上 下
146 / 217
第六章 吸血姫の愛

第146話 囚われのイリス

しおりを挟む
 イリスにとって、神遺秘装アルスマグナはエルフの誇りそのものである。それは世界にシンの意志が存在しないと分かっても変わらない。

 エレミヤと己を繋ぐ絆の証明、力は確かに本物でこの世全てを終わらせる無法の剣の前に敵はいない。

 エルフ最強の近衛騎士を相手にフリーディアは手も足も出ず敗北する――そんな夢みたいな妄想を本気で信じていたのだ。
 
"無様な姿だな、異種族。見えもしない何かに縋っている奴におれが負けるかよ。この程度で心が揺れるようじゃ高が知れる。そんなんでよく最強を名乗っていられたな"

 フリーディア最高位を司る千術姫――グランドクロス=ファルラーダ・イル・クリスフォラス。そして――

"貴様ニ恨ミハナイ、新タナ戦乱ヲ巻キ起コスタメノ礎トナレ"

 同じくフリーディア最高位を司る緋色の亡霊――グランドクロス=テスタロッサ。

 神遺秘装アルスマグナを持たない、それどころかスキルすら扱えない、世界や神の恩恵に預かってすらいない二人のフリーディアに手も足も出ず完敗した。

 何が最強だ、と驕り高ぶっていたかつての己を叩き斬ってやりたい。種族連合を勝利に導けず、エレミヤの身を守ることすらできず、挙句の果てに敵の手に堕ちるなど。

「……うっ」

 意識を取り戻したイリスは、大の字になってベッドに寝かされ、両手足が頑強な拘束具によって縛られ身動きが取れなくなっていた。

 加えて視界も何かで覆われているためここがどこなのか検討すら付かない。

 鼻腔を擽る嗅いだことのない薬品の臭いや聞き慣れない電子音に顔を顰めながら、ベッドごと周囲を吹き飛ばそうと魔力を絞り出すが――

「ガッ!? あぁぁぁあぁぁぁぁッッッッ!?!?!?」

 魔力を検知したのか、拘束具からピー、という機械音と共に激しい電流がイリスの身体中に流れ、痛みに耐えかね絶叫を上げる。

 魔力は中途半端に霧散し、魔法が不発に終わる。ガクガクと痙攣が収まらず、未だかつて感じたことのない痛みに意識が断絶されかける。

「――目が覚めたみたいだね、綺麗なエルフのお姉さん。拘束具それ、私がチューニングした特別性なの。どう? 効くでしょ?」

「…………く」

 激痛に悶えるイリスの近くから、聞き覚えのない少女の声音が部屋に反響している。視界が塞がれているため、気配と声だけで相手が誰でここはどこなのか探らなければならない。

「ちなみに転移魔法は使わせないよ? 一定域の魔力量を検知したら、感電死するように設定してあるから気をつけてね」

 忠告を無視して、もう一度スキルを発動するべきか考えたが、万が一死んでは元も子もない。

 それにしても、この少女は一体何者なのだ? 彼女からは戦士特有の覇気を一切感じられない。片手で簡単に捻り上げられる程、脆弱だ。

「………………」

 だというのに、イリスは少女から言いしれない恐怖を感じていた。端的に言って狂ってる。気が狂いそうになる程の薬品塗れの部屋の中で平然と笑っているのだから。

「あなたは……何者ですか? ここは何処で私をどうするつもりですか?」

「ここ? カーラって都市にあるパパの会社の中にある研究室だけど? ま、言っても分かんないだろうし敵地のど真ん中って判断してくれればいいよ。お姉さんをどうするかについても状況を見れば分かることで、いちいち尋ねなくても分かるでしょ?」

「ッ」
 
「あ、取り敢えず自己紹介いっとくね――私はクーリア・クロウ・ククルウィッチって名前で、異生物学者やってる華の女子中学生さ! ま、来年には高校生になるんだけどね」

 クーリア・クロウ・ククルウィッチ。異生物学者、女子中学生など言っている意味の半分以上は理解できなかったが、フリーディアにおいて何かしら重要な地位にいる可能性が高い。

「あはははは! やけに大人しいけど、もしかして私から少しでも情報を探ろうって腹づもり!?
 言っておくけど、脱出なんて不可能だよ? それとも、助けが来るって信じてるのかな?」

「そういうあなたは少々お喋りがすぎますね。今の会話だけで、あなたの人柄はだいたい掴めました」

「ふーん。だから? 別に隠してるわけじゃないし、こっちとしては一人で黙って研究するよりも喋りながらの方が捗るってだけだしね」

 カタカタとリズミカルな音を立て、何かを指で操作しながらクーリアはそう言った。恐らくイリスの身体を調べている最中なのだろう。尋問というよりは、雑談に近かった。

「ねぇ、綺麗なエルフのお姉さん。名前教えてよ」

「あなたに名乗る名前はありま――ッッッッ!?!?」

――せん。と答えようとした瞬間、再び電流が身体全身を駆け巡り、腰を浮かせ仰け反りながら苦悶の声を上げる。

 先程のような痛みじゃない。むしろ逆で味わったことのない未知の感覚に脳が溶かされていく。

「立場を理解しなよ、異種族。会話のキャッチボールを拒否する権利はあんたにない。
 今のは悶えるほどの快楽を与えたけど、次は身の毛がよだつ程の苦痛を味あわせてあげようか?」

「ハァハァハァ」

 快楽。そう、今しがたイリスが味わったのは未知の快感だ。多量に発汗し、興奮が収まらず大きく息を荒げ、心臓が激しく鼓動を鳴らしている。

「生物の意識は脳で構成されている。心の場所を示すとき、胸にあるって勘違いする馬鹿がいるけど、脳の電気信号がそう錯覚させているにすぎない。
 あんたが感じてるのも、脳が快楽物質を多量に分泌してるからなんだ」

「………………」

「どう? いい加減ボール返す気になった?」

「………イリス、といいます」

「うんうん、素直でよろしい。改めてよろしくね、イリスさん。そうやって大人しくしてれば、殺しはしないから安心していいよ――それなりに酷いことはするけど、ね」

 クーリアから溢れ出す純然たる好奇心にイリスの心が蝕まれていく。己は一体どうなってしまうのか? 視界すら塞がれた状態での拷問――果たして心が耐えられるのかどうか……。

「大丈夫、とっっても気持ちよくしてあげるから。最後はイリスさんの方から、ちょうだい……ちょうだい! って求めちゃうくらいに」

「下種がッ」

「何とでも言えばいいよ。それより聞きたいことがあるんだけど教えてくれないかな?
 あんたが目を覚ますまで何もしなかったのも、どうしても確認しときたいことがあるからなんだ」

「確認?」

「見たよ、フリーディアと異種族の大戦争。いやぁ~、グランドクロスは強かったねぇ。バッタバッタと敵をなぎ倒してさ、見てて爽快だったよ。
 流石のイリスさんでも、クリスフォラス卿には敵わなかったみたいだね」

「…………」

「答え辛い? なら雑談は無しにして本題に入ろうか。イリスさんはさ、ミグレットちゃんと仲良かったりするのかな?」

 ミグレット? どうして彼女の名前が出てくる?
 
「………知りません」

 何故クーリアがミグレットについて知りたがっているのか? 迂闊に名前を出せば彼女に危険が及ぶ可能性もあり、しらを切り通すことにした。

「あのさー、脳波はこっちで計測してるんだから嘘言ってるのバレバレだからね?」

「!?」

 何故!? とイリスは動揺を露わにする。エルフの文明はフリーディアに数歩劣る。何かしらのマジックアイテムで、嘘を見破る術があるのかもしれない。

「お、動揺したってことは合ってるってことだ! というわけで、イリスさんの知ってるミグレットちゃんの情報を詳しく教えてよ!」

「……お断りします」

 何故クーリアが会ったことすらないミグレットにこれ程執着しているのか? 視界が黒一色に覆われている現状、イリスにできるのはこれ以上情報を与えないことだけ。

「――が、あっ、あぁぁぁぁぁあぁぁッッッーーーーー!?!?」

「拒否すんなっての。ったく、こっちは時間がないってのに」

 未だに屈さないイリスへクーリアは苛立ち混じりに言葉を吐く。

「どの道結果は変わんないんだから、抵抗しても無ぅー駄。
 一回徹底的にやんないと駄目かな? あー、でもうっかり死なれたら困るし、どうしようかな……?」

「ハァハァハァハァ……」

 イリスはビクビクと痙攣しながら、必死に肺に空気を取り込んでいく。死ぬ……身体がじゃない。エルフの姫巫女を守護する最強の近衛騎士としての矜持がだ。

 もう止めてと泣き叫びたい、少しでも楽になれるのなら全部クーリアにぶちまけてしまいたい。

「私は……」

 自分はこんなにも弱かったのか? エレミヤやミグレットを守りたい――その気持ち以上に誰かに縋りたい。助けて欲しい。

 亡きシンの恩恵を一身に賜る神遺秘装アルスマグナ――世界の遺産。歴史が全て嘘だったなんて、思いたくない。思いたくないから、一縷の希望を口にする。

シン……」

 どうか神よ、この憐れな身に救いを与えてください。

 
「――そこまでにしておけ、クーリア」


「「!?」」

 刹那、自動ドアの開閉音が響くと同時に聞き慣れぬ青年の声が耳朶を打つ。動揺の声を上げるのはイリスだけではなく、尋問を続けていたクーリアも同様であった。

「本当お前は油断も隙もねぇ。誰がインモラルな拷問プレイなんざしろっつったよ。子供のお前にゃ、まだそれは早ぇ」

「あなたは……」

 何故か分からないが、軽快な口調で話す青年の声を聞いた瞬間、身体中がざわつき、言い知れぬ奇妙な感覚がイリスに襲い掛かってきた。

 それは、同胞を見つけたことに対する歓喜の震え。更に言えば、上位存在に巡り会えたことに対する畏敬の念でもある。

「あなたは……シン、なのですか?」

 縋るように問いかけるイリスに青年は自身の視界を覆っていた拘束具を解き答える。開けた視界に映る、二十代半ば程の美青年だが年に似合わぬ何か心理を悟ったような遠い目をしていた。そう、彼こそ――

「あぁ、そうだ。今生の名はナイル・アーネスト。
 お前の言う通り、俺こそがお前らの騙る神話に出てくる全知全能不老不死のシンさ」

 反統合連盟政府組織ルーメンの主犯格――ナイル・アーネスト。イリスたちの祖、全ての種族の始まりとされるシンはイリスへ寵愛を注ぎながら笑みを浮かべていた。

「ナイル・アーネスト――本当に……あなたがあのシンなのですか!」

 未だ拘束された状況でありながら、イリスの頬に手を添えるナイルを見て救われたと思ってしまった。この人が、正真正銘本物の神なのだと確信する。

「ナイル、あんたどうやって入ってきて……てゆーか指名手配中の癖に何堂々と姿曝け出してんのさ」

 イリスの前では嗜虐的な態度で接していたクーリアが、不快感を剥き出しにしてナイルへ食って掛かっている。

「俺があの程度の連中に捕まるかよ。逃げることに関して、俺に敵う奴なんざいねぇさ」

「なにその情けない自慢。それと拘束具勝手に外さないでくれる? 今イリスさんに魔法使われたら、こっちはひとたまりもないんだけど?」

 クーリアの批判を聞き流し、全ての拘束具を外したナイルは自由の身になったイリスへ。

「そんなことしないもんな?」

 と笑いかける。イリスは未だ夢見心地で「はい」と頷いてしまう。

「………ナイル、あんた一体何者なの?」

 イリスの様子を見て、さらに警戒心を引き上げたクーリアは敵意を込めてナイルへ質問をぶつける。

「さっきイリスさんが言っていたシンってあれでしょ? あんたがそのシンとか意味が分からないんだけど」

 クーリアが知っているナイル・アーネストという男は、士官学校時代のグレンファルトの旧友でありルーメンの主犯格であるということだけ。初めて会った時からいけ好かない態度だと思っていたが、ここにきて怪しさが加速している。

「お前如き小娘じゃ、俺を理解するなんざ一生できねぇよ。天才異生物学者豪語すんのなら、自分で調べて答えを得な」

「ちっ」

 返す言葉もないのか舌打ちしてクーリアは不貞腐れる。

「それで? 結局イリスさんをどうするわけ?」

 どうしていいか分からず右往左往しているイリスを見て、警戒するのも馬鹿らしいとナイルへ問いかける。

「どうするもこうするも、ルーメンに入れるに決まってんだろ? イリスの持つ終滅剣エクスディウスの力はお前も知ってる筈だ。
 このまま実験体にしておくのは勿体ねぇと思ったから迎えに来たんだよ」

「は?」「え?」

 迎えに来た――その返答にクーリアと横で聞いていたイリスまでもがポカンと間抜けを晒してしまう。

「ちょ、バカじゃないの!? ルーメンに入れるって正気じゃない! 裏切られたらどうすんのさ!」

「裏切る? 誰を? 俺を? それこそあり得ねぇよ。イリスは敬虔な信徒だからな。国も名誉も失われた以上、縋れるのはもう俺しかいねぇんだぜ?」

「……………」

 ナイルの言葉に何も言い返せずクーリアは押し黙る。

「待ってください! 国が失われたって、どういう――」

 イリスはすかさず立ち上がり、今しがたナイルが放った発言が聞き逃せず詰め寄ろうとするも、ぐにゃりと視界が歪みその場で崩れ落ちた。

「止めておけ、疲労が誤魔化せていない。脳に蓄積したダメージはしばらくお前を蝕み続ける。大人しくしておいた方が身のためだぞ?」

「くっ」

「さっきのは冗談じゃねぇぞ? お前の故郷――エルフ国は、フリーディアによって塵も残さず歴史ごと消え去ったよ。当分生物が生きていけない程にヒデェ有様さ」

「そ、んな……嘘、だ……」

 信じたくない、認めたくないと、絶望するイリス。クーリアが反論しないこと、この場でナイルが嘘を言うとは思えないので、エルフ国が滅びたことは純然たる事実なのだろう。

 父、母、兄、王含めた諸侯たちと二度と会えない。そう思っただけで自然と涙が溢れ出てくる。

「エレミィ、は?」

「大丈夫、ちゃんと生きてるよ」

 ぽんっと優しく肩を叩き答えるナイル。良かったぁ、と泣くイリスを見て、事情を知っているクーリアが「どんだけ鬼畜だよあんたは」とボソリと呟くが、彼女の耳には入らなかった。

 しばらく泣き続けたイリスは、ようやく落ち着いた様子でナイルを見やり。

「あの、私はこれからどうすれば……?」

 自由の身になったにも関わらず、行き場を失い迷子になった近衛騎士は縋るようにナイルへ問いかける。

「さっきも言ったろ? 俺の仲間になれ。俺とこいつはフリーディアと敵対する組織に属してる。辛酸を舐めさせられたグランドクロスにリベンジするチャンスだぜ?」

「…………」

 グランドクロス。あのファルラーダと再び戦うことになるのか? イリスから湧き上がるのは対抗心ではなく、また負けるのではないか? という不安だった。

「大丈夫大丈夫、俺とグレンファルトとお前がいれば向かうところ敵なしさ。それと、エレミヤちゃんもな」

「!?」

 そうだ、イリスにとってかけがえのない誰よりも大切な主は今どこで何をしているのか?

「エレミヤちゃんは今、ユーリ・クロイスたちと行動を共にしている。こっちに乗り込んで玉砕覚悟で挑もうって腹積もりらしいぜ?
 当然俺たちにも矛先は向いている。この間こっちの要求突っぱねられたもんだからイリス、どうにかしてエレミヤちゃんを説得してくれねぇか?」

 突っぱねられた? 何故エレミヤはシンの御声を否定したのだ?

「それは勿論ですが……シン

「ナイル」

「失礼しました! ナイルは千里眼アインハクラを発動したエレミィと対話していたのですよね?」

「そりゃ勿論。何の因果か千里眼アインハクラの発動に同調して、意識だけを飛ばして対話ができちまう。こっちでいう電話みたいなもんさ」

「で、んわ?」

 意味が分からず首を傾げるイリスに、「あ、文化間違えた」と露骨に失敗した反応を見せるナイルは。

人間フリーディアの常識は追々説明するとして、問題なのがエレミヤちゃんがシンではなく、ユーリ・クロイスに心酔しちまってることなのさ」

「ユーリ・クロイス……」

 エレミヤが偶然同調したとされる異質な気配を漂わせていたフリーディア。思えば、彼と邂逅してからエレミヤは大きく変わったような気がする。

「奴は人工的に造り出されたシンでな、お前が感じたのも奴の中にある神の因子にだろうな。
 どういうわけか、ここ最近になって千里眼アインハクラに干渉するようになったんだとか。あくまで推測だが、戦場に出たことで眠っていた因子が呼び覚まされた影響なんじゃないかって――な、クーリア?」

 これまで静観……というか話すら聞かずカタカタとキーボードを叩いていたクーリアは突然名前を呼ばれ、「え? 何か言った?」と惚けてみせた。

「お前この状況で研究とかどんだけ豪胆……つかアホなんだよ」

「いや、私には関係ないでしょ? エレミヤさんがこっち側に来るのは好都合だし、ミグレットちゃんに余計なちょっかい出さないならそれでいいや」

「…………」

 ナイルに対しては心を許したが、クーリアからは先程拷問まがいの責め苦を受けたばかり。ミグレットにご執心の様子だが、もし先程のような行為を行うというのなら――

「安心しろ、俺が野暮な真似させねぇからよ」

「ナイル……」

 彼から伝わる頼もしさに心酔していく。エレミヤとは違う心が浮ついた感情を持て余してしまう。
 
「ミグレットちゃんだけじゃねぇ、どうせならエレミヤちゃん含めたお前の仲間全員こっちに引き込んでやろうぜ。その方がお前もやり易いだろ?」

 脳裏に過ぎる、エレミヤたちと行った女子会の風景。エレミヤとナギがお酒を煽り、それを困った様子で笑って見ているサラや、恥ずかしそうに縮こまるミグレット。お酒に興味津々で隙を見て飲もうとするシオン。

 思えばあの時、イリスは幸福だったのだ。もう一度あの景色が見たい、感じたい。故郷を無くしてしまったからこそ尚のことそう思う。

 イリスの信じたシンもそう仰っている。だから――

「はい!」
 
 もう二度とあのような醜態は晒さない。何としてでもエレミヤを説得し、こちら側に引き込む。それが一番現実的で、イリスが幸せになれる最短の近道なのだから。
 
「よーし、いい返事だ。そんじゃ俺に付いて来い! 俺の親友に会わせてやるよ。そんで倒そうぜ、シンの名を騙る偽者ユーリを、グランドクロスを、ラスボスを!
 お前にしかできねぇ大役だ、今度こそ負けんじゃねぇぞ?」

「御意!!」

 ナイルとイリス――二人だけで盛り上がる中、クーリアだけは第三者目線で頬を引き攣らせていた。友人のシャーレ・ファンデ・ヴァイゼンベルガーがファルラーダやミアリーゼよりも嫌いだと豪語する人物こそがこのナイル・アーネストだ。

 いつの間にかユーリ・クロイスを倒す敵として、彼の仲間たちを救うためだと大義を与えて本人をやる気にさせる。強制するわけではない、ただこの男に従うのが正しいと思わせられる。心が脆弱で自分を保てない者程、顕著に傾向が現れる。イリスなど典型的なカモでしかない。

 ルーメンの面々も同じような手口で軍内部に浸透していった。グレンファルトの魅力とナイルの手腕が合わされば向かう所敵なしだ。

 ナイルは労せずして最強の剣を手に入れた……否、取り戻した。

「イリス、転移トランシスは使えるな? それ使って、俺ごと思いっきり空の上まで転送してくれ。
 んじゃあな、クーリア。イリスがお前の手に渡って本当助かったぜ」

 ナイルの命令に粛々と従ったイリスが魔力を込めた瞬間、二人は忽然と姿を消した。

「…………」

 しばらく無言で虚空を見つめていたクーリアは、やがて大きな溜め息を吐き「何か色々疲れた……」とデスクへ突っ伏した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...