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第五章 終焉の光

第132話 撤退

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 グランドクロス=ファルラーダ・イル・クリスフォラスとの戦闘によって重症を負わされたナギは現在、駐屯地にある医務室でエルフの魔法による治療を施されていた。

「ナギおねーちゃん、ナギおねーちゃんッッ!!!」

 未だ余談を許さぬ状況でシオンは愛する同胞かぞくの名前を必死に叫んでいる。

 ナギが駐屯地まで吹き飛ばされたことに誰もが驚いたが、それ故に対応は迅速だった。すぐにエルフたちが駆けつけて応急処置を施したことで一命を取り留めることができたのだ。
 
 しかし大切な同胞かぞくであるナギの命の危機は耐え難い苦痛となってシオンを襲う。意識のないナギの手を握り名前を呼ぶことしかできず、己の無力さに苛まれる。

 本当は今すぐにでも戦場に出てきいきたい。しかし過去に起こした勝手な行動でユーリ・クロイスたちの命を危機に晒したこと、大切な同胞かぞくを殺したことは記憶に新しい。

 シオンの与えられた役割は、駐屯地の防衛だ。例え何が起きたとしても絶対に離れるわけにはいかない。

「ユーリおにーちゃん……」

 シオンは未だに眠り続けている大切な兄の名を呟く。きっと彼は来てくれる。この戦争を終わらせるために、ファルラーダ・イル・クリスフォラスとミアリーゼ・レーベンフォルンを止めてくれる。

 シオンは未だ感じる絶大なるファルラーダの魔力からナギを必死に守るように、手を優しく握りしめた。



 ミアリーゼ・レーベンフォルンとファルラーダ・イル・クリスフォラス。この二名が戦場へ現れてから全ての流れが変わってしまった。

 開戦以降、常に先手を取り続け戦況を支配していた筈の種族連合が、たった一人のフリーディアに瓦解させられた事実はエレミヤの心を圧し折るには充分だった。

「うそ……負け、た?」

 イリスが敗北し、ミアリーゼの気高き声音が響き渡ったと同時にエレミヤは膝から崩れ落ちる。

 あれだけ入念に準備を重ねたにも関わらず、地の利を得ていたにも関わらず、神遺秘装アルスマグナに至りし最強の戦士を充てがったにも関わらず、ミアリーゼとファルラーダに容赦なく粉砕された。

 イリスが負けるなど誰も思わない。だって彼女は世界の加護を受け、シンの力を使役する姫巫女の近衛騎士。

 例え相手が世界にとって異分子たる存在であろうとも、エルフが一種族に負けるなど決してあってはならないこと。

 現実は残酷だ。ファルラーダによって世界の意志を否定された挙げ句、それを証明することもできず圧倒的力の差を見せつけられて敗北した。

 これが、フリーディアの本気。藪をつついて蛇が出たどころではない。怪物が牙を向け襲いかかったのだ。

「て、撤退……そうよ、撤退しないと! みんなが、みんなが死んじゃう!?」

 どう足掻いたところで勝ち目がない状況でエレミヤにやれることは、一人でも多くの命を助けるために迅速に撤退の指示を出すこと。

 ミアリーゼ・レーベンフォルンとファルラーダ・イル・クリスフォラスは種族連合を全滅させるまで止まらない。ここまで大きな争いの傷痕を残した以上、投降など無意味だ。今さらどの面下げて停戦など呼びかける?

 フリーディア陣営も甚大な被害を被っている。全てが手遅れ。グランドクロス一人を相手に敗北を喫したエレミヤの責任は大きい。

 死んだくらいでは償いきれない罪業を背に、それでも立ち上がり兵たちに撤退の指示を下すエレミヤだが。

「やべぇです、エレミヤ! ファルラーダ・イル・クリスフォラスが真っ直ぐこっちに突っ込んでくるですこんちくしょう!!」

「嘘でしょ!? いくらなんでも早すぎる! 空飛ぶ便利な魔術武装マギアウェポンがあるとはいえ、こんな短時間で敵陣の中央を突破してくるなんて!?」

 恐ろしきはグランドクロスの執念さと、その強さ。ファルラーダが狙うは大将首一つのみ。速やかにエレミヤの首を獲り、フリーディアの士気を上げるつもりなのだろう。

『――出てこい、エレミヤ!! 貴様この状況で未だに姿を見せないとはどういう了見だ、ゴルァッ!!』

「「「「!?」」」」

 彼方上空より響き渡るファルラーダ・イル・クリスフォラスの怒号と共に、場を支配する重圧がさらに勢いを増した。

 種族連合の動きを見て、彼女は気付いたのだろう。彼らはエレミヤが尻尾を巻いて逃げようとしているのだと。

 同然真実は違う。エレミヤは、兵士全員が撤退するまでは梃子でも動くつもりはなかった。が、エレミヤの人柄など知る由もないファルラーダたちの目には悪き者として映っている筈。

