は抉れ、見るも無残な姿になっている。
そしてそこには、深い赤色の艶やかな鱗に覆われた、美しい巨大なドラゴンが横たわっていた。
「ウォン⁉」
驚いてそう叫ぶ。今目の前に横たわっているドラゴンは、確かに以前魔の森で出会ったウォンだった。
俺が名前を呼ぶと、ウォンは『うむ』と言いながら頷いた。横たわりながらなので、首の動きは申し訳程度だったが。
『久しいな、エルティード』
地響きのような低い声で、巨大なドラゴンはそう言った。
いつか魔の森で出会ったウォンが、何故ここにいるのかわからず混乱する。
『ちと上空を散歩していたのだ。だが急に魔力が乱れたせいで、驚いてバランスを崩し、落ちてしまってな。ガハハ! ドラゴンも空から落ちるってところか』
ウォンは豪快に笑いながら、そう説明してくれた。猿も木から落ちるじゃあるまいし。こっちの世界には、そんなことわざがあるのだろうか。
あと、ドラゴンが上空を散歩するなんて大丈夫なのかよ。こんな巨大な魔物が空を飛んでいたら、きっと皆、気が気でないだろう。討伐しようとする人もいるかもしれないし。
ウォンは体についてしまった土や葉を体を揺らして払いながら、ゆっくりと起き上がった。
それと同時に、廊下からまた足音が聞こえてくる。この騒ぎを聞きつけて、誰かがやってきたらしい。
ウォンは一応魔物だし、危険とみなされて討伐されたらどうしよう……そんな考えが頭をよぎるが、この巨体をどこかに隠せるはずもない。
ウォンを逃がす間もなく、部屋の扉が勢いよく開けられた。
「聖女様、ご無事ですか⁉ ものすごい衝撃と音がこちらから――」
ウィンスさんが、長い髪を揺らして部屋に飛び込んできた。
そして、窓の外を見て絶句する。それはそうだろう、こんなに大きくて立派なドラゴンなんてそうそういない。
『おや? エルティードの友人か?』
ウォンは呑気にそんなことを言った。
おい余計なことを言うな、人語を話す魔物とか、しかも俺のことを知っているなんて、もっと混乱を招くだろ。
ちらりと隣にいるウィンスさんの様子をうかがうが、予想どおり戸惑いと驚きを隠せないようだった。
「人語を話す、赤い鱗の巨大なドラゴン……」
ウィンスさんはぼそりとそう呟いた。
「やはりあなた様は、聖女様でいらっしゃるのですね!」
「はい?」
瞳をキラキラさせるウィンスさんに、意味がわからずそう聞き返す。
「まさか伝説のドラゴンまでお連れになっていたとは。私、感激いたしました!」
ウィンスさんは俺を無視して、早口で聖女の言い伝えについてまた話し始める。
要約すると、どうやら千年前の聖女は、人語を話す、赤い鱗の美しい巨大なドラゴンを引き連れていたらしい。
それでウィンスさんは、ますます俺を『聖女様』だと思い始めたようだ。
ウォンはそんなウィンスさんと困る俺を、興味深く観察している。
見ていないで助けてほしい。
「そうだ、こんなことを話している場合ではありませんでした。私はひとまず失礼いたします」
ウィンスさんは早口で告げて、慌ただしく退室していった。
この異常な魔力の対処に追われているのかもしれない。それともウォンの存在を報告しにいったとか。
とりあえずウォンが危険視されなくて安心した。長話から解放されたこともあり、ホッと息を吐く。
「そうだ。ウォン、怪我はないか?」
窓から身を乗り出して、ウォンにそう問いかける。
『これくらい、痛くもかゆくもないわ。我はドラゴンだからな』
それならいいが。
また魔の森で出会ったときのような大怪我をしていても、今は魔法が使えないから治してやれないのだ。
『それにしても弱ったな。この魔力の乱れでは、飛行するのに集中力がいるではないか』
「集中すれば飛べるならまだいいじゃないか。僕なんか魔法が使えないんだぞ、ただの無力な子供だ」
ウォンはわかっているのかわかっていないのか、フムフムと言いながら話を聞いていた。
『そういえばエルティードは何故こんなところにいるのだ?』
「大人の事情ってやつだよ」
『エルティードは面白いことを言うな』
子供の姿の俺が大人の事情と言ったのがおかしかったのか、ウォンは豪快に笑っている。
