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第七章 幼馴染
第198話 愛の逆転劇
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都市アージア内で突如として発生した異変は、ミアリーゼ・レーベンフォルンの目に映る形で現れた。
――異能術・超広域転移
アージア市庁舎を包囲していた統合軍侵攻部隊の反応が消滅していく。主力部隊も同様に、再度反応を現したのは都市アージアの外縁部。まるでチェス盤の駒をルールを無視して強引に配置替えするような形で――しかも全部隊を集結させ侵攻前の位置に戻した為、姫動魔術戦艦が孤立してしまう。
「やってくれましたわねッ」
前回のドラストリア種族大戦の折に種族連合が開幕に放った大規模転移魔法による部隊の撹乱。その魔法によって西部戦線が崩壊寸前にまで追い込まれたことは記憶に新しい。
もちろん可能性を排除してたわけではない。だがあの規模の転移を実行するにはエレミヤ一人では実行不可能と計算で算出されていたため、頭の片隅程度にしか留めていなかった。しかし現実に転移は起きてしまっているため、ミアリーゼは迅速に対応すべく指示を飛ばす。
「全兵士の皆様に申し伝えます。作戦をプランHへ移行し、迅速に戦線の立て直しを。敵も転移によって皆様を包囲していますので、何としてでも突破口を切り開いてください!」
『『『『『御意!』』』』』
機先を制したつもりだろうが、簡単に部隊は崩させない。寧ろエレミヤは切り札を投入せざるを得ない程に追い込まれているように見受けられる。窮余の一手により、こちらの動揺を誘うのが向こうの目的であろうが、思い通りになるものか。
どうやら今回の転移には時間差があるようで、モニターに映し出されたマップで移り変わっていく敵部隊の座標を確認していくが――
「少な、すぎませんか?」
転移させられた統合軍部隊を包囲するアージア防衛部隊の数があまりにも少なすぎる。寧ろ姫動魔術戦艦を包囲する兵士の方が数は多い。全方位から放たれる砲火により、ミアリーゼはこの場に釘付けとなってしまうが、肝心の統合軍兵士は簡単に包囲を突破してしまうだろうに。
「ぐぅっ」
先程とは比較にならない砲撃の数に、衝撃がブリッジ内部を激しく揺らす。魔法障壁の傘に護られているため被害はないが、これでは。
その時、市庁舎の状況を確認していたクルーの一人が叫んだ。
「――ミアリーゼ様、市庁舎を防衛していたオリヴァー・カイエスとサラの反応が消失しました! 恐らく何処かへ転移したものと思われます!」
クルーの報告により、ミアリーゼの脳内に困惑と動揺が一気に襲いかかった。
「!?」
アルカナディアの砲撃を悉く迎撃し退けたオリヴァー・カイエスとサラを防衛から外したということは、市庁舎の腹はガラ空きも同然。今超大型姫光魔術主砲を放てば、統合軍の勝利は確実なものとなる。
「…………」
焦るな、逸るな、これは恐らく罠だ。今狙い撃ちされている状況で勝利を急げば、足下を掬われる。冷静に着実に、包囲網を崩してから超大型姫光魔術主砲を撃てばいい。
捨て身の一手でオリヴァーとサラを迎撃に回したのだとしても、グランドクロスですらない彼らに状況を変えられる筈はない。
(本当に?)
だが、胸の奥から湧き上がる不安は拭えない。この戦いに失敗は許されない。それはエレミヤも同じで、玉砕覚悟で防御を棄て攻勢に移ったのだ。その覚悟を、想いを、齎される奇跡を前にしたならば彼女は――
◇
同時刻――オリヴァー・カイエスとサラは、都市アージア外縁部の大きな交差点を中心に転移させられた統合軍主力部隊と対峙していた。再び振り出しに引き戻された統合軍部隊員たちは、すぐさま動揺を抑え、包囲していくアージア防衛部隊を突破するために迅速に対応していく。
その統率の取れた動きと速さは、流石ミアリーゼ・レーベンフォルン直々の精鋭部隊たちといえるだろう。だがそんな彼らにとっても、オリヴァーとサラの姿は異端に映っているらしく、各々困惑と動揺の声を上げていた。
その一番の理由として、二人が手を繋ぎ合わせていることにある。先程の緊急会見で恋人である旨を大々的に伝えていた両者だが、戦場にまでそれを引っ張ってくるのは如何なものか?
