21 / 24
第三章 解毒のポーション
第21話 素材収集して良いですか?
しおりを挟む
街から離れるにつれて、次第に道の砂利が粗い粒に変わっていく。
しばらくは鳥の囀る声が聞こえていたが、森が近づくにつれてそれも聞こえなくなった。
エトールの西にある広大な森は、奥深くになれば日の光も差し込まぬほどに、木々が鬱蒼と生い茂っている。
入り口付近に生えている木も、競い合うように枝葉を四方へ伸ばし、日差しは殆ど遮られる形となっていた。
ここが西の森か。なるほど、確かに街の子ども達が近づかないよう言われているだけはある。
薄暗い森の中ではどこから来たかさえ分かりにくくなり、知らぬ間に奥へと迷い込んでしまいそうだ。
しかし、今回のマツモトの目的は森の探索ではない。
薬屋の店主によれば、ブラッドベリーは森の入り口にも生えているはず。マツモトは周囲を注意深く観察した。
程なくして、茂みの中に黒く輝く小さな果実を見つけた。
「……あった! 多分、これだよな」
アトリエから持ってきた瓶容器を鞄から取り出し、ブラッドベリーを詰めていく。
少し強く摘まみすぎたのか、いくつかの実は皮が裂けて赤黒い果汁が飛び散った。確かに持ち運びが大変そうだ。
採集を終えたものの、ブラッドベリーは瓶の底に少ししか集まっていない。これでは精製できるか怪しい。
しかし、ブラッドベリーの果実は他に見当たらなかった。よくよく見てみると、同じような茎を持つ植物はあるのだが、果実が付いていない。
誰かが既に取ったか、あるいは動物に食べられたのか。マツモトは舌打ちして、他にベリーがないか更に観察を続けた。
────そして、マツモトはブラッドベリーを見つけた。
しかしそれは森の外ではなく、少し入ったところ。光が届いていない場所に、目を見張るほどの数が群生しているではないか。
「あんなところに……」
マツモトは顔をほころばせ、ブラッドベリーの方へと歩き出す。
不意に、足元の感触が変わった。砂利道は途切れ、腐葉土のふかふかした地面に変わったのだ。それと同時に、シュカの必死な顔が脳裏をよぎる。
森の中は危険だ────マツモトは足を止めた。
遠くで、微かにだが鳥の鳴き声がする。ここで引き返す? それでは来た意味がない。あのブラッドベリーを取らずには帰れない。
辺りを見回すが、モンスターどころか動物の気配さえしない。物音ひとつしない静寂だ。
何か近づいてきたとして……音で分かるはずだ。木々の間もそれなりに間隔があるし、注意を払えば……
マツモトは生唾を呑み込んで、再び足を進めた。
土を踏みしめるたび、湿り気のあるシュクシュクという音が僅かに聞こえる。息をするのも躊躇われるほどの静寂だった。
ブラッドベリーの群生地でしゃがみ込み、黙々と採集を開始する。
プチ、プチと実を摘む音。立ちのぼる金属のツンとした香りと、掌から滴り落ちる赤黒い汁。
早く終わらせないと……その一心で、ひたすらブラッドベリーを瓶に放り込んでいく。実が潰れようが、もはやそんなことに構っている余裕はなかった。
かなり長い時間に感じたが、実際は数分しか経っていなかっただろう。瓶は果実で一杯になった。
マツモトは深い安堵の溜息を吐き、額の汗を拭う。そして立ち上がろうとして……そこで、彼は硬直した。
森の入り口の方向。採集中も注意を払っていたつもりだったが、いつの間にか小さな人影が立っていた。
一体誰が? もしや、シュカが自分を探しにここまで来たのか……
目を凝らして観察する。それはゆらゆらと揺れているように見えた。
不意に風が吹きすさび、木々を揺らす。それに合わせるように日光が揺れ動き、一瞬だけ森の入り口の人影を顕わにした。
それは人ではなかった。尖った耳、大きく裂けた口。『小鬼』──この世界ではゴブリンと呼ばれるのだが、マツモトには知る由もない。
刹那、マツモトの額から汗が噴き出した。ばくばくと心臓が早鐘のように鳴り、思わず口を両手で押さえてしゃがみ込む。
────目が合った? 見られた? 俺は向こうの姿を見たが、向こうはこっちに気付いている……!?
呼吸の音も漏らすまいと、小さく何度も吸って、そして吐く。本当は僅かでも動きたくはないのだが、目線だけをゴブリンへと向けた。
相変わらずゆらゆらと揺れるだけで、近づいてくる気配はない。気付いているのなら、何かしらのアクションを起こしているはずだ。
大丈夫。大丈夫、まだ気づかれてはいない────
竦む足をなんとか動かして、マツモトはしゃがんだまま後ずさりした。
とにかく、この場を離れなければ。木々の間を縫って、森の外に出なければ……
──その時。マツモトは、背後からほんの微かに、息遣いのようなものが聞こえたような気がした。
ゆっくりと振り返る。そこには木々が立っているだけだ。
……いや、そうではなかった。木々の間から、金色に光る無数の眼。それは、明らかにマツモトへ向けられていた。
しばらくは鳥の囀る声が聞こえていたが、森が近づくにつれてそれも聞こえなくなった。
エトールの西にある広大な森は、奥深くになれば日の光も差し込まぬほどに、木々が鬱蒼と生い茂っている。
入り口付近に生えている木も、競い合うように枝葉を四方へ伸ばし、日差しは殆ど遮られる形となっていた。
ここが西の森か。なるほど、確かに街の子ども達が近づかないよう言われているだけはある。
薄暗い森の中ではどこから来たかさえ分かりにくくなり、知らぬ間に奥へと迷い込んでしまいそうだ。
しかし、今回のマツモトの目的は森の探索ではない。
薬屋の店主によれば、ブラッドベリーは森の入り口にも生えているはず。マツモトは周囲を注意深く観察した。
程なくして、茂みの中に黒く輝く小さな果実を見つけた。
「……あった! 多分、これだよな」
アトリエから持ってきた瓶容器を鞄から取り出し、ブラッドベリーを詰めていく。
少し強く摘まみすぎたのか、いくつかの実は皮が裂けて赤黒い果汁が飛び散った。確かに持ち運びが大変そうだ。
採集を終えたものの、ブラッドベリーは瓶の底に少ししか集まっていない。これでは精製できるか怪しい。
しかし、ブラッドベリーの果実は他に見当たらなかった。よくよく見てみると、同じような茎を持つ植物はあるのだが、果実が付いていない。
誰かが既に取ったか、あるいは動物に食べられたのか。マツモトは舌打ちして、他にベリーがないか更に観察を続けた。
────そして、マツモトはブラッドベリーを見つけた。
しかしそれは森の外ではなく、少し入ったところ。光が届いていない場所に、目を見張るほどの数が群生しているではないか。
「あんなところに……」
マツモトは顔をほころばせ、ブラッドベリーの方へと歩き出す。
不意に、足元の感触が変わった。砂利道は途切れ、腐葉土のふかふかした地面に変わったのだ。それと同時に、シュカの必死な顔が脳裏をよぎる。
森の中は危険だ────マツモトは足を止めた。
遠くで、微かにだが鳥の鳴き声がする。ここで引き返す? それでは来た意味がない。あのブラッドベリーを取らずには帰れない。
辺りを見回すが、モンスターどころか動物の気配さえしない。物音ひとつしない静寂だ。
何か近づいてきたとして……音で分かるはずだ。木々の間もそれなりに間隔があるし、注意を払えば……
マツモトは生唾を呑み込んで、再び足を進めた。
土を踏みしめるたび、湿り気のあるシュクシュクという音が僅かに聞こえる。息をするのも躊躇われるほどの静寂だった。
ブラッドベリーの群生地でしゃがみ込み、黙々と採集を開始する。
プチ、プチと実を摘む音。立ちのぼる金属のツンとした香りと、掌から滴り落ちる赤黒い汁。
早く終わらせないと……その一心で、ひたすらブラッドベリーを瓶に放り込んでいく。実が潰れようが、もはやそんなことに構っている余裕はなかった。
かなり長い時間に感じたが、実際は数分しか経っていなかっただろう。瓶は果実で一杯になった。
マツモトは深い安堵の溜息を吐き、額の汗を拭う。そして立ち上がろうとして……そこで、彼は硬直した。
森の入り口の方向。採集中も注意を払っていたつもりだったが、いつの間にか小さな人影が立っていた。
一体誰が? もしや、シュカが自分を探しにここまで来たのか……
目を凝らして観察する。それはゆらゆらと揺れているように見えた。
不意に風が吹きすさび、木々を揺らす。それに合わせるように日光が揺れ動き、一瞬だけ森の入り口の人影を顕わにした。
それは人ではなかった。尖った耳、大きく裂けた口。『小鬼』──この世界ではゴブリンと呼ばれるのだが、マツモトには知る由もない。
刹那、マツモトの額から汗が噴き出した。ばくばくと心臓が早鐘のように鳴り、思わず口を両手で押さえてしゃがみ込む。
────目が合った? 見られた? 俺は向こうの姿を見たが、向こうはこっちに気付いている……!?
呼吸の音も漏らすまいと、小さく何度も吸って、そして吐く。本当は僅かでも動きたくはないのだが、目線だけをゴブリンへと向けた。
相変わらずゆらゆらと揺れるだけで、近づいてくる気配はない。気付いているのなら、何かしらのアクションを起こしているはずだ。
大丈夫。大丈夫、まだ気づかれてはいない────
竦む足をなんとか動かして、マツモトはしゃがんだまま後ずさりした。
とにかく、この場を離れなければ。木々の間を縫って、森の外に出なければ……
──その時。マツモトは、背後からほんの微かに、息遣いのようなものが聞こえたような気がした。
ゆっくりと振り返る。そこには木々が立っているだけだ。
……いや、そうではなかった。木々の間から、金色に光る無数の眼。それは、明らかにマツモトへ向けられていた。
20
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!
椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。
しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。
身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。
そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。
帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。
しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。
自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。
※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。
※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。
〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
・クリス(男・エルフ・570歳)
チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが……
・アキラ(男・人間・29歳)
杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
・ジャック(男・人間・34歳)
怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
・ランラン(女・人間・25歳)
優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は……
・シエナ(女・人間・28歳)
絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる