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第七章 幼馴染
第207話 姫巫女の失恋と激情
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アルカナディアが墜落していく様子は、統合軍主力部隊を抑えていたオリヴァー・カイエスとサラ、そして市庁舎にいるウィリアム・クロイスたちの目にも映っていた。
「うぉおおお! ユーリとエレミヤ、ついにやったですか、こんちくしょう!!」
異能術拡張装置を開発し、市庁舎まで届けた影の功労者――ミグレットは、固唾を飲んで見守っていた職員たちに向けて笑顔を見せる。無邪気に喜びを見せるミグレットを見て、緊迫していた空気が緩み、職員たちもようやく現実が脳に追いついたのか、ホッと安堵した。
「こらこら、喜ぶのはまだ早いぞ君たち。戦いはまだ終わってないんだから、緊張感を保ちなさい」
ウィリアムも甥の活躍を誇りに思いながら、パンパンと両手を叩きながら職員たちの気を引き締めるよう促す。グランドクロスは敗れ、アルカナディアを破壊したはいいものの、ミアリーゼが投降の意を示していない現状、勝利を確信するのは早計である。
「とはいえ、ミグレットちゃんにはお礼を言わなければいけないね。君がいなければ、今頃私たちは瓦礫の山に埋もれていただろう。本当、君には感謝してもし足りないよ」
ウィリアムは、窓際でへばりつくように外の様子を眺めていたミグレットのもとへ歩み寄り労いの言葉をかけた。
「そんなことねぇですよ。自分だけじゃなくて、おっちゃん含めて皆がいたから生き残れたです、こんちくしょう」
「私は安全圏から状況を確認していただけさ。大した功績じゃない」
「でもおっちゃんが居場所を作ってくれたからこそ、自分たち種族は堂々とここにいられるですよ。ユーリとエレミヤは必ずミアリーゼを説得できるです。そんで、おかえりなさい、と言ってあげるだけで皆喜ぶですよ、こんちくしょう」
「あぁ、その通りだね」
ミグレットの言葉に胸を打たれたウィリアムは、目尻に浮かぶ涙を隠すようにハンカチを取り出して拭った。
◇
エレミヤはユーリ・クロイスが好きだ。顔もタイプだし、初めて会った時から気心がしれ、何よりもフィーリングが合う。ずっと話していられる。無言でも気まずくなく、揶揄うと面白いほどリアクションが返ってくるので、接していて楽しい。結婚したら多分、笑顔が絶えない幸せな家庭を築けるんだろうなと、乙女チックな妄想を何度したことか。
とはいえその望みを叶えるにも、いかんせん強力なライバルが多すぎる。エレミヤはユーリの周りに集まる少女たちを思い浮かべる。
一人目――シオンは、妹という立場を存分に活用してベッタリユーリに甘えているが、まぁ許容範囲だろう。ユーリは超が付くほどのシスコンだが、ロリコンではないのでシオンに恋愛感情を向けることはないと確信している。
二人目――シャーレについては警戒する必要はないとは思うが、ユーリとキスしたことが満更でもないようなので、念の為ライバル候補に。ただ清楚な妹枠ということから、ユーリがまぁ甘やかす甘やかす。時折この二人大丈夫? と思う事もあるが、流石に恋愛にまでいかないと信じたい。
三人目――ミグレット……も、心配する必要ないだろう。適度な距離感を保っており、ユーリも妹枠の一人としか見ていない……筈。時々タガが外れて、セクハラ紛いのことをしているのが気になるが、ぷりちーなミグレットはエレミヤですら頬ずりしたくなるので、仕方ないと捉えている。
四人目――アリカは、懐いている恋心と折り合いを付けたようにも見える。特にユーリに対してアプローチを仕掛けるわけでもなく、一歩引いた姿勢を見せている。彼女はユーリの想いがどこに向かっているか分かっているのだろう。テスタロッサの件がようやく片付いて、今後どうしていくのかはまだ分からない。
五人目――ナギは要警戒。エレミヤにとって最大の恋敵だ。初めから好意を隠そうともせず、エレミヤに対して嫉妬心剥き出しに噛み付いてきた。お酒の飲み比べ勝負など、これまで何度争ってきたか分からない。彼女は諦める事をしない。だからエレミヤも一番に警戒すべき人物だと思っていたのだが。
(だけど、違った。彼が想っている人は私たちの誰でもなかった)
ユーリと同心一体となった事で、より深く繋がることができた。エレミヤの事を大切に思っていることも充分に伝わった。けどそこには、姫巫女が最も欲する恋心がなかった。彼の想いは一人の女性に向いていて、そこへ介在する余地など初めからなかったのだと知った。
(ミアリーゼ・レーベンフォルン――私の中にはあなたへの嫉妬が渦巻いている。それはきっとあなたも同じ。ユーリと一緒にいる私が目障りで仕方ないって顔してる)
肉眼で映るミアリーゼの姿は、色濃い嫉妬という闇で覆われている。しかもそれに気付いてないのだから、尚質が悪い。
自覚してる分エレミヤの方が百倍マシだ。己の感情に向き合わず、目を背けて正義だの何だの理屈を込めて自身を正当化しようとする化けの皮を剥がねばならない。
(その役目はユーリじゃない。同じ境遇に立ち、同じ人を想う私の役目だわ)
女は綺麗なままじゃいられない。ミアリーゼは綺麗でいようとしすぎている。サラがオリヴァーに対して醜さを見せたように、彼女もユーリに曝け出すべきなのだ。
(イリス……あなたもきっと、神に対して強い恋心を懐いている)
幼い頃からずっと一緒だった近衛騎士のイリス。今は袂を分かってしまったが、無理に連れ戻そうと思わないのは、そんな彼女の想いを理解してしまったから。無理矢理ナイル・アーネストから引っぺがしたところで、イリスの気持ちは変わらない。神が世界中全ての生命を滅ぼすと分かっていても、隣に立たずにはいられない――そう、恋に理屈など通じないのだ。
(恋は己の常識や価値観すらも変えてしまうの。私が教えてあげる)
エレミヤとミアリーゼ・レーベンフォルン――互いに魔力を枯渇させ、射てるのはせいぜい一発が限度。絶世の美なる容貌に疲労困憊の色を漂わせる中、互いに銃の射程圏内へと足を踏み入れた瞬間。
「ミアリーゼェエエエエエッーーーー!!」
「エレミヤァアアアアアッーーーー!!」
エルフの姫巫女とフリーディアの姫君は互いの名を叫びながら銃のトリガーを振り絞った。そしてパァンッ! と銃声が木霊する。直線上に放たれた両者の魔弾は、奇しくも激突し合い、大きく弾けた。
「そんな!?」
寸分の狂いなく弾道が重なるなど、一体どんな確率なのだ。予想外の結果を前に動揺し、固まるミアリーゼに対してエレミヤは既に次のモーションに移っている。
「えぇええいッ!!」
最早次弾すら撃てないならばと、銃そのものをミアリーゼ目掛けて投げつけたのだ。迫り来る銃を前に、思わず顔を手で庇い目を瞑ってしまうミアリーゼ。
「きゃあっ!?」
エレミヤの投げつけた銃が手の甲に直撃し、悲鳴を上げて手にした銃を取り落としてしまう。
「じゅ、銃は!?」
どこへ吹き飛ばされたのか、戦い慣れてないミアリーゼはキョロキョロと武器を探すため視線を彷徨わせる。咄嗟に反射で行動してしまったが、これが悪手であったとすぐに後悔する。何故なら――
「あぁあああああッーー!!」
エレミヤは銃を投げつけた瞬間に駆け出して、ミアリーゼに対して渾身のタックルを仕掛けていたのだ。
「なっ!?」
戦闘経験皆無のミアリーゼは、エレミヤの体当たりに抗えず、悲鳴を上げながら地面に倒れる。背中に強い衝撃が奔り、痛みで顔を顰めるのも束の間、次の瞬間頬に強い衝撃が襲い掛かる。
「あぐっ」
ミアリーゼを組み伏せたエレミヤは容赦のかけらもなく、平手打ちする。赤く腫れ上がった頬とは逆側の頬を叩こうとしたら、ミアリーゼに腕を掴まれてやり返される。
「痛っ」
パァンッ、と鋭い痛みと衝撃が奔り、今度はエレミヤが顔を顰める。ミアリーゼはジンジンと痛む掌と頬を顧みずに、更なる攻勢を仕掛けるべく、組み敷かれた状態から絹のようにきめ細かな金髪を掴み引っ張った。
「痛ったい! 乙女の髪を引っ張らないでちょうだい!」
エレミヤも負けじとミアリーゼの髪を引っ掴む。互いに髪を引っ張り合い、埒が明かないと同じタイミングで頭突きを放った。
「「あぐっ!?」」
ガンッ、と鈍い音と共に両者共に怯んで髪を離してしまう。ダメージはエレミヤの方が大きかったようで、仰け反る彼女に対して、ミアリーゼは両手で思いっきり突き飛ばす。
組み敷かれていたストレスから解放されたミアリーゼは、大きく息を荒げながら追撃に移ろうとする。覆い被さるミアリーゼに対して、エレミヤも負けじと食らいつき、取っ組み合いの大喧嘩を始めてしまう。
「異種族!!」
互いにゴロゴロと地面を転がりながら髪を掴み、引っ叩き、引っ掻き、噛み付き、持てる全ての手段を駆使して、ミアリーゼは憎悪の念を込めてエレミヤを殺そうとしている。
「異種族だから何? あなたは自分の気持ちに向き合う勇気もない、情けないフリーディアよ!」
「誰が情けないですか! あなたのような人に私の何が分かるのですか!?」
ここで両者、ようやく会話らしい会話を交わす。口を動かしながらも手は止めない。しっちゃかめっちゃかで、最早戦いとは呼べぬ、側から見れば無様ともいえる醜態を晒しているが、止めようとする者は誰もいない。
「分かるわ! 私はユーリの記憶を通してあなたを見てきた! 女の私から言わせてもらうけど、会う度にユーリ様! なんて嬉しそうに手を振って、猫被りすぎでしょ、あなた! どんだけ好きなのよ!!」
「なっ!?」
思わぬ言葉にミアリーゼは羞恥で顔を真っ赤にする。
「今でも彼のことが好きなんでしょ? だから近くにいる私が気に入らないのよね?」
「勝手なことを!」
「誕生日会でユーリが送った手紙と手作りのアクセサリーを嬉しそうに受け取っていたわね! あれはユーリがあなたに喜んでもらえるよう、一生懸命考えて徹夜して作ったのを知ってる!? まさか捨てたとか言わないわよね!?」
「ッッッ」
ユーリから貰った誕生日プレゼントは今も自室で大切に保管してある。そもそも統合連盟総帥代行の地位に就いてから、数える程しか帰宅していないが、裏切られても棄てるという選択肢はなかった。
そもそも何でそのことをエレミヤの口から言われなければならないのか? ユーリとの思い出に土足で踏み荒らされた気分に陥り、不快感を募らせる。
「不愉快ですわ、今すぐ口を閉じなさい!」
「嫌よ! この際だからあなたの過去を全部晒してあげるわ! そもそもユーリを殺そうとしたあなたにとっては終わった過去の筈よね? 何でそんなに嫌そうな顔してるのかし、らッ!」
「ぐっ」
気合いを込めた平手打ちを受けたミアリーゼ。本当に心底気に食わない、今すぐにエレミヤの口を閉ざさなければ。
「本当は気付いてるんでしょう!? それを認めてしまったら、あなたの目指す正道の決意が鈍るからわざと目を逸らしてるってことに!」
「黙りなさい!」
「本当はユーリと仲の良い私が気に入らないだけのくせに!! 要は嫉妬して八つ当たりしてるだけなのよ、あなたは! それを知られたくないからってエルヴィス様や兵士たちの死を言い訳にしてッ。死者を冒涜してまで嘘を吐くあなたの何処に正義があるのよ!!」
「あ……」
駄目だ、揺らぐな。揺らげば、エレミヤの言葉が真実になる。ユーリとエレミヤの仲に嫉妬したから、それらしい言葉で言い繕って殺そうとしたなんて、そんな馬鹿な話があるものか。
「私はユーリの事が好きよ! けど、彼の目指す異種族との共存共栄は恋愛とは何ら関係ないわ! 掲げる大義と個人の懐く感情は必ずしも一致するとは限らないの! ユーリの気持ちはずっと前から決まってて、私の入り込む余地なんて初めからなかったんだからぁ!!」
再度の平手打ちを受けて、ミアリーゼは地面へ崩れ落ちる。頬は腫れ上がり、随所に刻まれた引っ掻き傷は痛々しさを物語っている。髪はボサボサで服も泥だらけで、それでも反撃するべく身体が動かそうとするが。
「あ……」
ミアリーゼは、動く事ができなかった。何故なら、エレミヤが悔しそうに泣いていたから。ミアリーゼへ向けた嫉妬心が、否応なく答えを示してしまっていた。
「一度も本音で向き合わずに勝負すらしないあなたは卑怯よ……。狡い、お願いだから彼の気持ちを奪わないでよ。要らないなら私に頂戴よ……う、うぅううううう」
崩れ落ちるエレミヤに向ける言葉が見つからない。彼女へ向けていた憎悪が行き場をなくして彷徨っている。
「わた、くし……」
現在ミアリーゼの瞳に映っているのは、愚鈍で蒙昧な己自身の姿。ずっと隠していて、気付かないフリをし続けてきた本音がエレミヤによって無理矢理引っ張り出されてしまった。
「あ、あぁッ……」
狼狽し、たたらを踏んだ瞬間、そっと誰かの手が添えられ、ミアリーゼは肩を支えられる。背後にいるのが誰か分からない程愚かではない。そのまま重心を預け、決して見せたくなかった己の不甲斐なさ、みっともなさを晒した姫は肩に触れる誰かの手にそっと自身の手を添えて想いを紡ぐ。
「ユーリ……私は、初めてお会いした時からあなたの事をお慕いしていました」
「はい。俺も、初めて会った時からミアリーゼ様の事が好きでした」
ユーリ・クロイスとミアリーゼ・レーベンフォルン。十年もの間すれ違い続けた幼馴染同士の想いがついに交錯した瞬間だった。
「うぉおおお! ユーリとエレミヤ、ついにやったですか、こんちくしょう!!」
異能術拡張装置を開発し、市庁舎まで届けた影の功労者――ミグレットは、固唾を飲んで見守っていた職員たちに向けて笑顔を見せる。無邪気に喜びを見せるミグレットを見て、緊迫していた空気が緩み、職員たちもようやく現実が脳に追いついたのか、ホッと安堵した。
「こらこら、喜ぶのはまだ早いぞ君たち。戦いはまだ終わってないんだから、緊張感を保ちなさい」
ウィリアムも甥の活躍を誇りに思いながら、パンパンと両手を叩きながら職員たちの気を引き締めるよう促す。グランドクロスは敗れ、アルカナディアを破壊したはいいものの、ミアリーゼが投降の意を示していない現状、勝利を確信するのは早計である。
「とはいえ、ミグレットちゃんにはお礼を言わなければいけないね。君がいなければ、今頃私たちは瓦礫の山に埋もれていただろう。本当、君には感謝してもし足りないよ」
ウィリアムは、窓際でへばりつくように外の様子を眺めていたミグレットのもとへ歩み寄り労いの言葉をかけた。
「そんなことねぇですよ。自分だけじゃなくて、おっちゃん含めて皆がいたから生き残れたです、こんちくしょう」
「私は安全圏から状況を確認していただけさ。大した功績じゃない」
「でもおっちゃんが居場所を作ってくれたからこそ、自分たち種族は堂々とここにいられるですよ。ユーリとエレミヤは必ずミアリーゼを説得できるです。そんで、おかえりなさい、と言ってあげるだけで皆喜ぶですよ、こんちくしょう」
「あぁ、その通りだね」
ミグレットの言葉に胸を打たれたウィリアムは、目尻に浮かぶ涙を隠すようにハンカチを取り出して拭った。
◇
エレミヤはユーリ・クロイスが好きだ。顔もタイプだし、初めて会った時から気心がしれ、何よりもフィーリングが合う。ずっと話していられる。無言でも気まずくなく、揶揄うと面白いほどリアクションが返ってくるので、接していて楽しい。結婚したら多分、笑顔が絶えない幸せな家庭を築けるんだろうなと、乙女チックな妄想を何度したことか。
とはいえその望みを叶えるにも、いかんせん強力なライバルが多すぎる。エレミヤはユーリの周りに集まる少女たちを思い浮かべる。
一人目――シオンは、妹という立場を存分に活用してベッタリユーリに甘えているが、まぁ許容範囲だろう。ユーリは超が付くほどのシスコンだが、ロリコンではないのでシオンに恋愛感情を向けることはないと確信している。
二人目――シャーレについては警戒する必要はないとは思うが、ユーリとキスしたことが満更でもないようなので、念の為ライバル候補に。ただ清楚な妹枠ということから、ユーリがまぁ甘やかす甘やかす。時折この二人大丈夫? と思う事もあるが、流石に恋愛にまでいかないと信じたい。
三人目――ミグレット……も、心配する必要ないだろう。適度な距離感を保っており、ユーリも妹枠の一人としか見ていない……筈。時々タガが外れて、セクハラ紛いのことをしているのが気になるが、ぷりちーなミグレットはエレミヤですら頬ずりしたくなるので、仕方ないと捉えている。
四人目――アリカは、懐いている恋心と折り合いを付けたようにも見える。特にユーリに対してアプローチを仕掛けるわけでもなく、一歩引いた姿勢を見せている。彼女はユーリの想いがどこに向かっているか分かっているのだろう。テスタロッサの件がようやく片付いて、今後どうしていくのかはまだ分からない。
五人目――ナギは要警戒。エレミヤにとって最大の恋敵だ。初めから好意を隠そうともせず、エレミヤに対して嫉妬心剥き出しに噛み付いてきた。お酒の飲み比べ勝負など、これまで何度争ってきたか分からない。彼女は諦める事をしない。だからエレミヤも一番に警戒すべき人物だと思っていたのだが。
(だけど、違った。彼が想っている人は私たちの誰でもなかった)
ユーリと同心一体となった事で、より深く繋がることができた。エレミヤの事を大切に思っていることも充分に伝わった。けどそこには、姫巫女が最も欲する恋心がなかった。彼の想いは一人の女性に向いていて、そこへ介在する余地など初めからなかったのだと知った。
(ミアリーゼ・レーベンフォルン――私の中にはあなたへの嫉妬が渦巻いている。それはきっとあなたも同じ。ユーリと一緒にいる私が目障りで仕方ないって顔してる)
肉眼で映るミアリーゼの姿は、色濃い嫉妬という闇で覆われている。しかもそれに気付いてないのだから、尚質が悪い。
自覚してる分エレミヤの方が百倍マシだ。己の感情に向き合わず、目を背けて正義だの何だの理屈を込めて自身を正当化しようとする化けの皮を剥がねばならない。
(その役目はユーリじゃない。同じ境遇に立ち、同じ人を想う私の役目だわ)
女は綺麗なままじゃいられない。ミアリーゼは綺麗でいようとしすぎている。サラがオリヴァーに対して醜さを見せたように、彼女もユーリに曝け出すべきなのだ。
(イリス……あなたもきっと、神に対して強い恋心を懐いている)
幼い頃からずっと一緒だった近衛騎士のイリス。今は袂を分かってしまったが、無理に連れ戻そうと思わないのは、そんな彼女の想いを理解してしまったから。無理矢理ナイル・アーネストから引っぺがしたところで、イリスの気持ちは変わらない。神が世界中全ての生命を滅ぼすと分かっていても、隣に立たずにはいられない――そう、恋に理屈など通じないのだ。
(恋は己の常識や価値観すらも変えてしまうの。私が教えてあげる)
エレミヤとミアリーゼ・レーベンフォルン――互いに魔力を枯渇させ、射てるのはせいぜい一発が限度。絶世の美なる容貌に疲労困憊の色を漂わせる中、互いに銃の射程圏内へと足を踏み入れた瞬間。
「ミアリーゼェエエエエエッーーーー!!」
