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第四章 種族会談

第110話 共通点

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 エルヴィス・レーベンフォルンが告げた、人類フリーディア側から見た異種族の見識に対する回答に一同騒然となる。

 まさか世界の外側についてフリーディアが把握しているなど知る由もないこと。宗教の概念や宇宙という聞き慣れぬ言葉にエレミヤの中にある世界の常識が虚しく崩れ去っていく。

「口を挟んで申し訳ありませぬ。そのうちゅうといった場所はどういうものなのですかな?」

 動揺に声も上げられないエレミヤの変わりにドワーフ王――ファガールが手を挙げて質問する。

「宇宙とは、現在より百三十八億年ほど昔に一つの極めて小さく高温・高密度な状態から膨張を始め、現在に至るまでその膨張が続いている空間のことを指します。
 その中には無数の星々が存在し、我々が住むこの世界もその星の一つです。また、その膨張が続く中で新たな星々が生まれ、古い星々は消えていくというサイクルが絶えず繰り返されています。
 我々がこの世界で生活するために必要な空気や水、魔力すら、宇宙という空間の中で生まれ、循環しているのです。
 ですからエレミヤ殿が言う世界の外側……それは我々が宇宙と呼ぶ無尽蔵なる空間のことを指すのです」

 エルヴィスの説明を聞き終えたファガール王は「信じられん……」と顔を俯かせ呟いた。

 エレミヤも全く価値観の異なる、種族を相手にどう口を開けばいいのか迷ってしまっている。

「あなた方がシンと呼称し崇拝する存在について、調査に協力していただけるならば、科学的根拠に基づいて説明することもできますが……」

「「「「…………」」」」

「いえ、ここでする話ではありませんね。何よりあなた方が協力する筈もない」

 次々と飛び交う理解を超えた言葉の数々に、誰も二の句が継げない。

シンはいる、絶対に。だって何度も話したんだもの。彼は気さくでとても良い人だわ。
 それがもし嘘だとしたら私が見てきた光景は一体何だったの? 私が会ってるシンは誰だというの?)

 もし神遺秘装アルスマグナが神の意志とは関係ない代物なのだとしたら……そう思うだけで背筋が寒くなり、ゾッとした。

「……あなた方フリーディアは、一体どこから来たの? 何で私たちと似た見た目なのにそんなに違うの? スキルを扱えないこともそう、私たちを魔石に変えて利用してるのだって――何でそんなに世界について詳しいの?
 私の千里眼アインハクラの能力が勘違いだって言う根拠は何!?」

 エレミヤは姫巫女としての体裁すら忘れ、感情のままに叫ぶ。しかしエルヴィス・レーベンフォルンは冷静さを崩さない。統合連盟総帥として人類フリーディア側の見解を彼女たちに伝える必要がある故に。

「この世の理は科学で解明できます。とはいえ我々人類フリーディアも全てを理解している訳ではない。
 我らの祖――デウス・イクス・マギアについて理解しているものはグランドクロスの中でも一部しかおりませんので」

「デウ……何?」

「あなた方でいうシンのような存在のことです。申し訳ありません、これ以上は私の口からは……」

 何? 何だ? 何なのだ? フリーディアの王はエルヴィスではないのか? デウス・イクス・マギア? フリーディアの神? グランドクロスが知っている?

 分からない。未知が怖い。こんな気持ち悪い感覚は生まれて初めてだった。

「ふぅ……互いの見識についてはこの辺でよいでしょう。このままだと口論に発展する恐れがある。根拠のない言い争い程無駄なものはないと、私は考えております。そうでなければ国家を運営などできませぬ」

