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4.ボディガードに任命
しおりを挟む私たちは足の付かない深い場所から、座れる場所までやってきた。
腰掛けて、私は肩まで、水川は胸のあたりまでお湯に浸かり、少し気持ちも落ち着いてきた。
職場外で水川と会ったことはなく、二人でいる状況に慣れない。無言で隣同士いるのも気まずく何か会話をしたい。
「水川くんは、このコーナー以外のところも回ったの?」
と聞くと、よくぞ聞いてくれたとばかりに
「最初に入った北側のコーナーは内装素晴らしかったんです。そしてね、その後に入ったあっちのは湯の管理が抜群で!」
と弾む声で感想を聞かせてくれた。
水川の頰の紅潮はお湯に入っているからもあるだろうが、新しいこのスーパー銭湯に興奮していることが分かった。
分かるよ、私も初めての銭湯とか温泉は興奮するから。
◆◆◆◆
しばらく温泉談義をしていると
「あ、温子さんはだいぶお湯に浸かってたから水分とった方が良いですよ。ちょっとお水持ってきますから待ってて下さいね」
水川はお湯から上がりながら、人懐っこい笑顔を向けてきた。
「え、あ、ありがとう」
……もうそろそろお湯から上がろうかと思っていたが、そう言われてしまっては待つしかない。
うーん、どうしよう。
水川と遭遇するなんて最悪と思っていたが。
こうお湯に浸かりながら話していると心地よい。銭湯や温泉について色々議論できるのが楽しくなってきた。
……そしてこれは余談だが、彼の上半身がなんというか筋肉質でセクシーだなと思い始めてしまい。きっと何かスポーツしているんじゃないだろうか。
触ってみたいな……
あぁあぁあぁバカか私は。
「温子さん、お待たせしました。冷たい水と常温の水、どっちが良いですか?」
「あ、ごめんね。じゃあ常温のほうで」
「はいどうぞ。しっかり水分取ってください」
なんだか至れり尽せりの扱いに気分が良く、私もどんどん口が開き、最近行って良かった温泉や、逆にイマイチだった温泉のことを話した。
水川は
「そこは行ったことありませんでした。今度行ってみます」「あ、温子さんもそう思いました?僕もあそこはあんまり良くないと思います」
と乗ってきてくれる。
こんな気の合う会話をするのも久しぶりで、心が熱くなってきた。
「でもね、いま本当に行ってみたい温泉の一つは、A県の◯◯地区にある温泉なんだよね。そこの温泉は体が芯から温まって半日はずっと保つらしいの。あの辺りの温泉の成分でなんでそこまで効果が持続するのか不思議でさ」
「実際に入りに行ったらどうです?」
「うーん。そうしたいんだけど、そこって混浴しかないんだよね。だから行けなくて」
「やっぱり混浴は嫌ですか?」
「混浴が嫌というか、やっぱり一人で行くのはちょっとね。よく知らない場所で一人で裸ってなると。女友達誘うのも気がひけるし」
「……………温子さん、もし良ければですけど、、」
なんだか空気が変わった。
「……へ?」
「あのー、もし温子さんが嫌でなければですけど、………………その混浴温泉一緒に行きませんか?」
「……へ?」
「僕をボディガードとして連れて行ってください」
「……へ?」
私は、へ?しか言えなくなってしまった。
「いやだから、……あーー!ほら温子さんが温泉のこと知れば知るほどヒット商品の開発ができるじゃないですか!」
「うん??」
「だからですね、営業の僕としては良い入浴剤を開発してもらえれば売りやすいんです。温子さんは行ってみたい混浴温泉に入って知見を深める。そして僕は温子さんがそれに集中できるようにボディガードをする。お互いにとって良いことずくめでじゃないですか」
「う、うん??」
水川は私の顔を覗き込むように体を傾け、上目遣いでこう言った。
「今よりもっと売れる入浴剤を開発して下さいよ、伊角先輩?」
……カチンときた。むかつくーっ!こんなときだけ苗字で呼ぶんじゃないっ!
「えぇ、水川くん。あなたの言う通りです。
私は室長にも『もっとヒット商品に繋がる開発を』って言われてる。
来週の日曜空いてるの?ええ、空いてるのね。じゃあ私が車を出すから付いてきなさい。
貴方をボディガード役に任命します。」
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