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第七章 幼馴染

第202話 雷紅剣

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「『融奏重装ヴァリアブルユニゾン展開エクスメント――』」

 アリカ・リーズシュタットとナギ。一か八かのぶっつけ本番で融奏重装ヴァリアブルユニゾンを展開したアリカの魔核コアにナギの記憶と想いが流れ込んでくる。

(何、これ……)

 アリカ・リーズシュタットとして歩んできた人生に津波の如く押し寄せる別の記憶の奔流。膨大な量の記憶と巡る心が攪拌され、アリカは声にならない声を上げる。

(あれ、私って誰だっけ? この光景、知らないのに知ってる……あそこにいるのはパパ、ママ? 違う、父さんと母さんに獣耳と尻尾なんてない。違う、どっちが私の本当の両親なの? あれ? 何でフリーディアが同胞《かぞく》を襲って……)

 これが、融奏重装ヴァリアブルユニゾンの齎すリスク。アリカの意識は、ナギの記憶に呑まれかけている。父や母の顔、故郷の風景、フリーディアに襲われ、亡くした同胞かぞくに対する恨み、無力感、悲しみ、怒り。
 
 それらはまるでアリカ自身の体験のように、リアルに脳裏に焼き付いていく。自分がアリカなのか、ナギなのか、分からなくなっているのだ。

 このままナギの記憶に呑まれまいと抵抗すれば、アリカの自我は崩壊し、廃人となる。ナギは当然二度と元の姿に戻れず、二人ともテスタロッサに斬り捨てられることだろう。

(そうだ、否定しちゃ駄目。受け入れなくちゃ。心も身体も全部委ねて、自我を確立させて……)

 アリカは心の内で瞼を閉じて深く深呼吸する。ナギの記憶と想いの奔流に抗うのではなく、流れに身を任せ、自身の記憶と想いを流出させて融け込ませる。

 ナギの懐いた喜びも、悲しみも、怒りも、絶望も、全てを受け入れる。それらはまさに自分自身の感情のように心に染み渡っていく。

(ナギ……あんたは私なんかよりよっぽど強い。サラやシオンちゃんだって。私だったらこんなの絶対耐えられない。過去の経緯を聞いたくらいで、知った気になってた自分が恥ずかしい)

 ナギとサラ、シオンの故郷はフリーディアによって滅ぼされた。ダリル・アーキマンの手によって、愛する家族を目の前で殺されたナギの心情は言葉ではとても言い表せない。

 心が壊れて、過去の幻想に取り憑かれ、両親を生きていると思い込み、白骨化しても尚ずっと一緒にいた。アリカたちと初対面した時に向けられた憎しみは、ナギにとって心の均衡を保つための手段でしかなかった。

(それを……ユーリが救ったってわけね)

 あの夜、ナギと一対一で戦ったユーリは見事に勝利を掴み取り、心の中の闇を打ち払った。負の感情しかなかったナギに希望を与えた男に惚れないわけがない。自分が感じた恋心なんかより、ずっと大きな愛情がナギの中に渦巻いている。

 それと同時にエレミヤの美しさに嫉妬したり、ミアリーゼの存在を疎ましいと思ってしまっている事。オリヴァーとサラの関係が羨ましくて仕方なく、想いを受け取ってくれないユーリに理不尽に怒りを募らせて自己嫌悪している事など、数えたらキリがない。

(これ、絶対ユーリに見せちゃ駄目なやつじゃない……)

 想い人に知られたら自殺してしまうんじゃないかと思えるくらいに恥ずかしい妄想や感情までをもアリカの心に伝わり、内密に全部墓まで持って行こうと誓う。

(でも、そっか。私の事、そんな風に思ってくれてたんだ。私もあんたの事、ライバルでかけがえのない友人だって思ってる。多分伝わってるわよね?)

 アリカと同じように、ナギもまた自身の記憶や想いを共有している。互いに向けられた感情は信頼や友情、最早言葉に尽くせない程に様々な色彩で彩られており。

(うん、大丈夫。私は私。ナギはナギ。全部を知っても何も変わらない。いくわよ、ナギ。私とあんたで、テスタロッサを倒す!)

 バラバラだったパズルのピースが組み合わさっていくように、アリカ・リーズシュタットとナギが原子レベルで重なり一つの形を成していく。

 真紅の頭髪が、ナギと同じ白桃色に。身体全身に迸る真紅の雷は、眩く煌めき、怒りを形に成している。服装もアリカの心象が体現されているのか、軍の隊服から秋風が香るような独特の民族衣装へと変化していく。

 これはアリカの故郷であるヒノミに古くから伝わる着物と呼ばれる衣装であり、和の伝統を拵えた装飾品の数々は風情漂う楓を連想させる。

 愁を帯びた戦痕が織りなす景色にアンマッチしているにも関わらず、紅雷を纏ったアリカの美しさが、それらを補って厳かで尊さを感じさせる幻想的な情景へ映えさせているのだ。

 そう、これこそがアリカとナギの絆が魅せる象徴、その名は――

「『――紅姫雷霆獣装クリムノウス』」

 紡がれた諱、この姿こそが、彼女たちの融奏重装ヴァリアブルユニゾン。友情によって築かれた紅姫雷霆獣装クリムノウスは何人にも穢せはしない。

 グランドクロス=テスタロッサを斬る。再燃した闘志を向けられた緋色の亡霊は応えるように緋炎を迸らせる。

『見違エタゾ、小娘。今ノ貴様ナラバ、我ト尋常ニ戦ウ資格ガアル』

 左腕を紅鴉国光ベニガラスクニミツに捥がれ、片腕のみとなったテスタロッサだが、その戦意は留まるところを知らない。彼もまたファルラーダ・イル・クリスフォラスと同じく――否、それ以上に闘争を望んでいる。

 他には何もいらない、望まない。果てなき闘争の渦に呑まれていたい。遍く全ての生命よ、永遠に、永劫に朽ち果てる事なく戦い続けろ。それこそが、数多の屍山血河を築き上げた常在戦場の真なり。

 その闘争本能渦巻く先祖を見ても、先程のように恐怖で体が震え上がることはない。
 
「『私、ようやく気付いた。ただ我武者羅に上ばかり見ていても駄目、互いに競い合って支え合う仲間ライバルの存在も重要なんだって』」

 先程までのアリカはヤマト・リーズシュタット・アマツという高みしか見えていなかった。自分のことを心配してくれる仲間に気を遣わせて、勝手に背負い込んだ結果、ナギに傷を負わせてしまった。

 アリカは戦うことが好きだ。憂う事なく全力でぶつかり合いたい。己こそが最強だと天下に名を轟かせたい。でも……だけどそれ以上に仲間が傷付くのは嫌なのだ。

「『来なさい、緋色の亡霊――テスタロッサ。無関係な人々すらも闘争に巻き込もうとするお前は私の憧れたヤマト・リーズシュタット・アマツなんかじゃない。それを証明してあげる!』」

 テスタロッサ、こいつは自身をヤマト・リーズシュタット・アマツだと思い込んでいるだけの道化だと、向けられた真紅の刃の鋒を前に緋色の亡霊は失笑し否定する。

『否コトヲ、我ハ我以外ノ何者デモアリハシナイ――炎法・硬火義繰フラムティア

 無くした左腕の断面から、ボボボッと緋炎が溢れ出し、腕の形となりて収束し、硬質化していく。ルビーのような淡い煌めきを放つ義手は、炎魔法で生み出した魔石の結晶体。例え手脚を欠損したとしても、常在戦場を司るテスタロッサは常に万全の状態まで復元することができる。

 狂気の域すら超える戦闘への執着心を目にし、唖然とするアリカだが、すぐに意識を切り替える。何故なら既にテスタロッサの姿は陽炎のように揺らめき、攻勢へ移ろうとしていたのだから。

『リーズシュタット流剣術――緋紅剣・揺蕩渡ヨウトウワタリ

「『ッ』」

 これが彼を緋色の亡霊たらしめる真髄。突如としてテスタロッサの魔力、戦意、その姿すらも認識できなくなったアリカはビースト特有の超感覚を駆使して、索敵する。

 前回のドラストリア種族大戦の折、誰にも悟られず不意を打てたのは、偏に緋紅剣・揺蕩渡ヨウトウワタリあってこそ。あれ程までに渦巻いていた戦意を、一瞬の内に沈め姿を眩ませたテスタロッサの手並みに舌を巻くばかりだ。

(でも、手品の種は分かってる。これは空蝉を応用した幻影。目の錯覚なんだから、テスタロッサという点じゃなくて、視野を広げ面を見れさえすれば……)

 感覚器官に誤作動を起こす、剣術だが必ず穴は存在する。

「『………………』」

 視覚、聴覚が駄目なら後は嗅覚しかない。テスタロッサはアリカの腕を斬り飛ばした際に血を浴びている。その血の臭いを辿れば、接近を察知できる筈。そして、案の定――

『斬ル』

 前触れなく、唐突にテスタロッサがアリカの背後から出現し、緋々色金国光ヒヒイロカネクニミツを振り抜いた。

「『緋紅剣・隼返ハヤブサガエシ』」

 だがアリカは緋炎の刃が首元に届く前に瞬時に身を翻し、真紅の稲妻を奔らせ強引に返し技で弾き返した。紅鴉国光ベニガラスクニミツの反った部分から魔力を噴出させることによって、推進力と威力を増大させたこの剣技は、従来であれば諸刃の剣とされ忌避されている。

