7 / 12
狐の章 6
しおりを挟む
三之助は凜に促されて、大きな木造の門をくぐった。
そこには美しい庭園と立派な屋敷が広がっていた。
「これが噂の狐里なんっすね。見事なものだな」
感嘆しながら言う三之助の頭を、凜はぺしんと叩いた。
「いでっ…お嬢、ひどいっすよ~なんでそんなに不機嫌なんすか?」
凜はじろりと三之助を睨んだ。
「ここは私の第二の故郷なんだよ。それなのに中まで聞こえるような大声で恥ずかしいことばかり叫んで…!」
狐里のことを、凜は第二の故郷として大切にしている。
三之助が、その話を聞いても特に驚かなかったのは凛が5歳から13歳まで神隠しに遭っていたと御役所の記録に残っているからだ。
この時代、神隠しは珍しい出来事ではなかった。
忽然と消えて生涯帰ってこなかった者もいれば、数年後に何食わぬ顔で元いた場所に帰ってきた者もいた。
凜は後者に該当する。
狐里から人の世に戻った直後の凛は、御役所人から聞き取り調査を行われたが、八兵衛が傍にいたおかげで深く追及されることはなかった。
御役所人があやかしに理解を示していたわけではない。
八兵衛が人の世では商人として名を馳せており、時にはお上を相手に取引を行うこともあったからだ。
齢100年を生きる化け狐の処世術は並大抵のものではない。
あやかしの中には人に尻尾を掴まれないよう細心の注意を払って、人に紛れて生きている者も多いのだ。
三之助はお紺の正体を化け狐であることや、凛が狐里で過ごしたことも知っている。
それらは、おりん甘味処に1年間滞在して得た情報だ。
「次に来たら顔なじみの狐たちにからかわれるじゃないか…!」
凜はうんざりとしていた。
しかし、三之助は納得した様子で満足そうに微笑んだ。
「俺のお嬢に対する気持ちが周囲に認めてもらえたら好都合ですよ。なにしろお嬢はちょっと目を離すと変な虫に言い寄られちゃいますからねぇ」
凜は本来、人間嫌いで愛想のない性格だったため、1年以上も彼女に付きまとえる人物は人間の中でもかなり稀な存在だった。
人間の姿に化けて甘味処に立ち寄っていたあやかしたちは、三之助がいつ諦めて凜の元を離れるのか賭けて楽しんでおり、三之助に悪戯をしようとすることも多かった。
しかし、この男は何かを察知する能力が高く、また驚くほどの実力を持っていた。
あやかしたちが何か仕掛けても必ず返り討ちにし、その尻尾を掴んでしまうのだった。
三之助は最初、自分に仕掛けてくるのは凛に言い寄っている連中の逆恨みだと思っていたため、容赦なく応戦していた。
1年以上もの間、そのような生活を続けていれば、凜の生い立ちや人間関係もなんとなく把握できるようになる。
「あんたは店に来た時からそうだ…好意があるような素振りを見せて、飄々としている。狐里で育った私を惑わそうとしても無駄だよ。三之助の言動には何か裏があるってわかっちまう」
三之助は困ったように微笑んだ。
「お嬢の考えすぎですよ。俺は純粋に、あんたを大切にしたいと思ってるだけだ」
凛は嘆息し、三之助の額を指で弾いた。
「痛いっすよ~」
弾かれた額を押さえながら三之助は嬉しそうに笑っていた。
「理由もないのにそこまで私に執着してる意味が分からないね」
三之助の視線を避けた凜は「だから信用できないんだよ」と呟いた。
そこには美しい庭園と立派な屋敷が広がっていた。
「これが噂の狐里なんっすね。見事なものだな」
感嘆しながら言う三之助の頭を、凜はぺしんと叩いた。
「いでっ…お嬢、ひどいっすよ~なんでそんなに不機嫌なんすか?」
凜はじろりと三之助を睨んだ。
「ここは私の第二の故郷なんだよ。それなのに中まで聞こえるような大声で恥ずかしいことばかり叫んで…!」
狐里のことを、凜は第二の故郷として大切にしている。
三之助が、その話を聞いても特に驚かなかったのは凛が5歳から13歳まで神隠しに遭っていたと御役所の記録に残っているからだ。
この時代、神隠しは珍しい出来事ではなかった。
忽然と消えて生涯帰ってこなかった者もいれば、数年後に何食わぬ顔で元いた場所に帰ってきた者もいた。
凜は後者に該当する。
狐里から人の世に戻った直後の凛は、御役所人から聞き取り調査を行われたが、八兵衛が傍にいたおかげで深く追及されることはなかった。
御役所人があやかしに理解を示していたわけではない。
八兵衛が人の世では商人として名を馳せており、時にはお上を相手に取引を行うこともあったからだ。
齢100年を生きる化け狐の処世術は並大抵のものではない。
あやかしの中には人に尻尾を掴まれないよう細心の注意を払って、人に紛れて生きている者も多いのだ。
三之助はお紺の正体を化け狐であることや、凛が狐里で過ごしたことも知っている。
それらは、おりん甘味処に1年間滞在して得た情報だ。
「次に来たら顔なじみの狐たちにからかわれるじゃないか…!」
凜はうんざりとしていた。
しかし、三之助は納得した様子で満足そうに微笑んだ。
「俺のお嬢に対する気持ちが周囲に認めてもらえたら好都合ですよ。なにしろお嬢はちょっと目を離すと変な虫に言い寄られちゃいますからねぇ」
凜は本来、人間嫌いで愛想のない性格だったため、1年以上も彼女に付きまとえる人物は人間の中でもかなり稀な存在だった。
人間の姿に化けて甘味処に立ち寄っていたあやかしたちは、三之助がいつ諦めて凜の元を離れるのか賭けて楽しんでおり、三之助に悪戯をしようとすることも多かった。
