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8.再任

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あれから数日たった。


今日は会議は何もなく、実験に集中できる日。
個室の研究室にこもった。

さてと、先週途中までしか進まなかった実験をするか!………と思うが、あることが頭を満たす。


入りたいけど混浴だからと諦めていた温泉に入れたことの嬉しさ、そして泉質や成分表を見るだけでは想像のつかなかった体感を思い出す。

これは研究に活かしたい!

……そして同時に
その日起きたことも思い出してしまう。


身にまとうのはお互いタオルだけ
谷間が見えていると耳元で囁く声
筋肉をまとう健やかで頑丈そうな体
転んで裸を晒したこと
触れられたときの熱

思い出すと下腹に違和感が走る。

……仕事にならない!!!





トントン


扉をたたく音


いつもなら個室に入っていると集中していて誰か来ても気づかないことが多いが、今は全く集中していないので気づいた。誰だろう。

「はい」

扉を開けると同じ研究室の同僚だ。

「伊角さん、営業の水川君が用事があるって来てますよ」

いま一番聞きたくない単語を聞いた。

「すみません、いま実験で立て込んでるから用件を聞いておいてもらえますか?」

「……そうなんですか?いつも実験中はドア叩いても気づかない伊角さんなのに?」

「う…」

「あと、水川君が「もし忙しいとか立て込んでる」って温子さんが言ったら、終わるまでずっと廊下で待ってると伝えて、って言ってましたけど」

あいつ~~~~






「用事はなに?早く言って。資料なら私じゃなくても用意できるんだから他の人に頼んでくれる?私が暇だとでも思ってる?」

私は気まずさから、いつもにも増して棘のある言い方になった。

ごめん、もっと普通に話したいんだけど。

「資料じゃないです。ちょっとここでは話しにくいので、そこの会議室入りませんか?」

「話しにくいことって何?」

「……この前一緒に入った混浴のことで」


「っ!こんな人が通るとこで何言ってんのよ!」

「だから会議室入ろうって言ったじゃないですか」

「ううう」
バタン。私たちは空いている会議室に入った。






「あの、温子さんに謝りたくて。でも最近全然会えなかったから」

そりゃ私が避けてたからね

「謝る?」

「はい、僕からボディガード役をするって言って一緒に混浴入ったけど、結局嫌な思いさせたというか」

「嫌な…って?」

「…だから、貴女の、その、裸を見ちゃったり…とか」

かぁぁぁと水川は顔を紅くし視線を泳がせている。それを見てこっちも体温が上がる。

「いや、もうあれは忘れて?というかあの件は水川くん何も悪くなくて。転んだ私が全て悪いし、嫌な思いをしたのは水川くんの方でしょ?」

「僕がですか?」

「だって、そのさ、見たくもないもの見せられちゃったでしょ」

「見たくもないだなんて、むしろっ…。いえ、何もありません…」


「……」

「……」



いやに長い沈黙



「「あの」」



「先にどうぞ」
「いやいや、水川くんからどうぞ」


「……温子さんがとても嫌な思いをしたと思っていたので謝りたかったんです。ジロジロ見るなって言われていたのに見てしまったというか、見せて頂いたというか、いえいえ、あーとにかく申し訳ありませんでした」

「いや、恥ずかしかっただけで嫌だとは…」

「嫌じゃなかったんですか?本当に?」

「……なんか嫌じゃないっていうと私が見せたがりな感じだけど……恥ずかしかっただけ」

「なんか、あれから僕のこと避けてませんでしたか?さっきもいつもより言葉がキツかったから、これは本格的に嫌われたって思ったんですが」

「いや、それは気まづかっただけで。色々思い出しちゃうから」

…主に貴方の手の感触とか
というのは飲み込んだ。偉い、私。

「そうだったんですね。よかった。…貴女にこれ以上嫌われたらもうさすがに立ち直れない」

水川が大きく息を吐いて、良かったぁと呟く。




たかだか職場の先輩、それも部署も違う私から嫌われたってそんな立ち直れないほどのことでは無いと思うが、意外と気にするタイプなのか。

「とにかく貴方は何も悪いことしてないんだから何も気にしないで。
しかも最初から水川くん言ってたよね。ジロジロ見るなっていう二つ目の約束は守れないかもって。そういう素直なところが好きだよ」

「……ッ」

ん?なんか変な空気になっちゃった!?

「あ、なんていうの。水川くんって入社して間もない頃からすごく素直な子だなって思ってたの。もう忘れてると思うけど、最初の頃の会議で、「こんな成分あってもなくても変わらない」って貴方が言ったのが私刺さっちゃって」

「っ!あれはっ!」

「本当嫌な奴だと思ったし、営業の人たちのことも正直嫌いなんだけど。でも今はもっと違う視点で考えれるようになった」

「違う視点ですか?」

「うん、なんかね、今まで泉質とか成分にこだわり過ぎてたなって。この前の混浴の温泉なんて、成分表だけでは説明つかないような体感というか心地よさがあった」

「確かに本当に良いお湯でしたね」

「そりゃ魔法じゃないんだから、何か科学的な要因はあると思うけど、研究室で実験してるだけじゃ分からないことがあるって実感できた」

「そうなんですね」

「うん、もっともっと色んな温泉に挑戦したくなった!」

気分が高揚してきた私は、水川の手を取った。





「また混浴温泉一緒に行ってくれる?」


「……っはい!お供致します」
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