加えて侵攻方向を遮るように立ち、周囲に友軍は一人も見えない。このまま二人を突破すれば、容易に都市圏へ侵攻できる。であるにも関わらずアージア防衛部隊の包囲網は、まるでオリヴァーとサラから逃さないといわんばかりの布陣で、彼らの意図が見えないのだ。
だがこれは統合軍側から見た事情であり、オリヴァーとサラにとっては最善手ともいえる。たった二人で千を超える軍勢を前に一歩も引かず、覚悟を決めた面持ちをしている。
「こんなの、誰が見ても自殺行為だ。でも……どうしてだろうな、サラ。君と一緒なら誰にも負ける気がしないんだ」
「うん、私も。寧ろようやく活躍の場ができたから少し嬉しい。変かな?」
「いいや、僕も高揚しているし、何よりお膳立てを整えてくれたエレミヤの期待に応えないとって気持ちでいっぱいだ」
この戦争の成否はオリヴァーとサラにかかっている。いや、それは驕りがすぎるか。ユーリもエレミヤもアリカもナギもシャーレもシオンもミグレットも、アージア防衛部隊員誰一人欠けてはミアリーゼには勝てない。
「「「「「………………」」」」」
アージア侵攻部隊最前列にいる統合軍兵士たちは戸惑いが隠せず、攻撃すべきかどうか悩んでいる。彼らにとってオリヴァーとサラはまだ子供であり、このまま一方的に蹂躙していいものか良心が痛んでいるのだろう。そんな兵士たちの間を掻き分けて、複数人のダークスーツを着用した集団が前に出る。
「「?」」
どこか任侠さを感じさせる佇まい、他の兵士と違い大剣や戦鎚、槍といった形状の特化型魔術武装を担ぎ上げる彼らは一体何者なのか?
統合軍兵士たちが何も告げずにいるということは、敵であることは間違いない。オリヴァーとサラの見立てではかなりの手練、普通に戦えば苦戦を強いられる事は必須。
だが彼らは攻撃を仕掛けず、列を成して立ち並び、その中の一人――大剣を担いだ強面の四十代前後の男性が代表して更に一歩前に出る。
「お嬢から話は聞いたぜ? お前らがダニエルとよろしくやってた坊主たちだな?」
「「!?」」
ダニエル・ゴーン――オリヴァーにとってかけがえのない大切な友人の名を親しみを込めて紡いだこの男……いや、彼らは。
「俺の名はジャック・ウォーカー。俺たちはダニエルの同郷ってやつだ。あいつが世話になったみてぇだし、戦り合う前にどうしても礼だけは言っておきたくてな。お嬢とミアリーゼ様の手前悪いがこうして前に出てきたってわけだ」
お嬢、というのはファルラーダ・イル・クリスフォラスのことだろう。見るにジャック・ウォーカーと名乗った男は、侵攻部隊の長を務めていることが分かる。異種族であるサラにも差別的な視線を向けず、きちんと目を合わせて礼を述べていることから、義理堅い性分だと伺える。
「オリヴァー・カイエスです」
「サラです」
だが二人は決して気を緩めたりせず、名乗りを挙げる。恩情で見逃す気がないのは態度で明白だ。向こうにも、オリヴァーとサラの覚悟と気迫は伝わったのか満足そうに口角を吊り上げると。
「んじゃあ、遠慮なくいかせてもらうぜ? ――突撃ぃぃいいいいいいいッッッ!!!!」
ジャック・ウォーカーの一声と共に、彼を筆頭とした元クリスフォラス家の精鋭部隊と統合軍兵士たちが一斉に魔術武装を構え、オリヴァーとサラ目掛けて迫ってくる。
「サラ!」
「うん!」
以前までのオリヴァーとサラなら、成す術なく蹂躙されていただろうが、真に心を通い合わせた二人は誰にも負けない不動の愛で結ばれている。だから、こんな状況ピンチでもなんでもない。人間と異種族が手を取り合うことは、決して間違いなんかじゃないと証明してみせる。
刹那――サラが手を握ったまま、オリヴァーへ全てを預けるように瞳を閉じると、微粒子となって空気中に溶けていく。
「「「「「「!?」」」」」」
サラが目の前で消滅した。ジャック含めた統合軍兵士たちは目を見開いて驚愕するも、その恋人であるオリヴァーの態度は微塵も崩れることはなく。
「『融奏重想・展開――』」
これが、旧時代の人類が求めた進化の究極系。フリーディアと異種族は決して異なる存在ではない。共に誰かを尊重し愛し合える心を持っているのだ。
どうか知ってほしい、感じてほしい、響いてほしい、受け止めてほしい――二人が紡ぐ想いを、絆を。
「『――薔薇貴公子万華獣装!!』」
決河の勢いで膨れ上がる魔力と共にオリヴァーの様相が、変化していく。髪が金髪からサラと同じブラウンがかったシックな色味へ。服装も軍服から薔薇の騎士を思わせる繊細な装飾品が施され、より堅牢さを物語るものに――更に右手には万華鏡のように煌めく笏丈の杖、左腕からは無数の薔薇の花弁が散る事なく鎧のように舞ったまま維持されている。
融奏重想の力によって、オリヴァーとサラが真に一つになった姿。それが薔薇貴公子万華獣装だった。
「「「「「「………………」」」」」」
魔法科学が発展し、異種族という存在を知っている彼らでさえ目を疑うような、圧倒的なその光景に言葉を失っている。何よりもその身姿が美しくて、純粋で、穢れを孕んだ異種族と同化したとは思えない程に清浄で。
「『悪いけど、この姿は五分も保っていられないんだ』」
ただただ圧倒され立ち尽くす彼らへ向けてオリヴァーとサラの二つの声音が紡ぐ。
「『一瞬で終わらせてもらう』」
同心一体となり、記憶も心も体も全て共有したオリヴァーとサラの魔力は相乗効果を齎し上昇していく。
そんな中でいち早く我を取り戻したのはジャック・ウォーカーだ。
「ちっ、身体が震えやがる。お嬢以来だぜ、この感覚はぁッ!!」
身の丈を超える大剣を掲げ、その大きさに見合わぬ速度で薔薇貴公子万華獣装状態のオリヴァーへと肉薄していく。
「うぉらぁぁあああああッ!!!」
ジャック・ウォーカーの大剣が、眩い炎閃となり襲いかかるも、オリヴァーは右手に持つ杖で難なく受け止める。見た目には屈強な男と、華奢な体躯の少年のぶつかり合いは前者に有利に思われるが、事実はまるで異なる。
「おいおい、そんな軽々と受け止められる一撃じゃねぇんだけどな」
青筋を立てながら、力の限り押し込むジャックに対し、オリヴァーは微塵も動じていない。
「『昔の僕なら、下民風情の剣が届く筈ないだろう――とか言ってたんだろうな……』」
と、どこか自重気味に述べ。
「『今はただ、力の差が明白でありながらも勇姿を見せたあなたに敬意を懐くばかりです。僕を今の僕に変えてくれたのは、ダニエルや異種族含めた皆がいてくれたから。
その皆を守るためにも、あなたたちにアージアを撃たせるわけにはいかないんだ!!』」
杖で勢いよく炎閃の大剣を弾き返し、大きく仰け反るジャックへ向けて、左腕に纏う無数の薔薇の花弁を飛ばしていく。その花弁の数は目視では確認できないほど、増殖していき、身体全身を囲われたジャックへ向けて止めと言わんばかりにオリヴァーは告げる。
「『炎法・薔薇新星爆発!』」
一枚一枚の花弁から炎魔法による連鎖爆発を引き起こし、周囲にいた統合軍兵士達ごと巻き込んで吹き飛ばしていく。
見た目の派手さと相まって、爆発の直撃を受けたジャックも吹き飛ばされた兵士たちも皆生きている。呆気に取られる兵士たちへ、毅然と告げる。
「『僕はサラ(オリヴァーくん)と幸せに生きていきたい。誰かを殺して恨まれて背後から撃たれるのは御免だ』」
ここまでハッキリと宣言されたらいっそ清々しい。辛うじて意識を保っていたジャック・ウォーカーは「俺はこんな甘ちゃんなガキ共にやられたのかよ」と、笑うしかなかった。
「『ミアリーゼ様が停戦命令を下すまで、誰一人としてアージアには踏み込ませない。悪いが今だけは僕の独壇場にさせてもらう』」
オリヴァーの存在に気付いていない後方にいる兵士たちの戦意を圧し折る。もうあまり時間はない。出し惜しみ無しで、全力で魔法を行使する。