「それより、魔力が乱れているってことは、魔物のウォンにも何か悪影響があるかもしれないし、早く帰ったほうがいいんじゃないか?」
『その心配はないぞ! これだけ魔力が増幅すれば、魔力を動力源としているそこら辺の魔物は悪影響どころか、より強力になるわ。我も若干体内の魔力量が上がってはいるが、元々魔力量が多いからあまり変わらん。我らのような高等な魔物は、魔力を感知する能力が高いから、気が散ってしまって大変というのはあるが……まぁ強き者の定めというものだな!』
ウォンはえっへん! といった風に胸を張ってみせた。
そういえば、王都の魔力異常のときも、魔物はピンピンしているどころか、増幅した魔力で強力になっていたな……
それにしても、最初に会ったときは怖い印象を受けたが、こうして話してみるとウォンは随分子供っぽい。
『懐かしいな。かつてこの辺りで大暴れしたことがあった。そのときあやつにこっぴどく叱られて……ああ、今思い出しても恐ろしい』
何を思い出しているのか、ウォンはそう言って身震いした。
『そういえば、お前はあやつによく似ているな』
「あやつ?」
『うむ。お主と同じように白髪に紫色の瞳をしておった』
「それって――」
まさか、かつての聖女?
白髪に紫色の瞳だなんて珍しい特徴を持つ人は、聞いたことがある中で俺以外に一人しかいない。
いや、正確には転生するときに不思議な空間で出会ったあの少女がいるので二人かもしれないが、あの子は多分神様的存在だし、地上にやってくることはないだろう。
言い伝えでは、かつての聖女は、人語を話す赤い鱗の巨大なドラゴンを引き連れていたとウィンスさんが言っていた。
もしそれがウォンだったのなら、話の辻褄が合う。
「なぁ、ウォン、それって何年ぐらい前の話なんだ?」
『あやつに怒られた日か? 五百年、いや千年……いや三千年かもしれぬ……』
「とにかく遠い昔っていうのはわかった」
それとウォンの記憶が当てにならないことも。
「それにしてもこの魔力の乱れ、一体何が起こってるんだろうな」
『知らん』
ウォンは間髪を容れずそう言ってきた。お前には聞いていない。ただの独り言だ。
もしかして、これは『災厄の日』に何か関係があるのではないか。
ふとそんなことを思いついた。
ウィンスさんが教えてくれなかったので詳細はわからないが、災厄というからには人間にはどうにもできない現象なのだろう。だとしたら魔力によるもの、という可能性もある。
もうすぐ『災厄の日』がやってくるのなら、今こうして異変が起きたっておかしくはない。
ウォンに聞いてみようかと思ったが、今さっき『知らん』と言われたところなのでやめておいた。それにこいつの記憶は本当かどうか定かじゃない。
なんだか妙な胸騒ぎがする。
「なぁウォン、僕ウィンスさんのところへ行ってくるから、ちょっとおとなしくしててくれるか?」
下手に動かれたりしたら、余計な騒ぎになりそうだと思い、そう言い聞かせる。
ウォンは頷いた。
ウィンスさんに聞いて、この魔力の乱れと『災厄の日』の関係性について知ったところで、一体何になるのだと自分でも思う。
でもこんなに胸騒ぎがしては、じっとしてはいられなかった。
それに、魔法が使えなくとも体力回復のポーション作りとかなら役に立てるかもしれない。
ウィンスさんは宰相と言っていたから、この事態の対処に忙しくしていることだろう。まぁ邪魔になりそうだったら、さっさと帰ってくればいい。
そんな軽い気持ちで、広い廊下を歩いていく。
廊下には沢山の人が激しく行き交っていた。皆書類や荷物を抱えて忙しそうに動き回っている。
たまにチラッと俺を見る人もいたが、足を止める人は一人もいない。
執務室らしきものは案外すぐに見つかった。人が忙しなく出入りしている。
出入りする人にガン見されながらも、人と人の間を縫ってどうにか執務室に入る。
ウィンスさんは次々と運ばれてくる書類に片っ端から目を通し、入れ替わり立ち替わりやってくる人に指示を出したりしていた。紛れ込んで侵入してきた俺に気付く暇もないらしい。
やっぱり迷惑そうだから帰ろうかな……
