魔王なペットの転生ライフ

花歌

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命名

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 人という生き物は、女や子供に対し油断する。 
 それがソラの偽物の認識だった。
 
 実際、女の体で人を油断させては騙し、何度も喰らってもきた。
 必要以上に己の力を使わずに喰らうことが出来るのだから、今回も女の体を使えばいいと思っていた。
 だからこそ、ソラの偽物は女の体に移ったのだ。
 
 だが、あくまでソラの偽物の経験からの認識。現代日本という一部の枠内での認識でしかなかった。

ソラの偽物。女は気がつけば地面に転がり砂塵を噛んでいた。
「ククク……そんなに我を喰いたいか?」

 クラネスが、喰らいつこうと迫る女を軽くいなし、躊躇することなく背中を蹴り飛ばしたのだ。

 そもそも、国が違えば常識だって違うもの。ましてや異世界の元魔王なら違って当然だろう。
 女は何か驚愕な表情を浮かべているようだが、クラネスからしてみれば正直何に驚いているのか理解出来ない。

(――ん?)
 女の視線がクラネスから外れる。
 かと思えば、ケタケタと笑いだし、再びクラネスに向け飛んできた。
 明らかに何かを企んでいるのが分かる。 
(此奴はバカなのか?)

 クラネスから視線を外した先には、ディスペルをかけ、放心したままの人達が数名立ち尽くしていた。
 正直何を^_^考えているのか容易に想像が付く。

 立ち尽くしている者達を襲おうとしているのではないかと。更にクラネスが助けにはいれば隙をつこうという算段なのだろう。
 案の定。


 唐突に女はクラネスから方向を変え、数名の人達へと口を開けた。
 細められた瞳には恍惚なものを宿し、目の前の人間を喰らいつこうとし。


「――ッ!?」


 出来なかった。
 勿論クラネスが隙を作り、襲われたわけでもない。


(ふむ、分かっていることに対処するなど造作もない)
 クラネスが女よりも早く動いていたのだ。

 魔力を足に集中させ跳躍したクラネスは、女がクラネスの動きを理解する間もなく顔を鷲掴み、地面へと叩き付ける。
「やはりお主はバカなのか?」
 
 
 ただ足に魔力を集中させただけ。別に強化魔法でも無いのだが、それだけで十分であったようだ。
 自身の体を確認しながら、女に視線を送る。


「さて、女。お主は我の魔力が目当てなのだろう?
 ならば存分に喰わせてやるぞ?」


 何を思ったのかクラネスは自身の根源から魔素を練り魔力を高める。
 魔力を高めるだけで、相手に対し敵意も何も発していない。

 それを察知したのか、女は再度ケタケタと笑う。
 直後女の全身からブワッと煙のような物がいっきに放出された。
 巻き上がる煙は、霧の中だというのに渦を巻きながら膨れ上がり、雲のように浮かぶ。

 雲は女の体が、崩れ落ちるが気にしない。
 そのままクラネスの魔力をむしゃぶりつくさんと襲いかかった。
 
 
 
 クラネスに襲い掛かって数分経っただろうか?
 渦巻く雲はゴロゴロと蠢き、雷雲となっていた。
 クラネスの力を喰らった影響だろう。先程よりも明らかに大きくもなっている。

 そして、満足したらしい。
 雲は未だ力を吸ってはいるが、満足そうに体内に雷光を走らせた。
 雷雲を走る雷光は20万ボルトの電流だ。雷雲の中にいれば否が応でも20万ボルトの電流に襲われることになる。
 無論クラネスも例外ではない。激しく明滅しながら幾万の雷がクラネスを襲う。
 クラネスの体を焼き尽くさんと全身を駆け巡り、
「カッカッカ。我にとってはただ筋肉をほぐしてくれるだけに過ぎぬようだな。
 魔力を吸収して力にしたところでただのマッサージとは、我に媚でも売るつもりか?」


 ピンピンしていた。
 むしろスッキリした様子すらある。
 
 それと言うのも、全身に纏った魔力の膜を放電させ、電気系統の防御膜を覆うことで雲の攻撃を相殺していたのだ。

 実は防御膜を覆うという形をとったために、衝撃は防ぎきることが出来ず、更に若干の電流もクラネスを襲ったのだが、寧ろ上質な電気マッサージを受けていたようなものと同じだったらしい。

 だがいつまでもマッサージを受けていても仕方が無い。
 クラネスは礼とばかりに横一線。雲に亀裂を作ると、外へと難なく歩を進めた。

 

 クラネスが雲の外へと出ると、雲は先程よりもゴロゴロ稲光を挙げる。
 一丁前に怒っているようだ。
 クラネスからしてみれば何を怒っているのか分からないが、五月蝿いったらない。


(少しはこの体に我も慣れてきたようだし、そろそろ終わりにした方が良いかもしれぬな)


 などと思っていた最中。
 怒りをあらわにしている雲が、亀裂を修復しながら次第に自身を収縮し始め人の形を作りだす。
 ソラの偽物同様、物体を作りだしたのだ。

 しかし……。
(なぜ我の姿に!?)

 暫く形が整うのを見も待っていると、ゴロゴロと蠢いていた雲が、何故かクラネスの姿を形作っていた。
 雷雲になっていたせいか、クラネスの偽物はクラネスよりも全体的に黒みがかっている。


(いや、我があまりにも魅力的であったのだから分からなくはないが……偽物になったり、女になったり、雲になったり、偽物になったり……。
 いい加減、統一してもらいたいものだな。
 姿を変えるたびに呼び名を変えなくてはならないではないか。実にめんどう極まりない!
 いっそう偽物で統一してやろうか?)
「よし、お主はこれから名を『偽物』と名乗るがよい」


 等と思っていると、クラネスの姿でケタケタと笑う偽物。
 その様子にクラネスも自身の命名が気に入ったのだろうと、うんうんと満足そうに頷く。
 
 そして。
 ヤレヤレと呆れながらもクラネスは一歩後ろに下がり身を反らす。

 刹那。閃光が走る。
 クラネスがつい先程まで立っていた先を過ぎたのだ。
 偽物がクラネスめがけて飛んできたようで、明らかに先ほどまでよりも早い。
 全身を走る電流により、強化されているようだ。

 偽物は、クラネスが避けると弧を描き戻ってくる。
 幾度となく迫り、閃光が走っては、戻り、走っては戻り。

 それはもう幾つもの閃光が走って、走って、走って……。

(流石に我も飽きたぞ?)

 結局のところ、偽物はバカの一つ覚えの如く、素早く突っ込んでくるだけだった。
 

 (この様なバカに、ここにいる者共が犠牲になっていたかと思うと、何とも嘆かわしい)

「もうよい偽物。我がお主に名づけてやったのだから、心残りはあるまい。そのまま光と共に朽ちるがよい」

 閃光がきらめく中、クラネスは左手を前に突き上げ言葉を紡ぐ。
「エアバースト」
「――!?」

 
 バババババと強い衝撃が辺りを走るのは一瞬。


 バガアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァン!!!


 クラネスの目前。偽物の全身が爆風をまき散らしながら、木端微塵に破裂。光は花火のように輝きながら跡形もなく消えた。



    偽物が消えたことにより、B級映画も膜締めのようだ。辺りを覆っていた霧も徐々に晴れていく。
 

 見渡せば、だだっ広いグラウンドの真ん中にクラネスは立っていた。

 操られていた人々も未だ放心状態。
 立ち尽くしている者もいるが、大半が地面に倒れていた。


(ふむ、ここには見覚えがある)


 優馬の記憶から、自宅と中学の途中にある公園内のグラウンドであることが分かった。
 元米軍通信基地ということもあり、市内でも中々の広さを誇る公園だ。

 日中はサッカーや野球などのクラブチームが使用しているのだが……。

 元B級ゾンビ達をみれば、野球少年らしき少年少女らと、その家族である大人達のようだ。



(今日が練習日とは、何とも災難な者達だ。――ん?)


 ふと、一人の女性の体がだらりと倒れているのが目に入る。
 今まで偽物が使っていた体だ。


「ふむ……」


 女の体は最初に見た時よりも更に朽ち果て、腐っていた。

 恐らくは、ここにいた物達よりも前から偽物に喰われ、体をいいように使われていたに違いない。


「気休めかもしれんが」
 女がみじめに思えたのか、ふと何かを思い出し女の元へと近づくクラネス。
 自分がしようとしていることに苦笑しつつも掌に魔力を込めた。

 紡ぐのは、神の名の元の詠唱。
 前世でクラネスの友であった神の名を借りて行使した魔法だ。

 魔力が淡い光の球へと変わり、女の体を包む。
 この魔法は相手に『神の祝福』を与える魔法であり、簡単に言えば運を上げるだけに過ぎない。
 そもそも魔力ではなく神力をもって行使する魔法であり、神力のないクラネスには本来行使出来ないはずなのだが、魔力で似せ強引に再現したのだ。
 死者にとっては意味のない事であり、クラネスの自己満足にすぎないのだが。
 クラネスは願う。せめて今からでも安らかな眠りにつけるようにと。




 一通り弔うと、クラネスはスマホを確認する。
 時間を見ると既に16時を回っていた。

 女は警察に電話し後を任せるとして、他の者達も流石に放置するわけにはいかない。
 クラネスはひとまず全体に光の波を放ち、催眠魔法を乗せ、周りの人達に、各々の家に帰るよう促した。

 記憶に関しては、「霧はしばらくしてから晴れ、いつも通り何事もなく帰宅した」と認識しているだろう。
 各々が帰宅していく後姿を見送り、ようやく一息。

 さて帰ろうかと思ったところで、
 ボワッ――。
 (――!?)

 クラネスの全身を煙がつつんだ。

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