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第七章 幼馴染
第186話 足りない時間の中で
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ミグレットは人類の領域に踏み入れて以降、その最先端技術に触れるたびに、自身の見てきた世界がどれだけ狭かったのかを痛感させられた。
ドラストリア種族大戦の折に使用したマジックアイテム――治癒包帯や魔信機を開発したことで自分が凄い発明家なんだ、と自画自賛していたが、フリーディアの方が遥かに技術力が高いことを思い知らされたので、恥ずかしくなって穴に入りたくなったのを覚えている。
クロイス邸に到着してようやく落ち着いたミグレットが先ず始めに行ったのは、パソコンの操作を覚えることだった。それらを用いて情報を収集し、皆を守るためのマジックアイテムを造り出すために、与えられた部屋に引き篭もって、寝る間も惜しんで作業に没頭している。
カタカタカタと軽快かつリズミカルな音を奏でながら、モニターに出てくる情報を精査していくミグレット。
彼女が見ているのは、クロイス家で極秘で管理されていたヨーハン・クロイスが遺した研究データだ。十年以上前の情報になるが、今でも充分通用する。特にミグレットの目を引いたのが、ジェネラル計画の基本骨子となる異種族の遺伝子工学に関する内容だった。ユーリやシャーレ、ヴァンパイヤに関する情報はヨーハンが自らの命と引き換えに処分したため、それ以前のものにはなるが。
(難しすぎて、正直チンプンカンプンですこんちくしょう)
ミグレットの得意とする解析スキルを用いても、理解することは難しく、知らない単語や内容が出てくる度に都度調べなければならないという手間が発生している。調べる度に新たな発見や知識欲が満たされていき、ミグレットは内心興奮を抑えきれずにいた。
(くそぉ……こんな時に不謹慎極まりねぇですが、めちゃくちゃ面白れぇですこんちくしょう! 自分たちの身体の構造とかそんなもん全然気にしたことなかったですからビックリですよ)
ミグレットが短期間で膨大な知識を吸収していけるのも、一重に好奇心ゆえ。知識欲という渇望が疼いて疼いて仕方ないのだ。
(時間が、時間が欲しいですこんちくしょう。クーリアとかいう奴は自分なんかよりも遥か高みにいやがるです。今の自分じゃ知識を吸収するだけで精一杯……今こうしてる間にも、向こうはどんどん先に進んで自分たちを陥れようとしてるです、こんちくしょう)
クーリア・クロウ・ククルウィッチは父であるゲオルグが開発した負の遺産――融合型魔術武装を開発し、既に実戦導入している。あれの存在を認めるわけにはいかないミグレットにとって、クーリアという少女は否応でも意識せざるを得ない相手だ。
材料と設備さえあれば、ミグレットも融合型魔術武装を開発することができるが、それで対抗しても意味がないし、何より武器を造らないという自身の理念に反することになる。
だからミグレットは別方向からアプローチをかけることにし、少しでもヒントが得られないか手当たり次第でヨーハンの遺した情報を弄っている最中。
理想としては彼女の持つ神遺秘装――創刻回帰をいつでも発動可能にできるマジックアイテムを製作することだ。あのシャーレの不死すらも殺した力があれば、ナイルの持つ不滅の神遺秘装も破壊できるのでは? と、そう思ったのだ。
そしてもう一つは、ナイル・アーネストが残した融奏と呼ばれる現象について。巷ではグランドクロスを凌駕する炎の魔神と騒がれているが、あれが炎精霊サーラマの力によるものなのは明らかだ。
現状足がかり一つ掴めてはいないが、その分知識は膨大に増していき、あれやこれやと新たなマジックアイテムのアイデアが閃き、正直興奮が治らない。
ミグレットは生粋の鍛治職人なので、引き篭もってマジックアイテムを製造するのが大好きな女の子だ。恐らくクーリア・クロウ・ククルウィッチも同じ分類に属するのだろう。彼女は父であるゲオルグすらも凌駕する強い狂気を感じさせた。そしてクーリアはミグレットを確保するために、手段を選ばず襲ってくる。
そうなれば、ユーリの故郷が戦場に……。
「ぜってぇさせねぇです、こんちくしょう」
熱い想いと確かな覚悟を胸に、今日もミグレットは知識収集とマジックアイテム開発の足がかりを見つけようとするも。
「もう! オリヴァーくんのバカ! どうして分かってくれないの!?」
「サラこそどうして分かってくれないんだ!」
何故か一緒の部屋にいる、オリヴァー・カイエスとサラが痴話喧嘩を繰り広げており、ミグレットの集中力を削いでいく。
「オメェらうるせぇですよ! 喧嘩なら他所でやりやがれです、こんちくしょう!!」
だだでさえオリヴァー、サラと一緒にいるだけでラブラブオーラにあてられて胸焼けさせられているというのに、痴話喧嘩まで繰り出されたらたまった者ではない。
ミグレットの注意を無視して、尚も口論を繰り広げるオリヴァーとサラ。
「オリヴァーくんだってテレビ見たでしょ! ナイル・アーネストは四精霊と融合してたの! 私たちも魔術武装みたいにフリーディアの力になれるかもしれない! 時間がない中、これ以上皆の足引っ張りたくないの!」
オリヴァーとサラの痴話喧嘩の理由は、炎の魔神と化したナイル・アーネストのように自分たちも融合することで新たな力が発現するかを試すかどうかについて意見が割れたため。
サラは神遺秘装を扱えるようになったが、一朝一夕でどうにかなるものでもないため、新たな可能性に賭けたいのだろう。
「気持ちは分かるが、君が元の姿に戻れる保証なんてないんだ。魔術武装が異種族、魔石でできていることからも、その過程と結果は容易に想像が付く。つまり僕は君を武装して戦うってことだろう? 最愛の恋人をそんな風に扱いたくないんだ!」
「オリヴァーくん……」
魔術武装は、死した異種族を高密度のエネルギー物質へと変換しそれを元に武器を製造し扱うのに対して、融奏重想は生きたまま異種族を魔素へ変換し体内の魔核へ格納し武装化する力。
似て非なる二つの力だが、どちらも共通しているのは人間が主体となって扱う点にある。オリヴァーとしてはサラが魔素となって自身の魔核と融合することに抵抗があるようで、断固として拒否していた。
ミグレットとしてはサラとオリヴァーがずっと世話してくれるものだから、ついつい判明した事実を共有したくてベラベラと話してしまっている。炎の魔神が炎精霊サーラマと融合化したことで起きた現象だと説明したのが、喧嘩の始まり。
両方の気持ちを理解できるため最初は何も告げずにいたが、同じやり取りを何時間も延々と続けているため、五月蝿くてかなわない。
「オリヴァー、サラ。自分がオメェらに新たな奇跡を齎してやるですから、大船に乗った気持ちで待ってろですこんちくしょう」
「「ミグレット……」」
そもそも何故ミグレットは、ヨーハン・クロイスの研究資料を引っ張り出して遺伝子工学について勉強しているのか? 自身の神遺秘装――創刻回帰をいつでも発動できるようにすることと並行してユーリたちに安心して融奏重想という奇跡を齎そうとしているためだ。
「自分、超天才ですからクーリアなんかに負けねーですよ。色々試してぇことあるですから、協力してくれですこんちくしょう。
自分の神遺秘装――創刻回帰を自在に操ることができるようになれば、意識と時間を乖離させて知識を習得できる筈ですから」
「「?」」
圧倒的に時間が足りない中で、ミグレットが思いついた秘策。神遺秘装――創刻回帰を発動することさえできれば、自分自身の時間感覚を操ることができるのではないか?
そうすれば、短期間でヨーハン・クロイスに匹敵する知識を得られる筈。魔力はスキルで共有化させれば事足りる。問題があるとすれば、ミグレットの魔力操作技術が心許ない点にあるが……。
その時、扉の外からコンコン、と軽快なノックの音が響く。ミグレットは視線で、オリヴァーに出るように促す。今集中しているから変わりに出ろというアイコンタクトを受け取ったオリヴァーは、サラとの口論を中断して、返事をしながら扉を開くと。
「――あ、やっぱりミグレットの部屋にいたのね!」
訪れてきたのは、エルフの姫巫女ことエレミヤだった。どうやらオリヴァーとサラを探していたらしく、何だろう? と二人は首を傾げる。
「ねねオリヴァー、サラ! 今からシャーレが魔力操作技術向上のコツを教えてくれるみたいなんだけど、一緒に行かない? ユーリとナギも参加するみたいだし、皆で一緒に聞いた方が時間の効率がいいわよね?」
と、エレミヤが捲し立てるように言った瞬間。
「――それですーーーー!!!」
「「「!?」」」
ミグレットが欲してやまない、魔力操作技術向上の手がかり。シャーレ・クロイスという最強の元グランドクロスに教えてもらえば万事解決ではないか。身近すぎて逆に気が付かなかったミグレットは興奮した面持ちで鼻を鳴らしていた。
◇
「――リーズシュタット流剣術――緋紅剣・空蝉」
その頃、アリカ・リーズシュタットは来るべき戦いに備えて、アージア治安維持部隊本部地下にある訓練場で修練に励んでいた。
空蝉は、紅鴉国光から放出される魔力を操作して自身と同じ御姿の分身体を生み出すことができる優れものだが、高い魔力操作技術を要求するため扱いに難儀している。
ドワーフ国にいた際に特訓して習得し、イリス戦で初めて実践導入したが、今のままでは目標とするグランドクロス=テスタロッサの足下にも及ばない。
緋色の亡霊に勝つためには、自身の全てを犠牲にして修羅道を極める他ないが、それはユーリたちと袂を分つことと同義。だけどアリカはその道を選ぶつもりは更々ない。修羅としての己を確立させたまま、大切な仲間たちを守るための剣として在ろうと心に誓っている。
「私は、負けるのが嫌。強くなるためならなんだってする。だけど一人で突っ走ってユーリたちに迷惑かけるのはもっと嫌。
緋色の亡霊――グランドクロス=テスタロッサ、あんたの立つ頂に追いつくのは至難の業なんでしょうけど、私は大切な全部を一つも取りこぼさずに最強の剣士になってみせる」
緋紅剣・空蝉で生み出した実像分身を駆使して維持しつつ、他のリーズシュタット流剣術を同時に放つために魔力出力を調整していく。
分身体を操るだけでも神経が焼き切れそうな程意識を集中させなければならないというのに、この上更にリーズシュタット流剣術を放つなど無茶を通り越して無謀、実践であれば自殺行為も同然の行いだが、アリカはめげずに修練に励んでいく。
同じく訓練場にいる治安維持部隊兵士たちが、アリカの邪魔にならないようその様子を遠巻きに見ている。剣という前時代的な代物で、この場にいる誰よりも強く、鍛錬に余念がない彼女に畏敬の念を懐いている様子だ。
そのとき、訓練場の扉が開きこの場に似つかわしくない繊細かつ華奢な見た目の少女とあどけなさの残る幼い異種族の少女が入室し、アリカ含めた治安維持部隊兵士たちの視線が集中する。
「シャーレに、シオンちゃん?」
滝のように汗を滴らせながら、アリカは空蝉を解除して現れたシャーレとシオンのもとへ駆け寄っていく。
「アリカさん、すみません。修行の邪魔をしてしまって」
「ここは私だけの場所じゃないし、そんなの気にしなくていいわ。寧ろ集中を切らした私が未熟なのよ」
実像分身を操るのに四苦八苦し、些か精細を欠いてしまっていた。集中力が持続せず、アリカは休息のためにシャーレとシオンを迎入れたのだから謝る必要なんてないのだ。
アリカの芳しくない表情でシオンは察したのか、純真無垢な眼を向けて問いかける。
「アリカおねーちゃん、しゅぎょーうまくいってないの?」
「そうね。魔力操作が難しくて、思うように技を発動できないのよ。スランプ、とは違うのだけど、独学だとどうしても限界があるから……」