しかし、この男は何かを察知する能力が高く、また驚くほどの実力を持っていた。
あやかしたちが何か仕掛けても必ず返り討ちにし、その尻尾を掴んでしまうのだった。
三之助は最初、自分に仕掛けてくるのは凛に言い寄っている連中の逆恨みだと思っていたため、容赦なく応戦していた。
1年以上もの間、そのような生活を続けていれば、凜の生い立ちや人間関係もなんとなく把握できるようになる。
「あんたは店に来た時からそうだ…好意があるような素振りを見せて、飄々としている。狐里で育った私を惑わそうとしても無駄だよ。三之助の言動には何か裏があるってわかっちまう」
三之助は困ったように微笑んだ。
「お嬢の考えすぎですよ。俺は純粋に、あんたを大切にしたいと思ってるだけだ」
凛は嘆息し、三之助の額を指で弾いた。
「痛いっすよ~」
弾かれた額を押さえながら三之助は嬉しそうに笑っていた。
「理由もないのにそこまで私に執着してる意味が分からないね」
三之助の視線を避けた凜は「だから信用できないんだよ」と呟いた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
薬膳茶寮・花橘のあやかし
秋澤えで
キャラ文芸
「……ようこそ、薬膳茶寮・花橘へ。一時の休息と療養を提供しよう」
記憶を失い、夜の街を彷徨っていた女子高生咲良紅於。そんな彼女が黒いバイクの女性に拾われ連れてこられたのは、人や妖、果ては神がやってくる不思議な茶店だった。
薬膳茶寮花橘の世捨て人風の店主、送り狼の元OL、何百年と家を渡り歩く座敷童子。神に狸に怪物に次々と訪れる人外の客たち。
記憶喪失になった高校生、紅於が、薬膳茶寮で住み込みで働きながら、人や妖たちと交わり記憶を取り戻すまでの物語。
*************************
既に完結しているため順次投稿していきます。
宮廷の九訳士と後宮の生華
狭間夕
キャラ文芸
宮廷の通訳士である英明(インミン)は、文字を扱う仕事をしていることから「暗号の解読」を頼まれることもある。ある日、後宮入りした若い妃に充てられてた手紙が謎の文字で書かれていたことから、これは恋文ではないかと噂になった。真相は単純で、兄が妹に充てただけの悪意のない内容だったが、これをきっかけに静月(ジンユェ)という若い妃のことを知る。通訳士と、後宮の妃。立場は違えど、後宮に生きる華として、二人は陰謀の渦に巻き込まれることになって――
後宮の不憫妃 転生したら皇帝に“猫”可愛がりされてます
枢 呂紅
キャラ文芸
旧題:後宮の不憫妃、猫に転生したら初恋のひとに溺愛されました
★第16回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました!応援いただきありがとうございます★
後宮で虐げられ、命を奪われた不遇の妃・翠花。彼女は六年後、猫として再び後宮に生まれた。
幼馴染で前世の仇である皇帝・飛龍に拾われ翠花は絶望する。だけど飛龍は「お前を見ていると翠花を思い出す」「翠花は俺の初恋だった」と猫の翠花を溺愛。翠花の死の裏に隠された陰謀と、実は一途だった飛龍とのすれ違ってしまった初恋の行く先は……?
一度はバッドエンドを迎えた両片想いな幼馴染がハッピーエンドを取り戻すまでの物語。
Little Which
フリーで楽しむマン
キャラ文芸
小さな魔法使いアスタロトはマスターの命じられ佐々木七瀬を名乗り人間界へ行き人間の暖かさを学びにいく事に!
これはそんな小さな魔法使いが様々な人に出会い成長するお話です。
こちらは遠距離関係と俺様22歳が神様にセクハラをしようとして祟りにあい幼女にされ第二の小学校生活がスタート!と繋がっていて過去の話となります。
時守家の秘密
景綱
キャラ文芸
時守家には代々伝わる秘密があるらしい。
その秘密を知ることができるのは後継者ただひとり。
必ずしも親から子へ引き継がれるわけではない。能力ある者に引き継がれていく。
その引き継がれていく秘密とは、いったいなんなのか。
『時歪(ときひずみ)の時計』というものにどうやら時守家の秘密が隠されているらしいが……。
そこには物の怪の影もあるとかないとか。
謎多き時守家の行く末はいかに。
引き継ぐ者の名は、時守彰俊。霊感の強い者。
毒舌付喪神と二重人格の座敷童子猫も。
*エブリスタで書いたいくつかの短編を改稿して連作短編としたものです。
(座敷童子猫が登場するのですが、このキャラをエブリスタで投稿した時と変えています。基本的な内容は変わりありませんが結構加筆修正していますのでよろしくお願いします)
お楽しみください。
『元』魔法少女デガラシ
SoftCareer
キャラ文芸
ごく普通のサラリーマン、田中良男の元にある日、昔魔法少女だったと言うかえでが転がり込んで来た。彼女は自分が魔法少女チームのマジノ・リベルテを卒業したマジノ・ダンケルクだと主張し、自分が失ってしまった大切な何かを探すのを手伝ってほしいと田中に頼んだ。最初は彼女を疑っていた田中であったが、子供の時からリベルテの信者だった事もあって、かえでと意気投合し、彼女を魔法少女のデガラシと呼び、その大切なもの探しを手伝う事となった。
そして、まずはリベルテの昔の仲間に会おうとするのですが・・・・・・はたして探し物は見つかるのか?
卒業した魔法少女達のアフターストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる