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第七章 幼馴染
第176話 革命軍の宴
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今宵の戦いは終幕を迎え、結果を見ればテロ組織ルーメンの一人勝ちだった。今後はグレンファルト率いる革命軍として、首都エヴェスティシア侵攻へ着手していくことになる。
ミアリーゼの介入がなければ、流れるがままに瓦解していたであろう統合連盟政府はギリギリのところで持ち直した。しかし以前のような力はなく、今後は離反者が続出し、軍事力は大幅に低下することになるだろう。
姫動魔術戦艦と呼ばれる未知数の力を持つ戦闘艦と残るグランドクロス――ファルラーダ・イル・クリスフォラスとテスタロッサ。革命軍にとって最大の脅威となる彼女たちにどう攻略するのかが革命軍にとって目下最大の懸念となっている。
あれから数日が経過し、メディアや世間の注目はグレンファルト、ミアリーゼどちらの陣営に属するのが正解かで持ちきりとなっている。加え、人間が魔術機仕掛けの神によって生み出された生命体であること、異種族の存在含めて様々な問題が一挙に押し寄せ、世間は大混乱に陥っていた。
そんな中でもいち早く声明を発表したのが、統合連盟軍の将官のフリーディアたちだ。先ずは彼らの意向がなければ始まらない。
真っ先に声を上げたのが、西部戦線。彼らはミアリーゼ・レーベンフォルンの勇姿を直接この目で見ているため、姫の側に付くのが当然だと主張する。
西部戦線を皮切りに、他の戦線部隊も声を上げざるを得なくなり、東部戦線、北部戦線はグレンファルト・レーベンフォルンを支持し、革命軍側に付くことを表明。南部戦線、そして治安維持部隊の総司令代行は見極める必要があると回答を控えている。
一体人類はどうなってしまうのか? 明日を生きるのに必死な市民は不安を抱えながら今日を生きるしかない。幸いにもグレンファルト率いる革命軍とミアリーゼの統合軍は睨み合いの最中であり、内戦の恐怖に怯えながらも生活する上において働かないという選択肢はないため、一般市民は職務に殉じている。
夜の帳が下り、繁華街から外れた歓楽街が活気に色付き出していく。不安と恐怖に怯えた人々が娯楽や酒の力で現実逃避をしようとしているのだろう。昼間の喧騒とは異なる、ネオン煌めく街灯りにより、妖しげな雰囲気に包まれる中、フードを目深に被った少女が表情を険しくさせて路地を歩いていた。
フードから僅かに除く特徴的な蒼銀色の髪は歓楽街を行き交う人々には映っていない。彼らもこんな往来を異種族が堂々と歩いているとは思わないのだろう。
「全く、こんな情勢だというのに。フリーディアは度し難い程愚かな種族のようですね」
初めて見る歓楽街の様相を見たエルフ――イリスは軽蔑的な視線を群衆へ向けて呟いた。
「何もこのような下品な場所を指定しなくてもよかったでしょうに。神に相応しい、我が故国のような美しく清浄なる場所の方が……(ぶつぶつ)」
不満を抱えながらもイリスは迷わぬ足取りで、一つの建物の中へ入っていく。そこは倶楽部と呼ばれる施設で、夜の闇に包まれた歓楽街の中でも一際異彩を放つ場所だった。
警備員と思しきフリーディアは、事前に把握していたようで、フードを被ったイリスを素通りさせ、そのまま扉をくぐっていく。
「うっ」
扉を潜った瞬間、無駄に広い室内に漂う強烈な熱気に充てられてしまう。
カラフルなレザーライトが天井から降り注ぎ、踊るように光の束がフロア全体を縦横無尽に駆け巡っていた。
「…………」
もはや言葉にならない光景にイリスは絶句。
壁には巨大なスクリーンが設置され、サイケデリックな映像が絶え間なく映し出されている。さらに加えて、フロア全体に重低音が効いたビートが響き渡っており、その振動が身体の芯にまで届いて伝わってくる。
下劣かつ不可解、理解不能。イリスの清廉な価値観とは真逆の澱んだ俗物が孕んだ醜悪な世界。
フロアの中央部に大きなダンスホールがある。低俗な男女が熱狂的に踊り狂い、嬌声を上げている。イリスは関わるまいと、いそいそと備え付けのバーコーナーへと足を運んだ。
バーコーナーはイリスから見ても比較的マシだと思える。棚にクリスタルグラスがズラリと並び、バーテンダーが手際よくカクテルを作っている。カウンターの照明もフロアのもとの比べたら控えめで、カクテルの色彩が鮮やかに浮かぶよう計算されていた。
バーテンダーはチラリと立ち往生しているイリスへ視線を向け「注文は?」と尋ねる。
「あ、えっと……イリス、エレメンツで」
バーにない酒の名前を告げると、バーテンダーは「承りました」と言い、カウンターの下からガードキーを手渡した。バーの奥にあるVIPルームへ続く扉を開けるための鍵である。
イリスはそのままVIPルームの扉に備え付けられた装置に魔力を込めて、ガードキーを翳して中へ足を踏み入れる。中には地下へと続く通路があり、カツカツと靴音を響かせながら階段を降りていく。
「えっと、確かこの辺りに隠し扉があるんでしたね」
道なりに進んだ先にあるVIPルームは、イリスの目的地ではない。通路側の壁に手を充てて魔力を通すと、ピピ……という電子音が鳴り、隠し扉がスライドして開かれる。そこから現れた通路を下っていき、ようやく目的地の扉の前へと到着する。先程と同じ要領で備え付けられた装置に魔力を通し扉を開けると。
「――意外と早かったな。迷わず来れたみたいで何よりだ」
部屋中央の大きな円形のソファに腰をかけてイリスを迎入れたのは、ナイル・アーネスト本人だった。数日前のファルラーダ・イル・クリスフォラスとの戦闘による傷は癒えていないようで、包帯やガーゼで身体のあちこちが覆われていた。
「ナイル!」
フードを脱ぎ去り、ようやく安堵と開放感に包まれたイリスは敬愛する君主へ向けて膝を折り、頭を垂れるもどうしても引っかかることがあり、チラリと視線を向ける。そう、この部屋にはナイル以外にも大勢の人たちがいた。
「……ん? んんんんんん!?」
イリスはナイルを囲んでる見知らぬ美女たちを見て、顔を真っ赤にして動揺する。まさに酒池肉林、大きなガラスのテーブルの上に高級シャンパンやワインがズラリと並べられている。グラスを片手に酒を煽るナイルの周りには派手なドレスを着用した美女たちが妖艶な雰囲気を醸し出しながら、敬愛する神に引っ付いており、これには流石のイリスも不敬だと勢いよく立ち上がる。
「お前たち、その不潔な格好で神に触れるとは何事ですか!? 今すぐ離れなさい!」
しかし美女たちはポカンとするだけで、イリスの言うことに従おうとはしない。
「あー、イリス? 敬ってくれるのは有難いんだが、彼女たちは俺がここへ呼んだのさ。イケてる男は、美女に囲まれてなんぼだろ?」
「はぁ!?」
ナイルのまさかの言葉に理解が追いつかず、愕然と声を上げるイリス。そんな彼女へ少し離れた場所でお菓子を食べながら、ソファの上で体育座りをしているクーリア・ククル・ウィッチがナイルへ軽蔑の視線を向けながら。
「イリスさーん、そいつの言うことを一々間に受けてたらキリないよ? それにあのお姉さんたちはルーメンの諜報員やってて、異種族のことも知ってるし、ほっといて大丈夫だよ。
見てよあそこ。四精霊の皆なんか、酷い有様でしょ?」
「…………」
拷問を受けたトラウマで若干苦手意識が消えないイリスは言われるがままに渋々視線を向ける。
『ビュビュビュビューーーーン!!』
『ザザザブーーーーン♪』
『ババババーーーーン!!』
『ドドドドーーーーン……』
イリスと同じ異種族である筈の精霊たちは、ガラステーブルの上でお菓子を食べ散らかしながら、わっちゃわっちゃと騒いでいた。
「ひ、酷い……」
あれが始まりの種とされるエルフの上位存在の姿……。精霊と呼ばれるからには、もっとこう……気品ある作法を。
「って、私が注意してもあの方たちが聞くわけないですよね……」
何だかもう考えるのも馬鹿らしくなってしまった。イリスはとぼとぼとクーリアの隣に行儀よく着席した。
「おら、イリスも好きなの飲んでいいぞ! 今日は無礼講だ。存分に楽しむとしようぜ」
「い、いえ……しかし」
ナイルにそう言われるもいまいち気乗りがしないイリスだ。数日前シャーレとユーリを討てず、エレミヤたちから逃げ帰ってきたことを本人は気にしている。
それに今は一刻も争う事態の筈、呑気に酒を飲んでいていもいいのか? ミアリーゼ・レーベンフォルンたちが攻めてきたらどうするのだ?
「そんな片意地張ってねぇで、神自ら注いでやるから、ほれ」
そう言ってナイルはボトルを手に立ち上がり、イリスの前にあるグラスへワインを注いでいく。神の注いだ酒を断れる筈もなく、渋々グラスを手に取り、口へ含んだ。
「今日は顔合わせも含めてるからな。ここにいる連中が革命軍の主要メンバーさ。お前も含めてな」
再びソファにドンっと腰を下ろし、女性陣を侍らせながらナイルはニヤリと酒を口に煽る。イリスは内心モヤモヤしながらも、一人一人の顔をつぶさに観察していく。
「あれは……」
イリスの目についた二人の男女。使用人服を着用した二十代前後の女性とタンクトップ姿の三十代後半くらいの筋肉質な男性だ。
「お、流石イリスさん目の付け所が良いねぇ」
隣に座るクーリアが親切に解説してくれる。
「メイドさんの方はフィオネ・クルージュ先生。あ、先生って言うのは、あの人私の通ってた学校の臨時講師を務めてた人なんだよね。
愛してたご主人様があろうことかサラっていう異種族の子と交際を初めて、フラれてこっち来たらしいよ?」
「サラが!?」
サラはビーストの一人でイリスとも親交があった異種族だ。ユーリとシャーレを襲った時には姿が見えなかったが、話から察するにフィオネ・クルージュと戦闘していたらしい。
そんなフィオネは何を思うのか、宴に参加せず壁際に立ち、ずっと瞑目している。
「痴情の絡れってやつだね。怖い怖い」
「…………」
イリスにとって恋愛という感情は理解の外にある。彼女はエレミヤ、ナギ、サラ、シオン、ミグレットをユーリ・クロイスから解放し、神の側についてほしいと願っている。
もしサラと恋仲にあるフリーディアがユーリでないのなら、その者も一緒にこちら側に引き込むか? しかしフィオネ・クルージュの様子を見るに確実にサラを殺そうとしているのが窺える。
物事はイリスの都合の良いように動いてくれない。そんなイリスの葛藤を知る由もないクーリアは続いて、もう一人の男について説明していく。
「そんで、あの如何にもな風貌のおっさんは、マークス・ガレリアン。今はベルナーデって名乗ってるみたいだけど、元傭兵の凄腕なんだってさ。けど趣味と性格は最悪だから、関わらない方がいいよ」
離れた場所で、酒瓶ごと豪快に呷るベルナーデに近づこうとする者は誰もいない。イリスと目が合い、ニヤリとイヤらしい笑みを浮かべている。
「なるほど、性格はともかく只者ではないようですね。それにフリーディアとは異なる異質な気配を二人から感じます」
「それ正解。あの二人は融合型魔術武装だからね。普通の人間とは比較にならない実力を持ってる」
「融合型魔術武装……そういえば、ナイルも四精霊たちと融合していたと耳にしました」
「そうなんだよ。あいつは融奏重想とか言ってたけど、名前以外は何にも教えてくれないの。
だからイリスさん、試しに私と融合できるか実験してみない?」
フリーディアと種族は融合することで自身の限界を超えた力を引き出すことができる。とはいえ、やり方も分からないし、クーリアと融奏重想するのは絶対に嫌なので、丁重にお断りさせていただく。
「お断りします」
「そんなぁー!?」
即断即決のイリスにクーリアがオーバーなリアクションをすると、それを見ていたナイルはくつくつと笑い出した。
「融奏重想はそんな簡単にできるもんじゃねぇよ。例え方法を知ったとしても、お前らじゃまず無理だ」
「けっ」
無理と断言され、クーリアは露骨に拗ねていた。そんなクーリアへナイルはニヤニヤと優越感に浸りながら告げる。
「あれは身も心も全部相手に曝け出す必要があるからな。文字通りの同心一体、つまりは互いを想い合う真の絆が重要なんだ」
「出た! そういう非科学的な理論本当嫌い」
クーリアはあぁ言っているが、イリスにとっては気が気ではない。
「もしかして……ユーリとエレミィも」
もし仮にユーリとエレミヤが融奏重想なる奇跡の力を有したならば、イリスは……。
「可能性はあるが、今のままじゃ多分無理だな。使命の奴隷でいる限り、やらなければならないという想いが先行して、誰からも本質的な理解は得られないのさ」
グラスに注がれたワインを口に含みながら、ナイルは言う。
「ま、あいつらの中じゃオリヴァー・カイエスくんとサラちゃんが断トツだな。あの二人ならきっかけがあれば、すぐに融奏重想を扱えるだろうぜ」
意外にもナイルが可能性を示唆したのは、オリヴァー・カイエスなる人物とサラだった。二人の名が出た瞬間、壁際で瞑目していたフィオネ・クルージュが殺意を込めてナイルを睨み、彼は「おぉ、怖っ」とニヤけながら手で謝罪の意を示した。
すると今度はクーリアが「あ!」と声を上げ。
「そういえばナイル、イリスさんにシャーレを殺させようとしたんだって? 人の友達になんてことしてくれてんのさ!!」
「結果として死んでねぇんだからいいだろ? イリスの報告を信じるなら、シャーレはもう不死の能力は失ってんだ。結果オーライっつーことで、もう殺せなんて頼み事はしねぇさ」
「ふん、口ではそう言ってもあんたのことだから裏で何か企んでるんじゃないの?」
「失敬だな、俺ほど清廉潔白な純朴青年はいねぇよ。あ、話は変わるがこの前グレンファルトが言ってたぞ? お前は髪を下ろして眼鏡外した方が似合ってるってな」
「え、ほんと!?」
少女らしい仕草で徐に髪を下ろし、眼鏡を外してソワソワとしだした。手櫛で髪を整え、頬を明らめるクーリアは年相応の乙女に映る。正直見た目だけでは、彼女が凶悪な融合型魔術武装の開発者とは思えない。
「う、そ」
「死ね!!」
ワインの入った瓶を掴んで投げつけたクーリアに対して、ナイルは大人の余裕でパシンッと片手で受け止め自分のグラスに注いでいく。
「そんな怒んなって。とはいえ、シャーレについてはマジで意外だったわ」
シャーレ・ファンデ・ヴァイゼンベルガーの結末については、あの神の予想の遥か斜め上にいってしまった。
「本当、どういう手品使ったらあのじゃじゃ馬小娘を手懐けられんだ? ユーリのやつはとことん俺の予想を覆してきやがる。お姫ちゃんも同じく、物事中々思い通りには進んでくれねぇな」
ミアリーゼ・レーベンフォルンが姫動魔術戦艦と呼ばれる魔術武装を所有していたことに加えて、転んでも只では起きず、状況を五分まで引き戻されてしまった。
統合連盟政府を乗っ取ることができなかったグレンファルト・レーベンフォルンは、現在革命軍を率いてエヴェスティシア侵攻の準備に勤しんでいる。
その事について、ナイル自身は歓迎している様子で。
「けど、だからこそ人生は面白ぇ! おかげで遊戯が更に盛り上がる」
失敗するかもしれないというリスクを、スリルを愉しむナイルの御心はイリスには窺い知れない。ただ分かることは、フリーディアと種族が一つになれば、あのファルラーダ・イル・クリスフォラスに匹敵する力を得るということだけ。
イリスは自分でも気づかない内に願ってしまう。身も心も差し出して、神と一つになりたいと。
「あ、ひょっとしてイリスさん、ナイルと一つになりたいとか思ってる?」
「んなっ!?」
神妙に俯いていたイリスの顔を下から覗き込んで言うクーリアに虚をつかれて、動揺してしまう。
「やっぱり? 私としてはあんな奴のどこが良いのかさっぱり分かんないけど、やっぱり顔?」
「な、何を言っているのか分かりません。神と私がそのような……畏れ多いですし、そもそも――」
言い訳を饒舌に捲し立てるイリスへ追い込みをかけたのは意外にも四精霊だった。いつの間にか、イリスの周りに集まった彼女たちは。
『ビュビュビュビューーーーン!! あれー? 何話してるかと思ったら恋バナ?』
『ザザザブーーーーン♪ そういうことでしたら、是非私に相談してください。アレやこれやナイルの弱点は把握しておりますので』
『ババババーーーーン!! でももしイリスがナイルと一つになったら、廻転核の能力に巻き込まれちまうけど、いいのか?』
『ドドドドーーーーン……。どうせ、最後、だから、いいんじゃない?』
シルディ、ウェンディ、サーラマ、ノインが口々に勝手なことを言い出し、イリスは言い訳する暇も与えられなかったが彼女たちの会話の中に聞き逃せない単語があり、ナイルを見やる。
「廻転核……? それが、神の」
神遺秘装。能力の詳細は預かり知らないが、現在人間として存在する理由の根幹が廻転核にあるようだ。
「終わりは近い。気分も良いし、今夜は出血大サービスで語ってやるつもりだ。
ここにいる連中も気になって仕方ないって面してるしな」
ナイルが事前に言い含めていたとはいえ、四精霊やイリスのような異種族が場に溶け込んでいることに違和感を感じている者も多い筈。
ナイル・アーネスト――神は話すつもりのようだ。人間と呼ばれる種族のこと、旧時代から現代に至るまでの軌跡を。
ミアリーゼの介入がなければ、流れるがままに瓦解していたであろう統合連盟政府はギリギリのところで持ち直した。しかし以前のような力はなく、今後は離反者が続出し、軍事力は大幅に低下することになるだろう。
姫動魔術戦艦と呼ばれる未知数の力を持つ戦闘艦と残るグランドクロス――ファルラーダ・イル・クリスフォラスとテスタロッサ。革命軍にとって最大の脅威となる彼女たちにどう攻略するのかが革命軍にとって目下最大の懸念となっている。
あれから数日が経過し、メディアや世間の注目はグレンファルト、ミアリーゼどちらの陣営に属するのが正解かで持ちきりとなっている。加え、人間が魔術機仕掛けの神によって生み出された生命体であること、異種族の存在含めて様々な問題が一挙に押し寄せ、世間は大混乱に陥っていた。
そんな中でもいち早く声明を発表したのが、統合連盟軍の将官のフリーディアたちだ。先ずは彼らの意向がなければ始まらない。
真っ先に声を上げたのが、西部戦線。彼らはミアリーゼ・レーベンフォルンの勇姿を直接この目で見ているため、姫の側に付くのが当然だと主張する。
西部戦線を皮切りに、他の戦線部隊も声を上げざるを得なくなり、東部戦線、北部戦線はグレンファルト・レーベンフォルンを支持し、革命軍側に付くことを表明。南部戦線、そして治安維持部隊の総司令代行は見極める必要があると回答を控えている。
一体人類はどうなってしまうのか? 明日を生きるのに必死な市民は不安を抱えながら今日を生きるしかない。幸いにもグレンファルト率いる革命軍とミアリーゼの統合軍は睨み合いの最中であり、内戦の恐怖に怯えながらも生活する上において働かないという選択肢はないため、一般市民は職務に殉じている。
夜の帳が下り、繁華街から外れた歓楽街が活気に色付き出していく。不安と恐怖に怯えた人々が娯楽や酒の力で現実逃避をしようとしているのだろう。昼間の喧騒とは異なる、ネオン煌めく街灯りにより、妖しげな雰囲気に包まれる中、フードを目深に被った少女が表情を険しくさせて路地を歩いていた。
フードから僅かに除く特徴的な蒼銀色の髪は歓楽街を行き交う人々には映っていない。彼らもこんな往来を異種族が堂々と歩いているとは思わないのだろう。
「全く、こんな情勢だというのに。フリーディアは度し難い程愚かな種族のようですね」
初めて見る歓楽街の様相を見たエルフ――イリスは軽蔑的な視線を群衆へ向けて呟いた。
「何もこのような下品な場所を指定しなくてもよかったでしょうに。神に相応しい、我が故国のような美しく清浄なる場所の方が……(ぶつぶつ)」
不満を抱えながらもイリスは迷わぬ足取りで、一つの建物の中へ入っていく。そこは倶楽部と呼ばれる施設で、夜の闇に包まれた歓楽街の中でも一際異彩を放つ場所だった。
警備員と思しきフリーディアは、事前に把握していたようで、フードを被ったイリスを素通りさせ、そのまま扉をくぐっていく。
「うっ」
扉を潜った瞬間、無駄に広い室内に漂う強烈な熱気に充てられてしまう。
カラフルなレザーライトが天井から降り注ぎ、踊るように光の束がフロア全体を縦横無尽に駆け巡っていた。
「…………」
もはや言葉にならない光景にイリスは絶句。
壁には巨大なスクリーンが設置され、サイケデリックな映像が絶え間なく映し出されている。さらに加えて、フロア全体に重低音が効いたビートが響き渡っており、その振動が身体の芯にまで届いて伝わってくる。
下劣かつ不可解、理解不能。イリスの清廉な価値観とは真逆の澱んだ俗物が孕んだ醜悪な世界。
フロアの中央部に大きなダンスホールがある。低俗な男女が熱狂的に踊り狂い、嬌声を上げている。イリスは関わるまいと、いそいそと備え付けのバーコーナーへと足を運んだ。
バーコーナーはイリスから見ても比較的マシだと思える。棚にクリスタルグラスがズラリと並び、バーテンダーが手際よくカクテルを作っている。カウンターの照明もフロアのもとの比べたら控えめで、カクテルの色彩が鮮やかに浮かぶよう計算されていた。
バーテンダーはチラリと立ち往生しているイリスへ視線を向け「注文は?」と尋ねる。
「あ、えっと……イリス、エレメンツで」
バーにない酒の名前を告げると、バーテンダーは「承りました」と言い、カウンターの下からガードキーを手渡した。バーの奥にあるVIPルームへ続く扉を開けるための鍵である。
イリスはそのままVIPルームの扉に備え付けられた装置に魔力を込めて、ガードキーを翳して中へ足を踏み入れる。中には地下へと続く通路があり、カツカツと靴音を響かせながら階段を降りていく。
「えっと、確かこの辺りに隠し扉があるんでしたね」
道なりに進んだ先にあるVIPルームは、イリスの目的地ではない。通路側の壁に手を充てて魔力を通すと、ピピ……という電子音が鳴り、隠し扉がスライドして開かれる。そこから現れた通路を下っていき、ようやく目的地の扉の前へと到着する。先程と同じ要領で備え付けられた装置に魔力を通し扉を開けると。
「――意外と早かったな。迷わず来れたみたいで何よりだ」
部屋中央の大きな円形のソファに腰をかけてイリスを迎入れたのは、ナイル・アーネスト本人だった。数日前のファルラーダ・イル・クリスフォラスとの戦闘による傷は癒えていないようで、包帯やガーゼで身体のあちこちが覆われていた。
「ナイル!」
フードを脱ぎ去り、ようやく安堵と開放感に包まれたイリスは敬愛する君主へ向けて膝を折り、頭を垂れるもどうしても引っかかることがあり、チラリと視線を向ける。そう、この部屋にはナイル以外にも大勢の人たちがいた。
「……ん? んんんんんん!?」
イリスはナイルを囲んでる見知らぬ美女たちを見て、顔を真っ赤にして動揺する。まさに酒池肉林、大きなガラスのテーブルの上に高級シャンパンやワインがズラリと並べられている。グラスを片手に酒を煽るナイルの周りには派手なドレスを着用した美女たちが妖艶な雰囲気を醸し出しながら、敬愛する神に引っ付いており、これには流石のイリスも不敬だと勢いよく立ち上がる。
「お前たち、その不潔な格好で神に触れるとは何事ですか!? 今すぐ離れなさい!」
しかし美女たちはポカンとするだけで、イリスの言うことに従おうとはしない。
「あー、イリス? 敬ってくれるのは有難いんだが、彼女たちは俺がここへ呼んだのさ。イケてる男は、美女に囲まれてなんぼだろ?」
「はぁ!?」
ナイルのまさかの言葉に理解が追いつかず、愕然と声を上げるイリス。そんな彼女へ少し離れた場所でお菓子を食べながら、ソファの上で体育座りをしているクーリア・ククル・ウィッチがナイルへ軽蔑の視線を向けながら。
「イリスさーん、そいつの言うことを一々間に受けてたらキリないよ? それにあのお姉さんたちはルーメンの諜報員やってて、異種族のことも知ってるし、ほっといて大丈夫だよ。
見てよあそこ。四精霊の皆なんか、酷い有様でしょ?」
「…………」
拷問を受けたトラウマで若干苦手意識が消えないイリスは言われるがままに渋々視線を向ける。
『ビュビュビュビューーーーン!!』
『ザザザブーーーーン♪』
『ババババーーーーン!!』
『ドドドドーーーーン……』
イリスと同じ異種族である筈の精霊たちは、ガラステーブルの上でお菓子を食べ散らかしながら、わっちゃわっちゃと騒いでいた。
「ひ、酷い……」
あれが始まりの種とされるエルフの上位存在の姿……。精霊と呼ばれるからには、もっとこう……気品ある作法を。
「って、私が注意してもあの方たちが聞くわけないですよね……」
何だかもう考えるのも馬鹿らしくなってしまった。イリスはとぼとぼとクーリアの隣に行儀よく着席した。
「おら、イリスも好きなの飲んでいいぞ! 今日は無礼講だ。存分に楽しむとしようぜ」
「い、いえ……しかし」
ナイルにそう言われるもいまいち気乗りがしないイリスだ。数日前シャーレとユーリを討てず、エレミヤたちから逃げ帰ってきたことを本人は気にしている。
それに今は一刻も争う事態の筈、呑気に酒を飲んでいていもいいのか? ミアリーゼ・レーベンフォルンたちが攻めてきたらどうするのだ?
「そんな片意地張ってねぇで、神自ら注いでやるから、ほれ」
そう言ってナイルはボトルを手に立ち上がり、イリスの前にあるグラスへワインを注いでいく。神の注いだ酒を断れる筈もなく、渋々グラスを手に取り、口へ含んだ。
「今日は顔合わせも含めてるからな。ここにいる連中が革命軍の主要メンバーさ。お前も含めてな」
再びソファにドンっと腰を下ろし、女性陣を侍らせながらナイルはニヤリと酒を口に煽る。イリスは内心モヤモヤしながらも、一人一人の顔をつぶさに観察していく。
「あれは……」
イリスの目についた二人の男女。使用人服を着用した二十代前後の女性とタンクトップ姿の三十代後半くらいの筋肉質な男性だ。
「お、流石イリスさん目の付け所が良いねぇ」
隣に座るクーリアが親切に解説してくれる。
「メイドさんの方はフィオネ・クルージュ先生。あ、先生って言うのは、あの人私の通ってた学校の臨時講師を務めてた人なんだよね。
愛してたご主人様があろうことかサラっていう異種族の子と交際を初めて、フラれてこっち来たらしいよ?」
「サラが!?」
サラはビーストの一人でイリスとも親交があった異種族だ。ユーリとシャーレを襲った時には姿が見えなかったが、話から察するにフィオネ・クルージュと戦闘していたらしい。
そんなフィオネは何を思うのか、宴に参加せず壁際に立ち、ずっと瞑目している。
「痴情の絡れってやつだね。怖い怖い」
「…………」
イリスにとって恋愛という感情は理解の外にある。彼女はエレミヤ、ナギ、サラ、シオン、ミグレットをユーリ・クロイスから解放し、神の側についてほしいと願っている。
もしサラと恋仲にあるフリーディアがユーリでないのなら、その者も一緒にこちら側に引き込むか? しかしフィオネ・クルージュの様子を見るに確実にサラを殺そうとしているのが窺える。
物事はイリスの都合の良いように動いてくれない。そんなイリスの葛藤を知る由もないクーリアは続いて、もう一人の男について説明していく。
「そんで、あの如何にもな風貌のおっさんは、マークス・ガレリアン。今はベルナーデって名乗ってるみたいだけど、元傭兵の凄腕なんだってさ。けど趣味と性格は最悪だから、関わらない方がいいよ」
離れた場所で、酒瓶ごと豪快に呷るベルナーデに近づこうとする者は誰もいない。イリスと目が合い、ニヤリとイヤらしい笑みを浮かべている。
「なるほど、性格はともかく只者ではないようですね。それにフリーディアとは異なる異質な気配を二人から感じます」
「それ正解。あの二人は融合型魔術武装だからね。普通の人間とは比較にならない実力を持ってる」
「融合型魔術武装……そういえば、ナイルも四精霊たちと融合していたと耳にしました」
「そうなんだよ。あいつは融奏重想とか言ってたけど、名前以外は何にも教えてくれないの。
だからイリスさん、試しに私と融合できるか実験してみない?」
フリーディアと種族は融合することで自身の限界を超えた力を引き出すことができる。とはいえ、やり方も分からないし、クーリアと融奏重想するのは絶対に嫌なので、丁重にお断りさせていただく。
「お断りします」
「そんなぁー!?」
即断即決のイリスにクーリアがオーバーなリアクションをすると、それを見ていたナイルはくつくつと笑い出した。
「融奏重想はそんな簡単にできるもんじゃねぇよ。例え方法を知ったとしても、お前らじゃまず無理だ」
「けっ」
無理と断言され、クーリアは露骨に拗ねていた。そんなクーリアへナイルはニヤニヤと優越感に浸りながら告げる。
「あれは身も心も全部相手に曝け出す必要があるからな。文字通りの同心一体、つまりは互いを想い合う真の絆が重要なんだ」
「出た! そういう非科学的な理論本当嫌い」
クーリアはあぁ言っているが、イリスにとっては気が気ではない。
「もしかして……ユーリとエレミィも」
もし仮にユーリとエレミヤが融奏重想なる奇跡の力を有したならば、イリスは……。
「可能性はあるが、今のままじゃ多分無理だな。使命の奴隷でいる限り、やらなければならないという想いが先行して、誰からも本質的な理解は得られないのさ」
グラスに注がれたワインを口に含みながら、ナイルは言う。
「ま、あいつらの中じゃオリヴァー・カイエスくんとサラちゃんが断トツだな。あの二人ならきっかけがあれば、すぐに融奏重想を扱えるだろうぜ」
意外にもナイルが可能性を示唆したのは、オリヴァー・カイエスなる人物とサラだった。二人の名が出た瞬間、壁際で瞑目していたフィオネ・クルージュが殺意を込めてナイルを睨み、彼は「おぉ、怖っ」とニヤけながら手で謝罪の意を示した。
すると今度はクーリアが「あ!」と声を上げ。
「そういえばナイル、イリスさんにシャーレを殺させようとしたんだって? 人の友達になんてことしてくれてんのさ!!」
「結果として死んでねぇんだからいいだろ? イリスの報告を信じるなら、シャーレはもう不死の能力は失ってんだ。結果オーライっつーことで、もう殺せなんて頼み事はしねぇさ」
「ふん、口ではそう言ってもあんたのことだから裏で何か企んでるんじゃないの?」
「失敬だな、俺ほど清廉潔白な純朴青年はいねぇよ。あ、話は変わるがこの前グレンファルトが言ってたぞ? お前は髪を下ろして眼鏡外した方が似合ってるってな」
「え、ほんと!?」
少女らしい仕草で徐に髪を下ろし、眼鏡を外してソワソワとしだした。手櫛で髪を整え、頬を明らめるクーリアは年相応の乙女に映る。正直見た目だけでは、彼女が凶悪な融合型魔術武装の開発者とは思えない。
「う、そ」
「死ね!!」
ワインの入った瓶を掴んで投げつけたクーリアに対して、ナイルは大人の余裕でパシンッと片手で受け止め自分のグラスに注いでいく。
「そんな怒んなって。とはいえ、シャーレについてはマジで意外だったわ」
シャーレ・ファンデ・ヴァイゼンベルガーの結末については、あの神の予想の遥か斜め上にいってしまった。
「本当、どういう手品使ったらあのじゃじゃ馬小娘を手懐けられんだ? ユーリのやつはとことん俺の予想を覆してきやがる。お姫ちゃんも同じく、物事中々思い通りには進んでくれねぇな」
ミアリーゼ・レーベンフォルンが姫動魔術戦艦と呼ばれる魔術武装を所有していたことに加えて、転んでも只では起きず、状況を五分まで引き戻されてしまった。
統合連盟政府を乗っ取ることができなかったグレンファルト・レーベンフォルンは、現在革命軍を率いてエヴェスティシア侵攻の準備に勤しんでいる。
その事について、ナイル自身は歓迎している様子で。
「けど、だからこそ人生は面白ぇ! おかげで遊戯が更に盛り上がる」
失敗するかもしれないというリスクを、スリルを愉しむナイルの御心はイリスには窺い知れない。ただ分かることは、フリーディアと種族が一つになれば、あのファルラーダ・イル・クリスフォラスに匹敵する力を得るということだけ。
イリスは自分でも気づかない内に願ってしまう。身も心も差し出して、神と一つになりたいと。
「あ、ひょっとしてイリスさん、ナイルと一つになりたいとか思ってる?」
「んなっ!?」
神妙に俯いていたイリスの顔を下から覗き込んで言うクーリアに虚をつかれて、動揺してしまう。
「やっぱり? 私としてはあんな奴のどこが良いのかさっぱり分かんないけど、やっぱり顔?」
「な、何を言っているのか分かりません。神と私がそのような……畏れ多いですし、そもそも――」
言い訳を饒舌に捲し立てるイリスへ追い込みをかけたのは意外にも四精霊だった。いつの間にか、イリスの周りに集まった彼女たちは。
『ビュビュビュビューーーーン!! あれー? 何話してるかと思ったら恋バナ?』
『ザザザブーーーーン♪ そういうことでしたら、是非私に相談してください。アレやこれやナイルの弱点は把握しておりますので』
『ババババーーーーン!! でももしイリスがナイルと一つになったら、廻転核の能力に巻き込まれちまうけど、いいのか?』
『ドドドドーーーーン……。どうせ、最後、だから、いいんじゃない?』
シルディ、ウェンディ、サーラマ、ノインが口々に勝手なことを言い出し、イリスは言い訳する暇も与えられなかったが彼女たちの会話の中に聞き逃せない単語があり、ナイルを見やる。
「廻転核……? それが、神の」
神遺秘装。能力の詳細は預かり知らないが、現在人間として存在する理由の根幹が廻転核にあるようだ。
「終わりは近い。気分も良いし、今夜は出血大サービスで語ってやるつもりだ。
ここにいる連中も気になって仕方ないって面してるしな」
ナイルが事前に言い含めていたとはいえ、四精霊やイリスのような異種族が場に溶け込んでいることに違和感を感じている者も多い筈。
ナイル・アーネスト――神は話すつもりのようだ。人間と呼ばれる種族のこと、旧時代から現代に至るまでの軌跡を。
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