本当は誰かに教えを乞いたいが、アリカよりも卓越した存在などそうはいない。寧ろ教える側に回ることが多く、ユーリなど未だにリーズシュタット流を教えてと言ってくる有様なのだ。
「あの、アリカさん。ご迷惑でなければ、私に魔力操作技術を高めるお手伝いをさせてください!」
「へ?」
頭を下げて懇願するシャーレにポカンと呆けるアリカだが、次第に何かに気づいたような表情になり。
「シャーレ、そうよあんたがいたじゃない!」
元グランドクロスであり、神遺秘装を完璧に操る程の高い魔力操作技術を披露してのけたシャーレ・クロイスなら、アリカの懸念を解消できるではないか。
灯台下暗しとはまさにこの事か。アリカは興奮した面持ちで、シャーレの手を取り「ありがとう!」と感謝の意を示しながらブンブンと手を振った。
その後、ユーリとナギ。ミグレットとオリヴァーとサラとエレミヤが合流し、治安維持部隊兵士たちと共にシャーレ・クロイスによる魔力操作技術向上のためのアドバイスを受けたのだった。
ドラストリア種族大戦の折に使用したマジックアイテム――治癒包帯や魔信機を開発したことで自分が凄い発明家なんだ、と自画自賛していたが、フリーディアの方が遥かに技術力が高いことを思い知らされたので、恥ずかしくなって穴に入りたくなったのを覚えている。
クロイス邸に到着してようやく落ち着いたミグレットが先ず始めに行ったのは、パソコンの操作を覚えることだった。それらを用いて情報を収集し、皆を守るためのマジックアイテムを造り出すために、与えられた部屋に引き篭もって、寝る間も惜しんで作業に没頭している。
カタカタカタと軽快かつリズミカルな音を奏でながら、モニターに出てくる情報を精査していくミグレット。
彼女が見ているのは、クロイス家で極秘で管理されていたヨーハン・クロイスが遺した研究データだ。十年以上前の情報になるが、今でも充分通用する。特にミグレットの目を引いたのが、ジェネラル計画の基本骨子となる異種族の遺伝子工学に関する内容だった。ユーリやシャーレ、ヴァンパイヤに関する情報はヨーハンが自らの命と引き換えに処分したため、それ以前のものにはなるが。
(難しすぎて、正直チンプンカンプンですこんちくしょう)
ミグレットの得意とする解析スキルを用いても、理解することは難しく、知らない単語や内容が出てくる度に都度調べなければならないという手間が発生している。調べる度に新たな発見や知識欲が満たされていき、ミグレットは内心興奮を抑えきれずにいた。
(くそぉ……こんな時に不謹慎極まりねぇですが、めちゃくちゃ面白れぇですこんちくしょう! 自分たちの身体の構造とかそんなもん全然気にしたことなかったですからビックリですよ)
ミグレットが短期間で膨大な知識を吸収していけるのも、一重に好奇心ゆえ。知識欲という渇望が疼いて疼いて仕方ないのだ。
(時間が、時間が欲しいですこんちくしょう。クーリアとかいう奴は自分なんかよりも遥か高みにいやがるです。今の自分じゃ知識を吸収するだけで精一杯……今こうしてる間にも、向こうはどんどん先に進んで自分たちを陥れようとしてるです、こんちくしょう)
クーリア・クロウ・ククルウィッチは父であるゲオルグが開発した負の遺産――融合型魔術武装を開発し、既に実戦導入している。あれの存在を認めるわけにはいかないミグレットにとって、クーリアという少女は否応でも意識せざるを得ない相手だ。
材料と設備さえあれば、ミグレットも融合型魔術武装を開発することができるが、それで対抗しても意味がないし、何より武器を造らないという自身の理念に反することになる。
だからミグレットは別方向からアプローチをかけることにし、少しでもヒントが得られないか手当たり次第でヨーハンの遺した情報を弄っている最中。
理想としては彼女の持つ神遺秘装――創刻回帰をいつでも発動可能にできるマジックアイテムを製作することだ。あのシャーレの不死すらも殺した力があれば、ナイルの持つ不滅の神遺秘装も破壊できるのでは? と、そう思ったのだ。
そしてもう一つは、ナイル・アーネストが残した融奏と呼ばれる現象について。巷ではグランドクロスを凌駕する炎の魔神と騒がれているが、あれが炎精霊サーラマの力によるものなのは明らかだ。
現状足がかり一つ掴めてはいないが、その分知識は膨大に増していき、あれやこれやと新たなマジックアイテムのアイデアが閃き、正直興奮が治らない。
ミグレットは生粋の鍛治職人なので、引き篭もってマジックアイテムを製造するのが大好きな女の子だ。恐らくクーリア・クロウ・ククルウィッチも同じ分類に属するのだろう。彼女は父であるゲオルグすらも凌駕する強い狂気を感じさせた。そしてクーリアはミグレットを確保するために、手段を選ばず襲ってくる。
そうなれば、ユーリの故郷が戦場に……。
「ぜってぇさせねぇです、こんちくしょう」
熱い想いと確かな覚悟を胸に、今日もミグレットは知識収集とマジックアイテム開発の足がかりを見つけようとするも。
「もう! オリヴァーくんのバカ! どうして分かってくれないの!?」
「サラこそどうして分かってくれないんだ!」
何故か一緒の部屋にいる、オリヴァー・カイエスとサラが痴話喧嘩を繰り広げており、ミグレットの集中力を削いでいく。
「オメェらうるせぇですよ! 喧嘩なら他所でやりやがれです、こんちくしょう!!」
だだでさえオリヴァー、サラと一緒にいるだけでラブラブオーラにあてられて胸焼けさせられているというのに、痴話喧嘩まで繰り出されたらたまった者ではない。
ミグレットの注意を無視して、尚も口論を繰り広げるオリヴァーとサラ。
「オリヴァーくんだってテレビ見たでしょ! ナイル・アーネストは四精霊と融合してたの! 私たちも魔術武装みたいにフリーディアの力になれるかもしれない! 時間がない中、これ以上皆の足引っ張りたくないの!」
オリヴァーとサラの痴話喧嘩の理由は、炎の魔神と化したナイル・アーネストのように自分たちも融合することで新たな力が発現するかを試すかどうかについて意見が割れたため。
サラは神遺秘装を扱えるようになったが、一朝一夕でどうにかなるものでもないため、新たな可能性に賭けたいのだろう。
「気持ちは分かるが、君が元の姿に戻れる保証なんてないんだ。魔術武装が異種族、魔石でできていることからも、その過程と結果は容易に想像が付く。つまり僕は君を武装して戦うってことだろう? 最愛の恋人をそんな風に扱いたくないんだ!」
「オリヴァーくん……」
魔術武装は、死した異種族を高密度のエネルギー物質へと変換しそれを元に武器を製造し扱うのに対して、融奏重想は生きたまま異種族を魔素へ変換し体内の魔核へ格納し武装化する力。
似て非なる二つの力だが、どちらも共通しているのは人間が主体となって扱う点にある。オリヴァーとしてはサラが魔素となって自身の魔核と融合することに抵抗があるようで、断固として拒否していた。
ミグレットとしてはサラとオリヴァーがずっと世話してくれるものだから、ついつい判明した事実を共有したくてベラベラと話してしまっている。炎の魔神が炎精霊サーラマと融合化したことで起きた現象だと説明したのが、喧嘩の始まり。
両方の気持ちを理解できるため最初は何も告げずにいたが、同じやり取りを何時間も延々と続けているため、五月蝿くてかなわない。
「オリヴァー、サラ。自分がオメェらに新たな奇跡を齎してやるですから、大船に乗った気持ちで待ってろですこんちくしょう」
「「ミグレット……」」
そもそも何故ミグレットは、ヨーハン・クロイスの研究資料を引っ張り出して遺伝子工学について勉強しているのか? 自身の神遺秘装――創刻回帰をいつでも発動できるようにすることと並行してユーリたちに安心して融奏重想という奇跡を齎そうとしているためだ。
「自分、超天才ですからクーリアなんかに負けねーですよ。色々試してぇことあるですから、協力してくれですこんちくしょう。
自分の神遺秘装――創刻回帰を自在に操ることができるようになれば、意識と時間を乖離させて知識を習得できる筈ですから」
「「?」」
圧倒的に時間が足りない中で、ミグレットが思いついた秘策。神遺秘装――創刻回帰を発動することさえできれば、自分自身の時間感覚を操ることができるのではないか?
そうすれば、短期間でヨーハン・クロイスに匹敵する知識を得られる筈。魔力はスキルで共有化させれば事足りる。問題があるとすれば、ミグレットの魔力操作技術が心許ない点にあるが……。
その時、扉の外からコンコン、と軽快なノックの音が響く。ミグレットは視線で、オリヴァーに出るように促す。今集中しているから変わりに出ろというアイコンタクトを受け取ったオリヴァーは、サラとの口論を中断して、返事をしながら扉を開くと。
「――あ、やっぱりミグレットの部屋にいたのね!」
訪れてきたのは、エルフの姫巫女ことエレミヤだった。どうやらオリヴァーとサラを探していたらしく、何だろう? と二人は首を傾げる。
「ねねオリヴァー、サラ! 今からシャーレが魔力操作技術向上のコツを教えてくれるみたいなんだけど、一緒に行かない? ユーリとナギも参加するみたいだし、皆で一緒に聞いた方が時間の効率がいいわよね?」
と、エレミヤが捲し立てるように言った瞬間。
「――それですーーーー!!!」
「「「!?」」」
ミグレットが欲してやまない、魔力操作技術向上の手がかり。シャーレ・クロイスという最強の元グランドクロスに教えてもらえば万事解決ではないか。身近すぎて逆に気が付かなかったミグレットは興奮した面持ちで鼻を鳴らしていた。
◇
「――リーズシュタット流剣術――緋紅剣・空蝉」
その頃、アリカ・リーズシュタットは来るべき戦いに備えて、アージア治安維持部隊本部地下にある訓練場で修練に励んでいた。
空蝉は、紅鴉国光から放出される魔力を操作して自身と同じ御姿の分身体を生み出すことができる優れものだが、高い魔力操作技術を要求するため扱いに難儀している。
ドワーフ国にいた際に特訓して習得し、イリス戦で初めて実践導入したが、今のままでは目標とするグランドクロス=テスタロッサの足下にも及ばない。
緋色の亡霊に勝つためには、自身の全てを犠牲にして修羅道を極める他ないが、それはユーリたちと袂を分つことと同義。だけどアリカはその道を選ぶつもりは更々ない。修羅としての己を確立させたまま、大切な仲間たちを守るための剣として在ろうと心に誓っている。
「私は、負けるのが嫌。強くなるためならなんだってする。だけど一人で突っ走ってユーリたちに迷惑かけるのはもっと嫌。
緋色の亡霊――グランドクロス=テスタロッサ、あんたの立つ頂に追いつくのは至難の業なんでしょうけど、私は大切な全部を一つも取りこぼさずに最強の剣士になってみせる」
緋紅剣・空蝉で生み出した実像分身を駆使して維持しつつ、他のリーズシュタット流剣術を同時に放つために魔力出力を調整していく。
分身体を操るだけでも神経が焼き切れそうな程意識を集中させなければならないというのに、この上更にリーズシュタット流剣術を放つなど無茶を通り越して無謀、実践であれば自殺行為も同然の行いだが、アリカはめげずに修練に励んでいく。
同じく訓練場にいる治安維持部隊兵士たちが、アリカの邪魔にならないようその様子を遠巻きに見ている。剣という前時代的な代物で、この場にいる誰よりも強く、鍛錬に余念がない彼女に畏敬の念を懐いている様子だ。
そのとき、訓練場の扉が開きこの場に似つかわしくない繊細かつ華奢な見た目の少女とあどけなさの残る幼い異種族の少女が入室し、アリカ含めた治安維持部隊兵士たちの視線が集中する。
「シャーレに、シオンちゃん?」
滝のように汗を滴らせながら、アリカは空蝉を解除して現れたシャーレとシオンのもとへ駆け寄っていく。
「アリカさん、すみません。修行の邪魔をしてしまって」
「ここは私だけの場所じゃないし、そんなの気にしなくていいわ。寧ろ集中を切らした私が未熟なのよ」
実像分身を操るのに四苦八苦し、些か精細を欠いてしまっていた。集中力が持続せず、アリカは休息のためにシャーレとシオンを迎入れたのだから謝る必要なんてないのだ。
アリカの芳しくない表情でシオンは察したのか、純真無垢な眼を向けて問いかける。
「アリカおねーちゃん、しゅぎょーうまくいってないの?」
「そうね。魔力操作が難しくて、思うように技を発動できないのよ。スランプ、とは違うのだけど、独学だとどうしても限界があるから……」
本当は誰かに教えを乞いたいが、アリカよりも卓越した存在などそうはいない。寧ろ教える側に回ることが多く、ユーリなど未だにリーズシュタット流を教えてと言ってくる有様なのだ。
「あの、アリカさん。ご迷惑でなければ、私に魔力操作技術を高めるお手伝いをさせてください!」
「へ?」
頭を下げて懇願するシャーレにポカンと呆けるアリカだが、次第に何かに気づいたような表情になり。
「シャーレ、そうよあんたがいたじゃない!」
元グランドクロスであり、神遺秘装を完璧に操る程の高い魔力操作技術を披露してのけたシャーレ・クロイスなら、アリカの懸念を解消できるではないか。
灯台下暗しとはまさにこの事か。アリカは興奮した面持ちで、シャーレの手を取り「ありがとう!」と感謝の意を示しながらブンブンと手を振った。
その後、ユーリとナギ。ミグレットとオリヴァーとサラとエレミヤが合流し、治安維持部隊兵士たちと共にシャーレ・クロイスによる魔力操作技術向上のためのアドバイスを受けたのだった。
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