「エレミヤァアアアアアッーーーー!!」
エルフの姫巫女とフリーディアの姫君は互いの名を叫びながら銃のトリガーを振り絞った。そしてパァンッ! と銃声が木霊する。直線上に放たれた両者の魔弾は、奇しくも激突し合い、大きく弾けた。
「そんな!?」
寸分の狂いなく弾道が重なるなど、一体どんな確率なのだ。予想外の結果を前に動揺し、固まるミアリーゼに対してエレミヤは既に次のモーションに移っている。
「えぇええいッ!!」
最早次弾すら撃てないならばと、銃そのものをミアリーゼ目掛けて投げつけたのだ。迫り来る銃を前に、思わず顔を手で庇い目を瞑ってしまうミアリーゼ。
「きゃあっ!?」
エレミヤの投げつけた銃が手の甲に直撃し、悲鳴を上げて手にした銃を取り落としてしまう。
「じゅ、銃は!?」
どこへ吹き飛ばされたのか、戦い慣れてないミアリーゼはキョロキョロと武器を探すため視線を彷徨わせる。咄嗟に反射で行動してしまったが、これが悪手であったとすぐに後悔する。何故なら――
「あぁあああああッーー!!」
エレミヤは銃を投げつけた瞬間に駆け出して、ミアリーゼに対して渾身のタックルを仕掛けていたのだ。
「なっ!?」
戦闘経験皆無のミアリーゼは、エレミヤの体当たりに抗えず、悲鳴を上げながら地面に倒れる。背中に強い衝撃が奔り、痛みで顔を顰めるのも束の間、次の瞬間頬に強い衝撃が襲い掛かる。
「あぐっ」
ミアリーゼを組み伏せたエレミヤは容赦のかけらもなく、平手打ちする。赤く腫れ上がった頬とは逆側の頬を叩こうとしたら、ミアリーゼに腕を掴まれてやり返される。
「痛っ」
パァンッ、と鋭い痛みと衝撃が奔り、今度はエレミヤが顔を顰める。ミアリーゼはジンジンと痛む掌と頬を顧みずに、更なる攻勢を仕掛けるべく、組み敷かれた状態から絹のようにきめ細かな金髪を掴み引っ張った。
「痛ったい! 乙女の髪を引っ張らないでちょうだい!」
エレミヤも負けじとミアリーゼの髪を引っ掴む。互いに髪を引っ張り合い、埒が明かないと同じタイミングで頭突きを放った。
「「あぐっ!?」」
ガンッ、と鈍い音と共に両者共に怯んで髪を離してしまう。ダメージはエレミヤの方が大きかったようで、仰け反る彼女に対して、ミアリーゼは両手で思いっきり突き飛ばす。
組み敷かれていたストレスから解放されたミアリーゼは、大きく息を荒げながら追撃に移ろうとする。覆い被さるミアリーゼに対して、エレミヤも負けじと食らいつき、取っ組み合いの大喧嘩を始めてしまう。
「異種族!!」
互いにゴロゴロと地面を転がりながら髪を掴み、引っ叩き、引っ掻き、噛み付き、持てる全ての手段を駆使して、ミアリーゼは憎悪の念を込めてエレミヤを殺そうとしている。
「異種族だから何? あなたは自分の気持ちに向き合う勇気もない、情けないフリーディアよ!」
「誰が情けないですか! あなたのような人に私の何が分かるのですか!?」
ここで両者、ようやく会話らしい会話を交わす。口を動かしながらも手は止めない。しっちゃかめっちゃかで、最早戦いとは呼べぬ、側から見れば無様ともいえる醜態を晒しているが、止めようとする者は誰もいない。
「分かるわ! 私はユーリの記憶を通してあなたを見てきた! 女の私から言わせてもらうけど、会う度にユーリ様! なんて嬉しそうに手を振って、猫被りすぎでしょ、あなた! どんだけ好きなのよ!!」
「なっ!?」
思わぬ言葉にミアリーゼは羞恥で顔を真っ赤にする。
「今でも彼のことが好きなんでしょ? だから近くにいる私が気に入らないのよね?」
「勝手なことを!」
「誕生日会でユーリが送った手紙と手作りのアクセサリーを嬉しそうに受け取っていたわね! あれはユーリがあなたに喜んでもらえるよう、一生懸命考えて徹夜して作ったのを知ってる!? まさか捨てたとか言わないわよね!?」