外に出るか、声をかけるか逡巡していると、見覚えのある禿げ頭がやってきた。
聖女様の自由を奪おうだの閉じ込めようだの、物騒なことを言っていたうちの一人だ。
最初に会ったときは愛想よく優しそうだったくせに、俺のいないところであんなに恐ろしいことを言っていたなんて、人を信用できなくなりそうだ。
恐怖がぶり返して、体が震えそうになるのを気合いで抑える。
そのまま通りすぎるのかと思ったが、その人は他の人とは違い、俺の目の前で立ち止まった。
ツルピカの禿げ頭だぁ~、まるでゆで卵みたい! なんて脳内で悪口を言って恐怖を誤魔化そうとするも、あまり効果はなかった。
ゆで卵は俺の身長に合わせて屈むと、ニッコリと笑った。
「聖女様、こんなところで何をしておいでで?」
「えっと、ちょっとウィンスさんに用事がありまして」
「ほほう、そうでありましたか。申し訳ないのですが、ご覧のとおりウィンスは忙しくしておりまして。伝えておきますので、なんの用事か教えていただけますかな?」
不気味なほどにニッコリ笑っているのが怖くて、脳内で必死にゆで卵に変換する。
用って言われても、この用事をどう説明しろと。
なんか魔力が大変なことになってるんですけど、これって『災厄の日』と関係あります? って聞きにきたって言えばいいのか?
でもだからなんだと言われてしまったら困る。『自分ポーション作りとか得意なんで、お役に立てるかもっス☆』とか出しゃばりっぽいし、恥ずかしすぎて言えない。
「……早くしてもらえますかな。我々も忙しいのです」
「す、すみません。ウィンスさんにお聞きしたいことがあっただけなんです」
「どのようなことで?」
しつこいぞゆで卵!
「その、今魔力が乱れて大変なことになってるのが、『災厄の日』と何か関係があるんじゃないかと思いまして、それを聞きに……こんな風に魔力があちこちで増幅して、濃度がめちゃくちゃになってしまうなんて、きっとただ事じゃないですよね?」
小さな声で、「僕、ポーション作りが趣味で、もしかしたらお役に立てるかもと思いまして……」と付け加える。
『お役に立てるかもっス☆』を限りなくマイルドにした形である。
恐る恐る顔を上げてゆで卵の様子をうかがうと、ゆで卵はゆで卵ではなくなっていた。
驚いた表情をしたことにより額に皺が寄り、ツルツルじゃなくなったからだ。俺の脳内のゆで卵フィルターはそのせいで取れてしまった。
「何故、魔力の状態をそこまで詳しく……」
「え?」
「いえ、なんでも。ここは騒がしいですから、どこか別の場所でお待ちになっては? ウィンスには私が伝えておきます故」
遠回しに出ていけと言われてしまった。
まぁこれ以上邪魔をするのも申し訳ないので、とりあえず言われたとおり別の場所へ向かうことにした。
ゆで卵はあとをついてきたりする様子はなく、ホッとする。
地下に幽閉だの物騒なことを言っていたが、今はあいつもそんな暇はないらしい。
城の中をうろついても誰も何も言ってこないので、待っている間人気の少ない廊下を歩いたり、城を探検することにした。
あれだけ忙しくしてるから、多分聞けないだろうな。まぁちょっと待ってだめだったら、またそのときに考えよう。
フラフラと目的もなく歩く。
しばらく歩くと、肖像画が並べて飾ってある場所に出た。
肖像画の下には『○○何世』と書かれた札がかけてある。
歴代皇帝の肖像画だろうか。
伝統的なものなのか、皆一様に民族衣装のような独特な雰囲気の衣服を身に纏っている。
「この服……なんか見覚えあるんだよな……」
帝国に来たことはないし、どこかの本で見たのだろうか。
不思議に思いながら歩いていくと、女性の肖像画があった。ここまで男性しかいなかったので、てっきり皇帝になれるのは男性だけかと思っていたが、どうやら違うらしい。
その女性は他の肖像画の人物に比べると、かなり若く見える。他が三十代半ばだとしたら、この人は十代後半から二十代前半ぐらい。
燃えるような赤い髪に、意志の強そうな目が印象的だった。
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