魔王なペットの転生ライフ

花歌

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双子

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 時は少しさかのぼる。

 霧の中、優馬がソラと共にクラインの姿に戻ったころ。
 魔力の波動……、力の波動を感じていた者達がいた……。

 中でも、2つの影はすぐ近く。
 霧の目前にいた。

「ねーねー、ねーねー、ギルー。 やっぱり入っちゃダメかなー、ダメなのかなー?」
「入りたいねー、入りたいよー! だけどねベル。きっと霧の中に入ったら、あの大きな力の人にばれちゃうよー。ばれちゃうよね」
「そっかー、今は気づかれない方がいいもんねー。
 だけどだけどー、食べられちゃったらどうする? どうしよー?」

 白と黒のゴシックワンピースを翻しながら、ベルと呼ばれた少女は同じくゴシックのスーツを身にまとった双子の弟、ギルに向け左右に首をかしげる。

 双子ではあるが、二卵性双生児であり、男女の双子だ。

 2人の顔は、二卵性双生児にもかかわらず瓜二つ。違いと言えば、男女の差であり、ベルの方が女性特有の丸みがあり、ロングヘアー。ドール人形の様な見た目に対しギルの髪はショートボブ。
 華奢に見える体躯はベル同様に可憐な女の子にしか見えないが、ただ無駄なものが一切無いだけ。「脱いだら凄いんだぞ☆」(男性版)的なやつである。


「大丈夫だよベル。先を越されたけれど、こんなのに喰われたりはしないよ。しないでしょ? ただ、彼女も、霧も便利だったから、使えなくなるのは残念だよ。残念だよね」
「そうだよねー、そうだよー。弱いから必死なんだろうね、必死なんだよ!」

 「うぅぅー」と唸り、ドタバタと足踏みしながらクルクル回るベル。

 足踏みに合わせてボコボコと足場が悲鳴を上げ、大きく揺れているが気にしない。
 因みに大きく揺れているのは、別にベルが異常なまでに力を入れて足踏みをしているからではない。単に車の上だからだ。

 無論2人の車というわけでもなく、霧の奥をのぞき込むのに丁度よかったから乗っただけ。
 2人からすれば、どれも大きな置物でしかないのだ。
 
 たが2人からすれば同じでも、他の者が見れば明らかに違う印象を与えていたに違いない。何せ見るからに高級車であり、できるだけかかわりたくないと思わせる雰囲気を漂わせていたのだから。
 案の定。

「ガキャァ、テメェェーーーーー!!!!
 人様の車の上で何跳ね回っとるんじゃー、ゴラァー!!!!!」


「でもでもー、霧を使わない方が楽しいよね?楽しいね!」


「兄貴がしゃべってんのに、何無視かましとるんじゃい!!!!!」

 ギャーギャーと騒ぐ、男が2人。頭をくねくねと上下に揺らし、ザ・チンピラという言葉がこれ以上ないほどに当てはまる動きで近づいてくる。

 が、どこぞの新喜劇のように近づいてくるザ・チンピラに気づいていないのか、ベルとギルは未だに2人だけの世界で会話を楽しむ。

「そうだね、ベル。
 霧の中だとみんな動かないからね、つまらないよね。つまらないよ!」
「だよねー、だよねー!」

「嬢ちゃん達、ちぃいと遊びが過ぎんじやねぇか?」
「「剛田さん!!」」
 ギルとベルの様子にしびれを切らしたのか、チンピラの間から、車の持ち主である男。剛田が2人の真下に近づき青筋を浮かべる。


「それ、僕達のこと言ってるんだよね? だよねー?」
「え~~~! そうなのー? そうなんだー?
 どうしてー? どうして!?」

 だが男達に気がついた所で2人は恐れや、恐怖といった表情はなく、悪びれた様子もない。

 ギルは口だけをニンマリと広げ笑みを貼り付け、ベルもまたピョンピョンと男達の元へと飛び降り、同じように笑みを貼り付ける。


 瞬間。


 剛田は思わず息を呑み、一歩後ろに下がっていた。
 

(なぜこんなガキに?)
 剛田は一瞬混乱する。が、直ぐに気付く。
 口が裂けたかのようにつり上げた口角。口だけで笑みを浮かべた笑顔は、異様と言えるだろう。
 だが、剛田を一歩下がらせたものは他にある。2人の視線だ。

 剛田の偏見だか、目の前の2人は中学生くらいの見るからに苦労を知らない子供だ。
 親の甘い汁を吸いながら、愛だの夢だのと、世の中を知らずに笑い、語っているような連中。

 車の上で騒いでいた時は反吐が出ると、自身が抱えた苛立ちを2人へとぶつけるつもりでいた。
 だから部下であるチンピラよりも前、2人の目前に出た。一方的な力で、苛立ちをぶつけるはずだった。

 だが、今目の前にいる者は何んだ?
 苛立ちをぶつけるだけの存在では無かったのか? と、剛田の体をゾクリと震わせる。
 男達に対して何の感情も持たない異様な視線。

 決して少なくない修羅場を潜り抜けてきた剛田だからこそ、3人の中で唯一気付くことができた違和感だった。

(ガキが向ける視線じゃねー)
 強者が弱者に向けるもの。いや、弱者とも思わない相手に向けるものであり、強者たる捕食者が、獲物を玩ぶ時に向けるものだ。

(ありえねー。ガキだぞ!? ありえるはずがねー)
 自分の考えを否定し、振り払う。
 だが自身の経験が警報を鳴らす。同じような視線を向けられた者達の末路を嫌が応でも思い出させる。
 剛田が裏の世界に入って間もない時から何度も見てきた視線。
 向けられた相手は必ず——。