「ッッッ」
ユーリから貰った誕生日プレゼントは今も自室で大切に保管してある。そもそも統合連盟総帥代行の地位に就いてから、数える程しか帰宅していないが、裏切られても棄てるという選択肢はなかった。
そもそも何でそのことをエレミヤの口から言われなければならないのか? ユーリとの思い出に土足で踏み荒らされた気分に陥り、不快感を募らせる。
「不愉快ですわ、今すぐ口を閉じなさい!」
「嫌よ! この際だからあなたの過去を全部晒してあげるわ! そもそもユーリを殺そうとしたあなたにとっては終わった過去の筈よね? 何でそんなに嫌そうな顔してるのかし、らッ!」
「ぐっ」
気合いを込めた平手打ちを受けたミアリーゼ。本当に心底気に食わない、今すぐにエレミヤの口を閉ざさなければ。
「本当は気付いてるんでしょう!? それを認めてしまったら、あなたの目指す正道の決意が鈍るからわざと目を逸らしてるってことに!」
「黙りなさい!」
「本当はユーリと仲の良い私が気に入らないだけのくせに!! 要は嫉妬して八つ当たりしてるだけなのよ、あなたは! それを知られたくないからってエルヴィス様や兵士たちの死を言い訳にしてッ。死者を冒涜してまで嘘を吐くあなたの何処に正義があるのよ!!」
「あ……」
駄目だ、揺らぐな。揺らげば、エレミヤの言葉が真実になる。ユーリとエレミヤの仲に嫉妬したから、それらしい言葉で言い繕って殺そうとしたなんて、そんな馬鹿な話があるものか。
「私はユーリの事が好きよ! けど、彼の目指す異種族との共存共栄は恋愛とは何ら関係ないわ! 掲げる大義と個人の懐く感情は必ずしも一致するとは限らないの! ユーリの気持ちはずっと前から決まってて、私の入り込む余地なんて初めからなかったんだからぁ!!」
再度の平手打ちを受けて、ミアリーゼは地面へ崩れ落ちる。頬は腫れ上がり、随所に刻まれた引っ掻き傷は痛々しさを物語っている。髪はボサボサで服も泥だらけで、それでも反撃するべく身体が動かそうとするが。
「あ……」
ミアリーゼは、動く事ができなかった。何故なら、エレミヤが悔しそうに泣いていたから。ミアリーゼへ向けた嫉妬心が、否応なく答えを示してしまっていた。
「一度も本音で向き合わずに勝負すらしないあなたは卑怯よ……。狡い、お願いだから彼の気持ちを奪わないでよ。要らないなら私に頂戴よ……う、うぅううううう」
崩れ落ちるエレミヤに向ける言葉が見つからない。彼女へ向けていた憎悪が行き場をなくして彷徨っている。
「わた、くし……」
現在ミアリーゼの瞳に映っているのは、愚鈍で蒙昧な己自身の姿。ずっと隠していて、気付かないフリをし続けてきた本音がエレミヤによって無理矢理引っ張り出されてしまった。
「あ、あぁッ……」
狼狽し、たたらを踏んだ瞬間、そっと誰かの手が添えられ、ミアリーゼは肩を支えられる。背後にいるのが誰か分からない程愚かではない。そのまま重心を預け、決して見せたくなかった己の不甲斐なさ、みっともなさを晒した姫は肩に触れる誰かの手にそっと自身の手を添えて想いを紡ぐ。
「ユーリ……私は、初めてお会いした時からあなたの事をお慕いしていました」
「はい。俺も、初めて会った時からミアリーゼ様の事が好きでした」
ユーリ・クロイスとミアリーゼ・レーベンフォルン。十年もの間すれ違い続けた幼馴染同士の想いがついに交錯した瞬間だった。
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しかも、20歳も若返った姿で。
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無能なので辞めさせていただきます!
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