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1.温泉と私とあなた
しおりを挟むどんなに落ち込んでも、お風呂に入れば浮き上がれる。
物心ついたときからお風呂が大好きだった。家のお風呂、銭湯、そして何より温泉大好き。
派手な遊びに興味はなく、本を読み漁った学生時代。
「あなたの知らない日本の名湯100選」を読んで日本地理を覚え、「図解 温泉の成分」で科学に興味を持った。
おかげで勉強、特に理系科目は得意だった。
そして理系の大学に進み、第一志望の入浴剤メーカー「温泉フレンド株式会社」に入社した。
周りの友達にはもっと良い会社もあるのになんで!?と言われたが、名前がちょっとばかし面白いからといって舐めないでほしい(あ、温泉ってお湯舐めたくなりますよね)。
温泉フレンド株式会社は、国内では国内指折りのシェアを誇る会社なのだ(えへん)!
◆◆◆◆
申し遅れました、
私、伊角 温子(イスミ ヌクコ)と申します。
この会社に入社して6年経った。一通りの仕事は覚えた。
開発部門で毎日ひたすら良い入浴剤を作るために研究している。成分については研究員の中でもかなり詳しい方だと自負している。
その知識をもっとヒット商品開発に繋げられないかと、研究室の室長に言われるのが悩ましいことだが。
とはいえ、好きな温泉のことでお給料をもらえるこの職場は私にとって天国のような場所。
平日昼は入浴剤の研究、夜は自宅のお風呂に入浴剤を入れてほっこり。そして休日は各地の温泉やスーパー銭湯めぐり。
私の人生は満たされている。
◆◆◆◆
会社のお昼休み。
同期入社の佳津 貴音(カヅ タカネ)といつも一緒にご飯を食べる。
貴音は転職を経ての入社だから私よりは年上だけど、童顔で彼女自身が三人姉妹の末っ子ということもあるせいか、私にとっては可愛い妹な感じ。
近くの定食屋さんの窓際の席で日替わり定食を食べるのがお気に入り。ここの定食は安いし美味しんだよね~
あ、今日はしかも日替わりがトンカツ定食じゃん!
ラッキー!
手早く注文し、ご飯が来るのを待っていると、貴音がキラキラした目で私の顔を覗き込んだ。この覗き込む仕草に私は弱い。
「ねえ、温子。次の人事異動の噂聞いた?」
あぁ貴音はこういう話が大好きだからなぁ。
「ううん、特には聞いてないけど」
「なんかね、社長が、開発室と営業部の交流を図るんだー!交換人事だー!って人事部に指示してるらしい」
「なにそれ。営業の人間が開発室に来て何ができるんだか」
「温子はいつも営業に厳しい~」
と貴音はケラケラ笑った。
貴音は経理部なこともあり、人事異動の噂には無縁だから余計に気軽なんだろう。
「お待たせしました~日替わり定食です。ごゆっくりどうぞ~」
まだまだ先の話である人事異動の話はそこまでで終わり、私たちは目の前の美味しいトンカツ定食を頂いた。
あぁぁサクサク、じゅわーがたまらん。
◆◆◆◆
さて午後も仕事がんばるぞーっとパソコンに向かっていると。
「お疲れさま、温子さん」
振り返らなくても誰か分かる。あぁ、また来たよコイツ。
「温子さん、じゃなくて職場なんだからちゃんと苗字で呼んでください」
「温子さんも誠二くんって呼んで頂いて良いんですよ」
コイツ、もとい、水川 誠二(ミズカワ セイジ)。
たいして話もしたこともなく、他部門で、かつ年上の私を下の名前で呼ぶ不躾なやつ。
水川は営業部で入社3年目になる。
彼は入浴剤に興味は無く、テレビ局やイベント企画会社のような派手な会社に入りたかったようだが、うちの社長の「入浴剤で日本に元気を」という記事に感銘を受けたようで入社したと聞いた。
ほんとうかなぁ。ただのおべっかでしょ。
「水川くん、何か開発室に用事?必要な資料があるなら用意するから早く言って?」
あからさまに面倒くさそうな表情で、はやく要件を言えと促した。
「うーん、そんなもんです。」
と曖昧な返事をしながら、近くの椅子に座った。
座ってないではやく要件済ませて帰れーっ!
そこに会議を終えた室長が帰ってきた。
「あ、水川くん来てたの」
「来てたのじゃないですよ、資料を取りに来いって言ってたのは室長じゃないですか」
室長は茶目っ気たっぷりに
「そうだっけ?」と楽しそうだ。
室長が私に目をやり「あの件の研究資料、彼にコピーしてあげてくれる?」
「はい、では持ってきます」
水川は立ち上がり、調子の良い声で「温子さん宜しくお願いします~」と軽くお辞儀してくる。
そんなものはスルーし、資料室に向かった。
◆◆◆◆
私はこの水川が苦手というか嫌いだ。
彼が入社して間もない頃、新開発した入浴剤の成分についての営業会議がされた。
営業部の人たちがどうやって売っていくかを話し合っていた。
開発者の一人として私も同席してして、この新成分が既存成分とどう違うのか、実験データを見せながら説明した。
すると営業課長が
「水川くん、何か質問があれば伊角さんが教えてくれるから聞いてご覧」と促した。
新人の彼は特に発言することも無かったから、課長は気を遣ったのかもしれない。
なのに水川は
「この成分があってもなくても消費者は気づきませんよね」
はぁーーー!?!?
◆◆◆◆
そう、営業と開発は基本的に仲が悪い。
営業は、売りやすいもの、つまりは消費者にとって体感できるものを求める。
開発は、効果のある成分を追い求める。効果の有無が大事で、分かりやすいかどうかなんて二の次である。
営業の言い分もまぁ理解できるけど~~とヌルいことを思っていたが
やっと開発できた宝物のような成分について、
新人が「こんなのあってもなくても関係ない」
なんて発言したもんだから、水川のことも、営業部のことも大大大嫌いになった。
そんなこちらの気持ちはお構い無しに、今日のように「温子さん~」などと声をかけて来るのが、腹が立つ。
あーーーもう、色々思い出してきた。
ムカムカする。
よし、今日は金曜だし、仕事帰りに新しくできたスーパー銭湯に行ってみよう。
そこは面白いお風呂が売りで、特に海外の温泉を再現しているお風呂に力を入れているようだ。
こりゃ行かねば。
ムカムカした気分が少しずつ晴れてきた。考えるだけで気持ちが浮き上がるお風呂は偉大だ。
………まさか数時間後、
水川と混浴していることになるとは知らず、仕事を早めに切り上げ、スーパー銭湯へ向かった。
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