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第一章

03 宣言

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 そよ風を感じながら、小屋のそばに椅子を出して少しくつろぐ。今はあの村から家に帰ってきて寝た後、日の出後に起きてきてただゆっくりしている時間だ。
 いつもは剣の鍛錬前で、ただ退屈を感じながら薪を割る時間だが、今日は少し気分がいい。
 大量の兵士の見学を終えた後、おっさんの家で食べた飯はとにかく美味かった。
 魔物ではあるが、ウサギ型ということでウサギとほぼ味は変わらない。それでも、調理の仕方は本当に良かった気がする。
 狩人だからかはわからないが、肉の旨みを活かすような、そんな調理だった。おかげさまで、久しぶりに文化的な食事ができた気がする。
 この頃食べていたものは、そのほとんどが干し肉と山で採った果実くらいで、到底文化的とはいえない。
 キマイラの肉が小屋にかかっているが、どうも食べる気は起きない。
 今後村まで降りる機会を増やしてみるか。そのうち、村の方で住むのもありかもしれないな。
 そんな風にせっかくいい気分でいたところに、厄介ごとの予感がした。
 山の中腹以上の森にかかっている霧は、俺が魔術でかけたものだ。その霧に、明らかにおかしい反応があった。
 この霧は、魔物避けにも、何か異変があったらその大体が伝わってくる、自作の便利な魔術だが。今回はおかしい。
 10000近くの人間が、尾根伝いに迷うことなく、俺の元まで向かってきている。
 それだけの数が一度に動いているとすれば、思い当たるのは村に駐屯していた兵士たちしかない。それでも、村にいたのは5000ぐらいだったはずだ。
 考えられるのは、どこかで分かれていたのと合流したかということだ。
 村のおっさんが言っていたのは、勇者を惨殺した悪魔を討つ、だったか。
 であれば、関係のない俺のところまでまっすぐ向かってきているのは、悪魔への経路の途中に俺の家があるということか。
 こんなところに暮らしているのもあって怪しまれるだろうが、ここは手土産でも渡してそれ以上は関わらないでおくべきか。
 それにしても、これだけの人数で森の中を移動したら、魔物を刺激して襲われると思うが、魔物よけの何かでもあるのか。
 なんにせよ、魔物を引き連れてこないことを願おう。
 別にこの森の魔物如きに殺されるようなことは万が一にもないが、迷惑だからな。

 「とにかく、何かしらの準備をしておくべきか」

 兵士たちはもう少し、本当にもう少しでここに到着するだろうが、食糧を用意するべきか。今あるのがキマイラの肉のみでも、足しになればそれで問題ないはずだ。

 「見つけた……絶対に、許さないッ!」

 キマイラの肉を小山で取りに行こうと思った瞬間、後ろからそうブツブツと呟くのが聞こえた。
 急に現れた人間に許さないと言われる原因はないはずだが。あるいは俺のことを悪魔だと勘違いしているのか。

 「囲め!」

 最初に出てきていた兵士の掛け声で、後から来た全員が、周りを囲んでいく。
 まるで悪人として扱われているようで、とても不快だ。
 俺を囲んで立ち止まると、そのまま剣先を全員が俺の方に向けてきている。せっかく人が気分良くなっていたというのに、厄介ごとの予感は的中か。

 「あーー…なんとういうか、その剣を下ろしてくれないか? 何もしていないのに襲われる意味がわからない」

 本当に意味がわからない。この目の前の兵士たちは何がしたいのか。
 それに、そもそも俺のことは村で見ているはずだ。その上で剣先を向けてきているのなら、相応の理由を教えて欲しい。

 「貴様……とぼける気か! 私の、我々の希望を奪っておいて……とぼけるとは、やはり魔族には誇りというものはないらしいな!」

 今俺のことを魔族だと言ったのか。だとすれば見当違いもいいところだ。一度、老けないことに疑問を持って自分の体を隅々まで調べたが、人間であるのは確実だ。
 本当に何が起こっているのかも、話の先も見えてこない。
 だが、説得は無理だということはわかる。先頭で指揮している奴といい、俺に剣先を向けている奴といい、兜越しでも目が地走っていることがよくわかる。
 もし万が一、俺が奪ったらしい希望がいたとして、今まで殺して来たのは全て正当防衛だ。何も責められるようなことはしていない。
 一応最後に説得はしてみるが、それでも無理そうなら魔術を放って逃げるとしよう。
 愛着はそこまでないとはいえ、1000年近く住んでいた場所を離れるのは心苦しいが。

 「本当になんのことかわからない。もし今まで殺してきた中にお前らの言う希望がいたなら謝ろう。だが、全て正当防衛だ。まずは話を──」

 「かかれッ!」

 その掛け声で、周囲から一斉に剣の先が俺に向かって突撃してくる。それも、魔物が大量にいるこの山で暮らしてきた俺が、少し恐怖を感じるほどの顔で。
 とにかく、これで俺の取る選択肢は一つに絞られた。
 先に攻撃して来たのはこの兵士たちだ。正当防衛ではあるはずだ。