おれもミアリーゼ様も貴様の気合いは買っていたんだがな、巫山戯た真似しやがってッ。
 貴様もあのイリスとかいうやつも、最後まで自分を貫き通すことすらできねぇのかよ。こんな奴らがミアリーゼ様の敵を名乗るなど烏滸がましいにも程がある!!』

 尚も轟くファルラーダの憤怒は留まるところを知らない。きっと彼女たちにとって、責任を放り出して逃げることは悪なのだろう。一度決めたなら最後まで貫き通す。気高く高潔な精神性を有するミアリーゼとファルラーダからすれば、エレミヤが行おうとしている行為は度し難い侮辱である。

「…………ふぅ」

 エレミヤは胸に手を合わせ、ゆっくりと呼吸して歩き出す。エレミヤの護衛を務めるエルフは諌めようとするも、覚悟を感じ取ったのか俯きながら一歩下がった。

「エレミヤ、自分も行くですよ!」

 ミグレットも押し寄せるファルラーダの重圧から何とか立ち直り、外へ出ていくエレミヤの背に付いていく。

「いいのミグレット? 多分死ぬかもしれないわよ」

「どの道死ぬなら最後まで足掻いてやるですこんちくしょう。それにグランドクロスの顔くらい拝んでおきてぇじゃねぇですか。訳も分からねぇまま死ぬのだけは御免被るです」

 怖くて怖くて仕方ないのはミグレットも一緒だ。夢にまで見たフリーディア最高位との対面。破壊の化身たる彼女と会話することでひょっとしたら突破口が見つかるかもしれない。

 そして――

「来たわよ、ファルラーダ・イル・クリスフォラス!!」

 無防備で堂々と姿を曝け出すエレミヤとミグレット。上空を見上げると、巨大な黒い物体が滞空し、その上に立つ長身の麗人が眼下を下ろしていた。

「貴様がエレミヤか。思ったよりまともだな、横のちっこいオマケが気になるが、まぁいい。
 おれ自らが貴様の真意を見定めてやる」

 エレミヤとファルラーダ・イル・クリスフォラス。勝敗は決し、もはや消化試合に等しいが両者共に寧ろここからが本当の勝負だと云わんばかりに火花を散らせていた。



 エレミヤとファルラーダ・イル・クリスフォラス。両者の邂逅は新たな歴史の幕開けとなるのか、それとも終焉の狼煙となるのか。その結末を見届ける者たちは、息を呑んでその瞬間を待つしかなかった。

「「………………」」

 暫しの間、両者は無言で見つめ合う。エレミヤは目が見えているわけではないので、正確には気配を感じているのだが、それでもファルラーダ・イル・クリスフォラスという存在がどれ程高潔な精神性を持つのか嫌というほど思い知らされている。

 エレミヤが歩んだ人生の中でこれほど強烈なインパクトを残す存在はいないだろう。一種暴力的な我の強さとでもいうべきだろうか? これを従えているミアリーゼ・レーベンフォルンの意思の強さに戦慄を感じざるを得ない。

「貴様を見た第一印象を上げるなら、どこか浮世離れしている真面目でお転婆なお姫様ってところか。兵を見捨てて平気な顔でいられる屑ではないな。兵が逃れるまで、将としての責任を負うつもりだったのか。となると先ほどの発言は訂正しなければならないな」

 口火を切ったファルラーダから見たエレミヤの第一印象は案外的を得ていた。見た目と姿勢、雰囲気で人の形を見定める彼女の観察眼には舌を巻くばかりだ。その証拠にエレミヤの意図を見抜いている。

「グランドクロス=ファルラーダ・イル・クリスフォラス。私の真意を見定めると言っていたわね?
 どの道殺すことは変わりないけど、殺るならきちんとした手順を踏んで殺る方が後の世のためになると思ってるのかしら?」

「そうだ。おれやミアリーゼ様にとってこの戦争は前座にすぎん。人類フリーディアの脅威となる存在を例外なく排除し、憂いを消してやるのさ。
 今を真面目に生きている愚物共がきちんと自分の足で歩いていける世界にする。それがミアリーゼ・レーベンフォルン様の懐く願いだ」

 特に驚くことはない、極めて真っ当な願いだ。止まらない、夢が叶わずとも走り続けることに意味がある。道を阻もうとするものは徹底的に排除し、その背中を見て立ち上がろうとする人々を光へと導く。

「素敵ね、その願い。私は好きよ」

 こんな状況だというのに敵に対して何てことを言い出すのか? けれどエレミヤが素直に思った感想を告げることには意味がある。ファルラーダは嘘を何よりも嫌う人種だろうし、表層を覆った言葉はすぐにベールが剥がされる。

「私の懐いた想いはフリーディアと共存共栄の道を歩むこと。種族会談は和平交渉を締結させるために開いたの。私たちはお互いのことを何も知らない。文化も歴史も価値観も違うけれど、それでも歩み寄れると信じたから! このくだらない戦争を終わせたかっただけなの!」

 それは、すでに過去形となってしまったエレミヤの願い。そしてもう叶えることができない切なる想いを吐き出す。

「………………」

 エレミヤの真意が意外だったのか、殺意はそのままにほんの少しだけファルラーダは表情を崩した。警戒を緩めたわけではない。寧ろ憎悪を募らせる彼女の双眸に背筋が凍り付くような錯覚を覚える。

「行動と結果が矛盾しているな。途中から見ていたが、貴様は明らかにフリーディアを殺すべく動いていた。
 そんな曖昧な覚悟でおれたちと共存共栄しようなどと、よくもほざけたなッ!!」

「ッッ」

 エレミヤが懐いた想いを、覚悟を否と断じるファルラーダの一喝により空気が震える。怒りという感情だけで周囲の空気すら支配してしまうかほどの迫力があった。

おれから言わせれば、貴様は出会ったばかりの頃のミアリーゼ様そっくりだ。世界の残酷さを知った気になって、中途半端に片足突っ込んで全部台無しになったから、手のひら返して使命を言い訳に理想と真逆の事をする。
 典型的な世間知らずのお姫様のままだ。努力はしたのだろうが、おれから見れば失敗したリスクに力を入れすぎて肝心要の目的を疎かにしたとしか映らん」

「………………」

 何も……何も言い返せなかった。エレミヤが一番力を入れた部分は、地の利を用いた戦術の部分だ。フリーディアと戦争になった時のことばかりを考え、いかに最小限の被害で抑えるかそこにばかり注力していた。

 ダリル・アーキマンが元凶なのは確かだが、そもそものやり方が間違っていたことにエレミヤはようやく気付いた。あの時こうしておけば良かったと後悔してももう遅い。

「度し難い程に愚かだな貴様は。せめて何か言い返せよ」

「言い返すことなんて、無いわよ。あなたの言ってることは事実なんだもの。押し寄せる不安を吹き飛ばすくらいの精神性じゃないと、大望なんて叶えられない。私は不安から逃げてばかりで、立ち向かうことをしなかった。
 所詮私はお飾りの姫巫女だったってことよ」

 あぁ、吐いてしまった。内に秘めていた弱音を、よりにもよって種族連合最大の敵へ向けて。エレミヤたちにとってミアリーゼ・レーベンフォルンとファルラーダ・イル・クリスフォラスの暴威は許されざる悪であるはずなのに、全く憎しみが湧いてこないのだ。

 本当なら、もっと言うべきことがあったはずなのに。ダリル・アーキマンの件やシオンを陥れたもう一人のグランドクロスの件、けれど彼女たちに伝えたところでどの道辿る命運は同じだ。

「そうか」

 ファルラーダは心底どうでもよさそうに言葉を切り、エレミヤの隣に立つミグレットへ向けていく。

「チビジャリ、貴様は言い残すことはあるか?」

 ファルラーダからすれば、ミグレットが誰なのか預かり知らない。それでも問いかけたのは、彼女が震えながらもずっと視線を逸らさずにいることに敬意を払ってのこと。

「チビジャリ言うなです! エレミヤはあぁ言ってましたが、自分はまだ諦めてねぇです!! こんなんで……こんなくだらないことで自分たちの夢が終わるなんて全然納得いかねぇですこんちくしょう!!」

「ミグレット……」

 そうだ、戦争が始まってからミグレットだけはどんな状況に立たされても変わらずにいる。ファルラーダ・イル・クリスフォラスの重圧を前に食って掛かる彼女の姿が何故かユーリ・クロイスと重なって見えた。

「………なるほど」

 ファルラーダはそんなミグレットを見てどこか納得したような声を上げる。

「エルヴィスたちを殺したのは貴様らではないな。ずっと胸に引っかかっていた。この状況はテロリストにとって都合が良すぎるとな。
 なるほど、ダリル・アーキマンとも繋がっていたということか……。あの時おれが殺していれば――ナイルッ!!」

 どうやらファルラーダは種族会談の裏で暗躍した存在に思い至った様子で、後方にいる自軍へ赫怒の殺意を放っていた。

「話は終わりだ。貴様らとの会話には意義があった。せめてもの手向けとして痛みすら感じる間もなく消し飛ばしてやるよ」

 この会話自体、種族連合にとって奇跡に等しい現象。ファルラーダがただの侵略者であれば、会話の予知なくエレミヤたちは殺されていただろう。

 そう、時間ができたのだ。それも僅か五分。ファルラーダにとっては取るに足らない些細な時間だが、種族連合にとってはどうなのか?

 敗北は確定しているが、まだ抗う者たちがいる。そして何より、この戦争が始まって以降ずっとファルラーダのことを気にかけていた者がこの状況で姿を現さない筈がなく――
 

「――重盾鉄鋼デュアルヘヴィガードナー!!」

 エレミヤたちの前に展開された機械仕掛けの巨大な盾。空鱏バトイデアから放たれた破壊の奔流を見事に防ぎきってくれたおかげで、エレミヤは五体満足でいる。

「バカな!?」

 今しがた起きた事象に一番の動揺の声を上げているのはファルラーダ。エレミヤを守った魔術武装マギアウェポンの存在に驚きを禁じ得ない様子で即座に後ろを振り返る。

「ふぅ、やっと追いついたぜ。あんた無茶苦茶に暴れすぎだ、巻き込まれてヒデェ目に遭ったぜ、ったくよぉ」

「ダニ、エル……」

 彼方より現れたダニエル・ゴーンを視界に捉えたファルラーダは信じられないものを見るような目で見据える。

 ダニエルの背後にいる異種族がフリーディアの肩を支えているのもそうだが、何よりも人間フリーディアと異種族が共にいるという状況の奇怪さに一瞬だけ思考が空白に染まるファルラーダ。

「十年ぶりくらいか、姉御? 薄々感じてたが、やっぱあんたがグランドクロスだったんだな」

「………………」

 ファルラーダは答えない。十年ぶりになる師弟の再会だというのに両者の間に漂う空気はとてもではないが感動的なものではない。

 視線をダニエルから反らしてオリヴァーとサラへ向ける。傷だらけでボロボロの姿だが、互いに想い合っていることがひしひしと伝わってくる。

「裏切り者とは言葉を交わす価値も無いと一瞬思ったが、様子を見るに敵側に絆されて与したというわけではないらしい。そいつが共存共栄ってやつの模範か?」

 エレミヤたちが成そうとした一つの正解の形。オリヴァーとサラの存在はまさに象徴ともいえる。

「そういうことさ姉御。よかったらあんたもこっち側に来るかい? こいつ等見て共存の道も悪かねぇなって俺は思うんだがね」

 いつもの軽口で平静を保ったままダニエルは肩を竦める。

「言わなくても分かってんだろダニエル? おれの祈りは原初から変わらねぇ。仁義を重んじ、真面目に生きている人間フリーディアのために在りたい。そこに余計な雑種が介在する余地はねぇんだよ」

 そもそもの話、ファルラーダ・イル・クリスフォラスもミアリーゼ・レーベンフォルンも――ほぼ全ての人類フリーディアが異種族との共存共栄など望んでいない。

 個人が勝手にひっそりと逃げて暮らすなら話は別だが、フリーディアの思想に真っ向から立ち向かうダニエルたちの姿勢は傲慢以外の何者でもない。

「テメェはここへ来るべきじゃなかった。そいつらと逃げて静かに暮していけば、見逃すくらいはしてやったものを」

 全ての異種族を滅ぼすとはいったが、それは人類フリーディアの脅威となる存在だけ。ファルラーダとしてはミアリーゼの覇道の邪魔にならなければ、一人くらい異種族と共に過ごしても構わないと思っている。

「ま、こっちにも色々あんのさ。だから俺はこうして姉御と向かい合っている」

「ミアリーゼ様の邪魔をするやつは誰であろうと容赦なく殺す。それはテメェも例外じゃねぇ」

 例えかつての弟子であろうと、エレミヤを守るというのなら敵だ。

「もしもテメェが本当に異種族との共存を成してぇなら、このおれに勝ってみせろよッ! エレミヤ共々ぶち殺してやるから覚悟しろッ!!」

 滅ぼす、ミアリーゼ・レーベンフォルンの覇道を阻む者は例え偉大なるデウス・イクス・マギアであろうとも許さない。


「ッッッ」

 エレミヤは助けに来たフリーディアの存在に驚きながらも、ファルラーダから直接受ける殺意に身を強張らせる。

 ダニエル・ゴーンがどれ程の力を有するのか知らない。けれど戦闘については素人同然のエレミヤにも分かる圧倒的力の差。

「エレミヤ、ここじゃ邪魔になる! 一旦下がって迎撃の準備をしないと! それとオリヴァーくんの出血が酷いの! すぐに治癒魔法をかけないと手遅れに!」

 失血により気を失ったオリヴァーを抱えるサラは残る最後の魔力で加速スキルを用い、エレミヤのもとまで駆け抜けながら言葉を放った。

「え、えぇ。サラ、事情は後で聞くわ。とにかく今すぐここを離れて退避しないと!」

 そんなエレミヤたちを守るように種族連合の兵士たちが前に出る。

「エレミヤ様、ここは我らにお任せを! あなたはお先にお逃げください!」

「何を言ってるの! そんなこと――」

「貴方様を失えば、例え生き延びたとしても世界やシン、王や民に顔向ができません! 皆も同じ気持ちです!! 我らを想うのであれば、どうか生き延びてください!!」

「…………」

 エレミヤはエルフ兵が放つ覚悟に何も言い返せなくなる。

「お前たち、これが最後のチャンスだ! 何としてでもエレミヤ様を守り抜け!!」

「「「「おぉぉぉぉぉぉッッーー!!!!」」」」

 そうだ、まだ終わりじゃない。ここにいる兵士たちはエレミヤたちを逃がすことを誰一人として諦めていない。一%以下の確率でも今生きているのなら、できることをするべきだ。

「みんな……くっ」

 己の無力さに打ちひしがれながら、即座に気持ちを切り替える。

「ダニエルっていったわね、あなたはどうするの?」

 状況から見て、ダニエルとファルラーダの間に何かしらの因縁があることはエレミヤにも伝わった。その証拠にファルラーダは攻撃の手を止め、彼がどう動くのかジッと見据えている。

「エレミヤだっけか? 初めましてだな、サラからチラッとだけ聞いてたぜ。えらい美人で驚いたが気にすることはねぇ、先に行ってな。寝てるオリヴァーにも後で追いつくって言っといてくれや」

 ファルラーダから放たれる圧倒的威圧感を前に余裕の声を上げるダニエルに感服しつつも、その瞳の奥にある覚悟をエレミヤは読み取った。

「分かったわ」

 エレミヤはそのまま踵を返し、ミグレットとサラ、気を失ったオリヴァーを連れて姫巫女専用の豪奢な馬車へと向かっていく。

「逃がすと思うのか? 貴様はここで死ね、エレミヤ!」

「させるか!」

 退避していくエレミヤへ向けファルラーダの魔法砲撃が火を吹くも、ダニエルがすかさず重盾鉄鋼デュアルヘヴィガードナーを展開しフォローへ回る。

「姉御、相手を間違えるなよ!!」

「堅てぇな。わりと本気で撃ったつもりだったんだが――」

 手心なしの一撃を防がれたという事実に、ファルラーダは舌を巻く。ここまで来れば意地だ。元師として弟子の成長を目の当たりにしたまま、エレミヤを追うことはできない。

 必ず、重盾鉄鋼デュアルヘヴィガードナーをぶち抜く。

 そしてエレミヤを殺し、フリーディア――ミアリーゼ・レーベンフォルンに完全なる勝利を齎そう。
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