「………その通りですね」

 この場でお互いが示せる証拠がない以上、どれだけ言い争いをしても無駄に終わる。それどころか、これを切っ掛けに争いに発展することだって――

「相容れない思想同士のぶつかり合い……」

「その通りですエレミヤ殿。戦争の切っ掛けの一つ、それが宗教間による思想の違いです。勝てば自分たちが正しいと証明する最も愚かな行為ですよ」

「そうですね、同意いたします」

 思想の違いから来る軋轢をエレミヤは軽く捉えていた。エルヴィスが話題を切り上げなければ、立ち上がって激怒していたことだろう。

「少々長くなりましたが、我々側から見た世界の見識はご理解いただけましたかな?」

 改めて問い掛けるエルヴィス・レーベンフォルンの言葉に返せる者は誰もいなかった。

「「「「「………………」」」」

 困惑と動揺に包まれ言葉を失う異種族たちを見渡しエルヴィスは告げる。

「あなた方が今懐いている不可解さと不快感。
 先ほどエレミヤ殿から世界の見識について窺った際に我々も同じ感想を懐きました」

 そう、価値観が違うとはそういうこと。フリーディア側は世界に意志が……亡きシンが存在することを信じられないのだ。

 エレミヤたちも自分たちが当たり前に共にしてきた価値観を否定され、奇妙な不快感を胸に懐いている。

「このわだかまりがある限り、我々人類と異種族の共存は有り得ません。異なる思想が軋轢を生み出し、やがて大きな争いに発展していくでしょう。
 お恥ずかしながら我々フリーディアは内側にも敵を抱えております。ハッキリ申し上げますと、我々には価値観の違う異種族を受け入れる余裕がないのです。
 それにメリットもありません。そのことを踏まえて今一度問います。あなた方は本当に我々と共存共栄の道を歩んでいきたいと思っていますか?」

 鋭い眼光を向けるエルヴィスの質問に答えられる者は誰もいない。エレミヤも統合連盟総帥が放つ圧に呑まれてしまっている。

 エレミヤが掌握したと思った場の空気を、一瞬で塗り替えてしまうエルヴィス・レーベンフォルンの政治力。伊達に歳を重ねているわけではないということか。

「代替案を述べるなら、共存ではなく不干渉を提案します。我々もエルフの持つお力は充分に思い知りました。
 相互不干渉の締約に合意してくだされば、今後エルフ、ならびにドワーフについては二度と手を出さないことを約束いたします。
 西部戦線はすぐにでも撤退させましょう」

 フリーディアの脅威が消える、という意味においては今回の種族会談は成功といえる。なまじフリーディアに思い入れがない諸侯面々は、同意してもよいのでは? という空気が流れ始めている。

 価値観の合わない者たちと無理して共存共栄する必要などない。今まで通りに過ごせるのなら良いのではと思ってしまっているのだ。

((ふざけるなッ))

 けれどエレミヤ、そしてナギはそれを良しとしない。言いように言い含められているが、暗にエルフとドワーフには手を出さないというだけで、他の種族は今まで通り殺していくということ。

 フリーディアの進行はどんどん広がり、やがて全方位に囲まれることとなる。そうなれば自動的に属国という形となり、抵抗すれば再び戦火の灯火が花開くのが目に見えている。

 エレミヤはチラリと後ろを振り向きイリスとナギを見据える。

 イリスはエレミヤがどんな選択をしても付いていくと態度で示し、ナギはこんなところで負けるなと態度で示し叱咤してくれている。

(てゆうかこれ、頷いたらナギがブチ切れて暴れ出しちゃうかも?)

 むしろそっちの可能性の方が高い。エレミヤにとって衝撃の事実の数々に当初の目論みなど消し飛んでしまっていたのだから当然か。

(そうよ、ナギにとってフリーディアの見識なんてどうでもいい。ユーリと共に歩むことそれだけを念に置いているんだもの)

 エルヴィス・レーベンフォルンの真意は被害を出さずに撤退し、エルフと関わらない点にある。先ほどのエレミヤたちがやられたように、理論的根拠に基づいて論破していき相手を疲弊させて関わりたくないと思わせればそれでフリーディアの勝ちなのだ。

 これは交渉という名の戦争。そう、これは話し合いという名の戦いなのだとエレミヤは今更ながらに気付く。

(私はまんまと掌の上で踊らされたってわけね。おじ様が女の子相手にすることじゃないでしょう! もっと油断しなさいな!)

 年端も行かぬ少女を前に少しは油断してくれればいいものの、容赦なく言葉の槍を突き付けるエルヴィスに憤慨する。

(そう、そもそも何故私はフリーディアと共存の道を歩みたいと思ったの? 何でこれから仲良くしようって相手を敵に見立てて警戒していたの?
 そんなの向こうからしても、警戒するに決まってるじゃない)

 共存しようと提案したのはエレミヤたち異種族側だ。だというのに、会談の始まりからして警戒心を隠そうともせずにいた。

(ナギのおかげでようやく気付くなんて、私のバカ! そもそも本音を隠して相手と仲良くしようだなんて考えが間違ってる!
 ユーリだって、本音でぶつかってきてくれたから信用できた。彼の想いが本物なんだって分かったから私は――)

 上辺で取り繕った態度より素直なエレミヤの方が相手に好感を抱けたのでは? 会談が始まってから一度でもエレミヤは笑ったか? 仲良くなるための努力をしたか?

「どうやら、互いに異議を唱える者もいないことですし、今後は相互不干渉ということで――」

 エルヴィスは早々に切り上げようと話を纏めにかかる。しかし――

「――ちょっと待ちなさい!」

 バンッと勢い良くテーブルを叩き立ち上がるエレミヤに、何事だと視線が集中する。

「ど、どうしたのですエレミヤ殿……突然立ち上がって」

 流石のエルヴィスも予想が付かなかった様子で、僅かに警戒心を露わにする。

「私、まだあなた方に聞きたいことがあるの。まだもう少しだけ時間をいただいてもよろしいかしら?」

「え、えぇ。構いませんが、兵たちもそろそろ痺れを切らし始める頃です。あまり時間はかけられませんので――」

「大丈夫です。この状況で勝手に動けばどうなるか、おたんちんでも分かることよ。あと一時間や二時間待たせたところで、問題なんてないわ!」

「……わ、分かりました。それでは質問をお願いできますかな?」

 エレミヤの勢いに圧され若干引き気味にエルヴィスは促す。

「勿論よ! あなた方はお酒は嗜まれるの?」

「は?」

 予想外の質問内容に素っ頓狂な声を上げるフリーディア一同。

「お酒よ、お、さ、け! ちなみに私はとぉぉっっても大好きなのだけれど、あなた方フリーディアにはお酒を飲む文化はあるのかしら?」

「え、えぇ。勿論ありますが……」

「なら、私たちエルフがどういったお酒を嗜んでいるのか興味があるのではなくて?」

「エ、エレミヤ殿? 突然何を仰って」

 エルヴィスを始め、統合連盟政府首脳陣がざわつき出す。当然エレミヤの横に腰を降ろす諸侯たちも同様に。

「先ほどまでお互いの見識の違いについて意見を交わしていたけれど、今度は逆! 私たちとあなた方、一緒にお酒を酌み交わしながら共通点を見つけていきません?」 

 ニコリと笑みを讃えるエレミヤの意図を悟ったのはイリス、ナギとファガール王だけ。エルヴィス含めた統合連盟首脳陣は今はそれどころでは、と声を上げ始める。

「そもそも私たちは互いを理解するためにこの場に集ったはず! なのにギスギスした空気の中、話されたら仲良くなんてなれるはずがなかったの。
 私たちはフリーディアと共存の道を歩むために来たのに、何で妥協しようとしてるの!」

「「「「………………」」」」

 エレミヤの怒りの声に、誰も言い返せず押し黙る諸侯たち。

「イリス! あなたのことだから当然用意してるのでしょ!? 悪いのだけれどテーブルにグラスを並べてもらえる? できればお菓子も一緒に!」

「勿論ですエレミィ」

 エレミヤの無茶振りに応じたイリスは「失礼します」とテーブルの脇に立ち手を添える。

「スキル・転移トランシス

 イリスが小さく唱えると同時に掌から魔法陣が浮かび上がる。その直後どこからともなく、大量のお菓子とお酒がズラリとテーブルに現れる。

 その光景に統合連盟首脳陣は声を失う。イリスは「失礼しました」と言い静かに後ろに下がった。

「今のが……魔法ですか?」

 統合連盟総帥、エルヴィスは今しがた起きた事象に困惑の声を上げながら尋ねる。

「その通りです。我々エルフが持つ転移魔法になります。これを使えばあら不思議! 長距離でも一瞬で物資の運搬が可能になるのです。
 あ、勿論限界はありますのでご安心くださいな!」

「え、えぇ。分かりました」

 フリーディア陣営からすれば、見過ごせない奇跡の事象なのだがエレミヤの親しげな態度に頷くしかないエルヴィス。

「ささ、エルフの姫巫女自らがお酌いたしますので、どうぞグイッといってくださいな!
 あ、罠かどうか疑われるのであれば、私が先に飲んでみせますけど……」

「いえ、構いません。せっかくですので頂戴いたします」

 エレミヤがそそくさと酒瓶を手にエルヴィスの横に立ちお酌する。トボトボと注がれる酒の芳香に、統合連盟首脳陣がゴクリと喉を鳴らす。

 エレミヤは自身の席に戻り、エルヴィスにどうぞと促す。そしてエルヴィスはグラスに口を付け酒を呷った。

 その様子を固唾を呑んで見守る面々。やがて飲み終えたエルヴィスはグラスをテーブルに置くと――

「美味い。今まで味わったことのない深く上品な味わいだ」

 その言葉にエレミヤ含めた異種族側は、よしっと手を強く握る。

 エルヴィスを皮切りに「儂も」「私も一杯戴いても?」と続々と統合連盟首脳陣から声が上がる。

 それぞれ酒を口に含むと、皆の驚愕した面持ちで美味いと笑顔を咲かせる。

「よければ、お菓子もどうぞ。乾燥させた林檎がお酒によく合うんですよ」

 エレミヤの勧める菓子類にそれならと統合連盟首脳陣は手を取り咀嚼していく。そしてエルフ自慢の酒を呷ると皆一様に満足した表情で美味いと口にする。

「これは、林檎を使ったドライフルーツですかな?」

「まぁ、林檎をご存知だったの!? それじゃあこのレモンを甘蜜で浸けたものは分かるかしら?」

「ははは! これはフリーディアもスポーツをする際に嗜むレモンの甘蜜漬けですな。運動後の疲労回復効果を持ったりと栄養価が高いお菓子ですよ」

「へぇ、そうなのね! スポーツ? っていう聞き慣れない言葉に凄く興味があるのだけれど、良かったら教えてもらっても?」

「何と!? スポーツをご存知でない? それはいけませんな。いいですか――」

 気が付けば、エルフの姫巫女エレミヤと統合連盟総帥エルヴィス・レーベンフォルンは意気投合し打ち解けていた。

 それだけじゃない。ファガール王も他の諸侯も皆、フリーディアたちと会話を繰り広げ、共通点を見つけては驚いていく。

 そう、見識を深めるとはそういうこと。価値観が違えど、共通点を見つければあっという間に溶け込める。不可解さは好奇心へと変わり、互いの理解を深め合う。

 エレミヤが求めたフリーディアたちとの共存。この光景を見れば決して不可能ではないのだと思えてくる。

(そう、こちらから歩み寄ればきちんと応えてくれる。最初からこうすれば良かった。たった一つの切っ掛けで、私たちは理解し合えるのよ!)

 エレミヤは振り返り、ナギにドヤ顔を向ける。

 ナギも今回は素直に負けを認め、笑顔を見せる。

 ようやく……ようやく第一歩を踏み出せた。

(ユーリ、見てるかしら? 私、ちゃんとできたわ! 被害を最小限に抑えて、フリーディアたちと分かり合えたの!)

 思わず感極まりエレミヤは、眠りの淵にいる運命の殿方へ想いを馳せる。

 張り詰めていた空気は消え失せ安穏な空気が流れ出すと同時に統合連盟総帥エルヴィス・レーベンフォルンが決定的一言を呟く。

「エレミヤ殿、共存の件ですが……私個人は前向きに検討したいと考えております」

 それは、人類フリーディアと異種族の平和を繋ぐ架け橋となる言葉。エレミヤは顔を綻ばせ「はい!」と頷いた。
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