「『華法――』」
これは、オリヴァー・カイエスとサラだけに許された固有の魔法だ。魔術武装に付与された属性以外にも、シャーレ・クロイスのように能力に合わせたオリジナルの魔法が幾つか存在することを知った彼らは、自らの理を理解し昇華してみせたのだ。
「『幹乱棘結界!』」
融奏重想によって、唯一習得できた超広範囲結界魔法。統合軍の周囲の大地からコンクリートを突き破り、大樹のような薔薇の樹木が一斉に生え出して、周囲をドーム状に囲っていく。
「「「「「………………」」」」」
結界内に咲き誇る無数の色鮮やかな薔薇の景色に、感動している者は誰もいない。何が起きたのかすら理解できず、そもそもこれが攻撃であるのか判別するのも難しいだろう。それ程までに現実離れした光景に対して、冷静でいられるのはオリヴァーと魔核に融け込んだサラだけだ。
「『これで暫く統合軍は出られない。外から撃たれたら終わりだから、後は頼むよ皆』」
――異能術・超広域転移
アージア市庁舎を包囲していた統合軍侵攻部隊の反応が消滅していく。主力部隊も同様に、再度反応を現したのは都市アージアの外縁部。まるでチェス盤の駒をルールを無視して強引に配置替えするような形で――しかも全部隊を集結させ侵攻前の位置に戻した為、姫動魔術戦艦が孤立してしまう。
「やってくれましたわねッ」
前回のドラストリア種族大戦の折に種族連合が開幕に放った大規模転移魔法による部隊の撹乱。その魔法によって西部戦線が崩壊寸前にまで追い込まれたことは記憶に新しい。
もちろん可能性を排除してたわけではない。だがあの規模の転移を実行するにはエレミヤ一人では実行不可能と計算で算出されていたため、頭の片隅程度にしか留めていなかった。しかし現実に転移は起きてしまっているため、ミアリーゼは迅速に対応すべく指示を飛ばす。
「全兵士の皆様に申し伝えます。作戦をプランHへ移行し、迅速に戦線の立て直しを。敵も転移によって皆様を包囲していますので、何としてでも突破口を切り開いてください!」
『『『『『御意!』』』』』
機先を制したつもりだろうが、簡単に部隊は崩させない。寧ろエレミヤは切り札を投入せざるを得ない程に追い込まれているように見受けられる。窮余の一手により、こちらの動揺を誘うのが向こうの目的であろうが、思い通りになるものか。
どうやら今回の転移には時間差があるようで、モニターに映し出されたマップで移り変わっていく敵部隊の座標を確認していくが――
「少な、すぎませんか?」
転移させられた統合軍部隊を包囲するアージア防衛部隊の数があまりにも少なすぎる。寧ろ姫動魔術戦艦を包囲する兵士の方が数は多い。全方位から放たれる砲火により、ミアリーゼはこの場に釘付けとなってしまうが、肝心の統合軍兵士は簡単に包囲を突破してしまうだろうに。
「ぐぅっ」
先程とは比較にならない砲撃の数に、衝撃がブリッジ内部を激しく揺らす。魔法障壁の傘に護られているため被害はないが、これでは。
その時、市庁舎の状況を確認していたクルーの一人が叫んだ。
「――ミアリーゼ様、市庁舎を防衛していたオリヴァー・カイエスとサラの反応が消失しました! 恐らく何処かへ転移したものと思われます!」
クルーの報告により、ミアリーゼの脳内に困惑と動揺が一気に襲いかかった。
「!?」
アルカナディアの砲撃を悉く迎撃し退けたオリヴァー・カイエスとサラを防衛から外したということは、市庁舎の腹はガラ空きも同然。今超大型姫光魔術主砲を放てば、統合軍の勝利は確実なものとなる。
「…………」
焦るな、逸るな、これは恐らく罠だ。今狙い撃ちされている状況で勝利を急げば、足下を掬われる。冷静に着実に、包囲網を崩してから超大型姫光魔術主砲を撃てばいい。
捨て身の一手でオリヴァーとサラを迎撃に回したのだとしても、グランドクロスですらない彼らに状況を変えられる筈はない。
(本当に?)
だが、胸の奥から湧き上がる不安は拭えない。この戦いに失敗は許されない。それはエレミヤも同じで、玉砕覚悟で防御を棄て攻勢に移ったのだ。その覚悟を、想いを、齎される奇跡を前にしたならば彼女は――
◇
同時刻――オリヴァー・カイエスとサラは、都市アージア外縁部の大きな交差点を中心に転移させられた統合軍主力部隊と対峙していた。再び振り出しに引き戻された統合軍部隊員たちは、すぐさま動揺を抑え、包囲していくアージア防衛部隊を突破するために迅速に対応していく。
その統率の取れた動きと速さは、流石ミアリーゼ・レーベンフォルン直々の精鋭部隊たちといえるだろう。だがそんな彼らにとっても、オリヴァーとサラの姿は異端に映っているらしく、各々困惑と動揺の声を上げていた。
その一番の理由として、二人が手を繋ぎ合わせていることにある。先程の緊急会見で恋人である旨を大々的に伝えていた両者だが、戦場にまでそれを引っ張ってくるのは如何なものか?
加えて侵攻方向を遮るように立ち、周囲に友軍は一人も見えない。このまま二人を突破すれば、容易に都市圏へ侵攻できる。であるにも関わらずアージア防衛部隊の包囲網は、まるでオリヴァーとサラから逃さないといわんばかりの布陣で、彼らの意図が見えないのだ。
だがこれは統合軍側から見た事情であり、オリヴァーとサラにとっては最善手ともいえる。たった二人で千を超える軍勢を前に一歩も引かず、覚悟を決めた面持ちをしている。
「こんなの、誰が見ても自殺行為だ。でも……どうしてだろうな、サラ。君と一緒なら誰にも負ける気がしないんだ」
「うん、私も。寧ろようやく活躍の場ができたから少し嬉しい。変かな?」
「いいや、僕も高揚しているし、何よりお膳立てを整えてくれたエレミヤの期待に応えないとって気持ちでいっぱいだ」
この戦争の成否はオリヴァーとサラにかかっている。いや、それは驕りがすぎるか。ユーリもエレミヤもアリカもナギもシャーレもシオンもミグレットも、アージア防衛部隊員誰一人欠けてはミアリーゼには勝てない。
「「「「「………………」」」」」
アージア侵攻部隊最前列にいる統合軍兵士たちは戸惑いが隠せず、攻撃すべきかどうか悩んでいる。彼らにとってオリヴァーとサラはまだ子供であり、このまま一方的に蹂躙していいものか良心が痛んでいるのだろう。そんな兵士たちの間を掻き分けて、複数人のダークスーツを着用した集団が前に出る。
「「?」」
どこか任侠さを感じさせる佇まい、他の兵士と違い大剣や戦鎚、槍といった形状の特化型魔術武装を担ぎ上げる彼らは一体何者なのか?
統合軍兵士たちが何も告げずにいるということは、敵であることは間違いない。オリヴァーとサラの見立てではかなりの手練、普通に戦えば苦戦を強いられる事は必須。
だが彼らは攻撃を仕掛けず、列を成して立ち並び、その中の一人――大剣を担いだ強面の四十代前後の男性が代表して更に一歩前に出る。
「お嬢から話は聞いたぜ? お前らがダニエルとよろしくやってた坊主たちだな?」
「「!?」」
ダニエル・ゴーン――オリヴァーにとってかけがえのない大切な友人の名を親しみを込めて紡いだこの男……いや、彼らは。
「俺の名はジャック・ウォーカー。俺たちはダニエルの同郷ってやつだ。あいつが世話になったみてぇだし、戦り合う前にどうしても礼だけは言っておきたくてな。お嬢とミアリーゼ様の手前悪いがこうして前に出てきたってわけだ」
お嬢、というのはファルラーダ・イル・クリスフォラスのことだろう。見るにジャック・ウォーカーと名乗った男は、侵攻部隊の長を務めていることが分かる。異種族であるサラにも差別的な視線を向けず、きちんと目を合わせて礼を述べていることから、義理堅い性分だと伺える。
「オリヴァー・カイエスです」
「サラです」
だが二人は決して気を緩めたりせず、名乗りを挙げる。恩情で見逃す気がないのは態度で明白だ。向こうにも、オリヴァーとサラの覚悟と気迫は伝わったのか満足そうに口角を吊り上げると。
「んじゃあ、遠慮なくいかせてもらうぜ? ――突撃ぃぃいいいいいいいッッッ!!!!」
ジャック・ウォーカーの一声と共に、彼を筆頭とした元クリスフォラス家の精鋭部隊と統合軍兵士たちが一斉に魔術武装を構え、オリヴァーとサラ目掛けて迫ってくる。
「サラ!」
「うん!」
以前までのオリヴァーとサラなら、成す術なく蹂躙されていただろうが、真に心を通い合わせた二人は誰にも負けない不動の愛で結ばれている。だから、こんな状況ピンチでもなんでもない。人間と異種族が手を取り合うことは、決して間違いなんかじゃないと証明してみせる。
刹那――サラが手を握ったまま、オリヴァーへ全てを預けるように瞳を閉じると、微粒子となって空気中に溶けていく。
「「「「「「!?」」」」」」
サラが目の前で消滅した。ジャック含めた統合軍兵士たちは目を見開いて驚愕するも、その恋人であるオリヴァーの態度は微塵も崩れることはなく。
「『融奏重想・展開――』」
これが、旧時代の人類が求めた進化の究極系。フリーディアと異種族は決して異なる存在ではない。共に誰かを尊重し愛し合える心を持っているのだ。
どうか知ってほしい、感じてほしい、響いてほしい、受け止めてほしい――二人が紡ぐ想いを、絆を。
「『――薔薇貴公子万華獣装!!』」
決河の勢いで膨れ上がる魔力と共にオリヴァーの様相が、変化していく。髪が金髪からサラと同じブラウンがかったシックな色味へ。服装も軍服から薔薇の騎士を思わせる繊細な装飾品が施され、より堅牢さを物語るものに――更に右手には万華鏡のように煌めく笏丈の杖、左腕からは無数の薔薇の花弁が散る事なく鎧のように舞ったまま維持されている。
融奏重想の力によって、オリヴァーとサラが真に一つになった姿。それが薔薇貴公子万華獣装だった。
「「「「「「………………」」」」」」
魔法科学が発展し、異種族という存在を知っている彼らでさえ目を疑うような、圧倒的なその光景に言葉を失っている。何よりもその身姿が美しくて、純粋で、穢れを孕んだ異種族と同化したとは思えない程に清浄で。
「『悪いけど、この姿は五分も保っていられないんだ』」
ただただ圧倒され立ち尽くす彼らへ向けてオリヴァーとサラの二つの声音が紡ぐ。
「『一瞬で終わらせてもらう』」
同心一体となり、記憶も心も体も全て共有したオリヴァーとサラの魔力は相乗効果を齎し上昇していく。
そんな中でいち早く我を取り戻したのはジャック・ウォーカーだ。
「ちっ、身体が震えやがる。お嬢以来だぜ、この感覚はぁッ!!」
身の丈を超える大剣を掲げ、その大きさに見合わぬ速度で薔薇貴公子万華獣装状態のオリヴァーへと肉薄していく。
「うぉらぁぁあああああッ!!!」
ジャック・ウォーカーの大剣が、眩い炎閃となり襲いかかるも、オリヴァーは右手に持つ杖で難なく受け止める。見た目には屈強な男と、華奢な体躯の少年のぶつかり合いは前者に有利に思われるが、事実はまるで異なる。
「おいおい、そんな軽々と受け止められる一撃じゃねぇんだけどな」
青筋を立てながら、力の限り押し込むジャックに対し、オリヴァーは微塵も動じていない。
「『昔の僕なら、下民風情の剣が届く筈ないだろう――とか言ってたんだろうな……』」
と、どこか自重気味に述べ。
「『今はただ、力の差が明白でありながらも勇姿を見せたあなたに敬意を懐くばかりです。僕を今の僕に変えてくれたのは、ダニエルや異種族含めた皆がいてくれたから。
その皆を守るためにも、あなたたちにアージアを撃たせるわけにはいかないんだ!!』」
杖で勢いよく炎閃の大剣を弾き返し、大きく仰け反るジャックへ向けて、左腕に纏う無数の薔薇の花弁を飛ばしていく。その花弁の数は目視では確認できないほど、増殖していき、身体全身を囲われたジャックへ向けて止めと言わんばかりにオリヴァーは告げる。
「『炎法・薔薇新星爆発!』」
一枚一枚の花弁から炎魔法による連鎖爆発を引き起こし、周囲にいた統合軍兵士達ごと巻き込んで吹き飛ばしていく。
見た目の派手さと相まって、爆発の直撃を受けたジャックも吹き飛ばされた兵士たちも皆生きている。呆気に取られる兵士たちへ、毅然と告げる。
「『僕はサラ(オリヴァーくん)と幸せに生きていきたい。誰かを殺して恨まれて背後から撃たれるのは御免だ』」
ここまでハッキリと宣言されたらいっそ清々しい。辛うじて意識を保っていたジャック・ウォーカーは「俺はこんな甘ちゃんなガキ共にやられたのかよ」と、笑うしかなかった。
「『ミアリーゼ様が停戦命令を下すまで、誰一人としてアージアには踏み込ませない。悪いが今だけは僕の独壇場にさせてもらう』」
オリヴァーの存在に気付いていない後方にいる兵士たちの戦意を圧し折る。もうあまり時間はない。出し惜しみ無しで、全力で魔法を行使する。
「『華法――』」
これは、オリヴァー・カイエスとサラだけに許された固有の魔法だ。魔術武装に付与された属性以外にも、シャーレ・クロイスのように能力に合わせたオリジナルの魔法が幾つか存在することを知った彼らは、自らの理を理解し昇華してみせたのだ。
「『幹乱棘結界!』」
融奏重想によって、唯一習得できた超広範囲結界魔法。統合軍の周囲の大地からコンクリートを突き破り、大樹のような薔薇の樹木が一斉に生え出して、周囲をドーム状に囲っていく。
「「「「「………………」」」」」
結界内に咲き誇る無数の色鮮やかな薔薇の景色に、感動している者は誰もいない。何が起きたのかすら理解できず、そもそもこれが攻撃であるのか判別するのも難しいだろう。それ程までに現実離れした光景に対して、冷静でいられるのはオリヴァーと魔核に融け込んだサラだけだ。
「『これで暫く統合軍は出られない。外から撃たれたら終わりだから、後は頼むよ皆』」
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カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
校長室のソファの染みを知っていますか?
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