 剛田は思わず部下であるチンピラ達へと振り返る。
 頭に来ているチンピラ達は、異様な視線に気づかない。寧ろ馬鹿にされたと思い苛立ちを露わに文句をまき散らしている。


 何かがおかしい。止める理由など、それだけで十分だ。
 剛田はチンピラ達を止めるべく、口を開きかけ。


 チンピラの1人が剛田の視界から消えた。
 いや、実際には崩れるように倒れていた。
 鉄の匂いが鼻を付き、足元を血が赤く染め上げていく。

「楽しいね! 楽しいよね?」
 いつの間に降りて来たのか、剛田の隣でギルが笑みを浮かべ問いかける。

 しかし剛田は目前の光景に、ギルの声も届かないのだろう。
 息を呑み、立ち尽くすことしかできない。


「はむ、じゅるるるる……。
 おいしいね。おいしいよね?」


 貼り付けた笑顔ではない、ベルの見た目相応の笑顔。
 友達とカフェで買った季節限定のフラペチーノが、当たりだったかの様に、手に持つ物を啜る。
 整った容姿も相まって、その姿だけを切り取れば、絵になったに違いないのだが……。

手にもち啜るのは、血肉が滴るチンピラの首だ。
 恐怖が支配し、思考を止め理解が追付かない。

 静寂が、剛田とチンピラの間を流れる。
永遠とも思える時間。実際には3分も経ってはいないのだが、永遠ならばと願っていた。

 だが、生きている方のチンピラが恐怖に耐えられなかったようだ。
 腰を抜かして力なく座り込んでしまう。
 現実に引き戻すトリガーとなり、収まりきらなくなった恐怖が外へ溢れんと、だらしなく口を開かせる。

 瞬間。

「んあぁんんんんああんんんんんんんんん!!!!!!?」
「ダメなんだぞ!! ダメなんだよね?
 うるさいよね? うるさいもん!!」

 「し―だぞ!」と子供に言い聞かせるように、ベルがチンピラの口に、元相方であった血肉を押し当てた。


 目前の光景に、剛田の背中に冷たいものが流れる。
 チンピラの立場が自分でない事に一瞬安堵するが、次の矛先が自分でないとも限らない
「逃げなければ」と、本能が警報を鳴らし、諤々と体を震えさせる。 

 だが剛田にとってはまだ幸せだったのかもしれない。
 なぜならば。

「ベルと間接キスだぞ! 間接キスだよね?」
 
 キャッキャと声を挙げるベルの言葉を最後に、視界が暗転。
 グシャリト果実の崩れる音が、ギルの右の手のひらから籠り、剛田の体が崩れ落ちる。
 頭の一部がまるで熟した桃を握るように簡単に握りつぶされ、恐怖を感じさせる前に逝けたのだから。

 災難なのは生きているチンピラだ。

「よくも奪ったね、ベルの間接キスを!!
 許さないよ? 許さない!!」

 貼り付けた笑みが怒りの表情に変わり、チンピラへと向けられる。
「んあああああんんんんんんあんあんんんんんん!!!!!!!」
 たまらず恐怖が口から零れるが、出すことは許されない。

「落ち着いて、ギル」
 チンピラでチンピラを抑えるのを止め、ベルがギルを宥めるが、だからと言って生きているチンピラが解放されることもないのだから。

 ベルは生きているチンピラの首を掴むと、引きずりながら、ギルの前へと向かう。
 腰を下ろし、ギルの指についた肉片にしゃぶりつく。

「これだけあれば十分だよね? だよね?」
「あーベル、そうだね、そうだとも。
 あの子達に与えるエサには十分すぎるくらいだよ」

 高揚したように、ギルは頬を赤らめ呼吸を荒くさせる。
 とろけるような視線を向け、もはや怒りの色はそこにはない。
 舐められた指を掲げ、恍惚とした表情で天を仰ぐ。


 指の余韻を一通り満足したギルは、手をつなぐようにベルの持つ、生きているチンピラの首に手を伸ばす。
「さあ、帰ったらこれで何して遊ぶのかな? 遊ぼうか!!」

 剛田とチンピラの体を回収するベルとギルは、生き残ってしまったチンピラの声にならない声を残しながらも、まるで新婚夫婦の買い物の帰り。各々が抱える荷物と、2人で持つ荷物を持つように、霧とは逆方向へと歩き出すのであった。


 ◇


 コツコツと階段を下る音が地下へと続く。
 やがて階段の先。年月を物語るかのように、扉がキィィィッと悲鳴を上げた。


 扉から微かな光が差し込む。
 すでに何かが部屋の中に居るようだ。微かな光に幾つもの影が蠢いている。
 ギルとベルは、影の様子にうっすらと笑みを浮かべ、乱暴に2つの肉の塊を放った。
 因みに生きているチンピラは未だ2人が握っている。


「お利口に待っていたかな? 待っていたよね!」
 ベルの言葉の先。返答はないが、転がる肉の塊に影達はゴクリと喉を鳴らす。
 諤々と震えているものの、瞳には、もはや肉の塊しか映していない。

 2人は再度笑みを浮かべる。
 自分達の躾が行き届いているようだと満足し、改めて影達を見渡した。
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