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第八章 女神の審判

第212話 強さという名の支え

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魔術武装マギアウェポン展開エクスメント――姫動魔術戦艦アルカナディア

 降伏宣言の後、充分な安全圏を確保した上でミアリーゼ・レーベンフォルンはアルカナディアを再展開した。無用な警戒を避けるためミアリーゼ含めた統合軍兵士たちは搭乗しておらず無人の状態だ。

 全長百メートルを超える超弩級大型航行戦艦の姿を改めて目にしたアージア兵士たちが戦慄する中で、ミアリーゼは速やかにアルカナディアに負傷者を収容するよう指示を下した。

 ユーリ・クロイスとの戦闘によって主砲と一部の基幹システムが損傷したままだが、中の設備は無事であるため施設の代わりに運用するだけならば問題はない。可及的速やかに重症者を中へ搬送し、治療にあたらせる。
 
 アリカ・リーズシュタットとナギはもちろん、巨大な船体に設けられた複数のハッチから負傷者たちが運び込まれていくのを確認し、ミアリーゼは手にした通信端末機でアージア都市長を務めるウィリアム・クロイスへと呼びかける。

「そういうわけですのでウィリアム様、負傷者につきましては丁重に扱わせていただきますわ。この度の一件は全てわたくしに非があります。ですのでアージア復興への協力は惜しみません」

 全面的に非を認めたミアリーゼは、全兵士たちに負傷者の搬送と応急処置を行うよう通達している。彼らを捕虜にする余裕がアージア陣営にないのが一番の理由だが、先刻まで敵だった者たちの協力を受け入れられたのはミアリーゼに対する信頼が厚いからだろう。

 エレミヤと繰り広げた大盤振る舞いや、ユーリとのやり取りを見て、今更罠を仕掛けてこちらを裏切ると思う者は誰もいない。

 それはアージア都市長を務めるウィリアムも同じで。

『分かりました。こちらからも遺恨を残さぬよう兵たちに留意させましょう。協議は後ほど改めて場を設けるとして、今は一刻も早く負傷者の収容と安全区域の確保を』

 ミアリーゼに文句の一つすら述べることなく、冷静に対応してくれている。

「えぇ。残る問題はお兄様率いるルーメンの侵攻ですが、こちらはファルラーダが警戒に当たってくださっていたようで、敵融合型魔術武装ユニゾンマギアウェポン一機の存在を確認、掃討に成功したそうです。
 ですが敵が単騎とは限らない上に、既にアージアに潜伏している可能性も考えて随時索敵に当たらせますわ。そこで一つお願いがあるのですが、都市アージア施設の無事な監視カメラの映像をこちらにも共有させていただきたいのです。アルカナディアとリンクすれば、より効率的に索敵が可能ですので」

『えぇ、勿論です。早急に対応させていただきます。皆が疲弊した状況で、いつルーメンの攻撃があるかも分かりません。今が正念場です、お互いに最善を尽くしましょう』

「はい。わたくしの全てをかけてでも、守り抜いてみせますわ」

 こうして、一旦の通信を終えたミアリーゼは、ふぅっと大きく息を吐いた。そう、戦いはまだ終わっていない。両軍が深刻な被害を受けたこの機に乗じて、ナイル・アーネストとグレンファルト・レーベンフォルンは必ず行動を起こしてくる。

 その時、隣でウィリアムとの通信を聞いていたエレミヤは、緊張の糸が解けたのかふらっと身体を揺らし。

「ミアリーゼ、あとはお願いね。私、もう立ってるのもげん、かい」

「エレミヤ!」「エレミィ!?」

 そのまま倒れ込もうとするエレミヤの身体をミアリーゼとユーリが慌てて支える。既に意識はなく、これまで気力で持ち堪えていたのがありありと窺える。

 ユーリとの融奏重想ヴァリアブルユニゾンで、しかも制限解除リミットアペレフロシウスまで用いて限界以上の力を引き出したのだ。むしろこれまで意識を保って動けていたことの方が異常で、ミアリーゼは慌てて指示を飛ばした。

「スクライド、ロイド! 申し訳ありませんが、彼女の搬送を優先してください!」

「「御意!」」

 すぐさま駆けつけた元クリスフォラス家の一員であったスクライド・ハウバーとロイド・ケーニスが準備していた担架にエレミヤを乗せてアルカナディアへ運び込んでいく。

「エレミヤ……」

 異種族であり、ミアリーゼの最大の敵であったエルフの姫巫女の身を案じる。ミアリーゼの心の奥底に秘めていた想いを強引に掬い上げてくれたエレミヤには返しきれない恩がある。それに報いるためにもこんなところで落ち込んでいるわけにはいかない。次に何をすべきかを考えて、毅然と振る舞って務めを果たすべきだ。

「ユーリ、あなたも無理をなさらずに治療を受けてください。これ以上はお体に差し障ります。制限解除リミットアペレフロシウスの後遺症は残っているのでしょう?」

 エレミヤ同様、ユーリも今立っているのが不思議な程に疲弊している筈だ。傷はミグレットのマジックアイテムのおかげで癒えているが、正直いつ倒れてもおかしくない。疲労が誤魔化せず、痩せ我慢しているのが手に取るように分かる。

 そんなミアリーゼの心配を他所に、ユーリは安心させるよう笑顔で返す。

「確かに身体は痛いけど、もう慣れたし平気だよ。俺、タフさには自信があるんだ。流石に戦闘はキツいけど、万が一の場合、ミアの盾になることくらいはできるから」

 ミアと渾名で呼んでくれることや、今も尚守ろうとしてくれる事が嬉しくて、密かに鼓動を高鳴らせながら。

「本当に、ご無理はなさらないでくださいね?」

 本当は盾になってほしくない。危険が及んだら、真っ先に逃げてほしい。けれど、ユーリが絶対にミアリーゼを見捨てない事は言わずとも明らかなので、気休めの言葉を投げかける事しかできない。

 ユーリが他のフリーディアとは異なる特別な存在だということはミアリーゼも把握している。流石にジェネラル計画の内容までは預かり知らないが、姫にも分からぬ彼の辛い過去を想像するだけで胸が痛くなった。

「心配してくれてありがとう。ミアも怪我したままだし、無理だけはしないようにな」

「はい」

 ユーリやエレミヤに比べたら、こんなの擦り傷だ。治療を拒んだのも、この程度の傷で重症者よりも優先されるのが嫌だったのと、エレミヤが付けた痛みを暫く味合わないとミアリーゼの気が済まなかったから。この程度の痛みで罪を贖うに値しないことは分かっているが、要は気持ちの問題、ただの自己満足にすぎない。

 これまでの戦いで生み出した多くの死傷者たちの怨念は決して消えはしない。罪と罰を抱えて、その重さを受け止めて、今度こそ本当に守るべき者たちのために戦うのだ。

「お、あれファルラーダさんじゃないか?」

 そのとき、ユーリが指し示した方角から漆黒の鱏を思わせる巨大な飛行物体がこちらに接近しているのが映った。最早見間違えよう筈はない、ファルラーダ・イル・クリスフォラスの保有する空鱏バトイデアであった。

「ファルラーダ!」

 先程まで通信機器を用いてやり取りを交わしていたが、直接姿を見るのはアージア侵攻作戦以来となる。思い出せばファルラーダも何かに悩んでいた様子だった。それに気付かなかった己の不甲斐なさに嘆き、今はどこか憑き物が落ちたようなファルラーダの表情を見て安堵する。

 ユーリとの激闘の末に、彼女もまた自身の想いに向き合うことができたのだろう。

 本当にファルラーダには迷惑をかけてしまった。心の奥底ではエレミヤに嫉妬していたことや、果たすべき使命よりも恋愛感情を優先してしまったミアリーゼの本心を知って、さぞ幻滅したことだろう。

 通信越しでは何も言ってこなかったが、これだけの無様を晒して敗北したミアリーゼを見限っても致し方ないと思ってしまう。

 ゆっくりと地表に降下する空鱏バトイデアから放たれる重低音が大地を揺るがし始める。風圧に晒されたミアリーゼの光白色の髪が舞い、振動の余韻が波紋のように広がっていく。

 機体上部にはファルラーダだけでなく見知った四人の少女の姿もあり。

「兄さーーーーん!!」「ユーリおにーちゃーーーーん!!」「お兄ちゃーーーーん!!」「お兄ーーーー!!」

 シャーレ、シオン、ヒナミ、アイリがユーリへ向けて大きく手を振って名前を叫んでいた。

「あれは、シャーレ・ファンデ・ヴァイゼンベルガー!? まさかファルラーダと一緒にいたなんて」

 ミアリーゼにとってシャーレは、討つべき諸悪の根源ともいえる存在だった。ユーリとは腹違いの妹であることや、何かしらの事情があったことは理解していても、未だそこ知れぬ毒の果実を孕んだ印象が抜けていない。だからこそ犬猿の仲である筈のファルラーダと行動を共にしていたことに素直に驚愕している。

 そんなミアリーゼを他所に、シャーレ含めた四人の少女たちは、笑顔を咲かせて空鱏バトイデアから飛び降り、一目散にユーリのもとへ駆け出していく。

「おい、危ねぇだろ! 勝手に飛び降りんなガキども!!」

 そんな四人の少女に向けて保護者のように注意するファルラーダへ、ごめんなさいのジェスチャーをしてそのままユーリのもとへ。

「シャーレ、シオン、ヒナミ、アイリも、皆無事だったんだな!」

 ユーリは両手を広げて、一番に到着したシオンを迎い入れてそのまま抱きとめる。

「うん! シャーレおねーちゃんとファルラーダおねーちゃんがシオンたちを守ってくれたんだ! ユーリおにーちゃんこそぶじでホントによかったよぉ」

 シオンもユーリが生きていると分かっていても、直接姿を見るまで安心できなかったのだろう。目尻に涙を浮かべてぎゅっと顔をお腹の辺りに埋めていた。

 ぎゅっと甘えるシオンの頭を撫でながら、ユーリはシャーレたちへ視線を向けて。

「よしよし。俺は大丈夫だから泣くな、シオン。シャーレも皆を守ってくれてありがとう。その様子だと無事に二人と和解できたみたいだな」

 駆け寄ってきたシャーレとヒナミ、アイリの間に以前のような険悪な雰囲気は漂っていない。

「はい。赦されたわけではありませんが、ヒナミさんとアイリさんには私の想いを信じていただけました」

「そっか」

 シャーレはヒナミとアイリを見て、穏やかな笑顔を覗かせている。ヒナミとアイリは頬を掻きながら、改めて自身の想いを述べていく。

「お兄ちゃんも色々迷惑かけてごめんね。もう二度と勝手な行動はしない。でもね、これからもシャーレちゃんが誰かを守るために戦うなら、私はそれをお手伝いしたいの。そのために強くなりたい」

「ウチもヒナと同意見だよ。迷惑かけて本当にごめん。今回足を引っ張るだけで何もできなかったけど、いつかお兄やシャーレと肩並べるくらい強くなって、今度こそ皆を守りたいって思ってる」

 双子の向ける真っ直ぐな視線を受け止めて、ユーリは僅かに瞠目し。

「俺の方こそ、自分のことでいっぱいいっぱいで二人を蔑ろにしてた……。叔父さんには改めてその言葉を言うといいよ。俺はどっちかっていうと二人の気持ちの方が理解できるし、実際母さんと喧嘩して家を飛び出したから正直何も言えないんだ」

「「…………」」

 そうじゃん!? と表情で語るヒナミとアイリは、何だかんだユーリも似てるなと思って噴き出した。

 次いでユーリは四人の妹たちの恩人であるファルラーダへ顔を向け。

「ファルラーダさんも、色々とありがとうございました。俺の大切な人たちが生きているのは間違いなくファルラーダさんのおかげです!」

 空鱏バトイデアを解除し、すっと地表に降り立ったファルラーダは。

「あぁ、おれの方こそ色々と悪かったな。やはりお前の隣にいる方がミアリーゼ様は輝いて見える。おれじゃあ役不足なのだと改めて思い知らされたよ」

「ファルラーダ……」

 怪我をしているのか、少しだけ覚束ない足取りでファルラーダがミアリーゼのもとまで歩み寄った。

「ミアリーゼ様」

 いつもと変わらない力強さを感じる声音。そこに失意は微塵も込められておらず、思わずミアリーゼの目頭が熱くなる。

おれの想いは、今も変わらず心に在ります。これからも、あなたと共に歩むことを、そして今度は彼らと共に戦うことを、許してくれますか?」

「はい……はいっ!」

 短くも心に強く響いたファルラーダの言葉に感涙して、ミアリーゼは何度も頷いた。それを見たファルラーダも小さな声音で呟いた。

「これでいいんだよな、ダニエル(ボソッ)」

 ほんの一瞬、天へ視線を向けて柔らかな笑みを浮かべた後、ファルラーダはそのままガクリと膝から崩れ落ちた。

「「ファルラーダお姐さん!!」」

 ヒナミとアイリが一目散に駆け寄ってファルラーダの両肩を組んで支える。

「ファルラーダ!!」「ファルラーダさん!」「クリスフォラス卿!」「ファルラーダおねーちゃん!」

 ミアリーゼとユーリ、シャーレとシオンも突然の出来事に慌てて声を上げる。特にユーリに至っては、自分の攻撃によって傷付けた影響であると悟り、沈痛な面持ちを浮かべていた。そんなユーリに向けてファルラーダは。

