武装魔術戦争

めぐりん

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第五章 終焉の光

第116話 サラの激情

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"オリヴァーくん。君の瞳はとても真っ直ぐで綺麗な色をしてるんだね"

 きっと、サラは気付いていないのだろう。初対面の、しかも人間フリーディアのオリヴァーがその言葉にどれだけ胸を射たれたのか。

 自分の選んだ道が、間違ってないんだと思えた。カイエス家を復興させるという目的でフリーディア統合連盟軍に入隊したが、彼らの意向と全く逆のことをしようとしていることに少しだけ不安を覚えていた。

 サラは、オリヴァーにとって太陽のような人物だった。義兄に虐げられ日陰に隠れたオリヴァーを灯す確固たる光。

 叱られて、折檻されて、怖い以外の感情を懐いたのは初めてだった。冷たく凍るような義兄の暴力とは違い、サラの折檻には暖かさがあった。

 本当なら、恨まれても仕方ない筈なのに。何故ならオリヴァーはフリーディア。サラの故郷を潰し、同胞かぞくを殺した者の仲間なのだから。

 だからこそ、オリヴァーはサラを悲しませたくないと思った。ただ笑った彼女の顔が見たい。種族の違いなんて関係ない。オリヴァーとサラが一緒に服を買いに行くのが当たり前と思える世界にする。

 そのために戦う……そう決めた筈なのに。

「オリヴァー、くん? どうして……」

 サラが現れたことに驚いて、オリヴァーは引き金を引いてしまった。なんの毛なしに放たれた魔弾は容赦なく、倒れ伏すドワーフ兵の頭蓋を穿ち生命の息吹を掻き消していく。

「ち、違ッ、僕は、そんなつもりじゃ」

 いくら言い繕うとも、起きてしまった事象は変えられない。サラの目にはオリヴァーが容赦なく引き金を引いたようにしか映っていない。

 笑顔にしたいと誓ったサラの表情は悲しみの色で染まってしまっている。違う、自分はこんなことがしたかったんじゃない。彼女を泣かせたかったわけじゃない。なのに何故こうなってしまったのか。

「ねぇ、何でそんなに殺したいの……?」

「サ、ラ……?」

 種族会談がフリーディアの手によって台無しにされたことをサラも聞き及んでいる。彼女の心も疲弊しきっており、オリヴァーがドワーフを殺す姿が止めとなってしまったのだろう。

「私が……私たちが懐いた、たった一つのささやかな想いすら踏み躙ってッ、そして今も!! 殺して殺して殺して殺して殺して殺してそれで何が得られるっていうのよッッッ!!!」

「ッッッ」

 激情に身を任せ叫ぶサラの姿はあまりにも痛々しく、普段の彼女からは想像もできないほど弱々しかった。だがその叫びこそが、彼女が心の奥底に押し留めてきた感情なのだろう。

「おい、オリヴァー! 何をボサッとしている!! さっさとその気持ちの悪い化け物を殺せ!!」

 後方で控えるランディは銃口を義弟に突き付けたまま叫ぶ。恐らくドワーフとは違う異種族の登場に動揺しているのだろう。

「あぁ、全く吐き気がする! どいつもこいつもまともな人間フリーディアの形をしてない。気持ちが悪い、まるでゴキブリを見たときのような気分だ。獣耳や尻尾が生えた人間なんているものかよ!!」

 ランディから見たサラは酷く醜いものに映っている様子。悍ましげな怪異を見たかのような不快げな表情でサラを見ている。

「そっか……そうだよね。見た目が気持ち悪いって言われちゃったらどうしようもない……共存なんて初めから不可能だったんだ」

 サラは以前フリーディアから書簡を受け取った際に化け物と呼び蔑まれた。その事実を知らないオリヴァーは、そんなことないと口を開こうとするが。

「私たちは化け物なんかじゃない! こんなことが平然と行えるお前たちの方が、よっぽど醜い生き物だぁぁぁぁぁッッーーー!!!」

 激昂したサラは加速スキルを用い、弾丸の如き速度でランディに迫っていく。「ヒィッ」と小さく悲鳴を上げるランディを庇うようにオリヴァーが立ちはだかり、サラの魔爪撃を魔術武装マギアウェポンで受け止めた。