 「せいっ」

 手を薙ぎ払うようにしながら、踵を中心に一回転する。それと同時に風魔術を発動させ、そのまま全方位に向かって放つ。
 これで出来た隙に、全速力で逃げる。それでもまだ追ってくるようなら考えものだが、今はこれでいい。
 そう思ったが、魔術を発動した直後、あたりに金属音が響いた。

 「マジか……」

 思わず、驚愕の声が漏れた。
 あたりには、首や胸から上、それとそれらがない胴体。つまるところの死体が大量に転がっていた。
 あたり一面真っ赤な血の海なところは、まさに地獄絵図という感じだ。
 いやそれよりも、魔術に対する耐性のある鎧だったはずだ。それだというのに、俺がただ魔術を発動させただけで、あたりの兵士は全滅していた。
 行儀良く、丁寧に俺の周りを囲んでいたおかげで、一人残さず地面に突っ伏している。
 これで逃げる必要は無くなった。
 それにしても、1000年の鍛錬で思ったよりも魔術が上達したらしい。少し誇らしく感じるな。
 とはいえ、襲ってきた理由は聞いておきたかった。
 生きているのがいないか探してみると、いた。全体の指揮をしていた奴だ。死んだふりをしているのかはわからないが、動こうとしない。呼吸の音が殺せていないから、すぐわかるが。

 「おい、頭を上げろ」

 周りの惨状が惨状なこともあって、今後のための練習も兼ねて演技を交えてみようと思い、少し威圧的に話しかけてみた。
 当然ではあるが、声もかけても頭を上げようとする気配はない。
 そう思い兜を持ち上げてみると、ずっと隠れていた顔が見える。なかなかの美人であることに感心しかけたが、今はそれよりも聞かなければならないことがある。

 「なんで俺を襲った。答えろ」

 演技を交えようと思っていたが、思ったよりも素で威圧的な声が出る。
 いきなり理由も告げられずに襲われた挙句、自分の住んでいる場所を汚されたんだ。怒るのは当然か。

 「貴様が……貴様が魔王ではないのか……」

 魔王、今魔王と言ったのか。頭の中が疑問で埋め尽くされる。
 何を言っているのかがわからない。

 「なぜ、俺が魔族だと思った」

 なんとなく、人間だということは告げない方がいい気がした。なぜかはわからない。

 「貴様の黒い魔力を見れば、誰でもわかる。魔王でないのならば、なぜ……」

 黒い魔力と言われて、久しぶりに思い出した。ちょうど250年くらい生きたあたりからか、魔力が黒くなり始めた。
 特に気にも留めていなかったが、それで魔族と判断されたのか。
 角も翼もないが、魔力だけで判断されるとは。

 「勇者を殺した貴様は世界の敵だ。逃れられると思うなよ……」

 憎しみに満ちたような消えかけの声で告げてくる。勇者を殺したというのも、世界の時になったというのも、全く身に覚えがないが。
 しかし世界の敵か。いいな、それ。
 10000もの数を使って殺しに来たということは、俺が世界の敵として、すでに多方面に認知されている可能性がある。
 それに、逃れられると思うなよ、か。
 送られてくる兵士なんかをその都度殺すこともできると思うが、面倒臭い。もちろん、魔術で姿を偽装すればなんとかなるかもしれないが、バレる可能性もある。
 となれば、いっそ逃げる必要をなくしてしまうべきか。
 世界の敵。すでに世界の敵として認識されているのなら、むしろ世界の敵として、世界を相手にしてみるのもいいかもしれない。
 今まで剣と魔術を鍛錬して来たんだ。その成果の確認もしたい。
 それに何より、ずっと暇で退屈していた俺にとって、いい刺激になるはずだ。世界を相手取る、きっと楽しいはずだ。

 「そうか……」

 世界の敵として、世界を相手にしながらできるところまでやる。もちろん目標は世界を滅ぼすことだ。
 人族だけでなく、魔族も相手にしようか。世界の敵なんだ、それくらいはやる。
 せっかく魔族として勘違いされているなら、その認識を少し借りよう。

 「いいか、よく聞いておけ。俺は世界の敵だ。人族も魔族もどちらも滅ぼす偉大な大魔族だ。戻って伝えろ、俺が世界を滅ぼすと。猶予は……次の新月までだ」

 ちょうど昨日が新月だ。猶予は1ヶ月。長い暇つぶしになりそうだから、こちらも多少の準備はしておきたい。

 「何をしている、さっさと行け」

 呆けているその兵士を追い出す。何かをブツブツ呟いていたが、大丈夫だろう。
 しかし、世界を滅ぼすといってもどんなことをしようか。
 そうだ、何をするにしても盛大な暇つぶしなんだ。とにかく楽しむことを第一にしていこう。

 こうして、俺の世界を滅ぼす話は始まった。
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