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第六章 吸血姫の愛
第170話 絆の神炎精霊装
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ナイル・アーネスト、シルディ、ウェンディ、サーラマ、ノインの五人を相手に激闘を繰り広げるファルラーダ・イル・クリスフォラス。
四精霊の強大な魔法を前に、未だ無傷で応戦するファルラーダだが、その表情は険しく、際限なく街の被害が広がっていくことに歯噛みする。
自律型千術魔装機兵は全て街の防衛だけに専念させ、少しでも多くの被害を食い止めようと必死だ。
手傷を負わせたのは現状、火を司る精霊サーラマだけ。とはいえ戦闘不能まで追い込めず、街の被害度外視で好き勝手に暴れている。
ファルラーダは空鱏を繰り、彼女たちを追う。
「ちょこまかとッ」
魔力出力調整に細心の注意を払い、尚且つ街の被害が出ないよう努めねばならない千術姫は枷という名の鎖に雁字搦めに縛られている。
大を滅ぼすには小の犠牲は付きものと割り切れればいいが、命令もなしに勝手な真似は許されない。何よりも敬愛するミアリーゼに責任が追及されてしまうため、ファルラーダは常に後手に回るしかない。
あの時の戦争のように憂いなく力を解放できれば、ナイルたちなど一瞬で消し飛ばせるというのに。
「不自由でもどかしいよなぁ? 俺はテロリストだから好き勝手暴れられるが、あんたの場合は責任を問われちまう」
風精霊シルディと共に自律型千術魔装機兵を破壊しながら空を駆け抜け、ナイルは言う。
「この情景を、メディアは何て報道するだろうな? 市民を守れない無能な統合連盟政府はすぐに解体すべきだ! とか言うのかねぇ。あ、それともお得意の報道規制でもかけるか? けど、そんな卑怯な手使ったら、御大層な正道からは外れちまうか」
「戯言抜かすな愚物が!」
敢えて周囲の被害を拡大させて戦うナイルは言葉巧みにファルラーダを翻弄していく。本気で言っているわけではない、ほんの冗談。ムキになるファルラーダが面白くて揶揄っている。気紛れな神の戯れにすぎない。
「怒りで人々は救えないぜ? 生み出すのは破壊だけさ。強すぎる光は暴力と変わらねぇ、見てみろよ千術姫ちゃん。逃げ惑うフリーディアたちにあんたはどう映っている?」
「くっ」
見ずともファルラーダには分かる。ウェンディの水魔法により溺死しかけた人々は化け物を見るような目で彼女たちを見ていると。つまりファルラーダは異種族と同一視されているのだ。
それに加え、一向に事態を解決できない治安維持部隊兵士たちに不満を爆発させていることも。ミアリーゼが総帥代行の地位に就いたからといって、名家と平民の確執が完全に消えたわけではない。
高い税を政府に納め、その金で悠々と生活する治安維持部隊兵士の普段の行動や大暴な態度含め、肝心な時に役に立たないのでは軍の存在意義に疑問を覚えるのは当然だ。
ナイル・アーネストは意図的にその状況を作り出した。言葉巧みにファルラーダの冷静さを奪いながら、環境や周囲の状況全てを戦術に加えて、じわじわと追い込んでいく。憂うことなく全力で力をぶつけ合うファルラーダの戦闘スタイルとは最悪の相性だった。
「さて、それじゃあもう一押しいくとするか。ウェンディ、少しの間だけ千術姫ちゃんを足止めしろ!! ノイン、派手にぶちかませ!!」
『はーい、ザザザブーーーーン♪』
『ドドドドーーーーン……。やっと、出番』
名前を呼ばれた水精霊のウェンディは優雅に美しく、土精霊のノインはマイペースにそう答えると、都市全域が鼓動を鳴らすように脈動し震えた。
『土法・超巨大巌鋼人形』
ノインの紡ぐ魔法の言葉に、治安維持部隊兵士や市民たちの騒乱がピタリと止んだ。今しがた発生した現実離れした光景に理解が追いついていないのだ。
そもそも話、地表にいる彼らに掌サイズ程の身長しかない四精霊の姿を捉えるのは非常に困難で、グランドクロスが誰と戦っているのかすら分かっていなかった。
千術姫は知る由もないが、実はシルディの風魔法は視覚認識を阻害することも可能で、ナイル・アーネストの姿はファルラーダ以外に見えていない。そのせいで、自律型千術魔装機兵が街を襲っていると勘違いする者も大勢いた。
だがノインの魔法によって出現した全長三十メートルを優に超える巨大なゴーレムが五体も出現したことにより、ようやく視覚的に認識することができたのだ。
『ぶっ潰せ、サーラマの、仇……』
ゴゴゴゴォォォーーーー……と、巨大なゴーレムの足が大地を踏みつけ、瓦礫がその身を押し潰す。所狭しと敷き詰められた都市のビル群は既に原型を失い、土や岩の破片となって崩壊していく。
『おいこらノインー!! あたしは死んでねぇー!!』
言語を絶する程の破壊の光景が繰り広げられる中、サーラマが場違いな訂正文句を垂れるも、ノインは華麗にスルーして超巨大巌鋼人形を操っている。
エルフなど目ではない、彼女たちこそ異種族最強の魔法使い。しかし、そんな魔法使いたちを軽々と上回る正真正銘の化け物は確かにこの世に存在するわけで――
『……!?』
空を丸ごと呑み込む程の憤怒の破壊光線が超巨大巌鋼人形を易々と撃ち抜いていく。それだけでは止まらず、直線上にいたもう一体のゴーレムごと巻き込み全長三十メートル超えの巨体に風穴を開けていく。
『ファルラーダ・イル・クリスフォラス……』
ウェンディが足止めしていたというのに、彼女ごと巻き込んで暴威を振り翳す。これまで魔力出力に細心の注意を払っていたファルラーダだが、埒が明かないと吹っ切れたようだ。
『ウェンディ、生きてる?』
『えぇ、何とか……。水防御魔法をこうも容易く貫くなんて。私では、正面からでは勝てませんね』
全身傷だらけのウェンディが渋々とった様子で後退する。やる気とは程遠い、のほほんとした雰囲気のノインだが、むふーと鼻息が若干荒い。怒っているのだと分かり、ナイルは仕方ねぇなと苦笑し告げる。
「やっぱ一筋縄じゃいかねなぇよな。ご苦労さん、少し休んでろウェンディ。サーラマとシルディも一旦戻れ!
ノインがやる気みてぇだし、ここは任せるとしようぜ」
ノインは無表情で、激怒しながらゴーレムを片っ端から破壊し暴れるファルラーダへ手を翳す。
『無駄、だよ。ボクの、作った、超巨大巌鋼人形は、いくらでも、復活、できる、から……』
ファルラーダの魔法砲撃により、半身を失ったゴーレムがガラガラと音を立てながら自己修復していく。並みの者であれば、絶望に等しい光景もグランドクロスには大した脅威には映っていない。再び元の姿を取り戻した超巨大巌鋼人形は巨拳を振り翳し、千術姫目掛けて放っていく。
その威力は凄まじく、ズウウウゥゥゥーーーンッ!! と破壊の雄叫びが世界そのものを震撼させるほど。だがこれはゴーレムの攻撃によって生じたわけではない――ファルラーダの全開で溢れ出した魔力によって、空間が犇いているために起きた現象。
「正直、ここまで虚仮にされたのは生まれて初めてだ。冷静さを失ったのも認めよう。私は、自分で自分の首を絞める愚行を犯してしまった。
こんな情けねぇ姿見て、あっちでダニエルに呆れられていることだろうな」
『!?』
ファルラーダに命中した筈のゴーレムの巨拳が何故かバラバラに砕け散り、地表へ岩石の破片が降り注ぐ。その岩石の破片から市民を守るために自律型千術魔装機兵《オートメーションヴァスティオン》が身を挺して盾となった。
「気合いで耐えろよ愚物共、フリーディア治安維持部隊の維持を見せてみろ!」
「あれま、吹っ切れやがったか。やっべぇ、調子に乗りぎた」
自軍に喝を入れるファルラーダを見て、ナイルは冷ややかな汗を浮かべる。けれどどこか楽しそうで、その想いが四精霊にも伝播する。
『ドドドドーーーーン……。ここからが、本番』
ノインはまだやる気だ。超巨大巌鋼人形で倒せないなら別の手段を用いればいい。
『土法・岩星群』
夜空に煌めく星々が目に見える物質となりて地表へと降り注いでいく。ノインの魔力で生み出された岩星群《ミーティア》の数は千にも及び、明らかに千術姫を意識しているのが伝わる。
超巨大なゴーレムに加え、突然空から降り注ぐ巨大岩石群。まるで映画を観ているような現実離れした光景の数々に笑っているのはナイルと四精霊だけだった。そしてノインの放つ岩星群に対してファルラーダは。
「魔術武装・展開――千術収束爆弾」
以前の戦争でイリスを退けた際に用いた、卵型の超巨大爆弾群で迎撃するつもりのようだ。そのまま岩星群と千術収束爆弾が衝突し、夜空に破滅の爆炎が次々と上がっていく。
『こいつ、ボクの、魔法を、悉く……』
岩星群を全弾迎撃され、超巨大巌鋼人形も軒並み破壊された。後者に至ってはすぐに修復できるから問題ないが、現状打つ手がなかった。
「しつけぇんだよ、ゴルァッ!!」
対するファルラーダも破壊した側から再生していくゴーレムに業を煮やして叫んでいる。鼓膜が破れそうになるほどに、止まない爆音の数々を前に一歩も引く気配はないようだ。
空鱏の照準を超巨大巌鋼人形へ向けたまま、後部バーニアを吹かせ術者たるノインを殺さんと突き進んでいく。
『土法――』
「魔術武装・展開――」
ノインが魔法を放つのが先か、その前にファルラーダが殺し切るのが先か。
「岩石掌」
「千術大破壊飛翔魔砲台!」
千術大破壊飛翔魔砲台が空鱏にドッキングし、解き放たれた千術弾道ミサイル。あれを正面から受ける愚策は犯さない。ノインは巨大な岩石腕魔法で掴み上げて軌道を逸らそうと激しく鬩ぎ合う。
ノインに届く前に弾道ミサイルは岩腕により圧し潰され爆散し、空へと解けていく。最早個人の戦闘の域を超えた戦争をたったの六人だけで再現している事実に、誰もが戦慄を隠せない。
『マズい、止めるのが、やっと、なんて……』
千術姫の魔術武装を自前の魔法だけで、凌いでいるノインも相当な実力者だが、本人はそうは思っていない。
話には聞いていもどこか楽観視していた。間近で体験して初めて気づく。ファルラーダ・イル・クリスフォラスは正真正銘の化け物だと。
「一発止めたくらいで、いい気になってんじゃねぇぞ!!」
『!?』
爆炎を突き抜けて、もう一発迫り来る超巨大弾道ミサイル。それを止める手立ては今のノインにはない。
『間に合わな……』
咄嗟に土魔法で迎撃しようとするも間に合わず、逃れても爆風に巻き込まれる。直撃すれば間違いなく死ぬ。しかしそれはノイン一人に限った話。
『嵐法・乱気魔流』
同胞を救うため、シルディが発動した自然の物理法則を無視して生じた気流により、弾道ミサイルが明後日の方角へ逸れていく。
『これ、確か追尾するんだっけ? それなら――ビュビュビュビューーーーン!!』
巧みに風を操り、強い衝撃を与えた瞬間、弾道ミサイルが虚しく爆散した。
『どうだ! ファルラーダ・イル・クリスフォラス! 私にかかればお前の攻撃なんてチョチョイのチョイ! って――』
『シルディ、危ない……』
『へ?』
調子に乗りすぎたシルディの眼前に莫大な魔力の奔流な押し寄せる。
『あわわわわわわ!?』
弾道ミサイルに気を取られすぎた。ノインが展開する岩石のシールドによって刹那の間押し留めたことにより、ギリギリのところで難を逃れることに成功。
『あ、あっぶな! ノイン、もうちょっと危なそうに言ってよ!! テンションと状況が合ってないって!!』
ノインが守ってくれなければ、シルディは今頃死んでいた。とはいえボールが飛んできたよ、と軽いテンションで伝えるような規模ではないため全力で抗議している。
『シルディ、こそ、油断、大敵……。ほら、また、くるよ』
『息吐く暇ないじゃん!?』
怒涛の勢いで放たれる魔法砲撃を掻い潜り、千術姫攻略の糸口を探っていくシルディとノイン。その表情はどこか愉しげで、強大なボスに挑むゲーム攻略者の様相を見せていた。
『ビュビュビュビューーーーン!!』
『ドドドドーーーーン……』
ファルラーダ相手に一歩も譲らず激闘を繰り広げるシルディとノインだが、実力差は歴然。普通に相手しただけでは決して勝てない。初めから分かっていたことだが、何れぶち当たる壁にたまたま今日当たりを引いただけのこと。
「まさか四精霊がここまで苦戦するとはな。五体一だぜ? あり得ねぇっつの」
ナイルたちではファルラーダを退けることは難しいが、向こうもこちらを迂闊に殺せない以上付け入る隙は充分にある。そう思っていたが、中々思い通りにはいかない。ナイルは素直に負けを認めた。
「ファルラーダ・イル・クリスフォラス、あんたは確かに強い。けれど勝負と試合の勝利は別だ。
逃げる事に関しては一家言ある俺が、何故撤退せず分が悪い勝負に挑んでいるか分かるか? それが分からないようじゃ、所詮あんたもそこらの愚物と変わらねぇよ」
この独り言はファルラーダには届いていない。ナイルを守るサーラマとウェンディだけが意図に気付いた。彼は切り札を晒すつもりだと。
「サーラマ、今回はお前でいくわ。悪の大魔王顔負けの逆転劇を披露してやろうぜ――奴らの正義を完膚なきまでに打ちのめすぞ!」
『おう!!』
ナイルと四精霊が紡ぎ出す想いの根源――それは絆だ。フリーディアと異種族。二つの力が合わされば、それこそグランドクロスにも負けない力を発揮できる。それを今から見せてやろう。
「!?」
ファルラーダも、ナイルとサーラマの異変に気付いたのか迎撃しようとするも、ノインとシルディによって阻まれる。もし仮に突破されてもウェンディがいる。完全に止めることはできないが、僅かな時間を稼ぐことぐらいならできる。
「『いくぜ、ファルラーダ・イル・クリスフォラス! 目かっぽじってよーく見ておけよ? 今から俺 (アタシ)たちの本当の絆を見せてやる!!』」
ナイルとサーラマ――二人の声が重なり必勝の誓いを口にする。その瞬間、火精霊の身体が淡く輝き神の身体へと溶け込んでいく。
魔術武装を起動した時のような微粒子となりて、ナイルの魔核と一つになったサーラマは溢れ出る純然たる想いを神へ委ね、魔法の祝詞を紡いだ。
『融奏重想・展開!』
サーラマが唱える未知の言霊の影響により、ナイルの様相に変化が訪れる。
爽やかさ香る茶髪は、燃え上がるような炎髪へ。背面に炎の輪が形成され、まるで天女の羽衣のように爛々と煌めいている。服装や装飾品すらも一新され、かくも麗しい幻想的な御姿へと変化していた。
「『――神炎精霊装』」
これは、無機物と人を混ぜ合わせた融合に有らず。互いを想い、真に心を通い合わせた者同士が織りなす奇跡の融奏。文字通り、同心一体となった神炎精霊装は四精霊を遥かに上回る強大な魔力を解き放っている。
「な、何だそれは……」
灼熱の業火が吹き荒れ、まるで別人のように変貌を遂げたナイルへファルラーダは何とか声を絞りだす。彼女を以てしても未知たり得る現象が目の前で起きている。
「『そんなに驚くなよ、お前らも魔術武装と融合したり似たようなことやってんじゃねぇか』」
一つの口からナイルとサーラマの声音が同時に重なり響く。違和感なく溶け込んだ彼らは文字通り二人で一つの身体を共有している。夜の中に一つの太陽が照り輝き、避難する人々が目を奪われていた。
「融合、だと?」
異種族とフリーディアが融奏できるなど、過去の歴史を紐解いても起こり得なかった事例だ。当然か、有志以来人間はずっと異種族と戦争し続け、交流を持ったことなど皆無に等しいのだから。
ノインとシルディ、ウェンディが融奏重想状態のナイルのもとへ集う。必然的にナイルとファルラーダが向かい合う形となったが、両者とも攻めようとはしていない。
「融合、異種族……魔術武装――」
ファルラーダは初めて見る筈の融奏重想に既視感を感じ、己の持つ情報を最大限に引き出し照らし合わせている。
「『魔術武装ってさぁ、異種族の魔核から造られてるんだってな』」
「まさか……」
発言の意図に気付いたファルラーダだが、ナイルは構わず特大の爆弾をぶち込んだ。
「『言い換えればよぉ、お前らフリーディアの使ってる魔術武装――"人工的に兵器化された異種族"じゃね?』」
兵器に意志など存在しない。暴論に等しいナイルの発言に対してくだらないと割り切れるのはファルラーダだけ。
「!?」
故に彼女が驚愕したのは意外な事実ではなく、ナイルの発言が街全体に響き渡り、反応を示した治安維持部隊兵士と民間人に対してだ。兵士はともかく民間人はフリーディアのエネルギー源が異種族から取り出されている事実を知らない。
ナイルの発言を耳にした彼らは、治安維持部隊兵士たちの保有する魔術武装を悍ましげな表情で見つめ、悲鳴を上げていた。
「野郎ッ――千術魔銃!」
フリーディア絶対の機密事項をこのタイミングで言い放つナイルの意図を理解したファルラーダは、即座に千発分の魔弾を撃ち放つが。
「『そしてお前たちが造った融合型魔術武装は、文字通り人間と魔術武装を融合させ元来の数十倍もの力を引き出すことができることをコンセプトに設計されたものだ――』」
ドガガガガガーーーンッッ!!! と暴雨の如く迫り来る千発の魔弾を、ナイルは余裕の笑みで汎用型の銃で撃ち抜き、全弾迎撃する神業を披露してのけた。
「『けどそれには当然元ネタがあって然るべきで、今の俺の姿がその証明さ』」
これまで一貫して回避に徹していたナイルがサーラマと融合したことで千術姫に匹敵する力を身につけた事実。つまるところ、人間本来の力を引き出すには異種族の存在が欠かせないと見せつけられたのだ。
加えて目を背けたくなる程に悲惨な街の惨状は全都市に放送されている。テロ組織ルーメンの齎す恐怖に慄く人々は固唾を飲んで見守っていることだろう。
「貴様、御前が紡いだ歴史を破壊するつもりかッ」
神は今、二千年にも及ぶ人類の積み上げてきた歴史そのものを破壊しようとしている。知らなくていい、知りたくない事実を容赦なく突きつけて、フリーディア統合連盟政府を転覆させることが彼の目的なのだとしたら、止められるのはファルラーダをおいて他にいない。
「『聞こえてるか、魔術機仕掛けの神? あんたの造った自慢の子供たちが無様に死んでいく様はどう映ってる?』」
今度はフリーディアの祖へ向け、挑発行為を働くナイル。ファルラーダが必殺の一撃を繰り出しているにも関わらず、一向に口を閉じる気配がない。つまり彼にはそれだけの余裕があるということ。
「『あんた、フリーディアを"人間"に成り代わらせようとしてるんだろ? あ、これ聞いてる奴は知らねぇだろうが、人間ってこの世界で生まれた存在じゃないんだぜ?』」
「今すぐその口を閉じろ、愚物が!!」
神遺秘装――廻転核の力で数多の種族に転生したナイルは叡智を司る神も同然の存在だ。
「『もちろん、お前らが化け物呼ばわりする異種族だって元は同じさ。生まれた場所が宇宙か地球かの違いだけ。魔素という非自然的に生み出された猛毒から人間が環境に適応できるよう進化させる試みで異種族は生み出された』」
どれだけ魔法砲撃を浴びせても、神のお告げは止まらない。全フリーディアが彼の発言に注目していた。報道のカメラがファルラーダたちを捉えて離さず、本来止めるべき治安維持部隊兵士たちまでもが立ち往生する始末。
「『何で魔素なんてもんが大気に充満してんのかは、諸説あるし専門的なことはお前らで勝手に調べろ。
とにかく人間は、魔素に適応し生き延びるために必死で足掻いてた。裏でどんなヤバい実験繰り返してきたのかは知らねぇが、苦労の末に生み出された異種族は猛毒である魔素を体内エネルギーに変換することができたんだ。その異種族と融合し、新たな進化を遂げて生き残ろうって計画なのさ。
ま、お前らも知っての通り結果は大失敗――異種族が反乱を起こして人間の文明は滅びたんだけどな』」
その人間、旧時代の文明すらも滅ぼしたのがナイル――神張本人なのだが、気付いた者は果たしてどれだけいるのか?
「『とはいえ絶滅したわけじゃない。生き残った人間たちは、異種族から逃れるために航行艦を用いて宇宙へ避難したのさ。
それがお前らフリーディアの祖先、魔術機仕掛けの神の始まりだよ』」
今宵、フリーディアの歴史は崩壊する。これはもう逃れることのできない運命。
「『俺が知っているのはここまで。後はエヴェスティシアへ行って、魔術機仕掛けの神様に直接伺いな』」
随分と長くなったが話は終わりだ。ユーリ・クロイスたちも聞いているか、それともシャーレかイリスに殺されてしまったのか? 彼らの結末と今後の未来を楽しみに、ファルラーダの猛攻を凌ぎ続けていたナイルはついに攻勢に移った。
四精霊の強大な魔法を前に、未だ無傷で応戦するファルラーダだが、その表情は険しく、際限なく街の被害が広がっていくことに歯噛みする。
自律型千術魔装機兵は全て街の防衛だけに専念させ、少しでも多くの被害を食い止めようと必死だ。
手傷を負わせたのは現状、火を司る精霊サーラマだけ。とはいえ戦闘不能まで追い込めず、街の被害度外視で好き勝手に暴れている。
ファルラーダは空鱏を繰り、彼女たちを追う。
「ちょこまかとッ」
魔力出力調整に細心の注意を払い、尚且つ街の被害が出ないよう努めねばならない千術姫は枷という名の鎖に雁字搦めに縛られている。
大を滅ぼすには小の犠牲は付きものと割り切れればいいが、命令もなしに勝手な真似は許されない。何よりも敬愛するミアリーゼに責任が追及されてしまうため、ファルラーダは常に後手に回るしかない。
あの時の戦争のように憂いなく力を解放できれば、ナイルたちなど一瞬で消し飛ばせるというのに。
「不自由でもどかしいよなぁ? 俺はテロリストだから好き勝手暴れられるが、あんたの場合は責任を問われちまう」
風精霊シルディと共に自律型千術魔装機兵を破壊しながら空を駆け抜け、ナイルは言う。
「この情景を、メディアは何て報道するだろうな? 市民を守れない無能な統合連盟政府はすぐに解体すべきだ! とか言うのかねぇ。あ、それともお得意の報道規制でもかけるか? けど、そんな卑怯な手使ったら、御大層な正道からは外れちまうか」
「戯言抜かすな愚物が!」
敢えて周囲の被害を拡大させて戦うナイルは言葉巧みにファルラーダを翻弄していく。本気で言っているわけではない、ほんの冗談。ムキになるファルラーダが面白くて揶揄っている。気紛れな神の戯れにすぎない。
「怒りで人々は救えないぜ? 生み出すのは破壊だけさ。強すぎる光は暴力と変わらねぇ、見てみろよ千術姫ちゃん。逃げ惑うフリーディアたちにあんたはどう映っている?」
「くっ」
見ずともファルラーダには分かる。ウェンディの水魔法により溺死しかけた人々は化け物を見るような目で彼女たちを見ていると。つまりファルラーダは異種族と同一視されているのだ。
それに加え、一向に事態を解決できない治安維持部隊兵士たちに不満を爆発させていることも。ミアリーゼが総帥代行の地位に就いたからといって、名家と平民の確執が完全に消えたわけではない。
高い税を政府に納め、その金で悠々と生活する治安維持部隊兵士の普段の行動や大暴な態度含め、肝心な時に役に立たないのでは軍の存在意義に疑問を覚えるのは当然だ。
ナイル・アーネストは意図的にその状況を作り出した。言葉巧みにファルラーダの冷静さを奪いながら、環境や周囲の状況全てを戦術に加えて、じわじわと追い込んでいく。憂うことなく全力で力をぶつけ合うファルラーダの戦闘スタイルとは最悪の相性だった。
「さて、それじゃあもう一押しいくとするか。ウェンディ、少しの間だけ千術姫ちゃんを足止めしろ!! ノイン、派手にぶちかませ!!」
『はーい、ザザザブーーーーン♪』
『ドドドドーーーーン……。やっと、出番』
名前を呼ばれた水精霊のウェンディは優雅に美しく、土精霊のノインはマイペースにそう答えると、都市全域が鼓動を鳴らすように脈動し震えた。
『土法・超巨大巌鋼人形』
ノインの紡ぐ魔法の言葉に、治安維持部隊兵士や市民たちの騒乱がピタリと止んだ。今しがた発生した現実離れした光景に理解が追いついていないのだ。
そもそも話、地表にいる彼らに掌サイズ程の身長しかない四精霊の姿を捉えるのは非常に困難で、グランドクロスが誰と戦っているのかすら分かっていなかった。
千術姫は知る由もないが、実はシルディの風魔法は視覚認識を阻害することも可能で、ナイル・アーネストの姿はファルラーダ以外に見えていない。そのせいで、自律型千術魔装機兵が街を襲っていると勘違いする者も大勢いた。
だがノインの魔法によって出現した全長三十メートルを優に超える巨大なゴーレムが五体も出現したことにより、ようやく視覚的に認識することができたのだ。
『ぶっ潰せ、サーラマの、仇……』
ゴゴゴゴォォォーーーー……と、巨大なゴーレムの足が大地を踏みつけ、瓦礫がその身を押し潰す。所狭しと敷き詰められた都市のビル群は既に原型を失い、土や岩の破片となって崩壊していく。
『おいこらノインー!! あたしは死んでねぇー!!』
言語を絶する程の破壊の光景が繰り広げられる中、サーラマが場違いな訂正文句を垂れるも、ノインは華麗にスルーして超巨大巌鋼人形を操っている。
エルフなど目ではない、彼女たちこそ異種族最強の魔法使い。しかし、そんな魔法使いたちを軽々と上回る正真正銘の化け物は確かにこの世に存在するわけで――
『……!?』
空を丸ごと呑み込む程の憤怒の破壊光線が超巨大巌鋼人形を易々と撃ち抜いていく。それだけでは止まらず、直線上にいたもう一体のゴーレムごと巻き込み全長三十メートル超えの巨体に風穴を開けていく。
『ファルラーダ・イル・クリスフォラス……』
ウェンディが足止めしていたというのに、彼女ごと巻き込んで暴威を振り翳す。これまで魔力出力に細心の注意を払っていたファルラーダだが、埒が明かないと吹っ切れたようだ。
『ウェンディ、生きてる?』
『えぇ、何とか……。水防御魔法をこうも容易く貫くなんて。私では、正面からでは勝てませんね』
全身傷だらけのウェンディが渋々とった様子で後退する。やる気とは程遠い、のほほんとした雰囲気のノインだが、むふーと鼻息が若干荒い。怒っているのだと分かり、ナイルは仕方ねぇなと苦笑し告げる。
「やっぱ一筋縄じゃいかねなぇよな。ご苦労さん、少し休んでろウェンディ。サーラマとシルディも一旦戻れ!
ノインがやる気みてぇだし、ここは任せるとしようぜ」
ノインは無表情で、激怒しながらゴーレムを片っ端から破壊し暴れるファルラーダへ手を翳す。
『無駄、だよ。ボクの、作った、超巨大巌鋼人形は、いくらでも、復活、できる、から……』
ファルラーダの魔法砲撃により、半身を失ったゴーレムがガラガラと音を立てながら自己修復していく。並みの者であれば、絶望に等しい光景もグランドクロスには大した脅威には映っていない。再び元の姿を取り戻した超巨大巌鋼人形は巨拳を振り翳し、千術姫目掛けて放っていく。
その威力は凄まじく、ズウウウゥゥゥーーーンッ!! と破壊の雄叫びが世界そのものを震撼させるほど。だがこれはゴーレムの攻撃によって生じたわけではない――ファルラーダの全開で溢れ出した魔力によって、空間が犇いているために起きた現象。
「正直、ここまで虚仮にされたのは生まれて初めてだ。冷静さを失ったのも認めよう。私は、自分で自分の首を絞める愚行を犯してしまった。
こんな情けねぇ姿見て、あっちでダニエルに呆れられていることだろうな」
『!?』
ファルラーダに命中した筈のゴーレムの巨拳が何故かバラバラに砕け散り、地表へ岩石の破片が降り注ぐ。その岩石の破片から市民を守るために自律型千術魔装機兵《オートメーションヴァスティオン》が身を挺して盾となった。
「気合いで耐えろよ愚物共、フリーディア治安維持部隊の維持を見せてみろ!」
「あれま、吹っ切れやがったか。やっべぇ、調子に乗りぎた」
自軍に喝を入れるファルラーダを見て、ナイルは冷ややかな汗を浮かべる。けれどどこか楽しそうで、その想いが四精霊にも伝播する。
『ドドドドーーーーン……。ここからが、本番』
ノインはまだやる気だ。超巨大巌鋼人形で倒せないなら別の手段を用いればいい。
『土法・岩星群』
夜空に煌めく星々が目に見える物質となりて地表へと降り注いでいく。ノインの魔力で生み出された岩星群《ミーティア》の数は千にも及び、明らかに千術姫を意識しているのが伝わる。
超巨大なゴーレムに加え、突然空から降り注ぐ巨大岩石群。まるで映画を観ているような現実離れした光景の数々に笑っているのはナイルと四精霊だけだった。そしてノインの放つ岩星群に対してファルラーダは。
「魔術武装・展開――千術収束爆弾」
以前の戦争でイリスを退けた際に用いた、卵型の超巨大爆弾群で迎撃するつもりのようだ。そのまま岩星群と千術収束爆弾が衝突し、夜空に破滅の爆炎が次々と上がっていく。
『こいつ、ボクの、魔法を、悉く……』
岩星群を全弾迎撃され、超巨大巌鋼人形も軒並み破壊された。後者に至ってはすぐに修復できるから問題ないが、現状打つ手がなかった。
「しつけぇんだよ、ゴルァッ!!」
対するファルラーダも破壊した側から再生していくゴーレムに業を煮やして叫んでいる。鼓膜が破れそうになるほどに、止まない爆音の数々を前に一歩も引く気配はないようだ。
空鱏の照準を超巨大巌鋼人形へ向けたまま、後部バーニアを吹かせ術者たるノインを殺さんと突き進んでいく。
『土法――』
「魔術武装・展開――」
ノインが魔法を放つのが先か、その前にファルラーダが殺し切るのが先か。
「岩石掌」
「千術大破壊飛翔魔砲台!」
千術大破壊飛翔魔砲台が空鱏にドッキングし、解き放たれた千術弾道ミサイル。あれを正面から受ける愚策は犯さない。ノインは巨大な岩石腕魔法で掴み上げて軌道を逸らそうと激しく鬩ぎ合う。
ノインに届く前に弾道ミサイルは岩腕により圧し潰され爆散し、空へと解けていく。最早個人の戦闘の域を超えた戦争をたったの六人だけで再現している事実に、誰もが戦慄を隠せない。
『マズい、止めるのが、やっと、なんて……』
千術姫の魔術武装を自前の魔法だけで、凌いでいるノインも相当な実力者だが、本人はそうは思っていない。
話には聞いていもどこか楽観視していた。間近で体験して初めて気づく。ファルラーダ・イル・クリスフォラスは正真正銘の化け物だと。
「一発止めたくらいで、いい気になってんじゃねぇぞ!!」
『!?』
爆炎を突き抜けて、もう一発迫り来る超巨大弾道ミサイル。それを止める手立ては今のノインにはない。
『間に合わな……』
咄嗟に土魔法で迎撃しようとするも間に合わず、逃れても爆風に巻き込まれる。直撃すれば間違いなく死ぬ。しかしそれはノイン一人に限った話。
『嵐法・乱気魔流』
同胞を救うため、シルディが発動した自然の物理法則を無視して生じた気流により、弾道ミサイルが明後日の方角へ逸れていく。
『これ、確か追尾するんだっけ? それなら――ビュビュビュビューーーーン!!』
巧みに風を操り、強い衝撃を与えた瞬間、弾道ミサイルが虚しく爆散した。
『どうだ! ファルラーダ・イル・クリスフォラス! 私にかかればお前の攻撃なんてチョチョイのチョイ! って――』
『シルディ、危ない……』
『へ?』
調子に乗りすぎたシルディの眼前に莫大な魔力の奔流な押し寄せる。
『あわわわわわわ!?』
弾道ミサイルに気を取られすぎた。ノインが展開する岩石のシールドによって刹那の間押し留めたことにより、ギリギリのところで難を逃れることに成功。
『あ、あっぶな! ノイン、もうちょっと危なそうに言ってよ!! テンションと状況が合ってないって!!』
ノインが守ってくれなければ、シルディは今頃死んでいた。とはいえボールが飛んできたよ、と軽いテンションで伝えるような規模ではないため全力で抗議している。
『シルディ、こそ、油断、大敵……。ほら、また、くるよ』
『息吐く暇ないじゃん!?』
怒涛の勢いで放たれる魔法砲撃を掻い潜り、千術姫攻略の糸口を探っていくシルディとノイン。その表情はどこか愉しげで、強大なボスに挑むゲーム攻略者の様相を見せていた。
『ビュビュビュビューーーーン!!』
『ドドドドーーーーン……』
ファルラーダ相手に一歩も譲らず激闘を繰り広げるシルディとノインだが、実力差は歴然。普通に相手しただけでは決して勝てない。初めから分かっていたことだが、何れぶち当たる壁にたまたま今日当たりを引いただけのこと。
「まさか四精霊がここまで苦戦するとはな。五体一だぜ? あり得ねぇっつの」
ナイルたちではファルラーダを退けることは難しいが、向こうもこちらを迂闊に殺せない以上付け入る隙は充分にある。そう思っていたが、中々思い通りにはいかない。ナイルは素直に負けを認めた。
「ファルラーダ・イル・クリスフォラス、あんたは確かに強い。けれど勝負と試合の勝利は別だ。
逃げる事に関しては一家言ある俺が、何故撤退せず分が悪い勝負に挑んでいるか分かるか? それが分からないようじゃ、所詮あんたもそこらの愚物と変わらねぇよ」
この独り言はファルラーダには届いていない。ナイルを守るサーラマとウェンディだけが意図に気付いた。彼は切り札を晒すつもりだと。
「サーラマ、今回はお前でいくわ。悪の大魔王顔負けの逆転劇を披露してやろうぜ――奴らの正義を完膚なきまでに打ちのめすぞ!」
『おう!!』
ナイルと四精霊が紡ぎ出す想いの根源――それは絆だ。フリーディアと異種族。二つの力が合わされば、それこそグランドクロスにも負けない力を発揮できる。それを今から見せてやろう。
「!?」
ファルラーダも、ナイルとサーラマの異変に気付いたのか迎撃しようとするも、ノインとシルディによって阻まれる。もし仮に突破されてもウェンディがいる。完全に止めることはできないが、僅かな時間を稼ぐことぐらいならできる。
「『いくぜ、ファルラーダ・イル・クリスフォラス! 目かっぽじってよーく見ておけよ? 今から俺 (アタシ)たちの本当の絆を見せてやる!!』」
ナイルとサーラマ――二人の声が重なり必勝の誓いを口にする。その瞬間、火精霊の身体が淡く輝き神の身体へと溶け込んでいく。
魔術武装を起動した時のような微粒子となりて、ナイルの魔核と一つになったサーラマは溢れ出る純然たる想いを神へ委ね、魔法の祝詞を紡いだ。
『融奏重想・展開!』
サーラマが唱える未知の言霊の影響により、ナイルの様相に変化が訪れる。
爽やかさ香る茶髪は、燃え上がるような炎髪へ。背面に炎の輪が形成され、まるで天女の羽衣のように爛々と煌めいている。服装や装飾品すらも一新され、かくも麗しい幻想的な御姿へと変化していた。
「『――神炎精霊装』」
これは、無機物と人を混ぜ合わせた融合に有らず。互いを想い、真に心を通い合わせた者同士が織りなす奇跡の融奏。文字通り、同心一体となった神炎精霊装は四精霊を遥かに上回る強大な魔力を解き放っている。
「な、何だそれは……」
灼熱の業火が吹き荒れ、まるで別人のように変貌を遂げたナイルへファルラーダは何とか声を絞りだす。彼女を以てしても未知たり得る現象が目の前で起きている。
「『そんなに驚くなよ、お前らも魔術武装と融合したり似たようなことやってんじゃねぇか』」
一つの口からナイルとサーラマの声音が同時に重なり響く。違和感なく溶け込んだ彼らは文字通り二人で一つの身体を共有している。夜の中に一つの太陽が照り輝き、避難する人々が目を奪われていた。
「融合、だと?」
異種族とフリーディアが融奏できるなど、過去の歴史を紐解いても起こり得なかった事例だ。当然か、有志以来人間はずっと異種族と戦争し続け、交流を持ったことなど皆無に等しいのだから。
ノインとシルディ、ウェンディが融奏重想状態のナイルのもとへ集う。必然的にナイルとファルラーダが向かい合う形となったが、両者とも攻めようとはしていない。
「融合、異種族……魔術武装――」
ファルラーダは初めて見る筈の融奏重想に既視感を感じ、己の持つ情報を最大限に引き出し照らし合わせている。
「『魔術武装ってさぁ、異種族の魔核から造られてるんだってな』」
「まさか……」
発言の意図に気付いたファルラーダだが、ナイルは構わず特大の爆弾をぶち込んだ。
「『言い換えればよぉ、お前らフリーディアの使ってる魔術武装――"人工的に兵器化された異種族"じゃね?』」
兵器に意志など存在しない。暴論に等しいナイルの発言に対してくだらないと割り切れるのはファルラーダだけ。
「!?」
故に彼女が驚愕したのは意外な事実ではなく、ナイルの発言が街全体に響き渡り、反応を示した治安維持部隊兵士と民間人に対してだ。兵士はともかく民間人はフリーディアのエネルギー源が異種族から取り出されている事実を知らない。
ナイルの発言を耳にした彼らは、治安維持部隊兵士たちの保有する魔術武装を悍ましげな表情で見つめ、悲鳴を上げていた。
「野郎ッ――千術魔銃!」
フリーディア絶対の機密事項をこのタイミングで言い放つナイルの意図を理解したファルラーダは、即座に千発分の魔弾を撃ち放つが。
「『そしてお前たちが造った融合型魔術武装は、文字通り人間と魔術武装を融合させ元来の数十倍もの力を引き出すことができることをコンセプトに設計されたものだ――』」
ドガガガガガーーーンッッ!!! と暴雨の如く迫り来る千発の魔弾を、ナイルは余裕の笑みで汎用型の銃で撃ち抜き、全弾迎撃する神業を披露してのけた。
「『けどそれには当然元ネタがあって然るべきで、今の俺の姿がその証明さ』」
これまで一貫して回避に徹していたナイルがサーラマと融合したことで千術姫に匹敵する力を身につけた事実。つまるところ、人間本来の力を引き出すには異種族の存在が欠かせないと見せつけられたのだ。
加えて目を背けたくなる程に悲惨な街の惨状は全都市に放送されている。テロ組織ルーメンの齎す恐怖に慄く人々は固唾を飲んで見守っていることだろう。
「貴様、御前が紡いだ歴史を破壊するつもりかッ」
神は今、二千年にも及ぶ人類の積み上げてきた歴史そのものを破壊しようとしている。知らなくていい、知りたくない事実を容赦なく突きつけて、フリーディア統合連盟政府を転覆させることが彼の目的なのだとしたら、止められるのはファルラーダをおいて他にいない。
「『聞こえてるか、魔術機仕掛けの神? あんたの造った自慢の子供たちが無様に死んでいく様はどう映ってる?』」
今度はフリーディアの祖へ向け、挑発行為を働くナイル。ファルラーダが必殺の一撃を繰り出しているにも関わらず、一向に口を閉じる気配がない。つまり彼にはそれだけの余裕があるということ。
「『あんた、フリーディアを"人間"に成り代わらせようとしてるんだろ? あ、これ聞いてる奴は知らねぇだろうが、人間ってこの世界で生まれた存在じゃないんだぜ?』」
「今すぐその口を閉じろ、愚物が!!」
神遺秘装――廻転核の力で数多の種族に転生したナイルは叡智を司る神も同然の存在だ。
「『もちろん、お前らが化け物呼ばわりする異種族だって元は同じさ。生まれた場所が宇宙か地球かの違いだけ。魔素という非自然的に生み出された猛毒から人間が環境に適応できるよう進化させる試みで異種族は生み出された』」
どれだけ魔法砲撃を浴びせても、神のお告げは止まらない。全フリーディアが彼の発言に注目していた。報道のカメラがファルラーダたちを捉えて離さず、本来止めるべき治安維持部隊兵士たちまでもが立ち往生する始末。
「『何で魔素なんてもんが大気に充満してんのかは、諸説あるし専門的なことはお前らで勝手に調べろ。
とにかく人間は、魔素に適応し生き延びるために必死で足掻いてた。裏でどんなヤバい実験繰り返してきたのかは知らねぇが、苦労の末に生み出された異種族は猛毒である魔素を体内エネルギーに変換することができたんだ。その異種族と融合し、新たな進化を遂げて生き残ろうって計画なのさ。
ま、お前らも知っての通り結果は大失敗――異種族が反乱を起こして人間の文明は滅びたんだけどな』」
その人間、旧時代の文明すらも滅ぼしたのがナイル――神張本人なのだが、気付いた者は果たしてどれだけいるのか?
「『とはいえ絶滅したわけじゃない。生き残った人間たちは、異種族から逃れるために航行艦を用いて宇宙へ避難したのさ。
それがお前らフリーディアの祖先、魔術機仕掛けの神の始まりだよ』」
今宵、フリーディアの歴史は崩壊する。これはもう逃れることのできない運命。
「『俺が知っているのはここまで。後はエヴェスティシアへ行って、魔術機仕掛けの神様に直接伺いな』」
随分と長くなったが話は終わりだ。ユーリ・クロイスたちも聞いているか、それともシャーレかイリスに殺されてしまったのか? 彼らの結末と今後の未来を楽しみに、ファルラーダの猛攻を凌ぎ続けていたナイルはついに攻勢に移った。
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