「オリヴァーくん、邪魔をしないで! そいつ殺せない!!」

「サラ、お願いだから止めてくれ! この人を殺しちゃ駄目なんだよ!」

「ここまで好き勝手言われて、大人しく下がれって……? ふざけないでよッッ!!!」

 怒りに震える彼女はオリヴァーの懇願に耳を貸さず、更に攻撃の手を激しくしていく。

「ガッ、ぐぅッ」

 銃身を盾に猛攻を凌ぐも、ドワーフとは比較にならない膂力に身体が軋みを上げていく。やはり、ビーストはオリヴァーにとって相性最悪の天敵だ。

 加えて今相手にしているのはサラだ。殺すことなんてできるはずがない。

「オリヴァー!! 貴様遊んでいるのか! 何でさっさと殺さないんだよ、この役立たずが!!」

 後ろから義兄の罵声を浴びつつ、前からは激怒したサラの咆哮が爆ぜ、完全に挟まれてしまっているオリヴァー。

「オリヴァーくん! 何でそんな奴庇うの!!」

 サラからしたらオリヴァーが何故必死になってランディを庇うのか分からないのだろう。裏切られた気持ちになって、余計に彼女の心を傷つけてしまっている。

「全部……僕の責任なんだ」

 だけど、言えるわけがない。ランディが義兄であること、祖父が人質にとられていること。こうなったのは全部、オリヴァーの責任だから。

 オリヴァーがもっとしっかりしていれば、祖父は床に伏せずに済んでいた。義兄に愚かな真似をさせることもなかった。サラの目の前で異種族を殺すこともなかったのだから。

「この人を逃がす。じゃないと僕はッ! お願いだから邪魔をしないでくれ、サラ!!!」

 懇願するようなオリヴァーの叫びを受けて、サラは一瞬怯むもすぐに鋭い眼光を向け、襲いかかる。

 オリヴァーは振り上げられたサラの右腕を左腕でガードするも、ビースト特有の怪力を真っ向から受け止めたためか、骨が軋みを上げている。

 魔術武装マギアウェポンで身体強化されていなければ今頃圧し折れていただろう。しかしそれも一瞬のこと、サラはそのままの勢いで右腕を振り抜きオリヴァーの身体ごと吹き飛ばす。

「これでぇッ!!」

 吹き飛ばされたオリヴァーを無視してサラはランディへ向け突っ込んでいく。

「く、サラ!」

「!?」

 しかし、オリヴァーがすぐに体勢を立て直し魔弾をサラへ向けて撃つことでランディの危機は救われた。

「僕は……今、何を」

 撃ってしまった……サラを。義兄を守るためとはいえ、決して銃を向けてはいけない相手に対し引き金を引いた自分の愚かさを呪う。

 きっとサラは裏切られたと思っている。オリヴァーが意志を持って攻撃したことは、間違えようのない事実だから。

「そっちがその気なら、先に君を倒してあげる!!」

 怒りの矛先がオリヴァーへと向けられ、サラは加速スキルを用いて疾駆する。

「はぁぁぁぁぁぁぁッーーー!!!」

 サラの瞳は怒りに燃え、オリヴァーに向けて猛烈なスピードで襲い掛かってきた。彼女の速さは一瞬で距離を詰めるほどで、オリヴァーは思わず身をすくめて後ずさる。

 しかし、そのまま逃げ続けるわけにはいかなかった。サラの激しい攻撃をなんとか避けながら、オリヴァーは彼女を無力化するための方法を考える。殺すつもりはなかったが、止めなければランディが殺されてしまう。

「分かんない……分かんないよ!!」

「サラ……あぐッ」

 サラの悲痛な叫びにオリヴァーは戸惑い隙が生まれてしまった。彼女はその隙を突き、鳩尾を蹴り上げ、容赦なくオリヴァーへ追撃していく。しかしその瞳からは滂沱の涙が溢れ出しており、降り注ぐ豪雨と共に地面へ流れていく。

「何で、何でなのよ!! 私……オリヴァーくんが何考えてるのか全然分かんない!!」

 どうして、こんなことになってしまったのだろう? いつから、歯車は狂ってしまったたのだろう? もしも最初から全部話していたら違ったのだろうか?

「何とか言ってよ、オリヴァーくん!!」

 分からないと泣きながら叫ぶサラに自身の想いを述べる。そうすることで、本当に道は開かれるのか?

「分からない……僕だって分からないんだよ!」

「!?」

 サラの気持ちも、自分自身の気持ちも、何が正しくて、何が間違いなのか、何もかもが分からなくて、ぐちゃぐちゃで、その気持ちを吐き出すしかなくて。

「僕はただ守りたいだけなんだよ!! カイエス家もお祖父様も兄上も君も全部!! 本当は戦いたくなんてない! 何で君と僕は戦ってるんだ!? 分からない、分からないんだサラ! どうしてこうなったのか、もうどうしていいのか、全然分からないんだよ!!」

 防戦一方だったオリヴァーは嗚咽混じりに吠えながらサラの魔爪撃を弾き返す。銃型の魔術武装マギアウェポンが軋みを上げ、ひび割れるが気にしない。

 今はただ、この胸の内に溢れる想いをサラに伝えるために叫ぶ。

「僕は無力なんだよ。口だけで何にもできない情けない男さ! そんな自分が悔しくて、でもどうしようもなくて……銃口を君に向けることしかできなくて」

 そう、オリヴァー・カイエスとはそういう人間フリーディアだ。己の弱さを認めたくなくて、必死に取り繕って、虚勢を張って、誰かを守ろうとして傷付ける。

 ダニエル・ゴーン。彼が自身を想ってくれて怒ってくれたのに報いることもできない。あれだけ助けてもらったのに。心配かけて、本当は謝りたいのに。今もこの戦場のどこかで戦っている彼を助けにも行けなくて……。

 だから……きっとサラは幻滅する。こんなに弱いオリヴァーなんて見捨てて当然だ――そう思ったのに。

「…………私だって同じだよ、オリヴァーくん」

 けれど、彼女の口から紡がれる言葉は、オリヴァーの思ったそのどれとも違っていた。オリヴァーとサラは戦いを続けながら、それでもお互いの想いを重ね合うようにぶつけていく。

 サラの攻撃はどれも全部必殺の威力を誇っていて、けれど確かな暖かさがあって……。

「私だって、情けない女だよ。今回全部エレミヤたちにおんぶに抱っこで、全然役に立ってなかった。ナギに比べたら弱いし、今だってそう。オリヴァーくんに本気で挑んでるのに全然勝てない……。
 凄く怒ってるのに……悔しくて、フリーディアが憎くて仕方ないのに、戦果が拡大していくのを見ていることしかできない!」

 多分、皆同じなのだ。この状況に対してどうすることもできない自分を疎ましく思う。人間フリーディアだろうが、異種族だろうが変わらない。

 そのことに対してオリヴァーはハッと気づいたかのように顔を上げる。

「何で、私はオリヴァーくんと戦ってるの!? 見た目が違うから? この耳がいけないの? 尻尾が生えてるのが駄目なの!?
 そんなに私って醜い? フリーディアと仲良くしようとした私は間違ってたの!?」

 そう、オリヴァーも異種族がいかに醜くて愚かな存在かずっと教育され続けてきた。本能に従ってフリーディアを襲う化け物。一種の洗脳に等しい教育を脳内に刷り込まれ生きてきた人類フリーディアは実際に見たわけでもないのに異種族を忌避している。

 この戦争の根本にあるものは、フリーディアの異種族に対する偏見だ。知らないから、分からないから恐れてしまう。

 種族会談でどんな話し合いが行われたのかは知らない。天から降り注ぐ魔法砲撃が何だったのかも、ダリル・アーキマンの言葉が真実だったのかすら、定かではない。

 けれど、情けなくて、弱くて、何もできないオリヴァーにも、一つだけ言えることがあった。

「僕は君を初めて見たとき、とても綺麗だって思ったよ」

「な!?」

 初任務の際に遭遇したあの時、確かにオリヴァーはサラを見て不覚にも綺麗だと思ってしまった。

 彼が異種族に対する偏見を改めた大きな切っ掛けはサラなのだ。そうでなければユーリ・クロイスの意見に同意しない。異種族が醜い化け物だなんて思わない。

「僕は君の笑顔が見たい。どれだけ間違えても、悔やんでも、情けない姿を晒しても……そう――その想いだけは確かにここにある」

 誰に何を言われようと、異種族が醜い化け物なんて思わない。だって、サラの笑った顔は他のどんな美しい花よりも綺麗なのだから。

 あぁ、ようやく気付けた。どんなに惨めで醜態を晒しても、この想いだけは色褪せることなく強くオリヴァーの胸に残り続けている。

(そうだ。僕は、君の笑顔が見たい。それだけで僕は――)

 オリヴァーの懐く想いは、決裂したと思われた人類フリーディアと異種族の間を繋ぐ微かな希望の光となった。
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