 理由は二つあり、一つは魔力消費量に対して得られる効果が少ないこと。もう一つが、肉体への負荷が大きく殆どの場合肩が脱臼してしまうリスクを孕むという点にある。

 だが紅姫雷霆獣装クリムノウス状態のアリカの身体能力は、機械と化した融合型魔術武装ユニゾンマギアウェポンよりも上であり、懸念すべき欠点は見事に払拭されていた。

『何ダト!?』

 緋紅剣・揺蕩渡ヨウトウワタリが察知された事、自身の膂力を大きく上回る返し技に、大きく身体を仰け反らせたテスタロッサは驚愕の声を上げる。

「『剣技は確かにこっちが劣るけど……力と速さならお前より上だ!!』」

 アリカとナギの意志が籠った大音声の叫びは、真紅の雷鳴と共に戦場に響き渡った。怯んだ隙を逃さず、このまま追撃し、テスタロッサを斬る。

「『はぁあああああっ!』」

流転動次ルテンドウジ―緋紅剣・隼返ハヤブサガエシ

「『!?』」

 怯んだ態勢から、手首を捻り刀身の向きを変えたテスタロッサは、先程アリカが放った返し技をそっくりのまま再現してみせた。

 緋炎が噴出し、音速すら超える斬撃に対し、アリカは左手を刀身に添えて、真っ向から刃で受け止める。

「『ぐっ』」

 衝撃波が爆ぜ、既に原型のない路面を更に抉り取り、苦悶の声を上げて膝を折るアリカ。流転動次ルテンドウジがある限り、テスタロッサはどんな体勢からでもリーズシュタット流剣術を放てる。

 何度見ても惚れ惚れするくらいに華麗な動きだ。先程テスタロッサをヤマト・リーズシュタット・アマツではないと否定したが、根拠はなにもないのだ。

「『押し返す!』」

 膂力はアリカが優っている。緋雷が激しく嘶き、強引に立ち上がり、テスタロッサの斬撃を弾き返した。ビースト固有の俊敏な動きで、更に追撃を加えていく。

『疾イナ……』

 先程までとはまるで異なるアリカの猛攻を悉く凌ぎ、見に徹するテスタロッサ。鎧の奥にある相貌には、アリカとナギの姿が重なって映る。力と速さを最大限に活かした雷速の剣舞は、流麗なリーズシュタット流剣術とは掛け離れていた。

『我流ノ型……否、最早此レハ型デスラナイ』

「『いいえ、名ならあるわ!』」

 子供の痴戯と断ずるテスタロッサへアリカとナギの断固とした声音が紡がれる。

「『――雷紅剣ライコウケン、私たちの特性を最大限に活かした体剣術だ!』」

 アリカとナギ。互いの個性――フリーディアの剣術とビーストの体術を掛け合わせた疾風迅雷、怒涛の攻めを前にテスタロッサは防戦一方となる。緋色の亡霊の僅かな所作すら見逃さない、リーズシュタット流剣術を放つ前に徹底的に阻止していく。

『ッ』

 焦ったい気持ちを抑え、やむなく後退を余儀なくされるテスタロッサだが、瞬時に背後に回り込み鋭い蹴りを穿つアリカ。

『グッ』

 バコンッ、と胴体にめり込み、苦悶の声を上げながら吹き飛ばされるテスタロッサに反撃の隙は与えない。

「『うぉおおおおッーーーー!!』」

『ヌウッッ』

 側から見れば、真紅の稲妻と緋色の炎が閃光のように、ぶつかり合っているようにしか映らない。並みの動体視力では追いきれぬ速度――雷紅と緋炎の衝突は、留まる所を知らず都市アージアに破壊を刻んでいく。

 そんな中で、アリカは堪らず叫ぶ。

「『テスタロッサ、私から見たお前はただ死から逃れることを恐れた腰抜け以外の何者でもない! そんなだから紅鴉国光アマツ・クニミツに否定させるのよ!』」

『…………』

「『臆病者、恥晒し! お前の剣には信念が感じられないのよ!』」

『異ナ事ヲ、我ノ内ニ渦巻クハ、闘争本能ノミゾ。遍ク全ヲ戦乱ヘト巻キ込ミ、未来永劫戦イ続ケル事コソガ我ガ本懐デアル』

 尚も止まぬ激しい攻防を繰り広げる中、アリカはテスタロッサの論を真っ向から否定する。

「『違う、お前はただ死にたくないだけ! 年を重ねることによる衰えが、最強の剣士を変えてしまったのよ!』」

『!?』

 力が拮抗した事で、これまで見えなかったテスタロッサの真実が見えた気がする。アリカはヤマト・リーズシュタット・アマツを伝説の剣士と信じて疑わなかったが、そうじゃないとしたら? リーズシュタット家に伝わる手記には絶対に記載できない何かがあって、今のテスタロッサを形作っているのだとしたら。

「『永遠に戦い続けたい? 勝ちたい、最強になりたいならいざ知れず、現状維持で満足してるような臆病者に私は絶対に負けない!!』」

 アリカの言葉にテスタロッサの動きが僅かに硬直した。その隙を逃す筈もなく、雷紅の刃で以て一刀のもとに斬り伏せた。
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