「そんな情けねぇ面しなくても死にはしねぇよ。この傷はお前の責任ではなく、おれの責任で負ったものだ」

「ファルラーダさん……」

「この機に乗じてナイルとグレンファルトの野郎が何か仕掛けてくるのは分かっていた。分かっていておれたちはお前たちと戦った。そして負けたんだ」

 無謀な戦いに挑んだわけではない。ミアリーゼたちはユーリたちを倒した後でも充分にナイルたちと戦える戦力を残せると計算していた。その計算が覆り、今の状況を生んでしまったのなら、やはり責任は統合軍側にある。

「くっ……」

 ミアリーゼも改めて己が愚かさ故の行動で窮地に陥った事に沈痛な表情を浮かべている。

おれは暫く動けなくなる。アージア近辺に敵影がないことは確認しているが、透明化の能力を持つ融合型が他にもいるかも分からん。だから――」

 そうしてファルラーダが向けた視線の先には、ユーリではなく、かつての仇敵であったシャーレの姿が。

「シャーレ、恥を忍んでお前に頼みたい。奴らと対等に渡り合えるのはお前しかいない。勝たなくていい、万が一の時はお前が皆を守ってほしい」

 ファルラーダは、ヒナミとアイリに肩を支えられながらも頭だけはしっかりと下げる。それを見たシャーレは言葉にならない想いが込み上げてくるのを感じた。

「クリスフォラス卿……」

 ユーリ、ミアリーゼ、エレミヤ、アリカ、ナギ、オリヴァー、サラ、ファルラーダが戦闘不能な状況で、唯一ナイルとグレンファルトに抗えるのはシャーレ・クロイスをおいて他にいない。

 ベルナーデとの戦闘で深傷を負ったが、今は完治しており、魔力も充分。問題は神遺秘装アルスマグナが使用できないことだが、この場において差し挟む余地はない。ここで頷かずにいられようか。

「はい!!」

 かつては犬猿の仲であり、お互いに殺したいと思っていた相手に頭を下げる。シャーレに対する不信感は残っているだろうに、信頼して託してくれたファルラーダに敬意を表して返事をした。

 ファルラーダは「感謝する」と告げて、消えかかる意識を総動員して最後にこの場において最も異端であるビーストの少女へ告げる。

「シオン」

「はい!」

 名前を呼ばれて、シオンはピシッと背筋を伸ばした。

「お前は自分を足手纏いだと思っているようだが、おれから見ればそんな事はない。あの戦争の時、自律型千術魔装機兵オートメーションヴァスティオン相手に一人で立ち向かった勇敢な姿がとても印象に残っていた」

「ファルラーダおねーちゃん……」

 負傷した仲間を馬車に乗せて撤退していたが、ファルラーダに追い詰められて絶体絶命の危機に陥った。誰もが魔力が枯渇し戦えない中、シオンは一人で馬車から飛び出して自律型千術魔装機兵オートメーションヴァスティオンと戦ったのだ。あの時は無我夢中だったが、シオンは皆を守るために自分では想像の付かない力を発揮して自律型千術魔装機兵オートメーションヴァスティオンを追い詰めた。そのおかげでアリカの介入が間に合い、エレミヤたちは無事に生き延びた。

 それをファルラーダは覚えていたのだ。

「臆するなよ。臆せば臆しただけお前の強さが殺されていく。お前はお前が思っているより、ずっと強い。万が一が起きた際は、あの時のように奇跡を起こしてやれ」

 シオンの中に眠る可能性を千術姫の慧眼は見抜いている。皆を守るために、人一倍努力して研鑽を積んできたシオンはファルラーダの言葉で報われた気がした。

 この人は強さを支えてくれる。ユーリたちは優しすぎるから心配ばかりしてくれるけど、それだけじゃ駄目なのだ。あぁ、この人が味方になってくれて本当に良かった。ユーリたちにはその甘い部分を補ってくれる存在が必要だった。シオンの魔力は殆ど消耗していない。充分に戦える。シャーレと共に大好きなユーリたちを守れるのだ。

「もちろんだよ、ファルラーダおねーちゃん。おねーちゃんはあんしんしてゆっくり休んでてね」

 そう言ってシオンは、シャーレと視線を交わして頷き合った。そんな二人を見たファルラーダは、安心したように意識を失った。
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